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*36*
ミラーリは軽い舌打ちをして、エルザの頬に軽い切り傷をつける。
それにエルザは少ししかめ面をしたが、すぐに凛々しい目つきになった。
「…お前のその瞳は、どこか私に似ている」
「ふざけるな!」
思い切り、ナイフを振り下ろす。
エルザは顔を横に背け、間一髪ナイフをかわした。
「見捨てられ、楽園と称された地獄に馬車馬の如く働かせられた気持ちなんて、分からないでしょ!」
「…私も、そこにいた」
エルザは今度は優しげな瞳で、剣を持っていない片手をミラーリの頬に当てる。
「私も、地獄としか思えないところにいた。…だが、そこからは解放できた」
「……昔にちがう楽園の塔で、クーデターが起きたって聞いたけど」
解放できたなら、いいじゃないか。
私は違う、外に出られたのは評議院が来たから。
家に帰っても、両親には歓迎さえもされなかった。
むしろ、冷たい瞳で見られたというのに。
「…貴方は、いいでしょう?自分の行くべき場所が、見つかったんだから」
自分には、それすらもない。
エルザは優しげなため息をついて、上半身を起こす。
それにミラーリは油断して、目を強く瞑った。
やられる!
―――衝撃は、こない。
変わりに感じるのは、温かい温もりだった。
「え、」
「…お前は、こうして欲しかっただけなんだ」
ミラーリはしばらく硬直して、ようやく理解した。
今、エルザに抱きしめられている。
敵に同情されたという羞恥感が、ミラーリの感情を呼び戻す。
「触るなっっ!!」
「ぅ…」
腕の中で暴れまわるが、暴れまわるほどエルザの腕の力は強まる。
やめろ、もうやめろと心の何処かで叫ぶ自分がいた。
「大丈夫、だ…お前の居場所は、ある、から…」
「違うっ!私の居場所なんて、どこにもない!!」
半狂乱になりながら、ミラーリは暴れ狂う。
遂にはエルザに、ナイフを突き立てた。
「お前は、愛情が欲しかっただけなんだ」
「違う!いらないっ!」
「お前は、世界を知らなすぎた」
世界には、色々あるぞ。
きらきらと輝く『もの』もあれば、どろどろと汚れていく『もの』もある。
そんな汚れている『もの』でも、必死に磨けば光沢は蘇るのだ。
エルザは優しく、…強くミラーリを抱きしめた。
―いやだ、信じたくない。
信じたら、今までの所業が嘘になる。
手を汚してまで、信じていた『もの』が。
なくなるなんて許せるわけがないじゃないか。
ミラーリの黒い感情が、一気に溢れた。
「うそだああぁあああぁぁああ――!!!!!」
一人の少女が、心から叫んだ。