コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 私の後ろの不良執事
- 日時: 2016/04/13 17:44
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
恋愛小説に不慣れな紅色ゆりはです。
★コメントどしどしお願いします。
★アドバイスをいただけたら嬉しいです。
★更新は不定期です。
★中学生から書き始め、今年度(h28)高校生になりました。
よろしくお願いします。
- Re: 私の後ろの不良執事 ( No.15 )
- 日時: 2015/08/04 18:52
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
第二章に入る前に、簡単に、本当に簡単に登場人物とかの説明を
したいと思います。
登場人物
☆宮門柚穂(みやかど ゆずほ)
ご存知日本有数の名家・宮門家の一人娘で、主人公。今はちょっと
都会から離れた広大な敷地の第二邸に、使用人達と暮らしています。
用心のために、一応巻き毛をひとまとめにポニーテール&だてメガネ
というプチ変装スタイルで登校。学校では、クラスに一人はいるであろう、俗にいう「休み時間に読書してる」系女子です。
家は家で、お嬢様としてあいさつ回りをしたり、若い派遣メイド
関連の書類を少しだけ受け持ったり、勉強と並行しなければならなくて
むちゃくちゃ大変。
要するに努力家の照れ屋お嬢様、みたいな。
☆谷崎留矢(たにざき りゅうや)
教室で柚穂の後ろの席に座ってる、つやつや黒髪を持つ、一応執事。
柚穂が宮門家のお嬢様と知って、仕事先探しを頼んだけど、まあ
中学生なので、間をとって宮門家に『下宿』中。執事の仕事はもちろん
完璧にこなすけど、面倒なのか気恥ずかしいのかはいざ知らず、たまに
素の口調に戻る。
最近の趣味は、きっと柚穂を赤面させること。
☆芦田社長
お腹のポッコリした、いかにも『悪徳社長』って感じの社長。
大手企業・芦田リゾートを経営していて、常に周りには悪い噂ばかり
なことで有名。数年前、柚穂のお父さんと一緒に仕事をしてたとか
してなかったとか。
☆荻原
宮門家のメイドを束ねる、威厳あるメイド長。きっと40代後半
くらい。多分。
ゆういつ、屋敷の中で柚穂にビシッと物事を言える人で、寝坊したり
なんかしたらすっとんでくる。厳しいけれど、信用のおける人物。
☆辻
宮門家の専属運転手。もう白髪交じりのおじいさんだけど、きっちり
した仕事ぶりが使用人の中でも評判。
☆広瀬
まだ出てきてません。でもこれから出す予定です。20代くらいの
お兄さんで、コック見習いです。
☆岡山百合乃(おかやま ゆりの)
恋バナ大好き噂話大好きの、完璧なイマドキ女子。これからも
ちょくちょく出てきます。
☆河沼先生
女子に絶大な人気を誇る数学教師。ただ、柚穂と男子たちの印象は
あまりよくない。
こんな感じです。第二章もよろしくお願いします。
- Re: 私の後ろの不良執事 ( No.16 )
- 日時: 2015/08/06 20:40
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
第二章 1
「んぶでっ!」
なんでっ! と叫ぼうとした私の口は、唐突に谷崎の手によって
ふさがれた。間を開けて、ゆっくりと手を離す谷崎。せっかくの休日の早朝に、目覚めて早々、なぜ私はこんな目に合ってるんだろう。
「しっ。ばか、大声出すな」
「誰がバカ……むぐっ」
声を荒げた私の口元に、再び谷崎の手が飛んできた。力に気をつけて
くれているらしく痛くはないが、これはそれ以前の問題だ。
なんでそんな寝る時用みたいなジャージ姿で、私の部屋にいるの。
「悪い」
外の様子をうかがいつつも、谷崎は手を離してくれた。
「柚穂も知ってんだろ。メイドが入れ代わり立ち代わり、夜ごとに
訪問して来るんだよ。うまく追い返すのに手間取ると、その夜はもう
全く眠れねー。安眠妨害だろ、あれ」
だからメイドの立ち入れないであろうこの部屋で寝ていたと?
「それとこれとは話が別でしょ」
ベッドに腰掛けた私の隣に、ため息をついて谷崎も座った。
時刻は5時27分。勤務時間まで、まだかなりある。平日は自分も学校
へ行くため、実質執事をするのは放課後と休日くらいになってしまって
いる谷崎にとって、貴重であるはずの一日なのに、こんな形で始まる
とは。メイドに怖がられるのは極力避けたいけれど、さすがに何か
言っておかないとだめかもしれない。
——谷崎が執事になって、数週間が経った。メイド指導から雑務まで
大抵のことは完璧にこなすためか、必要以上にメイドたちに好感を
持たれてしまったらしい。皮肉だけれど、それほどにこいつは優秀な
んだ。
ただひとつ厄介なことに、勤務時間外と学校では否応なしに同級生
なわけだから、ことあるごとに接しづらいったらない。まあどちらに
せよ、身内でもなんでもない同級生が、早朝寝間着ジャージ姿で部屋
にいるのも、それはそれでどうかと思うけれど。
私はまた、ため息をついた。
「えー、では今から、臨海学校の班もろもろについて決めていきたい
と思います」
実行委員がそういって、おもむろにチョークを持った。
来た。来たよ。来ましたよ、恒例の臨海学校!
さすがの私も少しハイテンションになる。だって、ひそかにずっと
楽しみにしてきたんだ。
……いや待って。そんな、小さな子供みたいに、楽しみにしてるわけ
じゃないんだから。別に、張り切ってわくわくしてるわけじゃないん
だから——!!
とかなんとか心の中で叫びつつ、楽しみにしてる私……。
「おい」
背中にツンツン、とシャーペンか何かが当たる感触。
「顔に出すぎ」
……谷崎だ。
「何よ、後ろからじゃ顔見えないでしょう」
「じゃ、背中に出すぎ。お前、それでよく今まで家柄かくして
これたな」
「誰がうまく言えって言ったのよ」
楽しみにしてきた臨海学校。谷崎の皮肉なセリフなんて全然気に
ならないくらい、楽しんでやるんだから。
「では、まずはすきずきにグループに分かれてください」
その言葉と同時に、私は勢いよく立ちあがった。
第二章 1 おわり
続く
- Re: 私の後ろの不良執事 ( No.17 )
- 日時: 2015/08/07 17:47
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
第二章 2
ねえ、何でこんなことになるの。
——ああなんて青い空。なんて白い雲。なんて明るい太陽。
なのに、なのに……。
「何で隣にあなたがいるわけ。意味わかんないっ!」
「急に叫ぶなよ。うるっせえなあ」
谷崎が、さもうるさそうに耳をふさいだ。
「叫んでないでしょ。バス内で叫んだりしたら、色々とまずいじゃ
ない!」
「だからって耳元でキャンキャン吠えんなよ」
「吠えてないっ」
何で素モードのこいつは、こんなに口が悪いんだろう。それなのに
ぴっちりとスーツを着込めば、敬語もとても似合ってしまうから、
なんだか悔しい。
臨海学校。それは、こんな私でも、ちゃんと楽しみにしてきた
学校行事。ゆういつ長時間宮門家関連の事柄から逃れられる三日間。
なのに、なんで……こいつと同じ班なんだろう。
「まー諦めて楽しめよ。仕方ないだろ。ほら」
私の心中を察しでもしたかのように谷崎はそういって、『激辛!』
と書かれたスティック状のお菓子をすすめてきた。
「……ドーモ」
仕方ない。そんなこと思いたくなかったけど、本当にそうだから、
本当に『仕方ない』。
班を決めたあの日、私が立ち上がると、それと同時と言っていいほど
すぐに、私の班のメンバーが決まった。あらかじめ約束してたとか、
仲がいいからとか、そういうのじゃない。
「宮門さん、お願い! この子たちの班に入ってあげて!」
いわゆる静か系の実行委員が、申し訳なさそうに、そして必死に
頼み込んできた。その3班には、話したこともない女子が二人と、
こちらもまた話したこともない男子が二人。その瞬間、察した。
そういえばあの2ペア、つきあってたんだっけなぁ……。
こういう事だろうな。班の規定は男女3人ずつ。あの仲のいい4人は
説得したって離れそうもない。なら、その4人に男女を一人ずつ足して、
班にしてしまった方が平和的だと。
それで、私にいの一番に白羽の矢が立ったってことだ。
まあ別にいいんだ。誰かに誘われていたわけでもなかったし、臨海
学校の班なんて、班活動することは少ないって聞いた。別になんてこと
ない。白羽の矢が立ったもう一人が谷崎だったってことも、別に問題
ない。ただちょっと……ちょっと、私の知らないところで、全てが
決まっていたことが、少しモヤッとしただけで。
「ああ……でもなんでバスまで班順……」
カップル同士で座っちゃったら、必然的に私と谷崎は隣の席に
なった。まあ予想の範囲内ではあったけど。
こんなの、望ましいことではなかったはずなのに、バスが揺れて足が
触れるたびに顔が火照ってくる私って、やっぱりおかしいんだろうか。
「もう少しポジティブに考えろよ。毎回学校ぐるみの宿泊行事には
必ずついてきたっていう、宮門家の車がないだろが。それはおれが
クラスメイトだからこそ成し得たことなんだからな。わかってんのか」
「わかってないこともないけどー……」
「けど、なんだよ」
「…………谷崎、このお菓子超辛い……水筒……」
「げっ」
激辛のお菓子を、谷崎が私のリュックから探し出した水筒のお茶で
流し込み、ほっと一息つく。
「辛いのだめだったんなら言えよな……」
「辛いのだめとかじゃないんだけど。そのお菓子だよ、だめなのは」
……うまく、ごまかせただろうか。
お菓子が辛くて、お茶が必要なくらい苦しかったのは本当だ。ただ、
話をはぐらかすために少し大げさに言ったのも本当だ。
谷崎のおかげで、いつもより開放的な宿泊行事が行えるのは、百も
承知だ。だけどそれは、谷崎に負担を負わせているという事だ。
それが少し申し訳ない。……まあ口には出さないけれど。
「海だあー!」
トンネルを抜けて海が現れた瞬間、クラスのお調子者が真っ先に
叫んだ。
「うわあ……」
私の口からも、思わず感嘆の声がもれる。
海。真っ青で水平線が見える、広い広い海。危ないからという理由で
めったに外で遊ばせてもらえなかった私にとって、ずいぶんと久しぶり
の風景な気がする。
民宿『海の華』の駐車場へ着くと、河沼先生が旗を振って、満面の
笑みで待っていた。
「あれ、河沼先生って他のクラスと行動するんじゃ……?」
岡山さんが尋ねると、先生は元気よく答えた。白い歯が嫌なくらい
まぶしい。
「ああ、問題児がこの組は多いと聞いてね、かけつけたんだよ」
問題児……。
問題児と聞いて、なぜか谷崎の方を向いてしまう。
「何だよ」
「別に」
ぷい、とそっぽを向いた。
第二章 2 おわり
続く
- Re: 私の後ろの不良執事 ( No.18 )
- 日時: 2015/08/11 13:51
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
第二章 3
「宮門さん、そっちボール行ったよー!」
「えっ、は、はい!」
急に飛んできたボールを、ギリギリのところで打ち返す。体験学習と
いう名のビーチバレーに、私は少し飽き飽きしていた。
民宿に荷物を置いてすぐ、私たちは体育着に着替えてビーチへと出た。この三日間のスケジュールとしては、昼間に体験学習を班ごと順番
に、夜のキャンプファイヤーなどのイベントと、それに二日目の朝の
地引網が加わる。
しかし体験学習といっても、船に乗って辺りの小島の周りをまわるものから、今私がやっているビーチバレーまで多種多様だ。ビーチバレーにいたっては、もはや学習と言えるのかすらわからない。
まあ私の場合、すみっこに突っ立って、たまたま近くまで飛んできた
ボールを打ち返しているだけだけど。
でも、このビーチバレーで今日の分の体験学習も終わり。これが
終わって夕食を食べれば、キャンプファイヤーの時間になる。
キャンプファイヤー、実はちょっと楽しみにしてるんだ。
「柚穂ちゃーん」
甘ったるい声に、少しぎくりとした。
この、馴れ馴れしいことこの上ない声は……。
「柚穂ちゃん、わいや、わい」
芦田リゾートの、芦田社長!
なんで、こんなところに芦田社長が? 田舎の海沿いに、ビジネスの
匂いなんてしないけど……?
ていうか、こっちこないでよ!
「宮門さん、なに、あの人親戚?」
「えっ、まあ……そんなかんじ……? ごめん、ちょっと抜けるね」
あたしと同じく端っこでビーチバレーをしていた谷崎に、「あと
よろしく」と、口パクで伝える。
ああもう。何ならスルーしてくれればいいのに。
「いやあ田舎町の海に学校ぐるみで宿泊研修だって? 何かと不便
だろうね。この前の評論会のことは水にでも流してあげるから、困った
時はわいの泊まってるホテルにでも来なさいな」
ねっとりとした声と、腹黒さが透けて見えるような作り笑い。
私、やっぱりこの人のこと、苦手だ。
「……え、水に流すって……? すみません、何の事だか、ちょっと
わからなくて。時間取れましたら、伺いますわ」
大人げないとは思うけど、わざとらしくとぼけてみた。だって、
水に流してくれる必要もないし、悪いことをした覚えもない。それに、
いくら悪名のとどろく芦田リゾートであっても、私に……要は宮門家に
そう簡単に手出しできるとは思えない。
「ずいぶんなお嬢さんになったねえ、柚穂ちゃんは。ま、わいは待っ
てるからね」
「時間が取れたら、のお約束ですけれど、ね」
ふふふ、と精一杯品よく笑った。もちろん、行く気なんて全くない
けど。
「……何だったんだ?」
ビーチバレーに戻ったら、谷崎がヒソヒソ声で尋ねてきた。
なんでもない、という風に、私は手を振って見せた。
「別に……ただ、なんか芦田リゾートが、このあたりで何かしよう
としてるみたい」
「そうか。……また不正じゃないといいけどな」
「ええ……」
そう信じたい。でも、きっと望みは薄いんだろうな……。
——なんだか、叫びたいなあ……。
そう思いつつ、私は大きなため息をつく。
さっき、ビーチバレー終了直後に降り出した雨のせいで、キャンプ
ファイヤーに使うはずだった木が濡れてしまった、という話で、女子
部屋は持ちきりだった。今は雨はあがったものの、きっとこれでは延期
は免れないだろう。ツイてない。
民宿の窓から曇り空を見上げて、少し涙目になる。
これまで、どこへ行くにも使用人がぞろぞろついてきていた私。もし
かして、使用人のいない外泊って、初めてかもしれない。そう思って、
言葉でなんて伝えられないくらいドキドキしていた。
キャンプファイヤーが延期になってしまうのは悲しいし、外の暗闇は
怖い。なのに、なぜだか気分は幸せ。ツイてないのに、幸せ。
人といるのが嬉しいって、ささやかだけど、きっとこういう事だ。
「やばい! マジありえないし!」
そう叫んで、女子部屋にずかずか入ってきたのは、岡山さん。
勢いよくバァンと開けられた障子がきしんでる。
「マジあり得ない! キャンプファイヤー延期で空いた時間、何する
か聞いたあ?!」
「えー、まだあ。何やるわけ」
バァンと叩かれて、今度は机がきしんだ。
「きもだめし!」
「えぇえー!」
さも嫌そうな悲鳴を上げるけど、みんな、表情は嬉しそう。
ああ、このままいくと、男女混合きもだめし大会になるもんね。それ
が嬉しいんだろうなぁ。夜のお約束だもんね。
でも正直、暗闇も心霊系統も苦手な私にとって、そんなのはなくても
構わない。いや……もういっそ、ない方がいい。
それに、昼間の芦田社長の一件の方が気になる。頭ごなしに否定する
のもなんだけど、私にはあの社長が理由もなしに、直々に田舎町へ
来るとも思えない。つまり、芦田社長が来てるってことは、ずいぶん
大きなプロジェクトなのか、あるいは……不正。
あのおじさん、不正にかけては日本一だからなぁ……。
「あとさー、民宿の人が言ってたんだけどー」
噂話のスペシャリストである岡山さんが、得意げに話し始めた。
普通に聞かされた話もダイジェストに話すから、家柄を隠してる私にとって、かなりの要注意人物だ。
「なんか、このあたり大きなホテルが建つらしくてさ、地域の人たち
で反対してるらしいんだけど、それを動かしてる会社がなかなか有名な
とこで、いつまで反対できるか心配って言ってたよ」
「ふーん、そんなドラマみたいなこと、本当にあるんだー」
その話を聞いて、思い当たる会社はひとつしかなかった。
第二章 3 おわり
続く
- Re: 私の後ろの不良執事 ( No.19 )
- 日時: 2015/08/11 15:50
- 名前: 紅色ゆりは (ID: gKAFDMkE)
第二章 4
「——であるからして、みなさんももう知っているかとは思います
が、キャンプファイヤーは、突然降り出した雨により延期になりました
ので、静かに執り行うことを前提として、裏山にて……」
「前置きなげーんだよ! 早くはじめろよ教頭!」
長々と話していた教頭先生に、どこかのクラスの男子からヤジがとん
だ。どっ、と笑いが起きる。
「えー……今ヤジがありましたように早く始めたい人も多いと思いま
すので、さっそくきもだめしのルール説明をしたいと思います。
まずそこの細道からスタートし、山の中腹にある寺院の中の紙に、
一人ずつ名前を書き、裏にある別の道から降りてきてください。また、
妙ないさかいを防ぐために、ペアは班で作るように」
——え。待ってよ。普通そこはくじ引きでしょう!
私は心の中で、教頭先生に怒鳴る。だって、普通ここはくじ引きが
セオリーじゃない。班ごとにペア作りなんてしたら、また私、
谷崎と一緒になっちゃうじゃない……!
「はーい、次のペア、行ってねー」
「はい……」
わかってたよ。わかってたよ、こうなるのは!
「柚穂、のろい。おいてくぞ」
うわあ、むかつく。その発言のすべてがむかつくよ、谷崎!
「ちょっ……ばかなの? おいて行かないでよ!」
「何でおれが遅い方に合わせなくちゃんなねーんだよ」
ハッ、と鼻で笑われたあ! さもバカな奴を見るような目で、鼻で
笑ったよこいつ!
嫌な奴!
「ホントに待っ……わ!」
雨上がりの泥に、足を取られる。転ぶ……!
「っと」
すかさず、谷崎が私の体を支えてくれた。
……ほんと、むかつく奴。のろいとかばかとか言ってくるくせに、
何でこうやって助けてくれるの。執事だから? 仕事だからなの……?
「お前、やっぱのろい。早くしねーと次のペアに追いつかれるぞ」
「くっ……」
助けたんなら……仕事なら、大丈夫か、くらい言えばいいじゃない。
助けてもらったってお礼なんて言わないんだから、覚悟しなさいよ!
心の中でそう叫んだはいいものの、遅れるのはやっぱり嫌なので、
谷崎の紺のTシャツの裾を、後ろからつかむ。ほてってきた頬を冷ます
ように、首を振った。
「わかってるでしょ、暗いの苦手なのよ……! 早く進みなさいよ」
「わがままおじょーさますぎるだろ、お前」
そういいつつも谷崎はクスッと笑い、私にいくらか歩調を合わせて
歩いてくれた。暗闇は怖いけど、なぜだかこのままでいれば大丈夫な
気がする。
夏より少し前の、蒸し暑い夜。暑さのせいか何のせいなのか、体の
中心から熱くなって、まるで何かがこみあげてきてるみたいだ。皮肉屋
だけれど有能で、かっこよくて、ちょっと優しくて、なんだかんだ言っ
たって、谷崎はいい執事だ。
「……まあ柚穂くらいえらそうな方がちょうどいいかもな」
「なにが?」
「そりゃ『お嬢様』ってやつのことだよ」
いまだに内容のつかめていない私に、谷崎は言葉を選んでいるかの
ように、頭をかいた。
「あー……要するに柚穂の場合はこうだ。自分から市立の中学への
入学を希望した。もうすでにここで、宮門家の令嬢とは思えない考え方
をしてる。でもだからどうこうするわけでなく、自分の立場をわきまえ
て、むやみな行動は慎んでる。だからもの静かな頭のいい奴かと思っ
たら、感覚は完璧にお嬢様。物言いもえらっそうなとこも、全てが
お嬢様のそれだ」
「……要領の得ない言い方しないでちょうだい」
「つまりだな……柚穂がえらそうなのはいいことだってことだよ。
宮門家の令嬢は、常に堂々たる姿を求められる。箱入り娘や遊び放題の
やつならともかく、柚穂は常々色々な公的な場所に出る。そのうえで
上流階級のお偉いさんになめられないためには、柚穂くらいえらそうな
のがちょうどいいんだよ」
……正直、よくわからない。
「谷崎、一応言っておくけどね、私だって宮門家が好きなわけじゃ
ないの。話し方もふるまい方も、染み込んでるから抜けないだけ。
気が強いばっかりに損することだって、たくさんあるのよ」
「別にいいだろ、それでも。その分おれがこれから守ってやるん
だから」
「……っは……」
ああもう。こいつはまた……なんでそういうこと、恥ずかしげもなく
言えちゃうのかな……。
「……ちょっと待て」
「へ? どうしたの」
谷崎は急に立ち止まると、耳をすませる仕草をした。
「何か聞こえないか? これは——会話?」
「ちょっとやめてよ、お墓が近いっていうのに。後から来た人に
追いつかれたんじゃないの」
「いや違う、この声は……。——こっちからだ」
そういうと、谷崎は何かに引き寄せられるように、コースを外れて
草むらへと入っていった。
……どこいくのよ。早くしないと次のペアに追いつかれるって言った
のは谷崎じゃない。こんなところにひとりでおいて行かないでよ。
心細いじゃないの。
私は、じっと草むらを見つめた。この季節だ、思いっきり虫の巣窟と
化しているはず。
——行きたくない……。
「……うっ」
いくら勤務時間外と言えど、仕えているお嬢様を置いて行ったあいつ
が悪い。虫に刺されたりしたら、全部のあいつのせいなんだから。
そう思いつつ、私は谷崎の後を追った。
第二章 4 おわり
続く
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