コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 浅葱の夢見し
- 日時: 2013/12/14 22:51
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
あなたのことがもっと知りたくて
あなたのそばにもっといたくて
あなたの特別な人になりたかった。
けど、なれなかった。
叶わない想いだと、あきらめようとした。
だから逃げたの。
忘れてしまいたかった。
あなたのことも。
あなたがあの人のことしかみていないことも。
幸せなあなたとの思い出も。
でも。
忘れられなかった。
気づけばあなたのことばかり考えている。
目を閉じれば浮かぶあなたの笑顔。
あなたの言葉を仕草をなにひとつ忘れられない。
でも、どうしようもなかった。
こんなにも想っているのに、あなたはあの人を選んだ。
私の想いに気づくことなく。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
誰よりもただあなたに気づいてほしくて、
気づかれてはいけなかったこの想いをひたすらかくしてきた。
私は耐えられなかった。
だから逃げたの。
あなたの隣にいるのが私じゃないことを認めたくなくて。
ああ
————私は悲しい
「・・・い。おい!おい、カエデ!」
はっと目を開けた。
瞬時にまぶしい光が視界にとびこんできた。
目を細めてそれをやりすごすと、自分をのぞきこむ二つの人影がぼんやりと見えてきた。
姉、ハルナと、彼女と同じ年の幼馴染、ホムラだ。
カエデが目をしばたたかせるとハルナは優しく頭をなでてくれた。
「・・・あねうえ。・・・・・・ほむらにいさま・・・」
ぽつりとつぶやくと、ホムラは目をきらきらさせて笑った。
「カエデ〜。こんな所で寝てると風邪ひいちまうぞ〜?」
そういわれてみれば、あたりは一面鮮やかな緑だ。
そうだった。
神社の奥にある森の奥でひなたぼっこををしていたのだった。
だが、あまりの心地よさに眠ってしまったらしい。
「・・・ごめんなさい。あねうえ。ほむらにいさま」
ホムラは笑って首を振った。
彼の赤みを帯びた髪が太陽の光をとらえて光った。
「いいんだよ。
でも、どうせ昼寝するなら、今度からは、部屋で寝よう。な?」
それを聞いて、ハルナはフンと鼻で笑った。
「木の上だろうが、馬小屋だろうが、どこでも寝られる
そなたにだけは言われたくない。のう、カエデ?」
なんだよそれーとむくれているホムラを見て、思わず笑ってしまった。
それを見て、ハルナもつられたように笑い、ホムラも笑い出した。
三人の笑い声が空にのぼっていく。
幸せな午後の時間。
ただ強く強く願う。
ずっとこの時間が続けばいいと。
でも、うっすらと頭のどこかでは気づいていた。
これは過去だと。
・・・これは夢だと。
場面がふっと変わり、カエデは父と二人きりで、薄暗い部屋の中にいた。
ろうそくの光だけが、たよりなく部屋を照らす。
父は、正座で背筋を伸ばして座り、自分は正座の状態から低く頭をさげていた。
木でできた床を至近距離で見つめ、父の言葉を待つ。
「カエデ。
そなたは、この夜、十六になった。
明日より、そなたを分家の巫女として扱う。
よって、これより必要以にハルナとホムラに関わるな」
ジジと音をたててろうそくが揺れた。
「…なにゆえ、ですか」
理由などわかりきっているのに、きいてはいけないのに、
カエデはかすれた声をしぼりだした。
「ハルナは本家の大巫女として、
いずれはこの影水月を受け継ぐものだ。
故にその命を狙われることも多かろう。
・・・姉を、ハルナを、守りたいか」
それは、本家という光の影になることだ。
誰よりも美しく、誇り高く、心優しい姉の笑顔を思い浮かべ、
カエデは即座にうなずいた。
「お守りしとうございます」
「ならば、分家の巫女として、ハルナを影より守り支えよ。
そなたの言霊の力を使って。
そなたは、これより分家の巫女、影水月の影となる。
ハルナと気安く話せるような身分でもなくなる。
だから、あまり関わるな。
・・・関われば己がつらいだけだ」
「・・・・承知・・・いたしました・・・」
声が震えないようにするので精一杯だった。
「もうひとつ、ハルナとホムラは婚約した。
それゆえ、あやつもハルナと身分はそう変わらなく
なった。
己の立場をわきまえよ」
カエデは大きく目を見開いた。
視界が真っ白になり、一気に真っ黒になる。
思わず顔を上げたカエデの表情を見て、父が片眉を上げた。
「それほどまでに意外か。
あやつらは歳も近いし、互いに才もある。
影水月と燈沙門の結びつきをより強くできる」
「・・・存じて・・・おります・・・」
三人の関係が決定的に壊れた。
そう、カエデは思った。
いつかはこの日がくると覚悟はしていた。
幸せな午後の日々が遠くなっていく。
ろうそくの火が夜風に吹かれて激しく揺れた。
「許せ、カエデ。
すべては運命。
すべては血の盟約。
いにしえの契約により、我ら影水月は縛られているのだ」
一瞬落ちる静寂。
ろうそくの火が風に吹かれすぎて、今にも消えそうだ。
カエデは、父の言葉を聞いて、静かに目を閉じ、頭を再び低く下げた。
「・・・承知致しました」
頬が冷たい。
カエデはゆるやかにまぶたを開けた。
その瞬間、すうっと滴が頬を伝って落ちた。
ああ、泣いていたのかと他人事のようにカエデは思っ
た。
静かな夜だ。
懐かしいあの日々を夢で見るとは思わなかった。
また、あたたかなものが、目のふちにあふれそうなの
を
感じながらカエデは目を閉じた。
本当に静かな夜だ。
——涙が流れ落ちる音しか聞こえない。
登場人物&語句説明 >>04 >>05 >>23 >>45 >>109
目次
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>>222 >>225 >>226 >>236 >>237 >>244 >>247 >>248
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>>338 >>342 >>343 >>344 >>348 >>351 >>361 >>364
>>368 >>371 >>390 >>393 >>394 >>395 >>398
>>413 >>414 >>415 >>423 >>426 >>442 >>445 >>446
>>450 >>451 >>456 浅葱の夢>>463 >>471 >>472 >>475
>>478 >>479 >>480 >>485 >>499 >>500 >>501
>>512 >>516
ルート2 >>530 ルート3 >>537 >>540 >>543
ルート1 「転送」 >>555 >>558 >>567 >>571
ショートストーリー『赤ずきん』
>>56 >>57 >>62 >>65 >>66 >>70 >>71 >>81
ショートストーリー『アラジンと魔法のランプ』
>>145 >>146 >>149 >>150 >>153 >>163 >>169 >>178 >>184
トーク会
>>194
カエデさんになってみよう
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レイヤ君祭り
>>380
シキ様よりお詫びの手紙
>>387
いろはうたが描いた絵をレイヤとトクマにみせてみた
>>441
カエデの独白
>>459
シキの独白
>>460
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- Re: 浅葱の夢見し ( No.7 )
- 日時: 2014/04/05 13:58
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
*ねえ
私を見て
あの人じゃなくて
私を
ほかの誰でもなく
ただ私を
私だけを見て
*それから一月ほど経った。
いつものように森の中へと向かう。
今日もホムラとともに短いが温かい時間を過ごすのだ。
いつもより修行が長引き、ややいつもの時間に遅れぎみなので、小走りで草むらを駆け抜ける。
やがていつもの湖が見えてきたので、カエデの瞳はホムラの姿を探し始めた。
せわしく交互に動かしていた足をゆるめて、あたりを歩き回っていると、
すぐに大木にもたれて座る見慣れた背中が見えて、カエデの唇に自然と笑みが浮かんだ。
「ホムラ兄様!
遅れてごめんなさい!」
かなり大きな声で呼びかけたのにホムラは背を向けたまま、返事をしない。
「ホムラ兄様?」
ホムラの正面に回り込むと彼の顔を覗き込む。
ホムラはかたく瞼を閉ざし、かすかな寝息をたてて眠っていた。
どうやらカエデが来るのを待っている間に寝てしまったようだ。
無防備な寝顔に小さく笑うとカエデはその隣に腰をおろした。
ホムラを起こして、一緒におしゃべりもしたいが、もう少しこのままでいたい気もする。
どうしようかと迷っていたその時、ホムラが低くうめいた。
ゆっくりとまぶたが上がりホムラの瞳がぼんやりとカエデをとらえる。
彼の薄い唇が動いた。
「・・・ハルナ?」
ピシッと音をたてて世界が止まった。
ホムラはカエデの様子には気づかず数度まばたきを繰り返した。
「ん、ああ・・・カエデか」
彼は息を吐くと大きく腕を伸ばした。
「お前がなかなか来ねえから寝ちまったな。
あーーよく寝た!」
「・・・なんで」
自分でも驚くほど低くおし殺した声が出た。
「なんで・・・私を姉上と間違えたの」
遅れたことへの謝罪の言葉ではなく、
ただそのことだけが頭の中をうめつくす。
ホムラは一瞬きょとんとした後に、困ったように笑った。
「ははっ、悪ィ悪ィ。
お前とハルナって似てるから寝ぼけて間違えちまっ
た」
そしてひどく優しい表情でカエデの瞳を覗き込んできた。
「こうして見るとやっぱりお前ってハルナににてるよなあ」
見ていない。
ホムラはカエデを見ていない。
カエデを通してハルナを見ている。
空が曇り、一瞬ホムラの顔が見えなくなった。
「ハルナさあ、最近修行で忙しいみたいで、
なかなか会えねえんだよな・・・」
だからなのだろうか。
ハルナと会えない寂しさをまぎらわすために、
彼女と姿の似ているカエデと共に過ごしたのだろうか。
どうして自分と会ってくれるようになったのかとたずねれば、
優しい言葉しか返ってこないのはわかっている。
わかっているからこそ怖くてきけなかった。
「あー、カエデ。
ちょっとお前に言っておかなきゃなんねえことがあるんだよ」
申し訳なさそうな顔。
ツキンと鈍く胸が痛む。
「実はな、明日から燈沙門がおれに新しい式術を教えてくれるらしい。
それで、明日からはここにあまり来れなくなっちまうと思う」
「そう・・・なの・・・」
なんでもないことのように装わなければ。
ホムラの笑顔を曇らせてはならないのだ。
カエデはこわばった顔に無理やり笑顔を浮かべた。
「私は、ここによくいるから、もし暇があったら
…また、来てね・・・ホムラ兄様」
自分の作った笑顔の仮面の奥に気づかせてはいけない。
でも、気づいてほしい。
矛盾した願い。
震えそうになる唇。
ホムラはカエデが大好きな、太陽のような明るい笑顔を浮かべた。
「おう!
また来るから待ってろよ!!」
…ホムラは気づかなかった。
気づいてはくれなかった。
仮面の奥に。
静かに目を閉じる。
このささやかな約束が果たされないことを、カエデはなんとなく感じていた。
でも、それでもいい。
自分はずっとここで待っているだろうから。
カエデは目を開けると、笑顔を浮かべた。
自分を偽り、ホムラを困らせないための仮面をまとう。
そう、このまま騙されていればいい。
それでいい。
大きくて温かい手が頭をわしわしとなでた。
その撫で方にすらギリリと胸がうずく。
そんな心にふたをする。
この瞬間を忘れないようにするために。
自分の想いに気づかないようにするために。
- Re: 浅葱の夢見し ( No.8 )
- 日時: 2014/04/05 14:01
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
*あなたと出会ったのは
偶然ではなく
必然だと
そう思えた。
あの日にすべてが変わった。
*その夜カエデはまた湖の前にいた。
勝手に神社を抜け出してきたのだ。
水面に満月がゆらめきあたりに光を散らしていた。
森の中を照らすのは月光のみで、あたりは闇に包まれている。
空はどんよりとした雨雲に覆われ、ときどき月光をさえぎった。
カエデはほうっと息を吐き出した。
誰にも見つからないように細心の注意を払ってここまで来たので、
今でもまだ少し鼓動ははやく脈打っている。
神社のほうは静かだ。
今のところ、カエデが抜け出したことはまだ見つかってないらしい。
それにほっとすると同時に、少し寂しいとも感じた。
———ハルナ?
「・・・っ」
心の緊張が緩んだとたんに、今日何度も頭の中で
繰り返される言葉が聞こえた気がして、カエデはびくりと震えた。
———お前とハルナって似てるよなあ
ただハルナだけを想い、ハルナのことしか見ていないような表情。
カエデのことを見ているようで、見ていない優しい目。
穏やかな撫で方。
そのどれもが、カエデの心をえぐる。
カエデは顔を歪めた。
私を、ハルナではなくカエデという一人の人間を見てほしいなんて、望んではいけない。
胸が苦しくて痛い。
悲しい。
悲しい。
悲しい。
もっとそばにいたい。
いろんな表情を見たい。
ただ自分を見てほしい。
叶わない想い。
望んではいけないこと。
うずく胸を、強く手で押さえて、カエデは湖のほとりに座りこんだ。
月にすらこの情けない姿を見られている気がして、
カエデは髪結い紐をほどいて、その横顔を隠した。
このまま消えてしまいたかった。
この闇夜に溶けてしまいたかった。
そうできたらどんなにいいだろう。
でもそれは分家の巫女として許されることではない。
死することの自由すらすら分家にはないのだ。
不意に強く風が吹いた。
カエデの緩んだ指先から髪結い紐が滑りぬけて、風にもてあそばれ、湖の中心部に落ちた。
ゆらゆらと浅葱の線が水面の満月の上で揺れている。
カエデは少しふらつきながら立ち上がると、片足を湖の中に付けこんだ。
この湖がそんなに浅くないことを、カエデはよく知っている。
しかも、今は空も曇っており、月光すらなかなか届かない暗さ。
この状態で、湖に入るのは危険だ。
わかっているのに、カエデはさらに歩を進めた。
冷たい湖の水を吸って、袴が重く足にまとわりつく。
鋭くとがった小石が足の裏をつついた。
それにかまわず、カエデ何かに操られているかのように、一歩、また一歩湖の中に入っていく。
彼女の歩みに合わせて水面が細かく揺れるが、
鮮やかな浅葱色は月の中にとどまったままだ。
足首までだった水は、膝の高さになり、腰の高さになった。
頭が麻痺しているかのように、今自分が何をやっているのか、考えることを拒否する。
やがて、水が胸よりも高く波打ち始めた。
髪結い紐まであと少し。
カエデは義務のような責任のようなよくわからない衝動に動かされていた。
濡れた指先を持ち上げて、髪結い紐に触れようとする。
あと少し。
- Re: 浅葱の夢見し ( No.9 )
- 日時: 2014/04/05 14:08
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
あと少しで触れられるというところで、たくましいが、
自分の腰のあたりをまわって、ぐいっと後ろにひぱた。
一気に髪結い紐との距離があく。
背後にいるのは男のようだ。
だがホムラではない。
もっと静かな、水のような気配。
髪結い紐を取ろうと必死で、背後に何者かが近づいてきていたことに、
気づけなかったらしい。
だが、カエデも分家とはいえ影水月の巫女。
修行をつんでいるカエデでも気づけないとなると、
背後にいる男は只者ではないということだ。
「な、なにやつ——もがが」
声を出そうとすると、素早く大きな手の平が口を覆った。
「騒ぐな。
……あと、これ以上奥に行けば地に足がつかなくなる。
やめておいたほうがいい」
低く耳に心地よい声が静かに囁いた。
背中がぞわぞわする。
無理に首をねじり、背後にいる男を見てカエデは目を見開いた。
つややかに光るくせのある長い黒髪。
どこか憂いを含んでいる青を帯びた瞳。
すっとすじのとおった鼻筋。
薄く形のよい唇。
滑らかな頬。
そんな顔が目の前にある。
まったく非の打ちどころがない顔をもつ男を、
カエデは生まれて初めて見た。
この声といい、容姿といい、とても生身の人間とは思えなかった。
もしかしたら人ではなく、この湖の精霊か守り神なのかもしれない。
そうに違いないと思ったカエデは、男の腕の中から抜け出すと、
彼にむかって言い放った。
「湖の精霊様かなにか知らないけど、私は髪結い紐を
取らねばならないの。
行かせてくださいな」
「湖の・・・精霊?」
男は怪訝そうに片眉をあげた。
よく見ると、先程は容姿の端麗さばかりに目が行って、
気が付かなかったが、ずいぶんと若い男だ。
二十かそこに届かないくらいだろう。
彼は不思議そうにカエデが向かおうとしていた、水面上の満月を見た。
「髪結い紐などないが」
「え?」
見れば確かに元からなかったかのように、浅葱色はな
くなっていた。
ただ月が揺れているだけだ。
己を縛る責任のようなものから解放されて、カエデは息を吐いた。
安心したせいか力が抜け、足元がふらつく。
ぐらりと傾いた彼女の体を再びたくましい腕が抱きなおした。
「あっ・・・」
急に恥ずかしくなり、あわてて離れようとするが腰にまわる腕はびくともしない。
「あの・・・?」
どういうつもりなのだろうかと青年の顔を見上げたカエデの額に滴が落ちた。
「ひゃっ」
冷たいそれはさらに落ちてくる。
みるみるうちにどしゃぶりになった。
青年は一瞬空に視線をやった後、腕の中にいるカエデをじっと見つめた。
「な、なに?」
やや顔をひきつらせながらたずねると、青年は唇の端をつり上げた。
顔の造形が整っているだけに、妙な迫力がある。
一体なんだというのだろう。
カエデは笑われたことに文句を言おうとしたが、視界と体が大きく揺れたので悲鳴をあげた。
青年がカエデを抱き上げたのだ。
その腕はすらりとして見えるのに、カエデを抱えても少しも揺らがない。
じっとりと濡れた衣が肌にはりついて、青年の熱を直接的に伝えてくる。
「なっ、なななななにをするの!!
おろして!!」
「おとなしくしておけ。
雨宿りをしに行くだけだ。
案ずるな」
案ずるなと言われてはいそうですかと素直にうなづけるわけがない。
初対面の男にどこかに連れ去られそうになっているのだ。
しかも夜に。
カエデの顔から一気に血の気がひいた。
青年はそれにかまわず、カエデを腕に抱えたまま,
すたすたと湖から出て、歩き出した。
「おおおおろしてってば!!」
今はカエデだけでなく、カエデのたっぷり水を含んでいる衣もあるのだ。
かなり重いはずだ。
だから、自分で歩きたいのに、青年は彼女の発言をさらりと受け流し、無言で歩き続けた。
もがこうにも、濡れた衣がまとわりついて、うまく体を動かせない。
そして、青年は石灰岩でできた洞窟の前で立ち止まった。
「…ここでいいか」
青年は身をかがめて洞窟の中に入ると、静かにカエデ
をおろした。
意外にもあっさりおろしてくれたのでめんくらってしまう。
思わず青年の顔を見上げた彼女の顔に、布が降ってきた。
「わっ」
鼻腔ををくすぐる微かな香のしめやかな匂い。
「それで体を拭いておけ」
しんしんと身に染みる寒さ。
確かに髪や体が濡れたままだと風邪をひいてしまうかもしれない。
礼を言おうと青年の方を向き、カエデは固まった。
彼はちょうど火打石で、火を起こそうとしていた。
「ちょっ、だめ!
だめだめだめ!
やめなさい!」
男は手を止めて、怪訝そうにカエデを見た。
「何がいけないんだ」
「あなたは湖の精霊なんでしょう?
火に近づきすぎると、消えちゃうわ!」
水の精霊は火に近づくと消えてしまうという言い伝えがある。
別に死のうとしたわけではないが、命の恩人が目の前で消えてしまうのは、いやだった。
「ほう・・・」
青年は片眉を上げると、火打石を地面に置き、カエデの方に身を乗り出してきた。
「な、なに?」
これでもか、というほどに整った顔が迫ってきたので、カエデは座ったままわずかにあとずさった。
「何故、おれを精霊だと思った」
「・・・え?」
「何故」
「そ・・・それは・・・」
あなたの容姿が人間のものとは思えないほど整っているから。
なんて口が裂けてもいえない。
恥ずかしさを隠すために、カエデはプイッと横を向いた。
「あっ、あなたに言う必要はないわ」
「命の恩人に対してずいぶんな口のききようだな。
・・・無理に言わせてもいいんだが?」
妙に色気たっぷりな視線にカエデはさらに後ろに後ず
さろうとした。
「・・・何か勘違いしているようだから、一つ言っておく」
楽しそうに青年は言った。
「おれは、精霊でも湖の主でもない」
え、とカエデは動きを止めた。
「おれはいたって普通の人間だ」
あたりに沈黙が満ちた。
ぽかんと口を開けて静止すること数秒。
「う、うそでしょ・・・」
「何故おれがうそをつかなければならない?」
「だって・・・ありえないわ」
呆然とつぶやいた。
「こんなに見目麗しい顔で・・・こんな・・・」
「ほう、そうか」
カエデは青年の声ではっと我にかえった。
本音がダダ漏れであったことに気づき、あわてて口を手で押さえたが、時すでに遅し。
「どうりで先程から熱烈な視線を感じていたわけだ」
実に、楽しそうに笑う青年を見て一気に顔が熱くなった。
口が裂けても言えないはずなのに、言ってしまった。
「だっ、だだだだだだだ誰がそんな風に見るものです
かっ!!」
「違ったのか?
気のせいだとは思えないほどだったんだが・・・」
恥ずかしさのあまり顔から火をふいてしまいそうだ。
「おれにほれたのかと思った」
「ほっ、ほれっ!?」
青年があまりにも美しい顔立ちをしているので見とれ
たことは事実だ。
「ほ、ほれてなんかない!!」
「そうか。
それは残念だ」
そう言うと、何事もなかったかのように、青年は元の場所に座り込むと、
再び火打石を手に取った。
乾いた音と共に、闇の中に紅い火花が散る。
やがてかすかな光が枯れ木の山にともった。
いつのまにか枯れ木を彼は集めていたらしい。
やがて光は大きくなり、夜の闇に青を垂らしたような、彼の瞳を鮮やかに照らし出した。
- Re: 浅葱の夢見し ( No.10 )
- 日時: 2014/04/05 14:13
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
気づけば、いつのまにか勝手に口が動いていた。
「・・・似ている」
青年は顔を上げた。
「何がだ」
青年の瞳を凝視しているというのはわかっているのだが、その色はカエデの目を惹きつけて離さない。
カエデは、彼の瞳を見つめたまま言った。
「あなたの目の色。
私の目の色と似ているの
でも、あなたの方がきれいな目ね」
大きな霊力を扱ったり、扱う者の近くで暮らす者は、髪や瞳の色が薄くなる。
カエデの場合は、瞳は夜空のような藍色で、髪は濃い灰色である。
この青年の場合、髪は夜闇の黒だが、瞳はうっすらと青の混じる、紺のような色だ。
そこに嫉妬や羨望という陰りは見えない。
すんだ瞳だった。
「……」
青年はしばらくカエデの瞳を見つめると、
スッと目を細めた。
「おれは、おまえの方が美しいと思う」
なんだか、自分自身を直接的に褒められたような気持ちになって、カエデはわずかに赤くなった。
瞳の色を褒められただけなのに。
だが、青年の瞳を見て、頭の奥がスッと冷えた。
なにか大きなものが動く、そんな気がする。
「美しいのは、この世の理(ことわり)を知り、
秘め事を奥に隠すならなおのこと」
青く鋭い視線がカエデを射た。
「おまえ、その瞳の奥に、何を隠す?」
目が大きく見開かれた。
指先がわずかに震える。
言い訳も一切できないほどあばかれた。
ホムラでさえ気づかなかったものに、この青年は気づいた。
カエデの奥で渦巻く感情を。
カエデは青年の視線から逃れるように目をそらした。
「・・・言いたくない」
言ってはならないものでもある。
「そうか。
…まあいい。
そのうち言いたくなったら言えばいい」
それ以上聞いてこようとはしないことにほっとしたが、言い方がどこかひっかかる。
彼の言葉をそのまま受け取ると、この先長い間、カエデと共にいるという風に聞こえる。
いや、気のせいかもしれない。
きっと、この青年は雨が止んだらどこかに行ってしまうのだろう。
今は、雨宿りをしているからカエデと一緒にいるだけで…。
変な考えを払いのけるように、カエデは強く首を振った。
その時、急にあたりが明るくなった。
続いて、地響きとともにすさまじい音が鳴り響いた。
「ひっ」
「雷か・・・」
全身をこわばらせたカエデとは対照的に男は涼しい顔で外を見ている。
「雨、激しくなりそうだな…。
長く降るぞこれは」
やけに嬉しそうな青年の言っていることなど耳に入らなかった。
手が震えるのをおさえられない。
再び周りが明るくなり、耳をつんざくような音が襲いかかる。
我慢の限界だった。
カエデは目の前にあるもの———青年の腕に全力でしがみついた。
「おい?」
「聞こえない聞こえない聞こえない。
雷なんて聞こえない聞こえない」
呪いのようにぶつぶつ呟きながら爪が食い込むほど手
にさらに力を込めた。
青年はガタガタ震えながらガッチリしがみついてくる
少女を見下ろした。
「お前・・・雷が怖いのか」
震える肩がぴくっと揺れた。
「こここここここ怖くなんて!」
ピカッゴロゴロゴロゴロッ
「ひいいいいいいいいっっ!!」
一度手を放しかけたが、再びたくましいそれにしがみつくより他はなかった。
青年はしばらく自らの腕に抱きついて離れない少女を見つめた。
やがて、おもむろに手を持ち上げると、ぐいっとカエデを引っ張った。
体勢を崩して、倒れこんだのは青年の腕の中。
「な、なにする———」
「案ずるな。
寒くてたまらなくて震えているお前を、温めてやるだけだ。
…それとも雷が———」
「こここ怖くなんてないんだから!」
そう言いながらも、カエデの震える手は青年の衣をしっかりと握りしめている。
彼は、あぐらをかくと、組んだ足の上にちょこんとカエデをのせた。
心臓がありえないほどの速さで脈打っている。
雷のせいなのか、それとも———
彼の腕が背にまわり、カエデをさらに引き寄せた。
そのまま頬を彼のかたい胸板に押し付けることになる。
規則正しい音がそこから温もりと共に聞こえた。
「私ね・・・小さいとき、雷の鳴っている夜に、
・・・さらわれたことがあるの・・・」
気づけばぽつぽつと話し出していた。
その確かな鼓動に安心したのかもしれない。
「・・・知っている人が誰もいなくて・・・
・・・男の人たちが怖くて
ひとりぼっちで・・・」
もちろん、すぐに燈沙門の者達がカエデを救い出してくれた。
そして、自分が姉、ハルナの身代わりとしてさらわれたのだと知ったのは、少し後になってからのことだ。
誰もカエデに謝罪や、ねぎらいの言葉をかけなかった。
カエデが身代わりとなることは当然だと、誰もが思っていたからだ。
それを悲しいだなんて思ってはいけない。
「・・・あのときのことのせいで、まだ・・・」
カエデは聞き取れないほどの小さな声でつぶやいた。
「……まだ…怖いの…」
その場に雨が地面をたたく音のみが響く。
やがて、青年は彼女を抱く腕の力を強くした。
「今は一人ではない。
おれが共に在(あ)る。
お前をすべての災いから守ろう。
だから、今は眠るといい」
優しい手が髪を撫でた。
温かい。
ゆっくりとまぶたが重くなる。
この腕の中にいると安心する。
守られていると実感できる。
「おれの名は、ヒタギ。
覚えておくといい」
「・・・ヒタギ」
聞いたことのある響きにカエデはわずかに眉をひそめた。
だが、思い出す前に闇が頭の中を塗りつぶしていく。
カエデは体の力を抜いて、ヒタギという青年の体に身を預けた。
「・・・おやすみなさい・・・ヒタギ」
一瞬の沈黙の後、ヒタギも静かにこたえた。
「ああ、おやすみ。
・・・影水月の巫女姫」
その穏やかな声に誘われるように、眠りにおちる寸前、カエデはつぶやいた。
「私は姫なんかじゃないわ・・・・・・カエデよ」
その小さな声は、彼に届いたかどうか。
- Re: 浅葱の夢見し ( No.11 )
- 日時: 2013/03/31 21:52
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
*本当はもっと早く
気づけたはずだった。
でも
離れたくなくて
認めたくなくて
*彼女はゆるやかに目を開けた。
視界に映るのは簡素な造りの天井。
体を覆う柔らかい布団を感じる。
「姫様!
目を覚まされたのですか!」
頭だけを動かして見れば、目を潤ませている
乳母の姿があった。
そのうるんだ眼の下にくっきりとした隈がある。
「・・・私は・・・?」
出した声が思ったよりもかすれていて、少し驚きなが
ら
小さくせきこんだ。
「ああ、もう!
無理しちゃだめですよ!
姫様は三日三晩寝込んでいたんですから!!」
「・・・そんなに・・・?」
たしかに頭はぼんやりするし、体もだるい。
乳母はやれやれというように首を振った。
「もう、本当に!
三日前に布でぐるぐる巻きになった姫様を見つけた
時は、
心の臓が止まるかと思いましたよ!
でも、あれだけの布で体が温まっていなかったら、
お命が危のうございましたよ!!」
「・・・・・・」
自分が布でぐるぐる巻きになって、芋虫のような姿
で、
境内に転がっている様子を想像してみた。
乳母の話を聞いていると、その状態のカエデを見てし
まったのは、
彼女だけのようだ。
父やホムラに見つかっていたら、どうなっていたこと
か。
「ねえ、私の看病ずっとしていてくれていたんでしょ
う?
その、ありがとう」
「とんでもございません!
ただ姫様に何事もなくてなによりでございます」
何事もなかったわけではないのだが・・・。
カエデは緩く息をついた。
「もう、大丈夫よ。
三日も寝ていたし、さすがに起きないと・・・」
そう言って手をついて起きようとしたが、
体にうまく力が入らず、少しふらついた。
「姫様!
まだ病み上がりなんですから、ご無理はいけませ
ん!」
「関係ないわ。
これ以上寝ていても体がなまるだけだし」
「もう少し安静に——」
「・・・姉上なら」
カエデは視線を落とした。
「ハルナ様ならこの程度のことで、寝込んだりなどし
ないわ」
乳母の顔がこわばった。
肩をおさえる手が離れる。
カエデは無言で布団から抜け出すと、手早くいつもの
千早と袴を身にまとった。
「父上のところに行ってくる。
・・・しばらく神楽などに顔を出せなかった
詫びをしないといけないから」
乳母はただ静かに頭を下げた。
「いってらっしゃいませ」
遠ざかる小さな足音を聞きながら、彼女はため息をつ
いた。
カエデが自分自身をハルナと比べるようなことを言い
出し始めたのは、
カエデが正式に分家の巫女になってからだ。
カエデには彼女なりの良いところがあるのに、
どうして姉と比べるのだろうか。
いや、答えはわかっている。
乳母は本家と分家の身分制度を少し恨んだ。
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