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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*

 何を言ったのか。それは俺の記憶からすっぽり、曖昧さを残すことなく抜けてしまっていた。彼女はどんな顔をしたろう。まだ、名前のない彼女。彼女との間に確執ができたのは確かである。
 あれから少しの時間しか経ってはいないのに、最近、ここに生まれてからのわずかな記憶さえ少しずつおかしくなりつつあるのを感じる。はっきりと。確実に起こったことが思い出せない。それなのに、思い出したくないことが思い出されようとしている。悪い予感だ。自分の中で何かが変わり始めている。

 特にそれは、音無と言葉を交わす時によく訪れた。

「君は幸せか?」

 俺は、そう尋ねていた。

「なあに、急に」

 店の奥でダンボールに入った菓子をいくつか取り出しながら、音無は応えた。あの貧民街で疑問に感じたことである。

「……ただの興味」
「嘘だよね」笑い声が混じる。

 なんて勘のいい。

「まあ、いいよ。きっと理由があるんでしょ? ……そうだなあ」

 彼女は少しだけ間を置いた。

「幸せかな」

 背を向けているため、表情は分からなかった。分かるのはいつもと同じ、彼女から流れる暖かい空気だけだ。

「どうして?」

 彼女は不意に、驚いたように振り返った。そして、言った。

「どうしてだろう……」

 奇怪な会話はそこで終わった。音無は考え込むような表情をして、作業も止めて固まってしまった。
 待ってはみたものの、どうして、の答えは出ないようであったから、俺はもう一つ質問をした。

「そういえば」

 質問? 違う。

「今……預かっている、お嬢さんがいるんだけど。名前が無いんだ、元々、捨て子で」

 こっちこそ甘えだ。名前のない彼女のことを、音無にどうにかしてもらおうとしているのだ。言い出したことを後悔し始める。

「その、名前を付けてくれと頼まれたんだ」

 重い口で続ける。

「それで……悩んでいて」
「協力するわ」

 気づいているのか気づいていないのか、彼女は微笑んだ。考え事は抱えたまま、どこか虚ろに。

「それで、その子はどんな子なの?」
「淡麗な顔立ちに似合わず、気性は荒いかな」

 本当のことだろうか、自信はなかったが。

「あら、よく見ているのね。分からないって言われるかと思った」
「……そうか」
「それなら、簡単じゃない?」

 音無は冗談を言うのと同じ声色で、そう言った。

「露木くんが決めてあげるのが、一番いいと思う。彼女のこと、案外よく分かっているんじゃない?」

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