ダーク・ファンタジー小説
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- 【不定期更新……】カラミティ・ハーツ 1 心の魔物
- 日時: 2017/09/17 14:49
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
目次(随時更新)
(章分けをし、一部形式変更)
第一章 始まりの戻し旅 >>0>>3-7
Ep1 心の魔物 >>0
Ep2 大召喚師の遺した少女 >>3
Ep3 天使と悪魔 >>4
Ep4 古城に立つ影 >>5
Ep5 醜いままで、悪魔のままで >>6
Ep6 悔恨の白い羽根 >>7
第二章 訣別の果てに >>8-11>>14
Ep7 ひとりのみちゆき >>8
Ep8 戦いの傷跡 >>9
Ep9 フェロウズ・リリース >>10
Ep10 英雄がいなくても…… >>11
Ep11 取り戻した絆 >>14
第三章 リュクシオン=モンスター >>15-17
Ep12 迫る再会の時 >>15
Ep13 なカナいデほしいから >>16
Ep14 天魔物語 >>17
第四章 王族の使命 >>18-25
Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」>>18
Ep16 亡国の王女 >>19
Ep17 正義は変わる、人それぞれ >>20
Ep18 ひとつの不安 >>21
Ep19 照らせ「満月」皓々と >>22
Ep20 常闇の忌み子 >>23 (※長いです)
Ep21 信仰災厄 >>24
Ep22 明るいお別れ >>25
第五章 花の都 >>26-36
Ep23 際限なき狂気 >>26 (※長いです)
Ep24 赤と青の救い主 >>27
Ep25 極北の天使たち >>28
Ep26 ハーフエンジェル >>29
Ep27 存在しない町 >>30
Ep28 善意と掟と思惑と >>31
Ep29 剣を取るのは守るため >>32 (※長めです)
Ep30 青藍の悪夢 >>33 (※非常に長いし重いです)
Ep31 極北の地に、天使よ眠れ >>34 (※長めで重いです)
Ep32 黄金(きん)の光の空の下 >>35
Ep33 忘れえぬ想い >>36
第六章 動乱のローヴァンディア >>37-49
Ep34 予想外の大捕り物 >>37
Ep35 緋色の逃亡者 >>38
Ep36 帝国の魔の手 >>39
Ep37 絡み合う思惑 >>40
Ep38 再会は暗い家で >>41
Ep39 悪辣な罠に絡む意図 >>42
Ep40 鏡写しの赤と青 >>43
Ep41 進むべき道 >>44
Ep42 想い宿すは純黒の >>45
Ep43 それぞれの戦い >>47
Ep44 魔物使いのゲーム >>48
Ep45 作戦完了 >>49
第七章 心の夜 >>50-55
Ep46 反戦と戦乱 >>50
Ep47 強制徴兵令 >>51
Ep48 二人が抜けても >>52
Ep49 嵐の予感 >>53
Ep50 Calamity Hearts >>54 (※非常に長いし重いです)
Ep51 明けの見えぬ夜 >>55
第八章 時戻しのオ=クロック >>56-
Ep52 巻き戻しの秘儀 >>56
Ep53 好きだから >>57
はじめまして、藍蓮と申します。ファンタジーしか書けない症候群です。よろしくお願いします。
あるゲームのキャラクター紹介から想を得た、設定はそこそこ作ったとある物語の、プロローグを掲載しました。続く予定です。
それではでは。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
「魔導士部隊、位置に着け!」
高らかに響くラッパの音。リュクシオンは隣を見た。
「ついに来ましたね、この時が」
「ついに来たな、総力戦が」
彼の隣に立っているのは、この国の王。王は難しい顔をして、リュクシオンに言った。
「リューク、いけるな?」
「はい、あと少しで準備ができます。しばしお待ち下さい」
「頼りにしてる」
この国、ウィンチェバル王国は、小さい割には資源が豊富だ。ゆえに、これまで多くの国々から狙われ、侵略されてきた。それをすべて退けられたのは、ひとえにこの国の魔導士部隊のおかげである。
それなりの侵略ならこれまで何度かあったが、今回のは規模が違う。
まだ肌寒い季節だ。リュクシオンはマフラーに顔をうずめながらも、考える。
(よりによって、ローヴァンディア、あの大帝国だと? 桁が違う。だからこそ、僕は……!)
願った。「力を」と。状況すべてを打破する力をと。何もできない自分が嫌で。国が侵略されていくのを、見ているだけしかできなくて。その思いは日増しに強くなり、内側から彼を苛み続けた。
そして、その願いは、叶った。理由はわからない。ただ、ある時から急に、召喚術が使えるようになった。
リュクシオンは神を信じない。信じても無駄。助けは来ない。そんな世界に生きてきたから。
しかし、彼に起きた奇跡は。何もできなかった彼が、急に「力」を手に入れた理由は。神の御業というよりほかになかった。
そして今、彼はここにいる。その力を見初められ、王の側近として、ここにいる。力がなければ、決して昇りえぬ地位に。望んでこそいなかったが、決して悪くは無い地位に。
——だから、利用させてもらうよ。
この状況を打破できる、唯一無二の召喚術。国を守るために過去の文献をあさり、そして見つけた、とある天使の召喚呪文。
それの発動には、長い長い準備が要った。リュクシオンは寝る間も惜しんで準備し続け、ついに、術の完成が迫る。
——国を守りたい。思いはただ、それだけなんだ。
そして——。
太陽が、月に食われた。
日食だ。しかも、皆既日食だ。昼の雪原はあっという間に闇に閉ざされ、凍える寒さが人々を打つ。
「——今だ!」
リュクシオンは声を上げた。突き出した手に、集まる魔力。
皆の視線が、彼に集中する。
「現れよ——日食の熾天使、ヴヴェルテューレ!」
神の域にさえ達したとされる究極の天使が今、リュクシオンの「仕掛け」に導かれ、彼の敵を滅ぼすため、外へと飛び出す——!
が。
——崩壊は、一瞬だった。
「あれ……うそだろ……」
白い、白い光が視界を埋め尽くした。天使はこの世に顕現した。そこまでは構わない。
だとしても。
——この、目の前に広がる無数の死体を。一体どう説明すればいい?
見知った顔。あれは魔道師のアミーだ。あっちは友人のルーク。
——さっきまで隣にいた、リュクシオンの王様。
みんなみんな、死んでいた。敵味方の区別なく。リュクシオン以外、皆殺しだった。死んだその目には恐怖の色があった。
——国が、滅んだ。守ろうと、あれほど力を尽くした国が。リュクシオンの王国が。守りたかった全てが。
リュクシオンの、積み重ねてきたすべてが。
存在意義が。
「……あ……嗚呼……ぁぁぁぁ嗚呼ああ嗚呼あ!」
地にくずおれ、獣のように咆哮する。
——天使は、破壊神だった。
確かに相手も全滅したが、彼が望んだのはこんなことじゃない。こんなことなんかじゃ、ない。
平和を。愛する国に平和を。そう、心から思っていた。だからこそ、力を望んだ。愛するものを、国を、守る力を。
——コンナコトジャナカッタ。
絶望に染まる召喚師の頬を、涙が伝った。赤い、紅い、赫い。血の色をした、絶望の涙が。
「ア……アア……ァァァアアアアアアアアアア!」
壊れた機械のような声とともに、彼の世界は崩壊した。
「ァ……ァぁ……ァぁァぁァぁァぁァぁァ…………」
その身体が、闇色の光とともに、変化していく。
「ァ……ぁ……」
背はこぶのように盛り上がり、体中から毛を生やしたそれは。もはや人間ではなかった。
「……ァ……」
幽鬼のようにのっそりと動き出したそれは、魔物そのものだった。
その瞳に、意思は無い。理性もない。何もない。
そのうつろな姿は、大召喚師のなれの果て……。
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
王も貴族も召喚師も。なんびとたりとも例外は無い。
ひとたび心が闇に落ちれば、一瞬にして、魔の手は伸びる。
そして魔物となった者は、己の死以外ではその状態を解除できない。
これまでもあった。そんな悲劇が。魔物となった大切な人を。自ら手に掛ける人たちが。
悲劇でしかない。ただ悲劇でしかない、この世界の絶対法則。
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……いきなり大変なことになっていますが、まだ続きます。次の舞台は移って、この国の外になります。魔物となったRも今後、深く関わっていきます。よろしくお願いします! 〈続く〉
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep20 常闇の忌み子 ( No.23 )
- 日時: 2017/08/10 23:00
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
過去最高傑作です!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
襲い来た魔物。取り囲まれて。
これまでにない、戦いが。
始まった。
「やあッ!」
魔物の一体を、フィオルの「シャングリ=ラ」が薙いだ。そうして生まれた隙を突かんとした魔物を。
「させるかッ!」
己の身を悪魔と変えたアーヴェイの、禍々しい爪が切り裂く。
「兄さん、ほどほどにしなきゃ、完全に悪魔になっちゃうよ!」
「自分の心配でもしてろッ! やられそうになったくせに」
フィオルの心配をさらりと受け流す。
今のところ、援護は必要なさそうだ。この二人は、いつだって二人だけで完結してしまう。
リクシアは、前の敵を見た。
「はッ!」
フェロンの剣が、きらりと閃く。ダメージを受け、ひるんだ敵に。
「烈風の刃!」
リクシアの魔法と。
「チェイン!」
グラエキアの漆黒の鎖が、次々と襲いかかった。
倒された魔物は人間になり、うつろな死に顔をさらしている。
「ああッ! もう、嫌ッ!」
それを見るたびに。リクシアは、己が殺人犯になったような錯覚を覚える。
倒しているのは魔物なのに。やられた死骸は人間の姿。
当然だ、どんな魔物だって。元は人間だったのだから。
「惑うな、リアッ!」
フェロンが剣で、敵を薙ぐ。
「今この状況で、惑ったら死ぬぞ! 気を強く持て! 嘆くのは後からだッ!」
そう言うフェロンも、無傷ではない。
攻撃のかすった痕。よけきれずに受けた傷。
と。
「——ッ!」
傷だらけの半貌が、新たな傷を受けて赤く染まった。
「フェロン!」
「大事ない! それより後ろだッ!」
「え——」
気が付いたら、背後に迫った新たな魔物。
あ。まずい。
と思ったら。
「手間かけさせないでくれるッ!」
グラエキアの漆黒の鎖が、魔物の首を一瞬で絞めた。
リクシアは気を締めなおして、新たな呪文の詠唱にかかる。
(それにしたって、何と言う数!)
これまで倒した魔物の数は。軽く十を下らない。
魔物が単独で襲いかかることはよくあった。だから、単独ならば、問題はない、けど。
(グラエキアは、『ここの住民は皆魔物化した』と言っていた。そしてここは中規模の町。中規模の町なら少なくとも——!)
導き出したのは、絶望的な数値。
「…………千」
最低でも、千人くらいはいる計算になる。
今。ようやく十を倒しただけでも。こんなにへとへとなのに——。
「すべてを倒すなッ! オレたちが突破口を開くッ! 逃げるぞッ!」
アーヴェイが叫んだ。確かに、全てを相手にするなんて、現実的じゃない。
でも。
見過ごせない問題が、ある。
見過ごさなければならないと、知っていても。
私は、リクシアだから。
「ねえッ!」
一点突破を狙った彼らに。己の甘さを全開にして、問うた。
「逃げるはいい。逃げなきゃ死ぬもん! でもさ、でもさぁ! 私たちが逃げたら、この魔物たちはッ!? 野放しにするのッ? そうしたらまた、悲劇が——!」
「英雄気取りもほどほどにしなよッ!」
フィオルが厳しい表情でリクシアを睨んだ。
「全員を救えるわけじゃないんだ。今更甘えないでくれるッ! 僕らはね、シア」
真剣な思いを宿した瞳が、燃え上がる。
青く碧く。どこまでも蒼く。
「自分の命を守るだけで、精一杯なんだよッ! 烏合の衆なんてほっとけばいいッ! そんな——そんな、聖人君子になった覚えなんてないからねッ!」
言いながら、「シャングリ=ラ」を大きく振った。
正しい。正しい。彼の言うことは。痛いぐらいに正しい。
災害が襲ってきたとき。見知らぬ誰かの心配なんて、する必要がない。
結局、大切なのは自分だけ。自分に連なる仲間だけ。
他人を切り捨てなければ。みしらぬ「誰か」を切り捨てなければ。
生きていけないように、この世界はできている。
リクシアは唇を噛み、呪文を唱える。
「目覚めよ神風、来たれ雨! あまねくすべてを打ち据えよッ!」
呼び出された風と、すさまじい勢いで落下してきた雨が。魔物を貫いた。
仲間たちの奮闘で、少しずつ少しずつ。開いていく突破口。
しかし、魔物は単独でも強い。それが、こんな数襲いくれば。
たまっていく疲労。滲んだ汗さえ、ぬぐう暇なく。
「ぐあ……ッ!」
「フェロン!」
ゆがんだ太刀筋。かわされた刃。横合いからやってきた反撃をよけられず、彼は道端に転がった。
その身体に。倒れた身体に。
群がるようにやってきた魔物たち——。
「————やめてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!!!!!」
お願い来ないで! フェロンが、フェロンがッ! 死んじゃうッ!
「死んで……たまるかッ!」
フェロンの苦しそうな声は。しかしすぐに、うめき声へと変わる。
——声が、途絶える。
「嫌、嫌ッ! やめてよ! 死なないでよ、フェロンッ! フェロンッ!」
叫び、走り出そうとした背中を。漆黒の鎖が、捕らえる。
「放してッ! 放してよッ! 死んじゃう死んじゃう! フェロンが死んじゃう!」
「諦めなさい。犠牲は覚悟——」
と。
声が、した。
誰だろう? もう、誰もいないはず、なのに。
その声は、かすれた声で、つぶやいた。
「……グライアらしくない……台詞だな……」
紫電一閃。倒れたフェロンに群がっていた魔物たちが。
一刀のもと、斬り捨てられる。
現れたのは、血まみれの。
銀色の、少年だった。
「……エルヴァイン・ウィンチェバル——!?」
元に戻ったが、大怪我をして、動けない。
そう、グラエキアは言ったのではなかったか。
現に、その少年は、苦しそうではあった。
だが。
瞳に宿す、意志は固くて。
決して崩れそうにもなくて。
「……仲間を見捨てるなんて、らしくない……な……」
「……どうしてここに」
「あなたが僕を呼んだのだろう……シャライン」
「————!」
グラエキアは、はっとなる。
小さくつぶやいた。
「呼んだ……呼んだけど……。こんなに早く目覚めるなんて」
彼は、強い。何しろ、王国一の使い手だ。
だから、呼んだ。今回の件。無事で済むとは思っていなかったから。
だけど、無理してまで。来る必要はなかったのに。
少年は、肩を上下させながらも。腹の傷を押さえていた。
——こんな、ボロボロなのに。
「助けが欲しいのなら、素直にそう言え」
少年——エルヴァイン・ウィンチェバルは、そう、彼女を突き放した。
「で、敵は」
まだ状況理解が追いつかないリクシアに代わり、悪魔となったアーヴェイが答えた。
「魔物たちだ。数はおよそ千。一点突破で逃げ切るぞ」
「あいわかった。戦える者は?」
「悪魔を見ても驚かないんだな……。オレとフィオルとフェ……って、あいつは無理か。前衛が二人、後衛が一人。怪我人が一人だ。あんたは?」
「悪魔なんて、怖くはない。……僕は、前衛だ。僕が戦闘で血道を開く。皆は怪我人を連れ、僕に続け」
「……大丈夫なのか?」
「任せてほしい。……ウィンチェバル一の剣の腕前、見せてやる」
——闇が。
その身体から、闇が、あふれ出た。
にじむような。ゆがむような。
深い、闇が。
「……エルヴァイン……?」
グラエキアの、戸惑うような、声に。
「あなたは助けてと言ったんだ。だから、それに従うまでだ」
呟き、剣を構えて。
「————行くぞッ! あとについてこいッ!」
忌み子と呼ばれた。悪魔と呼ばれた。その証の、漆黒の闇を。
全身にまとわりつかせて。
「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッ!!」
漆黒に輝く稲妻が。敵陣を斬り裂いて。
「抜けるぞッ、オレに続けッ!」
あとから続く者たちのための、一筋の道を作り上げた。
振るわれる剣は、まるで芸術のように。
美しい軌跡を描きながらも。あっという間に魔物たちを薙ぎ倒していった。
その剣の前、立てる者なし。
それが、エルヴァイン・ウィンチェバルという少年の、本当の強さだった。
◆
走った。走った。走りに走り、走りに走った。かつてないくらいに、全速力で、走った。
幸い、フェロンの怪我は大したことなく。リクシアたちに、ついてこられた。
ようやく追手がいなくなった頃。小さな森で、エルヴァインは倒れた。
「エルヴァイン!」
叫ぶリクシアを、グラエキアは手で封じる。
最初から、こうなることが、解っていたみたいだ。
アーヴェイが、思わずつぶやいた。
「お前…………!」
身体から噴き出した漆黒の闇が。彼を蝕み、貪っていた。
「初めから……こうなることが、解っていて……?」
激しい苦痛に苛まれ、満足に言葉すら交わせなくなった彼は、切れ切れの息のもと、かろうじて喋った。
「そう……だよ……。あの怪我のままじゃ……こうも見事に……切り抜けられないから……」
呟くと、闇が身体を這いあがった。激痛に顔をゆがませる。
「これが……僕の、力……。忌み子の……力、なんだ」
一時的な全力解放の代償は。闇に己の身を食われること。
伴う苦痛は、地獄のようで。それでいて、意識を失うことさえ許されなくて。
でも、グラエキアが、いたから。
恩人が。盟友が。守りたい人が、いたから。
こうなると解っていて。苦しむと、解っていて。
それでも力を解放した。半分はけじめをつけるためだけれど。
苦しみ続ける彼を見て。リクシアの頬は濡れていた。
「つらく……ないの……? そんなに……蝕まれて」
その問いに、返す言葉を。彼は持ってはいなかった。
「く……あ…………ッ!」
何か返そうと口が開いた。しかし、代わりに漏れたのはうめき声。
蝕む闇が。貪る闇が。放射状に、全身に広がっていた。
「……無理しないでって、言ったのに」
「……助け……て……と……あなた……が……言っ……た……」
「シャライン」の名を出されれば。絶対に動くと知っていたろうに。
グラエキアは、泣いていた。
「ごめんなさい……。ごめん、ごめんね、エルヴァイン。……そんなに苦しんで……。私の……せいだ」
「謝ら……なく……て……い……い……」
少年は、震える目を閉じた。
それでも消えない地獄の痛みは。
大切なものを。大好きなものを。
守り切った、代償だから。
「まも……れ……た……」
細く、息をついて。
彼はもう、喋らなくなった。内なる痛みと闘い続けた。
戦いを。彼のおかげで切り抜けた皆は。
痛ましそうに、それを見守るしかなくて。
◆
苦しみ、叫び、うめきながらも。
英雄は、突き進んだ。大切な何かを守るため。
王族としての誇りと、確固とした、強き想いが。
たとえその先、地獄が待っているとしたって。
自ら闇呼び戦った。敵薙ぎ払い、ただ勝った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どーも、藍蓮です。過去最高、4800文字更新しました。今日一日なら、短編集含めて一万字は書きました。疲れたけど、達成感が……!
ある王子様ばっかり、後半は目立つ結果になりましたね。怪我したフェロン、どうしたし。主人公だって見当たらないなぁ……。キャラを均等に書くって難しいですね。
自分で言うのもなんですが、書いていて思いました。
——エルヴァイン、かっけぇぇぇっ!
なんすか、あの気高き自己犠牲精神! 一番好きなキャラになってしまいましたわ。(前はアーヴェイだった)
グラエキアが出てきてから、物語は、どんどん進んでいくみたいです。まだ序盤なのに。ここでこんなシリアス展開出していいのかなぁ。
書くの楽しかったですが、めっさ疲れましたですハイ。でも、やっぱり小説書くのって楽しいです!
今回は際立って長かったですが、(二話に分けられます普通に)まぁ、いつも通りに!
ご精読、ありがとうございました!
※ ちなみに。「カラミティ・ハーツ」の短編集書きました。その三話目に、エルヴァインとグラエキアの出会いの話が載っています。よろしかったらご覧ください。
——それは、忌み子と呼ばれた少年の、始まりの物語——。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep21 信仰災厄 ( No.24 )
- 日時: 2017/08/11 09:30
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝。
エルヴァインの容体も落ち着き、フェロンも回復し、皆が目覚めた頃。
「……話したいことが、あるのだけれど」
グラエキアが、そう切り出した。
「あの町の住民が、なぜみんな魔物化したのか。知っていて?」
知らない。それにそもそも。何かがあって、一人、あるいはその周辺の人が魔物化するなら、それはよくある悲劇の一つにすぎない。が、町一つ丸ごととなると……規模が違う。
グラエキアは、語る。
「あの町は、強い信仰で成り立っていたの」
信仰——つまり、町全体で、何かをあがめていたのだろうか。
「あの町の人は、太陽の神をあがめていた。教会があるのだけれど、そこにはご神体の、金色の鏡があった」
ご神体。鏡。……言いたいことが、解ってきた気がする。
「だけど、ある日のこと。おそらくあなたたちも知っている女——『偽りの女神』ヴィーナが、この町にやってきた。それで教会に忍び込んで——」
黒の瞳が怒りに揺れる。
「そのご神体を、見せしめのようにして、衆目にさらしながら
破壊したの」
町の誰もが信じている神。信仰の要、心の拠り所。
——それを、衆目にさらして。
破壊した。
「それを見た住民たちは、狂ったわ。狂ってあの女を殺そうとした。でも、あの女は、歯向かう住民を皆殺しにした。そして住民たちは、さらに狂って行った」
「それで……魔物化したのか」
フェロンが半身を起しながら問うた。
「フェロン! 大丈夫なの!」
「リクシアは心配性に過ぎるよ。それより」
「自分のことを少しは考えてよ! エルヴァインが来なきゃ、死んでたじゃないの!」
「生きてたんだから結果オーライさ。で? その先は」
仲の良い二人を微笑みながら眺めていたグラエキアは、表情を引き締めた。
「そう。ご神体を破壊されて、復讐すらもままならなくなった住民たちは、心を破綻させて魔物になった。信仰に染まっていない幼い子供たちも、家族が魔物化したのを見て、それに絶望して魔物になった。物心の付いていない赤ん坊は、魔物化した親が殺した。……それは、悲惨な状況だったわ」
私はその目で見た、と言った。
「あの女を追っていたの。でも、一歩遅かった。私が見たのは、壊された鏡と」
——狂い始めた住民の姿だった——。
「私がもう少し早かったら、あの女を止められたかもしれないのに。……悔やまれるわ、とても」
だから、あの時。『私の責任』と言ったのか。
「まぁ、これがあの事件の全貌よ。今は時間があるから。ちゃんと伝えたわ」
言って、フイとそっぽを向いた。
町一つ、丸ごと。
魔物化した。
その事件の裏には、そんな黒い意思が隠されていたなんて。
ご神体を一つ、破壊する。それで生まれた負の連鎖。
人は、心を闇に食われたら、魔物になる。この世界の法則を、実にうまく利用している。
「……信ッじられないよ……」
思わず、つぶやいた。
「人の信仰を利用して、そんなことをするなんて……。同じ人間とは、思えない」
人間じゃ……ないよ、と声がした。
衰弱した顔のエルヴァインが、静かに告げる。
「あれは……半分魔物なんだ。魔物化しかけて、けれど……」
「最後に自分の意思を取り戻した。だから、半分魔物なの。……エルヴァイン、話して平気なの」
「心配が過ぎる、グライア」
エルヴァインは、苦笑いを返した。
魔物。半分魔物化した女。それが町を、滅ぼした。
何の、ために? 理由も想いも、まるでわからなかった。
「とりあえず、窮地は脱したな」
まとめるように、アーヴェイが言った。
「次にどうするか、考えよう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep22 明るいお別れ ( No.25 )
- 日時: 2017/08/11 14:52
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「またまた遠回りだねー。一体いつ着くのさ」
あの町を遠回りして次の町へ行こうという案に、フィオルが口を尖らせた。
「まあ、そう言うな、フィオ。状況が状況だろう?」
「……ハーティは、いつ救われるんだ。しかも、実在しているのかすらあやしい町だし」
「……フィオル、今日は後ろ向きね」
フィオルのネガティブ発言に、リクシアが苦笑を返した。
あれから一日。話し合いの結果、あの町を遠回りして、北を目指すということになった。
正直、後ろ髪をひかれる思いがしないでもないが……。自分たちでは、あの状況を変えられない。
「じゃあ、私たちともお別れね」
唐突に、グラエキアが言った。
「え————!?」
当たり前じゃないの、と、呆れた顔で。
「そもそも状況は呉越同舟。忘れていなくて? 私たちとあなたたちは、目的を異にする者同士だってこと」
リクシア達は、魔物を元に戻したい。
グラエキア達は、責任を取って、リュクシオン=モンスターを倒さなければならない。
一時、命の危険から行動を共にしていた彼らだけど。目的がそもそも違うのだから。嵐が過ぎたら別れるのは、必然のことだった。
「まあ、でも。目的は違うけれど、さ」
グラエキアが、へこむリクシアに、不器用に声をかけた。
「私はあなたを……友達だと、思っているわ」
「…………グラエキア」
「私たちは前の町に帰るわ。そこであの魔物を待つ。でも、あなたたちは違うでしょう」
泣きそうなリクシアに、そうだ、とエルヴァインが声をかけた。
「……礼を言ってなかったな」
「……礼?」
忘れたのか? と彼は首をかしげた。
「……あの日、あの宿で対面しただろう。そこであんたは、言ってくれたんだ」
忘れさせられた、僕の名前を。
「——エルヴァイン・ウィンチェバル、目を覚まして、と」
「!」
そうだ。あの日。フェロンを守ろうとして倒れたあの日。「ゼロ」をエルヴァインだと見破って。そう、声をかけた。
「僕が戻れたのは、あんたがあの日、僕の名を呼んでくれたからだ」
あの呼びかけがなかったら、今でもきっと。操り人形だったかもしれない、と彼は言う。
そんなことないよ、とリクシアはほほ笑んだ。
「それ言うなら、私たち、あなたに命を救われてるじゃない。ね?」
言ってフェロンを見ると、彼は小さくうなずいた。
「だから、今更そんなこと。別にいんだよ」
「……ありがとう」
それでも律儀に頭を下げた。
「まぁ、そんなわけだから」
グラエキアがまとめた。
「私たちはまた、敵になるわね」
でも、忘れないで、と彼女はいたずらっぽく笑った。
「同時に、味方でもあるから。この出会いに感謝しているわ」
行きましょ、エル。
そう、エルヴァインに声をかけて。
一日を共に過ごした仲間は。
いなくなった。
涙はなかった。
(向こうには向こうの目的がある。私だって、負けないんだから)
後ろにいる仲間たちを見て、言った。
「じゃあ、私たちも、行きましょ?」
ずっとずっと遠回りしたけれど。
「花の都、フロイラインへ!」
今度こそ、たどり着くんだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep23 際限なき狂気 ( No.26 )
- 日時: 2017/08/12 13:53
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
※時がかなり過ぎます。
過去最高傑作です。すさまじく長いです。「常闇の忌み子」越えました。
時間のある時に読むことをお勧めします。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——北へ。
北へ、北へ。一路、北へ。
リクシア達は、進んでいく。
目的地、花の都、フロイラインを。ただひたすらに目指して。
季節は少しずつ移りゆく。夏の緑は落ち葉に代わって。
気が付いたら、あのお別れから。もう三月が過ぎていた。
その日。極北の地で。花の都を探している最中に。
宿敵に、出会った。
「危ないッ!」
最初に気付いたのはリクシアだった。迷わず魔法で撃退した。
「何事ッ!」
「どうしたのさ」
「リア!」
駆け寄ってきた、仲間たち。
声が、聞こえた。
「あららぁ。強ーくなっちゃって。もっと前に、潰しておくべきだったかしら」
——そこに。
その、場所に。
さんざん煮え湯を飲まされた、
宿敵、
半人半魔、
『偽りの女神』ヴィーナが、立っていた。
「いい加減、死んでもらうわよ、ねぇ?」
◆
「ぐあッ……」
「アーヴェイ!」
「くぅ……ッ」
「フィオル!」
「…………ッ!」
「フェロン!」
次から次へと。吹っ飛ばされていく仲間たち。ヴィーナがレイピアを一振りすれば。目で追えないほどの速さで受けるダメージ。
(強いッ!)
反応速度、神経速度。その両者で劣るリクシアが、なぜ、いまだ立っていられるのか。
——それは、みんなが、かばってくれたから——。
だから、用意ができた。
必殺技の、用意が。
初めてあれを使ったのは、いつのことだっけか。
心を取り戻す前の「ゼロ」と遭遇し、フェロンを守って放った魔法。
その名は。
「——フェロウズ・リ」
「甘い」
——レイピアが。
細く、鋭く。
尖ったレイピアが。
熱い熱い感触とともに。
その、腹を。
貫いて
いた。
「あ…………ッ」
力を失い、くずおれる身体。
回る視界はちかちかと。
明滅する。
「う……そ………」
そのまま大地に倒れ伏し。
ちっとも動くことができない。
偽りの女神は、笑った。嗤った。
大きく、力強く。
悪魔のような、笑みで。
「安心しなさい。私のレイピアには毒がある。あなたたち、三日以内に死ぬから」
哀れなものよね、と嗤う。嘲笑う。
「あなたたちが、花の都を目指していなければ。見逃してあげたのに。どうして行こうとしたのかな? 叶わぬ夢を追うなんて馬鹿よ」
絶望が、広がる。まただ、またしても。
倒れた仲間は、動かない。動けないのだ、毒にやられて。
立ち去ろうとする気配がする。私たちは、また負けたんだ。
だけど、その時。
「うあ……ぐ……ガ……」
壊れたような、声がして。
その方向を見て、ぞっとした。
——悪魔が。
アーヴェイが。
全身から、漆黒と真紅の光を放っていた。
その身体は、異形の悪魔。
だが、いつもとは、違う。
異常の悪魔。
「うガ……ガガガ……グガガガガガ……」
「! まずい……! 兄さん……を……!」
おかしな声を発しながらも。ゆらりと立ち上がる紅の悪魔に。
フィオルが焦ったような声を上げた。
「兄さん……言ったじゃないか……! 心まで……悪魔には、絶対に……ならないって……! そんな……そんな、ことしたら……今度こそ、……戻れなくなるよ!」
半人半魔。それはアーヴェイとて同じこと。
しかし、その力を完全に出し切るには、
理性を失った悪魔に。
なるしか、ない。
それは、つまり。
仲間としてのアーヴェイを。
失うこと。
「やめてぇぇぇぇぇええええええええええッッッ!」
「おレは……コれで……イい!」
悪魔のままで。怪物のままで。醜いままで。異形のままで。
これで、いい。いいんだ。大切な人を守れるのなら。
侵食する闇に理性を失い。完全な悪魔になり果てて。
立てないほどだったはずの彼は。今、しかと大地を踏みしめて。
両の手を振れば。何もないところから、不意に現れた黒の双剣。
奪われた『アバ=ドン』だった。
「な——っ?」
驚き、動きの止まるヴィーナに。
一閃。
薙ぐように双のつるぎが動く。
「心を闇に売り渡したかッ!」
叫び、舞うように避け、距離をとる、
偽りの女神。
「ならば私も——魔物となる——ッ!」
半人半魔。半分魔物。
ヴィーナの姿が変わっていく。
アーヴェイのそれに似た、異形の怪物に。
「死ヌモんカ……目的ヲ果たス前に、死ヌもンカ……!」
すらりとした美しい腕。その右腕が、異形と化す。
長く妖艶ななまめかしい脚。その両脚が、異形と化す。
真珠のような色した半貌も。絹糸のような髪も。
何もかもが異形と化して。それでも凄絶なまでに美しかった。
半人半魔、アーヴェイと。半人半魔、ヴィーナ。
人外同士の戦いが。決して避けえぬ争いが。
始まった。
「死んじゃうよ……。二人とも、死んじゃうよ……!」
理性をなくした四つの瞳。あるのはただ、執着と狂気。
「止めて! 誰か……誰か、止めてよッ!」
アーヴェイを止められそうなフィオルは。ぐったりしたまま動かない。
ぶつかった。両者が。異形の者同士が。人外たちが。
血。血。飛び散る血。赤く黒く、赤黒く。
悲鳴なんて、誰も上げない。ただ黙々とした殺戮が。
互いを滅ぼす虐殺が。
粛々と、行われるだけ。
「ガァッ!」
アーヴェイの右腕が、吹っ飛んだ。
「キエェッ!」
ヴィーナの両脚が、剣の一閃で千切れ飛んだ。
それでもやめない。まだやめない。
互 い の ど ち ら か が 完 全 に 死 ぬ ま で 。
「アーヴェイ、ごめん。私、こうするしか、あなたを救う手を知らないの……!」
リクシアは、泣きながら、ある呪文を唱えだす。
「だって——私、あなたに死んでほしくない……!」
両の眼から涙を流しながらも。血を吐くような思いで。傷の痛みも無視して。
唱える。
「天の彼方なる不死鳥よ、我呼ぶもとへ、舞い来たれ! 互いの尾を噛む円環の蛇、続く輪廻を解き放て! 我に仇なす究極の敵! 我は呼ばん、我は呼ばん!」
あふれかえる想いが渦を巻き、やがて——!
「すべて巻き込み千切り裂け! 次元の彼方へ放り出せ!」
風もないのに揺れる髪。涙の宿ったその瞳。
「——フェロウズ・リリース!」
唱えかけて、邪魔された呪文を。
放てなかった、必殺技を。
今、再び。
大好きな友達のために。
解き放つ。
途端、天上より光が降ってきて、二人に勢いよく突き刺さった。
動きの止まった二人に、もう一撃。
漆黒の衝撃波が、二人を弾き飛ばし、勢いよく地面に打ち据えた。
そして目に見えぬ風が、その肌を幾重にも切り裂いて。
「鎮まれ異状、元に戻れ異形!」
動かなくなった二人の身体が、現れる闇に飲み込まれる。
——わけでは、なかった。
「半人反魔! 魔物よ、消えろ!」
間に一言、挟むだけで。
消えたのは、ヴィーナだけだった。
呑み込む闇に、一瞬だけもがき。
ヴィーナだけ、消えた。
残ったのは、アーヴェイだ。
しかし。
「リクシア……。どうして……そんなことするのかな……」
泣きそうな顔で、フィオルがつぶやいた。
動けない身体を、無理に動かして。
現れたのは、輝く翼の。
純白の天使。
その手に握る、「シャングリ=ラ」。
それは、アーヴェイのほうを向いていた。
「フィオル——!?」
「こんなこと、したくなかったよ」
彼が見つめるアーヴェイは、未だ狂気を宿していた。
アーヴェイは、うつろな赤い瞳で、こちらを見た。
そして。
——襲いかかる。
リクシアに、フィオルに。倒れたままのフェロンに。
まるで、見境なく。
「どうしてッ! アーヴェイ、私たちは仲間——」
「無駄だ! 聞こえない。アーヴェイは完全な悪魔になったんだから!」
「シャングリ=ラ」を構えるフィオルの腕は、小刻みに震えていた。
「だから、終わらせなくちゃ。僕が——弟たる僕がッ!」
その美しい青い眼から、滂沱と涙があふれ出る。
「だって——仕方ないじゃないか! このままじゃ僕ら、殺されるッ!」
仲間だった、アーヴェイに。
友達だった、アーヴェイに。
悪魔になって、魔性となって。
理性を失ったアーヴェイに。
アーヴェイの剣が、襲いかかる。失った右腕。左だけで。フィオルは「シャングリ=ラ」でそれをいなす。
流れるような動きで。アーヴェイ=デヴィルに反撃した。
兄弟なのに。血はつながってはいないけど、兄弟なのに!
戦わなければならないなんて。殺し合わなければならないなんて。
「おかしいよ、こんなのおかしいッ!」
理不尽だ。ああ、兄さんの時と同じだ!
国のために戦って、戦って、戦って。
その果てに、自ら国を滅ぼして、魔物となった兄さん。
仲間のために戦って、戦って、戦って。
その果てに、自ら仲間を傷つけて、悪魔となったアーヴェイ。
守りたいのに。守りたいのに。大切なものを傷つけて。
フィオルをアーヴェイは攻撃し、フィオルは容赦なく反撃する。
と。
アーヴェイの剣がフィオルを斬った。散る純白の羽根、紅い血飛沫。
「あ…………」
崩れ落ちるフィオル。血に染まった細い身体。
何もかもがスローモーションで、リクシアは状況を理解できなかった。
赤黒く染まった闇の刃が。リクシアの首元へ——。
刺さらなかった。
不意に紅の悪魔が手を止めた。
一瞬宿った理性の光。
ひび割れた声で。壊れた声で。
呆然とフィオルを見下ろして。
つぶやいた。
「…………オれハ、イま、なニを、シた…………?」
血を流し、動かないフィオル。
恐怖に震えたリクシアの瞳。
「オれハ、イま、なニを、シた!」
ガタガタと、震えだした身体。
悪魔の身が、己の犯した、
大きすぎる罪に気づいて。
さらなる異形へ変化する。戻れぬ異常へ変化する。
——アーヴェイが、魔物になる。
「アーヴェイ! だめ、あなたはだめ! 戻って!」
リクシアは叫ぶが。
狂った瞳は。リクシアを映さない。
「グ……ア……グアア……グアアアアアアアアッ!」
「だめ!」
叫ぶリクシア。
すると。声がしたんだ。
血を流して動かない。死んだと思っていた、あの天使の声が。
「兄さ……ん!」
「……フィオ……ル?」
その声に、理性が戻る。
血まみれの白い天使は、地面を這いずって兄のもとにたどり着き。
その足を、つかんでいた。
「約束……したじゃないか。心までは……完全な悪魔にならないって!」
傷ついても、揺るがない。どこまでも碧い聖なる瞳が、悪魔を静かに見つめていた。
「兄さんは……僕を残して、行ってしまうの……?」
「……フィオル」
次の瞬間。異形が解けた。
悪魔から。人間に戻ったアーヴェイが、その場に倒れていた。
右腕は、ない。
吹っ飛んで、しまったから。
でも、そこにいる彼は。
悪魔みたいな見た目の彼は。
確かに、アーヴェイだった。
リクシアのよく知る、格好良くてちょっとクールな。
——アーヴェイだった。
「兄さん……置いて……行かないで……」
「……フィオル」
「僕は……兄さんを……殺すところだったんだから。……二度と、あんな真似は……させないで……」
「…………」
震える指で、兄にしがみつき。フィオルは珍しく弱音を吐いた。
「……独りは……嫌だよ……」
「……すまなかった」
疲弊しきった顔で、でも、悪魔じゃない、いつもの顔で。
アーヴェイは、神妙にうなずいた。
「でも……オレももう、疲れた……」
「そうだね……眠ろう」
そっと閉じて行く二人の瞼。
リクシアは悲鳴を上げた。
「ちょっと、そんなところで眠ったら死——!」
「なら、誰か助けを呼んでくれ……」
アーヴェイは、いつもみたいに。
不敵に、笑ったのだった。
「今なら……悪魔のオレを見ても……尻込み、しないだろう……?」
いつかの雪辱、果たしに行け。
「悔恨の白い羽根を……覚えているのなら」
彼は、そう言って、目を閉じた。
——ああ、覚えているとも。
あの日。アーヴェイたちと、訣別した。
フィオルが餞別代りに渡した羽根は。悔恨の気持ちを示す羽根。
リクシアは、服の中にあるそれを、強く握り込んだ。
「……待っていて、フィオル、アーヴェイ。私、助けるから……」
今度こそ、間違えない。
決意とともに、その場を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
疲れた〜〜〜!
どーも、藍蓮です。5000文字行ってしまった……!
過去最高傑作ですねハイ。(と言うのは二回目)
何となく書いていたら、すごいことになってしまいました。
フェロンの活躍がほぼゼロという、かわいそうな結果になりましたが。天使と悪魔が大活躍しているし。これでお許しください。(フェロン「おい、作者」「ごめん」(茶番済みません))
これでまた、大きな見せ場ですね。次は一体どうなることやら。
作者だってわかりません(笑)
いずれ、他の天使や悪魔も出したいなぁ。そうするとますますフェロンの活躍減る可能性が……。コホン。
まあ、動乱の23話でしたが。
次も楽しんでいただけると、嬉しいです。
では、また次回。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep24 赤と青の救い主 ( No.27 )
- 日時: 2017/08/13 01:11
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「誰か……助けて」
ヴィーナにやられた傷を押さえ。リクシアは懸命に歩いていた。
疲労と痛みにゆがむ視界。でも記憶に鮮やかな、仲間の姿。
(死なせない)
その思いが。今のリクシアを動かす唯一の原動力。
「た……す……け……て……」
しかし、耐えきれず、もつれた足。
そのまま地面に倒れ込む。
「立たなきゃ……みんな、死んじゃうよぅ」
言ってはみたが、無理だった。
限界になった身体は。もう口ばかりしか動かない。
そこへ。
訪れる、足音が、あった。
ゆっくりとした足取り。
「……やぁ、お嬢さん。こんなところで、どうしたんだい?」
そこに、いたのは——
背に群青の翼をもつ、蒼い髪に水色の瞳をした、
天使だった。
◆
「私のことはいいから。仲間が……死にそうなの」
リクシアは、言葉少なに状況を説明した。
「そっちに……いるから。お願い、助けて……!」
必死で頼み込むと。その天使は、とても困ったような顔をした。
「でもねぇ……」
「お願い、死んじゃう!」
「ここまで歩いてきた時点で、へとへとだから」
「…………え?」
この人が来たのは、そんなに遠いところからだったのだろうか。
そう、思いを巡らせると。
「違う、違う。割と近くからだよ。でも、私にとってはすごく遠いんだ」
大慌てで否定した。
「何を言って——」
だから、と彼は言葉を遮った。
「私はね、生まれつき、そんなに長く歩けないのさ」
「!」
そう、だったのか。
だから、あんなに困った顔をしたんだ。
「ちなみに天使だけど飛べない。歩けないし飛べないんじゃぁ、移動には難儀してるよまったく」
その天使は、そうつぶやいた。
「でも、どうしようねぇ。僕じゃぁ君の友達を——」
と。
「アルフ! 一体どこ行ってたの! 探すの大変だったんだから!」
その言葉を、女の子の声が遮った。
そこには、赤い髪にピンクの瞳、紅蓮の翼の。
天使が。もう一人、腰に手を当てて立っていた。
◆
「ふぅうーん。状況は理解したわ。で、あたしにそれを助けに行けって?」
天使の女の子は、リクシアから話を聞いて、そう問うた。
「そうよ……。急がなきゃ……死んじゃう……!」
「りょーかい。じゃ、アルフはそこで待っててよ? あたしが直接現場に向かうわ」
言って女の子は、その背の翼をはばたかせた。
「とりあえず、様子見てくる! 動くんじゃないわよ。探すの大変なんだから!」
そうして、その女の子はいなくなった。
リクシアは、残った天使に訊いた。
「聞いてなかったけど……あなたは?」
おや失礼、と飛べない天使は笑った。
「私の名はアルフェリオ。で、あの子の名がリルフェリア。全然似てない双子なのさ」
「双子!?」
言われれば、顔つきが似てなくもないか。
「ところで、君は? 君もまだ、名乗っていないよ」
その問いに。
リクシアは、微笑んで答えるのだった。
「リクシア……。リクシア・エルフェゴールよ……」
そこまで言うと、落ちてきた瞼。
疲労が身体を支配する。
さっきまでは、眠ってはならない状況だったけれど。
今は。助けてくれる、人がいるから。
(任せても……平気よね……?)
誘う眠気に身を任せた。
「ありゃりゃ、寝ちゃったよ。ひどい怪我だったし、疲れたんだろうなぁ」
青色の天使が、小さくつぶやいた。
◆
「……なによ、これ……」
はばたいた先。赤い天使は愕然とした。
悪魔みたいな少年と、天使みたいな少年。片手剣を握った、普通の少年。
みんながみんな、ほとんど息をしていなかった。
そして、みられる戦闘の傷跡。
凄絶な戦いの跡。
「……面倒事に首突っ込んだ気分。あとであの子にみっちり訊いてやるんだから」
赤い天使はため息をつき。
「あれは……毒……? とりあえず、手当てをしとこう」
その右手を天に掲げ。小さく呪文を唱えた。
「天光!」
暖かな光が天から降り注ぎ。皆をいやした。
とりあえず、なんとかなったかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
短いです。で、駄文です。
どーも、前回の話を長く書きすぎて(軽く三話に分けられる)精気をなくした藍蓮です。
今回は新しい章(別に章とか決めちゃいないけど)に突入です。
くたびれきったリクシアのもと。出会った赤色と青色の天使。
彼らは一体誰なのか? そもそもここはどこなのか?
またまたやってきた動乱の予感!?
次の話に、請うご期待!
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