ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【本文修正中】SoA 夜明けの演者
日時: 2017/10/22 11:26
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png

※ SoAはStories of Andalsiaの略です。
  長すぎるので略しました。

※ ただいま本文修正中です。変な所が多すぎたので。
  あ、でもたまには番外編も更新しますよ?

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 〈導入部〉


 柔らかな春風が肌を撫でた。
 少女から大人になった彼女はそれに目を開け、草むらに転がらせていた身を起こす。
 身を起こして立ち上がれば。輝かんばかりの金色の髪が風に揺れ、彼女の視界にも入ってきた。

 春。その季節に、彼女は遠い日を思い起こす。

 彼女が「みんな」に出会ったのは秋で、春に「みんな」を失った。
 春は暖かくて幸せな季節だけれど。彼女にとって春とは、切なく痛む悲しみの季節でもある。
 暖かな春空。優しい空気。その中で彼女は一つ、呟いた。

「……わたし、大人になったよ……?」

 大人になる前に死んでしまった仲間を思って、彼女はそっと目を閉じた。
 その紫水晶の瞳から、こらえきれぬ涙が一つ、二つ。零れ落ちていって、乾いた地面を濡らす。
 彼女の名を、フルージアといった。


 ——そう、これは彼女、フルージアの物語。

 
 「演者」と呼ばれる特殊な才を持った少女の、最も鮮やかだったころのものがたり——。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Index

 第一部 アスフィラル劇団 >>1-6

 序章 フルージアの初舞台 >>1
 二章 夜明けの演者 >>2-3
 三章 力と未来 >>4-6

 第二部 セラン特殊部隊 >>7-20
 
 一章 新しい仲間たち >>7-8
 二章 初陣は突風とともに >>9
 三章 流転の善悪 >>10-14
 四章 切れない絆 >>15-17
 五章 束の間の夢だけど >>18-20

 第三部 戦乱の彼方に >>21-32

 一章 覚悟を決めろ >>21-22
 二章 命の序列 >>23-26
 三章 天秤に掛けるなら >>27
 四章 燃える生き様 >>28-30
 五章 爆発の太陽(エクスプロード・サン) >>31-32

 エピローグ どんな夜にも…… >>33

 あとがき >>34
 メロディーのないテーマソング >>35
 後日譚 水晶の欠片を透かしてみれば >>36


  ♪


《番外編1 風色の諧謔(かいぎゃく)》


 第一章 始まりのオルヴェイン >>39-44

 1 10の誕生日に >>39
 2 「化け物」と呼ばれた子 >>40
 3 束縛を脱して >>41
 4 二人の絆 >>44


 第二章 師匠とともに >>45-

 1 嵐の瞳 >>45
 2 我らレヴィオンの生徒たち! >>46
 3 青玉の証 >>47


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。

 今作は、趣味で書いていた話を文芸部に提出したら、「長すぎる」と言われ、40000字も泣く泣くカットする羽目になった話の完全版です。つまり、完成した原型があります。それをちょっと推敲するだけなので……。まぁ、投稿ペースは速いと思いますよ。

 それではでは。不思議な世界にご案内♪

(地図を添付しました。URL参照)


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 補足 この世界の魔法の仕組み(時々更新?)(すみません、複雑です)

 〜アンダルシア魔道原則〜


1 この世界には魔法素(マナ)と呼ばれる、意思を持たないエネルギー粒子が無数に飛び交っている。それは、ある異種族(イデュールの民)以外の目には見えず、通常は人々に認識されないし、ただそこにあるというだけで、別段、人に害を及ぼすものではない。

2 この世界で言う「魔導士」とは、無数に飛び交う魔法素を才能で特定の形に組み、それを破壊することで、空間をゆがませたりひずみを加えたりして高エネルギー体である魔法素に働きかけ、何らかの事象を引き起こす人々のこと。魔法素を組み、破壊することそのものが「魔法」と呼ばれる。 

3 魔法素には、それぞれ関与できる事象が異なる一団、通称「属性」がある。魔導士は魔法素を組めないと話にならないが、個人の適性によって、どの「属性」の魔法素が組めるかが大きく異なる。
 たとえば「火」の魔導士は「火」の魔法素を組んで火に関する事象を起こせるが、それ以外の魔法素は少ししか扱えない。
 とはいえ魔法素の基本は同じで、「属性」はそれにわずかに付与された「特性」みたいなものだから、「火」の魔導士でも、弱い事象ならば「水」や「風」も操れる。

4 この世界で言う「魔力」とは「魔法素を組める力」のこと。これは運動すれば体力が減るのと同じで、魔法を使えば魔力が減る。体力が減れば身体的に疲れるが、魔力が減れば精神的に疲れる。

7 この世界には、「反魔法素(アンチマナ)」と呼ばれる、魔法素よりも大きい、意思を持たないエネルギー粒子がややまばらに飛び交っている。反魔法素には魔法素でつくられた術式そのものを破壊し、ときにはその術者にさえ影響をもたらすことがある。

8 反魔法素は凡人はおろか通常の魔導士でさえ操れないが、操れる者もいるにはいる。彼らは「破術師」と呼ばれ、その存在は非常に貴重である。反魔法素を使えば、呪いの類はもちろん、攻撃魔法や補助・妨害、離脱・移動魔法、発動前の、まだ魔法素を組んだだけで破壊していない魔法すら壊せる。
 しかし「破術師」は破術にのみ特化しており、魔法は一切使えない。

9 この世界には、「原初魔法素(オリジンマナ)」と呼ばれる、魔法素と反魔法素の中間ぐらいの大きさの魔法素が存在する。それは、何の属性にも染まっていない魔法素のことで、「属性による事象(発火、突風、落雷など)」が起こせない代わりに、集まることで力を成す。
 要は、目に見えぬ拳で殴ったり、目に見えぬ壁で攻撃を受け止めたり、などということが可能。ただし、どれも通常の魔法素に比べると威力が劣るが、その術式は決して破術では破壊できない点が特徴。

10 「原初魔法素」使いは「無属性魔導士」と呼ばれる。属性の一切こもっていない「力の球」などで攻撃をされると対処が難しいため、割と応用範囲は広い。「破術師」ほど稀少ではないが、これを使える者は少ない。無属性魔法は破術での打ち消しができないが、消費魔力が多めの上に、属性魔法よりも威力が劣るので何とも言えない。

 結論;三つの魔法素は、どっちもどっちの能力である。

12 特珠職業「魔素使(まそし)」は、魔法素を武器や盾として実体化させて戦うが、それに使われる魔法素は原初魔法素である。要は、無属性魔導士の派生職。魔素使は破術師並みに人数が少ない。
 実体化させた武器や盾は、本人の意思によって、あるいは本人の意識の消滅によって消えてしまう。

13 魔法素を組む方法は個人によって異なるが、「詠唱」として言葉に出して行う者が多い。頭の中の考えがバラバラだとできる式もおかしくなるが、言葉に出すことによって、考えに指向性を持たせて正確な式を作る。 
 詠唱の言葉はその人のアドリブで構わないし、技名をつけるのも勝手なので、特にそのあたりに決まりはない。技や詠唱=人それぞれ、と言ったところか。

19 魔法素は目に見えず、普通は触れられないため、感覚的に組まれる。慣れぬ者は頭の中で式を組んでから術を使うが、慣れた者は頭の中で式を組まなくとも、無意識に術を使える。
 魔導士として大切なのは理論ではなく、才能と勘と経験である。理論だけでは魔導士には決してなれない。

26 神も悪魔も精霊も死者も。一定の条件が整えば、人間と契約し、その力を貸し与えることができる。契約の方法はそれぞれ違い、あらゆる決定権は人間でない側にあることがほとんどである。
 ちなみに。「召喚」と「契約」は似て非なるものである。

32 神や悪魔、精霊は気まぐれに人間と契ることがある。(ときには逆、あるいは相互もある)これを「契約」と呼ぶ。
 「契約」は召喚ほどの強制力はないため、互いに信頼し合っていることが大切である。(人間の上位に当たる存在から契約を迫ってきた場合、信頼がなくとも契約できる)

33 人間の力には「魔力」「体力」「生命力」の三つがある。わかりやすくたとえてみよう。
 ここに一つの器があるとする。その真ん中には仕切りがあり、左右それぞれ別の液体が満たされているとする。このうちの片方が「魔力」、もう片方が「体力」、器そのものが「生命力」である。
 この中で「魔力」が減って(使われて)も、仕切りがあるため「体力」は減らない。その逆もしかり。ただし、人によって「魔力」と「体力」の配分は異なる。つまり、仕切りが偏っていることがある。
 しかし、「生命力」、つまり器そのものが削れたり欠けたりすれば、「魔力」も「体力」も、満たすことのできる絶対量が必然的に減る。いくら「液体」があろうとも、「器」が小さければあふれるばかりで、全てを収めることはできないのだから。
 「生命力」すなわち「生きる力」である。だから、これがなくなれば人は死ぬ。「死」はいわば、「器が砕ける」ことである。


【ごちゃごちゃしてきたし、本編に関係のない原則も出てきたので、いずれ整理します……】

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 速報!

 2017/8/31 この作品が、小説大会ダークファンタジー部門で、次点を獲得しました!
 いえ、次点ですけどね。あくまでも次点。
 ですが、本当に、心から嬉しく思ったので!

 皆様、ありがとうございました!(うれし泣き)(号泣)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 2017/8/17 連載開始
 2017/9/12 本編終了
 2017/9/24 番外編1 風色の諧謔 開始

夜明けの演者 2-5-1 お出かけ日和にどこに行く ( No.18 )
日時: 2017/10/22 13:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


〈五章 束の間の夢だけど〉


 1 お出かけ日和にどこへ行く


  ♪


 セラン特殊部隊にはあと二人、メンバーがいた。

「はじめまして、新入りさん達。しばらく留守にしていたけれど、二人も増えたのねぇ」

 一人は闇精ヴィルラクの契約者、クールな書物の魔導士の少女、シェルマ・クリーズィア。

「やっほ、みんな! 帰ってきたよー! 元気してたー?」

 もう一人は水精アキューリアスの契約者、無邪気な二刀ナイフ使いシェルフ・クリーズィア。
 シェルマとシェルフは二卵性双生児で、シェルマが姉、シェルフが弟だそうだ。
 時期はアイオンがメンバーになってから三ヶ月。近頃は任務も無く、皆平和を満喫していた。

「おひさー、シェルシェルっ! あたいたちは元気も元気っ! そっちはー?」

 マキナの相変わらずの元気なあいさつに。

「元気よマキナ。みんな変わらないわね。いや……何があったのか知らないけれど、みんな、
より親密になったような?」

 シェルマが微笑みを返す。
 ちなみに彼ら二人は訳あって、しばらくセラン王国を留守にしていたらしい。

「結果、帰ってこられたからいいけれども。よろしくね、新入りさん」
「よろしくお願いします」

 今ここに、セラン特殊部隊は全員集合した。


  ♪


 穏やかな日だった、暖かな日だった。

「みんな、注目サ」

 その日、アミーラは皆を招集した。

「今日はまったく、穏やかないい日だねェ。だからあたしが提案サ」

 アミーラは言う。

「折角だから、みんなで、どこか出掛けないかィ?」

 穏やかな秋の光が、優しく野営地に差し込んでいる。
 セラン特殊部隊。不可視の軍団インヴィシブル・アーミー。名前は物騒だけれど、任務がない日はこんなにも穏やかで。

「賛成、さんせーいっ! みんなでどっか行こっ!」

 笑顔のマキナが眩しかった。

「どこかへ行くのはいいとして、どこへ行くのだ?」生真面目にクィリが問えば。
「あたいは山がいいなっ! 紅葉狩りしよっ!」
「南へ行けば、綺麗な海があるけど?」
「遺跡へ行くのはどうだろう」

 マキナ、ソールディン、時雨が、三者三様の答えを返す。
 同時に言ってから三人は、お互いに顔を見合わせた。困っている。
 フルージアは苦笑いして、ハイと手を挙げた。

「わたしは山に一票。あまり行ったことがないから」

 それを見て、シフォンがおずおずと手を挙げる。
「あのー、わたしも山に行きたいです。山の動物さんたちに会いたいのです」
「同じく」
 スーヴァルも言葉少なに賛同の意を示す。
 あとはもう流れは決定したようなものだ。みんながみんな山に行きたいと言い、目的地は山に決まった。海を提案したソールディンも遺跡を提案した時雨も、異存はないみたいだった。

「じゃあ行くとするかねェ! ここの近くの山なら孤峰アーレンさ。そこでいいかい?」
「異存なーし!」

 楽しいピクニックになりそうだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-2 仮面の素顔 ( No.19 )
日時: 2017/10/22 13:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 2 仮面の素顔


  ♪


 山へと向かう道の途中、一行に声を掛ける者があった。


「あ、そこにいるの、もしかしなくてもハヤブサじゃねぇ?」


 着崩されたボロボロの衣服、赤い髪に青い瞳、垂れ目がちな目元の、茶色のマントを纏った旅装の男。
 その言葉に、その声に、その「ハヤブサ」という呼び名に。これまで何事にも動じることのなかったクィリが大きく動揺したのがわかった。

「虹石、何故ここにいる。そもそも我はこの仮面だぞ? ……なにゆえ、わかった」
「わかるもなにもー。仮面かぶってても見えるその金髪! そして相変わらずのお堅い口調! ハヤブサ以外に誰がいるってのよ」
「…………」 

 クィリは無言で己の髪に触れた。
 虹石と呼ばれたこの人間は、クィリと何かしら関係がある人物らしい。
 フルージアは声をかけた。

「あのー」
「何だい、お嬢さん」

 そのヘンな言い方にフルージアは赤面するが、ここは部隊の一員として聞いておかなければならない。

「あなたは誰なんですか。クィリの、副隊長の何なのですか」

 その問いに答えようとした「虹石」を手で制し、クィリが溜め息をついた。

「……何故こんなところで貴様と出会わねばならぬのだまったく。仕方がない、我が説明しよう。ついでに我の経歴についても」

 クィリは己の来歴を語る。そして、全てを変えた一つの事件を——。


  ♪♪♪


 ずっと昔、我は平凡なとある村の少年であった。しかしそこをある日、賊が攻めてきたのだ。

「クィリ、逃げて!」

 我を守り、死んだ母の声。

「ここは俺が食い止める!」

 最後まで背中を見せて、散った父の声。

「逃げよう、逃げようよー!」

 我を先導してくれた幼馴染のアミーラともはぐれ、ひたすらになり振り構わず逃げていくうちに。
 気が付いたら、我の目の前に一人の女がいた。

「アタシの名はヴァルプーレ。暗殺者アサシンギルドのマスターさ」

 彼女は名乗り、幼い我に問うた。

「あんた、見ると身寄りがないみたいだねぇ。よかったらアタシのギルドに来ないかい? 生活は保証するよ」

 故郷を失い家族を失い、命以外には何も無かった当時の我は、失うものなど何も無いゆえに、二つ返事で承諾した。
 それから、我にとっての地獄であり、大切な時間でもあったかけがえのない日々が始まった。


  †♪†


 鳥の王のごとき誇り高き金の髪、我の素早さ、そして数ある武器から選び取った鉄爪。
 そういった要素から、ヴァルプーレは我に「ハヤブサ」のコードネームを与えた。

「覚えておおき、ハヤブサの若鳥。この世界では自分の出自を知られてはならない。メンバーは皆、コードネームを名乗るのさ。ちなみにアタシは『スズメバチ』だよ。アタシほどになれば本名を使ったって別にいいけどね」

 こうして我は晴れて暗殺者アサシンになった。人を殺す技を覚え、忍ぶ技、騙す技を覚えた。
 この時代に我はかけがえのない友を得た。
 我には同年代の仲間が何人かいた。
 その一人が虹石。ふざけた野郎であったが、その割に頭が切れる奴だった。


  ♪


「ふざけた野郎ってなんだよ」
「貴様のことだ、他に誰がいる」
「ハヤブサって、あんなに悲しい過去を持ってたのねぇ。賊に襲われ、生き残って……しくしくっ! ママ、泣いちゃうわ」
「……虹石、黙らなければ、貴様の首と胴体が泣き別れになることになるが、いいか?」
「ハイすみません先行って」
「…………」


  ♪


 忘れられない同僚がいる。

 そのコードネームはクロウ。とんだ策士でその策で味方すら騙す奴だったから、嫌われ者だった。
 それ以外にも素早い少女「小鹿」、毒魔道士「デッドポイズン」、糸使い「イノセンス・トラップ」など、我の周囲には割と同年代の仲間が多かった。
 我はよく虹石とクロウと組んで行動することが多かった。クロウの策はいつも完璧で、彼のチームの暗殺成功率は驚異の十割を誇っていた。誰もが、彼が次の暗殺者ギルドマスターになることを信じて疑わなかった。性格面に若干、難はあったのだが。


 そう、あの事件が、起こるまではな——。


 あの日、クロウは意図的にミスを犯し。
 そのまま二度と帰らなかった。
 その日、我はギルドを辞めた。


  ♪


 フルージアは息を呑んだ。

「意図的に……ミスを犯した?」

 クィリは深くうなずいた。

「それは我らを逃がすため。彼は優れすぎていた。ゆえにギルドによって消された。我はそれを知ったから、ギルドを辞めたのだ」
「ギルドによって、消された……」
「出る杭は打たれる、そんなものなのだろう。我と虹石は彼の死を見届けた」


  ♪


 その日、我と虹石とクロウはとある人物の暗殺を依頼された。

「セラン王国のフェルディナンド王子が今度、この辺りに来るそうな。だから彼を殺してほしいって依頼さ。受けるかい?」

 今まではなかったが、ついにやってきた王族暗殺の任務。クロウは頷いた。

「お受けします。出動は、いつものメンバーで構わないでしょうか」
「ああ、別にいいさね。よろしく頼むよ」
「では、わかる限りの情報の提供を」
「それぐらい自分でしな。この任務が終わったら、あんたをアタシの補佐として正式に認めたげるよ。だから今回は調査も自力でやりな」
「承知しました。……ということだから、またよろしくな、虹石、ハヤブサ」
「了解した」
「頼るぜぇ、リーダー」

 クロウはふっと微笑んで、

「じゃ、行くぜ。さっそく調査だ」と、部屋を出ていった。

 今ならわかる。あの笑みは、あの、儚く悲しげな笑みは。


 ——己の死を覚悟した、決別の笑みだったのだと。


 クロウはまことに頭が良かった。ゆえに今回の依頼とヴァルプーレの約束から、己が消される日が来たと悟ったのだろう。
 本当はフェルディナンド王子なんてそこにはいない。いるのは暗殺者の伏兵と、金をつかまされた市民だけ。
 彼はわかっていた、わかっていたから運命に必死に抗おうとして、戦った。
 しかし彼は、運命には勝てなかったのだ——。


  †♪†
 

 何の事前調査も無しに我らは王子のいるとされる宿に向かった。我はいつもと違うと違和感を覚え、クロウに問うた。

「慎重なクロウらしくない。何故、いきなり向かうのだ」

 彼は答えたものだった。

「とりあえずは宿の主人にさりげなく尋ねてみるつもりだが。町で訊いても怪しまれる」
「怪しくはないだろう。王子の御尊顔を拝したく……とか言っておけばよい」
「お忍びで来ていたら問題だ。だからオレたちが直接宿まで行く。……戦闘の用意をしておけよ」

 我は不満だったが鉄爪をすぐに使えるようにしておいた。虹石は二本のナイフ。クロウの得物は弓だから、宿のような狭いところでは使えない。クロウは予備のダガーを用意した。
 そして、乗り込んだ。

 
  †♪†

 
「まだ朝なのに、なぜ暗い?」

 中は全て雨戸が締め切られ、ろうそく一つついていない。
 嘘みたいに真っ暗で静まり返った店の中。虹石の声が響いた。

「ちょっとこれ、どーいうこと? 閉店中? 王子サマは?」

 その時、クロウは我らに低くささやいたのだ。


「覚えていてくれ、オレの名はアルヴィオン。……これまでお前たちと共に過ごせて、楽しかったぜ」


 口にされたのは「絶対に明かしてはいけない」本名と、別れの言葉。

「ク、クロウ……——?」
「罠だ、逃げろっ!」

 我の言葉を遮るようにしてクロウは叫び、我と虹石を入口の方へ突き飛ばした。
 カキーン!
 激しい金属音。

「ク、クロウッ! 貴公も逃げるのだ、早くッ!」



「オレが死ねば、全てが片付くんだッ!」



 その時のクロウの目を忘れるまい。暗闇の中でもつよい意志をこめて爛々と光った、あの紫の瞳を、忘れるまい。

「オレが死ねば、ハヤブサや虹石は死ななくて済むんだからッ!」

 そして我は気づいたのだ。その言葉から、この罠から。
 全ては、クロウを殺すために仕組まれていた罠であったと。



「——クロウッ!」



 どこかで鴉が鳴いた。悲しげな、痛ましげな声で。鴉が、クロウが。


 ドサリ、誰かが倒れる鈍い音。カキーン、クロウのダガーがはね飛ばされ、金属音をたてた。


 状況を確認するために虹石が窓に駆け寄り、雨戸を開けた。


 明るい朝の光に照らされた、そこにあったのは。










 心臓をダガーで貫かれ、大量の血を流すクロウの姿だった——。










「——クロウッ!」

 叫んで駆け寄り抱き起こす。彼は浅い呼吸の中でつぶやいた。

「ハヤブサか……。虹石はどうした? 助かったのか?」
「虹石は無事だ、すぐに来るッ! それよりもクロウ、貴公は……」
「クロウッ! おーいッ!」

 我の言葉を遮って、駆け寄ってきた虹石。

「死ぬなんて嘘だよな? あんたのことだから急所は外したんだろ、なあ!?」

 しかし虹石のそんな希望すらも、クロウは言葉で打ち砕く。





「外さなかった」





「なッ! 何故だ!? 外すことはできたろうに!」
「外せなかったんだ。お前たちを守るために」

 クロウは語った。

「出る杭は打たれる……。オレは粛清されたのさ」

 それだけの短い言葉を言うだけでも、彼は苦しそうだった。
 もう彼に時間はないと知り、我は彼に贈り物をすることにした。
 ささやかなものだ。しかし彼は、我に「それ」をくれたから。





「……『アルヴィオン』」






 一度だけ名乗った、彼の本名を口にして。
 我は名乗った。

「我の名はクィリだ。クィリ・ロウ。とある賊に滅ぼされた町の、数少ない生き残りの一人。貴公が名前をくれたから、我も貴公に名前を贈ろう。さらばだ、アルヴィオン、いやさ、クロウ。……我も貴公と共に過ごせて……楽しかったぞ」
「おれだって!」

 虹石が、叫んだ。

「おれの名はイェルク! そこらの孤児だ! そこをヴァルプーレに拾われたんだ! おれだって……あんたと共に過ごせて、めっちゃ楽しかったよ。大切な時間を、ありがとなッ!」
 虹石は拗音(ようおん)が言えない。奴が自分の名を名乗る時はいつだって「イェルク」にはならず、「イエルク」になってしまう。この時だけだった、彼が拗音をしっかりと発音できたのは。
 我らの言葉を聞き、クロウは微笑んだ。

「クィリ……イェルク」 

 噛み締めるようにつぶやいて。
 そして、その命は消えた。
 もう二度と届かない。もう二度と話せない。
 ちょっとクールでとんだ策士の、紫の瞳の彼にはもう会えない。





 ——安らかに、眠れ。





 その日、我はギルドを辞めた。
 それから数週間後、仕事を求めてさまよっていた我を生き残っていたアミーラがつかまえ、セラン特殊部隊に引き込むことになる。
 これが我の、第一の生活の物語だ。


  ♪


「……とまあ、こんな話だ」

 そう、クィリは昔話を締めくくった。

「何故我が仮面をつけるようになったかは……我が抜けたのを知っていたのは当時、ヴァルプーレだけだったからだ。我は他の仲間に悟られぬようこっそりと抜けた。負い目があった。虹石は辞めなかったのに我だけが辞めたことに。だからかつての仲間に我だとはわからないよう、仮面をつけることにしたのだが……虹石にはばれてしまったか」
「ちっとやそっとの仲じゃねぇだろー?」
「とんだ腐れ縁だな」
「腐れ縁とかひっでーの。ママ泣いちゃう……」 
「しかし貴公と出会えてよかったとは、思っているぞ」

 驚いた顔の虹石——イェルクを無視し、クィリはおもむろにトレードマークだった仮面を外した。
 その下にあった素顔は。

 美しい、太陽の色を宿した、流れるような金髪。
 深い、海の底のような、深淵を宿した碧玉の瞳。
 鼻筋はすっと通り、整った顔立ちは人形のようだ。
 仮面をかぶるなんてもったいないくらいの、とんだ美青年だった。

「じろじろ見るな」

 皆の視線に赤面して顔をそむけ、彼は再び仮面をかぶった。
 それでも変わらない太陽の金髪。
 死んだクロウと、同じ色の。

「……とまあ、そういうわけだ」

 空気を変えようとクィリが口を開く。

「折角の穏やかな日だ、山へ向かう道行きを再開しようではないか。……で、貴様も来るのか?」
「当然だろぉ? ねぇ、ママぁー?」
「気持ち悪い。さっさと失せろ」
「今のはひどい! 俺様、傷付いちゃったぜぇ」
「勝手に傷付いてろ」
「……泣いていい?」


 なにはともあれ。
 ちょっとした邪魔はあったけれど、一行は再び歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-3 刹那の夢 ( No.20 )
日時: 2017/10/22 12:56
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 「夜明けの演者」が、小説大会ダークファンタジー部門で次点獲得!
 皆様、ありがとうございました!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 3 刹那の夢


  ♪


 たどり着いた孤峰アーレンは、今まさに、紅葉の真っ盛り。

「わあっ、綺麗……!」

 舞い散る赤や黄色の色鮮やかな葉に、フルージアは思わず、歓声を漏らした。
 少し歩くと谷まって川があり、その上に一本の吊り橋がかかっている。

「わあいっ! 紅葉だ紅葉だ、綺麗だねぇー!」

 はしゃぎ踊るマキナに手を取られ、フルージアはそのまま踊り出す。

「うわっ、ととっ!」

 谷底を流れる川に赤や黄色のもみじが舞い落ちていくさまは、あまりにも幻想的で美しく、この世のものではないようだった。
 それを見ながら、静かに涙を流している者がいた。

「し、時雨っ……?」

 いつしかフルージアに、正義や善悪について、教えてくれたひと。
 彼は独特な意匠の衣服を風に揺らしながらも、懐かしげにつぶやいた。

「僕の故郷では毎年、こんな紅葉が見られた。しかしセランではそうそう見られるものではない。……忘れていたよ、自然がこんなに美しいこと。今はわけあって故郷に帰れないから、こんなに綺麗な紅葉を見られるのは滅多にない。山にして良かった」

 その瞳は紅葉の雨の中に、どこかずっと遠くを見ていた。
 不思議だ。いつもはあっという間に時間が流れるのに。
 今、フルージアたちの周囲に流れる時間は、あまりにもゆっくりで。

「時間を止めて見せようか?」

 時雨が穏やかに微笑み、前に手を差し伸べる。その手を独特の形に組んだ。

「動きを止めよ」

 彼が囁けば。落ち続けていた葉の動きが、空間に縫い付けられたかのようにゆっくりになる。

「すごい……!」
「僕の本業は刀使いではない。それがこの力、一定範囲にあるものの速さを自在に変えられる『操速師』さ」

 落下が止まれば。そこには夢みたいに美しい、紅葉のカーテンが形成される。

「素敵……」

 この穏やかで幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
 何もかも忘れて、この桃源郷にずっといられればいいのに。


 フルージアはそっと、永遠を願った。


 永遠なんて、存在しないけれど。せめて、今だけは。


 紅葉の動きに合わせてマキナが踊り、巻き込まれたリクセスが、危うげなステップを踏む。
 その近くでは、シフォンとアイオンが動物とたわむれ、その様を、ハインリヒとスーヴァルが、木に寄りかかって眺めていた。
 ソールディンは橋につかまって、谷に落ちる紅葉を眺め、その隣では、ヴィラヌスが紅葉を捕まえようと試みる。
 クィリとイェルクはそろって、楽しげに何か話していた。そこにアミーラが割り込もうとして、一悶着起きている。
 新しく来たばかりのシェルフとシェルマは、二人で仲良く駆け回っていた。


 誰もが、楽しそうで、幸せそうだった。





 ——この光景を、忘れない。





 夢みたいに美しい山。そこに流れる平和な時間。



 笑顔の仲間たち。


  ♪


 気がつけばいつの間にか日が暮れて、明るい満月が顔をのぞかせていた。

「帰ろう」

 誰の言葉だったか。その言葉に、フルージアは夢の終わりを感じた。

「……そうだね」

 夜の山は昼とは違う美しさがある。まだここに残りたいのはやまやまだけど。

「帰らなきゃ」

 夢はいつかは覚めるもの。帰る時が来た。

「じゃ、行くよ。楽しかったねェ、みんな」

 アミーラが先に立って歩き出せば。夢から覚めたような顔で、後をついて行く仲間たち。
 楽しいピクニックは、終わった。
 夢は——覚めたのだ。

 
  ♪♪♪


 それは束の間の夢だけど。とてもとても、楽しくて、幸せで。


 あとから思いだせば、その思い出のまぶしさに、涙が出てくるほどに。


 あの日、あの時、あの瞬間。確かに感じた幸せの鼓動。


 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



 永遠なんて、存在しなかった。



 その後、フルージアたち特殊部隊は、世紀の大戦「火花大戦」に否応なく巻き込まれていくことになる。

 そしてその際、多くの仲間の命が失われた。

 だから、忘れない。あの幸せだった一日のことを。誰もが笑顔でいられた、穏やかな時間を。

 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



〈五章 了〉
〈第二部 了〉
〈第三部へ続く〉


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 こんにちは、藍蓮です。「夜明けの演者」、お届けします。

 みんなで過ごした束の間の休日。それはとても幸せな時間だったけれど。
 後に待つ残酷なる別離の予感。

 幸せの中に、ツンと痛む切なさを感じていただけたら幸いです。

 次からはついに第三部。これまでの雰囲気とは打って変わって、暗く重く、殺伐とした雰囲気になります。
 この章は、その前のささやかな小休止なのです。

 次の話に、ご期待下さい。

夜明けの演者 3-1-1 忠告はしたから ( No.21 )
日時: 2017/10/22 13:57
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 †第三部 戦乱の彼方に†



 〈一章 覚悟を決めろ〉


 1 忠告はしたから


  ♪


 帝国アルドフェックが、セラン王国に宣戦布告した。


 そんな知らせが入ったのは、あの幸せな時間から一月が過ぎた頃。
 その日は、アルドフェックの建国祭の日。運命の、建国祭の日。
 前々よりその予兆はあった。次々と他国を侵略し、その国土を広げていったアルドフェック。
 セラン王国は、帝国の真南に川を隔てて在ったから。
 ギルド、部隊、その他様々な制度の整った、北大陸最南端の地セラン。
 そんな素晴らしい王国を帝国の王、「覇王」ニコラスが見逃すはずもなく。


 その日、戦争が始まった——。


  ♪


 元は小さな火花から始まった戦争だった。

 その戦争のさなか、多くの命がまるで火花のように一瞬だけ強く輝いて、散っていった。
 だからのちに人は、その戦争を「火花大戦」と呼ぶことになる。
 そんな動乱の時代に、フルージアは生きた。


  ♪


 開戦の知らせに揺れる特殊部隊をとある貴人たちが訪ねてきたのは、それから三日後のこと。
 やってきた人物は三人。なんと三人とも、セランの王族だった。

「お久しゅうございますわ、アミーラ・シーレ。そしてお初にお目にかかります、他の皆さま方」

 初めに挨拶した令嬢は、これまで何回か聞いたことのあるセラン王国第一王女、ファルフォンヌ・セラリスティア。

「エルシェヴェイツの件では世話になった。アルフォンソ・セラリスティアだ」

 次に挨拶した少年は、噂の神童アルフォンソ。その頭脳と判断力を買われ、御年十四にして商業ギルドマスターになっている天才だ。

「で、おれが」
「カルロス・セラリスティアだ。どうしてもついて行くと言ったから連れていったが、用件には関係ない」

 その次に挨拶しようとした弟の言葉を遮って、アルフォンソが口を挟んだ。

「って、あにうえー! おれ……」
「重要な話の場だ、時間が惜しい。お子様は黙っていろ」

 アルフォンソの冷たい一喝に、カルロスはしゅんとなる。
 咳払いを一つして、ファルフォンヌが唐突に言った。

「一つ忠告しておきますけれど、あなたたち、国から逃げた方がよろしくってよ」
「…………?」
「逃げるなら南大陸か、いっそ軍国イデュオンか……。シエランディアは近頃きな臭いので駄目。遠いけれど、プルリタニアもありですわね」
「いきなり、何を、おっしゃって……?」

 アミーラの疑問はもっともだ。
 アルフォンソが険しい顔で話す。

「知っているだろう、アルドフェックの宣戦布告のことを。そうするとこの国は荒れる。人心も荒む。そして人々は思い出すんだ、セラン特殊部隊、『不可視の軍団インヴィシブル・アーミー』のことをな」

 そもそも謎の多い部隊だ、と彼は続けた。明らかにされたのは、集団心理の恐怖について。

「怪しいものは何かあったらすぐに疑われ、生贄の子羊になる。いいか? 戦争が始まり少しでもこちらが不利になれば、人は疑い出すだろう。この国の中に何か、裏切り者やスパイがいるのではないか、そういった背信者がこの国に不利を呼んでいるのではないかと。それが集団心理、悪いことがあったらすぐに誰かに罪を被せようとする人の心……。その際に真っ先に浮かぶのが、この不可視の軍団インヴィシブル・アーミーだ」

 だから逃げろ、と彼は言う。
「そちらの働きはよく知っている。僕がわざわざ出向いたのもその為だ。いいから、逃げろ。戦争が本格化して、生贄の子羊になる前に」


 ……動けなかった。


 その言葉と内容に。フルージアはようやく戦争が来たのだと実感した。
 実感はできたけれど、現実感がなかった。
 戦争? 集団心理の恐怖? 国外逃亡? どれもまったく馴染みのないもので。
 戸惑う彼らに、畳み掛けるようにファルフォンヌが呼びかけた。
「お逃げなさい、わたくしの友。いえ、どうなさるかはそちらの勝手ではありますけれど。友として仲間として、忠告はいたしましたわ。あとはそちら次第ですの。ただしこちらも忙しいゆえに手助けできることは限られますが……。ご決断はお早めに。急いだ方が良いですわ」

 ファルフォンヌはそうとだけ言うと、くるりと背を向けた。

「では、忙しいのでこれで。……わたくしとしては、皆様とまたお会いしたいのですけれど」

 噛み締めるように言って背を向けて歩き出す。ではとアルフォンソが言った。

「忠告はした。これをどう受け止めるかはあなたたち次第だ。戦争は大きい。絶対に生き残れ」

 そう言い残してアルフォンソもいなくなる。その背をカルロスが追って、ついに突然の訪問者たちはいなくなった。


「逃げる……」


 選択の時は、迫っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 3-1-2 始まったサバイバル ( No.22 )
日時: 2017/10/22 14:15
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 2 始まったサバイバル


  ♪


「イデュオンには訳あって行けない。だから逃げるにしても、イデュオンに行くならそこで僕とはお別れだ」と時雨は言った。
 アミーラは頷く。

「でも、プルリタニアに行くならアルドフェック領内を通らなくちゃいけないしだいいち、あそこは島国だ。南大陸に行くには船が要る。この戦時中だ、南大陸行きの船はいつも満杯状態だろうサ」

 イデュオンにもプルリタニアにも南大陸にも行けない。
 そのことが指すことはつまり。

「逃げられないの?」
「ああ、そうさ」

 フルージアの疑問に、至極当然のように頷くアミーラ。

「セラン王族は優しいんだか馬鹿なんだか……。それにサ、時雨の件がなくったってイデュオンには行けないヨ。島国ってったら、あすここそ正真正銘島国じゃあないのサ。今頃避難民であふれていて、あたしたちが行く余裕なんてないんじゃないのかい?」

 時雨は静かにうなずいた。

「それ以前に、あの国は半ば鎖国状態。避難民を受け入れるとは思えない」

 決まりだネ、とアミーラは覚悟を秘めた瞳で言った。

「あたしたちは逃げられないのさ。王族サマがいくら逃げろって言ってくれてもね。そもそもセランは海に突き出た大きな半島。その後ろにはアルドフェックと、侵略されたティファイ属国しかない。この戦乱を絶対に生きぬく、そう覚悟を決めるんだね」

 平和な時代は終わったのさ、と悲しげに言う。

「これから戦争が始まる。もしかしたらこの中の誰かが死ぬかもしれない。それでもそれは戦場の理(ことわり)。そのことに嘆き悲しみ、歩みを止めてはいけないよ。死んで悲しんでもらえるなんてそれは、平和な時代の道楽さ。繰り返し言おう。……覚悟を決めな」

 幸せな時間はあまりにも短く、瞬きする間に消え失せた。

 今目の前にあるのは、非情なる現実。

 フルージアはその現実の重さに震えた。震えが止まらなかった。怖かった、考えるとつらかった。やっと見つけた自分の居場所、自分の幸せ。それらを奪われることが、それらを失ってしまうことが怖かった。

 そういった思いに震えていると、誰かの手が彼女をそっと抱きしめた。
 揺れる太陽の金髪。仮面の奥の、深海の瞳。

 クィリが、フルージアの背中を優しく撫でながらも言った。

「恐れるな、強き『演者』。そう簡単に我らは死なぬ。悲しかったら泣いても良いが、それで己の歩みを止めることだけは絶対にするな。でも、今なら……存分に泣け。覚悟のないまま怯えていては、とんだ足手まといだ」

 その言葉は冷たく、優しかった。フルージアはクィリにつかまって、声を上げて泣いた。心の中の悲しみや恐怖を涙とともに流し去るため。覚悟を決めるため。

「もういいよ。ありがとう、クィリ」

 やがてフルージアは彼から離れ、赤くなった目元をごしごしとこすりながらも言った。

「もう、大丈夫なのか?」
「ええ、今思うと恥ずかしいわ。わたし、まだ甘すぎる子供だったんだってことを改めて認識しちゃった」
「甘いことは悪ではない」
「やめてったら。戦場で甘い心を持ったままだったらわたし、真っ先に死んでる。今わたしは心を固い殻で覆ったわ。ようやく、覚悟が決まった。……ご迷惑をおかけしました」

 クィリも優しいねェ、とアミーラが茶化す。



「まあ、これで皆覚悟を固められたようだし。……始めようか、あたしたちのサバイバルを」



 青、紫、金、銀、緑、赤、茶……。さまざまな色の、強い意志を秘めた瞳が、アミーラを見つめる。





「——任務はひとつ! 自分の命は自分で守りなッ!」




〈一章 了〉

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。