コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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浅葱の夢見し 
日時: 2013/12/14 22:51
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

あなたのことがもっと知りたくて


あなたのそばにもっといたくて


あなたの特別な人になりたかった。


けど、なれなかった。


叶わない想いだと、あきらめようとした。


だから逃げたの。


忘れてしまいたかった。


あなたのことも。


あなたがあの人のことしかみていないことも。


幸せなあなたとの思い出も。


でも。


忘れられなかった。


気づけばあなたのことばかり考えている。


目を閉じれば浮かぶあなたの笑顔。


あなたの言葉を仕草をなにひとつ忘れられない。


でも、どうしようもなかった。


こんなにも想っているのに、あなたはあの人を選んだ。


私の想いに気づくことなく。


苦しい。


苦しい。


苦しい。


誰よりもただあなたに気づいてほしくて、


気づかれてはいけなかったこの想いをひたすらかくしてきた。


私は耐えられなかった。


だから逃げたの。


あなたの隣にいるのが私じゃないことを認めたくなくて。



ああ

————私は悲しい








「・・・い。おい!おい、カエデ!」



はっと目を開けた。

瞬時にまぶしい光が視界にとびこんできた。

目を細めてそれをやりすごすと、自分をのぞきこむ二つの人影がぼんやりと見えてきた。

姉、ハルナと、彼女と同じ年の幼馴染、ホムラだ。

カエデが目をしばたたかせるとハルナは優しく頭をなでてくれた。


「・・・あねうえ。・・・・・・ほむらにいさま・・・」


ぽつりとつぶやくと、ホムラは目をきらきらさせて笑った。


「カエデ〜。こんな所で寝てると風邪ひいちまうぞ〜?」


そういわれてみれば、あたりは一面鮮やかな緑だ。

そうだった。

神社の奥にある森の奥でひなたぼっこををしていたのだった。

だが、あまりの心地よさに眠ってしまったらしい。


「・・・ごめんなさい。あねうえ。ほむらにいさま」


ホムラは笑って首を振った。

彼の赤みを帯びた髪が太陽の光をとらえて光った。


「いいんだよ。

 でも、どうせ昼寝するなら、今度からは、部屋で寝よう。な?」


それを聞いて、ハルナはフンと鼻で笑った。


「木の上だろうが、馬小屋だろうが、どこでも寝られる

 そなたにだけは言われたくない。のう、カエデ?」


なんだよそれーとむくれているホムラを見て、思わず笑ってしまった。

それを見て、ハルナもつられたように笑い、ホムラも笑い出した。

三人の笑い声が空にのぼっていく。

幸せな午後の時間。

ただ強く強く願う。

ずっとこの時間が続けばいいと。

でも、うっすらと頭のどこかでは気づいていた。

これは過去だと。



・・・これは夢だと。




場面がふっと変わり、カエデは父と二人きりで、薄暗い部屋の中にいた。

ろうそくの光だけが、たよりなく部屋を照らす。

父は、正座で背筋を伸ばして座り、自分は正座の状態から低く頭をさげていた。

木でできた床を至近距離で見つめ、父の言葉を待つ。


「カエデ。

 そなたは、この夜、十六になった。

 明日より、そなたを分家の巫女として扱う。

 よって、これより必要以にハルナとホムラに関わるな」 


ジジと音をたててろうそくが揺れた。


「…なにゆえ、ですか」


理由などわかりきっているのに、きいてはいけないのに、

カエデはかすれた声をしぼりだした。


「ハルナは本家の大巫女として、

 いずれはこの影水月を受け継ぐものだ。

 故にその命を狙われることも多かろう。

 ・・・姉を、ハルナを、守りたいか」


それは、本家という光の影になることだ。

誰よりも美しく、誇り高く、心優しい姉の笑顔を思い浮かべ、

カエデは即座にうなずいた。


「お守りしとうございます」


「ならば、分家の巫女として、ハルナを影より守り支えよ。

 そなたの言霊の力を使って。

 そなたは、これより分家の巫女、影水月の影となる。

 ハルナと気安く話せるような身分でもなくなる。

 だから、あまり関わるな。

 ・・・関われば己がつらいだけだ」


「・・・・承知・・・いたしました・・・」


声が震えないようにするので精一杯だった。


「もうひとつ、ハルナとホムラは婚約した。

 それゆえ、あやつもハルナと身分はそう変わらなく
なった。

 己の立場をわきまえよ」


カエデは大きく目を見開いた。

視界が真っ白になり、一気に真っ黒になる。

思わず顔を上げたカエデの表情を見て、父が片眉を上げた。


「それほどまでに意外か。

 あやつらは歳も近いし、互いに才もある。

 影水月と燈沙門の結びつきをより強くできる」


 「・・・存じて・・・おります・・・」


三人の関係が決定的に壊れた。

そう、カエデは思った。

いつかはこの日がくると覚悟はしていた。

幸せな午後の日々が遠くなっていく。

ろうそくの火が夜風に吹かれて激しく揺れた。


「許せ、カエデ。

 すべては運命。

 すべては血の盟約。

 いにしえの契約により、我ら影水月は縛られているのだ」


一瞬落ちる静寂。

ろうそくの火が風に吹かれすぎて、今にも消えそうだ。

カエデは、父の言葉を聞いて、静かに目を閉じ、頭を再び低く下げた。


「・・・承知致しました」





頬が冷たい。

カエデはゆるやかにまぶたを開けた。

その瞬間、すうっと滴が頬を伝って落ちた。

ああ、泣いていたのかと他人事のようにカエデは思っ
た。

静かな夜だ。

懐かしいあの日々を夢で見るとは思わなかった。

また、あたたかなものが、目のふちにあふれそうなの


感じながらカエデは目を閉じた。

本当に静かな夜だ。


——涙が流れ落ちる音しか聞こえない。




登場人物&語句説明  >>04 >>05 >>23 >>45 >>109


目次

  >>06 >>07 >>08  >>09 >>10 >>11 >>12 >>13  >>14 >>15 >>16

  >>17 >>18 >>21 >>22  >>24  >>25  >>26  >>29  >>35  >>36  >>39

>>40  >>41  >>44  >>46  >>49  >>50  >>52   >>54  >>88  >>89  >>93

>>96  >>99  >>102  >>103  >>104  >>113  >>114  >>115  >>116

>>117   >>118  >>119   >>122   >>127  >>130  >>131  >>139

>>199  >>205   >>211   >>212   >>213  >>217   >>218  >>221

>>222  >>225  >>226  >>236  >>237  >>244   >>247  >>248

>>253 >>254  >>305  >>315  >>316  >>317   >>322  >>333

>>338  >>342  >>343  >>344  >>348  >>351   >>361  >>364

>>368  >>371  >>390  >>393  >>394  >>395  >>398

>>413  >>414  >>415  >>423  >>426  >>442  >>445  >>446


>>450  >>451  >>456  浅葱の夢>>463  >>471  >>472  >>475


>>478  >>479  >>480  >>485  >>499 >>500 >>501


>>512 >>516

ルート2 >>530   ルート3 >>537 >>540 >>543

ルート1 「転送」 >>555 >>558 >>567 >>571





ショートストーリー『赤ずきん』

    >>56  >>57  >>62  >>65  >>66  >>70  >>71  >>81




ショートストーリー『アラジンと魔法のランプ』

>>145  >>146  >>149  >>150  >>153  >>163  >>169  >>178  >>184



トーク会

>>194


カエデさんになってみよう

>>264  >>265  >>279  >>291  >>297


レイヤ君祭り

>>380


シキ様よりお詫びの手紙

>>387


いろはうたが描いた絵をレイヤとトクマにみせてみた

>>441


カエデの独白
>>459


シキの独白
>>460

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Re: 浅葱の夢見し ( No.12 )
日時: 2013/03/31 21:55
名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)

*私は耐えられなかった。



苦しくて


 言い訳をして


 どうでもいい理屈を作って


 逃げたの


 すべてから






 あなたから






*やはり、めまいがする。
 
それに、あたりはすでに夜の闇に包まれようとしていて、
 
前があまり見えない。

 廊下をふらふらと歩きながら、カエデはそう思っ
た。

 少し後悔し始めた時、彼女の耳は、父の声をとらえ
た。

 庭の方からだ。

 カエデはあまり力の入らない足を速めて、庭の方へ
と急いだ。

 何か緊迫したものを感じ取ったからだ。

 聞こえるのは、父の声だけではない。

 もっと若い男性の声も聞こえる。

 (来客・・・?)

 いや、客人を庭でもてなしたりなどあまりない。

 (じゃあ・・・敵・・・!)

 走り出そう押した時、

 「断るっ!!」

 父の怒鳴り声が聞こえて、カエデの足は止まってし
まった。

 普段は寡黙な父の、声を荒げたところなど

 見たことも聞いたこともなかった。

 おそるおそる廊下の角から頭だけを出して庭を見る
と、

 そこには向かい合って立つ、二つの影があった。

こちらに背を向けているのは父だ。

つまり反対側に立っているのが、招かれざる来訪者
だ。

月を背にして立っているため、顔がよく見えない。

身長や声の低さからやはり男性なのだとわかる。

男はさらに二言三言話すと、用は済んだとばかりに

くるりと背を向けると、

闇に溶け込むようにして消えた。

その方向を硬い表情で見ている父の背に静かに声をか
けた。

「父上」

彼は素早く振り返った。

そして、相手がカエデだとわかると、わずかに表情を
ゆるめた。

「ああ、カエデか。

 体の方は、大事ないか」

「はい。

 三日も伏せ、申し訳ございませんでした。

 明日より、稽古を始めますので、お許しください」

謝罪の礼をすると、カエデはスッと顔をあげた。

「・・・先程の者は」

父の顔が、再び厳しいものへと変わった。

「・・・他国の神社の者だ」

そう言うと、彼は口を閉ざした。

それ以上は言いたくないと、そう思っているのがはっ
きりわかる。

だが、聞かなくてはならない。

「・・・何を、話されていたんですか」

影水月に関係のある話、つまり自分に関係のある話か
もしれない。

聞かなくてはならない。

父は、しばらく黙っていたが、一つ息を吐くと、

苦々しげに言葉をはきだした。

「・・・影水月の巫女をもらうと、宣告された」

「なっ・・・!?」

影水月の巫女をもらう。

ということは、本家の巫女、ハルナを奪うということ
か。

「私は、断った。

 だが奴は、貴殿の意志は関係ない。

 次の満月の夜に受け取りに来るとだけ言った」

握りしめた手が、震える。

受け取りに来る、だなんてハルナのことを物扱いする
だなんて。

「その、その者が属する神社は・・・?」

父の灰色の瞳に様々なものが宿り、すぐに消えた。

「・・・四鬼ノ宮神社」

カエデは息をのんだ。

天皇の権力をも凌ぐ、今最も勢力の強い神社。

その名を知らぬ者などいないほどだ。

非常に強い術を使える宮司がそろい、

またほとんどの者が武芸に秀でており、その中でも

特に優秀なものを集めて、神社を守護する忍の集団ま
で作っているらしい。

祈祷や術に秀でた影水月とは違う、武闘派の一族。

そのようなものを相手に、武力で勝利するのは、不可
能に近い。

術を用いて対抗しても、多くの者が傷つくだろう。

かといって、影水月を支える柱であるハルナを、失う
わけにはいかない。

———絶望的だ。

唇をかみしめた時、閃光のように一つの考えが頭の中
を、かけめぐった。

「父上」

まっすぐに父を見る。

迷いはない。

「私を、使ってください」

父は何も言わない。

ただ黙って、カエデを見ている。

「私は姉上と少し容姿が似ておりますし、

 姉上には劣りますが、霊力もあります。

 四鬼ノ宮に、私が姉上だと押し付けてください。

 きっと彼らは、わからないでしょう」

父は何も言わない。

驚いてもいない。

胸の底に薄く寂しさが広がる。

父は、先ほどの四鬼ノ宮の男の話を聞いた時から、

カエデと同じことを考えていたのだ。

本人を前にして、言い出しずらかったのだろう。

だが、カエデはそのために生まれたのだ。

ハルナの影として、身代わりになるために。

「・・・よいのか」

口調は問うているが、カエデに否と言うことを許して
いない。

「はい」

これでハルナを守れる。

これでハルナをもう見なくてすむ。

ホムラを見なくてすむ。

幸せな二人を見なくてすむ。

———私は逃げるのだ。

「このことは、ハルナにはその時が来るまで、伝え
ぬ。

 今後の祈祷や舞に支障が出るやもしれぬからな」

「承知いたしました」

頭を下げたカエデに父の声が降る。

「話はまた後日しよう。

 今宵は体を休めるがよい」

「はい」

衣擦れの音がして、父が去っていく気配がする。

カエデは目を閉じた。

ひと月後、自分はハルナの身代わりとして連れ去られ
る。

それは、四鬼ノ宮の奴隷巫女となることを意味する。

霊力をしぼりとられて、限界まで働かされた後、

———殺されるのだ。

「楓」

足を止めた父の声に力が宿った。

「言霊は、影水月本家を守るときのみ使うのだ。

 ・・・よいな」

「・・・存じております」

今度こそ父は歩き去って行った。

本家を守るとき以外、言霊は使ってはならない。

つまり、たとえ自らが死に直面しようとも、言霊で己
を守らず、

———死ね、ということだ。

言霊は分家の巫女のみが使える特別な力。

使えば、カエデがハルナではないと、露見してしまう
から。

Re: 浅葱の夢見し ( No.13 )
日時: 2014/04/05 14:15
名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)

*そんな目で見ないで。


 そんな声で呼ばないで。


 心が揺れてしまう。



 勘違い、してしまう。





*「そんなの・・・おかしい、だろ。
  
 カエデ、やめろ」

「無理よ、ホムラ兄様。

 もう相手がいつ来てもおかしくない時間なの」


そう言ってカエデは力なくホムラに笑いかけた。

だが、彼はいつものように笑みを返さない。


「何か…何か別の方法があるはずだ。

 くそっ。

 なんで、ハルナを欲しがるんだよ・・・!」

「……」


ハルナのおかげでこの影水月神社はますます名を上げており、繁栄している。

四鬼ノ宮の方も、そろそろ影水月の存在を、疎ましく思い始めたのだろう。

だが、おおっぴらに影水月をつぶすと、体裁を保てないし、

評判も絶対落ちる。

だから、ハルナを譲ってもらうという形で、

影水月の力を衰えさせたいのだろう。

あれからひと月。

もうすぐカエデは連れて行かれる。


「他に方法はないの。

 わかるでしょう?」

「く・・・っそ・・・。

 今じゃなくて、もっと早くに言ってくれりゃ、

 おれがなんか別の方法を考えたのに・・・!」


顔を歪めるホムラに苦笑した。

だから、父と自分はこのことをホムラにも伝えなかったのだ。

彼は、カエデが連れ去られると知ったら、あらゆる方法を使って止める方法を考えただろう。

優しい人だから。

カエデはそれを誰よりも知っている。

そう、ホムラは優しすぎるのだ。

優しすぎるから、守れないものもある。

だから、彼の手からこぼれ落ちそうなハルナを守る。

守るのだ。

カエデは揺れ動くホムラの顔を見つめた。

いつもは、ハルナに向けられている瞳が、今はこんなにもカエデをおもって揺れている。

それだけで、十分だ。

それ以上のことなんて、望んではいけない。

下げかけた視線が突然大きく揺れた。

背に温かいものがあたっている。

額がホムラの胸に当たり、彼に軽い力で引き寄せられたのだと遅れて気づいた。


「いいか」


声がとても近い。


「おれは、お前がなんと言おうと、必ずお前を見つけ出して、迎えに行く。

 必ずだ」

唇は震えるだけで声は出なかった。

この人はうつけだ。

本当にうつけ。

おおうつけだ。

何を言っているの。

そんなことをしたら、影水月が姉が、あなたが——
—。

でも、思いは言葉にならない。

思っていけないのに。

ホムラの言葉を、うれしい、と。

「だから、少しの間待ってろ。

 おれが迎えに行くまで」

大きな手が髪をくしゃりとなでで、すぐに離れた。

ホムラは素早く身をひるがえすと、その場を離れてい
った。

広い背中が闇の中に消えていった後も、カエデは動か
なかった。

動けなかった。

震える吐息がわずかに開いた唇から洩れる。

何も、言えなかった。

自分のことなど忘れてほしいと。

姉と幸せになってくれと。

言わなければならなかったのに。

涙は出なかった。

後悔もしていない。

「カエデ様」

振り返れば、一人の宮司が静かに膝をついて、控えて
いた。

「時間でございます」

来た。

来てしまった。

己から望んだはずの時間が。

「わかりました。

 今、行きます」

もうすぐ、自分が自分でなくなる。

遥凪の名を背負うのだ。

カエデはゆっくりと月光が照らすその場を離れた。

Re: 浅葱の夢見し ( No.14 )
日時: 2013/03/31 22:07
名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)

*神よ


 
 どうか



 どうか



 罰するなら



 私だけにしてください



 すべて私が



 悪いのですから








*「私は、四鬼ノ宮の者達と話をしてくる。
  お前は、しばしここで神に祈るがよい」

「承知いたしました」

カエデが正座をしたまま低く頭を下げると、衣擦れの
音とともに、父が歩き去っていく音がした。

あえて”最後に”と言わなかったのは、父なりの優し
さなのだろう。

カエデは静かに頭を上げた。

月光だけが、カエデのいるところを照らす。

何かがその光をとらえてはじいた。

カエデは一瞬目を細めると、そちらに向かった。

美しい抜身の刀だった。

その月の輝きを宿す刃は、三日月のような優美な弧を
えがいている。

彼女は、神棚にまつられているそれを、ためらいなく
手に取った。

手首に響く重みと、ひやりと冷たい感触。

鋭く磨き抜かれた刀身は、きらめきながら鏡のよう
に、

カエデの藍の瞳を映した。

これは分家の大巫女のみが、舞の時に使える刀だ。

でも、ただの飾りではない、立派な銀刀だ。

———いずれは、自分が使うはずだった刀。

この刀と対になるのは、本家の大巫女のみが舞の時に
使える黄金の槍。

置いて、行きたくない。

強い願望に突き動かされて、カエデは刀を鞘におさめ
ると、少ない荷物に括り付けた。

分家の巫女だと、ばれてしまうのかもしれない。

それでも、カエデは証が欲しかった。

自分は、この刀と本家の槍のように、ハルナと対にな
る唯一無二の存在だということを示す証が。

カエデはしっかりとそれを括り付けると、再び神棚に
近づき、座って深く頭を下げた。

「わたくし、楓は、今この時より遥奈の名を偽り、騙
る(かたる)ことを、

 お許しくださいませ。

 ・・・どうぞ姉上とホムラ兄様をお守りくださいま
せ。

 カゲミツキノミコト様」

あと、あの二人の幸せを祈らなければならない。

冷え切った唇を動かそうとしたとき、

「遥奈様」

姉の名が呼ばれた。

彼女は口を閉じて、頭をあげた。

「時間でございます」

「わかった。

 今、行く」

上に立つ者のみが許される言葉づかい。

二人の宮司が中に入ってきて、カエデの荷物を抱え
た。

ゆっくりと息を吸う。

そしてそれを吐くと、彼女はスッと右足を踏み出し
た。

流れるような動きで反対側の足も踏み出す。

本家の巫女に少しでも見えるように精一杯毅然として
歩いた。

静かに階段を下りる。

影水月のすべての宮司と巫女が頭を下げる中、彼女は
歩いた。

少し前までは、自分もあの中に混ざっていたのだと思
うと、

奇妙な感じがする。

その、最後尾にいる二人の男女の姿を、一瞬目の端に
とらえた後、

彼女はすいっと視線をそらした。

二人の幸せを、最後の最後まで祈れなかった罪悪感胸
をよぎる。

なるべくそちら側を見ないようにして、父の方へと歩
みを進める。

彼の目の前には、あの夜と同じ背の高い人影が向かい
合って立っていた。

やはり月を背にして立っているので、顔がよく見えな
かった。

カエデがその男の正面に立つと、父は数歩後退した。

よく見ると、男の後ろには、何人のも黒い影が闇に溶
け込むようにして

立っている。

気配を感じさせないたたずまいからおそらくかの有名


四鬼ノ宮の忍びの集団のうちの数名なのだろう。

本当に静かだ。

風の音も、虫の声も聞こえない。

あるのは己のみ。

「わたしが、影水月の大巫女。

 この身を汝らに譲り渡す代わりに、皆の命を見逃し
てほしい」

己の声が闇に消えていく。

微かに、本当に微かにだが、彼女は目の前の男が笑っ
た気配を感じた。

彼女は小さく息を吐いた。

これでいい。

ゆっくりと足を動かして男に一歩近づく。 

Re: 浅葱の夢見し ( No.15 )
日時: 2013/03/31 22:11
名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)

巫女装束の飾り鈴が軽やかな音をたてて揺れる。

その音に混じって足音が背後から聞こえた。

勝手に足が止まる。

小さかったそれはだんだん大きくなりこちらに近づい
てくる。

———まさか。

「まてえええええっ!!」

ずっと昔から共に在った声。

カエデはこらえきれずに後ろを振り返った。

月に照らされ駆けてくるのは、ハルナだった。

豊かな長い髪を風に乱されて走る彼女の姿はただひた
すら美しかった。

その鮮やかな嵐雲のような濃い青灰色の瞳は、闇の中
できらめいた。

一瞬で彼女はこちらにたどり着いた。

全力で走ってきたらしく、肩で息をしている。

「そ、その娘、ではない。

 わらわこそが影水月の大巫女!」

一気にいろんな感情が押し寄せてきてカエデは何も言
えなくなった。

唇をつよくかんで、ハルナの足元を見つめる。

どうして自分の大切な人は、おおうつけばかりなのだ
ろうか。

自分には、姉にこうして追ってきてもらう価値などな
い。

ハルナの身代わりになって、ハルナを守るだなんて言
って、

言い訳をして逃げるだけなのに。

幸せな二人の姿から。

二人の幸せを心から願えない自分から。

どうあがいても彼女のようにはなれない自分から。

力を、使わなければならない。

じわりと左の頬が熱を帯びる。

自分の立場も、命もかえるみず、こんな妹を助けよう
とする

おおうつけの姉を守るための言ノ葉の力を。

カエデは下を向いたまま目を閉じた。

「連れ去るならわらわに・・・」





『———静止』





聞き取れないような小さな囁き。

だが、ハルナには届く。

顔を少し上げた。

彼女は、驚きの表情を浮かべたまま、動けなくなって
いた。

いや、カエデが動けなくしたのだ。

そして、ハルナも見ただろう。

カエデの左頬にうっすら光り浮かんでいる、御言葉使
い(みことば)の証である、

青い証印を。

カエデの鮮烈に青く輝く御言葉使いの瞳を。

目には見えない青き言霊がハルナの体をがんじがらめ
に縛っている。

カエデは口を閉じて姉を見つめた。

もし。

もし、自分が本家の者で、ハルナが分家の者だった
ら、

何か変わっていたのだろうか。

そう考えた自分をカエデは心の中で笑った。

今、自分はハルナなのだ。

「さがれ!

 分家の者ごときが、私の誇り高き本家の血を名のる
でない!」

闇の中、自分の声だけがビインっと響いた。

そう。

これでいい。

これで、すべてうまくいく。

”ありがとう。

 姉上。

 ・・・さよなら”

声に出さずに口だけ動かすと、ハルナの瞳が揺れた。

それ以上、姉の顔を見ないために、カエデは体の向き
くりと変えて、

忍びたちの方へと歩きだした。

これ以上は、自分の中にある必死で築きあげてきたも
のが、崩れてしまう。

顔を見られないようにうつむいて歩いた。

まだ、言霊の力は持続しているので、

頬の証印は残ったままなのだ。

これを見られたら、相手に確実にばれてしまうだろ
う。

自分が、分家の巫女であることが。

カエデは、ゆっくりと父と対峙していた、

男の正面に立った。

しめやかな香の匂いが鼻腔をくすぐる。

(・・・え?)

いつの間にか伸びてきた男の腕にカエデは抱えあげら
れていた。

横抱きにされて、危うくのどもとまで出かかった悲鳴
を、

かろうじて飲み込んだ。

この程度のことで動揺してはいけない。

男はしっかりとカエデを抱えなおすと、

あっさりと影水月の者達に背を向け、

鳥居に向けてすたすた歩き出した。

不安定な姿勢なので、大きな体の揺れに、思わず男に
しがみつくと、

彼は満足そうに耳元で笑った。

何がおかしいのだとくってかかりそうになったが、

なんとかこらえた。

もうすでに、人として扱われていない気がする。

実際に、荷物のように抱えあげられて、

自分の足で歩くことすらさせてくれない。

———カエデ。

誰かが自分の名前を呼んだ気がした。

だが、今はそれに応えてはならない。

カエデは静かに目を閉じた。

Re: 浅葱の夢見し ( No.16 )
日時: 2013/05/12 20:31
名前: いろはうた (ID: a4Z8mItP)

*いつからか


 あなたに呼ばれることが


 怖くなっていた


 私があの人の代わりなのだと


 絶望的なほど、


思い知らされてしまうから。








*カエデはゆっくりとまぶたをあげた。

見慣れない造りの天井。

今まで触れたことがないほど柔らかく布が自分の体を
覆っているのを感じた。

そうだ。

今、おそらく、四鬼ノ宮神社にいるのだろう。

一気にすべてを思い出したカエデは、辺りを見渡そう
と首を動かしたが、

そこに鈍い痛みが走り、顔をしかめた。

そういえば、影水月から連れ去られてすぐに、首に衝
撃が走った。

そのまま意識が落ちたのだ。

おそらく、自分を抱えていたあの男に気絶させられた
のだろう。

移動中に逃げられたりしないためだろうか。

(そんなことをしなくても、私は逃げたりなどしな
い)

布を握りしめる手に、力がこもった。

もう、影水月に戻ることは、許されないのだ。

唇をかみしめて体を起こすと、自分がいる部屋を見渡
してみた。

「・・・」

声が出なかった。

今の自分の身分は実質的には奴隷巫女だろう。

もっと家畜同然の扱いを受けると思っていたのだが、

この部屋はどうしたものだろうか。

身を覆う柔らかな布は、カエデが影水月で使っていた
ものよりも、

ずっと上等だ。

部屋も派手ではないが、全体的に装飾が凝っていて、

神社の建物とは思えないほど雅なものだ。

いつの間にか着替えさせられている小袖ですら一目で
高級なものだとわかる。

おおよそ質素という言葉から、ほど遠いものばかり
だ。

奴隷巫女への扱いとは思えない。

一体どういうつもりなのだろうか。

今のうちに休ませて、後でこき使うつもりなのか。

それとも、一応影水月の巫女だからと遠慮しているの
か。

(意図がわからない・・・)

かすかに眉をひそめたその時、いきなりふすまが開い
た。

足音どころか気配すら感じ取れなかったカエデは、

ただただ呆然とふすまを声もかけずに開けた無礼者を
見つめた。

この世のものとは思えないほど美しく、すらりとした
若い男であった。

深く宵闇色の長髪を背中で一まとめにしてくくり、

いかにも高級そうな着物を、ひどく色気たっぷりに着
崩していた

それにしても、何なのだこの遊人風の無礼者の色男
は。

カエデはキッと男の顔を見上げて言葉を失った。

青い瞳だ。

どこまでも深い色をした瞳がカエデを見つめていた。

「起きていたのか。

 どうだ、どこか具合の悪い所はあるか」

この声。

この瞳。

忘れもしない、洞窟ででしばらくの間共に雨宿りをし
た青年。

名は確か———ヒタギ。

(なっ、ななななんでこの人がここに!?)

そこではっとカエデは気が付いた。

一度だけとはいえ、過去にこの男と会ってしまってい
る。

さらに、暗くてあまり見えないだろうが、顔も見られ
たはずだ。

これはかなりまずい。

自分がハルナではないと、ばれてしまう。

ばれたら、その時———すべてが終わる。

頭が真っ白になりかけたとき、ヒタギがこちらに腕を
伸ばしてきた。

(ま、まさかもうばれた!?)

この世のものとは思えない秀麗な顔が近づいてくる。

カエデはもう、何も見たくなくて、ただぎゅっと目を
閉じた。

背と後頭部にまわる大きな手の感触。

額に、硬くて温かな何かが当たる。

しめやかな香の匂いが鼻をかすめた。

「待ちわびたぞ」

(何を!?)

予想外の言葉に、思わず叫びそうになった。

「やっと・・・やっとお前を手に入れた」

熱を帯びた声が耳たぶをかすめ、カエデは目を見開い
た。

ヒタギの胸板に額を押し付けるようにして、彼に抱き
寄せられていた。

・・・なんなのだこの状況は。

「これでおまえは、おれのものだ。

 影水月の巫女姫よ」

なんだか状況がおかしい。

確か、奴隷巫女になったはずなのだが。

「おまえに会えないひと月は、一日が千日に感じられ
た。

 ・・・本当に、くるってしまいそうだった。

 おまえに会いたくて、この腕に抱きたくてな」

カエデの耳は、ヒタギの胸やけがしそうなほど甘い言
葉の数々を

右から左へ聞き流し、頭の中で一つの仮説を立ててい
た。

まず、ヒタギが眠ってしまったカエデを、布でぐるぐ
る巻きにした挙句、

影水月の神社に放り出す。

帰ろうとしたら、ハルナに会う。

ハルナのあまりの美しさに、口説き落とそうとする。

姉の美しさからいえば、ヒタギの行為は仕方がないだ
ろうと、

カエデは心の中でうんうんとうなずいた。

だが、ホムラという素晴らしい婚約者がいるハルナ
は、

あっさりヒタギを袖にする。

ふられた腹いせに、権力にものをいわせて、

無理やりハルナをさらい、奴隷巫女にして自分のそば
に置こうとする。

だとしたら、つじつまが合う。

だが、そのことで違うことは、さらってきたのはハル
ナではなく、

カエデだということだ。

今のところ、ヒタギがそのことに気づいた様子はな
い。

おそらく彼がハルナと会ったときは、夜の闇のせいで

顔がはっきりとは見えなかったのだろう。






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