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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*15*

*


「それで、この猫を僕にどうしろって?」

 御影は私の手の中で小さくなって眠っている子猫を見て言った。
 案外あっさりした彼の態度に少々驚く。家に入れてもらえない覚悟でチャイムを押したのだが。
 私は、口を開いた。起こったこと、自分が考えていることを話そうと思った。
 けれど、彼は満足に説明もさせてくれない様子だ。

「いいよ、知ってる。……猫は、明日僕がなんとかしよう。ここで飼うわけにもいかないし、ね」

*

 額に冷たい空気を感じる。
 私が目を覚ましたベッドの中、体を起こすと毛布の中に猫があった。凍てつく冬の朝、子猫の体温はとても暖かかった。私は背を撫でる。泥のついていた毛も、綺麗になってすやすやと眠っている。
 私はベッドの中に子猫を置いたまま、寝室を出た。

「やあ、おはよう」
「おはよう……ああ」

 ふと見た御影の手には爪の跡がたくさんあった。私は察する。たぶん、彼が猫を洗ったのだろう。何と声をかければいだろう、考えた末、

「お疲れ様」

 そう言った。

「大変だったよ、猫ってみんな水が嫌いなの? 昔うちにいた猫もそうだったんだけどさ」
「さあ」
「それに、僕は嫌われてるみたいだ。ほら」

 私は指を指されて後ろを振り返った。きちんと閉めたはずのドアをわざわざ開けて、猫は私の足に体を摺り寄せている。私のほうが懐かれているのは、事実らしい。当然かもしれない。御影からは悪人オーラが出ているのだ。

「でも残念だね。うちでは猫は飼えないよ、経験から言って」

 少し残念だけれど、彼がそう言うのなら従わざるを得なかった。私は居候だし、彼の言葉には時々嫌に説得力がある。経験は偉大である。また、便利な言葉だ。

*

 御影と私が猫を連れて訪れたのは、昨日と同じ吉祥天の建物だった。
 私は扉の前で足を止めた。彼女に会うのは、どうしても気が進まないのだ。気分が悪くなってくる。建物の中のあの独特なにおいが鼻の奥から戻ってきて、吐き気を催す。俯いて鉛のごとく動くまいとする私の足に、子猫は暢気に体を擦り付けている。きっとこの猫も彼女に会って、あまりいい気はしないだろう。
 けれど御影は私の手を引き、彼女の前まで連れてきてしまった。

「あら、いらっしゃい」

 相変わらず、薄暗い部屋。後味の悪い色味も空気も、そのままだ。
 吉祥天はパイプをくわえ、紫色の煙を吐き出して微笑んだ。

「ツケ、払いに来てくれたの?」

 御影はなんと言おうか少し迷ったらしい。随分不格好に間を置いて言った。

「……いや、……君、猫は好き?」
「どうして?」

 彼女は中々、意地の悪い顔をしている。私は、自分の足の後ろの猫の気配を注意深く確認した。大丈夫だ。気づかれないように、深呼吸をする。

「もしかして、彼女の後ろに居るその子猫、私に持ってきたんじゃないでしょうね?」
「……可愛いでしょ?」

 すっと背中に寒気が走り、私は気がつく。猫がいない。猫は吉祥天の膝の上、喉を鳴らしていた。無表情に子猫の頭を撫でる彼女の姿が、またくるくる混ざっていく感覚に落ちる。たまらず彼女から目をそらした。

「……ツケはこれでちゃらでいいわ」

 彼女は言った。子猫が鳴いた。

*

「いや、びっくりしたよ。彼女は猫が好きなのかな」

 街路に薄く被った雪を踏みながら、帰路を辿る。
 意外だった。想像をしてみる。謎に満ちた胸糞悪い彼女があの可愛らしい無垢な子猫へ笑顔を向けている。大変違和感がある。人は見掛けに拠らないものだ。

「彼女は気に入らない人間には厳しいけれど、動物で、しかも好きときたらきちんと面倒を見られる人だ」
「そうかもね」
「そうさ。僕の人を見る目によると、ね。心配はしなくていい。会いたくなったら会いに行けばいいよ」
「……それは遠慮したいけれど」

 午後のゆったりした空気が流れる街。すっきりとした青色の空が遠く広がっている、小春日和。
 世界は案外、猫に優しい。

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