複雑・ファジー小説
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- あなたに出会う物語
- 日時: 2017/09/16 12:43
- 名前: ももた (ID: b9FZOMBf)
小さな手……小さな温もり……
あなたはもう一度、私に会いに来てくれたのね。
あなたに最初の贈り物をあげましょう。
あなたの名は……
***
こんにちは、気まぐれなももたです。初心者で、更新は不規則ですが、頑張って書いていきます!
〈注意〉
本作は多少のグロ表現、下ネタ等を含みます。嫌な予感がした方は、ブラウザバック!
〈目次〉
Chapter1……>>1-5
Chapter2……>>6-11
Chapter3……>>12-25
Chapter4……>>26-32
Chapter5……>>33-39
Chapter6……>>40-45
Chapter7……>>46-54
Chapter8……>>55-
〈主要登場人物〉
以下、ネタバレを含むことがあります。本編を読んでからの閲覧を推奨します。プロフィールはストーリーの進行に合わせて更新します。
スノウ・ヴァイス(18)
ベース:白雪姫
呪い:???
反動:氷を操る
雪のように白い肌、黒檀のような黒く長い髪、血のように赤い唇の美しい少女。赤ん坊の頃から孤児院で育ち、周りからは優しく礼儀正しいと評判。
フレッグ・ポンド(18)
ベース:カエルの王様
呪い:満月の夜にカエルの姿になる
反動:身体能力が高い
短いブロンドの、麗しい青年。しかしある理由から、強いコンプレックスを抱いている。少し卑屈な面もあるが、勇敢な性格。ハンスから『ケロちゃん』と呼ばれるのを嫌がっている。
ハンス・クーヘン(28)
ベース:ヘンゼル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
赤い巻き毛で、長身の美しい青年。革命軍のリーダーを務めている。陽気でいたずら好きな性格。
マルガレーテ・クーヘン(28)
ベース:グレーテル
呪い:兄妹のどちらかが死ねば、もう片方も道連れに死ぬ
反動:悪魔を払う武器を操る
ハンスの双子の妹で、容姿が兄によく似ている。ハンスの右腕となって、常に彼を支えている。兄よりも男前な性格で、面倒見が良い。愛称は『メグ』
ローザ・フォン・ルーク(14)
ベース:いばら姫
呪い:悪夢しか見ることができない
反動:人の悪夢を盗ることができる
白銀色の髪に、赤い瞳が特徴的な美少女。身体があまり丈夫でない。穏やかで物静かな性格。実はとても寂しがり。
ジャクソン・ビーン(26)
ベース:ジャックと豆の木
呪い:豆の木に身体を寄生される
反動:身体を植物のように扱える
癖っ毛の黒髪で、あごひげを生やしており、右目に眼帯をつけている。女好きな性格で、マルガレーテに会うたびに口説いている。また、フレッグのことをいつも気にかけており、弟のように思っている。愛称はジャック。
アーサー・アルビオン(5)
スノウとともに、孤児院で育った子供。やんちゃ盛りで、遊ぶことと食べることが好き。人懐っこく、今や革命軍のマスコット。
イザーク・ゲルハルト(24)
ベース:死神の名付け親(落語『死神』の元ネタ)
呪い:???
反動:病気や怪我を、瞬時に治す
メガネの青年。誰にでも敬語で話し、大人しそうな印象がある。スノウの過去を知る人物で、過去には能力を活かして父の病院を手伝っていた。
エラ(18)
呪い:誰かを憎まずには生きていけない
反動:炎を操る。
リリスの娘で、スノウの双子の姉。見た目はスノウとそっくりだが、エラの方がボーイッシュ。リリスに育てられ、パンドラやスノウを憎むようになってしまった。
リリス(42)
国を治めるている。白雪姫の魔女の生まれ変わり。スノウとエラの母。額の石は血玉髄。
ブライア(32)
若作りとイタい服装が趣味。いばら姫の魔女の生まれ変わり。人を操る力を持つ。額の石は石榴。
ハッグ(34)
肥満体でお菓子好き。砂糖でできた悪魔を呼び出す力を持つ。ヘンゼルとグレーテルの魔女の生まれ変わり。額の石は琥珀石。
エビルダ(39)
派手な化粧の、妖艶な女性。フレッグに好意を寄せているらしい。人を動物の姿に変える力を持つ。カエルの王様の魔女の生まれ変わり。額の石は橄欖石。
リーパー(??)
見た目は20歳前後だが、実年齢は80を超えている。死神の名付け親の生まれ変わり。黒いローブと、胸のカンテラが特徴。額の石は紫水晶。
ティタン(51)
荘厳ないでたちの巨漢。鎧を着ている。額の石は瑠璃石。
パンドラ
1000年の間、国を治めていた正義の魔女。18年前に殺害された。現在は棺に閉じ込められ、転生の時を待っている。額の石は月長石。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.14 )
- 日時: 2017/08/29 15:23
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
アジト内・屋内闘技場
スノウは、フレッグと向かい合って立っていた。互いに応戦体制をとる。
「遠慮はいらない。本気で打ち込んでこい」
「ええ!」
スノウは返事と共に、フレッグに目掛けて真っ直ぐに氷の礫を飛ばした。フレッグはそれを、ひらりと横にかわす。外れた礫は、フレッグの後方で弾けて粉雪となる。
「くっ!」
今度は両手から礫を飛ばした。それらはフレッグを挟み込むように、両側から飛んでくる。フレッグは冷静に、スノウの方へ跳躍することでその攻撃をかわした。そしてそのまま突進し、スノウに拳を突き出す。
「っ!?」
スノウは思わず、目をつぶって身を強張らせた。しかし、痛みはない。そっと目を開けると、フレッグの拳は、スノウの身体に当たる寸前で止められていた。
「初心者にしては、よく戦えていると思う。ただ、戦術が単調だな……」
「戦術……」
スノウは自信なさげに俯いている。フレッグはかけてやる言葉を探して、困ってしまった。するとそこに……
「スノウちゃんに、ケロちゃん!何やってんの〜〜?」
突き抜けるような明るい声が響いた。ハンスである。呑気に手をひらひらと振りながら、二人の方に近づいてくる。
「スノウ、ちょっと耳を貸せ」
「え?何?」
スノウの耳元に顔を近づけるフレッグを見て、ハンスはニヤニヤと笑う。
「あらやだ!ケロちゃんてば、積極て……あだだだだ!ケロちゃん、俺の足踏んでる!踏んでる!!」
踵でグリグリとたっぷりサービスをしてやると、ようやくフレッグは足を離した。
「ハンス、スノウの実践練習に付き合ってくれないか?」
意外な言葉に、ハンスは目を丸くする。
「へ?俺?いいけど……あ!」
ハンスはニヤリと笑う。何かを悪巧みしているときの顔だ。
「じゃあさ、勝った方が負けた方になんでも質問できるっていう条件付きでどう?」
「え?」
スノウは困った顔でフレッグの方を見た。フレッグは無言で頷く。
「言っとくけど、舐めてると痛い目にあうからな?」
了解を得たハンスは、笑顔を輝かせる。
「よしよし!訓練だから、俺は木剣ね!」
そう言ってハンスは、懐から取っ手のようなものを取り出した。ハンスが握りしめると、それは木剣に変わる。
「いくぞ?」
ハンスの準備が整っているのを確認して、フレッグは二人の間に手を伸ばす。この手が上がるのが、開始の合図らしい。
「用意……始め!」
その言葉が聞こえるとすぐに、ハンスはスノウの方に踏み込んだ。スノウはあわてず、ハンスに向けて真っ直ぐに氷の礫を飛ばした。そして、心の中で、フレッグに耳打ちされた言葉を反芻する。
ーー武器を持っているやつは、武器で攻撃を防ごうとする。それを逆手に取れ。
ハンスは果たして、フレッグの言葉通り、氷の礫を木剣で受ける。すると、礫は木剣に触れるなり弾けて、粉雪が辺りに舞った。
「な!?」
視界を奪われたハンスは、目元の雪を払おうと、目の高さで木剣を振るう。
「勝負ありだな」
フレッグの声が聞こえた。ハンスには、何が起きたのか分からない。しかし、視界が晴れるに連れて、その言葉を飲み込んだ。長身なハンスの目の高さで振るわれた木剣は、小柄なスノウのはるか上でからぶった。対してスノウは、彼女の武器を、すなわちその白い手を、ハンスの心臓の位置に当てていた。
「ありゃ……これは参りました……」
ハンスは存外に、あっさり負けを認めた。木剣は元通り柄だけになり、ハンスの懐に収まる。
「まあ、男に二言はないからね。さあ、なんでも聞きたまえ!」
そして、両腕を大きく広げた。スノウは扱いに困った顔をしている。
「えっと……それじゃ……どうしてハンスさんは、ローザちゃんのお父さんになったんですか?」
一瞬、ハンスの顔が凍りついた。しかし、それはすぐに溶け、頭をかきながらフレッグの方を向いた。
「ケロちゃん……バラした?」
「いや、先に誰かから聞いていたみたいだ」
「まあ、いいけど……」
長い話になるからと、ハンスは二人に座るように促した。そして、フレッグにどこまでを話したのか確認する。
「ローザは英雄の一人・いばら姫の生まれ変わりだ。ローザの父親は、ローザが生まれてすぐに、いばら姫の魔女・ブライアに殺された。ローザの身を案じたステラ……ローザの母親は、あの子を守るために、この革命軍を発足したんだ」
スノウはふと、先生のことを思い浮かべた。彼も白雪姫である自分を匿ったために、女王に殺されたのだ。
「ステラも結局、戦いで命を落とすことになってしまった。その時に、彼女に頼まれたんだ。ローザを頼むって。だから、俺はローザの父親になるって決めたんだよ」
そう言うと、ハンスはパッと顔を上げた。
「はい!俺の暗〜いお話は終わり!柄にもない語り方したら、なんか照れるわ〜〜」
そして、どこか悲しさを帯びた笑顔を見せた。悪いことを聞いてしまった気がしたスノウは、表情を曇らせる。
「まさか、お前に真面目な物の考え方が備わっていたなんて……」
「ちょっと!ケロちゃんの中で、俺ってどんな扱いなの!?」
「ただのバカ」
「ひどい!」
そんな会話をしながら、フレッグはスノウに出て行くように手でサインをする。スノウはその気遣いに甘え、一言声をかけてから闘技場を出て行くことにした。
後にはフレッグとハンスが残された。ハンスは伸びをした後、その場にゴロリと寝転がる。
「あーあ、スノウちゃんに好きな人いるか聞きそびれたなぁ……」
若干、フレッグが残念そうな顔をする。
(そういうことは、先に言えよ……)
ハンスは隣で、歯をむき出しにして笑ってみせる。フレッグは、考えていることがいちいち表情に出るので、分かりやすい。
「ケロちゃん……人間てさ、いつか死んじゃうんだよ……」
ポツリとハンスがこぼした。フレッグは、怪訝な顔でハンスの方を向く。
「またいつかでいいやなんて思わないでさ……思ったことはその時に言わないと……」
「……言いそびれたことがあるのか?その、ステラって女に」
ハンスは黙った。そして、目を覆うように、右手を置いた。図星のようだ。会話が続かなくなったフレッグは、ハンスを一人残して闘技場を去った。
「言えなかったんだよ。俺は…………だから」
誰もいない闘技場で、ハンスは一人呟いた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.16 )
- 日時: 2017/08/29 15:25
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
それは、好奇心だった。
今、少年の前に扉は開かれている。外へと通じる扉だ。少年はワクワクした気持ちでくぐり抜ける。あれほど大人たちから言われた言葉も、今は心にない。
ーーアーサー君、外に出てはいけないよ。でないと……
「悪〜い魔女に、連れ去られちゃうわよ?」
女は不気味に笑う。女のひたいには、柘榴石が輝いていた。
***
「見つかったか?」
「いや、まだや……」
スノウが闘技場から帰ってくると、マルガレーテとジャクソンが慌ただしく駆け回っていた。
「どうしたんですか?」
スノウの声に、はっと2人は振り向いた。そして、気まずそうな顔をしている。ややあって、ジャクソンが口を開く。
「アーサーが、キッズルームから消えてもたんや……」
瞬間、スノウの顔が凍りつく。パニックを起こし、声が出ない。
「今、アジト内を手分けして探しているんだが……」
マルガレーテはそこで言葉を切る。それは、最悪の場合、すなわちアーサーが外に出てしまっていることを想定しているからだ。
スノウの身体が、ガタガタと震えだす。足の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった時……
「ローザを頼ろう」
後ろから、それを支える腕があった。フレッグだ。
「フレッグさん……」
スノウは、光のない目で彼を見上げる。
「俺たちは先にローザのところに行く。ジャックとメグは、闘技場にいるハンスを呼んできてくれ」
フレッグは指示を出すとすぐに、スノウの手を引き、ローザの部屋へ足を向ける。
「分かった!すぐに戻る!」
マルガレーテも返事をすると、ジャクソンとともに、足早に反対方向に向かった。
「大丈夫だ。お前には革命軍(おれたち)がついている。だから、そんな顔するな」
スノウは、自分がいつの間にか涙を流していることに気がついた。スノウは嗚咽を漏らしながら、ただ何度も頷いた。
***
「……という訳だ。ローザ、すまないが、アーサーの夢を見てくれないか?」
「……分かったわ……」
ベッドで横になりながら、静かにローザは返事をした。そして、目を閉じる。不思議なことに、彼女はものの数秒で寝息を立て始めた。
「フレッグさん、これは……?」
「ローザの呪いの反動だ。ローザは呪いのせいで、眠ると悪夢しか見ることができない。その代わり、他の人間の悪夢を盗ることが出来るんだ」
眠っているローザの指が、ピクリと跳ねた。息も荒くなっている。
「ローザちゃん……」
スノウは、申し訳ない気持ちを抱きながら、その手を握った。こんなに怖い思いをしても、自分の頼みを聞いてくれているのだ。自分よりも4つも年下の、この子が。
「……っ……」
スノウが手をとると、心なしかローザの呼吸が整ってきた。
「驚いたな……」
フレッグが呟く。
「え?」
「ハンス以外の人間が、ローザをこんなに落ち着かせるところは見たことがない」
フレッグは感心したように、ローザの寝顔とスノウを交互に見つめた。
ガチャリ
突然、後ろからドアの開く音がした。ハンスだ。
「話は聞いたよ」
ハンスはそう言って、スノウと場所を変わろうとする。
「フレッグ、スノウちゃんに何か温かいものを。スノウちゃんは今、スノウちゃん自身が思ってる以上に動揺してる。少し落ち着かせてあげて」
「……分かった」
フレッグは二つ返事で、スノウを立たせる。スノウもおとなしくローザの手を離し、フレッグの後をついていった。
後に残ったハンスは、そっとローザの頬を撫でる。
「本当に、よく似てきたよ。ステラに……」
少し苦しそうに、ハンスは微笑む。彼女の笑顔が、ローザの寝顔に重ねて見えた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.17 )
- 日時: 2017/08/29 15:27
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
白い天井が見える。壁もすすけてはいるが、白い。正方形の部屋の中、自分はベットの上に横たわっていた。周りには、器具の載ったたくさんの台、瓶や本の敷き詰まった棚、大きな金属製の扉。
起き上がってみようと思うが、金縛りにあったように体が動かない。そのことに恐怖を感じていると、扉の向こうからカツカツと足音が聞こえた。足音はだんだんと近づいてくる。そしてとうとう、扉は開かれ、足音の主が姿を見せる……
「ブライア!!」
ローザはそこで目を覚ました。傍らには、ハンスが手を握って座っている。
「ブライアだって……?」
「アーサーの悪夢に……ブライアが……きっと攫ったのは……」
夢から覚めても、動悸が止まらない。8年前の悪夢が蘇る。ローザは胸を押さえながら声を絞り出した。ハンスはそんなローザの背中を、優しくさする。
「ローザ、アーサー君の周りには、何があった?」
ハンスの問いかけに、ローザは心を落ち着かせ、鮮明に思い出そうとする。
「真っ白な……でも、古びた部屋……真ん中にベットがあって……あれは……実験室……?」
ローザの言葉を頼りに、ハンスは考える。
ーーアーサー君が消えてから、時間はそんなに経ってない。短時間に移動できる距離にあるのは……
「ゲルハルト廃病院!ありがとう、ローザ!」
ハンスはすぐにローザの部屋を飛び出した。
***
「了解や」
王立公園の茂みの中で、ジャクソンは小声で答えると通信を切った。昼間でもこの場所に人は寄り付かず、暗い茂みはジャクソンの姿を丁度よく隠していた。
「ゲルハルト病院か……」
10年以上昔に、レジスタンス組織を匿っていたとして、王国軍に制圧された病院だ。どんな病気も立ち所に治してしまうという、曰く付きの名医がいたそうだ。
「ほな、いっちょやったるか!」
ジャクソンはそう呟いて、地面に座り込んだ。そこには、生え際で刈り取られた、何かの植物の切り株がある。ジャクソンはその上に手を載せた。
すると不思議なことに、ジャクソンの手は植物のように変形する。そして、切り株とジャクソンの身体は、元々は一本の木であったように接合された。
ジャクソンが人食い鬼に掛けられた呪いは、豆の木に身体を寄生される呪い。しかしその反動で、ジャクソンは体の一部を、豆の木のように伸ばしたり、接ぎ木したりすることができるようになった。
今、ジャクソンは地中深くに張った根を、廃病院の方へと伸ばしていった。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.18 )
- 日時: 2017/08/29 15:30
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
スノウとフレッグは、ジャクソンから送られた院内図を元に、廃病院の裏から侵入した。足音を立てないようにして通路を突っ切り、曲がり角で足を止め、周りの気配を探る。するとフレッグは違和感を覚えた。
「おかしい……物音ひとつしない……」
フレッグの聴覚は、常軌を逸している。それをもってして音を拾えないというのは、奇妙なことだった。
「スノウ、念のため、外に待機しているメグに、悪魔を呼び出した気配がないか尋ねてくれ」
スノウは頷き、通信機でその旨をメグに問いかけた。
「メグさん、フレッグさんが敵の気配を感じないと言っていて……悪魔の気配はありますかと……」
「ハッグは悪魔を召喚するときに、印章をどこかに描くんだ。今、病院の周りを探しているが、どこにもそのような物は見当たらなくてな……」
フレッグはその優れた耳で、メグの話を聞いていたらしい。そうかと呟くと、足音が響くのも気にせず、走り出した。スノウは驚きながらもその後を追う。
「フレッグさん、危ないわよ……」
「メグも言ってたろ、悪魔はいないって。それなら、急いでアーサーを助けに行った方が得策じゃないか?」
フレッグは落ち着いた体裁を装って話す。その裏には、事後であるという可能性に対する不安があった。ブライアがアーサーに手を下した後であれば、敵がいないことも頷ける。スノウはそんなフレッグの考察も知らず、ただただ彼を追いかけた。
***
一階の奥、手術室。そこが彼らの目的地だった。フレッグは、鍵のかかった鉄扉を、力尽くでこじ開ける。中には……
「アーサー!!」
探していたその少年が、穏やかな寝息を立てて、手術台に寝かされていた。身体は台の上に固定されているが、無事なようだ。スノウにとってアーサーは、残されたただ一人の家族と言っていい。スノウはアーサーの元へ、躊躇なく駆け寄ろうとした。
「……待て、スノウ!罠だ!」
フレッグの制止が聞こえるよりも早く……
カチッ
スノウが手術室に足を入れた途端、何かの作動音が聞こえた。
「え……?」
スノウがよく部屋を見渡すと、アーサーの手術台の下に、不審な機械を見つける。スノウが部屋に入ったことでスイッチが作動し、時限式で起爆するようになっていたらしい。
「スノウ、アーサーの拘束を解け!」
考えるより先に、フレッグは指示を出していた。スノウはその言葉にハッとし、言われた通り、アーサーの拘束を解く。
フレッグは、アーサーに巻き付いたベルトを外しながら考えていた。
(さっきのでスイッチが入ったとして、あとどれくらいの猶予があるんだ?狡猾なブライアのことだ。きっと俺が2人を担いで逃げ切れる余裕は無いだろう……)
フレッグはアーサーの最後の枷を外すと同時に、部屋の隅のあるものに目を止めた。よくよく思い返せばこの部屋は、実験室のような造りをしていて、その用途でも用いられていたようだ。
(だから、こんなものがあるのか……)
それはシェルターのようなものだった。大柄な成人男性一人分ほどの容量の。
(だが、女子供なら……)
フレッグはスノウとアーサーを、両手に抱える。
「え?フレッグさん!?」
そして2人を、乱暴にシェルターに押し込んだ。
「待ってフレッグさん!あなたはどうするの?」
「体格を考えろ。俺が入れば、容量オーバーだ」
フレッグはそのまま、扉を閉めようとする。スノウは隙間から手を伸ばし、それを止めた。
「待って、それなら私の代わりにあなたが中に入って!こうなったのも全部、私が……」
フレッグは、隙間から伸びた、その白い手をとる。そして、やや開いた扉の間から……
「フレッグさ……」
スノウにそっと口づける。
「守らせてくれ……好きだから……」
そして、スノウの身体を引き剥がし、シェルターの扉を閉めた。内側から、スノウが扉を叩いている音が聞こえる。何度も自分の名前を呼んでいる。
「ハンス……俺、言えたよ……」
そして、フレッグは固く目を閉じた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.19 )
- 日時: 2017/08/29 15:32
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
カチ……カチ……
フレッグは、タイマーの音を静かに聞いていた。ジャクソンに拾われ、革命軍に入り、子供の頃には手に入らなかったものを、たくさん手にいれた。もう十分だ。走馬灯のように蘇る思い出を胸に、あとは終わりを待つだけ……
「……い……レ……」
兄の声がする。いつもはうっとうしく思うのに、こんな時になって会いたくなるとは。そうして、日頃の言動を顧みてももう遅い。
「……いや、さすがに遅すぎねえか!?」
いつまで待っても爆発は起こらない。タイマーの音すら、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「おい!フレッグ!聞こえとるんか!?」
その声は幻聴ではない。確かに彼の声は、通信機のイヤホンを通して、フレッグの鼓膜をつきやぶらん限りに呼びかけていた。混乱と激痛が、フレッグの脳を襲う。フレッグは通信機を耳から遠ざけながら答えた。
「聞こえてる!だからそんなに叫ばないでくれ!」
「なんや、無事みたいやな?念のため、爆弾を確認してくれや」
「なんでお前が爆弾のことを……」
「ええから!」
何が起きているのかよくわからない。恐る恐る手術台に近づいた。そして、その下を覗き込む。そこにあった爆弾は、植物のツタが絡みつき、機能を停止しているようだった。
「止まってる……お前がやったのか?でも、どうして……?」
「メグに感謝せぇよ?アイツが爆弾のことを教えてくれたんや」
「メグが?なんで病院内のことを……」
フレッグはふと、そこで言葉を切った。
(待てよ、最後にメグに通信したのはいつだ?)
フレッグは自問自答を始める。たしか、マルガレーテには悪魔召喚の痕跡があるかを確認した。
(その後……スノウは、通信を切ったか?)
フレッグはそれを確認していない。もし、スノウが今まで通信を切っていないとしたら……もし、マルガレーテが今までの会話を傍受していたとしたら……
「……ジャック」
「なんや?」
「俺、今すぐ死にたい」
「なんでや!?せっかく助けてやったのに!」
どんな顔をして、彼女に会えばいいのだろう。赤面してしゃがみ込みながら、フレッグはシェルターを開けるかどうか迷っていた。
***
「あれ?結局3人とも生き残っちゃったんだ」
広場を見下ろす鐘の塔。その屋根に座り、女は目を閉じながら呟いた。
「ま、いっか。勅命にあったのは、スノウ様の抹殺命令だけ……」
女は目を開き、ニタリと笑みを浮かべる。
「坊やさえ生きているなら……この勝負、私の勝ちね、ハッグ?」
夕暮れの広場に、不気味な魔女の高笑いが響き渡った。
***
夕陽を正面に浴びながら、フレッグはアーサーを背負い、スノウと並んで歩いた。二つの長い影が、踵から伸びている。
(き……気まずい……)
廃病院を出てからというもの、ほとんど会話をしていない。まともに恋愛経験のない2人には、この沈黙を打破する手段がなかった。
(ヤバい。マジで話題がない。こんな時に、ハンスかジャックがいれば……)
と、そんなことを考えていると、前方に長い影を視認する。
(やっぱり、さっきの無し。コイツ、絶対イジってくる……)
ハンスだった。逆光のせいで表情が読めないが、赤い巻き毛は見間違いようがない。何より、彼が手にしている武器こそ、彼がハンスである証拠だ。
「アーサーくん……見つかったんだ」
ハンスの声は、珍しく覇気がなかった。しかしその声に沈黙は破られた。スノウは、精一杯の笑顔を浮かべる。
「はい!一緒に探してくださって、ありがとうございます!」
礼を言いながらスノウはハンスに駆け寄った。
「スノウちゃん……」
相変わらず、彼の声には覇気が無い。ハンスは、駆け寄ってくる彼女を……
「君は……見ない方がいい」
りんごの呪印……ちょうど、うなじに手刀を落とし、彼女の意識を奪った。