ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

少女、浮。 完結
日時: 2012/01/17 16:45
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)

◎登場人物



智瀬(チセ)

 17歳 事故で記憶喪失になる。あまり自分に対して興味を持たない。

 記憶を失う前は快活な少女で明るい性格。
 史夜と付き合っていたが、志那に惹かれていた。



望月 史夜(モチヅキ フミヤ)

 17歳 智星の恋人。智瀬を盲目的に愛している。

 智瀬が志那に惹かれていることを知り、怒りと絶望から智瀬を襲う。
 幼い頃に父親に性的虐待を受けており、家族が壊れることを恐れている。
 周囲に興味は無いが、智瀬と家族だけは別。



春日 ツバキ(カスガ_)

 17歳 男子のような口調。智瀬とは友人の仲だった。

 中学生のころ、コンプレックスだった名前を褒められたことで智瀬と友人になる。
 史夜と志那とは小学校から同じだった。
 彼と付き合う智瀬を心配していた。



望月 朝夢(モチヅキ アサム)

 14歳 史夜の異父妹。 派手な容姿で不登校児。
 言いたいことをハッキリ言うタイプ。

 異父兄である史夜に恋心を抱いており、智瀬を嫌っている。
 しかし、史夜のトラウマを踏んでしまい、「家族」という枠から除外されてしまう。
 その後は彼に褒められた金髪を黒く染めている。


志那 竜美(シナ タツミ)

 17歳 智瀬、史夜の先輩。 ピアノが得意。 

 中学生のころ、入学式に弾いたピアノが好きだと智瀬に言われ、彼女に好意を抱く。
 そのときは智瀬は既に史夜と付き合っていたため、彼女が困ることを承知で告白した。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9



Re: 少女、浮。 ( No.32 )
日時: 2012/01/12 22:08
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)

ありがとうございます。
頑張りますっ

Re: 少女、浮。 ( No.33 )
日時: 2012/01/12 23:18
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)




第7章
〜優しい貴方が欲しくて 酷い私を演じる〜



 これは夢だ。 ……だって、私はまだ中学生の制服を着ている。
 あ、夢じゃない。
 私が今まで忘れていた記憶だ。

 どうしてこんな重要な記憶を忘れていたんだろう。


 中学の入学式で聴いた、ピアノの旋律。 それは両親への不満で冷め切っていた私の心を溶かしていった。
 1つ年上の、志那竜美というセンパイ。
 格好よくて、綺麗で、ピアノを弾く彼の姿が目に焼き付いた。


「2年の志那センパイって人なんだけど、すっごく綺麗。 ピアノも上手いしね」

「私、あの人と小学校同じだったけれど、そのときから伴奏弾いてた」

「ツバキって何小だっけ?」


 同じクラスになった春日ツバキとの思い出も、今なら覚えてる。
 柔らかな栗色の髪を女の子のように結んであげたことも。 私が志那センパイへの思いを彼女に話していたことも。

 そこで場面はグルグルっと変わって、次は放課後の誰もいない教室になった。

 ……ああ、ここだ。 覚えてる。


 史夜と初めて話した時だ。


「その髪の毛切らないの? 前髪も鬱陶しくて、綺麗な顔が見えないじゃない」

 そう言うと、何を考えいているのか分からない目が、私を見る。
 彼は異質だと思った。
 特に誰ともつるまず、ひとりっきりで。 何が楽しいか分からないけれど、じっと外を見ている。

「……アンタ誰」

「2年の1学期から同じ委員会よ。 名前は自分で思い出しなさいな」

 そうだ。 確かにこう言った。
 彼はひどく驚いた顔をして、少しだけ困ったようにして、

「俺はあまり人にキョーミないんだ。 アンタのことも知らないし、正直、こうして話しかけられてどう接していいのか分からない」

「じゃあ教えてあげる。 話しかけられた時は、笑って? そして、素直でいるのよ。 幼稚園で習わなかった?」

「保育園と幼稚園、行ってないから」

「──あら、そうなの。 まあいいや。 アンタが私を知らなくても、私はアンタを知ってるんだから」

 私は見逃さなかった。 彼の顔に少しの困惑と、それ以上に小さな嬉しさが浮かんだのを。

「望月史夜クン。 マイペース少年」


 あ、また場面が変わる。 今度はどこへ行くんだろう。
 視界がぎゅるるるるっと回って、固定される。
 夕暮れの廊下。
 ああ、これも覚えてる。

 史夜くんが私に告白してる時だ。 まあ、告白と言っても半分は脅迫に近かったけれど。


「は……っ、ああ んが」

「──史夜、そっと息吐いて。 大丈夫だよ」

「智瀬……智瀬……。 俺、智瀬がいないと嫌だよ。 きみが初めてだったんだ。 俺にあんな優しい顔で話しかけてくれたの。 大好きなんだ。 俺、きみがいないと……自分を傷つけちゃいそうだよ」

 なかなか教師と生徒が通らない、旧校舎の廊下。
 追い詰められた彼は私に抱きついている。 けれど、その右手にはハサミを持っていて、しっかりと自分の首に突きつけている。
 その手はひどく震えている。

「史夜は……私をどうして好きなの?」

「そんなの理屈じゃわかんねえよ。 俺は……きみがいない世界で生きていたくない」

「私の目の前で死ぬの?」

「死んで、きみの記憶に一生僕の死に様が刻まれるようにする。 トラウマになって、夜は俺のことを思い出して寝かさない。 ……ああ、それか襲うってのもいいよな。 違う奴と寝るたびに俺のことを思い出すんだ。 それも素敵かもね」

「サイッテーね。 私が拒めないの、わかってるくせに」



 彼はどこまでも不安定で、どこまでも壊れていて、どこまでも自分を追い詰める。

 だけど、私だけを見てくれる。
 私だけを見て、私だけを信じて、私だけを愛してくれる。


「酷い人」


 だけど、酷いのは私も同じだ。

 あ、あれれ。 また視界がぎゅるるるるって回る。
 回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、回って、、、




「目、冷めた?」

 あ、志那センパイだ。
 ということは、ここは元の世界? あ、いや世界とかじゃなくて。
 私、夢から無事帰還したというわけか。

「ええ、おかげさまで。 ここは?」

「……保健室」

「史夜は?」

「職員室。 今度は俺が質問していい?」

「ええ、どうぞ」

 どうせ、その答えはもうわかっているでしょうに。 私の口から聞きたいのか、志那センパイはわざと質問してくる。
 この人は昔からそう。
 私が史夜へ気持ちを傾けようとしていた時だって、こうして心を攫おうとしてくる。

「本当に覚めた?」」

「覚めてるわ、志那センパイ。 あの夜は会えなくて残念ね」






 
 
 

Re: 少女、浮。 ( No.34 )
日時: 2012/01/14 01:39
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)




 さて、記憶が完全に戻ったことだし。
 どうしたらいいのか分からないから、とりあえず志那センパイに抱きついている。
 あーあーあー、本当にどうしよう。
 史夜、怒ってるだろうなぁ。

「なんで泣いてんの」 「……私、泣いてる?」

 そうかもしれない。
 だって、ほっぺ濡れてるし……ああしょっぱい。 苦味にも似ている、不味さ。
 この感情は、罪悪感だ。
 何に対してのって聞かれると、難しいけれど。

「──思い出してんのなら、聞きたいんだけど。 ……俺とクリスマスに智瀬の家で会う約束してたのは覚えてる?」

「覚えてる」

「じゃあ……誰かアンタを襲ったのかも……覚えてる?」

 ひどく優しい声色だった。 気を使ってくれてると思うと、申し訳なさよりも安心感のほうが大きい。
 あーでも、ごめんなさい。
 志那センパイはきっと気づいている。 私が誰に殴られたのか。

 だけど、知りたいこともまだまだあるから。

「そこだけはどうしても……モヤがかかってて、思い出せない」

「──そっか」

 抱きしめる力が強くなる。
 保健室の独特の香りと、志那センパイの匂いが混ざって、眠たくなる。

「そういや春日が心配して来てた。 後で顔見せとき」

「あ、志那センパイも授業戻っていいのに」

「望月はいま職員室だけど、いつ来るか分からんから。 というか今日は俺の家泊まれ。 アイツは危なすぎる」

 至極もっともな意見だと思う。
 本当なら史夜を警察に突き出したいところなんだけど。 それじゃあ、けじめがつけられないから。

「史夜のことこれでいいと思う?」

「思わない。 でも、あいつは人の話を聞かないから」

 タチの悪いことに、彼は手まであげるから。 いや、この際暴力はまだマシな方だけど。
 殺されたりしても……文句は言えないかな。

「志那センパイ、やっぱりこうして見ると格好いいわね」

「──何言ってんのこんな時に」

「こんな時だからこそ。 家に帰ったらピアノを弾いて? 私だけのために」

 お安い御用だと笑う彼の顔は、久しぶりに見る。
 記憶が戻ってよかったと思うけれど。

 まだ、終わったわけじゃないから。

Re: 少女、浮。 ( No.35 )
日時: 2012/01/14 02:39
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)







 冬のまだまだ肌寒い住宅街。 ちらほらと雪が降っており、まだ夕食の時間でもないというのに、辺りは暗い。
 街行く人は皆マフラーや手袋を身に付けているのに、この少年だけは違った。
 乾燥した手には手袋もなく、鼻も真っ赤になっている。
 制服姿だから下校途中なのだろう。

 ひどく綺麗な顔立ちの少年だった。
 街角に立っていれば女性に声をかけられても不思議ではないほどの美形。 だけど、どこか妙な違和感と危うさがあった。

 信号待ちをしている彼は、そのままじっと暗い空を見ている。
 彼はいま思い出していた。
 それは数年前のあの教室から始まり、これからも続くはずだった未来。 壊したのは、彼が最も愛し、最も必要としている彼女だった。


 信号が青になった。
 彼は進む。
 学校からそう遠くない場所にあるアパートには、いつも彼女がいた。

 途中、通行人と肩がぶつかる。
 通行人は一言、すみませんと言う。 けれど、彼は興味も示さず、無視して足を進める。
 怪訝そうな通行人は何も言わず、歩みを止めることもなく、そのまま。



 アパートに帰ると、案の定誰もいなかった。

 置いてあるのは彼女の私物ばかり。 どれもこれも、昨日まで使っていた、まだ温もりのあるものだった。
 彼は無表情でそれを眺め、電気も付けずに寝室へ向かう。

 彼女が自分に心など無いことなど、わかりきっていた。

 だけど、離したくないから。
 ほかの人間になんか渡したくなかったから、必死だった。

 リセットをしよう、と思ったのは彼女の心がほかの男へ向いたのを感じ取ったとき。
 彼女が自分のものにならないのなら、自分のことを好きになってもらえばいい。

 だからあの夜。
 彼女の家に押し入って、ほかの男を笑顔で迎え入れようとする彼女がたまらなく嫌で。
 リセットボタンを押すように、花瓶で頭を殴ったとき、倒れている彼女を見て涙を流した。


 そして今も流れてる。


 そっと布団に潜り込んで、彼女の幻影を抱こうとしても無駄だった。
 寒い。 暖房もつけていない部屋は思った以上に冷えていて、足のつま先から体温を奪う。
 欠如した心は酷く枯れていて、傷んだ。
 彼女はもう戻ってこないのに。

 だけど彼は諦めていなかった。

 そっと立ち上がり、誰もいないはずの其処へ声をかける。


「智瀬、まっててね」

Re: 少女、浮。 ( No.36 )
日時: 2012/01/15 22:08
名前: 林檎の中身 (ID: yqB.sJMY)




Я....Я....Я....Я....Я....Я....Я



 志那センパイの部屋は何も変わっていなかった。
 志那センパイ自身も、何も変わっていなかった。

 私を優しく抱く仕草も、壊れ物を扱うような力加減も、優しく囁く声色も。

 ああ、あのときのままだ。
 安心感がじんわりと広がって、深い呼吸ができるようになる。 優しい匂い。 心地いい。

「今日は学校休みだから。 昼から服とか買いに行こう」

「わかった。 ……あ、通帳が史夜の家にいるんだけど」

「いいよそれくらい。 俺が出すし」

「じゃなくて。 親からの振込みとか……」

「ああ。 じゃあ取りに行こうか」

 だから、史夜の家にあるんだっつうのに。

「俺と行けば問題ないだろ。 智瀬ひとりで行かせたら、今度こそ監禁される」

「史夜だったら平気で殺しちゃうかも」

「──なあ、本当に智瀬を殴った犯人……覚えてねえの?」

 あ、この目は疑ってる目だ。
 きっと気づいてるんだろうな。 私が全てを思い出していて、その上で史夜を庇っているってことを。
 庇う、というかけじめをつけたいだけなんだけど。

「ええ。 まったく覚えてない」

 日常的に嘘を吐く。 罪悪感にももう慣れてしまった。
 そういえば、史夜は罪悪感を感じないのかしら。 自分中心に世界が回っているから、きっと無理なんだろうけど。

「本当よ。 まったく覚えてない」

「そっか」

 怪訝そうな志那センパイから視線を逸らして、彼の胸に顔を埋める。
 ああ、そっか。
 事後の後に顔を埋めるのは、私の癖だったっけ。










 別に迂闊だったとか責めるわけじゃないけれど、やっぱり無理なんじゃないかと思う。
 今日の私の星座占いはワーストワンだったわけだし。

 だからこうやって、志那センパイとふたりで史夜の家に行く途中に、朝夢に会うんだと思う。


 髪の毛が金から黒に変わってたから、全然わからなくて素通りするところだった。
 いや、相手もこちらに気づかないでほしかった。 なんで声かけてくんの。 ていうか石投げてきたよね、いま。

「アンタ……どういうつもりかしら」

「それはこっちのセリフ。 石投げちゃ危ないでしょ」

「兄さんは? ……何よその男」

「私、思い出したの。 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ」

 朝夢の表情が驚きに変わって、次に激しい憎悪と嫉妬に変わる。

「何よそれ。 記憶戻ったら兄さんのことなんて捨てて、ほかの男のところへ行くの? 何それ、信じられない!」

「私は志那センパイが好きだった。 ……そう言ったら、朝夢は怒る?」

「怒りゃしないわよ」

 朝夢がそう言ったのは、私を殺したいと思う殺意を隠すためなのかも。 拳を震わせて、彼女が軽蔑したように私を見る。

「──ただ、消えてしまえって思うだけよ」

 そう吐き捨てて、朝夢が近くにあった標識を思い切り蹴る。 そしてふらふらと、まるで亡霊のようにどこかに行ってしまった。

「あれ誰」 「史夜の妹。 父親は違うけれど」 「……大丈夫?」

 消えてしまえ、か。
 うーん……それは記憶を無くす前の私のほうが性格がいい、ということかしら。


「大丈夫」


 まあ、実際そうなんだろうけれど。



Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9