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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*12*


 彼が建物に入ったのは、歩き始めて数十分、それほど遠いところでもなかった。
 洒落た雰囲気のこの街であるが、道を一本裏に入ると一気に空気が悪くなるのもまたこの街である。私が彼に拾われた貧民街というのも、この町の片端であった。貧富の差が激しいのか。それでいてなぜ、貧民が富豪の街を襲わないのか。私はあまり、この街を知らない。
 この建物も、そんな路地の中の一角にあった。

「これから会う人は、ちょっと……何というか、きっついから。覚悟してね」

 私は素直に頷いた。
 御影は扉に手を掛けると、また思い出したようにこちらを振り返り口を開いた。

「滅多なことは言わないように」

 言われなくともこちらから何かを語るつもりはなかったが、とりあえず、頷いておいた。
 扉の先には長い廊下が続いており、どこか不気味な雰囲気があった。
 コツコツと歩く音が響く。私はあたりを見回した。
 紫色の布が壁に、等間隔にかけられている。オレンジ色の証明が天井からいくつも、無秩序にぶら下がっている。コンクリートの床には埃が溜まっている。
 私は顔をしかめる。趣味が悪い。
 どこまでも続くかに思われた廊下が終わり、私たちはだだっ広い部屋に出た。部屋の真ん中に、壁にかけられていた布と同じ柄のテーブルクロスがかかった、大きな丸テーブルと椅子がいくつか置いてある。
 御影は足を止め、大きな声を出した。

「吉祥天!」

 はぁい、と、どこか遠くから声がしたかと思うとその女性は既に、そこにいた。
 私はひどく驚いた。
 私がいつテーブルから目を離しただろうか。キッショウテンと呼ばれた彼女は、私の目に映ることなく、手品のようにそこに現れた。こめかみから汗が、不愉快な感覚が伝った。
 美しい女性だった。黒い艶のある髪が首から肩に垂らされていた。薄いピンクやオレンジの色をした、絹の布を纏っていた。綺麗だと思った。
 景色がぐるぐる歪み、足元が波打ち、揺れた。視界に映る色が混ざり合って、渦になる。
 肩に手を置かれ、私ははっと冷たい空気を吸い込んだ。

「だから言ったでしょ」

 彼が小声で、こちらに目を向けずに呟いた。
 目が合った彼女は、テーブルの上で足を組み、煙草を片手に紫色の煙を吐き出して、にっこりと笑った。私は怪訝な目で彼女を睨み返した。機嫌を酷く損なわれ、私は怒り、恐怖、不安と、負の感情で一杯だ。

「その子があの、例の?」
「そうだよ」

 彼女は舐めるように私を眺めた。不愉快以外の何物でもない。
 私がじっと耐えると、彼女は眺めるのをやめ、また煙を一息吐きだした。

「……かっわいいわね、信じられない。こんな子供が!」
「そうだろう」

 彼は上機嫌に手を広げ、言った。
 私に理解できない話をされるとまた、一層不快である。私が彼女から床へ、目を落とすと、私の意思を汲んだのか彼は話を切り替えた。

「ところで、今日は君に聞きたいことがあってきたんだけど」
「何かしら?」

 彼女は足を組み替えて応えた。

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