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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*36*

 白々しいほどエレベーターは正常で、事故の気配は微塵もなく階の数字は増えていった。間の抜けた音で扉が開く。最上階だ。
 一歩を踏み出そうとした足を、思わぬ声が止めた。

「ねえ、ねえ……ああ、その、僕が分かるかな?」

 青年だ。私を帝国へ案内した、あの。不健康だった顔を仮面で隠してしまっているが、声は間違いなくそうだ。

「やった……やったんだよ、ねえ。君のお陰で、僕の願いは」

 しかし、おかしくないか。呂律の怪しい口調と恍惚とした仕草。私の腕を掴んでいる、半そでのシャツから覗く青白く細い腕は力など入っておらず、震えている。

「叶うんだ。叶ったんだよ。きっと、今、外に出れば……ああ! なんて幸せだろう!」

 悪寒、鳥肌。彼のそれはもう、救いようもなく、気味が悪かった。

「帝釈天様が。帝釈天様に授かったんだ……ああ、君もこれから行くんだね。君にもきっと良い結果があるよ、そう、帝釈天様はお優しいから」

 私はどうしようもなくて、彼の弱々しい腕を振り払って彼に傘を向けてしまった。それでも、彼に何を与えてよいのか私には分からなかった。痛みだろうか。衝撃だろうか。それとも慈悲か。
 私は結局、足元のおぼつかない話を続ける彼を置いて、奥の病室へ走った。神の名の冒涜である。そして何より、彼を壊した。同じように、少年少女を。
 許せない。

 病室の扉、取っ手を掴んで思い切り開いた。
 彼女はまた、閉め切ったカーテンの薄暗い病室の中、同じ格好でベッドの上に座っていた。髪をかき上げて、狐面の下で笑っていた。

「やあ、夕月、願いは決まったかい?」

 私は体の中で血が沸騰を始める音を聞いた。

「ええ、決まったから来た」
「言ってみな、愚かな少女。君の願いは何だ?」

 埃っぽい空気を小さく吸う。

「貴女の更生ね、不良少女」

 帝釈天はにやけた狐の口元に手をやって、声高に笑い、指を立てて私を指した。

「宣戦布告ってわけ。悪いけど、その願いは聞き入れらんないね」
「ご心配なく」

 息をするたびに肺に落ちる汚れた空気が煩わしい。この病室には悪い空気が流れている。

「自力で叶えられるもの。そうやって、人間を甘く見ないでほしい」

 傘が震えを起こし始める。連動して私が足をつけたこの病室の床も震える。怒りだ。私は窓ガラスを叩き割った。
 カーテンが大きく翻る。朝日を弾いて破片が美しく散る。部屋に、冷たい空気が流れ込む。

「やめてくれよ、あたしが何をしたって?」

 なおも彼女は笑うのをやめなかった。私は地震は止めた。

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