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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*14*


「待って! ……僕らは逃げられはしないけど」

 御影は、猫から目を離さずに言った。

「逃げることは出来る」

 衝撃があり、目の前が揺れた。道が折れ、揺れながら遠ざかっていく。彼は私の襟首を掴んで、走っているのだ。
 なんて無様な。私は角を曲がる前に見た、猫の目を思い出した。視界の端に映った、あの目。視線を逸らすことなく、じっとこちらを見ていた。
 私には逃げている時間なんてなかった。これは早々に解決するべき問題なのだ。しかし、彼は襟首を離す。

*

「あんた、ふざけてるのか」

 私の足が地についたのは、マンションの玄関であった。
 感情のままに彼にぶつかっても、上手く言いくるめられてしまうであろうから、私は渾身の力で怒りを抑え、声を出す。

「ふざけてるのは君の方だろ……僕は戦闘向きじゃあないんだ」
「知ったことか。ならばどうすればいいんだよ」
「それにだ! 君の傘が役に立つのは君がピンチの時だって、言っただろ」

 彼は怒っているのだろうか。声も表情もいかんせん無色に尽き、また神経を逆なでする。

「無謀な戦いを挑むな」
「…………」

 私は黙る他なかった。
 彼は怒っている。
 そういうことなら、こちらも行動を起こすのが筋であろう。意地を張っているのは彼のほうだ。
 私はくるりと踵を返し、廊下の奥へと歩いていく御影を尻目に扉を開き、街へ飛び出した。

*

 ぽつりぽつりと街灯が灯りはじめ、淡くかかった霧が光を散らしている。緋色の空を、紫の雲が蝕んでいく。夜が来る。
 私は地面を蹴りながら、考えていた。
 御影は何を思っているのか。私は何をするべきなのか。彼は何もするなと言うだろう。けれど、彼は、猫をあのまま殺すだろう。そんな気がするのだ。
 ついさっき猫を見た路地に入った。乱れた呼吸をそのままに、塀の上を探す。子猫はまだここにいるだろうか。
 塀を辿り歩くうち、あたりはみるみる暗くなった。街灯も満足にない細い路地。急がなくては、何も見えなくなってしまう。私はまた、足を速める。

 そうするうち、二つ光る目を見つけた。
 夕闇の中、路地の突き当たり。小さな、縦に切れた瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。
 私は一歩、前に踏み出した。

「あなたは」

 子猫は小さく、口を開いた。弱々しい声。
 ふつふつと、私の中で何かが沸き上がってくる感覚があった。音を立てて、泡を出して、外に出そうとしている。

「あなたはただのコネコだ」

 ずっと、違和感があった。
 子が親を殺す。子猫一匹では生きていけいないことくらい、子には分かるだろう。子には親を殺せない。
 貧弱な幻覚を携えて、必死で私を見たあの目は、殺気など纏ってはいなかった。

 手を伸ばしても、子猫は逃げなかった。私は、勝手な憶測に確信を持つ。
 抱き上げたこの猫には、力などなかった。

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