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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*57*



「そもそも事の発端は、あの、音無の言っていた白い男だろう。御影は彼のことを知らないようだが。御影のいう汚れた創造物を彼は集めている」
「何のためだか知んねえが、迷惑なやつだよなぁ。ほぼあいつのせいじゃねえ?」
「ほぼあいつのせいだと思う。……世界始まって以来の危機だからな」
「で、どうやって探すんだ。御影を頼るのか?」
「嫌だ」

 金堂の上着を取って彼に投げ渡し、自分もコートを羽織った。

「自力で探す。折角の神からの贈りものだろ」

 自力。文字通り、俺の持つ天性の実力。それが日に日に増していくのが、最近、目に見えるようだった。気を抜くとすぐに、周りの思考と感情が流れ混んでくる。決壊したダムのように。
 吉祥天の名をつけた後のあの衝撃が尾を引いて、その尾が段々と絡みついている。誰かが来てしまった。でも、完全にそれを理解しているわけではなかった。分からないことだらけだ。
 ああ。
 増していく力を活用するのだ。

*

「よお、音無。と、樹」

 金堂が樹の頭を撫でた。樹は俺の方をちらりと見て、すぐに目を逸らす。彼は金堂にはよくなついている。

「昨日ぶりね」
「ああ。頻繁に訪ねてすまない」
「ほんとね。……用があるの?」
「ある」

 昨日と同じように金堂に樹を頼んだ後、音無は飴を手に取って、弄びながら言った。

「昨日、あのあとね、御影さんって人が来たわ」
「御影……。彼は何て?」
「貴方も彼を知ってるのね」

 白く細い指がストライプの柄の包みを、しきりに捻っている。

「……自害しろと言われた。露木の為に、世界の為にって」

 しまった、また。
 気を抜いた。すう、と音を立てて彼女の瞳へ吸い込まれる。白っぽい、分厚い空気の中に御影が現れて口を開いた。

「消えてくれないかな。世界の為なんだ。……露木の為なんだ。金堂の為でもある。君の弟も。君が自害すれば、全て救われるんだ」
「どうして」

 いつも聞く彼女の声と少し違った、籠った声がする。

「分かっている、僕は初対面の見知らぬ男だ。信じてもらえないだろうけど、それでも、神の代理人だ。……どうか頼む」
「……帰って下さい」
「すまない……すまない」

「露木くん?」

 聞きなれた音無の声が耳に入った。視界が戻る。変わらぬ彼女が目の前に居る。

「何でもない」
「……御影さんは何がしたいのかな。私が死ねば救われるって……」

 茶色い、飴玉のような瞳が物憂げに陰る。

「それは、無い」

 飴の箱の中に目を逸らした。賑やかに、色とりどり。

「少なくとも俺は救われないから」
「そっか」

 自分の口元が、少し笑った。

「……用なんだが。記憶を見せてほしいんだ。あの、君の見た白い男の」
「うん、いいよ。使いこなせるようになったのね」
「お陰さまで」

 他人の記憶を垣間見る。自然にできるのだから、意図的にも出来るだろうとは思っていたが、実際に試すのは初めてだった。
 目を閉じた方がいいだろうか。いや、彼女の目を見ていた方がいいだろう。きっと。さっきのように出来ればよいのだが。
 少し不安を残して、俺はもう一度音無と目を合わせた。
 吸い込まれそうになって目を細める。違う。吸い込むのだ。意志を持って、見たい記憶を探すのだ。彼女の記憶は彩色豊かに渦巻いている。白い男だ。白い男――。

 見つけた。

*

『あなたの才能は素晴らしいものなんだ。でも、自分ではお気づきになっていない。なんて、もったいない』

 声は反響をしているように、不透明に頭に響いた。白く、顔がわからない。それが男の声というだけだ。

『ぜひ、書いてくれないか。多くの人があなたの物語に触れられる機会を、俺なら作れる。新しい文化を取り込むんだ、世界はもっと良くなれる』

 胡散臭い。彼女の感情か。警戒と疑いの色が、ぼんやりした視界に現れる。

『検討してくれ。いい返事がもらえるのを……――』

 男の言葉が止まった。これも記憶の内だろうか、でも、それは嫌に不自然で……。

『露木?』

 凍りついた。
 男の目が俺の目を見ている。音無の目ではなく、まっすぐ俺と、目が合っている。視界が晴れていく。臨場感が戻ってくる。音無のいた場所に俺が居る。

『やっぱり君か』

 声も出ない。男が笑ったのが分かる。

『君には思い出さなくちゃいけないことがまだあろうだろうに。……まあ、いい。君には俺を見つけられない』

 景色が段々とまた、白く歪んでいく。

『……健闘を祈るよ』

*

 音無の目が、心配そうにこちらを見ている。
 吐き気がする。触れたくない場所に触れた。世界の闇に半身を浸したような感覚だった。

「大丈夫?」

 体は熱を帯び、張り詰めた空気が刺さり、冷や汗が滲む。口元を抑えて、回り始める目を閉じた。
 これは禁忌だったろうか。これは世界からの応報か? それとも俺の力量の問題か。もし、彼と話ができたなら、聞きたいことがあったのに。聞きたかったこと。彼によく似た者をよく知っているのだ。
 知っているはずなのに、分からない。

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