コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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浅葱の夢見し 
日時: 2013/12/14 22:51
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

あなたのことがもっと知りたくて


あなたのそばにもっといたくて


あなたの特別な人になりたかった。


けど、なれなかった。


叶わない想いだと、あきらめようとした。


だから逃げたの。


忘れてしまいたかった。


あなたのことも。


あなたがあの人のことしかみていないことも。


幸せなあなたとの思い出も。


でも。


忘れられなかった。


気づけばあなたのことばかり考えている。


目を閉じれば浮かぶあなたの笑顔。


あなたの言葉を仕草をなにひとつ忘れられない。


でも、どうしようもなかった。


こんなにも想っているのに、あなたはあの人を選んだ。


私の想いに気づくことなく。


苦しい。


苦しい。


苦しい。


誰よりもただあなたに気づいてほしくて、


気づかれてはいけなかったこの想いをひたすらかくしてきた。


私は耐えられなかった。


だから逃げたの。


あなたの隣にいるのが私じゃないことを認めたくなくて。



ああ

————私は悲しい








「・・・い。おい!おい、カエデ!」



はっと目を開けた。

瞬時にまぶしい光が視界にとびこんできた。

目を細めてそれをやりすごすと、自分をのぞきこむ二つの人影がぼんやりと見えてきた。

姉、ハルナと、彼女と同じ年の幼馴染、ホムラだ。

カエデが目をしばたたかせるとハルナは優しく頭をなでてくれた。


「・・・あねうえ。・・・・・・ほむらにいさま・・・」


ぽつりとつぶやくと、ホムラは目をきらきらさせて笑った。


「カエデ〜。こんな所で寝てると風邪ひいちまうぞ〜?」


そういわれてみれば、あたりは一面鮮やかな緑だ。

そうだった。

神社の奥にある森の奥でひなたぼっこををしていたのだった。

だが、あまりの心地よさに眠ってしまったらしい。


「・・・ごめんなさい。あねうえ。ほむらにいさま」


ホムラは笑って首を振った。

彼の赤みを帯びた髪が太陽の光をとらえて光った。


「いいんだよ。

 でも、どうせ昼寝するなら、今度からは、部屋で寝よう。な?」


それを聞いて、ハルナはフンと鼻で笑った。


「木の上だろうが、馬小屋だろうが、どこでも寝られる

 そなたにだけは言われたくない。のう、カエデ?」


なんだよそれーとむくれているホムラを見て、思わず笑ってしまった。

それを見て、ハルナもつられたように笑い、ホムラも笑い出した。

三人の笑い声が空にのぼっていく。

幸せな午後の時間。

ただ強く強く願う。

ずっとこの時間が続けばいいと。

でも、うっすらと頭のどこかでは気づいていた。

これは過去だと。



・・・これは夢だと。




場面がふっと変わり、カエデは父と二人きりで、薄暗い部屋の中にいた。

ろうそくの光だけが、たよりなく部屋を照らす。

父は、正座で背筋を伸ばして座り、自分は正座の状態から低く頭をさげていた。

木でできた床を至近距離で見つめ、父の言葉を待つ。


「カエデ。

 そなたは、この夜、十六になった。

 明日より、そなたを分家の巫女として扱う。

 よって、これより必要以にハルナとホムラに関わるな」 


ジジと音をたててろうそくが揺れた。


「…なにゆえ、ですか」


理由などわかりきっているのに、きいてはいけないのに、

カエデはかすれた声をしぼりだした。


「ハルナは本家の大巫女として、

 いずれはこの影水月を受け継ぐものだ。

 故にその命を狙われることも多かろう。

 ・・・姉を、ハルナを、守りたいか」


それは、本家という光の影になることだ。

誰よりも美しく、誇り高く、心優しい姉の笑顔を思い浮かべ、

カエデは即座にうなずいた。


「お守りしとうございます」


「ならば、分家の巫女として、ハルナを影より守り支えよ。

 そなたの言霊の力を使って。

 そなたは、これより分家の巫女、影水月の影となる。

 ハルナと気安く話せるような身分でもなくなる。

 だから、あまり関わるな。

 ・・・関われば己がつらいだけだ」


「・・・・承知・・・いたしました・・・」


声が震えないようにするので精一杯だった。


「もうひとつ、ハルナとホムラは婚約した。

 それゆえ、あやつもハルナと身分はそう変わらなく
なった。

 己の立場をわきまえよ」


カエデは大きく目を見開いた。

視界が真っ白になり、一気に真っ黒になる。

思わず顔を上げたカエデの表情を見て、父が片眉を上げた。


「それほどまでに意外か。

 あやつらは歳も近いし、互いに才もある。

 影水月と燈沙門の結びつきをより強くできる」


 「・・・存じて・・・おります・・・」


三人の関係が決定的に壊れた。

そう、カエデは思った。

いつかはこの日がくると覚悟はしていた。

幸せな午後の日々が遠くなっていく。

ろうそくの火が夜風に吹かれて激しく揺れた。


「許せ、カエデ。

 すべては運命。

 すべては血の盟約。

 いにしえの契約により、我ら影水月は縛られているのだ」


一瞬落ちる静寂。

ろうそくの火が風に吹かれすぎて、今にも消えそうだ。

カエデは、父の言葉を聞いて、静かに目を閉じ、頭を再び低く下げた。


「・・・承知致しました」





頬が冷たい。

カエデはゆるやかにまぶたを開けた。

その瞬間、すうっと滴が頬を伝って落ちた。

ああ、泣いていたのかと他人事のようにカエデは思っ
た。

静かな夜だ。

懐かしいあの日々を夢で見るとは思わなかった。

また、あたたかなものが、目のふちにあふれそうなの


感じながらカエデは目を閉じた。

本当に静かな夜だ。


——涙が流れ落ちる音しか聞こえない。




登場人物&語句説明  >>04 >>05 >>23 >>45 >>109


目次

  >>06 >>07 >>08  >>09 >>10 >>11 >>12 >>13  >>14 >>15 >>16

  >>17 >>18 >>21 >>22  >>24  >>25  >>26  >>29  >>35  >>36  >>39

>>40  >>41  >>44  >>46  >>49  >>50  >>52   >>54  >>88  >>89  >>93

>>96  >>99  >>102  >>103  >>104  >>113  >>114  >>115  >>116

>>117   >>118  >>119   >>122   >>127  >>130  >>131  >>139

>>199  >>205   >>211   >>212   >>213  >>217   >>218  >>221

>>222  >>225  >>226  >>236  >>237  >>244   >>247  >>248

>>253 >>254  >>305  >>315  >>316  >>317   >>322  >>333

>>338  >>342  >>343  >>344  >>348  >>351   >>361  >>364

>>368  >>371  >>390  >>393  >>394  >>395  >>398

>>413  >>414  >>415  >>423  >>426  >>442  >>445  >>446


>>450  >>451  >>456  浅葱の夢>>463  >>471  >>472  >>475


>>478  >>479  >>480  >>485  >>499 >>500 >>501


>>512 >>516

ルート2 >>530   ルート3 >>537 >>540 >>543

ルート1 「転送」 >>555 >>558 >>567 >>571





ショートストーリー『赤ずきん』

    >>56  >>57  >>62  >>65  >>66  >>70  >>71  >>81




ショートストーリー『アラジンと魔法のランプ』

>>145  >>146  >>149  >>150  >>153  >>163  >>169  >>178  >>184



トーク会

>>194


カエデさんになってみよう

>>264  >>265  >>279  >>291  >>297


レイヤ君祭り

>>380


シキ様よりお詫びの手紙

>>387


いろはうたが描いた絵をレイヤとトクマにみせてみた

>>441


カエデの独白
>>459


シキの独白
>>460

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Re: 浅葱の夢見し  ( No.760 )
日時: 2014/11/15 00:51
名前: いろはうた (ID: 5obRN13V)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

*そして、その青い瞳は限界まで見開かれた。

ありえない状況を目にして。


「馬鹿、な……!?」


そこには、カエデがいた。

いつもと同じように鎖でつながれて、眠っていた。

その様子があまりに儚く、幻にすら見えて、急いで彼女の傍に駆け寄り、その傍らに膝をつく。

閉ざされた瞼。

カエデが目覚める気配はない。

静かに規則正しい寝息を立てて眠っている。

すぐには触れられない。

これが夢幻であれば、確実に自分のどこかは狂ってしまう。

意を決して彼女の首の下に腕を差し込みそっと抱き起す。

さらさらと彼女の長くて美しい灰色の髪が、抱き上げた腕のすき間からこぼれ落ちる。

温もりが直に伝わり、安堵のあまり、彼女の華奢な肩を掴む手に力が入った。


「……んぅ」


そのせいで、カエデは起きてしまった。

一瞬呼吸が止まる。

カエデはかすかに身じろぐと、弱々しくその瞼がひらいて、こちらをぼんやりと美しい藍の瞳に映す。


「……ひ、たぎ……?」


かすれた声。

名を呼ばれただけなのに、どうしようもなく喜びが込み上げる。

その瞳には今、自分しか映っていない。

そう想うと体が震えた。

これが本当に夢でないのか、己の願望が生み出した幻なのではないかと

何度も彼女の顎の線や頬を撫でる。


「ヒタギ、だぁ……」


カエデがふわりと笑った。

その手首には片方だけ手枷がついている。

自分で手枷を付けたため、もう片方を付けるには鎖の長さが足りず片方しかつけられなかったのだ。

つまり、カエデは逃げられる、逃がされている、と全てを悟った上で、

出口をふさぎ、自ら進んで鎖に囚われたのだ。


「……馬鹿な、ことを……」


こちらがどんな思いで、扉を解放し、手枷を外したと思っているのだ。

彼女がここに残ってくれたのは、同情からだろうか。

彼女の一族のためだろうか。

きっと、自分が望んでいる「愛」などではないのだろうとは思う。

もうなんだっていい。

彼女が、カエデが傍にいてくれるのならば。


「……馬鹿な娘だ」


カエデの細い体を強く強くかき抱く。

ヒタギ……?と不思議そうにカエデが呟いたが、かまわない。

もっと強く、カエデが逃げられない程強く抱きしめる。

















もう、離してなどやれない。

Re: 浅葱の夢見し  ( No.761 )
日時: 2014/11/29 01:01
名前: いろはうた (ID: w93.1umH)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=38108

参照10000突破記念



普通にヒタギさんとカエデさんが幸せになったその後のある出来事




「囚われの身」









*今宵の月も美しい。

窓から夜空を見上げながら、四鬼ノ宮当主ヒレンはそう思った。

そしてゆっくりと視線を正面に戻す。

そこには……土下座をしている弟の珍しい姿があった。


「お願いします兄上」

「珍しいではないか。

 私に、遠くの任務に行かせてくれ、と懇願するなんて」

「もう……限界なんです」


のろのろと顔を上げたヒタギの目の下には、くっきりとしたくまが見て取れた。

どこかやつれた表情のヒタギ。

明らかに寝不足なのだろうとわかる。


「カエデが……カエデがあまりにも愛らしすぎて……」

「また巫女姫か。

 しつこい男は嫌われるぞヒタギ。

 いくら可愛らしすぎて暴走してしまうとしても、巫女姫に寝る暇は与えねば」

「おれは、カエデに手を出してなどおりません!!」


ヒタギが血相を変えて猛然と抗議した。

これにはさすがのヒレンもきょとんとした。


「ええ……?

 まだ出していないのか……?」

「祝言もあげていないのに、どうして手を出せましょうか」

「毎晩、共寝をしているから、もう深い仲なのかと……」

「ええ。

 口づけの一つすらもしておりません。

 毎晩、毎晩、死に物狂いで我慢しております。

 そのせいで一睡もできません。

 おれの体がもう、もちません……」

「ふうん……」


ヒレンは顎に手をあてて考え込むような仕草をした。

少しでもカエデから離れて寝る暇を確保したいということだろうか。

いや。

煩悩にまみれすぎている己を鍛えなおすつもりなのかもしれない。


「ああ。

 そういえば……少し気になることがあった」

「なんでしょうか」

「巫女姫に関係することなのだが……」

「……カエデに?」


ヒタギの青い瞳が一気に真剣味を帯びた。

ヒレンは視線を篝火(かがりび)に向けた。

ゆらゆらと闇の中、炎が風に吹かれて揺れている。


「巫女姫の故郷、影水月をこそこそと調べて回る輩がいるようだ。

 つい先日、そのようなことを聞いた」

「……なにゆえでしょうか」

「さあ、理由などいくらでもある。

 影水月は繁栄しすぎている。

 敵などいくらでもいるだろうよ」

「……なるほど」


ヒタギはしなやかな動きで立ち上がった。

ヒタギは視線でそれを追う。


「いくのか?」

「愛しい者の故郷が危機にさらされているとあれば、どうして行かないことがありましょうか」

「そう言うと思った。

 ……用心するんだな」


ヒタギは部屋を出ようとした足を止めた。

ヒレンの声が珍しく翳ったからだ。


「いかがしましたか、兄上」

「……夢見が悪い。

 どうも嫌な予感がする。

 私の勘はめったにはずれぬからね」

「……心にとめておきます」


今度こそ、黒衣の忍びは部屋を出て行った。

Re: 浅葱の夢見し  ( No.762 )
日時: 2014/12/15 00:32
名前: いろはうた (ID: rKVc2nvw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

*「旅に出る」


唐突な宣言にカエデは行儀悪く飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

あわててお茶をのどに流し込み、湯呑みを卓に置く。


「ど、どういうこと!?」

「……だから、旅に出る」


何故か青い目はカエデの方を一切見ていない。

あんなにもまっすぐに人の目を見る人なのに。


「本当に?

 任務じゃないの?」

「ああ」


相変わらずそっぽを向いたまま頷くヒタギにますます疑念が募る。

嘘をついている……?

ヒタギがこういうことで嘘をつくような人には思えないのだが。


「じゃあ、いつなの出発は?」

「今からだ」

「え、今!?」


急すぎる。

確かに任務ではこんなにも急なものは突然入ったりしない。

ヒタギの出立は任務ではなさそうだ。

では、なんでこちらを向いてくれないのだろう。


「レイヤ」


青い目はカエデを見る代わりに彼女の背後に向けられた。

その斜め後ろに控えていたレイヤがすっと前に進み出る。


「おれが戻るまでの間、カエデに変な虫がつかないかどうか見張っていろ」

「承知しました」

「ちょ、ちょっと!!」


あまりにも理不尽な要求に思わずヒタギの言葉をさえぎった。

しかし、それでも彼はこちらを見ようとはしない。


「私、別にほとんどそういうことないから!!

 おっ、男の人に言い寄られたりとか……!!」


そういうのは、ヒタギが初めてで、これからもヒタギしかありえないのだから。


「おまえは無防備すぎる。

 己がその場にいるだけで周囲の男をたぶらかす悪女なのだといい加減自覚しろ」

「しませんから!!」


横を向きながら言われても全然説得力がない。

なんだか、だんだん悲しくなってきた。

何でこちらを見てくれないんだろう。

何かヒタギを怒らせるような事でもしたのだろうか。


「おい、レイヤ。

 カエデに手を出そうとする者がいれば、その男、即半殺しにしろ」

「承知しました」

「承知しないで!!」


悲しくはなるものの、ヒタギの態度が相変わらずなので

どう反応すればいいのかいまいちよくわからない。

怒っているのだろうか……?

違うような気もする。


「……ヒタギ様。

 ヒタギ様がいらっしゃらなくても、おれがこいつを守りますのでご心配には及びません。

 なんなら一生お戻りにならなくても構いません」

「虫よけが虫になったら殺すぞ」


ヒュオオオオオオオオッッとすさまじい寒風があたりに吹きすさぶ。

カエデは小さくなってぶるりと身震いをした。

ヒタギは一体どうしてしまったのだろう。

わからないまま、ヒタギは四鬼ノ宮を旅立っていった。

Re: 浅葱の夢見し  ( No.763 )
日時: 2014/12/24 13:42
名前: いろはうた (ID: 16oPA8.M)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

*「ああくそ……」


会いたい。

呻きをのどの奥で殺す。

夜風がぬるく頬を撫でた。

思考にまとわりつくカエデの顔を頭を軽く振ることで払い落とす。

木の影からちらりと視線を右に投げれば、月に照らされたしっかりとした造りの屋敷があった。

ここの者が、カエデの故郷、影水月をこそこそと調べまわっているらしい。

塀の高さを目で測り、越えられる高さだと確かめる。

まずは潜入だ。

軽く助走をつけると、ふわりと塀を飛び越え、音もなく着地する。

すかさず藪の影に隠れ、息を殺して油断なくあたりを視線だけで探る。

月明かりだけでは確認しずらいが、誰もいない。

自分の呼吸音と虫の音だけがあたりに響いている。

静かだ。

……いや、静かすぎる。

これほど大きな屋敷の中、護衛の者が一人もいないのも奇妙だ。





「お久しぶりですね、四鬼ノ宮の若頭さん」



殺気。

ぞっと背筋を冷たいものがはしりぬける。

本能的にその場を飛びのくと、間髪いれずに見えない何かが自分のいた地面をえぐった。

それが飛んできた方、屋敷の屋根に向かってすかさず針を数本投げる。

しかし、それは甲高い金属音と共に弾かれた。

眉を寄せる。

この夜の闇の中、月光だけでこの針を避けるのは、相当の手練れということだ。

その人物は、屋根の上に月を背にして立っていた。

そのせいで顔が見えない。

月光に照らされた銀髪と風変わりな着物の袖が風になびいている。

その姿。

その声。

脳裏を閃光のように記憶がひらめく。


「おまえは……!!」

「覚えていただけていたようで光栄ですよ」


次の瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。


(馬鹿な!?

 人の気配など……!!)


術なのか。

それすらもわからない。

姿勢を保てず、ぐらりと体が傾く。


「まあ、殺しはしませんよ。

 ……今はね」


意識が黒に塗りつぶされた。

Re: 浅葱の夢見し  ( No.764 )
日時: 2015/01/22 13:32
名前: いろはうた (ID: 16oPA8.M)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

*あるうららかな日の午後のこと。


「うひっ!?」

「相変わらず、悲鳴まで色気のない娘」


廊下を歩いていたら、突然背後から腕が伸びてきて、抱き寄せられた。

吐息と共に色気満点のけだるげなささやきが耳に落とされた。

ぞわぞわと背をよくわからない震えのようなものが走る。


「し、シキ様!!

 手をお放しください」

「なにゆえかようなつれないことを言うのか」


どんなにじたばたともがいても腕は緩まない。

しかたなく、カエデは無理に首をねじって、己を抱き寄せた張本人である

この国の第三皇子、シキの顔を至近距離から睨みつけた。

葡萄酒のような瞳。

つややかな薄い唇。

風に遊ばせているのは見る者の目を奪う美しい金髪だ。

今日も思わず下から殴りつけたくなるくらい秀麗な顔をしている。

彼は、現在も四鬼ノ宮神社に留まり、用心棒のようなことをしている。

政治面での腕はとても優秀だったようで、シキのいない都は政務が非常に滞っているらしく

毎日のように使いの者が、どうか戻ってきてくれ、と催促に来ている。

それを毎度のことのようにすげなく追い払っているようだった。

……この国の行く末がすこぶる心配である。


「して、我らが巫女姫なにゆえかようなまでに顔を曇らせているのか……お聞かせ願えるか?」


カエデは盛大に顔をひきつらせた。

この男、鋭すぎる。

目を細めてカエデの表情を眺めていたシキだったが、やがて不機嫌そうにつぶやいた。


「……あの男か」


カエデはうなだれた。

あの男、とはヒタギを指す。

そう、ヒタギが旅に出る、と言って四鬼ノ宮を出てから一週間が経とうとしていた。

いつもなら、三日以内という驚異の速さで任務も終わらせて真っ先に駆け寄ってきてくれるのに。

……いつも、おれのカエデが可愛すぎて鼻の血管がぶちぎれそうだ…とかなんとか呻いてはいるが。

そのヒタギがなかなか帰ってこないのだ。

愛想を尽かされたのだろうか。

いや、もしくは彼の身に何かあったのかもしれない。

ココ数日、心配で夜もあまり眠れていない。

目を伏せる。

しばらくの間、不機嫌そうに元気のないカエデを見下ろしていたシキだったが、

不意にその唇に凄絶なまでに美しいけれどふてぶてしい笑みを浮かべた。

ぐいっとさらに強くカエデを引き寄せて、その耳に田尾の思想に囁く。


「なあ、カエデ。

 ……とても良きことを思いついたのだが」


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