コメディ・ライト小説(新)

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透明な愛を吐く【短編集】
日時: 2019/10/22 19:36
名前: あんず ◆zaJDvpDzf6
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=4705

 
 この透明な指先で、君への透明な愛を綴ろう


***

こんにちは、またははじめまして。
あんずと申します。

明るい話から暗い話まで、何でもありの短編集です。続きやおちはあったりなかったりします。
更新速度は遅めですが、楽しんで頂ければ幸いです。

*お客様*

 *Garnet 様
 *一青色 様
 *いろはうた 様
 *友桃 様

2016年4月9日 執筆開始


*目次(予定含)*

▼透明な愛を吐く >>008

▼青い記憶に別れを >>004

▼君の消えた世界で >> ???

▼悪役と手のひら >>006

▼春を待つ、 >>007

▼降りそそぐ、さようなら >>009

▼向日葵の揺れる→改稿

▼水飴空 >>015

▼星の底 >>016

▼憧憬 >>017

▼COMMUOVERE >>019

▼HIRAETH(未完) >>020

▼前略、親愛なる彼方あなたへ >>021

▼Litendrop(#7改稿) >>024

***

*その他*

▼2017.11 旧コメライ板よりスレッドを移動しました。

▼2018.3.18 #1推敲版を再投稿しました。

▼2018.3.28 #3を一時削除中にしました。

▼2019.7.14 #13を修正しました。

▽2018. 夏の小説大会にて金賞を頂きました。
 
▽2019. 夏の小説大会にて銀賞を頂きました。
 

Page:1 2 3 4 5



Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.21 )
日時: 2019/07/14 10:09
名前: あんず

#13 『前略、親愛なる彼方あなたへ』
 
  
 世界は美しかった。かつても、今も。だからこそ人は船に乗り、果てしない宇宙を漕いでいった。広い場所を目指した。あたらしいもの、煌めくもの、私達は往々にしてそれを好む。
 ひたすらに大きな箱舟も、集まりひしめきあう人々の声も。友に握らされた薔薇の種の硬い色さえ、私はまだ昨日のことのように思い出せる。

 手にとった手紙をゆっくりと開ける。ペーパーナイフはいつのものだったか、もう随分と年季の入った色をしている。これが最後の手紙になるだろう。私は老いた。この星もまた老いた。眠りにつくための終わりを、永遠の静けさの中で待っている。
 暖炉のなか、薪は爆ぜる。温かな火も、もうこれで終いだ。雪は降る。この部屋もまた、白に埋もれることだろう。
 ふと見渡す視界の隅に、あの透き通るような花が立っていた。幽霊のように、硝子箱で仕切られたように、世界から孤立して、それは凛と立っている。

 私の指は手紙をなぞる。そこに並ぶ見慣れた文字の丸さに、涙は静かに落ちた。もう随分と、老いは私を脆くしたらしかった。


 ▽

 出立より半年が経ちました。こちらは思うほど悪くない居心地です。足元が宇宙、というのは何とも形容しがたい不安がつきまとうものですが、それにももう慣れたものです。最近では、この場所で新しい本や曲などが生まれ始めました。箱舟の暮らしは順調です。

 そちらはどうでしょうか。元気にしていますか。私はただそれを願ってやみません。雪が止まないと聞きました。それがなくとも荒廃してしまったあの星のことです。花がどうか無事に、咲くといいのですが──

 ▽


 初めての手紙の拙さときたら、今思い出してもこそばゆい。私達は互いに、どこか遠慮と後悔と、どうしようもない罪悪感を持っていたように思う。友人を、宇宙へ一人で旅立たせてしまったこと。私を、一人で地球へ残していったこと。それは本当に自分の希望で、少しも相手のせいではなかったのだけれど。仕方がなかった。私たちが手を離すのは、あれが最初で最後だった。その一度で、私達は遠く離れたところから手紙を送り合うことになったから。

 文字というものは、心地のいいものだった。顔を合わせず書くからだろうか。それとももう二度と会わないと分かっているからか。随分遠くへと進んでいく友人に、私は言葉を送った。それが宇宙を揺蕩って、ほどけながら、あの友の耳へと流れ込んでいくのを想像した。頭の中で描いてみればなんともおかしくて、笑いながら手紙に封をする。静かな午後だ。

 宇宙便、地球発、大船団の友人宛。仰々しい真空ケースに手紙を入れながら考える。途方もないこれからのこと、終末のこと。


 ▽

 お手紙ありがとう。ここはひどく静かなので、あなたの文字の賑やかさに驚きました。お元気そうで安心しています。
 私も地球で、ひっそり生きています。もちろん元気でいます。そこは安心してください。私と病の無縁さは、あなたもよく知るところでしょう。

 地球の近況とのことですが、明るい話題はあまり話せそうにありません。目に見えた終末のようなものは未だ来ませんが、青空と緑はもう見えません。鳥は鳴きますが、きっと今朝のもので最後でしょう。ここはひどく寒いので、生きようとするには、ほんの少し酷なようです。
 あなたにもらった花ですが。あれはまだ、赤くすらないのです。咲くことを忘れてやしないか、青く青く、眠っています──

 ▽


 出立の日、友人からひと粒の種をもらった。薔薇だよ、とその顔は微笑んだ。手のひらに転がるその種は、この荒廃した星では決して安くないはずなのに。それを思うと、どうしようもなく泣きそうになる。
 せめて枯らさないようにしようと心に決めた。終末までには、咲くといいのだけれど。それすらも分からないから、せめて友人を忘れないために育てよう。この手で。最後まで。

 小さな種を握りしめながら、私は旅立つ船団を見送った。長い長い、旅立ちだった。視界いっぱいに広がる船の鈍い色が、空の彼方に消えゆく光景。あそこにいるのは八千万と三千人と少し。ほとんどすべての人類が、その瞬間地球から旅立った。私はそれを見ていた。人が地球を去る瞬間を。
 それはきっと遥か昔から、人々が幾通りも想像したであろう場面だ。小説で、映画で、絵画で、空想で、何度も何度も描かれた一瞬。この星で生まれた生命が、この星を諦める日。どこまでも遠い、それは永訣だった。


 ▽

 出立より三十年が経ちました。随分と、手紙が届くのにも時間がかかるようになりましたね。私が最後に手紙を出したのが七年前ですから、なんと書いたかもう忘れてしまいました。

 お元気ですか。雪が海を覆ったらしいと聞きましたが、私には想像もつきません。まるで恐ろしいことのように思えます。映画の中のよう。現実感がないのです。地球はもう、私にとっては途方もなく未知の場所なのでしょう。それがひどく寂しく、受け入れられずにいます。私はどこに生まれ、どこに生きるものだったか。

 こちらは変わりありません。今は箱舟世代なんて呼ばれる、この船で生まれた子供たちが多くいます。彼らは地球を知らないのです。それを思うとやるせなく、けれど新鮮さも感じます。彼らは地球の生命ではありません。この宇宙の生き物。私ももういつからか、地球で過ごした日々の方が短いことに気が付きました。はやいものです。

 覚えていますか。ひとが初めて火星に住んだ日を。冥王星で新たな命が生まれた日を。宇宙パイロットが民間職になった日も、もちろん私達の出立の日も。
 思えば技術の進歩は目覚ましく、私はどうしても、急ぎすぎたような気がしてやまないのです──

 ▽


 雪が遂につるりと地球を覆ってしまうということで、家を山の上に移した。ここももうじき埋まるだろうよ、と山小屋のお爺さんと話し合う。彼は私と同じく地球に残った、数少ない奇特な人物だった。他の人々も終末のこの世界で、思い思いに過ごしていることだろう。人影の少ないがらんとした地球は、想像していたよりもずっと住心地がいい。

 いくら議論を交したとて、ゆっくりと終わる世界を止める手立ては持っていない。ただ、この世が美しく眠るためならば、この雪化粧も悪くはないと思った。どこまでも白。しろ。白しかない。時折硝子のようにキラリと光るのは、太陽を忘れられないからかもしれない。ぼんやりした雲間からは、まあるい太陽など影すら見えない。けれど真っ暗にはならないから、きっとそこにいるのだろう。それが分かればもう十分だった。

 花はまだ青い。蕾のまま咲くことを忘れているのは、どこか時間にすら逆らうようで怖かった。その花は幽霊のように、硝子箱で区切られたように。そこにすっと伸びているのだ。世界を邪魔せず、邪魔されず、存在を許されたように立っている。
 終末の星には、どうにも青が似合うらしい。


 ▽

 お手紙ありがとう。こちらはあなたの出立から五十年目にこの手紙が届きました。知っていますか、この手紙が実は記念すべき二十通目の手紙です。私も驚いたのですが、数にしてみれば随分と少ないのです。

 むかし、まだ地球とあなたの船が近かった頃は、いくらでも手紙が来るように思ったのに。いつのまにか届くのに一年、五年、十年かかるようになりました。そしてこれが二十年。ワープ技術も光速技術も、速すぎるほどには進歩しなかったようです。
 ほら、だから大丈夫、きっとあなたも私も、急ぎすぎたわけではありません。私達の間に隔たりがあるということの、そのもどかしさをまだ知っていますから。それは多分、私達が考えるよりずっと素敵なことです。待つ楽しみが、この五十年私のそばにありました。あなたもきっと、そうでしょう?

 さて、こちらの話題を送ります。一日中、雪は降ります。それはもうしんしんと、しんしんと降るのです。海はもう長いこと私も見ていませんが、あなたの言うとおり埋もれたことでしょう。ここは銀の世界になりました。鳥はやっぱり、もう飛びません。あの朝で最後だったようです。
 あなたにもらった花のことです。あれはどうにも、赤くならないようなのです。それもまだ若い、あの薄緑の弱い色。花はまだ咲きません。まるで幽霊か何かのように、硝子で覆われてしまったように、咲くことを忘れているようです──

 ▽


 白い化粧は降りやまない。あのお爺さんが住む山の中腹の小屋は、もうすでに存在しないかもしれない。それも分からない。けれど終末は、着実に世界を包んでいる。
 こういうときまでも世界から離れて咲いているとは、なるほど幽霊も悪くないらしかった。硝子の向こうにあるような青い花びらは、触れることができる。ああ、そうか。
 そこでやっと気付いた。この花は赤くならないのではなく、もとより青いまま、咲こう咲こうとしていたらしい。膨らみかけた蕾の中までも、それは薄緑に染まっていた。思わず笑ってしまう。そんなことにも気づかずにいたなんて。

 手紙を、書きたかった。送ったばかりで、返事は当分来ないと知っているけれど。次に書くことは決めた。この花が青いということ。それは太陽を知らないためではなく、この銀色の世界へしっくりと馴染んで咲くためだということ。
 教えたかった。あの友人にこそ。粉雪に埋もれゆくうつくしい地球に手向けるための花は、白よりも青、赤よりも青。一等輝く静謐な色は、青々とした生命の色。あの懐かしい赤とは違う、生まれゆく途中にある煌めき。

 聞いてほしい、この花の、幽霊のように透明で、硝子のように高潔な美しさを。


 ▽

 まだお返事が来ませんが、あなたに手紙を送ります。どうしても伝えたいことがあるのです。あなたに。おそらくこれが最後の手紙になるでしょう。だからいま、書かせてください。
 私は老いました。きっとあなたも老いたでしょう。けれどそちらは、まだ新天地を目指しているでしょうから。この手紙が、新しい土地でのあなたの彩りとなりますように。私は、あなたの生まれた場所が地球であったことを嬉しく思います。あなたも私も、きっといつまでも、この地球の生命だと胸を張れるのです──

 ▽


 目の前の青をじっと見つめた。ようやく咲いた滑らかな花弁を、他者を寄せ付けない孤独で気高い茎の棘を。
 何か特別なことがあるわけでもない。それは本当にただ青々と若いだけの、ちいさな薔薇の花に違いないのだった。それでも見ていた。白銀に染まるうつくしい世界の終わりに、この生命を目に焼き付けたかった。私の終わりは、この瑞々しく若い徒花だと。

 こんなふうに生きたいと思っていた時代を思い出す。私もまた、若く生命力に溢れていた日のこと。庭の花々などには目もくれず、ひたすらに日々奔走していた頃のこと。それを思えばなんともまあ、私は遠くへ来たようだった。人生の終末を花を見て過ごすなんて、あの時代の私が見たら顔を顰めるだろう。それでいい。
 私は老いた。それでもあの頃、私は若かった。花の、あの幽霊のような硝子細工のような、頼りないうつくしさを知らなかった。今は手に取るように分かる気がして、それはきっと、私が生きてきた軌跡の表れなのだろう。歩み重ねた道に、たしかに降り積もっていた落ち着きに似たもの。凝縮した私の命が、この赤くならない花のためにあるのと同じ。


 空は光る。どんよりとした雲はいつの間にか晴れて、太陽とも星ともつかない真白の光がただひたすらに、ひっそりと世界を照らしていた。あれは雪だろうか。それとも私のまだ知らぬ、広い宇宙の何かだろうか。そうかもしれない。私はこの星でさえ、その青さを目にしたことがないのだから。

 思えばあの日、友人を見送ってから、もう随分と長い月日が経ったような気がした。けれども地球からしてみれば一瞬に過ぎない時間だと知っている。それよりも途方もなく長い時間を、この大地は重ねてきた。
 私は寿命を待つ生き物。そうして今このとき、この星もまた寿命を待ちわびるひとつの存在だった。それがひどく寂しくて、けれど望むべきことのような気もして、ひとり手を叩く。この星のために。貴女の、ようやく迎える永訣のために。

 静かな光は、雪に埋もれつつある小屋までも照らした。地面の白と、空一杯の白と、世界中は一色に染め上げられて行く。私は地球への祝福を見るような、厳かな心持ちでいた。それはまるで、教会の洗礼の一場面に立ち会うかのごとく、まったく純粋な感動だった。
 友人がこの場にいないのが何よりも惜しい。この景色に、あの友なら泣いてくれただろう。最後の手紙は届いただろうか。この花が青いことを、友人は知ってくれただろうか。

 あふれる祝福の白。もちろんその白は喪服の白だったかもしれないのだけれど、私には門出の白に見えてならなかった。若い私が憧れた、ショーウィンドウのドレスを思い出す。友人と並んで、目を輝かせたあの硝子窓の向こう側。どこか神聖な場所にいくのなら、誰しもきっと白を選ぶだろう。むかしの私も、いまの私も。

 いつしか世界は上も下も、どこまでも溢れんばかりの光に満ちていた。地球への洗礼、一瞬の煌めき。そのなかで、私はじっとあの花を見ていた。思い出の赤にはならなかった、芽吹く生命を見ていた。なんだか無性に、友人に会いたくなった。
 
 幽霊のように、硝子箱に守られたように、世界から離れて凛と伸びる花。やがて光が私の視界までも白く染め、柔らかな温かさで包むそのときまで。私はただひたすらに、その綻んだ青の愛おしさを、いつまでもいつまでも目に焼き付けていた。


 *

 手紙を出した。今はもう遥か遠い故郷、そこに一人、花と共に過ごすはずの友人へ。新天地へ辿り着いても、ここはうんと離れているから、手紙が届くには時間がかかる。だから返信もうんと時間がかかる。気長に待たなくてはならない。私たちには寿命があるのだから、噛みしめるように思わなくてはいけない。
 そうやって手紙を書いてきた、今日が百年目。寿命の技術の恩恵をいまこうして身に受けながら、私はポストを開ける。

 手にとった手紙には赤いスタンプが光っていた。それは、私の送った手紙だ。
 宛先不明。スタンプから電子音声が無表情に流れる。──宛先不明、宛先不明。住所の存在が確認できません。繰り返します。宛先不明──。
 
 終末はもう、あの星と友を覆ったらしかった。私の書いた手紙は届かずに、あの友人は眠ってしまったらしい。ほら。思わず言葉がこぼれ落ちる。やっぱり、私は急ぎすぎた気がしてならなかったのです。そうでしょう。

 友人に渡したあの花は、ここではうまく咲かない。あれを薔薇と呼ぶのだと、もうこの遠い星で知るものはほとんどいない。じきに知るものさえいなくなるだろう。かつて地球という水の星で、たくさんの人間に愛でられた花の芳しさも。だからこそ私が覚えている。輪郭さえ曖昧な記憶の中に、留めている。
 あの花の目の覚める色彩は、雪で真白に染まる世界にきっと映えただろう。たとえそれが、赤くないとしても。

 地球の青さを思い描く。宇宙船から最初で最後、束の間見下ろした青は、思っていたよりもずっと美しかった。きっともっと昔ならば、宝石のように煌々と光ったことだろう。
 荒廃した大地を広げて、それでも故郷はうつくしかった。あの星の生物であれたことを誇りに思う。荒れ果てた星を手放す自らを、心から惨めに思うほどには。

 思い出す。晴れた日の太陽の柔らかいこと。雨の音を部屋で聞くときの、心持ちの穏やかなこと。雪の銀色が、世界を瞬く間に塗り替えること。ようやく来た春に、洪水のような色彩が入り乱れること。夏に飲むレモネードのこうふくなこと。秋の色褪せた自然と夜空の豊かなこと。
 なによりあの、赤い赤い薔薇の目を引くことといったら。

 友人からの手紙の中で、花はいつまでも青いままで止まっている。それを幽霊のようだという。硝子箱に包まれているようだとも。蕾の青から色づかなかったのか、結局赤く咲いたのかも、私には知れない。
 雪景色の中で映えるだろうあの赤が、燃えるようにぽつねんと咲くところを想像した。けれどどうにも今の私には、青々と美しい薔薇が、幽霊のように、硝子細工のように、雪の中に凛と咲くところばかりが思い浮かんだ。仕方ない。文字越しに触れた彼の花は、ひたすらに青く若くあったのだ。私にとって、友人にとっての花薔薇はなそうびは、この芽吹き色で幕引きらしい。

 あとで図鑑を引っ張り出そう。私には遠い故郷の花は、もう随分と薄れてしまったようだから──

 目を閉じた。青い薔薇と、銀色の空気。いま、私が彼方へ祈るとするならば。想うのはひとつ。眠れるあなたの、静寂に満ちた幸福を。
 
 あなたに伝えたかった。届かなかった手紙に書き連ねた言葉。人類は新しい星へたどり着いた。ここで生きていく。地球に似た、けれど地球ではないこの場所で。私はもう、あの星の生命ではないかもしれないけれど。それでも思い出す。私達はあの星で生まれた生命だと、今だけは胸を張りたい。

 思い出の中、二人で寝転んだ木漏れ日を覚えている。あの光の優しさを、永遠に思えた瞬間を。そして傍らにはあの花を置こう。

 やはり脳裏に描くのは、微睡む午後の庭に咲き乱れていた、生命の色をした花のこと。あのとき地球という星は、青い空を纏い、柔らかな日だまりに抱かれていた。雪の白はまだ珍しく、それは冬を知らせるための心躍る印だった。今ではもう、ゆっくり噛みしめることもできぬ遙かの星。

 遠く褪せた故郷の花。その綻んだ色の、赤いこと、赤いこと。



(彼方より彼方へ、愛を込めて)



 ✱✱✱

複雑・ファジー板にて活動しているヨモツカミさん(短編集:『たゆたえばナンセンス』)と、透明モチーフのお題で書かせて頂きました。
「雪、幽霊、硝子」の三題噺です。是非ヨモツカミさんの短編集も読んでみてください。
 

Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.22 )
日時: 2019/06/09 12:22
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY

はじめまして、友桃(ともも)と申します。

「前略、親愛なる彼方へ」を読ませていただきました。
実は2時間ほど前には読み終わって感想を書こうとしていたのですが、なんか私個人の興味と合致してしまって色々考えてしまって、うまく感想が書けず……^^;
意味わからないことを書いていると思いますが、すみません。

地球のおわりっていうのはとても興味深いなぁと思いました。
私自身は、人はあくまで人の認知できる範囲の物事しか考えられていないはずだと思っていて、教科書や本やテレビなどで、地球上のことや宇宙のことを教わっても、わりと懐疑的に見てしまうことが多かったりします。
人の認知できる範囲を超えるようなものが、きっともっと山ほどあるだろう、と。
なので(?)、あんず様の作品を読んで、地球のおわりってどういうことなんだろうとか、宇宙に旅立つとそこで何が起こるんだろうとか色々考えちゃいました。

カキコの小説を色々読んでいて、この展開おもしろい!とか、キュンキュンする!とか、このキャラ好き!とかいうことは今まであったのですが、
自分の興味に寄せて考えてしまって感想を書くのに悩むというのは初めての経験でした……!
とても楽しませてもらいました^^

よくわからない感想になってしまってすみません。
今後も執筆がんばってください^^

Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.23 )
日時: 2019/06/09 14:38
名前: あんず

 
 > 友桃さん
 
 はじめまして、あんずと申します。友桃さんのお名前は以前より存じておりました。旧コメライ板から『EnjoyClub』を読ませて頂いていて、感無量です。
 
 地球の終わりを想像するのは昔から好きです。私個人、宇宙や星についてや世界古代史関連を趣味で学んでいるんですが、一生物にすぎない人間がここまで繁栄したことを思うと、逆に終末を思ってやみません。
 認知できる範囲でしか思考できないという意見、とても分かります。私も実はそう思っている節があります。 
 人間の認知などあくまで一惑星の一生物のものに過ぎないと思うのです。懐疑的な視点というものを持てるのって、とても大切だと。今は何でもかんでも本物っぽく見せられてしまうので……。
 
 なんだか字数が多くなりかねないので、詳しくは雑談板の方でお話できたらと思います。
 
 今回は人が旅立つという形式をとりましたが、もちろん人という種が絶滅するのも終わりの一つだと思います。そういうあたりを考えるのって、楽しくて好きです。友桃さんが興味をもって頂けたならとても嬉しいです(*´▽`*) 今後も精進したいと思います。
 
 コメントありがとうございました!
 

Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.24 )
日時: 2019/10/22 21:21
名前: あんず

#7 『Litendrop』
 
 
 透明に生きたい。清らかなままに息をして、何も知らずに瞼を閉じて、そうして涙を流したい。考えるのは空のことだけでいい。宇宙を透かす柔らかな青色を、体いっぱいに詰め込んで息を止める。そういう生き方を夢想する。どこかに転がっていたなら良かった。拾えば記憶が消えるような生き方が。
 
 きっと感情は余分には持たない。僕に色をつける全てを捨てて、透き通る人間でいたかった。たとえばそれを人は幽霊と呼ぶかもしれないし、それでも良かった。色がなくなるなら。だから愛もいらない。情欲に塗れていなくても、純粋に誰かを思うだけでも。それはあんまりに重たいから、記憶がひしゃげてしまう。僕の胸は薄い青色で埋め尽くしておこう。
 
 空は宇宙を透かすから、あれは透明なんだ。
 
 擦り切れた記憶に相槌を打つ。僕を満たす幸せな色は空の色、空は向こうが見えるから、つまりは透明。内緒話をするように耳を擽った声を覚えている。だから僕は溶けてしまう。身体をその色で満たせば、そこに星はいらない。向こう側に星が漂うはずだから。それは空で、夜空で、星だから。あなたならクリスタルと言うだろう。少しだけ洒落た言い回し。
 
 *
 
 目を閉じる。例えば夏の日の窓辺を想像する。たっぷりとした日の光と、眩しいほどの向日葵に憧れた日。息を吸う。記憶の中の、むわりとした張り付く暑さが僕を包んでいく。何遍も何遍も繰り返した、僕の想像の中に浮かぶ夏空。懐かしくはない。ずいぶんと遠くまで来たように思ったけれど、そんなことはなかった。そうだった。そんなことも忘れていた。
 
 太陽の下、青白く透き通るようなあなたの肌が、柔らかく照らされている。普段来ているものと同じ色なのに、まっさらなワンピースはふわふわとしてうつくしい。少し大きすぎる麦わら帽子が、あなたを優しく守っている。揺れる帽子が形作る、足元の大きくまあるい影。覚束ない足取りで、それでもこれ以上ないくらいに楽しそうなあなたが歩いてゆく。遠くへ遠くへ。向日葵畑の奥へ向かって。僕はそれを追いかけながら考える。鮮烈な青。
 
 
 たった一度だけ見た光景だ。もう二度と目にしないだろう夏の日。今でも思い出す、一回きりの蝉の声。あの蝉は死んでしまった。瞼を焼いた青をまだ覚えている。僕らは蝉、あなたはきっとそう言ったでしょう。
 
 *
 
 透明に生きたい。
 
 あの日と同じ色の入院着を握りしめる。ひらひらも、ふわふわも、まるでないこの服を愛おしく思う。白こそ僕らの夏の色だ。あの日の麦わら帽子の影と、鬱陶しい湿った風に揺らされた透明な白。鮮やかな原色が輝く中で、空気は確かに透けていた。吹く風はどこまでも澄んでいたし、肺は透明に満ちていた。知っている。
 
 感情は余分に持たない。僕に色を付けてしまう。白でいたい。透明な白のままで。絵の具をのせる前のキャンバス、そのクリーム色に近い透明。あなたも知っているだろう。それは筆先にのる水に似ていたし、二人で飲んだコーヒーのガムシロップにも似ていた。
 
 
 きみも、わたしも、透明なんだ。宇宙の一つ。空は透明で、わたしはそこに住んでいて、きみもおなじ。懐かしいほどにおなじ。星が産声をあげた、そのときからおなじ。
 
 
 遠い記憶へ頷いておく。微かな吐息。目まぐるしい色彩の洪水。透き通った窓の向こうに、きっと今年も向日葵が見えるだろう。そこには多分、あの日のようで少し違う、湿った夏の風が泳いでいるのだ。想像する。それは透明かもしれないし、そうでないかもしれない。もう透けることは二度とないのかもしれない。
 あなたは向日葵畑から戻ってこない。遠く遠く、奥へと進んだまま今年も見えない。けれどもそこに白が。僕がつめこんだ青色ではない、色が。
 
「……おなじ」
 
 
 透明な白が、ほら、また溶ける。
 
 
 ✱✱✱
 
 
 #7『向日葵の揺れる』改稿。題名は造語です。
 
 

Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.25 )
日時: 2019/10/22 21:15
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY


こんばんは。友桃です^^
コメライを開いたらちょうどこのスレが上がっていて、あんずさんの短編だ!と思って再び来てしまいました。
で、前に感想残した時と同様、作品と関係があることから無いことまで色んなことを考えてしまったので、たぶんまた何言ってるかわからない感想になると思いますが、ごめんなさい。

空は宇宙を透かすから、あれは透明なんだ。
という一文が、とても印象的でした。
理科の授業かなにかで空の色の原理を習ってしまったせいで、空が宇宙を透かしているという絵的な発想がなくなってしまっていたなということに気づいてちょっと残念な気持ちになったり、空が宇宙を透かしていると考えた瞬間に、なんていうんでしょう、今私たちがいる地球と宇宙との境界線が一気になくなって、地球の空気が宇宙の一部になるような不思議な感覚を味わいました。
すみません、意味わかんないこと書いてますが、ほんとに読みながらそういう想像をしました笑

あと白って難しい色ですよね。
作品の中に日の光が印象的に出てくると思うんですけど、色をテーマに「日の光」という言葉を見ると、最初にぱっと浮かぶのは「白」で、そのあと「日の光はいろんな色が混ざり合った結果白になってる」ってこれも理科か何かで教わったことが思い浮かぶんです。そうすると、白ってなんにも染まっていない透明な色のくせに、何色にでも簡単に染まるし、むしろ色んな色がまざりあってでもできてしまう色だっていうイメージが個人的にはあるので、透明な白でいたいと言う語り手に対して、存在がすごく不確かな、危ういイメージを持ちました。

まーたなんか変なことばっかり書いてしまった気がしますが、とても楽しませてもらいました。
長文すみませんでしたm(__)m
更新がんばってください。


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