複雑・ファジー小説
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- あなたに出会う物語
- 日時: 2017/09/16 12:43
- 名前: ももた (ID: b9FZOMBf)
小さな手……小さな温もり……
あなたはもう一度、私に会いに来てくれたのね。
あなたに最初の贈り物をあげましょう。
あなたの名は……
***
こんにちは、気まぐれなももたです。初心者で、更新は不規則ですが、頑張って書いていきます!
〈注意〉
本作は多少のグロ表現、下ネタ等を含みます。嫌な予感がした方は、ブラウザバック!
〈目次〉
Chapter1……>>1-5
Chapter2……>>6-11
Chapter3……>>12-25
Chapter4……>>26-32
Chapter5……>>33-39
Chapter6……>>40-45
Chapter7……>>46-54
Chapter8……>>55-
〈主要登場人物〉
以下、ネタバレを含むことがあります。本編を読んでからの閲覧を推奨します。プロフィールはストーリーの進行に合わせて更新します。
スノウ・ヴァイス(18)
ベース:白雪姫
呪い:???
反動:氷を操る
雪のように白い肌、黒檀のような黒く長い髪、血のように赤い唇の美しい少女。赤ん坊の頃から孤児院で育ち、周りからは優しく礼儀正しいと評判。
フレッグ・ポンド(18)
ベース:カエルの王様
呪い:満月の夜にカエルの姿になる
反動:身体能力が高い
短いブロンドの、麗しい青年。しかしある理由から、強いコンプレックスを抱いている。少し卑屈な面もあるが、勇敢な性格。ハンスから『ケロちゃん』と呼ばれるのを嫌がっている。
ハンス・クーヘン(28)
ベース:ヘンゼル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
赤い巻き毛で、長身の美しい青年。革命軍のリーダーを務めている。陽気でいたずら好きな性格。
マルガレーテ・クーヘン(28)
ベース:グレーテル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
ハンスの双子の妹で、容姿が兄によく似ている。ハンスの右腕となって、常に彼を支えている。兄よりも男前な性格で、面倒見が良い。愛称は『メグ』
ローザ・フォン・ルーク(14)
ベース:いばら姫
呪い:悪夢しか見ることができない
反動:人の悪夢を盗ることができる
白銀色の髪に、赤い瞳が特徴的な美少女。身体があまり丈夫でない。穏やかで物静かな性格。実はとても寂しがり。
ジャクソン・ビーン(26)
ベース:ジャックと豆の木
呪い:豆の木に身体を寄生される
反動:身体を植物のように扱える
癖っ毛の黒髪で、あごひげを生やしており、右目に眼帯をつけている。女好きな性格で、マルガレーテに会うたびに口説いている。また、フレッグのことをいつも気にかけており、弟のように思っている。愛称はジャック。
アーサー・アルビオン(5)
スノウとともに、孤児院で育った子供。やんちゃ盛りで、遊ぶことと食べることが好き。人懐っこく、今や革命軍のマスコット。
イザーク・ゲルハルト(24)
ベース:死神の名付け親(落語『死神』の元ネタ)
呪い:???
反動:病気や怪我を、瞬時に治す
メガネの青年。誰にでも敬語で話し、大人しそうな印象がある。スノウの過去を知る人物で、過去には能力を活かして父の病院を手伝っていた。
エラ(18)
呪い:誰かを憎まずには生きていけない
反動:炎を操る。
リリスの娘で、スノウの双子の姉。見た目はスノウとそっくりだが、エラの方がボーイッシュ。リリスに育てられ、パンドラやスノウを憎むようになってしまった。
リリス(42)
国を治めるている。白雪姫の魔女の生まれ変わり。スノウとエラの母。額の石は血玉髄。
ブライア(32)
若作りとイタい服装が趣味。いばら姫の魔女の生まれ変わり。人を操る力を持つ。額の石は石榴。
ハッグ(34)
肥満体でお菓子好き。砂糖でできた悪魔を呼び出す力を持つ。ヘンゼルとグレーテルの魔女の生まれ変わり。額の石は琥珀石。
エビルダ(39)
派手な化粧の、妖艶な女性。フレッグに好意を寄せているらしい。人を動物の姿に変える力を持つ。カエルの王様の魔女の生まれ変わり。額の石は橄欖石。
リーパー(??)
見た目は20歳前後だが、実年齢は80を超えている。死神の名付け親の生まれ変わり。黒いローブと、胸のカンテラが特徴。額の石は紫水晶。
ティタン(51)
荘厳ないでたちの巨漢。鎧を着ている。額の石は瑠璃石。
パンドラ
1000年の間、国を治めていた正義の魔女。18年前に殺害された。現在は棺に閉じ込められ、転生の時を待っている。額の石は月長石。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.30 )
- 日時: 2017/08/29 04:38
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
マルガレーテは、突然現れたジャクソンに驚くも、その心強さに安心した。しかし、この炎の中で、なぜ彼が無事なのか、疑問がよぎる。ふと、マルガレーテは自分が先ほどより汗をかいていないことを自覚した。
(これは、スノウの……)
マルガレーテは、自分の足元を見て納得する。地面には、辺り一面氷が張られていた。悪魔といえど所詮は炎、水のある場所に火は起こせないのだ。
マルガレーテは後ろを見た。そこでは、スノウが印章に直接触れ、退路を作っている。団員たちはすでに脱出していた。これで心置きなく戦える。
マルガレーテは剣を引き抜き、ジャクソンと並んで立った。
「形勢逆転やな」
「覚悟はいいか、ハッグ!」
そんな2人を一瞥すると、ハッグは何やら手を伸ばし、呪文を唱え始めた。ハッグの手の先には、倉庫がある。
「形勢逆転とは……こう言う時に使う言葉ですわよ?」
倉庫に目を向けると、中から二体の悪魔が現れた。どうやら、昼間のうちに描いた印章は、1つではなかったらしい。現れた姿は、羽の生えた狼と、杖を持った天使に近い人型だ。
「マルコシアス!クローセル!」
ハッグが呼ぶと、二体の悪魔は同時に飛び出した。狙いはスノウだ。二体が一気に飛びかかる。
「させるか!」
その悪魔たちの前に飛び出す影があった。フレッグだ。狼のマルコシアスには蹴りを入れて突き飛ばし、クローセルはその杖を掴んで押しのける。
「フレッグ!」
「あっちは俺が加勢する。メグはあのデブを泣かしたれ!」
ジャクソンはそう言って、スノウたちの方へ向かった。背中を任せられたマルガレーテは、剣を握りしめ、宿敵の魔女ハッグと対峙する。
「ハーーーーッグ!」
マルガレーテは助走をつけて飛び上がり、ハッグに斬りかかった。すると、横から炎が伸びてきて、マルガレーテの行く手を阻む。
「このっ!」
氷の領域の外から、アミーは攻撃を仕掛けているようだ。見れば、ハッグの周りだけは、スノウの氷が届いていない。
マルガレーテは片足で踏み切り、大きく方向転換し、それをやり過ごす。剣は脅威といえど、術者に害が及べば立ち向かってくるらしい。
マルガレーテは剣を一振りし、目の前の炎の壁を薙いだ。頭に直接響くような、悪魔の咆哮が聞こえる。しかし、切り裂いた炎も、すぐにまた生えてくる。
(アミー……これは、ハッグを倒さない限り、消えないか……)
実体がない敵では、倒し方が分からない。ハッグの方へもう一度向き直り、剣を構える。しかし、マルガレーテが足を踏み出そうとすれば、炎は捨て身でもマルガレーテを止めにかかった。
(くそっ!キリがない!)
早く倒さねばならないのに、マルガレーテはすっかり手詰まりだった。後ろからは、フレッグとジャクソンの声がする。悪魔を消し去る術がない彼らでは、相当苦戦を強いられているはずだ。マルガレーテの心に、焦りが見え始めた時……
ーー怯えるな!俺は死んでもいいから、ハッグに立ち向かえ!
ハンスの声が聞こえた気がした。幻聴だろうか。
「ハンス……随分と勇敢なことを言いますわね」
違う。幻聴ではない。ハッグにも聞こえていたようだ。しかし、燃え上がる炎の音で、ハンスがどこにいるかは分からない。
ーー大丈夫だ!一撃でもいい、ハッグに見舞わせてやれ!
また、ハンスの声がした。マルガレーテは、剣を持つ手に力を込める。
(そうだ……兄さんは、いつだって……)
覚悟を決め、正面からハッグに向かって走り出す。
「うぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
雄叫びを上げながら、ハッグに切っ先を向けた。
(最善の選択をする人だ!)
アミーの炎に肩を焼かれた。患部がジリジリ痛む。しかし、それでも気にせずに、ハッグへと駆け寄る。
賭けてみようと思ったのだ。兄の言葉に。
「なんてこと……自分は身を隠し、実の妹に捨て身の攻撃を仕掛けさせるなんて……」
ハッグは、一歩退いた。ハンスがどこから来るかは分からない。今は、目の前の女に対処するしかなかった。
しかし
「ハッグ……」
それが、ハンスの思惑だった。
「俺は、ここだ!」
***
「おらよっ!」
掛け声とともに、フレッグはマルコシアスに踵を落とす。超人的な身体能力で繰り出された蹴りは、いくら悪魔と言えど激痛だろう。マルコシアスは、大きく体勢を崩した。しかし……
「熱!?」
フレッグは慌てて足を引っ込めた。ここはスノウの領域であるのに、突然炎が吹き出したのだ。
「コイツ、火を吹くのかよ!?」
マルコシアスの口からは、まだ炎が漏れ出ている。スノウは、フレッグが火傷でもしていないかと、心配そうにその戦いを見つめている。
「フレッグさん……きゃっ!?」
今度は、スノウが悲鳴をあげた。スノウも指に高熱を感じた。うっかり、氷から手を離してしまう。
「いけない!」
スノウは慌てて氷に触れようとする。しかし、そこでスノウは、異変を感じた。
「そんな……私の氷が溶けてる!」
フレッグはその言葉を聞き、足元を見た。先ほどまでは大丈夫だったのに、ズボンの裾がずぶ濡れになっていた。スノウの周りに至っては、水が熱湯になり、湯気が立ち込めている。
「なんだよこれ!?クローセルの能力か!?」
フレッグは慌てて後退した。ここの水も、たちまち熱湯に変えられてしまうだろう。しかし、スノウより後ろには下がれない。スノウが足場を保持しているなら、それよりも前に出て庇わなければいけないからだ。
フレッグがそんなことを考えあぐねていると……
「吸い上げろ!」
ジャクソンが、植物化した腕を、熱湯に突っ込んだ。たちまち、熱湯が干上がる。
「ありがとうございます、ジャックさん!……凍てつけ!」
スノウは熱湯が無くなると、もう一度氷を張った。これで元どおりだ。
「水の温度を変える力か……媒介が水やったら、俺が吸い上げられるな。フレッグ!この天使ヤローは、俺に任せろ!お前はそのワンちゃんをどついたれ!」
「あぁ!」
フレッグは、指を鳴らしながらマルコシアスを睨みつける。
「さっきはよくも、唾を吐きかけてくれやがったな、この犬ッコロ!」
フレッグはマルコシアスに飛びかかった。背中から飛びつき、首に腕を回す。
「炎さえやり過ごせれば、ただの羽の生えた犬だ!」
そのまま、マルコシアスの首を絞め上げる。マルコシアスは苦しそうに暴れまわり、口からは炎が漏れる。しかし、背中側にいるフレッグには、全く届いていない。
「悪いな、メグがお前の飼い主をぶちのめすまで、大人しくしてもらうぞ」
フレッグは何度も振り落とされそうになったが、その度にマルコシアスを締め上げる腕に力を入れた。もう大丈夫だと、フレッグが安心した時……
「あ……」
マルコシアスの口が、スノウの方を向いた。口を開け、炎を吹き出そうとする。両腕でマルコシアスを締め上げているフレッグには、それを止める手段が無い。
「しまった……っ」
マルコシアスの口が、紅く染まり出した時……
ボンッ
と音を立てて、マルコシアスの姿が消えた。ジャクソンの方を見ると、クローセルの姿も消えている。フレッグの手には、砂糖の粉だけが握られていた。
「勝て……たのか……?」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.31 )
- 日時: 2017/08/29 21:21
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「俺は、ここだ!」
その声は、ハッグの背後からした。炎越しに、ハンスの姿が見える。しかし妙なことに、ハンスはハッグに襲いかかる気配がない。
「ハンス?何故そんな所に……」
ふと、ハッグは焦げ臭いにおいを感じた。見ると、ドレスの裾に火がついている。
「アミー!」
アミーの炎なら、それはハッグの指示に従う。ハッグは、アミーにその火を消させようとした。そこでふと気づく。自分の立ち位置に。
「気がついた?そこは、印章の上じゃない」
マルガレーテの突撃を避けるため、ハッグは後ろに退いた。その時、印章の外に出たのだ。アミーの炎は、印章の上にのみ存在する。では、この炎は何だ?
「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
「それは、俺がつけた火だ。自然の炎は、お前には従わないよ」
ハンスが種明かしをしてみせる。ハンスは既に倉庫に到着していた。そして、印章の外側にも火をつけ、マルガレーテにここまでハッグを追い込ませた。アミーの能力の及ばない炎では、ハッグは手を出せない。
「おのれぇ……ヘンゼルーーーーッ!!」
怒り狂った表情で、ハッグはハンスに手を伸ばす。彼女のドレスは、たちまち炎に飲まれていった。魔女の体は燃え上がる。竃の中に閉じ込められたように。
ハッグの絶叫も聞こえなくなると、辺りから炎が消えた。ただ一箇所、魔女の亡骸を除いて。
「……兄さん……」
「ゴメンね、メグ。痛むだろ?」
ハンスはマルガレーテに駆け寄った。アミーの炎は消えたが、マルガレーテの火傷は消えない。
そこへ、スノウがやって来た。
「メグさん!ハンスさん!無事ですか?」
スノウはマルガレーテの火傷を見ると、すぐに患部に手を近づけた。
「メグさん、少し痛いかもしれませんけど……凍てつけ!」
マルガレーテの肩に、氷が張られる。いきなり冷却されたため、激痛が走った。痛みでマルガレーテがよろけると、すかさずハンスが抱きとめる。
「メグ……勇気を出してくれて、ありがとう。お前が動いてくれなきゃ、ハッグは倒せなかったよ」
「兄さん……」
ハンスの腕の中で、マルガレーテは笑ってみせる。
「ずっと一緒に居たんだから、分かるよ。兄さんは、絶対ハッグを倒してくれるって信じてた」
まだ肩は痛むが、マルガレーテは強がってみせた。それがやせ我慢であることは、ハンスにはお見通しらしい。マルガレーテをその場に座らせる。
「メグーーーーーッ!!!マイ・スウィーーート・ハ……ゴフッ!?」
「空気読め!お前の脳みそと同じくらい、メグは重症だろ!」
マルガレーテに駆け寄るジャクソンに、フレッグが回り込んで蹴りを入れる。ジャクソンはその場にうずくまり、咳き込んでいた。手加減はしたようで、骨折の心配は無いだろう。
「みんなもありがとう。よく頑張ってくれた。特に、スノウちゃん。君の活躍は大きいよ」
「いえ!私はそんな……」
ハンスに褒められて、スノウは恐縮そうだった。はにかむスノウを見て、フレッグは複雑そうな顔をする。
「……心配しなくても、スノウちゃん奪ったりしないよ、ケロちゃん」
「心配なんかしてねーよ!あと、ケロちゃんって呼ぶな!」
フレッグは、顔を真っ赤にして怒っている。ジャクソンは、相変わらず動かない。
二体目の魔女を倒した今、英雄たちは互いに笑いあっていた。
***
「おやおや……フレッグ君にガールフレンドが居たとは」
倉庫の周りにある、雑木林。その中のある木の枝に、男は立っていた。
黒いローブに身を包んだ男は、遠目に戦いの一部始終を見物していた。額には紫水晶、胸には鎖で繋がれた青い炎のカンテラ、齢は20歳と見える。
「これをエビルダに報告したら、どんな顔をするだろうねぇ?」
男はローブを翻すと、次の瞬間には消えていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.32 )
- 日時: 2017/08/30 14:01
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
革命軍アジトへと帰る道中、スノウはマルガレーテの話を聞きながら、驚きの声を上げた。
「え!?メグさん、そんな危険な呪いをかけられているのに、あんな行動に出たんですか!?」
スノウの言葉は、心配と叱責を半分ずつはらんでいるようだ。マルガレーテは頭をかきながら答える。
「私も、今だと無茶だったと思うよ。でも、そのおかげでこの勝利があるなら、あの選択はきっと正しかったんだ」
スノウは相変わらず、マルガレーテの肩に手を添えている。すぐに処置したおかげか、大事には至らなかったようだ。
「呪い……そう言えば、スノウちゃんって、何の呪いなのかまだ分からないんだよね?」
ふいにハンスが問いかける。話を振られたスノウは、一瞬驚きの顔を見せ、そして頷く。
「そうなんです。全く心当たりもなくて……ハンスさん達はどうやって呪いのことを知ったんですか?」
今度は逆に、スノウが問いかけた。確かに、ハンス達の呪いは、死んでみなければどんなものか分からない。確かめる術は無いはずだ。
「……かなり昔の話になるけど、聞いてくれる?」
そう前置きをしてハンスは、昔、自分たちの身に起きた不思議な出来事について語り始めた……
***
それはまだ、ハンス達が革命軍に入る前のこと。幼くして孤児だった彼らは、よく路地裏で物乞いをしていた。
その日も2人で身を寄せ合い、冬が近づく中、寒くなって来た風に震えていると……
「これを……」
2人の前に、一斤のパンが差し出された。1日1食だってまともに取れないことがある2人には、思いもよらないご馳走だった。
奪い取るようにそのパンを手に取り、夢中で食べる。食べながら、パンを差し出した人物を確認する。
それは、額に月長石を埋め込まれた、美しい女性だった。腕には赤ん坊が抱かれている。赤ん坊の食べ物にだって困るこの時代なのに、パンを差し出すとはとても裕福な人なのだろうか。彼女は2人に向けて、聖母のような優しい笑顔を注いでいる。
女性は続けて、懐から何かを取り出し、ハンスとマルガレーテにそれぞれ握らせる。それは、木製の取っ手だ。
「よく聞いて。あなた達は、かつてこの国を魔女たちから救った英雄の生まれ変わりなの」
突然の言葉に、ハンス達は戸惑う。原初の魔女の物語は知っているが、そんな昔話の人物の生まれ変わりと言われても、実感がわかない。
「あなた達のかつての名は、ヘンゼルとグレーテル。魔女の1人を、竃に閉じ込めて倒した人物よ」
その話なら知っていた。この辺りに伝わるおとぎ話だ。
「竃は、魔女を燃やし尽くすと砕けてしまった。これは、その時に残った竃の取っ手。あなた達が願えば、この武器は、あらゆる姿をとる。そして、悪魔を追い払ってくれるわ」
女性は2人の持っている木の棒を指しながら言う。いまいち意味が飲み込めないが、これが武器で、悪魔という存在を倒せるということは理解した。
「ただし、気をつけて。あなた達はその力と引き換えに、一蓮托生の呪いがかけられている。どちらかが死ねば、もう一方も後を追って死んでしまう」
女性は悲しそうな顔をして、2人にその運命を告げた。ハンス達は、驚いた顔をする。だが……
「……2人一緒に死ねるなら、さみしくないね、お兄ちゃん」
そんな言葉をかけたのは、マルガレーテだった。女性は驚いた顔をする。
「そうだね!ずっと一緒に居られるね!」
ハンスもつられて笑った。どうやらこの双子は、そんな運命も受け入れたらしい。女性は微笑を浮かべると、2人の頭を撫でた。
「……輪廻が交差すれば、またあなた達に会えるかもしれない。どうかそれまで、無事でいてね」
そう告げると、一陣の風が吹きつけた。2人は目を覆う。そして再び目を開けた時、そこに女性と赤子の姿は無く、残されていたのは食べかけのパンと、不思議な取っ手だけだった。
***
「………そんなことがあったんですか」
話を聞いて、スノウが言う。現に2人は、その時の武器も持っている。それは夢物語では無かったのだろう。
「ほな、その女に会えば、スノウの呪いも分かるんか?」
ジャクソンが考察を入れる。確かに彼女は、確かめようがないハンス達の呪いを教えたのだ。スノウの呪いについても、何か知っているかもしれない。
「けど、その話聞いてるとさ……その女、たぶん魔女だろ?」
そこにフレッグが鋭い指摘を入れた。今までに出会った魔女達は、一様に額に石が埋め込まれていた。ハンスの話に出てきた女性も、その特徴と一致する。
「そうなんだよね……でも、あの人は味方だと思うんだ」
「根拠はあるんですか?」
「俺の勘!」
ハンスが自信満々に答えると、スノウは肩を落とした。その横で、フレッグは何かを考えている。
(月長石……と言うことは少なくとも、あの女じゃないな……)
忌々しい記憶をよぎらせながら、フレッグは仲間達の後をついていった。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.33 )
- 日時: 2017/08/31 01:26
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter5〉
一陣の風が吹いたかと思うと、男はそこに現れた。その部屋にはすでに、4人の人物がいた。黒いドレスの女を上座とし、それぞれが長机を挟んで座っている。
「陛下よりも後に参内するとは……身の程をわきまえよ、リーパー!」
男を怒鳴りつけたのは、額に瑠璃石が埋め込まれた大柄の壮年。鎧に身を包んだ、厳格そうないでたちである。
「申し訳ありません、陛下。並びに同志よ。ティタンも気を鎮めてくれるかい?」
リーパーという男は、年は若そうだ。黒いローブで細い体を覆い、胸には青い炎のカンテラを灯し、額には紫水晶が埋め込まれている。
「不問とする、リーパー。座に着くがいい」
そう言ったのは、上座にいた女だ。年は40を過ぎた頃。額には血玉髄が埋め込まれている。彼女が最も上の立場らしく、彼女の言葉には誰も逆らわなかった。
「感謝します、陛下」
リーパーは空いていた席に座る。彼が座っても、長机には依然2つの空席があった。
「まさか、ブライアに引き続き、ハッグまで倒されるとは……あの子達も、なかなかやりますのねぇ……」
気だるそうに言ったのは、派手に化粧をした女。露出の多い服装は、ブライアと同じ匂いを感じる。額に埋まっているのは、橄欖石だ。
「敵を賞賛とは、どういうつもりです、エビルダ?貴女まさか、あの男とでも通じているのではないでしょうね?」
その言葉をたしなめたのは、まだ10代とおぼしき少女。彼女だけは石を持たず、普通の人間のようである。黒く長い髪は1つにくくり、白いシャツと黒いパンツの上から、黒いマントを羽織っている。
「はははっ。それが叶えば、エビルダには本望でしょう、プリンセス?」
王女と呼ばれたその人は、リーパーの冗談に気が触ったのか、彼をきっと睨みつける。エビルダや他の2人は、気にしていない様子だ。
「ともかく……今代の英雄達も手強い。我々は力を削がれている以上、警戒すべきでしょう」
その場をまとめるように、ティタンと呼ばれた男が言う。上座にいた女もそれに頷く。
「亡き2人のように、いがみ合うことはなかれ。余らの本懐を遂げることを、心に留め置け」
彼女が言い放つと、一同は「御意」と声を揃える。そして、風とともに姿を消した。
残されたのは、上座にいた女と、王女。
「お母様の願いは、必ず私が叶えてみせます」
王女は呟く。それを聞いた女は、愛しそうに笑った。
「期待しておる。我が娘、エラ」
「ありがとうございます、リリス陛下」
エラは深々と一礼すると、その場を後にした。1人になったリリスは、その背中を見送りながら、その微笑に闇を滲ませていた。
***
「エビルダ、今日も君は美しいようで何より」
「あら?口が上手ね、リーパー。でも貴方こそ、齢80にもなるのに、老いを感じないなんて羨ましいわ」
女王への謁見を終えると、リーパーはエビルダに話しかけた。見た目を褒められたことに、エビルダは満更でも無さそうだ。
「時にエビルダ……僕は今日、信じられないものをみてねぇ……」
リーパーは勿体ぶるように話す。エビルダは、退屈そうに聞いた。
「あら、何かしら?」
「あのフレッグという坊や……どうやら、恋人ができたようだよ?」
途端、彼女の立っていた大理石の床に、亀裂が入る。表情は崩さないものの、その雰囲気は殺気に満ちていた。
「……そう」
エビルダはそのまま去ろうとする。
「おや、どちらへ?」
リーパーが引き止めるように尋ねると
「少し、街まで……ケージを1つ増やしてくれるかしら?陛下に手土産を持って帰るわ」
エビルダは妖艶な笑みを浮かべて、背中を向けた。リーパーはその様子を見て、さも愉快そうに笑った。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.34 )
- 日時: 2017/09/01 19:46
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
そのカフェは、通りの突き当たりにあった。
「ここ、俺が育った街なんだ」
王都内・歓楽街。王都の中でも、そこは治安が悪く、そのカフェから先は、ガラの良くない連中がたむろしていた。
そんな街の外れにあるカフェに、スノウとフレッグはいる。夕刻時、テラスでお茶を囲んでいた。
「俺の母親は娼婦で、とても子供を大切にしてくれる人じゃなかった」
フレッグが寂しそうに言う。スノウは、彼にかけて上げる言葉を模索していた。
「……何度も、この呪いが無ければって考えた。でも結局、呪いがなくたって鬱陶しく思われていたんだろうな。だから俺は、母親もこの街も嫌いだった」
「フレッグさん……」
親との思い出がないスノウには、分からなかった。愛情を注いでくれない親が側にいることと、そもそもそんな親なんて存在しないこと、どちらの方が良いかなんて。
「でも……ここのテラスから見える景色だけは、大好きだった」
フレッグは、スノウの後方をみつめながら言った。まだ、彼がこの店の下働きをさせられていた頃に見た景色。スノウは振り向き、その景色に感嘆の声を漏らした。
歓楽街の背の高い建物は、路地の両側にそびえ立っている。街路と建物で、ちょうど箱型になっているのだ。その中に、まるで宝物をしまうように、沈んでいく夕陽。
「素敵ね……」
思わず出たスノウの言葉に、フレッグは微笑む。
「気に入ってくれて、良かった」
2人はしばらく夕陽を眺め、辺りが暗くなった頃、その店を後にした。
***
「みーつけた」
女は遠目に2人を眺めていた。自分は見たことないような優しい笑顔を、彼は傍らの娘に向けていた。
「馬鹿ねえ、フレッグ……あなたは私の半身なのに……」
女は笑みを浮かべる。額の橄欖石は、夕陽に照らされて、本来の色を失っていた。
「教えてあげるわ。あなたのことを心から愛せるのは、私だけだってことを……」
女の狂気に反応したのか、物乞いの幼い孤児がビクッと怯える。女はそれが気に入らないようで、その少女を睨みつける。
女は少女の前を通り過ぎる。すると、後に残されたのは、汚い野ネズミが1匹だけだった。
***
カフェを出ると、スノウとフレッグは並んで歩く。手を繋ぐほどの勇気はフレッグには無く、ただ隣を歩くだけだった。
「アーサーがこの間、俺に決闘状持ってきたんだよ。でもスペルが間違っていたから、教えてやってたら、いつの間にか文字の勉強になってて……」
「あら、道理で最近仲が良かったのね」
たわいもない話をしていると、誰かが2人の前をふさぐ。派手な化粧の、妖艶な女だ。長い前髪で、女の額は隠れている。スノウはその影に気がつき
「あ、すみません」
と道を譲ろうとすると……
「エビルダ!」
フレッグの怒声とともに、スノウ身体はフレッグの背後に押しやられる。
「フレッグさ……」
「何の用だ!」
いつもは耳慣れないフレッグの怒った声は、スノウの言葉をかき消した。フレッグは、目の前にいるその女を威嚇のように睨みつける。
「酷いわ、フレッグ。久しぶりに会えたのに……」
「黙れ!こっちはお前の顔なんか、見たくない!」
2人の会話から、彼らが初対面でないことは分かった。しかしスノウは、会話の流れが掴めず、フレッグの背中を見つめる。すると、彼が震えていることに気がついた。
「可哀想に……そこの女に騙されているのね」
悪意のこもった女の瞳が、スノウを睨みつける。その時、スノウは、前髪に隠れていた額の石を見つけた。
(魔女……!)
スノウがそれに気がついた瞬間、視界が揺らぐ。フレッグの前方に、魔女の姿はない。しかし、目線がいつもと違う。フレッグを足元から見上げているのだ。
「スノウ!?」
フレッグがしゃがみこみ、スノウの身体を抱き寄せる。彼は悲痛な面持ちをしている。「どうしたの?」と声をかけようとした時……
「ミュウ?」
スノウの喉をついて出た声は、人間のものではなかった。驚いて、自分の体を見る。
白い毛皮に覆われた身体、臀部から伸びる純白の尾……その姿は、首元にリンゴの呪印のある、真っ白な猫だった。
「エビルダ!」
先ほどより怒気のこもった声で、フレッグが叫ぶ。いつの間にかエビルダという女はスノウの後方に移動しており、その姿をさも愉快そうに見下していた。
「あなたには、その姿がお似合いよ。泥棒猫ちゃん」
「うるさい!スノウを元に戻せ!」
フレッグはスノウを懐に庇いながら、エビルダを睨み上げる。するとエビルダはフレッグに近寄り、耳元で何かを囁いた。
瞬間、フレッグの身体に悪寒が走る。悪寒は、そばにいたスノウにも伝わった。
「……じゃ、待っているわ。あなたとの思い出の場所で」
エビルダはそう言い残し、風とともに姿を消す。フレッグは顔色を悪くして、ずっと俯いている。
「ミャオ?」
「大丈夫?」と声をかけてやりたい。しかし、それを伝えられないことを、スノウは歯がゆく思った。フレッグの服の裾を、カリカリと引っ掻く。フレッグは、猫の姿のスノウを抱え上げ、呟いた。
「スノウ……必ず、俺がなんとかするから……」
スノウを抱きしめるフレッグの腕は、今もずっと震えていた。