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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*54*

それから少し、紅茶を口に運び、またテーブルの上に戻すだけの軽い時間が流れた。

「露木」

 間延びした俺を呼ぶ声が店の方から聞こえて来る。俺が音無の話を聞く間、樹の相手をしていた、金堂の声だ。
 我にかえり、残りの紅茶を飲み干した。そろそろ帰るぞと、金堂が大声で続けていた。

「帰る。ごちそうさま」

 音無は軽く手を振って応えた。

「また来てね。今度はお茶受けに、お話をするから」

 冬が来ていた。二度目の冬。一度目よりも深く、天から降りて地をえぐるような寒さであった。
 巡る季節より目まぐるしく、事は起こる。

*

 それほど日を数えずに。
 朝、俺は玄関から聞こえる金堂のでかい声で目が覚めた。壁に掛けた真新しい時計の針は午後に近づきつつある。朝とも言えないし、金堂に文句も言えない。
 必要以上の睡眠によって重くなった頭と体を起こして、しばしぼうっとする。金堂が随分前、どこからか調達してきたベッドは暖かかった。

「だからさあ、音無はべつに悪いことしてないんだろ?」

 音無?
 張り詰めた空気の冷たさが、思い出したように頬を撫でた。
 玄関のほうに向かうと、様子の金堂が振り返っておはようと言った。言い方がこの上なく苛立っている。来訪者を見ると、困ったような顔の御影であった。

「御影。……何の要件で?」
「やあ。良かったよ、金堂くんよりは落ち着いて話ができそうだ」

 聞こえてきた会話の端々から察するに、あまりいい話ではないだろう。それに、音無が絡んでいる。建物の中に彼を入れる気にもなれず、立ち話も何だ、と言い出すのはやめる。

「君もよく知っているだろうけど、音無のことで……」
「音無がどうかしたのか」

 そう問うと、御影は半笑いを零した。

「落ち着けよ、君もだめだね。毒されている」
「…………」
「口を挟まないで最後まで聞け。音無は有害なんだ。君にとっても、世界にとっても。だから露木、君に託そうと思うんだ。何を? 仕事を。……音無を」

 口を開く。黙って聞いていられるわけがなかった。
 が、俺より先に金堂が言った。

「さっきから言ってんだろ。音無が何をしたんだよ」

 喉の奥で苦いものが溜まっている。

「創造性だ、彼女は物語を紡ぎ出せる。危機だよ。この世界始まって以来の」呆れたような口ぶりだ。
「そうぞうせぇい? それがなんだって?」
「人の手によって新しい世界が生まれてはいけないんだ。音無のようなものをそのままにしておいて、行き着く先がどこだか分かる?」

 間。そして、隙があった。

「崩壊だよ。わーるずえんどだ」

 滅多に無い彼の隙。見ようとした御影の中には、それでも、霧がかかっていた。
 ふざけているようで、彼の目はこちらを睨むようにして見ている。

「分かってくれ。何のために今まで、汚れた創造物をはじき出していたと思うんだ? 世界の為だ。君たちと人民と神の為なんだ。全ては……」
「我らが神のために?」

 チープな響き。
 御影は次の言葉を探しているようだった。少し、冷えた。

「ちょっと考えさせてくれ。結論くらい、自分で出せる」

 それを聞くと彼は、了承し、踵を返して消えた。扉を閉める。ドアノブは冷たい。

「よかったのか?」
「金堂はどうだ?」俺は笑う。
「いいわけねえって」
「その通りだ」

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