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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*56*

 頭痛と吐き気に、目を開いた。
 景色は白くくすんではいるが変わらず、吉祥天の建物の入口。
 頭全体で脈を刻んでいるようだ。そして今にも、蠢く喉の奥のものを吐き出してしまいそう。床を汚すのが忍びなくて、吐き気を飲み込んだ。

 変わった。思う。確実に変わった。なんだろう。
 風景のコントラストが強くなったり弱くなったりしていた。探しても、答えは見当たらない。
 ただ、万事は悪い方向に向かっているようだった。

*

「やあ、おかえり」

 御影は驚いた顔で私を出迎えた。

「……帰ってきそうにない気がしたから、迎えに行こうと思っていたんだけど」

 言葉通り、彼はコートを羽織り、靴まで履いている。
 ふらつく足で歩いてきたのだ、迎えを待てば良かった。言葉を返す余裕もない。
 ベッドまで、ああ、せめてソファまで。願いも叶わず、靴と一緒にへたりこんでしまった。

 その夜のことである。
 玄関のほうから聞こえてくる声に気がついた。腹に乗せた指に、布の手触りが伝わっている。
 体を起こして、軽い目眩の中、扉のノブに手をかけた。

「死んだ?」

 手をかけたまま、私はそれを回さなかった。御影の声と交互に、知らない男の声がしている。

「吉祥天は……そうか。それなら……」
「見ていく?」
「ああ、そうする」

 ツユキかもしれない。ノブを回してすぐ、廊下に出た。黒い影に続いて、吉祥天の柩がある部屋に消えようとしている御影の姿がこちらを見た。
 起きたのか、と言うと彼はツユキを呼んだ。やっぱり。部屋から出てきた男と目が合った。

「あ」

 黒い。そして、私はこの男を知っている。誰だ。ああ、わからないことばかりだ。
 さっきの白い人を思い出すが、違う、あれとは違う。似ているような気がするが、まるっきり正反対だ。

「こちらが露木くんだけど……」

 お互い、お互いを見たまま動かなかった。それが奇妙に感じられたのか、不信さを顔に出しながら御影が言った。

「…………猫」

 そうだ、猫。口に出してから思う。

「猫、連れてきたほうがいい?」
「ああ、いや。……露木くんが、吉祥天を見てからにしよう」

 露木が目線を落とし、くるりと部屋の中へ消えた。

「吉祥天の名付け親なんだ。相当、きついだろうね……彼も」

 彼も。御影は虚空を見ている。

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