ダーク・ファンタジー小説

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アビスの流れ星【完結】
日時: 2018/03/11 22:01
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)





過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。

——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。





■登場人物
>>2

□本編 
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)


■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星

お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。

お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。

Re: アビスの流れ星 ( No.19 )
日時: 2018/02/15 20:52
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




フミヤの日記・2



10月20日

 今日は大きな鳥のようなレイダーが相手だった。シドウさんが頼りになるのはもちろんだけど、スギサキさんがいることで戦略の幅が大きく広がっていると思う。
 それはそうと、今日はついに、二人に私を鍛えてもらうように頼み込んだ。スギサキさんはめんどくさがってたけれど、シドウさんは快諾してくれた。相変わらずの仏頂面だったけど。



11月5日

 そろそろ、シドウさん達とのトレーニングにも少し慣れてきた……かな?
 でもやっぱり二人には程遠い。いつもの、一対一の剣術戦では手も足も出ない。特にシドウさんは、スギサキみたいに身体を改造されてるわけでもないのに、剣術に限ってはどうして彼より強いんだろう。
 でも前よりは私だって腕が立つようになってきている自信はある。うん、頑張ろう。



11月10日

 今日はサイクロプスという、大きな人型のコードネーム持ちが相手だった。最近はコードネーム持ちがやたらと多く出没していると思う。倒したけどねっ。
 シドウさんが、トレーニングの成果が出ていると褒めてくれた。それから頭を撫でてくれた。凄く嬉しかった。



11月15日

 今日はヘカトンケイルというコードネームを持つ、触手が何本も生えた巨大なレイダーが相手だった。作戦はいつもどおり、問題なしに完璧。
 それから任務が終わった後、三人で屋上に行った。寒いから水筒にコーヒーをたっぷり入れて持っていって、皆で飲んだ。
 シドウさんが星について色んなことを話してくれた。あの星々は果てしなく離れているから、今見えている星でも、実際には何百年も前に死んでしまっている星もあるのだそうだ。でも、星は死んでも、死んだときに散ったガスや塵がふたたび集まって新たな星を生み出すのだそうだ。……覚えられたのはそれくらいだけど。
 ずっとずっと昔は平和で、そんなことを、学校という場所で、誰もが学べたのだそうだ。私もいつしか、学校へ行ける日が来るのだろうか。



11月25日

 今日も任務が終わってから皆で屋上に入り浸った。ここ最近はずっとそうしてると思う。寒いけど、落ち着くから、私も嫌じゃないけど。
 ただなぜか今日は、シドウさんとスギサキの口喧嘩から、なぜか彼らの一対一の剣術戦に発展していた。あれがシリウスだの、今の時期じゃあんな場所に見えるはずがないだの、なんてくだらないきっかけで、無駄にハイレベルな戦闘を繰り広げていた。
 でも、きっと彼らにとってはじゃれあうようなものなんだろうけど。見てて、ちょっと可愛いなと思った。







「はい、シドウさん」
「うむ」
「スギサキも」
「おう」

 マグカップにコーヒーを注いで、二人に手渡す。湯気が白く薫って風にあおられてゆく。屋上は風も強いものだから、温かいマグカップを持った手が妙にじんわりと、幸せな感覚を持つ。
 三人で並んで星空を見上げていた。最近では、任務が終わった後にここで入り浸るのが私たち第一部隊の日課になっている。それで、シドウさんが星座や星について私たちに講釈して、でもだいたいスギサキさんは寝ているのだ。今日はまだ来たばかりなので、彼は起きている。

「……居場所が出来た気がするな」

 不意に、シドウさんがそんなことを口にした。私はシドウさんを見る。彼は、マグカップを持ったまま星空を見上げていた。

「アメリカは激戦区だった。とりわけその中でも難易度の高い仕事を任され続けていた私は、本当に数多くの死を見て来たよ」

 彼の言葉に胸が詰まる。彼がクラヴィスに入隊したのは5年前だという。きっと私よりもよっぽど多く、彼の周りで人が死んでいったのだろう。ほとんど感情を表に出さない人だから、きっとそれら全部を自分で抱え込んで。
 しかし、だが、と彼は言葉を続けて。

「何だろうな。ようやく信頼できる仲間を得た気がする」

 そう言って、彼は一息置いて、自嘲気味にひとつ鼻で笑った。やはり私にはこういう言葉は似合わんな、と誰ともなくつぶやきながら。
 私は、また泣きそうになった。何度か経験してようやく解った。これは、幸せな涙だ。

「……また泣いてんのかフミヤ」
「なっ……泣いてないもんっ」

 慌てて手の甲で涙を拭く。

「……そうですね、シドウさん」

 嬉しかった。
 私も、ここにやっと自分の居場所が出来たと思い始めていたから。そして、彼も私と同じように、そう思ってくれていたから。
 きっとそれはスギサキも同じだ。何も言わないけど、腕を組んで枕代わりにして寝そべったまま、一度だけ鼻で笑ったから。

「——あ……流れ星」
「……知ってるか? 流れ星に願い事をすると叶うらしいぞ」
「迷信に決まってるだろ」
「もう……スギサキは夢が無いなあ」
「まあ確かにそれで叶うなら苦労しないがな」
「えっちょ……シドウさんまで!?」

 スギサキが悪戯っぽく笑って、シドウさんも静かに微笑んだ。

「……もう消えちゃったけど、間に合いますかね」
「試してみる価値はあるんじゃないか?」
「ん……じゃあ」



 この二人とずっと一緒に居られますように——……。


Re: アビスの流れ星 ( No.20 )
日時: 2018/02/16 20:27
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




15



 ボッ!と空気の壁を突き破ったような音。粉雪舞い散る屋上に連続して響く。ゆっくり息を吸う暇もない。ただひたすらに退いて避ける。避ける。避ける。迫る二本のサーベルの連撃を避ける。むしろ今まで生き延びているのが奇跡かもしれない。
 それほどまでに目の前の相手は強い。まさしく見ると触れるとでは大違いだ。何より恐ろしい。怖い。恐怖で泣き叫びたい。しかしそれすらも許されない。ひたすら目の前の鬼人は私を殺そうと迫るのみ。
 このままでは本当に殺される。大きく退いて距離を開く。だけど彼はすかさず片方のサーベルを私めがけて投げつける。サーベルは一直線に飛び私の頬をかすって過ぎる。怯む。彼がその隙を逃す筈もない。刹那にして間合いを詰めた彼に、私は為すすべもなく組み伏せられた。
 首を掴んで床に打ち付けられ、少し呼吸が止まる。私を見下ろす真紅の双眸は、どこまでも冷徹に鋭い。
 ようやく多少の声が出るようになる。

「なん……っで、ですか……シドウさん……!」

 真紅の流星は答えない。ただ、レイダーを見据えるときと同じ瞳で私を鋭く、無表情に睨みつけるばかりで。

「信じてたのに……!」

 真紅の流星は応えない。
 何も言わず、彼はサーベルを逆手に持って振り上げた。あれはヤバイ。咄嗟に全力で転げまわる。間一髪。サーベルはさっきまで私の首元があった床を易々と貫通した。皮肉にも、あれは彼に鍛えられていなければ避けられなかっただろう。
 彼は本気で私を殺すつもりだ。
 シドウさんサーベルを床から引き抜いて、肩から力を抜いたまま私と向き合う。いつもの赤い髪と赤い瞳、黒いコート。だが目の前に、強くも優しい彼の面影はない。あれは幾多の怪物を屠ってきた鬼人の姿そのものだ。そして殺気のすべては今、私に向けられている。
 何で?
 問いかけても、鬼に言葉は通じなかった。
 真紅の流星は再度踏み出した。想像を絶する速度。先程とは違って彼は一刀流。しかし脅威はなんら変わらない。むしろ一刀一刀が速さと鋭さを増したようにすら感じる。致命傷こそ受けていない。だが私の身体の傷は少しずつ確実に増えてゆく。
 生き延びるビジョンが思い浮かばない。私は死ぬのだろうか。この屋上で。もう笑い合えないのだろうか、スギサキとは、そしてこの人とは。
 何で?
 問いかけるにも、誰に問いかければいいのか分からない。
 剣戟は降り注ぐ。ついぞ切っ先は私を捉えようと迫る。白銀に私の絶望した表情が映ったような気がした。
 私は死ぬのだろうか。
 もう笑うことも、食べることも、彼らと話すことも、彼らのバカみたいなやり取りを見守ることも……彼らと一緒に居ることも出来なくなるのだろうか。
 ……——嫌だ。
 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



 衝動が臨界点に達した。
 シドウさんが放った一撃を、受け止めた。
 いきなり変化した、灰色で、まるで怪物の腕のような、それでいて刃の生えた右腕で。



 シドウさんは目を見開いたが、すぐに細めた。そして素早く退いて距離をとった。
 少し状況が飲み込めなかった私も、直に理解する。ああ、そういうことかと。
 やっぱり運命は残酷だったのだ。
 私は悪魔だ。まるで悪魔だ。
 ……——いつの日かそんな風に綴ったことを思い出す。
 次に襲ってきたのは酷い虚しさだった。もうどうにでもなればいい。殺すなら早く殺せばいい。何が、ずっと一緒に居られますように、だろう。くだらないと思った。何でそんな絵空事を見たのか、私は。
 シドウさんが音もなく構えて、それから一息に私へと斬りかかる姿が、やけにはっきりと網膜に焼きついた。
 そして、その表情も。



「え」

 ……——次に気が付いたとき、私の右腕は、彼を貫通していた。



 からん、とサーベルの落ちる音が屋上に響いた。私にもたれかかっていたシドウさんは、何も言わず、ただ一度咳き込むと血を吐いた。今にも死にそうな深い呼吸で、彼は一言、私の横で私に言った。
 そして私の肩に喉元を預けるようにもたれていた彼は、そのままバランスを崩して、何の抵抗もなく、少し雪が降り積もった冷たい床に倒れた。

「シドウさん?」

 返事は無い。
 そして動かない。
 彼の眼光は虚ろ。純白に赤がみるみるうちに広がって染まる。彼の黒いコートに雪が触れる。
 自分の右腕を見た。人ならざるその腕は、今しがた貫いた人間の血液を滴らせていた。
 何の比喩表現も必要ない。今度こそ、私がシドウさんを殺したのだ。
 殺した、のだ。
 だ?
 私が?

「嘘だよね?」

 返事は返ってこない。
 痛々しいまでの静寂だけがそこに在った。


Re: アビスの流れ星 ( No.21 )
日時: 2018/02/17 19:21
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




16



 え、と、思わず間抜けな声で訊き返した。

「今伝えたとおりだ。フミヤ少尉、貴官の今後の任務参加を一切禁ずる」

 シドウさんは無表情で繰り返す。冗談を言っているような顔つきではなく、いつもの、任務の内容を私たちに伝えるときと同じ目だ。

「えっ……と、つまり、次の任務は、あの時みたいに、レイダーに攻撃を加えるな……と……?」
「何度も繰り返させるな。お前は今後一切任務に出なくて良い」

 それから、とシドウさんは付け加えて。

「本日現時刻を以って、フミヤ少尉を第一部隊、及びクラヴィスから除名する。これは支部長であるタカノ准将の意向でもある」

 そう私に伝えた。

「休めってことですか?」
「ずっとな」
「クビってことですか?」
「事実上そうなる」
「もう一緒に戦えないってこと……ですか?」
「そういう事だ」
「……理由を聞いてもいいですか」
「1つ目は、貴官が在籍していた3つの部隊が壊滅状態に追いやられたこと」

 発する自分の言葉が、少し震えているような気がした。
 シドウさんは淡々と告げる。

「2つ目は単純な戦力を鑑みて、第一部隊は私とスギサキの二人で充分だと判断が下された」
「でも、そんなっ……!」
「これは命令だ」

 シドウさんはぴしゃりとはねつける。
 初めて彼に会った時のような、視界が揺れる感覚に見舞われて、顔の表面が熱くなる。足元がぐらついて倒れそうな錯覚に陥る。

「スギサキからも何か言ってよ!」
「悪いけれど、上官様の命令には逆らえないな」

 腕を組んで柱に寄りかかっていたスギサキも、視線を私に合わせずに言い放つ。
 掴んで縋ろうとしたものが砂の塔みたいに崩れたような感覚。

「まあフミヤもまだ未成年だし、手当てなら支給されるだろ」
「そういう問題じゃ……」
「そして」

 シドウさんが私の言葉を鋭く遮って、言った。

「これは私の判断でもある」

 その言葉の意味を飲み込めず一秒。
 それから目の前が、一瞬暗くなった気がした。その瞬間に私は世界から置いてけぼりにされた。

「この会議室のお前の荷物も、今日中に片付けておけ」

 シドウさんが背を向けて何かを言っていた。

「……またどこかでな」

 スギサキも何か言って、それについていく。
 第一部隊の会議室には、私だけが取り残された。
 鉄の扉が重々しく下りて、私は第一部隊から、クラヴィスの隊員から外された。それはシドウさんの判断だという。
 つまり彼にとって私は要らないということ。
 自分では頑張っていたつもりで、私はずっとシドウさんとスギサキの足手まといになっていたのだろうか。トレーニングも、手を抜かないで頑張ってたつもりなんだけどなあ。
 それとも彼らに、何か嫌なことをしただろうか。覚えはないけれど、それも自分の勘違いだったのだろうか。
 やっぱり、居たらいけなかったんだろうか。
 あの日、居場所が出来た気がすると言ってくれていたのは嘘だったのだろうか。演技だったのだろうか。スギサキも、内心では私をうっとおしいと、邪魔だと思っていたのだろうか。
 私の何がいけなかったんだろうか。
 全部かな。
 全部いけなかったのかな。
 ずっと彼らは、私を疎ましく思っていたのかな。邪魔だったのかな。早く居なくなればいいのに、って思っていたのかな。
 なのにはしゃいじゃって、流れ星にずっと一緒に居れるようにだなんて祈って、一緒に居たいとか思って、ちょっと幸せな気分になっちゃったりして、また明日も一緒に屋上行きたいとか思ったりしちゃって、2人の誕生日聞こうかななんて思っちゃってたりして、誕生日にはプレゼントを渡そうなんて考えちゃったりして、トレーニングとか任務とかでシドウさんに褒められたときは嬉しくって、スギサキが無言で持ってきてくれるコーヒーが美味しくって、ちょっと前より成長したかもなんて自信過剰になっちゃって、2人とずっと一緒に居れるように、私も2人を守れるぐらい強くなりたいなんて思っちゃって、2人が居ればいつだって頑張れるなんて思っちゃって、ずっと一緒なんて夢見ちゃって、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと——……。



「バカみたいだ、私」



 頬を大粒の涙が伝うのがわかった。強く歯を食いしばっていた。
 幸せじゃない涙は久々で、ただただ胸が締め付けられるような感覚に苛まれた。
 けれど苦しさは吐き出されない。わけのわからない闇の靄が、私の中をぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると。
 なんだよ、それ。
 バカみたいだバカみたいだバカみたいだバカみたいだバカみたいだ。結局、私なんて居ないほうが良かったんじゃないか。
 2人の言葉は上っ面だけだったのか。居てもいいんだって、生きてて良いんだって、許されたと思ったのは幻想だったのか。
 泣いた。
 大声で、子供みたいに泣いた。会議室の外へは、私の泣き声は聴こえていないことを期待して。自分を呪った。



Re: アビスの流れ星 ( No.22 )
日時: 2018/02/18 13:38
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




17



 ちょっと待って。少し、おかしい気がする。

 直感が違和感を運んだ。涙で濡れた視界に、ふと自分の足元、それから自分の目の前の鉄の扉が入り込む。
 戦死者の多いクラヴィスは、慢性的に人員不足だ。その中で、戦力として乏しいという理由で、仮にも尉官の人間の首を簡単に切るだろうか。自分で言うのも何だけど、演習ではそこそこの成績を残したつもりだ。
 もうひとつ、私が居た三つの部隊が壊滅したからという理由だったけど、だとしたら私を除隊するのが遅すぎやしないか。何しろアイカワさんたちが死んでしまったのは、もう2ヶ月も前の話になる。
 私がトレーニングで、シドウさんが期待していたほどの成長が出来なかったからか。けれど、トレーニングは私から彼らに申し込んだものだ。私の成長に期待をかけたならば、向こうから言ってくるはずだ。
 何より突然すぎる。最近の任務遂行にも問題はなかったはずだし、足を引っ張っている……ことは、私が自覚していないだけかもしれないけれど、このところ大きなミスは一度もしていない。
 全て小さな違和感だ。けれど腑に落ちないのも確かだ。
 私の勘違いかもしれない。だけど。

「訊いてみよう」

 袖で力任せに目と鼻を拭いて、嗚咽を押し殺して、会議室の外へと踏み出す。
 ポケットから携帯端末を取り出して、通話を繋げる。もし任務中だったりしたらシドウさんとスギサキは電話に応じれないだろうから、おそらくは今日の彼らの動向を把握しているだろう人物へ。

「エンドウさんですか? 私です、フミヤです」

 まだ声は少しだけ震えていた。なんとかいつも通りを装って、シドウさんとスギサキの行方を訊く。
 彼らは、タカノ支部長の部屋にいらっしゃるという話だった。
 エンドウさんにお礼を言って、携帯端末の電源を切る。私の心配をしていた気がする。エンドウさんは本当に優しい人だと思う。
 支部長の部屋は、屋上の二つか三つ手前の階だったはずだ。入隊して以来ほとんど行った事がないので記憶は曖昧だけど、迷うことはないはずだ。
 エレベーターに向かって走り出す。







「どうにかならないのか、支部長」
「ダメだ」

 中途半端な上司であれば、たとえ俺より階級が一つか二つ上であろうが、問答無用で黙らせることのできる実績を挙げてきた自負はある。
 しかし目の前の女は頑として、首を縦には振らない。
 俺と真紅の流星は、デスクを挟んでそいつと相対していた。
 階級は准将。実質このクラヴィス日本支部の全権を握る、タカノ支部長。腰まで黒髪を伸ばした彼女がそれだ。黒い軍服を着た彼女は腕を組んでいた。

「フミヤ少尉がレイダーであることは、おそらく最初から知っていたのだろう。スギサキ少佐」
「……とうとう、バレたか」
「レントゲンで撮られた内臓の細部まで人間そっくりではあったがな。最初の検査の時点で、疑惑はあったよ」

 フミヤがレイダーであることは、当然知っていた。
 シドウはともかく、何しろ俺は第一発見者なのだから。

 ……——あの日、あの星空の下、折り重なる死体。文谷地区に積み重なった、死体の山の上に立っていたのは、人のような狼のような怪物だった。決してサイズは大きくない。全く見たことのないタイプのレイダーだと思い、銃を左手に剣を右腕に構えた。
 そのまま殺すのを躊躇ったのは、その次の光景を見たからだ。
 怪物は、一分もしない間に、少女の姿になった。
 我が目を疑った。しかし確かにそこに立っていたのは、紛れも無い、灰色の髪に水色の瞳の少女——……。

「スギサキ少佐。貴官の功績と貴官に対する信頼に免じて、今まで私も庇い続けてきたが」
「でも、だからって……そんな必要がどこにある!」

 頭に血が上る。デスクを叩く。タカノは目を合わせただけで微動だにしない。
 態度の一片も変えずのまま。

「おかしいとは思わなかったのか、スギサキ少佐」
「何をだ」
「ここ半年の新種レイダーの大量発生。そしてここ2ヶ月の、コードネーム持ちの異常発生」

 それから、と繋げて。

「フミヤ少尉の居た隊が悉く壊滅した直接の原因は、新種のレイダーの出現によるもの」

 それも1種や2種ではなく、彼女が新しい隊に入るたびに種類が増えて。

「何より、その隊の弱点を突いたかのような種類のレイダー、その隊の戦力が充分でないときを狙ったかのような出現」

 タカノは淡々と言葉を続ける。

「一緒に他の隊員と仲良くレイダーの胃袋に収まってもおかしくないような状況で、何故か彼女だけはいつも生き残るという異常」

 そう、異常だ。
 繰り返して言ってから、タカノは椅子から立ち上がって俺達に背を向ける。

「そして、全ての支部でもトップクラスの実力を誇る2人が一箇所に集まった途端の、コードネーム持ち祭り」

 まるで、こちらの戦力を把握しているかのように、と付け加えて。

「レイダーがアビスから飛来するらしいことは、研究でほぼ明らかになっている」

 即ち、と言い放って。

「アビスという星自体に、知能と学習能力、そしてこちらを観察するすべがあるということだ」

 ここまで聞けば分かる。分かってしまう。
 分かりたくも、聞きたくもなかった。
 しかしタカノはあっさりと告げる。

「そして、その『観察するすべ』が、フミヤ少尉だ」

 タカノが全ての結論を口にする瞬間と、何の前触れも無く部屋の扉が開く瞬間はほぼ同時だった。

「つまりフミヤ少尉は、アビスからスパイとして送り込まれてきたレイダーである」

 気付いたときには、タカノが口に出してそれを言ってしまった後だった。
 一瞬遅かったのだ。

「……——え?」

 呆然とするフミヤが、支部長室の入り口に立っていた。


Re: アビスの流れ星 ( No.23 )
日時: 2018/02/19 20:08
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




18



 待て、と叫んでも遅かった。フミヤは何も言わないで、振り返って走り出す。
 最悪だ。聞かれてしまった。よりにもよって本人に。

「説明する手間が省けたようだな」

 シドウが努めて冷静な、いつもの口調で言う。こいつは今の話の間も徹頭徹尾、苛立ちさえ覚えるほどに落ち着き払っていた。フミヤがレイダーであるとタカノが告げたときでさえ。
 そして今も。
 何より、フミヤに対する突然の除隊命令。こいつの意思が一枚噛んでいると言っていたな。

「真紅の流星、最初から見破っていたな?」
「確証が無かっただけだ」

 さらりと言ってのける。顔色一つ変えず、俺と視線すら合わせぬまま。喰えない奴だと思っていたが、ここまで厄介とは。何を以ってして見破ったのか、というよりは見当を付けたのかは知らないが。
 シドウはしばらく考え込んだ後、俺ではなくタカノの方を振り向く。

「さて、支部長。このクラヴィス日本支部に、ネズミが一匹紛れ込んでいると発覚したが……どうする?」

 シドウの平坦で端正な口調に、全身に怖気が纏わりつく。
 いやな予感の具現であった。
 考えうる限り最悪の展開が容易に浮かぶ。
 考えまいとする。
 しかしたいていの場合、そういう時の嫌な予感は的中する。
 タカノはゆっくり瞳を閉じて、数秒。そして命令は放たれた。

「シドウ大佐。貴官にフミヤ少尉、改め、クラヴィス日本支部に紛れ込んだ人型のレイダーの迅速な討伐を命ずる」
「委細承知」

 ——おいおい。本気かよ。うわ、目がマジだ。というか、眉一つ動かしてないし。どこまで表情無いんだよコイツ。

「増援を送ろうか」
「必要無い。半端な戦力は足手まといになるだけだ。巻き込まん保証も無いしな」

 真紅の流星は踵を返して、黒い手袋をきつく嵌め直す。
 普段の任務の直前と同じ眼だった。軍靴の音を鳴らし始める。

「待てよ、シドウッ!」

 支部長室を後にするそいつを追って肩を掴む。

「事態は一刻を争うのだ。邪魔をするな」
「ふざけんな……お前、フミヤを斬るつもりか!?」

 視線だけこちらを向いた。剣のように鋭い視線だった。

「レイダーと戦うことが、我々クラヴィス隊員の仕事だ」
「……ふっ、ざ、けんなッ!!」

 心でも死んでいるのかこいつは。なんでそう簡単に割り切れる。

「その台詞、そのまま返そう」
「は?」
「貴官こそレイダーをこの日本支部に連れ込んで、どういうつもりだ」

 それは。

「まるで自分と同じだとでも思ったか」

 言い返そうにも言葉に詰まる。
 シドウの口調も瞳も切っ先のように鋭かった。
 でも、そこまで理解しているなら、そこまで理解できる感情が在るなら、どうしてそこまで冷徹になれる。
 仕事だからなのか。

「スパイとは知らなかったから。無害だと思っていた。同じ境遇を感じた。言い訳は一切通じんぞ」

 向き直って、冷たい言葉の槍は突き刺さる。

「アイカワ大尉と懇意にしていたそうだな。彼も、貴様が殺したようなものだ!」

 それからやっと理解する。
 ここでフミヤを生かしておけば、また犠牲者は増えるだろう。アビスが更にこちらを観察して、それに合わせたレイダーを送り込んでくるから。
 今回の件も、たとえどれだけ隠していたとしても、その内フミヤは全て知ってしまうことだったろう。そのとき脆い彼女は、本当の意味で、自分のせいで多くの人が死んでしまったという事実に耐えられるのか。
 全てを考えた上で、犠牲が一番少なくて済む。
 すべて少し考えれば理解できることだった。

「理解したならば去れ。任務に私情を挟む者は要らん」

 幾らフミヤがレイダーだといっても、今までその自覚は全く見当たらなかった。そして何より、コイツは真紅の流星。
 コイツ自身から直接トレーニングを受けていたとはいえ、きっと数分かかるまでもなく綺麗に切り分けられるのだろうな。
 そうすれば、今までより多少の被害は減るかもしれない。
 それに、コイツなら悪戯にフミヤを苦しめることなく終わる。
 ここで、フミヤを見殺しに、すれば。

「……何のつもりだ」
「悪い、真紅の流星さんよ」

 銃とサーベルを抜いて、シドウの前に立ちはだかる。
 銃口を真っ直ぐその男の眉間に向けて、サーベルの切っ先をその男の胸元に向けて。

「自分でも意外だけど、俺、案外感情に流されるタイプだわ」

 シドウはしばらく何も言わない。それから溜め息をついた。心なしか、いつもより若干深い溜め息であるように思った。
 それからサーベルの柄に手のひらを持っていき、掴み、白刃が露わになってゆく。

「良いだろう。どうせ貴官には、レイダーを庇うに至った経緯をゆっくり牢獄で訊かせて貰わねばならん」

 自分でも、何やってんのかねとは思う。
 それから、やっぱり俺はガキだわ。
 サーベルを持った左手の親指で包帯を取りながら、改めてそう自覚した。



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