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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*37*

「あたしが持ってるのはただの善意だって、それだけだ」

 悪びれる気もないらしい。
 どうしようか、私は考えた。一度考えることをしなければ、今、私はあの青年のせいで彼女を殺しかけない。きっと、それは良くない。だからといってこのまま野放しにするのか? それもきっと良くないだろう。

「私は」

 私の結論は、

「許さない。この私が許さない。誰がなんと言おうと、貴様は悪だ」

 である。矛先は彼女をまっすぐ見ている。若き少年少女の痛みである。かの青年の痛みである。どこに止める理由があろうか。
 黒い虫のような怒りの感情が、視界をゆっくりと蝕んでいった。

「私が裁きを下す」

 ソドムとゴモラを焼き払った神の業火のように。虫は彼女を囲んで蠢いた。誘っている。
 矛先に熱がこもり始めると、彼女は慌てて両手を上げて言った。

「ま、待ってくれ!」
「遺言? 言っておきたいことがあるなら聞くわ」
「本当なんだ!」

 両手の指先は震えている。

「どうせこんな体じゃ動けやしない。逃げるつもりなんて微塵もないんだ、聞いてくれ……」

 傘の先は彼女に向けたまま、私は少し攻撃を躊躇った。この罪人の話に耳を傾けて良いのだろうか。
 スカートの裾から見える痩せた足。照明が点いていない今、日差しの指す部屋の隅に点滴があることに気が付いた。
 気が、付いたのに。
 虫は去らない。熱も冷めない。黒くなった視界の中で風が起きる。煽られて、髪の房がひとつふたつ舞い上がった。
 私は気が付くということよりももっと、心の底でそれを感じた。傘の意志だ。この傘が呼吸をする音がはっきりと聞こえる。恐ろしくなって、傘を降ろそうとも腕がいうことを聞かなかった。

「おいって…………」

 消え入りそうな彼女の声を聞いても。
 傘は業火を放った。
 彼女に向けて、憎悪の塊が飛んでいくのがこの目に入った。自責の念が頭を翔ける。ぼうっと火のつく音がして、帝釈天の悲鳴が上がった。
 ああ、なんという大罪を。耐え切れず目を閉じた。

*

「いや、危なかったね」

 灼熱のアスファルトに打つ水のような。暑すぎるホットコーヒーにみっつ入れた氷のような。その声に、私は目を開いた。

「参っちゃうなぁ、僕の悪い予感は絶対に当たるんだ」

 そう言って彼は、掴んでいた傘の骨を離して苦笑いを浮かべてみせた。
 燃え上がったカーテンが灰になって、外界へ散ってゆく。薄く雲のかかった柔らかい空に。仮面を落とした帝釈天の青白い、憔悴した顔と目があった。

「危うく地獄行きだった」

 呟いて、熱の篭った息を全部、吐き出した。

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