ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【本文修正中】SoA 夜明けの演者
日時: 2017/10/22 11:26
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png

※ SoAはStories of Andalsiaの略です。
  長すぎるので略しました。

※ ただいま本文修正中です。変な所が多すぎたので。
  あ、でもたまには番外編も更新しますよ?

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 〈導入部〉


 柔らかな春風が肌を撫でた。
 少女から大人になった彼女はそれに目を開け、草むらに転がらせていた身を起こす。
 身を起こして立ち上がれば。輝かんばかりの金色の髪が風に揺れ、彼女の視界にも入ってきた。

 春。その季節に、彼女は遠い日を思い起こす。

 彼女が「みんな」に出会ったのは秋で、春に「みんな」を失った。
 春は暖かくて幸せな季節だけれど。彼女にとって春とは、切なく痛む悲しみの季節でもある。
 暖かな春空。優しい空気。その中で彼女は一つ、呟いた。

「……わたし、大人になったよ……?」

 大人になる前に死んでしまった仲間を思って、彼女はそっと目を閉じた。
 その紫水晶の瞳から、こらえきれぬ涙が一つ、二つ。零れ落ちていって、乾いた地面を濡らす。
 彼女の名を、フルージアといった。


 ——そう、これは彼女、フルージアの物語。

 
 「演者」と呼ばれる特殊な才を持った少女の、最も鮮やかだったころのものがたり——。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Index

 第一部 アスフィラル劇団 >>1-6

 序章 フルージアの初舞台 >>1
 二章 夜明けの演者 >>2-3
 三章 力と未来 >>4-6

 第二部 セラン特殊部隊 >>7-20
 
 一章 新しい仲間たち >>7-8
 二章 初陣は突風とともに >>9
 三章 流転の善悪 >>10-14
 四章 切れない絆 >>15-17
 五章 束の間の夢だけど >>18-20

 第三部 戦乱の彼方に >>21-32

 一章 覚悟を決めろ >>21-22
 二章 命の序列 >>23-26
 三章 天秤に掛けるなら >>27
 四章 燃える生き様 >>28-30
 五章 爆発の太陽(エクスプロード・サン) >>31-32

 エピローグ どんな夜にも…… >>33

 あとがき >>34
 メロディーのないテーマソング >>35
 後日譚 水晶の欠片を透かしてみれば >>36


  ♪


《番外編1 風色の諧謔(かいぎゃく)》


 第一章 始まりのオルヴェイン >>39-44

 1 10の誕生日に >>39
 2 「化け物」と呼ばれた子 >>40
 3 束縛を脱して >>41
 4 二人の絆 >>44


 第二章 師匠とともに >>45-

 1 嵐の瞳 >>45
 2 我らレヴィオンの生徒たち! >>46
 3 青玉の証 >>47


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。

 今作は、趣味で書いていた話を文芸部に提出したら、「長すぎる」と言われ、40000字も泣く泣くカットする羽目になった話の完全版です。つまり、完成した原型があります。それをちょっと推敲するだけなので……。まぁ、投稿ペースは速いと思いますよ。

 それではでは。不思議な世界にご案内♪

(地図を添付しました。URL参照)


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 補足 この世界の魔法の仕組み(時々更新?)(すみません、複雑です)

 〜アンダルシア魔道原則〜


1 この世界には魔法素(マナ)と呼ばれる、意思を持たないエネルギー粒子が無数に飛び交っている。それは、ある異種族(イデュールの民)以外の目には見えず、通常は人々に認識されないし、ただそこにあるというだけで、別段、人に害を及ぼすものではない。

2 この世界で言う「魔導士」とは、無数に飛び交う魔法素を才能で特定の形に組み、それを破壊することで、空間をゆがませたりひずみを加えたりして高エネルギー体である魔法素に働きかけ、何らかの事象を引き起こす人々のこと。魔法素を組み、破壊することそのものが「魔法」と呼ばれる。 

3 魔法素には、それぞれ関与できる事象が異なる一団、通称「属性」がある。魔導士は魔法素を組めないと話にならないが、個人の適性によって、どの「属性」の魔法素が組めるかが大きく異なる。
 たとえば「火」の魔導士は「火」の魔法素を組んで火に関する事象を起こせるが、それ以外の魔法素は少ししか扱えない。
 とはいえ魔法素の基本は同じで、「属性」はそれにわずかに付与された「特性」みたいなものだから、「火」の魔導士でも、弱い事象ならば「水」や「風」も操れる。

4 この世界で言う「魔力」とは「魔法素を組める力」のこと。これは運動すれば体力が減るのと同じで、魔法を使えば魔力が減る。体力が減れば身体的に疲れるが、魔力が減れば精神的に疲れる。

7 この世界には、「反魔法素(アンチマナ)」と呼ばれる、魔法素よりも大きい、意思を持たないエネルギー粒子がややまばらに飛び交っている。反魔法素には魔法素でつくられた術式そのものを破壊し、ときにはその術者にさえ影響をもたらすことがある。

8 反魔法素は凡人はおろか通常の魔導士でさえ操れないが、操れる者もいるにはいる。彼らは「破術師」と呼ばれ、その存在は非常に貴重である。反魔法素を使えば、呪いの類はもちろん、攻撃魔法や補助・妨害、離脱・移動魔法、発動前の、まだ魔法素を組んだだけで破壊していない魔法すら壊せる。
 しかし「破術師」は破術にのみ特化しており、魔法は一切使えない。

9 この世界には、「原初魔法素(オリジンマナ)」と呼ばれる、魔法素と反魔法素の中間ぐらいの大きさの魔法素が存在する。それは、何の属性にも染まっていない魔法素のことで、「属性による事象(発火、突風、落雷など)」が起こせない代わりに、集まることで力を成す。
 要は、目に見えぬ拳で殴ったり、目に見えぬ壁で攻撃を受け止めたり、などということが可能。ただし、どれも通常の魔法素に比べると威力が劣るが、その術式は決して破術では破壊できない点が特徴。

10 「原初魔法素」使いは「無属性魔導士」と呼ばれる。属性の一切こもっていない「力の球」などで攻撃をされると対処が難しいため、割と応用範囲は広い。「破術師」ほど稀少ではないが、これを使える者は少ない。無属性魔法は破術での打ち消しができないが、消費魔力が多めの上に、属性魔法よりも威力が劣るので何とも言えない。

 結論;三つの魔法素は、どっちもどっちの能力である。

12 特珠職業「魔素使(まそし)」は、魔法素を武器や盾として実体化させて戦うが、それに使われる魔法素は原初魔法素である。要は、無属性魔導士の派生職。魔素使は破術師並みに人数が少ない。
 実体化させた武器や盾は、本人の意思によって、あるいは本人の意識の消滅によって消えてしまう。

13 魔法素を組む方法は個人によって異なるが、「詠唱」として言葉に出して行う者が多い。頭の中の考えがバラバラだとできる式もおかしくなるが、言葉に出すことによって、考えに指向性を持たせて正確な式を作る。 
 詠唱の言葉はその人のアドリブで構わないし、技名をつけるのも勝手なので、特にそのあたりに決まりはない。技や詠唱=人それぞれ、と言ったところか。

19 魔法素は目に見えず、普通は触れられないため、感覚的に組まれる。慣れぬ者は頭の中で式を組んでから術を使うが、慣れた者は頭の中で式を組まなくとも、無意識に術を使える。
 魔導士として大切なのは理論ではなく、才能と勘と経験である。理論だけでは魔導士には決してなれない。

26 神も悪魔も精霊も死者も。一定の条件が整えば、人間と契約し、その力を貸し与えることができる。契約の方法はそれぞれ違い、あらゆる決定権は人間でない側にあることがほとんどである。
 ちなみに。「召喚」と「契約」は似て非なるものである。

32 神や悪魔、精霊は気まぐれに人間と契ることがある。(ときには逆、あるいは相互もある)これを「契約」と呼ぶ。
 「契約」は召喚ほどの強制力はないため、互いに信頼し合っていることが大切である。(人間の上位に当たる存在から契約を迫ってきた場合、信頼がなくとも契約できる)

33 人間の力には「魔力」「体力」「生命力」の三つがある。わかりやすくたとえてみよう。
 ここに一つの器があるとする。その真ん中には仕切りがあり、左右それぞれ別の液体が満たされているとする。このうちの片方が「魔力」、もう片方が「体力」、器そのものが「生命力」である。
 この中で「魔力」が減って(使われて)も、仕切りがあるため「体力」は減らない。その逆もしかり。ただし、人によって「魔力」と「体力」の配分は異なる。つまり、仕切りが偏っていることがある。
 しかし、「生命力」、つまり器そのものが削れたり欠けたりすれば、「魔力」も「体力」も、満たすことのできる絶対量が必然的に減る。いくら「液体」があろうとも、「器」が小さければあふれるばかりで、全てを収めることはできないのだから。
 「生命力」すなわち「生きる力」である。だから、これがなくなれば人は死ぬ。「死」はいわば、「器が砕ける」ことである。


【ごちゃごちゃしてきたし、本編に関係のない原則も出てきたので、いずれ整理します……】

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 速報!

 2017/8/31 この作品が、小説大会ダークファンタジー部門で、次点を獲得しました!
 いえ、次点ですけどね。あくまでも次点。
 ですが、本当に、心から嬉しく思ったので!

 皆様、ありがとうございました!(うれし泣き)(号泣)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 2017/8/17 連載開始
 2017/9/12 本編終了
 2017/9/24 番外編1 風色の諧謔 開始

夜明けの演者 2-3-4 正義は誰の手に ( No.13 )
日時: 2017/10/22 11:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 4 正義は誰の手に


  ♪


 飛び交う剣戟、時々もれるうめき声。
 フルージアが選んだ役は、『天空の幻』の幻影使いリリーサ。

「血を流さずして勝つ!」

 台詞を叫べば、現れる幻影。それは、演者の力。
 その幻影に惑わされて混乱する反逆軍を、アミーラの大剣が薙ぎ、クィリの鉄爪がえぐり、ヴィラヌスの魔法素の剣が斬り払い、時雨の刀が切り裂いた。


「天空のヘヴンズ・ウィング!」


 リクセスの放った行動速度と神経速度を上げる補助魔法も、要らなかったのかもしれない。
 それほどまでに反逆軍は弱く、相手にならなかった。

「あまりにも弱すぎて、他の仲間の出る幕がなかったねェ。あたしの策も無駄、人も無駄。……さて、最後に折角だから、反逆者さん、なぜあんたが王子を傷つけたのか、教えてもらえないかィ? そこが不可解サ」

 首謀者以外は全員殺され、首謀者も致命傷を負った頃。皆がひっそりと見守る中、アミーラがそんなことを訊いた。
 エルシェヴェイツは、荒い呼吸の中、きっとアミーラを睨みつけた。

「今の王制は、間違ってる……!」
「その理由は何サ」
「全ギルドのマスターは皆、王族であることが何よりの証拠だ!」

 もしかしたら、これは周知の事実ではないのかもしれない。だとしたらそれを伝えることで、今の王制がおかしいと向こうに伝わるかもしれない。淡い期待を抱き、彼は堰を切ったように喋り出す。

「ギルドは国の中枢の組織で、ギルドマスターの権力は大きい。しかし現状、ギルドマスターは皆王族だ! しかも商業ギルドのマスターはまだ、十四歳の子供だと聞いている! 王はその子供マスターを傀儡にして、財力の世界を自儘に操ろうとしているに違いない。このままだと、王族の独裁政治が起こる! だから私は、その子供マスターを殺すことで、独裁を止めようとしたんだ! アミーラとやら、おかしいと思わないか? だから私は反乱を起こした!」

 全て語り終わって、彼は荒い息をつく。自分の命尽きるまでに、全てを伝えなければ——!
 しかし、全てを聞き終わっても、アミーラは冷たい目をするだけ。

「それがあんたの答えかい」
「そ、そうだが……」

 だとしたら、と、アミーラは憐れむような瞳で彼を見た。










「——間違っているのは、あんたの方さ」










「なん——だと」
「もう一回言おうか? あんたは、間違ってるってことをサ」

 アミーラは、彼の「無知の罪」を暴く。

「考えてみぃ。ギルドマスターを務めるセラン王族についてサ。暗殺者ギルドのフェルディナンドも、魔導士ギルドのファルフォンヌも。皆、有能だろう? だから、ギルドマスターが皆王族っていうのはねェ、王族がたまたま有能だったからこうなったって結果論にすぎなくて、何の必然性も無いのサ。独裁? 傍からはそう見えるだろうけれど、あの軟弱な王にゃ独裁はできないネ」
「しかし、ならばアルフォンソ王子は——?」
「聞いたことがないのは憐れだねェ。知らないのかィ? 彼は御年十四にして国中の学者や策士と渡り合える、神童だヨ? 彼は若いながら、誰よりも有能サ。商業ギルドのマスターになっているのも、うなずける話だろう? 傀儡? 彼を傀儡にするなら、薬品を使うしかないさね。言葉や権力、暴力なんかじゃあ絶対、彼を操り人形にはできないネ」 

 その言葉に、エルシェヴェイツの瞳が絶望に染まる。

「そ、それでは……私は、私のしたことは——!」
「無駄。無駄だったのサ。あんたのしたことはすべて無駄。単なる自殺行為にすぎなかった。正義も何も、あったものじゃないさね」

 エルシェヴェイツの言いかけた言葉を、アミーラが引き継いだ。

「できればその愛国心、反逆じゃなくて国のために使ってほしかったケド……。全ては後の祭りサ。仕方のないことだネ」

 悲しげに一言言い放ち、もう話は終わりとばかりに大剣を構える。
 そこにはもう、理想を掲げた反逆者の姿はなく、

「ならば、皆は何のために死んだのだ! 私は何のために抗った——!」
「運命を恨むがいいサ、哀れな敗北者サン」

 絶望にまみれた醜い姿が、そこにあった。
 こんなみじめな奴は、早く死んだ方がいい。
 アミーラの大剣がエルシェヴェイツの致命傷に深く食い込み、その身体を二つに絶ち切った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-3-5 わたしの正義は ( No.14 )
日時: 2017/10/22 11:52
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 4 わたしの正義は


  ♪


「あー、終わった、終わった。みんな、ごめんねェ。あたしが見せ場取っちゃったよ。でもま、結果オーライだよね?」

 全てが終わり、全ての班がアミーラのもとに合流した。
 アミーラはあんなにあっさりと言うけれど、フルージアには思うことがある。

「けれど……悲しかった。わたし、近くでずっと見てた。あの人……エルシェヴェイツは悪くなんかないんだわ。たった一つ、情報を知らなかっただけで、それで国のために行動しただけで反逆者呼ばわりされて、挙句の果てには殺されなければならないなんて……」
「でも、彼は王子を傷つけた」

 時雨がぼそっと言った。

「僕の祖国は軍国イデュオン、『軍』が国を牛耳る軍国主義の国だ。そこには多くの規律がある。そこで僕らは習ったよ。無知は罪だと」

 時雨は言う。

「世の中には、知らないで済むことと済まないことがある。理由がどうであれ、何も知らなかったとはいえ、彼は国の中枢を傷つけた。罪は重い。よって、いくら彼に正義があろうと、結果が重要、その行動のせいで、彼は死ななければならない」

 その言葉は、冷たい。冷たく、重い。
 エルシェヴェイツは反逆者。でも悪くない。しかし、結果は悪いことになっている。でも悪くないのに。
 フルージアは両手で顔を覆った。

「わからないよ……。何が善で、何が悪か。そもそも善って、悪って何……?」
「経験を重ねればいつかわかるさ。ただし、一つ言えるのは」
 


 善や悪、正義や勇気。そんなものは人や状況によって違うし、簡単に変わるものなんだ。



「だから、一般の善悪観や正義観に惑わされてはいけない。その時々で、自分が最も良いと思うものを選び、その時々で違う正義を貫き通す。それが大事さ。覚えておくと良い」
「時雨には、あるの? 自分の正義や善悪観が」
「ある。僕にとっての正義はセラン特殊部隊。善は律法、悪は卑怯。ただしどれも、状況によってはいかようにも変化する。今言ったのは、あくまでも平時の行動の基準にすぎない」
「時雨には確固としたものがあるんだね。羨ましいな……」
「時が経てば、自然と生まれるさ。それに正義とは言わなくても、大切なものくらい、あるだろう? ならば、それを守ることが君の正義だ」
「大切なもの……」

 かつてのそれは、アスフィラル劇団だった。
 そして今。フルージアの大切なものは。

「そっか……。ありがとう、時雨っ!」
「悩みが消えたならよかった」
「うん、ホントにありがとね!」 

 クィリは約束してくれた。劇場の裏手で泣いていたフルージアに、輝かしい未来をくれると。
 そして今フルージアは幸せだ。このセラン特殊部隊に入って。沢山の仲間に出会い、話して。
 大切なものは、ここにある。この、セラン特殊部隊に。

「わたし、守るから」

 誰にともなく、つぶやいた。

「この幸せな生活を。このセラン特殊部隊を! それが、今のわたしの正義よ!」

 守るべきものができれば、強くなれる。
 フルージアは、この想いをしっかりと噛みしめた。



(二部三章 了)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-4-1 消えたスーヴァル ( No.15 )
日時: 2017/10/22 12:31
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


〈四章 切れない絆〉


 1 消えたスーヴァル


  ♪


 エルシェヴェイツの事件から三ヶ月。


 スーヴァルが、とある個人任務に出されていなくなった。
 内容は重要書類の運搬。現在地はセラン王国イリニアスの町だが、そこからアクラムという町にある宿、「リィン・リィン」に向かい、とある合言葉を唱えて書類を受け取るらしい。
 ちなみに、こういった仕事は狼になれるソールディンの方が足が速いので向いているのだが、今回は、クィリの気まぐれでスーヴァルが選ばれることとなった。クィリは生真面目だが、時にこういった気まぐれを起こす。

 その気まぐれが、その任務で事件を起こした。

 アクラムはイリニアスとそんなに離れた町ではない。スーヴァルの足でも歩いて二日の距離だ。手紙を受け取るのに多く見て一日かかるとして、所要時間の目安は五日。一週間もかからない任務だ。
 しかしスーヴァルは、一週間経っても帰ってはこなかった。
 どころか、音信一つなかった。
 これは本格的に何か起きたなと考え、事態を深刻に見たクィリはこの事態の責を取って、捜索隊を編成し始めた……。

 スーヴァルはセラン特殊部隊の中でも古参の方だ。任務達成率も高い。
 そんな彼が、音信一つ寄越さずに、帰ってこないなんて……。
 不安が部隊に広がった。


  ♪


「その役割はオレだな」

 不敵に笑い、ハインリヒが捜索隊に立候補した。

「オレの力は応用範囲が広い。何かあったとき便利だろう」

 それに、彼がアミーラの右腕であるのは伊達ではない。彼は人格面や統率面でも非常に優れている。
 すると、内気なシフォンも手を挙げる。

「もしかしたら、怪我しているかもしれないです……。なら、命の魔導士であるわたしが行った方が、いいですよね……?」

 彼女の力はいやしの力。確かに、彼女がいれば、たとえスーヴァルが怪我をしていたって、すぐに治せる。
 その次は。

「あたいも行くからねっ! 千里眼に用はなあい?」
 スーヴァルと仲がよさそうだったマキナが、びしっと手を上げて立候補した。それに、彼女の「千里眼」は人探しにもってこいだ。捜索、と言った時点で彼女は必須人物である。
 それを見て、フルージアは溜め息をついた。

「なら、わたしも行くわ。スーヴァルには初陣のときの恩があるし」

 それにやっぱり、大切な仲間のこと、気にならないわけがない。
 その様をみてリクセスが「ハインリヒ、ハーレム結成か?」とからかった。言われてみれば、彼以外のメンバーは全員女性だ。

「僕が行けばいいのだろう」

 ヴィラヌスが立候補したところで、クィリが発言した。

「これ以上抜けられても困る。これで締め切りとするがいいか?」
「意義なーし」
「今回の捜索は」

 説明が始まる。

「イリニアスからアクラムまでだ。道にいなかったら、アクラムの町を捜せ。『リィン・リィン』の主人にも聞き込み調査しろ。マキナの千里眼もフル活用して、それでも見つからなかったら……死んだと思って諦めろ。そうするしかない」

 その言葉に、マキナが思い切り憤慨する。

「スーヴァル、絶対に死んでなんかいないもんっ! クィリさぁ、言っていいことと悪いことがあるよっ! あたい、絶対に見つけ出すんだからっ! 見つけ出すまで帰らないんだからぁっ! タルのこと忘れたのっ?」
「……マキナ、それはわかったから、落ち着け」
「スーヴァルは死んでないもんっ! 前言撤回してよね、この冷酷仮面っ!」
「れ、冷酷仮面……だと……?」
「しーらないっ!」

 マキナの暴言に地味に傷付いた彼をよそに、マキナはどこかへ走り出した。

「わたし、追いかけてくるっ!」

 フルージアはあわてて、走り去る背中を追いかけた。


  ♪


「マキナ!」
「……フルージアちゃん」

 野営地の近くの木の陰に、フルージアはマキナを見つけた。

「戻ろうよ。スーヴァルを探しに行くんじゃないの? みんな、待ってる」
「……かし」
「え?」

 蚊の鳴くような声でつぶやいたマキナの言葉を聞きとれず、フルージアは聞き返した。

「むかし」

 今度ははっきりと、マキナは言う。その顔はうつむいていた。

「フルージアがここに来るずっと前ね、ここのメンバーが死んだの」
「ええっ!?」

 セラン特殊部隊。フルージアの見つけた幸せの地。
 そこで昔、メンバーが死んだ?
 明かされたのは、悲しみの事実。

「名前、タルヴァンっていうんだ。みんな、タルって呼んでた。魔力を物理的な力に変換する『変力師』だった。大柄で気さくな男の子で、すっごく面白いメンバーだったよ。あたいも何度か遊んでもらったし、戦いっぷりも見てきたよ。だけどね」

 クィリから任務に出されて、そのまま帰ってこなかったの、とマキナは語る。

「その時も捜索隊を組んで、みんなで捜したの。で、見つかったんだ。
 ——死んでからもう何日も経った、腐敗しかけたタルの遺体が」

 フルージアは息を呑んだ。マキナは暗い顔で話を続ける。

「タルね、アルドフェックの最南端の町の視察に行ってたの。けど、そこで帝国民にばれたんだね。冷酷仮面ことクィリいわく、その遺体には集団でリンチに遭ったような跡があったって。クィリが悪いわけじゃないって、あたいは知ってるよ。でも、今回のこと、あのときのことにあまりにも似てる。あたい、怖かったんだ。もう二度と失いたくないよ。セラン特殊部隊はあたいの家族だもん! でもさ、クィリが『見つからなかったら死んだと思って諦めろ』なんて言うんだ。タルのこと思い出したら、『諦めろ』なんて普通言えないよ。それとも、あれが正しい指揮官の姿なのかな……。あたい、よくわからないんだよ」

 それが、事件の全貌だった。
 確かに依頼者がクィリである点や捜索隊が組まれた点などは、マキナの言う「あの事件」と同じだ。そんなことがあったのならばそこに変な符合を感じたとしても、むべなるかなである。
 それはともかく。

「マキナ、マキナ」
「何」

 返事までもが素っ気ない。その素っ気なさにスーヴァルを思い出す。フルージアは彼女の両肩に手を置いた。

「フルージアちゃん……?」
「マキナはスーヴァルのこと、どうでもいいの?」
「いや! そんなことない」

 なら動こうよ、とフルージアは元気づける。

「過去をウジウジ悩むよりはさ、今を見て、どうしたらスーヴァルと再会できるか、考えよっ! 嫌なことじゃなくて幸せな未来を考えよっ!」
「……うん、そうだねっ!」

 フルージアの両手を振り払い、マキナはちょっと吹っ切れたように笑った。

「そうと決まったらゴーゴーゴーっ! あたい、クィリに謝らなくっちゃ」
「冷酷仮面にィ?」
「あの暴言も謝らなくっちゃあ。クィリ、ちょっとショック受けてたっぽいし」
「じゃ、行こうか、マキナ」
「行こうよフルージアちゃんっ!」

 二人は仲良く手をつないで、来た道を駆け戻っていった。
 タルのことがあったからって、それでスーヴァルが死んだと、決まったわけじゃないから。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-4-2 傷だらけの白 ( No.16 )
日時: 2017/10/22 12:35
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 2 傷だらけの白


  ♪


 マキナは言う。

「見えたよっ! でも、まだ曖昧だなぁ。けど、場所はなんとなくわかった。道なりに行けばきっと会えるよ」

 その言葉に従って、捜索隊五人は、捜索を開始した。

「生存の確認は」

 ハインリヒが問えば。

「まだ生きてるよっ! 急ごうよっ!」

 とマキナが返す。
 それから一日程度、道の半分まで来た時だった。
 それが見えたのは。

「死霊……ッ?」

 最初に気がついたのはハインリヒだった。彼は皆に指示を飛ばす。

「戦闘要員とフルージアは走れッ! オレはオレで行くッ!」

 彼の鋭い目は見た。道の陰に倒れている何者かの影。それを、漆黒の霊が襲おうとしているのを。その近くには、虚ろな目の少女。
 襲われているのは、スーヴァルだっ!

「スーヴァルッ!」

 空間使い・ハインリヒの手が、空間を裂いてスーヴァルに伸びる。
 その手は済んでのところでスーヴァルの襟元を掴み、死霊の攻撃から彼の身体を、間一髪のところで安全な所に引き寄せた。

「……ハインリヒ」

 意識はあったようだ。身体中を血に汚し、青白い顔をしたスーヴァルが、荒い呼吸の中つぶやいた。
 間もなく、フルージアたちが追い付いた。

「スーヴァル! 生きてた! 何があったの!」
「それよりも状況確認だ。あの少女が死霊を呼んでいるので間違いないな?」

 スーヴァルは力なくうなずいた。でも、待って、と彼は言う。

「状況説明はあと……。でも、彼女は敵じゃない。力が暴走しているだけだよ」
「しかし、このままでは……」
「僕が行けばいいんだ。すべて、僕の責任だから」

 ハインリヒの困惑を背に、スーヴァルはゆらりと立ち上がる。その膝はがくがくと震えていた。かろうじて、立っている。

「どうするの? 危ないよ!」

 フルージアがその背に声をかけるが。

「無属性魔法一発……。それで全てが終わるから。待ってて。邪魔はしないで」

 揺れる体に魔力が集まり、やがて。

「……解放」

 つぶやくと同時に魔法が放たれ、少女の意識を刈り取り、死霊が消滅した。
 そして、その身体もくずおれる。

「スーヴァル!」
「彼女、アイオンは新しい仲間だ。でも、僕しか信じられないから、僕から離さないでね……」

 言って、彼は意識を手放した。


  ♪


「新しい仲間? アイオン? 全然わからないよ……」

 イリニアスへの帰り道。シフォンによる応急処置を済ませたスーヴァルを背負ったハインリヒを横目に見ながら、フルージアは誰にともなくつぶやいた。
 その脳裏に焼き付いているのは、彼が治療されるときに見えた、無数の傷。
 それは、全て真新しいものではなく、ずっと昔に受けたみたいな、醜い古傷。
 思い出す。スーヴァルはいつも、袖の長い服を着ていた。
 今思えば、それは傷を隠すためだったのではないだろうか。
 彼の二の腕にも無数あった、残酷な傷。火傷の痕は、焼きごてによるものだろうか。
 クィリなら、拷問でも受けたんじゃないだろうかとでも言うのだろうか……。


  ♪


「これはひどいですっ!」

 彼の治療のために上着を脱がせたシフォンは、思わす悲鳴を漏らした。
 どんな時も、怪我をしても、それを決して治療させようとはしなかった彼。
 その身体に刻まれた無数の傷が、物語ること。

「スーヴァル……」

 次に目覚めたら話してくれるだろうか。いや、話してくれなくたっていいけれど。



 ——あなたは過去、一体何があったの……?



 渦巻く疑問。
 ひとまず、捜索は完了した。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-4-3 臆病な傷 ( No.17 )
日時: 2017/10/22 12:47
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 3 臆病な傷


  ♪♪♪


 うまれたときからひとりだった。ひとりぼっちだった。


「こんな子、産まなきゃよかったわ」

 おかあさんからいわれたこと。

「悪魔の子め、死んじまえ」

 おとうさんからいわれたこと。


 つよいちからをもっていた。それが死霊術のちからだった。それだけなのに。
 
 おとうさん、おかあさん、どうして?

 ひどいことをいわれるたびに、きずついていった幼いこころ。
 だれも味方してくれなかった。だれもわたしをたすけてはくれなかった。
 

 だから、こわそうとおもった。


 死霊が幼いわたしにささやく。


 ——壊してしまえ、お前の敵だ。


 だからわたしはこわしたんだ。


 さいしょは、おとうさんとおかあさん。
 死霊をよびだして食らわせた。うまいうまいと死霊はいってた。
 
 つぎは、村のおとなたち。
 死霊をよびだしてころさせた。まっかな血しぶきのいろを、うつくしいとおもった。きれいなあかいはなが、たくさんさいた。

 さいごは、女とこどもたち。
 しにがみの鎌を死霊にもらって、じぶんでみんなをきりころした。
 みんなが泣いてさけぶこえは、耳にここちよかった。

 そうしてわたしは、またひとりになった。
 みんながしねば、死霊もウソみたいにしずまりかえって、わたしに話してくれなくなった。
 さびしいよう。どうしていなくなっちゃうの?

 ——ひとりぼっちだぁ。

 でも、それでもいいとわたしはおもった。


  ♪


 ひとがしんじられなくなった。
 なんどもうらぎられ、りようされた。
 ひとりでいいから、もうだれも話しかけないで、そうおもった。
 そんなひびのなか、スーヴァルにであった。
 それは、きせきみたいなことだった。

 
  ♪


「ただの親切」


 ことばすくなにかれは言った。


「道端に倒れていたから助けた、ただそれだけ」

 わたしははじめ、彼をしんじられなかったけど、やがて。

「スーヴァル、だいすき」

 彼のことをしんじ、わたしはひとりじゃなくなった。彼はむじょうけんに、わたしをまもってくれたから。

「アイオン」

 スーヴァルだけが、わたしの名をよんでくれるの。ほかのひとは「しにがみ」とか「あくま」とかよんで、「アイオン」ってよんでくれない。
 スーヴァルだけなの、スーヴァルだけだったの。だからアイオンは、スーヴァルがだいすき。
 スーヴァルはね、アイオンのきえたろうそくに、火をつけてくれたんだよ。
 だからスーヴァルは、アイオンのともしびなの。
 でも、スーヴァルいがいは、まだ、しんじられない。
 アイオンはきずつきすぎたんだ。だから、まだ、みんながきらい。

 スーヴァル、だいすき。だからしんでほしくないの。
 スーヴァルを他のひとたちがおそったとき、アイオンはスーヴァルのために死霊をよんだよ。
 たすけて、スーヴァルをたすけてって、アイオン、おねがいしたの。
 でも、そのあとなにがあったのかおぼえてない。アイオン、きをうしなっちゃったんだ。
 でも、スーヴァルはいきてる。それがわかってるから、アイオンこわくない。


  ♪♪♪


 スーヴァルもアイオンも、フルージアたちが野営地に帰りつくまで、目を覚まさなかった。
 帰り着き、ハインリヒが事情説明をしにアミーラのもとへ行ったとき、スーヴァルだけが、目を覚ました。

「スーヴァル!」

 彼の目覚めを見て、マキナが歓声を上げた。

「あたい、すっごく心配したんだからぁ! でも、生きててよかったよ。……タルみたいにならなくて、本当によかった」

 その言葉を聞き、スーヴァルは苦笑いする。

「おかげで、生きている」
「傷の具合はどう?」

 この質問はフルージアからだ。彼の身体に無数あった古傷はともかくとして、彼があのとき血まみれになっていた原因の傷は、大きかったが深くはなかった。
 スーヴァルはうなずく。

「しばらくは戦えない。でも、大事ない」
「それはよかった」
「あのさ」
「何?」

 スーヴァルの瞳が、一気に暗くなる。

「……傷の手当てした時、見たよね?」

 それはあの無数の古傷のことだと思い至り、フルージアは頷いた。
 スーヴァルは溜め息をつく。それは、とても悲しげで、つらそうで。

「いつかは明かす時が来る、そう思っていたけれど。隠すのもこれが限界か」

 スーヴァルはフルージアに頼みごとをした。

「皆を呼んで」


  ♪


 何事だ、とアミーラやクィリがやってきた。スーヴァルは前置きする。

「なし崩し的に話すことになった。この話を聞いて、皆が僕をどう思うかはわからないが、僕は皆を信じている」

 そして、スーヴァルは語り出す。

「常識確認。皆、希少種『ミスル』って知ってる?」

 フルージアを含むほとんど全員が頷いたが、マキナだけが首を振る。

「なぁに、それ?」
「……復習の時間といこうか」

 変わらない無表情が言葉を紡ぐ。

「希少種『ミスル』とは、イデュールの民やアシェラルの民と同じ、異種族。ただ、彼らは才能があった。ほかの種族にはなく、そして、迫害されるに足る才能が」

 人は誰も、必ず何かしらの才能を秘めている、と彼は言う。

「『ミスル』は、それを開花させることができる。五年の命と引き換えにね。それはとても素晴らしいこと。だから狙われ、利用された。それでも彼らは屈しなかった。だから迫害された」

 そして、スーヴァルは、言う。
 決定的な一言を。

「そして今、僕は明かそう。どうせばれることだったしね。















  僕 は — — そ の 、ミ ス ル だ 」















「————ッ!」

 広がる動揺の嵐。ざわめく皆。
 フルージアも、信じられない。スーヴァルがミスルだったなんて。差別はしないが、そもそもこのセラン特殊部隊に異種族がいたことが。
 しかし納得がいった。あの身体中の傷は彼が迫害を受けたことによるもの。あれは人々に折檻され、数多の苦痛を味わった痕だ。
 その事実はあまりにも悲しく、痛々しくて。
 知らずフルージアは目を伏せた。
 その様を相変わらずの無表情で眺めながらも、スーヴァルは続ける。

「僕はミスル。その族長の息子だ。里を滅ぼされ、彷徨っているところをアミーラに救われた。……これが僕の経緯だ。僕がミスルだとわかっても、普通に接してくれると嬉しい。でも、そうしてくれないのなら、僕はここを去る。皆はどうするんだ?」

 無表情な瞳は問いかける。皆は沈黙したままだ。スーヴァルの瞳が一層闇を帯びて暗く光る。それでも沈黙はなおらない。

 ——と。










「——そんなことで壊れるような、脆い絆だとは思えないけどねぇ」










 じゃらん。独特な音。彼がいつも持っている、金メッキの知恵の輪の音。

「リクセス」
「みんな、一体どうしたのさ、黙っちゃって。彼はミスルだ大変結構。で、それがどうかしたのかい? してないだろ。それでどうかするような弱い絆で結ばれた部隊なら、僕ァ遠慮なく脱退するけど?」

 リクセスの言葉に、皆、はっとする。
 すると。

「スーヴァル! あ、あたい、ね!」
「何」

 その言葉を聞き、マキナがどもりながらも言う。

「ただ、驚いてただけなんだよっ! だって普通信じられないじゃん? でも、スーヴァルを差別してるってわけじゃないから! 信じてね!」
「……当然だろ、わかってる」
「スーヴァルも人が悪いねェ」
「アミーラ」

 相変わらずのあけっぴろげさで、アミーラが割り込んできた。

「皆、あんたの正体を知ったところで絆が切れるってわけがないじゃないのさ。だけど、それを確認したいがためにあんな質問を投げて。不安だったのかい、その絆を疑うほどに。怖かったのかい? 絆が失われることが。思わず確認したくなるくらいに、怯えていたのかい?」
「…………ッ」

 図星だったのか、フイとそっぽを向いたスーヴァルの頬を、アミーラが両手で挟み、優しく笑った。

「怖がることはないよ、スバル」

 スーヴァルの名は、どこかの国の言葉で、とある星団の名前からとられた。


 その星団の名は——スバル。


 アミーラは、優しく笑う。

「だって、ここの絆は強いだろ? 怖がんなくても大丈夫さ。みんな決して裏切らないし、ずっと一緒にいるからさ。不安なんてない。それでもそれらを抱いてしまうのは、お前の心に宿った悲しみの記憶のせいだね」

 乗り越えなさい、と彼女は言う。

「あんたは臆病さ。傷つきたくないから、常にそうやって人と距離を置いてる。裏切られるのが、絆が失われるのが怖くて、不安で。心から誰かを信じることができないんだ。でも、過去の傷は乗り越えるものさ。ここでなら、誰もあんたを傷つけやしないよ」

 スーヴァルの身体が小刻みに震えていた。無表情な瞳が初めて感情を帯びる。

「……ありがとう、アミーラ」

 言いたいことはたくさんあっただろうに、彼が言えたのはたったそれだけ。
 それでも構わず微笑むアミーラはまるで、聖母のようだった。
 そう。わたしたちはセラン特殊部隊。さまざまな生まれや過去を持つ者同士が居場所を探し、そうして作り上げられた共同体。お互い、過去に秘めたものが大きいゆえに、悲しみをわかっているがゆえに強く、決して切れないその絆。
 フルージアは、スーヴァルの真摯な問いに、咄嗟に応えられなかった我が身を恥じた。
 そうだ、リクセスの言う通りだ。彼がミスルとわかったって、そんなことで切れる絆なんかじゃない。そんなことで、態度を変えたりはしない。なぜなら彼らは同じ絆で結ばれた、セラン特殊部隊員なのだから。

「ずっと友達だよ、スーヴァル」

 フルージアが笑いかければ、少し照れたような顔をしてスーヴァルは微笑んだ。


  ♪


 アイオンが目を覚ましたのは、それから三日後のこと。

「スーヴァル! いきてた!」

 真っ先にそう声を上げて、ベッドに横たわる彼に飛びついた。

「……邪魔。降りて」
「アイオン、うれし〜い!」

 人の話を聞いていない。その時、フルージアが彼の天幕に入ってきた。

「おはよー、スーヴァル。って、アイオンちゃん、起きてたの」「!」

 その見知らぬ声を聞き、アイオンはスーヴァルにしがみついた。

「だれ? しらないひと。スーヴァルにちかづいちゃダメなの」
「フルージアは仲間だけど」

 スーヴァルがフォローを入れても。

「しらないひと、しんじない」

 かたくなにフルージアを拒否するアイオンだった。
 フルージアは苦笑いする。

「ま、仕方ないか。まだ慣れていないんだね。わたしはフルージアだよ、よろしくね」
「よろしくしない」
「……で、スーヴァル。ご飯、持ってきたけど」
「有難う。アイオンが僕の周囲に人を近寄らせないから、そこ、置いといて」
「了解。ところで、スーヴァルとアイオンはどうやって出会ったの? わたし、そこが気になる」
「それは、長い話だよ」
「長くても構わないわ。話して」
「……任務の途中、彼女と出会った。彼女は道端に倒れていて、怪我をしていて、放っておけなかったんだ……」

 ひとつの物語が、始まる。
 ミスルと死神は、かくして出逢った——。


  ♪


 かくして、セラン特殊部隊に、新しい仲間が加わることになる。

 警戒心の強い、八歳の彼女の名はアイオン。
 かつて両親を殺し、村を滅ぼした死霊術師。

 でも、いまはもう、ひとりじゃないから。

 スーヴァルというともしびを得た彼女は、もう、暴走しない。



 ——もう、ひとりぼっちじゃない。




〈二部四章 了〉


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。