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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*16*

◆「面影」

 それはまた随分と奇妙な邂逅であった。

 君に、いきさつを語ろう。
 御影は経験を積んで来いといった趣旨でつらつらと出てくる適当なことを言い、マンションを半ば強制的に追い出した。俺と金堂はまた、家々の峯の間をあてもなく歩いていた。


*

 昼下がり、白い街の中。響く、二つだけの足音。
 絵のような街に似つかわしくない不満を、金堂は隣でぶつぶつと吐き出している。

「具体的に物を話せっつうんだよ」
「うん」

 具体的に、を何度か、それから彼の名前の読みが、あれはオカゲだろうということを何度か、そしてその他。金堂の口から、不満はどんどん出てくる。
 相槌を打ってはいるものの、俺自身、それほど御影を嫌っているわけではなかった。
 印象は悪く奇怪な男だが、雰囲気は至って平和的である。またすることは何もなく、時間はいくらでもあるように感じる。散歩も、彼の言う経験を積む事も俺にとって億劫ではなかった。
 けれど金堂はそうもいかない様子だ。彼は暇になると死ぬような種族なのだろう。素敵な比喩の小説も、きっと彼には理解できまい。
 そう、それから。
 彼の尽きることのない文句を適当に流しながら歩いていると、ふと言葉が止まったのだ。俺もすぐに、彼が口を開いたままだらしなく指す指の先を見て、その理由を知った。
 なんと形容するべきか。
 実態はないのに気配はある。描いた、空虚な妄想のような。あるわけがないと分かっているのに、やけに重い。
 アスファルトに、黒々とした影だけが焼き付いて。

「これか」

 掠れた声、呟いた。これか、経験というのは。
 その影には、光を遮っている身体はないようだったが、じっと、こちらを見ているような視線を感じる。視線だけでない。影の形からか、特有の神秘的な雰囲気からか、俺の目にはするりとひとつの像が映っていた。
 白い、大きな帽子。纏ったワンピースの透明感。明るい茶色の長い髪をなびかせて、彼女はそこに立っていた。
 俺がぼうっと見つめていると、彼女は軽い足音を響かせて、走りだした。曲がり角の向こうへ、消えてしまう。駆け足で追いかけ同じ角を曲がっても、彼女はもうそこにはいなかった。
 後ろから追ってきた金堂を振り返る。彼は口をぱくぱくさせて、一生懸命に言葉を伝えようとしていた。
 届かない。すべての音が消え、透き通るような冬の空と彼女の影だけが、世界のすべてだと、そう思った。

 どこからか聞こえていた風鈴の音がかき消されてしまう。金堂の声が耳に戻り、煩わしく鼓膜を震わせている。

「おい、聞いてんのか、どうなってんだよ……さっきのは何だよ!」
「うるさいな!」

 俺は焦っていた。意図せず大きな声が飛び出したのは、焦っていたからだ。どうしてか、から回る頭で考えても答えは出ない。

「お、落ち着けって……」

 頭を抱える。
 ずいぶん前に見た、誰かの姿に似ているのだ。思い出せない。

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