ダーク・ファンタジー小説
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- アビスの流れ星【完結】
- 日時: 2018/03/11 22:01
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
♪
過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。
——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。
♪
■登場人物
>>2
□本編
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)
■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星
お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。
お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。
- Re: アビスの流れ星 ( No.29 )
- 日時: 2020/06/06 02:01
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: XLtAKk9M)
24
「僕についてくれば、君はずっとフミヤと一緒に居れるよ? 宇宙のいろんな星たちだって見せてあげることが出来る」
「お前は何を言って……」
「脚も片腕も僕らに同調できている君なら、それが出来ると思うんだけど」
一考する。
常々、人間なんてくだらないと考えていた。
人類が滅びようが、世界がどうなろうが、いずれ自分が死に行くことには変わりない。
そこに何か思いを馳せるだけ、執着するだけ無駄だと。
だとすれば、それが可能ならば、こいつらについていくのも悪くないのかもしれない。
けれど。
「お断りだ」
「……意外だね?」
「俺自身も驚いてる」
というか脳味噌の整理がついていない。
フミヤがレイダーだってことがバレて、シドウが刺されて、空から何か降って来たと思えば、それがアビスそのものだという。
何を信じれば良いのか。何を疑えば良いのか。
ただしコイツが本当にアビスの化身ならば、単純明快な答えがたった1つだけある。
「けれど——アンタが全ての元凶だってんなら、今ここでアンタをぶっ殺す!」
それが一番手っ取り早い。
サーベルと銃を構えて、アビスを見据える。
「ふぅーん?」
アビスの微笑みが消えた。黒い瞳が糸のように細められて、纏う空気が一変する。
ほぼ同時。
背後のほうから大勢の足音。
「こちら第2部隊、屋上に到着しました!」
第2部隊の面々、総勢7名が騒ぎを聞きつけたのか駆けつけた。
彼らはめいめいに武器を掴んで臨戦態勢をとった状態で散開して、フミヤとアビスのほうへ向き直る。
「レイダーを2体確認!」
「これより討伐に移ります!」
2体……と確かに聞き取った。
「おい、ちょっと待て! フミヤは——……」
——それから第2部隊のうちの一人が消え失せた。
いや正確には足首から上が消し飛んだ。
遅れて、扉の隣の壁を薙ぎ倒す轟音。
絶句。
ただ、視線の先、さっきまで人間が居た場所には、白い槍が幾本も折り重なったような何かが横たわっている。
何かは、アビスの左腕へ繋がっている。
つまりアビスの左腕が槍の束に変化して、伸びて人1人を殺した——というよりは消したのだと、理解するまで数瞬。
もうひとつ鋭い音。
金属を弾いたような音は、何処からか投げつけられた真っ白な大剣が、もう一人の頭部から貫通して屋上に突き刺さった音だった。
目で追うことすら、出来なかった。
「——誰を、殺すって?」
アビスはそのとき、一切の表情を浮かべては居なかった。
今度はアビスの右腕が、何本にも枝分かれして屋上に突き刺さる。
すると足元から白い槍が何本も、何本も。視界の端で一挙に3人が肉の塊に成り果てた。
状況を掴めず呆然としている残り2人を意に介さず、彼あるいは彼女は、自分の両腕を引きちぎるように切り離す。両腕はあっという間にまた生えて。それから、こめかみの辺りで指を鳴らす。
まるで赤く塗装されたオブジェのようになっていた槍の束と槍の山は、それぞれ人型のレイダーとなった。
2体とも同じ形状。盾と剣を構えた騎士のようなレイダーは、何を言葉にする間もなく、残る2人を叩き切った。
それからアビス本体は左で横一文字に空を切ると、背から真っ白な、白鳥のそれのような翼を広げた。
「……シドウはもう使い物にならない、スギサキは一緒に来てくれない……なら、長居する意味はないかな」
あごに人差し指を当て、しばし考える素振りを見せた後、アビスはフミヤを抱きかかえた。
「バイバイ、スギサキ! 残念だったよ、一緒に来てくれると思ったのに!」
「なッ……、待てッ!」
飛び立とうとするアビスに向かって駆け出そうとする。
しかし横合いから2体のレイダーが飛び出て行く手を阻む。先程の騎士型である。
「邪魔……なんだよ!」
サーベルを振り抜く。レイダーは盾で受ける。
——厄介極まりない!
もう片方のレイダーの攻撃をサーベルで受ける。
埒が明かない。そう思ったとき。片方のレイダーが不意に動きを止める。
それから崩れ落ちる。
「え……」
何事かと思えば、倒れたレイダーのうなじの辺りにサーベルが突き立っている。
サーベルが飛んで来たであろう方向に目を向けると、赤と黒の何かが蠢いて、アビスの足首を掴んでいる。
「行かせる……ものか……!」
シドウだった。
口の端から血を流しながらも、力を振り絞って腕を伸ばしている。
「まだ生きてたんだ?」
アビスは真っ黒な瞳で、冷徹にシドウを見下ろしていた。
「そいつは……私の部下、だ……」
しかし、力強く握られたその掌から、みるみる力が失われていく。
一度、咳き込んで吐血。シドウの身体は再び血の海に沈んで、動かなくなる。
「シドウッ!!」
騎士型のレイダーの剣を横にいなして、喉元にサーベルを深く突き立てる。
それからフミヤと、シドウと、アビスの居るほうへ駆ける。
——遅かった。
アビスは翼を広げて飛び立って、俺の手は虚しく、そのときに散った羽根の一枚を掴んだだけだった。
「……クソッ」
一度悪態をついて、空を仰ぐ。
視線の先は真っ黒になって泣く空と、遠ざかっていく一点の白い影。
- Re: アビスの流れ星 ( No.30 )
- 日時: 2021/08/26 23:03
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: Jhl2FH6g)
25
12月24日、旧日本区域を中心とした地域の上空にアビスが急接近。
成層圏への突入が確認されたアビスは、触手のようなものをクラヴィス日本支部屋上へ伸ばした。
カメラを通してこれを監視していた日本支部所属のエンドウと、現在数重なる独断行動への処罰として同支部内拘置所で身柄を拘束されているスギサキ少佐の証言によれば、アビスの化身を名乗る子供が中から現れたのだという。
アビスは第2部隊の全員を殺害し、同日午前10時にクラヴィスから除隊扱いとなったフミヤ少尉を連れ飛び去ったという。
一連の事件と時をほぼ同じくして、極東上空を異常な黒色の雲らしきものが覆っている。
前述の触手のようなものと同様、この雲についても詳細は不明である。レイダーに関連するものであるとの予測が立っている。
黒色の雲からは同じく黒色の雨が降り続け、同時に各地でのレイダーの活動が盛んになっている。既に旧中国地域などで被害が続出、4つの支部において第一種緊急事態警報が発令されていた。
これを受けアメリカ等他の全ての本部と支部も厳戒態勢をとった上で、極東周辺の支部に増援を送る準備を進めている。
だが確実に空を黒く覆ってゆくアビスへの決定打は皆無そのものであった。現在もアビスは黒い雨を降らせながら面積を拡大させてゆく。
表向き迅速な対応を取っているようには見えるものの、各国の指揮系統も極めて混乱していた。
特に日本支部はタカノ准将がなんとか保たせているだけで、第1部隊と第2部隊を一挙に失ったことによる隊員達への衝撃はきわめて大きい。
アビスが来訪する直前に、かのシドウ大佐が右腕をレイダー化させたフミヤ少尉に負傷させられた事実、スギサキ少佐がクラヴィスの支部にレイダーを連れ込んだという噂も混乱を促進させていた。
件のシドウ大佐は意識不明のまま現在も日本支部の医療班による集中治療を受けている。出血と内臓の損傷が酷いものの、辛うじて一命は取り留めている。
スギサキ少佐は、シドウ大佐に向けて攻撃した件、フミヤ少尉がレイダーであると知っていながらクラヴィスの支部にこれを連れ込んだ件についての罪に問われ、同支部の隊員らに事情聴取を受けている。
またタカノ准将もこれを知っていながら不干渉を決め込んだ可能性が指摘されており、彼女への処分も本部によって今後決定される方針であるらしい。
フミヤ少尉自身に、それら、つまり自身がレイダーであること、そしてレイダーとしてライブラの情報をアビスに流していたことへの自覚は無かったという話である。またフミヤ少尉は前述の通り現在アビスに連れ去られており、彼女の反応は極東遥か上空で留まったままである。
現在、最大戦力として期待される南米支部所属のガリア中将は、南米周辺で暴れているレイダーの大群との戦闘に追われ、その場を離れる事が出来ない状況に追いやられていた。
周辺は飛行するレイダーも大群を為しており、増援も迂闊に近づけない状況にある。スギサキ少尉らの証言を真とするならば、アビスによる故意的な妨害と見られる。
スギサキ少佐と直接コンタクトを取ったとされる、アビスが彼に伝えた内容はこうだ。
アビスの正体は、悠久の年月宇宙を彷徨い、星を捕食し続けて、それを生きる糧としてきた巨大宇宙生命体そのもの。
彼あるいは彼女の目的は、人類を捕食することによって力を蓄え、そしてこの地球という惑星を捕食すること。
フミヤ少尉をクラヴィスに送り込んだ理由について、彼或いは彼女は、人間を捕食する効率の向上と称しているが、これについて真偽は不明。というより……疑う余地があると判断される。
一連の件はついにアビスが、本格的な捕食に向けて動き出したのだと推測される。残りの地球人ごと、地球を呑み込もうという算段らしい。
アビスによる惑星捕食の予想、つまり滅びのビジョンについては無数の憶説が飛び交っている。
そして、その滅びが訪れるのはいつか。一ヵ月後か、一週間後か、翌日か。染まってゆく真っ黒な空は、人類に残された猶予があと僅かであることを示していた。
漆黒の空にはたった一つの星も瞬かず、波打つ黒い水面のように蠢いている。
遥か遠くから獣の低い唸り声のようなものが、地を這って響き続けている。
まさしくこの世の終焉の前奏には相応しい、禍々しい絵図が広がってゆく。
西暦という暦の原点となった神の子の誕生日を祝うイベントになぞらえて、誰かがその日を『ブラック・クリスマス・イブ』と呼び、名付けた。
最終章『Shooting star in "Abyss"』
- Re: アビスの流れ星 ( No.31 )
- 日時: 2018/02/27 20:10
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: f/YDIc1r)
26
「……ん」
ここはどこだろうか。
辺りは真っ暗……というか真っ黒で、割と広い空間だった。
一面が蠢く黒い何かで覆われているけど。
立ち上がると足場はあまり平らと言えず、荒地のように凹凸があるのがわかった。
どこかで見たような気がするのは気のせいかな。
「あー、フミヤ、やっと起きたぁー?」
いきなり名前を呼ばれて、肩が跳ね上がる。
男か女かはわからない。高めで甘ったるい、子供の声のようだった。
「だ……誰っ!?」
「ここだよ、ここだよ」
素早く辺りを見渡して、声が聞こえた方向へ振り返る。そちらには一際高い黒いもので積み上げられた高台があって、一番上に真っ黒の中で目立つ真っ白い姿の少年が居た。
いや少女だろうか。見た目から判別するのは難しかった。
彼、あるいは彼女は真っ白なパジャマのような服装をしており、髪も、肌さえも生気が感じられないほどに白い。顔立ちも端整で、まるで陶器でつくられた人形のようだった。
だけどその瞳は、まるで向こう側まで穴が空いているかのように真っ黒で、得体の知れない気味悪さを感じさせた。
彼あるいは彼女は私の顔を見ると、嬉しそうに口角を上げた。
「ヒサシブリ……うにゃ、フミヤにとってはハジメマシテ、かなぁー?」
にこっと、私に笑いかける。作り笑いには見えないけれど、その笑みに居心地の悪さを覚える。
「君は誰?」
「僕は、君の親さ」
親。
全く聞き慣れない単語に皮膚が粟立つ。
親? この、どこから見ても私と同じくらいの年齢にしか見えない、この子が?
というか私に親がちゃんと生きていたのか?
記憶を失っていた私に?
「そしてね」
それから少年或いは少女は私に、更に告げたのである。
「僕の名前はアビス」
「……——思いっ、出したっ……っ!!」
正確には思い出させられたのか?
そんな予感がする。
全身に地の底まで落ちていくような感覚が襲い掛かった。
確かに作られた!
私はあの少年に作られた!
気のせいなんかじゃない——この場所で!
「そうだ、私は、私は……私は」
私は記憶喪失だったのではない。
元より私に、作られる以前の過去など存在しなかったのだ!
このアビスという場所で、アビスに作られて、地球と言う場所に送られて、そこに隠れていた人間をいっぱい食べて、いっぱい観察して、人間に化けて、スギサキに会って、ライブラに入って、レイダーを倒し続けて、アイカワさん達と出会って、シドウさんと出会って、彼らとたくさんの日々を過ごして、その日々を忘れないようにしようと日記を綴り続けて、私の右腕はシドウさんを貫いて!
「シドウさんっ!」
アビスが一変して怪訝な表情を浮かべる。
苛立ちが膨張した。
「シドウさんはどこ!? 無事なの!? ねえ!」
「知らなぁーい」
アビスは適当に空中を眺めながら、曖昧に返事する。
「ライブラの中の様子までは、フミヤ無しだとさすがに覗けないからなぁー」
私無しでは覗けない?
「どう……いう、こと、それ……」
「あれぇー? それはもう、フミヤも聞いてたよね?」
また思い出した。
私はこいつのカメラとして送り込まれたんだって、タカノさんも言っていたっけ。
それは大当たりだったってことなのか。
「僕が直接覗いてる間はフミヤもしばらくぼうっとしたみたいになっちゃうみたいだから、少し不便だったけどねー」
つまり、本当に、私のせいで、死んだ、のだ。
「いや」
アイカワさんもマツヤマさんもアルベルトさんもミズハラさんもナナミさんもフジサトさんもハイバラさんもヤマモトさんもイナバさんもツカモトさんもみんなみんなみんなみんなみんな!!
「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁッ!!」
結局私のせいだったんだ! 私の私の私の私の私の私の私の私のののののののののの……。
「大丈夫、フミヤはぜーんぜん、悪くないよ」
不意に、ふわりと柔らかく、温かい感触に包まれたのか分からない。鼻の先に、真っ白な髪の毛が揺れて触れる、感触があったのか曖昧だった。
「大丈夫だよ」
自分の悲鳴は認識不能だった。
外界の覚知が衝動に押し負けている。
暗くなっていく視界に、染み入って、消えるように、優しげな言葉が、聞こえた気もしたけれど、それどころ、じゃあ、なかった。
私は——本当に悪魔だったの?
「大丈夫だよ。僕が生きるためだったもの、仕方が無いんだ」
- Re: アビスの流れ星 ( No.32 )
- 日時: 2018/03/01 19:45
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: lMEh9zaw)
27
両親はレイダーに殺された。
私の目の前で戦死した仲間は、何十人に及ぶだろうか。
良い奴も山ほど居たし、反りの合わない奴も山ほど居た。その中で「出会わないほうが良かった」と思う奴は一人も居なかったが。
人は全ての出会いと経験によって構築されており、そのいずれかでも欠ければ現在の自分は存在しない、というのが持論だ。
悉く殺されていった。
あるときは、死ぬまで私を助けようと約束してくれた戦友が居た。このピアスは彼女が発注して、私の誕生日プレゼントにと渡してくれたものだ。
彼女もまた私の目の前で血の雨を撒き散らして死んだ。
レイダーを憎めばいいのだろうか。それとも非力な自分を恨めばいいのだろうか。
気が狂いそうになるまで自分と向き合って、それでも答えは見つからない。
考えれば考えるほど闇の沼に囚われて、その先で更に黒い闇が大口を開けて私を呑み込もうと待ち構えているから、何も考えずただレイダーどもを屠り続けて。
死んでも構わないと考えていた。
狂ったように走り続けて、両手に掴んだ剣を振るい続けて、叫ぶ代わりに切り裂いて、涙を流す代わりに返り血に塗れて、ただ自分に考える時間を与えさせないために戦い続けて、いつしか揶揄なのか皮肉なのか「真紅の流星」などという呼び名がついた。
赤い髪に赤い瞳で、流れ星のように敵へ向かって突っ走ってゆくから真紅の流星。
まるで人を鉄砲玉か何かのように呼んでくれる。
いっそ鉄砲玉になれば、本当の意味で何も考えず済むだろうに。
フミヤに会って、彼女がまるで自らと同じだと思うこともなかったろう。
私は、本当ならばフミヤのこともスギサキのことも、とやかく言えはしない。他ならぬ私がそうだからだ。
フミヤがレイダーだと知ったとき、平常を装うのが精一杯だった。
おそらく、どの道私に彼女を殺すことなど出来はしなかったろう。彼女をクラヴィスから逃がすための方法を、どこかで考えていた。
同時に、フミヤを討伐することで、一人でも多くの人間が助かるのならば、とも。
それは私以外の人間に負わせてはいけない。
私以外の誰かがフミヤを殺したとあれば、私はそいつを殺しかねないのだ。それほどフミヤは私の前で死んだ彼女に似ていた。
いや、似ていたとも違うだろうか。
彼女よりもフミヤのほうが物覚えは悪い。それから、少しのトレーニングで音をあげる。会議室が散らかっているときの原因はだいたいフミヤだ。
笑った顔は何を見ているときよりも安らぐ。
興味を持ったことへの集中力は目覚しい物がある。
どこかひねくれていて、それでいて根は素直で、元気に溢れていて、落ち込むときはこの世の終わりなのかというくらい落ち込んで、色々なことを一人で背負い込みがちで、どこまでも優しい。
それが私、シドウエイスケにとってのフミヤユウという少女であった。
それからいつも隣で、何事も興味ないという顔をして、こちらもまたひねくれていて、何よりもフミヤの身を案じていて、実際は優しく、彼女が落ち込んでいたりすればあの手この手で笑わせようとしたり励ます。
それが私にとってのスギサキツルギであった。
——私は彼らとどうしたいのか。
私は真っ黒な沼の真ん中に立っていた。
黒い水は流れ込み続けて、私の両脚を根深く掴んで離さない。尚も重く、引きずり込もうとしてくる。
ついには私の両腕までも呑み込んで、心根までも喰らい尽くしてしまおうと、足元の下のほうで、闇が牙を並べて大口を開いて待ち構えている。
私はきっと、誰もが幸せになれればと望んでいる。
勿論きっと誰もが望んでいる。
しかしそれは茨の道であり、その道には想像を絶する苦痛と、困難と、恐怖と、絶望が待っている。
だから人は諦めて、たとえ自分を犠牲にしてでも、或いはたとえ他人を犠牲にしてでも幸せになろうとする。
あるいは他人と自分を完全に切り離して、自分だけが幸せになろうとする。
私もその一人なのだろうか。
フミヤを殺して他の誰かを助けるのか。
他の誰かを見殺しにして、フミヤを生かして、誰かが死んだ悲しみを彼女に背負わせるのか。
——くだらない。
絡みついた闇を引き剥がして、力任せに一歩を踏み出す。
割れそうなほど歯を食いしばって、砕けそうなほど拳を握り締めて、前をしっかと見据える。
なぜ私の選択肢が、そんなくだらないふたつに絞られなければならないのだ。笑わせるな。
ここで折れれば、私にとっては死んだも同じだ。
フミヤに生きろと命じたのは、他ならぬ私だ。上官が部下に与えた命令に背いてなんとするか。
私は一度フミヤを殺そうとした。如何なる理由があったとて、結果はどうあれそれは事実。
ならば私は一度死んだ人間。信念をねじ曲げた屍である。
ならば、今、生き返れ!
諦めるな、あるはずだ、フミヤも、スギサキも、誰もかも助ける方法が!
自分を恨んだっていい、化け物を憎んだっていい。
悔やめ。
気が済むまで悔やめ。
ただそれを自分の原動力に代えろ!
立ち上がれ。私は真紅の流星だろう!
闇を切り裂いてゆけ。先人曰く——流れ星は願いを叶える為に流れるのだから!
- Re: アビスの流れ星 ( No.33 )
- 日時: 2018/03/01 20:11
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: lMEh9zaw)
28
今の俺に何が出来る。
答えは解らない。
では俺は何がしたいのか。
フミヤを助けたい。連れ戻したい。
あの後俺はクラヴィス日本支部から抜け出した。あのまま居座っていても、投獄されるであろう事は目に見えていたからだ。
俺に限って、レイダーに襲われて死ぬ恐れは無い。危惧すべきとすれば、むしろ餓死する事だろうな。
そんなことを思いながら、銃を乱射してサーベルを振るい乱舞する。
今までに無い大群との対峙だった。
どうやらアビスが空を覆って以降、レイダー共の活動が活発になっているようだ。日本支部の周囲に大量のレイダーが迫り包囲していた。
クラヴィスを抜け出し単独で交戦している。
しかし俺でも埒が明かない物量だ。益してや第2部隊を失った今の日本支部に、太刀打ちする術があるとはとても思えない。
せめて他の支部からの増援が到着するまで、クラヴィス日本支部を、フミヤが帰ってくる場所を守り抜く。
それが今俺に出来る唯一のことだと思えた。
しかし、俺は本当に何やってんだろう。
レイダーに加担して、そのくせレイダーを殺しまくって。
俺は何がしたいんだっけ。
そうだ、フミヤを守りたいんだ。
フミヤは今あの真っ黒な空の只中に居るのだろうか。
どうやったらあの空まで辿り着けるのだろうか。
アビスをぶっ飛ばせるのだろうか。
考えれば考えるほど思考はめぐるばかり。
だけど確かに判っていることは、レイダーを大量に殺されればアビスは困る。
だから斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って斬って。
「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
一瞬でも、気を抜けば死ぬ。
全身全霊で、力尽きるまで戦い抜く覚悟で。敵は数百数千のレイダー。嘘。実際は何体居るのかすら全く見当がつかない。
ここに部隊が到着するまでの辛抱だ。そうすればもう少し先の相手まで効率よく殲滅できる。
「上等だッ! 俺はッ、てめぇら化け物を殺すことに関しちゃ……誰よりも得意なんだッ!」
実際のところ、レイダーと戦うのは嫌いじゃない。
奴等はいわば本当の化け物だ。俺たち人間よりもよっぽど強大で、俺たちは奴らの死骸から作られた装備が無ければ立ち向かうことも出来ない。
体の半分がその装備で出来ているからと、ただ独りだけ戦闘能力が高いからと、周りから化け物扱いされている俺でさえ、それは例外ではない。
むしろ俺はそれが無ければ、一人では立つことすらままならないのだ。
だからこいつらと戦っているとき、俺は人間であることを実感できる。
フミヤと一緒に居るとき、一人ではないと実感できる。
シドウと一緒に居るとき、こんな人間も居るのだと思える。
世界なんて規模がデカ過ぎるもの、最早俺の想像には負えないし、そんなもの背負うつもりも無い。
ただ流れ流れてようやく手に入れたこの場所。
ようやく一人ではないことを実感させてくれた仲間達。
背中を預けても良いと信頼できる相棒達。
それをこんな理不尽なカタチで、奪わせはしない。
だから舞い躍る。
万華鏡のように切り替わる視界。
皮膚の末端一枚まで神経を張り巡らせ。意識と挙動のタイムラグを消し去れ。次の次へと慣性を繋げ。全身全霊よ刹那足りとも留まるな。
全身への命令は、切実な願いじみていた。
横薙ぎ一閃。旋回して接射。反動で宙返り。騎士型レイダーの頭頂を深々と突き刺す。剣を手放して銃を掴む。振り返り様に二挺を連射。今度は銃を高く放り投げ。持ち替えた剣で切り伏せながら突き進み。剣を投げて突き刺して。空高くから落ちてきた二挺の銃を掴み。更に2匹の頭部を吹き飛ばす。
息切れを忘れていた。
忘我と夢幻と、集中と現実の狭間に居た。
しかし気の遠くなるような剣戟と銃撃の連鎖の果てに——何かの一撃が頭を掠める。
「クッ……!」
身体中がが大きく揺らぐ。それは戦場に於いて致命的である。
マズった、と呟く暇もなかった。挙句血が視界を一瞬、ほんの一瞬遮る。
最悪だった。目の前には四足歩行のレイダーが、おそらく俺が反応できない位置まで踏み込んで、前脚を振り上げて。
目に映る全てがスローモーション。俺はそれを呆然と眺めて——。
——大きな翼の生えた何かが横から真紅の一閃。
四足歩行のレイダーは前脚ごと千切れてぶっ飛んだ。
絶句する。
そして翼は見覚えがあった。
バハムートのものである。
しかし翼を背負い俺に背を向けて立つその人影は、明らかにバハムートのものではない。
もっと見慣れた、赤い髪と黒コート。
「シドウ……」