ダーク・ファンタジー小説
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- 【不定期更新……】カラミティ・ハーツ 1 心の魔物
- 日時: 2017/09/17 14:49
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
目次(随時更新)
(章分けをし、一部形式変更)
第一章 始まりの戻し旅 >>0>>3-7
Ep1 心の魔物 >>0
Ep2 大召喚師の遺した少女 >>3
Ep3 天使と悪魔 >>4
Ep4 古城に立つ影 >>5
Ep5 醜いままで、悪魔のままで >>6
Ep6 悔恨の白い羽根 >>7
第二章 訣別の果てに >>8-11>>14
Ep7 ひとりのみちゆき >>8
Ep8 戦いの傷跡 >>9
Ep9 フェロウズ・リリース >>10
Ep10 英雄がいなくても…… >>11
Ep11 取り戻した絆 >>14
第三章 リュクシオン=モンスター >>15-17
Ep12 迫る再会の時 >>15
Ep13 なカナいデほしいから >>16
Ep14 天魔物語 >>17
第四章 王族の使命 >>18-25
Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」>>18
Ep16 亡国の王女 >>19
Ep17 正義は変わる、人それぞれ >>20
Ep18 ひとつの不安 >>21
Ep19 照らせ「満月」皓々と >>22
Ep20 常闇の忌み子 >>23 (※長いです)
Ep21 信仰災厄 >>24
Ep22 明るいお別れ >>25
第五章 花の都 >>26-36
Ep23 際限なき狂気 >>26 (※長いです)
Ep24 赤と青の救い主 >>27
Ep25 極北の天使たち >>28
Ep26 ハーフエンジェル >>29
Ep27 存在しない町 >>30
Ep28 善意と掟と思惑と >>31
Ep29 剣を取るのは守るため >>32 (※長めです)
Ep30 青藍の悪夢 >>33 (※非常に長いし重いです)
Ep31 極北の地に、天使よ眠れ >>34 (※長めで重いです)
Ep32 黄金(きん)の光の空の下 >>35
Ep33 忘れえぬ想い >>36
第六章 動乱のローヴァンディア >>37-49
Ep34 予想外の大捕り物 >>37
Ep35 緋色の逃亡者 >>38
Ep36 帝国の魔の手 >>39
Ep37 絡み合う思惑 >>40
Ep38 再会は暗い家で >>41
Ep39 悪辣な罠に絡む意図 >>42
Ep40 鏡写しの赤と青 >>43
Ep41 進むべき道 >>44
Ep42 想い宿すは純黒の >>45
Ep43 それぞれの戦い >>47
Ep44 魔物使いのゲーム >>48
Ep45 作戦完了 >>49
第七章 心の夜 >>50-55
Ep46 反戦と戦乱 >>50
Ep47 強制徴兵令 >>51
Ep48 二人が抜けても >>52
Ep49 嵐の予感 >>53
Ep50 Calamity Hearts >>54 (※非常に長いし重いです)
Ep51 明けの見えぬ夜 >>55
第八章 時戻しのオ=クロック >>56-
Ep52 巻き戻しの秘儀 >>56
Ep53 好きだから >>57
はじめまして、藍蓮と申します。ファンタジーしか書けない症候群です。よろしくお願いします。
あるゲームのキャラクター紹介から想を得た、設定はそこそこ作ったとある物語の、プロローグを掲載しました。続く予定です。
それではでは。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
「魔導士部隊、位置に着け!」
高らかに響くラッパの音。リュクシオンは隣を見た。
「ついに来ましたね、この時が」
「ついに来たな、総力戦が」
彼の隣に立っているのは、この国の王。王は難しい顔をして、リュクシオンに言った。
「リューク、いけるな?」
「はい、あと少しで準備ができます。しばしお待ち下さい」
「頼りにしてる」
この国、ウィンチェバル王国は、小さい割には資源が豊富だ。ゆえに、これまで多くの国々から狙われ、侵略されてきた。それをすべて退けられたのは、ひとえにこの国の魔導士部隊のおかげである。
それなりの侵略ならこれまで何度かあったが、今回のは規模が違う。
まだ肌寒い季節だ。リュクシオンはマフラーに顔をうずめながらも、考える。
(よりによって、ローヴァンディア、あの大帝国だと? 桁が違う。だからこそ、僕は……!)
願った。「力を」と。状況すべてを打破する力をと。何もできない自分が嫌で。国が侵略されていくのを、見ているだけしかできなくて。その思いは日増しに強くなり、内側から彼を苛み続けた。
そして、その願いは、叶った。理由はわからない。ただ、ある時から急に、召喚術が使えるようになった。
リュクシオンは神を信じない。信じても無駄。助けは来ない。そんな世界に生きてきたから。
しかし、彼に起きた奇跡は。何もできなかった彼が、急に「力」を手に入れた理由は。神の御業というよりほかになかった。
そして今、彼はここにいる。その力を見初められ、王の側近として、ここにいる。力がなければ、決して昇りえぬ地位に。望んでこそいなかったが、決して悪くは無い地位に。
——だから、利用させてもらうよ。
この状況を打破できる、唯一無二の召喚術。国を守るために過去の文献をあさり、そして見つけた、とある天使の召喚呪文。
それの発動には、長い長い準備が要った。リュクシオンは寝る間も惜しんで準備し続け、ついに、術の完成が迫る。
——国を守りたい。思いはただ、それだけなんだ。
そして——。
太陽が、月に食われた。
日食だ。しかも、皆既日食だ。昼の雪原はあっという間に闇に閉ざされ、凍える寒さが人々を打つ。
「——今だ!」
リュクシオンは声を上げた。突き出した手に、集まる魔力。
皆の視線が、彼に集中する。
「現れよ——日食の熾天使、ヴヴェルテューレ!」
神の域にさえ達したとされる究極の天使が今、リュクシオンの「仕掛け」に導かれ、彼の敵を滅ぼすため、外へと飛び出す——!
が。
——崩壊は、一瞬だった。
「あれ……うそだろ……」
白い、白い光が視界を埋め尽くした。天使はこの世に顕現した。そこまでは構わない。
だとしても。
——この、目の前に広がる無数の死体を。一体どう説明すればいい?
見知った顔。あれは魔道師のアミーだ。あっちは友人のルーク。
——さっきまで隣にいた、リュクシオンの王様。
みんなみんな、死んでいた。敵味方の区別なく。リュクシオン以外、皆殺しだった。死んだその目には恐怖の色があった。
——国が、滅んだ。守ろうと、あれほど力を尽くした国が。リュクシオンの王国が。守りたかった全てが。
リュクシオンの、積み重ねてきたすべてが。
存在意義が。
「……あ……嗚呼……ぁぁぁぁ嗚呼ああ嗚呼あ!」
地にくずおれ、獣のように咆哮する。
——天使は、破壊神だった。
確かに相手も全滅したが、彼が望んだのはこんなことじゃない。こんなことなんかじゃ、ない。
平和を。愛する国に平和を。そう、心から思っていた。だからこそ、力を望んだ。愛するものを、国を、守る力を。
——コンナコトジャナカッタ。
絶望に染まる召喚師の頬を、涙が伝った。赤い、紅い、赫い。血の色をした、絶望の涙が。
「ア……アア……ァァァアアアアアアアアアア!」
壊れた機械のような声とともに、彼の世界は崩壊した。
「ァ……ァぁ……ァぁァぁァぁァぁァぁァ…………」
その身体が、闇色の光とともに、変化していく。
「ァ……ぁ……」
背はこぶのように盛り上がり、体中から毛を生やしたそれは。もはや人間ではなかった。
「……ァ……」
幽鬼のようにのっそりと動き出したそれは、魔物そのものだった。
その瞳に、意思は無い。理性もない。何もない。
そのうつろな姿は、大召喚師のなれの果て……。
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
王も貴族も召喚師も。なんびとたりとも例外は無い。
ひとたび心が闇に落ちれば、一瞬にして、魔の手は伸びる。
そして魔物となった者は、己の死以外ではその状態を解除できない。
これまでもあった。そんな悲劇が。魔物となった大切な人を。自ら手に掛ける人たちが。
悲劇でしかない。ただ悲劇でしかない、この世界の絶対法則。
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……いきなり大変なことになっていますが、まだ続きます。次の舞台は移って、この国の外になります。魔物となったRも今後、深く関わっていきます。よろしくお願いします! 〈続く〉
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep35 緋色の逃亡者 ( No.38 )
- 日時: 2017/08/25 21:40
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……こんな物語が、極北の地にあったの」
そう、リクシアは締めくくった。
話すうちに、流れだした涙。
きっと自分は、このことを思い出すたびに、涙を流すのだろう。
「……そんな、ことが……」
グラエキアは、驚いたように目を瞠った。
「悪いわね、詰問するみたいな口調で訊いちゃって」
リクシアはううんと首を振る。袖で涙をぬぐいながらも、
「気にしてないから」
そう、答えた。
それを見て、
「袖で涙をふくんじゃない。汚れるだろう。ほら、これ」
呆れたように、フェロンがハンカチを差し出してきた。リクシアは礼を言ってそれを受け取り、流れた涙を拭きとった。
「要は」
と、これまで黙っていたエルヴァインが、口を挟む。
「また、全てやり直しなのか?」
「……そういうことになるわ。でも、旅は、無駄じゃなかったよ?」
たくさんの人に出会って、友達になれた。それだけで、無駄じゃない。
「……そうか」
理解したように、エルヴァインがつぶやいた。
「長い旅だったんだな」
「そうよ。あ、そうそう。そちらはその間、一体何をしていたの? そもそもこの家は——」
リクシアがそう、言いかけた、
——時だった。
石造りの家に、不意に誰かが転がり込んできたのは。
「済まないが、追われている! 匿ってくれないかッ!」
突如現れた赤毛の少年が、そんなことを言いながらもあわてたように辺りを見回した。
しかし、この石の家に。人が隠れられそうな場所などなかった。
グラエキアはため息をつく。
「見えないようにするだけだから、動かないで」
言って、能力である漆黒の鎖を少年に伸ばした。
少年は身を固くしたが、構わず彼女は少年をぐるぐる巻きにする。
「……不可視の黒鎖(インヴィシブル・チェイン)」
そう、彼女がつぶやけば。一瞬でその姿が見えなくなった。
「すごい、すごーい! そんなこともできるんだ!」
リクシアが思わず声を上げれば。
「五か月もあれば上達するのも必至でしょ」
と、軽く返した。
そこへ。
「話すな。たぶん、そいつの追手らしき声が聞こえた」
あたりを警戒しながらも、フェロンがそっと、剣に手をかけた。
「誰だか知らんが助けた命だ。最後まで守らせていただこう」
「了解。私はグラエキアを守るね? だってグラエキア、そんなに動けないじゃん」
リクシアがさりげなくその隣に立てば。
「お人好しは相変わらずのようね……」
グラエキアが、リュクシオン=モンスターの檻に鎖をかけ、見えないようにした。
その様を見て、エルヴァインが忠告しようと口を開ける。
「下手に警戒すると勘付かれるぞ。普通に話——」
「やぁやぁ皆様方。そこに赤いドブネズミが、紛れ込んできませんでしたかね?」
突如、ドアが開け放たれて。
入ってきた、紳士風の男。
とっさのことに、リクシアは対応できない。
エルヴァインが進み出た。
「赤いドブネズミ? 生憎と、僕らは知らない。どんな見た目だ?」
その問いに、男はいやらしい笑みを浮かべて答える。
「その髪は血を浴びたような鮮やかな赤! その瞳は、深い闇の深淵を見たような濁った青! 薄汚い見た目をした、人を人とも思えぬような悪魔ですぞ。忌み子なのですぞ! 私はそれを捕らえに来たのです! 知っているなら情報をいただきたいものですな!」
その言葉を聞き。エルヴァインの瞳に、暗い炎が一瞬だけ、宿ったのが見えた。
彼は感情を押し殺して、言った。
「……時戻しのオ=クロックって、知っているか?」
「は? いきなりなんのことですかな」
「要は」
彼の手が、一瞬で剣の柄に伸びて。
「——腐りきった貴様の時を、純粋だった赤ん坊の時まで戻してもらえと、言っているんだ!」
次の瞬間。
神速で繰り出された抜き打ちが。
男の鳩尾に見事に当たって。
男はがくりと崩れ落ちた。
リクシアは悲鳴を上げる。
「殺したのッ!?」
「いいや、気絶させただけだ」
淡々と言う、口調が怖い。
彼は男を、腐ったゴミでも見るような眼で見た。
「忌み子忌み子と……。そう呼ばれた者の気持ちも知らないで……」
怖いです、エルヴァインさん。
「まぁとりあえず」
場面を仕切るかのように、グラエキアが手を打ち合わせた。
その動きに従って、見えぬ鎖がほどけていく。
そこから現れた少年を、見た。
「よかったら、教えてくれるかしら?」
あなたは一体何者なのか。
しかし、少年は首を振った。
「助けてくれて感謝する。この礼は、いつか必ず」
言うなり、一気に駆け出して。
その場から、風のようにいなくなった。
「……あの人、怪我してた」
リクシアはぽつりとつぶやいた。
走り方が、少し不自然だったのだ。
「私、とても心配……」
名乗らず消えた、苛烈な瞳の。
赤い少年。
一体彼は何者なのか。
なぜ、あんな奴に追われているのか。
なぜ、あんな怪我を負っていたのか。
邂逅は一瞬のことで、何一つわからなかった。
「……とりあえず、消えた奴は置いておくとして」
フェロンが、どうしたもんかと気絶した男を見た。
「こいつ、どうするんだ?」
◆
後日。気絶した男は外国人だったことが判明し、不正入国疑惑で国外に送り返された。
しかし、男の送り返された国の名は、リクシア達を戦慄させるに足る国の名だった。
その国の名は、ローヴァンディア。
この国バルチェスターの、東に位置する国。
その国は。
—— 一年前の春。ウィンチェバル王国を侵略して壊滅したはずの、武力で以て世界に名をとどろかす、脅威の大帝国だった——。
ローヴァンディア。悪夢の亡霊が、現れた。
動乱の時は、近い。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep36 帝国の魔の手 ( No.39 )
- 日時: 2017/08/26 21:50
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆
「アル!」
その声に、赤い髪の少年は振り返った。
視線の先には、橙色の髪の少年。
「こっちだ、こっちへ逃げろ!」
その少年は、アルと呼ばれた少年の腕を、大きく引っ張った。
「強引で済まない!」
そして、ある家の中へと転がり込んだ。
アルと呼ばれた少年は、橙色の髪の少年の名を、小さく口にした。
「……アリオン」
「無事でよかった」
「……無事ではないが、な」
言って、彼は右脚にそっと触れた。そこからはまだ真新しい血が、流れだしている。
彼は纏っていた衣服を細く裂いて、包帯代わりにして傷口に巻きつける。
それを見て、アリオンが、心配そうに尋ねた。
「……また、怪我したのか?」
「仕方ないだろう、追われていたんだ。運よく匿ってくれた人がいたが……」
赤い少年は、首をひねった。
奇妙な鎖使いと、燃える瞳の銀剣士。
そして白い髪の少女と、顔の半分に大怪我を負った少年。
不思議な取り合わせだなと思った。
「……アル?」
「悪い。考え事をしていただけだ。で、なぜお前がここにいる」
「帰ってこないから心配してな」
「お前よりもクルールの方が適任だったろうに」
「だって俺、相棒じゃん」
笑うその瞳には、何の屈託もない。
赤い少年は溜め息をついた。
「みんなはいつものところにいるんだな?」
「状況が落ち着いたら行こうぜ」
言って手を差し出すアリオンを。鬱陶しそうに追い払う。
「これくらい、大したことない。手を借りずとも動けるぞ? この足で、ずっと走ってきたんだ」
払って彼は、暗闇を見つめる。
「……嫌な予感がする……」
◆
この頃空気がピリピリしている。なぜか皆、殺気立っている。
グラエキアとエルヴァインの石造りの部屋に、木を削る音と話し声が響いた。
ちなみに今いるのはリクシアとフェロン、グラエキアの三人だけで、エルヴァインは鎖のせいで動けないグラエキアのために、買い物に出ている。
「ローヴァンディアかぁ……」
呟くリクシアの声の合間を。
シャッシャッシャ。木を削る音が通り過ぎる。
「ねぇ、フェロン。どう思う?」
「何が?」
木を削りながらも、彼は眼を上げずにそう返した。
一本の細くて長い木の棒が、少しずつ形を整えられて、何かになっていく。
リクシアは、疑問を口にした。
「この国も、攻めてくるのかなぁ。いつしか、ウィンチェバルを攻めた時みたいに」
この国バルチェスターは、ウィンチェバルほどではないが、栄えている国である。それが今まで攻めてこられなかったのは、国の有する強大な防衛力のおかげだ。
この国にやってきてからもう、五月は過ぎる。
そこはもはや、リクシアにとって。新しい居場所となっていた。
さあな、とフェロンは返す。
「わからない。しかし、奴がローヴァンディアからの間者となると……。もしかしたら、戦争が起こるのかもしれない」
「でも、主力軍は壊滅したはずだよ? 兄さんが、滅ぼし、て……」
あの喪失感を思い出し、リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
そこへ。
「ちょっといいかしら?」
グラエキアが話に割り込んだ。
その手には、相変わらずの黒き鎖が、まるでアクセサリーのように巻きつけられている。その鎖は、檻の中のリュクシオン=モンスターを縛る鎖であり、同時に彼女自身の自由をも縛る、諸刃の縛鎖(ばくさ)である。
彼女はそんなことは一切気にしていないように、言った。
「私、エルヴァインに手伝ってもらって、少し調べたのよ。で、ある噂を聞いたの」
ヴィーカを覚えているかしら、と彼女は尋ねた。
「ほら、私たちが始めて共闘した町。信仰によって災厄が引き起こされ、町全体が魔物化した町」
リクシアはうなずいた。
「あの戦いで、エルヴァインが私たちを助けてくれたのよね? でも、自分たちが逃げるのが精いっぱいで、とてもじゃないけど、魔物をすべて狩ることはできなかった……」
「その通り。でも、今ヴィーカに行って御覧なさい。町はもぬけの殻よ」
「え? それってつまり、どういうこと? 魔物化した人々は、どこへ行っちゃったの?」
「あくまでも私の仮説にすぎないけれど。……目撃者もいたみたいだし」
彼女はそう、前置きした。
木を削っていたフェロンも。つとその手を止め、耳を澄ませた。
グラエキアは、言った。
「ローヴァンディア、あの帝国は。魔物を兵士として、使っているらしいわ」
「…………ええっ!?」
リクシアは悲鳴を上げた。魔物が兵士? あの、理性も知性も何も失った、魔物が兵士!?
「ありえないわ! 魔物は誰にだって制御できない……!」
「できるらしいわよ、何らかの方法で」
グラエキアが、無情な言葉を紡いだ。
「商人が見たことがあるんだって。ローヴァンディアを、兵士とともに闊歩する、魔物の姿を。でも、それなら矛盾が発生しないのよ。消えた、魔物化した町人たち。魔物の兵士。ヴィーカの魔物は兵士にされた。だから町からいなくなった。……筋は通るでしょう?」
「あり得ないわ……」
リクシアは思わず頭を抱えた。
魔物は誰にだって操れない。それが、常識だったのに。
だからこそ、人は恐れた。心を食われ、魔物になることを。
——なのに。
ローヴァンディアは、魔物を操る技術がある? ならば、魔物化した兄さんは——
「大丈夫よ」
リクシアの心を読んだかのように、グラエキアが微笑んだ。
「この鎖がある限り。あなたの兄さんには、指一本触れさせないわ」
「……ありがとう」
戦争になるな、とフェロンがつぶやいた。
「これはまずい事態だ。魔物を操れるとなれば、戦場に出た兵士を待ちうける家族も」
戦争があれば人が死ぬ。人が死ねば、その親しい人は魔物になる可能性がある。そしてその人が魔物になったことに絶望した他の人々も——という風に、魔物化は連鎖的に起こる。
魔物は本来なら戦争中の両陣営にとっての脅威だが、それを操れるとなれば。
フェロンのこめかみを、汗が伝う。
「……泣くなよ、リア」
この先は地獄だ。
彼は、そう言うので精一杯だった。
「……わかった」
リクシアは硬い表情でうなずいた。
これはあくまでも私のだした仮説にすぎないけれど、とグラエキアは石の天井を仰ぐ。
「でも、こうしないと筋が通らない……。私、今まで自分の立てた仮説には自信があったけれど。……こんなにも、外れてほしいと思ったことは初めてよ」
しかし、それを嘘だと言える、確証はなくて。
重くなった空気。
それを、崩すように。
「ほら」
フェロンが、先ほどまで削っていた木の棒を、リクシアに放り投げた。反射的にリクシアはそれを受け取る。
「フェロン、これって……」
リクシアが受け取ったそれは、一本の杖だった。前の杖はリルフェリア戦で折ってしまったから、しばらくリクシアは杖無しだった。
「折ったと聞いたから、作り直した。……今度こそ、折るなよ?」
前の杖を作ってくれたのもフェロンだった。それを思うと、いつもフェロンに迷惑かけっぱなしだな、と済まない気持ちが湧きあがってくる。
「ごめん……ありがとう」
「謝ることじゃない。でも、これならば戦えるだろう。魔力のこもったイチイの枝だ」
それを受け取って。リクシアは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、戦える」
その言葉を聞いて、フェロンはにやりと笑った。
「その意気だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どーも、藍蓮です。
ようやく章のタイトルらしくなってきた36話です。序盤に出てきた赤髪の少年たちも気になるところですねー。赤髪の少年については、あえて通称のみにして本名を明かしてはいませんが。彼らは一体何なのか? 物語は続きます。
グラエキアの立てた驚愕の仮説! 暗躍する少年たちと、迫る帝国の魔の手!
次の話に請うご期待!
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep37 絡み合う思惑 ( No.40 )
- 日時: 2017/08/27 14:31
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=612.png
グラエキアの絵を描きました。それなりの自信作です。
URL貼りましたので、良かったら見ていってくださいな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エルヴァインは、町を歩いていた。
グラエキアに頼まれた、買い物をするためだ。
「なになに……ああ、食材調達か」
渡されたメモを見直して。
「そう言えば、あの家に住み始めてからもう三月か……」
そんなことを呟いた。
あの石造りの家は、最初は空き家だった。そのころは、自分たちも、意味もない放浪はやめて、「拠点」を作るべきだという結論に達した。
しかし、空き家になって随分経つその家は、人が住めるようになるまでにはかなりの時間が要りそうだった。
ちょうどその頃、魔物がこの町を襲ってきた。エルヴァインは、いともたやすくそれらを撃退し、町長から報酬をいただくことになった。そこで彼は提案した。
『あの家を住めるような状態にしてほしい』
そしてその提案は受け入れられ、現在にいたる。
その次の月にグラエキアによってリュクシオン=モンスターは確保され、町に平和が訪れた。
「っと、そんなことより……」
彼は手元のメモを見る。グラエキアの繊細で流麗な文字で、必要事項のみが書いてある。
「小麦と卵とバター……。このあたりにあったはずだな」
呟いて、路地を曲がった、時。
長年培ってきた戦闘の勘が、
「——ッ!」
危険を察知して、
彼を後ろに跳びすさらせた。
彼が一瞬前までいた場所に、ぎらりと凶悪に光る刃が突き出された。
一瞬、彼のこめかみを汗が伝った。
「……何者だ」
抑えた声で、闇に問うた。
すると、現れたのは。
「今度こそ、逃しませんよ? 借りは返させていただきます」
先日、彼がぶちのめした、ローヴァンディアの男だった。
生憎と、今日は剣を持ってきていない。
失態だ。
彼は思わず苦笑いした。
これまで剣で戦ってきた自分に、無手で戦えと?
しかし、それでも彼は不敵に笑った。
忌み子の力を呼び覚まし、己の身体に闇を纏う。
死ぬよりはマシだ。生き延びてやる。苦しみがその後に待っていても。
吹きあがる闇が、力を与える。
その手に握られたのは、闇で作られた剣。
「……忌み子……」
呟いた男に。
彼は、渾身の一閃を叩き込んだ。
◆
——ローヴァンディア、王宮——。
「時が来た」
ローヴァンディア皇帝ヴォルラスは、そう重々しく呟いた。
「今こそ、我が国土を広げるときが! アロン、『部隊』の用意はできたのだろうな?」
「はっ、陛下」
皇帝の言葉に、アロンと呼ばれた暗赤色の髪の男はひざまずく。
「宣戦布告ならいつでも。我が部隊は、準備万端でございます」
「ならやれ」
皇帝は、命じる。
世界に、宣言する。
「ローヴァンディアは、只今より! 軍の矛先をバルチェスターに定める! これを以て、宣戦布告と成す!」
避けられない、戦争が。
悲劇しか生まない、戦争が。
開戦の火蓋を、切った。
◆
「エルヴァイン、遅いわね」
「確かに遅いね。何か……あったのかな?」
「僕が捜しに行っても構わないが。……って、珍しい。剣を忘れているな」
「行かないでもらいたいものだわ。エルヴァインは心配ですけど……。あなたがいなくなったら、誰が近接戦闘をやるの?」
「私、棒術の心得があるよ?」
「止せ、リア。新しい杖をまた折るつもりか」
「折らないよ?」
「可能性があるからやめろと言っているんだ!」
「……喧嘩はやめてくれないかしら?」
彼女たちは、まだ知らない。
事態は既に、動きだしてしまったことを。
仲間の帰りを待つだけの、彼女たちは、知らない。
戦争は、すでに始まっていることを——。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
話が急展開になってきた……。
どーも、藍蓮です。
今回は割と短めです。2000字未満って、最近は珍しい……。
揺れる王国バルチェスター。宣戦布告を受け、物語はどう進むのか。
次の話に、請うご期待!
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep38 再会は暗い家で ( No.41 )
- 日時: 2017/08/28 17:14
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
エルヴァイン編。
リクシア達は出てきませんが。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「これを取れ!」
戦っている最中、不意に声がして。
エルヴァインは、反射的に、飛んできたものをつかみ取った。
——それは、一振りの剣だった。
「誰だか知らんが礼を言う!」
応え、闇でできた剣を投げ捨てた。
身体中から、闇が収束していく。
この力は、使わないに越したことはない。
彼を助けた人物は、それをわかっていたのだろうか?
否、それはないだろうなと内心で首を振る。
——とにかく、助かった。
剣を持ったエルヴァインに、負けの二文字はあり得ない。
今度こそとどめを差してやろうと、その剣を構えた。
男は剣の飛んできた方向を見て、舌打ちする。
エルヴァインにもちらりと見えた、橙の髪。
「……なるほど、非国民ですか」
言うなり男は、その方向へと駆け出そうとする。
その進路をふさぐように、エルヴァインが立った。
「……行かせるか」
「邪魔しないでいただきたい。私はごみを処分するだけ」
「生憎と。助けてくれた人を見殺しにするほど、僕は人間やめてない」
エルヴァインが男を睨むと、男は小さくため息をついて。
「……次こそ、あなたの命をいただきます」
そう、捨てゼリフを残して、いなくなった。
途端、這い上がる闇。
彼は思わず膝をついた。
投げ捨てられた闇の剣から、闇が触手のように伸びてくる。
「……消えろ」
念じたが、それは消えない。
這い上がる痛み。食われる感触。
「——消えろッ!」
「……あんた、大丈夫か?」
と。先ほどの橙が、彼に駆け寄って、立ち上がれるように手を伸ばした。
それを見て、気づいたかのように、エルヴァインは剣を返す。
「……助かった。が」
疑問に思うことがあるのだ。
——わが身。
闇に冒された醜いわが身を。見ても驚かないのか。
「……あんたは、僕を化け物と、呼ばないんだな」
「助けてくれたんだし、当然だろう? 恩人を忘れるなってアルが言ってた」
「……助けた? 僕が?」
エルヴァインは首をかしげた。見たことのない顔だ。
橙の少年はあわてて首を振り、違う俺じゃないと否定した。
「赤い少年! アル! あんたが助けてくれたんだろう?」
「……ああ。あいつ、か」
思い出して、小さく呟いた。
何かに追われているみたいだった、苛烈な瞳の赤い少年。
「あんたは……あいつの、仲間か」
「そうだぜ? 俺たちはレジスタンスなんだ」
「……レジスタンス?」
何かに反抗する組織の総称だ。
そういえば、あの男が「非国民」とかぬかしていたか。
「よかったら、拠点に招待したいんだがな。……立てるか?」
手を差し出す。エルヴァインはそれに掴まり、なんとか立ち上がった。
闇は収束していったが、一部、左腕に残った闇が、痛みで彼を苛んだ。
「……大丈夫か? 具合悪そうだぞ?」
心配そうに訊く橙の少年に。
「……いつものことだからな」
軽く返して。
「しばらくこれを借りたいが、いいか?」
放られた剣を指して訊ねた。
「いいぜ? 実は俺、剣じゃなくて飛び道具専門なんだ。剣はまぁ……護身のためだな。全然使えないけどな。ところで、あんたは腕利きなのか? というか、良かったら名前を教えてもらえないか? 俺はアリオン。あんたは?」
名乗るべき名は、一つしか持っていない。
「エルヴァイン・ウィンチェバル。ウィンチェバル王国一の剣士だ」
国が滅んでも。その名乗りは変わらない。
ウィンチェバルの名を聞いて一瞬、アリオンの顔が暗くなったのは気のせいだろうか?
「ま、とにかく。拠点に行こうぜ。案内してやる。あと……具合が悪くなったらすぐに、言うんだぞ?」
心配症だなと思いつつも。彼はアリオンについて行った。
本来の目的は、頭から抜けてしまっていた。
◆
コンコン。ある、何の変哲もない家のドアを、アリオンが叩いた。
コン……コンコン! コンコン! コン。リズムを刻むみたいに、独特に。
中から暗い声が聞こえた。
「合言葉は?」
「抗うは平和のために」
「……アリオンか、入れ」
ただいまー、と声をかけて、気楽に彼は中へ入っていく。
一瞬逡巡したが、そのあとにエルヴァインも続く。
「……邪魔をする」
その途端。
神速で首に突き付けられた剣。
炎のように赤い髪が、宙を舞った。
「……貴様、どこから入った」
首に剣を突き付けられて。一瞬、エルヴァインは息を詰まらせた。
その後ろから。
「俺が連れてきたんだよ、恩人さん。困ってたから、助けて、それで」
橙色のアリオンが、困ったように頭を掻いた。
その言葉を聞いて、赤い少年は剣を引いた。
「勝手な行動をするなと、言っているだろう」
呆れたように溜め息をついて。少し足を引きずりながらも、扉を閉めた。
そこまでして、ようやく中の様子をうかがう暇ができた。
薄暗い屋内の人間は、主に少年少女で構成されていた。
「紹介する、恩人」
赤い少年はそう言って、不敵に笑ったのだった。
「ようこそ、『反戦派』拠点へ。僕は『反戦派』リーダーのアルヴァト。恩人であるあなたを歓迎する」
それが、物語の鍵を握る少年とエルヴァインとの、出会いだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
明かされた「赤い少年」の名。謎のレジスタンス。
物語は続きます。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep39 悪辣な罠に絡む意図 ( No.42 )
- 日時: 2017/08/28 18:46
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆
「ねぇ、やっぱり心配だから」
グラエキアが、口を開いた。
エルヴァインは、あれからずっと、戻っていない。
彼が買い物ごときで、こんなに時間を取るはずがないのに。
「フェロンはここにいてもらうことにする。だからあなた、行ってくれない?」
指名されたのはリクシアだ。それが一番合理的に思える。
リクシアはうなずいた。
「わかった、私、探してくる!」
フェロンの作ってくれた杖を持って。
本当は、エルヴァインの忘れた剣も持って行きたかったけれど……。悲しいかな、非力な魔導士は、剣みたいに重い物を、そう簡単には持てないのだった。
「じゃ、みんなはここで待っていてね!」
リクシアは外へ飛び出した。
グラエキアはその様を眺めながらも、忌々しげに、自分の手に巻きついた鎖を見た。
その先につながるは、リュクシオン=モンスター。
これがある限り。彼女は仲間を助けに行けない。
本当は、自分が行きたいのに。
「ああっ、もうっ!」
苛立ってその鎖を引っ張れば。魔物が抗議の声を上げた。
「落ち着け、アリアンロッド」
フェロンが静かな声で彼女をなだめる。
「リクシアならうまくやるさ。今は信じるしかない」
「……そう、よね……」
グラエキアは、エルヴァインよ無事であれと、静かに願った。
◆
アルヴァトと名乗った赤い少年は、エルヴァインに話した。。
「ローヴァンディアは、戦争を起こそうとしている。それに抗うために結成された組織が、僕ら『反戦部隊』だ」
ここはその拠点の一つ、だという。
「僕が追われていた理由は簡単……。あの国では、戦争を否定する人間は罪人に等しい。だから、迫害から逃れ、それでも戦争の被害を何とかしたかった僕らは、この国バルチェスターに流れついた」
「で、今はこうして、隠れながらもなんとか暮らしつつ、ローヴァンディアの動向を探っているってわけ」
アリオンが会話に割り込んだ。
「アルヴァト様が生きておられて、ようございました」
安堵の息をついたのは、白髪の混じり始めた初老の男性。
彼は胸に手を当て、きっちりとお辞儀をした。。
「紹介いたしましょう。私はクルール。『指導者』アルヴァトの、補佐を務める者であります。以降、お見知り置き下さい」
エルヴァインは、軽く会釈してそれに返した。
場所は、何の変哲もない家。
アリオンによって連れてこられた、『反戦部隊』の拠点の一つ。
買い物の途中、あの男に襲われて、アリオンが剣を投げてくれたことで、事なきを得た。
エルヴァインは、用事を思い出した。
単刀直入に聞く。
「で? 概要は理解した。僕に何の用だ? こちらも暇ではない」
「承知の上だ。忠告と、警告を」
「それを先に言え」
「悪かったか?」
「暇ではないと言っているだろう」
その、どこまでも他者を拒絶する態度に。自分に似たようなものを感じながらも。アルヴァトは口を開く。
「……ローヴァンディアがバルチェスターに宣戦布告した話を、知っているか?」
……エルヴァインは、驚かなかった。
それはまだ、あまり巷間(こうかん)に流布していない話なのに。
彼は、落ち着ききった口調で問うた。
「……それが?」
「驚かないのか?」
「予測できたことだろう。で、忠告と、警告とは」
その淡々とした態度を、鏡を見るような気持で眺めながらも。
仲間である『諜報のララ』が聞いた話を、アルヴァトは話す。
「ローヴァンディアとは、関わるな」
「……理由は」
「あれは大きな戦争になる。あんたら、ここの国民じゃないだろう」
それは、彼が『ウィンチェバル』を名乗った時点で、割れていた話。
「それがどうした」
「関係ないのなら、逃げろ」
その、親切からなる言葉を。
エルヴァインは、冷笑でもって返した。
「逃げるなんてお笑い草だね、馬鹿なことを」
言って、席を立ちあがる。今度こそ剣をアリオンに返す。
「それが忠告だというのならば解りきっていることだし、余計だったな」
「……警告は、聞かないのか」
「聞いておくか。何だ」
「……ローヴァンディアは、魔物を軍に組み込んでいるらしい」
返答に、つと、間があった。
「……地獄や逆境なんて、歓迎してやるさ」
世話になった、助けてくれて感謝する。
言って、彼は足早に『拠点』を出た。
頭の中には様々な考えがぐるぐるしていたが、とりあえずは当初の目的を果たそうと、小麦とバターと卵を買いに、町を歩いた。
◆
「エルヴァイン〜?」
町を歩きながらも、リクシアは首をかしげる。
小麦とバターと卵の通りに出た。ここに、いないはずがないのに。
「どこ行ったの? グラエキア、心配してる」
きょろきょろしながら歩く彼女。
— — — — そ の 、 口 を 。
「 ! ? 」
「騒ぐと殺すぞ! 俺に従え!」
不意に、何者かが押さえつけて。
抵抗もできず、驚愕に目を瞠るリクシア。
彼女を押さえつけた男は、獰猛に笑った。
「お前を利用して、『反戦部隊』の一味をあぶりだす」
だから、大人しくしてろよ——。
言って、男は彼女を殴り、気絶させて。
持ってきた大きな麻袋に詰めて、町の外に出る。
そこには一頭の馬が、とめてあった。
「おりゃっ!」
男はそれに、担いだリクシアごと飛び乗ると、片手で手綱を操作して、町からぐんぐん離れていく。
(小娘にゃ悪ィが、これは仕事なもんでね)
出した手紙に、思いを馳せる。
(今頃、あの石の家のお嬢ちゃんは。どんな顔をしているかねぇ)
そんなことを思いながらも。
かくしてリクシアは、拉致された。
◆
「悪い、グライア。襲われて」
「遅い!」
買い物を終えて帰ってきたエルヴァインを、グラエキアは大きく怒鳴りつけた。
「一体どこで油を売っていたのよ! あなたがもう少し早く帰っていれば……!」
その手に握られていたのは、一通の手紙。
見れば、フェロンもいなくて。
「……何が、あった?」
嫌な予感を感じて、問うてみれば。
彼女は彼の頬を、女の細腕で目いっぱい張った。
バチーン! 鋭い音。華奢なエルヴァインは、その衝撃で、吹っ飛ばされこそしなかったが、思わず倒れた。
グラエキアは、泣いていた。
「……リクシアが、誘拐されたの」
くしゃくしゃになった手紙を、彼の前にバンと広げる。
「明後日の明朝殺すから、その前に『アルヴァト』を差し出せと。『アルヴァト』って誰? わからない人を差し出せと言われたって……。だからフェロンは、『埒があかない』って言って、ここに書かれた場所に単騎で飛び出したわ。動けない私は、何もできない……」
エルヴァインには、わかった。この『アルヴァト』が、誰を指すか。
そして、その手段の悪辣さに、はらわたが煮えくりかえるような思いがした。
「ローヴァンディアのクズどもがッ!」
——その背に。何もないのにいきなり、黒い闇が噴き出した。
「……エルヴァイン?」
グラエキアの心配げな瞳に、押し殺した声で、彼は語りだす。
机の上に忘れてあった剣を、腰に身につけて。
「……僕は決して、くだらないことで油を売っていたわけじゃないんだ」
そして、気づく。今日、あの男が自分を見逃したのは、意図的なことだったのだと。
——そこまで、『反戦部隊』が、憎いか。
吹きあがる闇と黒い感情を落ち着かせ。彼はできる限り静かに、冷静に。起きたことを語りだした。
「あれは、買い物をしようと町を歩いていた時のことだ。不意に殺気を感じて……」
このことを話したら。アルヴァトは。自分によく似た赤い指導者は。どんな反応をするだろうか。やはり静かに怒るだろうか。
けれど、わかっていることが一つある。
アルヴァトは。鏡写しの自分は。自分なら。
この事態を傍観なんて絶対にしない。十中八九、自ら死地に出向くであろうことを。
そもそもがここに逃げ込んだ彼の責任ならば。彼は自ら、その責を負おうとするだろう。——自分なら、間違いなくそうする。
そうすれば、きっとリクシアは助かるだろう。しかしアルヴァトが無事であるという保証はどこにもない。だが、彼を頼らなければ、リクシアが殺されるのは必至だろう。……世の中、甘くないのだ。
そして、エルヴァインが、アルヴァトかリクシア、どちらを選ぶかと聞かれれば、彼は絶対にリクシアを選ぶ。彼女は「ゼロ」だった自分を元に戻してくれた、恩人だから。
それに、単騎で突撃したというフェロンのこともある。彼は普段は冷静だが、妹のように可愛がっていたリクシアに異変が起きたことで、完全に激怒して見境がなくなってしまったようだ。こっちも救出対象だろうか?
それでも。
アルヴァトの、苛烈な瞳が脳裏に浮かんだ。
決して折れない、不羈(ふき)の瞳。
宿り激しく燃え上がる闘志。
自分とよく似た、鏡写しの「赤色」。
失いたくはない人間だが、失うように選択せざるを得ない現状を憎み、悔しがって。
物語を語りながらも。エルヴァインは腰の剣を、皮膚が白くなるまで固く、握りしめるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
動乱の一話です。
明かされたレジスタンスの物語、さらわれた少女……。
メインメンバーが入れ替わり、次は一体どう続くのか。
陰で糸引く帝国、ローヴァンディアの真意とは!? 始まった戦争の行方は?
不穏さ漂う39話。
40話に、ご期待下さい……。
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