複雑・ファジー小説

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あなたに出会う物語
日時: 2017/09/16 12:43
名前: ももた (ID: b9FZOMBf)

小さな手……小さな温もり……
あなたはもう一度、私に会いに来てくれたのね。
あなたに最初の贈り物をあげましょう。
あなたの名は……

***

こんにちは、気まぐれなももたです。初心者で、更新は不規則ですが、頑張って書いていきます!

〈注意〉
本作は多少のグロ表現、下ネタ等を含みます。嫌な予感がした方は、ブラウザバック!

〈目次〉
Chapter1……>>1-5

Chapter2……>>6-11

Chapter3……>>12-25

Chapter4……>>26-32

Chapter5……>>33-39

Chapter6……>>40-45

Chapter7……>>46-54

Chapter8……>>55-


〈主要登場人物〉
以下、ネタバレを含むことがあります。本編を読んでからの閲覧を推奨します。プロフィールはストーリーの進行に合わせて更新します。

スノウ・ヴァイス(18)
ベース:白雪姫
呪い:???
反動:氷を操る
雪のように白い肌、黒檀のような黒く長い髪、血のように赤い唇の美しい少女。赤ん坊の頃から孤児院で育ち、周りからは優しく礼儀正しいと評判。

フレッグ・ポンド(18)
ベース:カエルの王様
呪い:満月の夜にカエルの姿になる
反動:身体能力が高い
短いブロンドの、麗しい青年。しかしある理由から、強いコンプレックスを抱いている。少し卑屈な面もあるが、勇敢な性格。ハンスから『ケロちゃん』と呼ばれるのを嫌がっている。

ハンス・クーヘン(28)
ベース:ヘンゼル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
赤い巻き毛で、長身の美しい青年。革命軍のリーダーを務めている。陽気でいたずら好きな性格。

マルガレーテ・クーヘン(28)
ベース:グレーテル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
ハンスの双子の妹で、容姿が兄によく似ている。ハンスの右腕となって、常に彼を支えている。兄よりも男前な性格で、面倒見が良い。愛称は『メグ』

ローザ・フォン・ルーク(14)
ベース:いばら姫
呪い:悪夢しか見ることができない
反動:人の悪夢を盗ることができる
白銀色の髪に、赤い瞳が特徴的な美少女。身体があまり丈夫でない。穏やかで物静かな性格。実はとても寂しがり。

ジャクソン・ビーン(26)
ベース:ジャックと豆の木
呪い:豆の木に身体を寄生される
反動:身体を植物のように扱える
癖っ毛の黒髪で、あごひげを生やしており、右目に眼帯をつけている。女好きな性格で、マルガレーテに会うたびに口説いている。また、フレッグのことをいつも気にかけており、弟のように思っている。愛称はジャック。

アーサー・アルビオン(5)
スノウとともに、孤児院で育った子供。やんちゃ盛りで、遊ぶことと食べることが好き。人懐っこく、今や革命軍のマスコット。

イザーク・ゲルハルト(24)
ベース:死神の名付け親(落語『死神』の元ネタ)
呪い:???
反動:病気や怪我を、瞬時に治す
メガネの青年。誰にでも敬語で話し、大人しそうな印象がある。スノウの過去を知る人物で、過去には能力を活かして父の病院を手伝っていた。

エラ(18)
呪い:誰かを憎まずには生きていけない
反動:炎を操る。
リリスの娘で、スノウの双子の姉。見た目はスノウとそっくりだが、エラの方がボーイッシュ。リリスに育てられ、パンドラやスノウを憎むようになってしまった。

リリス(42)
国を治めるている。白雪姫の魔女の生まれ変わり。スノウとエラの母。額の石は血玉髄。

ブライア(32)
若作りとイタい服装が趣味。いばら姫の魔女の生まれ変わり。人を操る力を持つ。額の石は石榴。

ハッグ(34)
肥満体でお菓子好き。砂糖でできた悪魔を呼び出す力を持つ。ヘンゼルとグレーテルの魔女の生まれ変わり。額の石は琥珀石。

エビルダ(39)
派手な化粧の、妖艶な女性。フレッグに好意を寄せているらしい。人を動物の姿に変える力を持つ。カエルの王様の魔女の生まれ変わり。額の石は橄欖石。

リーパー(??)
見た目は20歳前後だが、実年齢は80を超えている。死神の名付け親の生まれ変わり。黒いローブと、胸のカンテラが特徴。額の石は紫水晶。

ティタン(51)
荘厳ないでたちの巨漢。鎧を着ている。額の石は瑠璃石。

パンドラ
1000年の間、国を治めていた正義の魔女。18年前に殺害された。現在は棺に閉じ込められ、転生の時を待っている。額の石は月長石。

Re: あなたに出会う物語 ( No.35 )
日時: 2017/09/01 16:57
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

帰ってくると、一番に迎えてくれたのはハンスだった。

「お帰り、ケロちゃん!猫なんか抱えて、どうしたの?スノウちゃんは?」

ハンスはいつもの調子で笑いかけるが、フレッグは浮かない顔をしている。様子を伺おうとフレッグに近寄ると、腕の中の猫のうなじに、リンゴのの呪印を見つけた。

「まさか……この猫……」

「エビルダにやられた」

フレッグが悔しそうに呟く。スノウは、フレッグを心配そうな眼差しで見上げていた。ハンスは驚いてはいるものの、状況を理解したらしい。

「皆んなを集めよう」



***



生まれ変わりたちは、ブリーフィングルームに集められた。スノウは、机の上にチョコンと座らされている。

「一難去ってまた一難……今度はエビルダだ」

ハンスは難しい顔をしながら、スノウを見る。マルガレーテは、ハンスの隣から報告事項を述べた。

「最近、歓楽街を中心に失踪者が多発しているらしい。しかし、身元が不安定な者ばかりだったから、あまり問題にはされて無かったようだ……おそらく、原因はエビルダが帰ってきたからだな」

マルガレーテが説明すると、スノウが「ミュウ?」と声を上げた。詳しく知りたいようである。

「エビルダ……スノウに魔法をかけた魔女は、歓楽街を根城にしてた時期があったんや。ちょうどその頃、娼婦や男娼や孤児……つまり、歓楽街の住人が何人も失踪しとった」

ジャクソンが説明をすると、ハンスがその言葉を継ぐ。

「見ての通り、エビルダの魔法は人を動物に変えることだ。戦闘には向かないが、脅しとしては使える。エビルダには親衛騎士団がついていて、恐怖で彼らを支配しているんだ」

2人の説明を聞いて、スノウは納得したようだ。ふと、先程からフレッグが一言も声を発していないことに気がつく。

「フレッグは、過去にエビルダにあったことがあるって言ってたよね。彼女の弱点とか、何か知らないかい?」

「ハンス……それは……」

ハンスは遠慮がちに聞いたのだが、すかさずローザが止めに入る。2人は、フレッグが、エビルダに強い恐怖心を抱いていることを知っていた。だからこそ、無理に聞き出そうとはしない。フレッグの反応を待っている。

「……最初に会った時は、その場からすぐに逃げ出した。以降、度々見かけることはあったが……特に何も」

フレッグは虚空を見つめたまま答える。ハンスたちも彼を気遣い、それ以上は追求しなかった。

「ともかく、スノウちゃんが猫にされた以上、今はエビルダを倒すことを優先しよう。術者が死ねば、魔法からは解放されるはずだ。それから、皆んなもエビルダの魔法にかからないよう警戒するように!」

ハンスの言葉で、緊急招集は締めくくられた。

Re: あなたに出会う物語 ( No.36 )
日時: 2017/09/02 17:01
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「さて……困ったことになったな……」

フレッグは、猫のスノウをバスタオルで包みながら呟いた。スノウはフレッグの腕の中で、ぐったりしている。救護部隊が診てくれたところ、幸いにも命に別状は無いようだ。

とはいえ、今日たくさんのことがありすぎた。話はスノウが猫になって帰ってきたところまで遡る。



***



「わあ!猫ちゃんだ!」

アーサーは、フレッグとハンスが連れてきた白猫を見て、目を輝かせた。しゃがみこみ、スノウの背中を撫でる。普段と立場が逆になってしまい、スノウは困った様子を見せている。

「なあ、ハンス。アーサーには魔法のこと教えておくか?」

フレッグが小声で耳打ちした。ハンスは首を振る。

「やめよう。アーサー君が心配する」

2人はアーサーを見下ろす。その猫が、いつも慕っているスノウとは気がつかずに、無邪気に可愛がっている。

「ねえ、フレッグ。スノウはどうしたの?」

アーサーが問いかける。スノウも身体をビクリと震わせる。どう誤魔化そうかとフレッグが悩んでいる横で、ハンスがしゃがみこんで、アーサーに話しかけた。

「スノウちゃんは、しばらく任務で帰ってこれないんだ。その間、この子をスノウちゃんの代わりと思って、大事にしてね?」

なるほど、とフレッグは内心呟いた。アーサーは寂しそうな顔を見せたが、猫のスノウを抱きしめて、笑顔を向ける。

「……分かった!スノウのこと、待ってる!」

ハンスはその言葉を聞き、アーサーの頭を撫でた。

「よし、えらいぞアーサー君!」

「ハンス!この子と部屋で遊んでいい?」

「もちろん!」

アーサーは嬉しそうな顔をして、スノウを連れて戻っていった。フレッグとハンスは、表情に影を落とす。

「ケロちゃん、早くスノウちゃんを戻してあげようね」

「ああ。あと、フレッグだ」



***



数時間後、アーサーが大きな声を上げて、助けを呼んでいた。場所は、アーサーの自室だ。声が聞こえたハンスとフレッグの2人は、慌ててアーサーの部屋に向かう。

「どうしたの、アーサー君?」

「猫ちゃんが、苦しそうなんだ」

アーサーは、スノウを指差す。スノウの身体は、痙攣を起こしていた。フレッグば心配して駆け寄りながら、アーサーに状況を訪ねる。

「こうなる前、何をしてた?」

「えっと……猫ちゃんとトランプで神経衰弱してた」

(それ、普通の猫にできることじゃ無いよね!?)

ハンスは、正体がバレてしまうのでは無いかとヒヤヒヤしている。そんなことを考えながら、アーサーに他のことを聞いてみる。

「アーサー君、猫ちゃんがこうなる前、何か食べさせなかったかい?」

「えっと……おやつのクッキーを、一緒に食べてた」

ハンスは考える。人間用のクッキーを食べたところで、特に猫に害はないはずだ。その横でフレッグは、何か思いついたようである。

「アーサー、クッキーに何入ってた?」

「何って……普通のチョコチップクッキーだよ?」

ハンスとフレッグは、声を揃えて叫ぶ。

「「それだーーーっ!」」



***



「まったく、お前は……猫の身体だってこと、自覚しろよ……」

フレッグは呆れながら、スノウの身体をさする。すぐに吐かせたので、大事には至らなかった。スノウの症状も、だいぶ落ち着いてきている。

そんなフレッグの前に、コトッと皿が置かれた。中には水が入っている。

「スノウの症状、落ち着いてきたんやな」

ジャクソンだ。スノウは皿を見つけると、飲みたそうにしている。フレッグは皿を拾い上げ、スノウの口元までそれを持っていく。スノウはピチャピチャと音を立て、水を飲み始めた。

「ありがとう、ジャック」

「ええんやって。調子が良さそうやったら、牛乳か魚か持って来たろうか?さすがにキャットフード食べさすのは、気がひけるし……」

ジャクソンはスノウの頭を撫でた。この姿になってから、必要以上に撫でられるので、スノウは少し迷惑そうな様子だ。

「すまん、つい……こんなんやったら、さっさと魔法解いたったらどうや、フレッグ?」

急に話を振られたフレッグは、首を傾げている。そんなことができたなら、こんなに悩んでいないのだが、と考えていると……

「メルヘンのお約束やろ、王子様のキスや」

ジャクソンがニタッと笑った。フレッグはジャクソンに掴みかかる。反動で皿をこぼしてしまった。

「ジャック!!」

「悪い悪い、ほな、お邪魔は消えましょか〜〜」

ジャクソンは笑いながら去っていった。後にはフレッグとスノウが、ポツンと残される。

「…………試してみる?」

フレッグが問いかけると、スノウにそっぽを向かれた。その様子が可愛くて、フレッグは謝りながら、スノウの毛並みを撫でる。背中を向けていたスノウは、フレッグの顔に広がる悲しげな空気に気がつくことは出来なかった。

Re: あなたに出会う物語 ( No.37 )
日時: 2017/09/04 01:02
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

翌日、それは正午を過ぎた頃に起こった。マルガレーテと共に食事(ただし猫用)を取っていたスノウは、周りの団員たちが慌ただしいことに気がつく。

「何だろうな」

マルガレーテが誰か捕まえて話を聞こうとすると、スノウが抱っこをせがった。

「ミュウ!」

「分かったよ」

マルガレーテはスノウを抱き上げる。ちょうどハンスが目にとまったので、マルガレーテは声をかけに行った。

「兄さん、みんな慌ててどうしたんだ?」

「マルガレーテ……」

ハンスは、いつに無く焦った様子だ。

「フレッグが居なくなった!部屋に書き置きだけ残して……!」

言ってしまった後で後悔する。マルガレーテの腕の中にいるのが、スノウであることを失念していた。スノウはマルガレーテの腕の中で暴れ出し、その手をすり抜ける。

「スノウ!」

スノウは団員たちの足元をすり抜け、2人の視界から消えてしまった。スノウが向かったのは、フレッグの自室だ。

部屋につき、机に飛び乗る。そこにはハンスが言った通り、置手紙が広げられていた。

『団員のヤツらへ。今まで世話になった。俺はエビルダを止めに行く。多分、無事には帰れないだろう。だけど、これだけは約束する。俺はアイツを、必ず倒す。勝手な俺を、許してくれ』

スノウは、大きな瞳に涙を浮かべていた。フレッグ書き置きはもう一枚あった。スノウは紙をめくり、もう一枚を見る。

『スノウへ。こんな俺でも、そばにいてくれて、ありがとう。短かったけど、すげぇ嬉しかった。お前にかけられた魔法は、俺が解いてやる。美しいまま生きて、いつか幸せになってくれることを祈ってる』

ピキッ

耳の奥で、氷を水に浮かべた時のような音がした。そこへマルガレーテとハンスが追いついた。尻尾を垂れ下げ、落ち込んでいるスノウの姿を見つける。

「スノウちゃ……」

ハンスが近寄ろうとした時、スノウの身体が輝き出す。

「スノウ!?」

マルガレーテは心配して駆け寄るが、あまりに眩しくて目をおさえた。光が収まると、そこには……

「スノウ!!」

元の、人間の姿のスノウがいた。

「フレッグさん……」



***



女は焦り始めていた。

少女の頃から、春をひさぐことを生業として生きてきた。知らぬうちに、父親の分からない子供まで身ごもり、生まれた子供はよく分からない呪いを抱えていた。

やがて若さを失った彼女には、客がつかなくなる。子供を働かせるだけでも足りず、母子は困窮していた。

そんな時に、その女は現れた。

「あなたの坊や、一晩私に売ってくださる?」

それは、きらびやかな衣装に身を包んだ怪しげな女。母親は何も知らぬ息子を連れ、指定された館に出向いた。たくさんの獣たちが檻に閉じ込められた、悪趣味な部屋。息子はそこで、母親と女の間で交わされた交渉を知る。

少年は逃げ出した。

母親の裏切りに対する憎悪、女という生き物への恐怖、さまざまな思いが入り混じり、涙が溢れた。一瞬だけ館を振り返った。この歓楽街でも、ひときわ上等な娼館。



数日後、少年は母親に見つかり、男娼として売りに出されかけた。



***



ローザは目を覚ます。

フレッグの悪夢を見てしまったローザは、ひたいに汗を浮かべていた。

「大丈夫かい、ローザ?」

「うん……」

傍らでは、ハンスが見守ってくれていた。

あれは、きっとフレッグの身に起こったことなのだろう。同じ目に遭っている少年少女が今もあることを考えると、同情を通り越して吐き気すらしてしまった。

「ローザ、フレッグがどこにいるかは分かった?」

「多分……夢に出てきた場所……歓楽街の奥にある、とても大きな館に……」

動悸の治らない胸を押さえながら、ローザが話す。スノウはふと、昨日の会話を思い出した。

『母親もこの街も嫌いだった』

それでも彼は、そこに行ってくれたのだ。他でもない、スノウのために。

ハンスがスノウの肩を叩く。

「君が、先陣を切ってくれるかい?」

スノウは涙を拭いた。その顔は、今までの自信のない顔とは打って変わっていた。

「はい!」

スノウはハンスの目をまっすぐ見て、うなずいた。

Re: あなたに出会う物語 ( No.38 )
日時: 2017/09/04 21:58
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

フレッグは、武者震いを抑え、その豪奢な扉を開いた。中は、昔に来た時とは違っていた。動物たちの檻はない。代わりに、王宮の兵士が整列している。

(俺を逃がさねぇようにって寸法か……)

フレッグの身体を、また悪寒が走る。

カツカツとヒールの音が聞こえた。フレッグに対峙するように現れたのは、エビルダだった。

「来てくれると思っていたわ……私だけのフレッグ……」

「そうかよ」

この女が来るたびにフレッグは、狂気じみていると感じていた。その狂気の正体は、独占欲だ。愛する男を蝦蟇の姿に変えてまで、他の女を近づけまいとする、異様な独占欲……

(何もそこまで、前世通りじゃなくてもいいと思うけどな……)

本心としては、今にも逃げ出してしまいたかった。しかし、それではいけないのだ。

「俺があんたの恋人になれば、スノウは元に戻るんだよな?」

確認のため、フレッグは問いかける。エビルダは妖艶な笑みを浮かべると、フレッグに近寄って来た。

「そうよ。嬉しいわ、フレッグ。私のもとに戻って来てくれて……」

エビルダの足音が近づくたび、フレッグの動悸は早まる。それは好意的なものではなく、心傷を呼び起こされているだけだった。

そんな中、フレッグはずっと考えていた。

(エビルダほど独占欲が強い女が、スノウを元に戻す訳はない)

きつい香水の匂いが、ふわりと鼻にかかった。一瞬ぐらつきそうになるのを堪えて、踏みとどまる。エビルダがフレッグに抱きついてきたのだ。

(ならばチャンスは……)

「あぁ、フレッグ……」

今____

血に染まる、エビルダの胸。背中まで彼女を貫いたのは、フレッグの右腕だった。

「フレッグ……なぜ……」

「一つ言っておくとな、エビルダ……」

フレッグにしがみつこうとしたエビルダの腕を、フレッグは振り払った。エビルダの身体は、ドサリと床に放り出される。

「守るつもりのない約束は、しない方がいい」

フレッグは、見下したような目でエビルダを見る。フレッグは最初から、交渉に応じるつもりはなかった。確実にエビルダを殺し、スノウの呪いを解くことだけを考えていた。

裏切られたエビルダは、最後の声を振り絞り、呪詛を唱える。やがて彼女の周りを闇が取り巻き、その闇は周りの兵士たちを飲み込んでいった。

「お前たち!フレッグを決して逃さないで!もしも命令を聞かないようなら、彼と同じ呪いをお前たちに授けてやる!!」

エビルダはそこでこと切れたようだ。ピクリとも動かなくなる。

しかし兵士たちは、主人を失ってもなお、恐怖に支配されていた。次々にフレッグに飛びかかる。

(この数を相手に、無事には帰れないだろうなぁ……)

フレッグは一人目の斬撃を躱し、その腕を掴んだ。その剣を別の兵士の顔に突き立て、腕の骨は砕いた。二人の兵士が、その場に崩れ折れる。

背後から切りかかった兵士は、フレッグの後ろ蹴りの餌食となって、壁まで吹き飛ばされる。その際、もう3人ほど巻き込んだようだ。

ほんの数秒の間に、6人も倒した。しかし、キリがないほど、兵士たちは無尽蔵に襲いかかって来る。

いくら身体能力が優れているとはいえ、フレッグにも限界はあった。混戦状態で立ち回り続け、数十分も経つ頃には、疲労が溜まっていた。

(くそっ……まだまだいやがる……)

朦朧としかけた意識の中、フレッグは周りを見回した。こんなに戦っていて、ほとんど数が変わっていないように思える。

(殲滅は無理か。撤退に専念しよう……)

フレッグは兵士たちを押しのけながら、入口の方へと向かう。その意図を汲んだのか、兵士たちは全力で止めにかかった。彼らにとって、フレッグが扉を潜り抜けることは、ゲームオーバーも同然だ。

先ほどにも増して、兵士たちの猛攻が激しくなる。

「って!」

フレッグは足に痛みを感じた。疲労によって、思い通りに動かなくなった隙を突かれ、右足を切りつけられたのだ。左足で踏ん張り、周りを一蹴しようとするが、痛みで力が入らない。バランスを崩し、倒れ込んでしまう。

それを好機と見た兵士たちは、一斉に剣を振り上げた。フレッグは、終わりを覚悟した。

「凍てつけ!」

鈴を転がしたような声がした。瞬間、フレッグの周りの兵士たちは、氷に閉じ込められる。

フレッグは驚いて入口を見た。扉は開かれていて、仲間たちがそこに立っていた。

先陣を切る少女は、涙を浮かべており、怒っているような、安心しなような、複雑な表情を浮かべていた。

「勝手にどこかに行かないで、フレッグさん!」

「スノウ……」

猫の姿ではない、魔法の解けた人間のスノウが、フレッグを見下ろしながら泣いていた。

Re: あなたに出会う物語 ( No.39 )
日時: 2017/09/14 06:31
名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)

スノウは、満身創痍のフレッグに駆け寄る。

「スノウ……よかった、魔法が解けて……」

パシッ

フレッグは目を丸くした。状況が飲み込めなかった。追って、頬に痛みを覚える。

「馬鹿!何なのよ、あの手紙!帰ったらお説教なんだから!」

スノウは泣きながら、フレッグに肩を貸す。彼を安全な場所に避難させて、治療しなくてはならない。

「行かせるか!」

スノウの攻撃を逃れた兵士が、2人に斬りかかった。2人に避けるそぶりはない。

「邪魔はさせないよ」

ハンスは2人の前に出て、その斬撃を剣で受け止めた。鍔迫り合いの後、大きく押しのけ、とどめを刺す。

「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」

思わぬ援軍に、兵士達も死に物狂いだ。次々とフレッグ達をめがけて突撃する。

「ええトコなんやから、邪魔したんな!」

ジャクソンは身体から蔓を伸ばし、兵士達の身体を縛り上げる。何重にも縛り上げれば、それは天然の鎖だった。

「せいっ!」

マルガレーテは、蔓の間を縫うように駆け抜けた。抵抗の手段のない彼らは、即死だろう。悲鳴をあげる間も無く散っていった。

彼らが奮闘を続ける中、スノウは出口に向かって進む。一歩ずつ、フレッグを支えながら。そしてようやく、外に一歩を踏み出す。

恐る恐る、フレッグは後ろを振り向いた。館の中にいたのは、彼の仲間達と、呪いをかけられたカエルたちだけだった。人間の頃の記憶はないのか、自由にそこら中を飛び跳ねている。

スノウはフレッグの横顔を見つめた。いつになく、悲しげな顔をしていた。彼らとて、戦いたくは無かったのかもしれない。ただ、エビルダという女に全てを狂わされた被害者なのかもしれない。それでも

「俺は、戦わなきゃいけない。だから帰ろう、スノウ」

「フレッグさん……」

許してくれとは言わない。彼らの犠牲も受け止めて、こんな呪いを生み出した魔女を止めなければならない。

英雄たちは、帰るべき場所へと進み出した。



***



「あの子たちは頑張っているようです」

新聞を読みながら、男は呟いた。指先でメガネの位置を直し、新聞を畳んで机の上に置く。

窓の外には森が広がっている。西日を受けて、赤々としていた。

「僕もそろそろ、動き出さねばなりませんね」

男は傍の棺を見上げた。

ガラス製の棺に納められているのは、額に月長石を埋め込まれた、美しい女性。彼女の体には、3本の鎖が巻きついていた。彼女は、まるで死んでいるように目を覚まさない。

男は席を立つと、表に出た。ドアにかかっている看板を、『休診』にひっくり返す。看板の文字は、『ゲルハルト診療所』と記されていた。



***



「くっ!」

「ごめんなさい、染みたかしら?」

「いや、平気だ」

アジト内 医務室。先程、フレッグが足に負った怪我を、スノウが手当てしてくれていた。傷は思っていたより深く、フレッグは消毒液が染みるたびに顔を歪めていた。

包帯を巻き終わると、スノウは俯く。フレッグは「どうした?」と言って、その顔を覗き込んだ。

「私、怒っているんだからね」

スノウはむすっとした声で言う。フレッグが、返す言葉もなくたじろいでいると、スノウはまた口を開いた。

「どうして、1人で抱え込もうとするの?」

スノウが怒っていたことは、頼ってくれなかったことについてだった。単騎で乗り込むような無茶をして、挙句死に目に遭った。その理由が全て、自分にあることが、スノウにとっては苦しかったのだ。

「私、前にメグさんに言われたの。フレッグさんのこと支えてあげたいと思うなら、フレッグさんの恋人になって欲しいって」

スノウはフレッグの手を取った。

「私ばかり守られるんじゃなくて、フレッグさんも甘えてよ!私もフレッグさんの力になりたいの!」

フレッグは、エビルダに会うのさえ怖かったはずだ。しかし、本心を押さえ込んでスノウを救いに行った。スノウにとって、それは最善では無かった。

スノウも怖かったのだ。フレッグを失うことが。

「悪かったよ。これからは、お前にも甘えることにする」

フレッグはそう言って、スノウの髪を撫でた。猫の毛ではない、黒檀の髪だ。真雪のように白い手を引き、スノウを抱き寄せる。スノウは、フレッグの胸に顔を埋めた。

「猫のスノウも可愛かったな……膝の上に乗せることができて」

「人間の姿じゃご不満?」

「いや、こっちの方がいいよ。猫の姿じゃ、手も繋げないしな」

「よく言うわ。繋いでくれたことなんか、無いくせに」

フレッグは、少し強い力でスノウを抱きしめていた。息苦しくなったスノウは、顔を離そうとする。

「ごめん、今は顔を上げないで」

フレッグの息遣いは、いつもより苦しそうだった。スノウは初任務のことを思い出した。今日は、あの日と同じ、満月だ。

「どんな姿でも、貴方は貴方じゃない」

スノウは腕の中で小さく笑った。フレッグは腕の力を緩める。

「締まりがないよな……」

フレッグは頭をかいた。その顔は、蝦蟇のようだ。スノウはそんな彼の顔を、両手で包み込む。そして、顔を赤らめながら言う。

「大好き」

月明かりが差す中、二つの影が重なった。


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