ダーク・ファンタジー小説

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アビスの流れ星【完結】
日時: 2018/03/11 22:01
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)





過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。

——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。





■登場人物
>>2

□本編 
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)


■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星

お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。

お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。

Re: アビスの流れ星 ( No.9 )
日時: 2017/09/02 12:18
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)








 シドウ大佐との初めての任務は、最悪な対面の翌日だった。

「……例の、新種のレイダーの反応が確認された?」

 クラヴィス日本支部のエントランス。
 はい、とエンドウさんがシドウ大佐の訊き返しに応える。

「4日前に第一部隊と交戦した不死身のレイダーのようです」

 頭がタコみたいで胴体が犬のような、大きなレイダーのことだ。私が頭部をずたずたに引き裂いても尚健在であったから、不死身のレイダーと呼称されているらしいと知った。
 シドウ大佐は少しだけ沈黙する。目を細め何かを考え込んでいる様子だった。それからあまり間を置かず、おもむろに口を開く。

「私が討伐に向かおう」

 シドウ大佐は、すぐにヘリを手配してくれ、など言いながら懐から取り出した黒い手袋を嵌める。慌てて大佐を引きとめようとするエンドウさんの反対をも押し切り、私たちはたった二人で未知のレイダーと相対する為にヘリに乗り込んだ。

 そして現在、揺れるヘリの中である。
 わけもわからないまま、というか半ば投げやりに彼に従った私は、今になって無茶だと思った。
 小型であってもレイダーの討伐任務は一体を相手に4人から6人程度でかかるものだ。それをたった2人でなど。しかも、支部を出るときにエンドウさんも言っていたのだが、アイカワ隊長を両断した、姿を自在に消せるレイダーもターゲットと一緒に居る可能性もあるのだ。
 しかしシドウ大佐は平然として、頬杖をついてヘリの壁に体重を預けていた。

「そろそろ目標地点に到着するぞ、フミヤ少尉」

 はい、とだけ短く返事を返した。
 何か勝算があるのかとか訊いたり、笑顔を作る気にすらならなかった。口を開けばまた何か言われるのではないかと思い、ただ黙って時が過ぎるのを望んだ。
 いっそ死んでしまえばこの重苦しさからも解放されるのだろうか、なんて考えながら。
 シドウ大佐も黙って横目で私を見ていた。まるで観察するように。見下したような態度がちょっとだけ癪だったので、私も負けじと視線で反撃する。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくださいと。
 すると大佐は昨日のように深いため息をついて、ゆっくりと口を開く。

「お前はレイダーに攻撃を加えるな」
「……——はい?」

 思わず聞き返した。

「レイダーに攻撃するな。陽動もしなくて良い。最低限自分の身だけ守れ。これは命令だ」

 二の句を次げず、え、あ、と意味の無い母音だけが私の口から滑る。
 命令の意味を問うことも叶わぬまま、ヘリの運転手が、目標地点に到達したと私たちに伝える。

「さて、時間だ。準備は出来ているな?」

 言いながらシドウ大佐は立ち上がる。間抜けにも口を半開きにしたまま、現状すら把握できていない私を置き去りにして。
 もう何がなんだかわからないまま、彼は先にヘリから身を乗り出して行ってしまった。数瞬呆気にとられていたものの、私も慌てて後から彼を追う。
 いつもの分厚い空圧を全身で受け止めながら、風の中を落ちていく。黒地のインナーと銀色の甲冑は既に身に着けていた。
 慌てていたためか、着地は少しよろけていつもより少し不恰好になる。それでもどこかを痛めたり、傷を負ったりすることは無かったので問題無しだろう。

 顔を上げると、少し前方にシドウ大佐の姿があった。
 黒く丈の長いコートを着たままだ。あの下に私のようなインナーと甲冑を着込んでいるのだろうか。元からごついデザインではないため、見た目で判別はつきにくい。
 そしてシドウ大佐が見据えるさらに前方には、剣呑としてのっしのっしと歩いてくる、あのタコ頭のレイダーの姿があった。タコ頭のレイダーの頭部は、すっかり回復している。傷一つないのだ。よっぽどの再生能力でも備えているのだろうか。
 ぎょろぎょろと大きな目玉を動かしながらこちらへ悠々と近づいてくる巨体を前にして、シドウ大佐は呟いた。

「あれは1つではなく、2つだな」
「え?」
「今は気にするな」

 彼は腰に差したサーベルを、2本、抜く。そのままだらりと両手を下げて、肩から力を抜いて、真正面からレイダーを見据える。
 レイダーはシドウ大佐の殺気を感じ取ったのか、あちらこちら動かしていた目玉の焦点を彼に合わせる。

「作戦は先程口頭で伝えた通りだ。お前は無駄なことをしなくて良い」

 言い方にむっとしたが、彼は肩越しに私を見て、次にこう言った。

「ただし、よく見ておけ」

 言い終わるや否や、彼の姿が消えたのかと思った。
 それは違った。ただ彼は標的に向かって走り出しただけであった。しかし、その動きは今までに私が見た誰よりも速い。
 レイダーも負けじと、剣のような牙が並んだ大きな口を開いて咆哮する。
 大地を震わす大音声にシドウ大佐は全く動じず疾駆して——。

 ——そして彼の身体はレイダーの喉へと、吸い込まれるように飲み込まれた。



Re: アビスの流れ星 ( No.10 )
日時: 2017/09/03 08:40
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)








 砲撃のように凄絶な音。
 タコ頭のレイダーのうなじからサーベルを掴んだ腕が飛び出す。腕はレイダーの体液にまみれていた。レイダーが耳を覆うほどの絶叫を上げる。
 2本目のサーベルがうなじから突き出た。力任せにレイダーの背と後頭部を引き裂く。
 切り開かれたところから人影。シドウ大佐だった。
 断末魔をあげ崩れ落ちるレイダー。その頭部がひとりでに落ちる。かに見えた。しかしそれは間違いである。
 そのまんま見た目がタコになった頭部は、逃げるようにこちらへ這いずり始めたのだ。
 その瞬間に私は悟る。どうりで前回、私が頭部を潰してもレイダーは生きていたはずである。身体と頭で別の個体だったのだから。
 考えている内に、這いずるタコ型のレイダーは絶命する。
 シドウ大佐の投げつけたサーベルが、その後頭部に突き刺さっていた。

「まず2匹」

 彼はそれだけ言って、首元を無残に切り裂かれた四足歩行のレイダーの上に立ったまま、辺りを見渡す——。

 ——そしていきなり、背後に一閃。
 突然空間から現れた、鉤爪のついた腕が体液を垂れ流し宙を舞う。

 遅れて二足歩行のレイダーが、何も無い虚空から姿を現した。アイカワ隊長を両断したそいつは、片腕を失くし慟哭している。
 シドウ大佐が切っ先をレイダーに向けて構えなおす。対してレイダーは、すかさず空気に溶けるように消えた。逃げるつもりなのだろう。
 それは全くの無駄であった。体液の色まで消すことは出来ないのか、何も無い空間から黒い液体がぽたぽたと零れ落ちていくからだ。
 シドウ大佐は首をひとつ鳴らした。
 そして滴の痕が続く方へと。
 瓦礫の山を。廃墟の壁を。自由自在に飛び跳ね駆け抜けて。赤い髪が流星のように尾を引いた錯覚を見て、エンドウさんが言っていた、彼の二つ名を思い出す。

「……——真紅の流星」

 隻腕となった鉤爪のレイダーは、シドウ大佐の一撃によって腹部から両断されたらしい。再び現れた姿に力はなく、下半身と分かたれた胴体が、絶叫することもなく落ちた。







 タコ型のレイダーの死体からサーベルを引き抜いて、瓦礫の山の上に佇むシドウ大佐に駆け寄った。

「エンドウから聞いた報告と、直接その姿を見た事で大方の予想はついた」

 彼はこちらを向きもせず語り始める。

「まず四足歩行のレイダーは不死身ではなく、2体の別種のレイダーが共生していること」

 四足歩行のレイダーはタコ型のレイダーを盾として使い、タコ型のレイダーは四足歩行のレイダーの機動力を得る。おおかたそんな利害関係だろう、とシドウ大佐は説明した。
 だから私が頭部のタコ型のレイダーに致命傷を負わせたところで、四足歩行のレイダーはびくともしない。そして頭のタコ型レイダーを、新しい別の個体と交換してきたから、傷ひとつなかったのだ。

「面倒なので直接口蓋の奥へ入り込み、内側から仕留め、先に機動力を削がせて貰った」

 合理的に聞こえるが、実力的にも精神的にも容易く実行できるモノではない。

「2つ目に姿を消すレイダーだが、おそらく自身の反応すら消すことが出来るのだろう」

 それを生かしての奇襲を好む性質であると踏んだのだと、彼は言う。

「十中八九は、背後から襲い掛かってくるだろうと予想していた。後は音や風の流れに、方向とタイミングさえ判れば迎撃は容易だ」

 より正確に気配を探りたかったため、敢えて二人だけで出撃し、そして私は一切の行動を取らぬよう指示したのだという。

「狙うとすれば、危険性が高く、かつ1体……もとい2体仕留めた直後で油断しているであろう私だと判断した」

 それから腕を斬りおとしてしまえばあとは容易い。滴り落ちる体液と、その匂いというマーキングが済んでいるのだから。
 それらが彼の作戦の全容であった。
 少し流れる沈黙。呆気に取られたままでいる私をようやく一瞥して、シドウ大佐はまた昨日のように溜め息をついた。

「どうせ此処に来るまで、自分が死ぬべきだった、などと考えていたのだろう?」

 隙だらけの私に、図星の言葉が突き刺さる。
 咄嗟に言い繕うことも、誤魔化すことも出来ないままの私を見て、シドウ大佐はひとつ鼻を鳴らした。

「次は自分を殺すつもりか? だが、考えろ」

 彼は言った。お前は今誰に生かされて此処に居るのか、と。

「前の第一部隊の面々は勿論のこと。おそらくその前にも、その前にも。お前には、戦死した仲間たちがいるのだろう?」

 シドウ大佐は私を見下ろしたまま、右手に持っているサーベルの切っ先を私に向けた。切れ長で鋭く、深い赤色の瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。

「ならば。迷うな。前へ進め。お前は、多くの命の上に生きているのだ」

 それを捨てる権利など、お前にありはしない、と。

「これは上官命令だ。生きろ、フミヤ少尉」

 不遜な態度で偉そうに、仏頂面で、切っ先を向けたまま、シドウ大佐は私に命令した。
 私は私で、気付けば頬を水滴が伝っていて、やがてそれは嗚咽を伴い始めた。

「……ヘリが来るまで少しの時間がある。それまで私は、何も見ていないことにする」


Re: アビスの流れ星 ( No.11 )
日時: 2017/09/05 09:42
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: .cKA7lxF)








「この支部の中を見て回りたい、ですか」

 シドウ大佐との任務を終えた翌日。
 昼ごはんにメンチカツサンドを頬張っていたら、彼から声をかけられた。

「今後の業務に差し支えても困るのでな。このあと時間があるならば、この日本支部内を案内してほしい」

 ということだった。
 元々、新しくその支部に配属される人間は、同じ部隊の人間が支部内を案内するという暗黙の了解のようなものがある。私の場合は、彼が配属された日はそれどころでなかっただけで、今からそれを実行する分には何の問題もない。
 しかし、その前に。

「……いきなりですけど、その左手にぶら下げている巨大な袋は一体……?」
「ん? ああ、これか。菓子類だが?」

 そりゃ見れば解るんですよ大佐。

「そうじゃなくて、どうしてそんなにお菓子を買い込んでるんですか?」
「今日の夜食にするつもりだ。腹が減っては戦は出来ぬと言うからな」

 今日のって言ったこの人。膨れすぎても戦は出来ませんよ、大佐。







「ではまず、ここがエントランスです」
「それは見れば解るぞフミヤ少尉」
「ですよね」

 私は、このクラヴィス日本支部のエントランスの一角にあるベンチに座って軽い昼食をとっていた。

「エントランスの内装はあまりアメリカの本部と変わらんな」
「そうなんですか?」

 私の問い返しに、大佐は頷く。
 ここ旧日本支部のエントランスは、それほど派手な見た目ではない。グレーの床に、硬質な白い壁。構造によるものか一定間隔で壁に縦の細いラインが入っている程度で、装飾らしきものもない。いくつか並んでいるテーブルや椅子も、黒い簡素なものである。
 幾つか自販機は並んでいるけれど、自販機だから目新しさがあるべくもない。
 大きな鉄の扉の入り口の辺りには黒いカウンターがあり、エンドウさんと、彼女と同じオペレーターたちはいつも交代でそこに待機している。

「こうして見ると、もう少し可愛げのあるデザインにしてもよかったのにって思います」
「例えば?」
「ピンクのフリルのカーテン付けたりとか」
「次行くぞ」
「え、あ、ちょ大佐まっ」

 踵を返してすたすたとエレベーターの方へ歩き出した大佐の後を、私は慌てて追った。
 奥にエレベーターに乗るための黒い扉が横に十二個もずらりと並んでいるのは、特徴的かもしれない。







「ここは会議室の階ですね。ご存知の通り、私たち第一部隊の部屋は突き当たりの右側です」

 エントランスと同じ色の床と壁と天井の廊下に、黒い扉が並んでいる。
 会議室は、1部隊に1部屋割り当てられる。室内は中々快適なものであり、通信設備はもちろんのこと、空調設備や冷蔵庫などもデフォルトで完備されている。

「ところで我が第一部隊の会議室は、少々散らかっているようだが」
「うっ」

 おそらく、ここを使っていた前の隊員の私物のことだろう。
 大の音楽好きだったミズハラさんのCD類とか、実は片付けられない女だったマツヤマさんの化粧品及びその他諸々だとか、アルベルトさんの本だとか、アルベルトさんの携帯ゲーム機というもの(実のところ、私はそれが何に使うものなのかは知らないけど、非常に貴重であるらしい)だとか、アルベルトさんのなんだかよくわからない紙の束だとか、アルベルトさんのなんかよくわからない人形だとか、アルベルトさんの何故か女物の派手な服だとか……。

「ほとんどアルベルトさんばっかじゃんッ!!」
「いきなりどうした」
「……なんでもありません」

 前第一部隊で、暗黙のうちにただ一人の片付け係となってしまっていたアイカワ隊長の苦心を今になって知ったのであった。
 アイカワ隊長、毎回ぬいぐるみとか持ち込んですみませんでした。







「この階は食堂ですね」

 エレベーターの扉が開くと、割合広めの空間が広がっていた。多くの長いテーブルと椅子が並んでおり、奥に厨房と繋がっている窓口が見える。あのカウンターから食券で頼んだ料理を受け取るのだ。頼める料理は和・洋・中とさまざまである。
 和、洋、中という料理のおおまかな種類の分け方は、昔、この星の国という概念が明確だった頃の名残りらしい。

「やはり昼飯時だからか人が多いな」
「ここが解放されているのはクラヴィスの隊員だけなんですけどね」

 自分で食事を作ったり食器を洗ったりという手間が省けるため、多くのライブラの隊員はここを利用する。料理自体の味も悪くない、という理由も起因しているのかもしれない。

「そういえば少尉は先程、エントランスで一人で昼食をとっていたようだが、この食堂は使わないのか?」

 シドウ大佐がそう尋ねてきたので、笑顔を作って、人ごみは苦手なんですとだけ言って誤魔化しておいた。
 彼は若干怪訝な顔をしたが、それ以上は追求してこなかった。


Re: アビスの流れ星 ( No.12 )
日時: 2017/09/05 09:44
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: .cKA7lxF)








「ここは研究開発室です」

 私たちが今歩いている、鉄臭い匂いが充満して、熱がこもる部屋では、多くの研究員と技術屋たちが忙しく行き交っていた。
 クラヴィスの隊員によって持ち帰られたレイダーの亡骸は、ここで彼らの手により私たちの武装へと加工される。そのため、ちらほらと大きなレイダーの死体があるのが見えた。向こうにあるのは、数日前にシドウ大佐が屠った四足歩行のレイダーのものだろうか。

「そういえば、シドウ大佐の装備って特注なんですか?」
「なぜそう思う?」
「この間、そのコートを着たままレイダーを討伐していたじゃないですか。コートの下に着込んでいるのかと思っていたけど、それでも違和感があるし……」

 士官にもなると、時折特注の装備を使っている人が居るのだ。元々アメリカ本部に勤務していたアルベルトさんのライフルもそうだったから、シドウ大佐のそれも特注なのではないかと考えた。
 ふむ、と声を出して、シドウ大佐は折り曲げた人差し指を口元に当てる。彼が考え事をするときの癖なのだろうか。

「確かに特注……というか、アメリカ本部の試作品を使っている。とはいえ、性能自体は従来のそれと大して変わらんがな」

 彼が袖をまくると、黒地のインナーに、更に色が濃いラインが入っているのが見えた。
 素材を限界まで圧縮することで、重量と性能は変化ないものの、外見のスリム化に成功したものであるそうだ。難点は防御力が低いことだ、とも彼は説明を加える。

「次は素材の軽量化を実現することで、今までのそれよりも強固かつ多機能な装備を作る研究が行われているらしい」

 よく話がわかっていない私は、ほへぇ、と間抜けな声を上げた。シドウ大佐は溜め息をつく。

「溜め息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃいますよ?」

 それだけ、わざといたずらっぽく言っておいた。







 その後も医務室、居住区、トレーニングルーム、書庫などなどと回り、気付けば数時間が経過していた。支部内は広いので、ただ歩いて回るだけでも結構な時間がかかるのだ。だから新しく入ったメンバーは支部内を案内する、なんて習慣がついたらしい。

「でもひとまずは、これで大体といったところでしょうか」
「ああ、感謝する」

 シドウ大佐は相変わらず表情を変えずに言った。どうしてこの人はここまで無愛想なのだろうか。顔は悪くないから、愛想良くすればもっと印象が良いと思うのに。
 そんなことを考えていると、彼は不意に立ち止まった。いくらか遅れて私も止まると、どうやら彼は何か考え事をしているようであった。

「どうかしたんですか?」

 彼は少し間をおいてから口を開いた。

「あと一箇所行きたい場所がある」








 風が強かった。
 今は空気が鋭い冷たさを帯び始めてきた頃である。支部の外を見張る役目も持つ天文台には風が吹きつけていた。スカートではなく、ホットパンツでよかったと思う。
 シドウ大佐は黒いコートをなびかせながら、広い天文台を、強風を気にすることもなく歩いていた。
 天文台から見渡す限り、この支部自体の他には荒れ果てた大地と瓦礫と廃墟が広がっていた。殺伐とした光景だ。彼がここに来たいと言った理由を、私は量りかねている。
 彼は立ち止まって空を見上げた。私も見上げる。日は既に沈んで、夜空には星の地図が広がっていた。ただ一箇所、とても大きな黒い点を除いて。

「綺麗な星空ですね」

 素直にそう思った。半年ぐらい前のあの日、私の一番古い記憶であるあの日から変わらない夜空。昔の人はあの星と星を繋ぎ合わせて、星座なんてものを考えたそうだ。

「この時期だとペガサスの大四辺形か」

 シドウ大佐がそんなことを言う。
 ずっと昔の神話に出てくる、翼の生えた神馬。メドゥーサという怪物の血から生まれたそれになぞらえた星座というものが、今の時期だとよく見えるらしい。その星座に大きな四角形が含まれていることから、ペガサスの大四辺形と呼ばれているようだ。

「詳しいんですね」
「アビスについて何か解るかと思って、天文学だとかは少しな」

 だけど、結局あの黒い星の正体はわからないのだという。
 周りの星たちをも飲み込んで、消してしまいそうなほど真っ黒な星。レイダーと関連がありそうだということ以外、アビスについてはまだ何も解っていない。
 きっとレイダー達はアビスから来るのだ、とも言われているけれど、それすら定かではないのだ。
 あの星には何があるのだろう。どうして黒いのだろう。そんな疑問さえも、すべて飲み込んでしまうような気がして——……。

「フミヤ少尉」
「わっは、はい」

 奇妙な返事を上げてしまった。
 また、いつもの悪い癖が出ていたらしい。本当にこれ、いつか任務でぼさっとしている最中にあっさりと戦死してしまうんじゃないだろうか、私。
 苦笑いを浮かべながらなんとか誤魔化そうとする私を見て、シドウ大佐は頭をかきつつ溜め息を吐く。それからすぐに、いつもの仏頂面に戻った。

「身体を冷やすと良くない。そろそろ戻るぞ」
「はい、シドウ大佐」


Re: アビスの流れ星 ( No.13 )
日時: 2017/09/06 19:30
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)




フミヤの日記・1



【10月6日】
 今日は蛇のようなレイダーが相手だった。蛇のようなレイダーの尻尾が私に向かってきたとき、マツヤマさんが咄嗟に拳銃の引き金を引いて、尻尾を弾き飛ばしてくれた。後で私に怪我は無いか心配してくれた。やっぱり、根は優しい人なんだなと思う。そして、後でアイカワ隊長に褒められて、口では「別に」と言いながらも顔を赤くしてうつむいていたのが可愛かった。

 戻ってきてから、アルベルトさんとミズハラさんが話しているのを見かけた。なんでも、アルベルトさんが大好きな作品のひとつに、ミズハラさんが好きな曲が使われているのだそうだ。タイトルも教えてくれたので自分で調べてみると言ったら、ミズハラさんが今度CDを貸すと言ってくれた。楽しみだ。ウォークマンに入れておこう。

 今ではCDもウォークマンも珍しくて滅多に手に入らないけれど、アビスが出現する前まではごくありふれたものだったらしい。どんな世界だったのだろう。
 もしもレイダーが居ない世界だったなら、色んなCDを聴いてみたり、他にももっと色んな珍しいものを見てみたいと思う。
 けど、そんな平和な世界でも、第一部隊のみんなとは仲間で居たいな……なんて、考えてみたりする。



【10月7日】





【10月8日】
 私のせいだ。私のせいで皆死んでしまった。私こそ死ねばよかったのに。最低だ私は。死ねばいい。私なんて死ねばいい。私が死ねばよかったのに。どうしていつもあんな良い人たちが死ななくちゃいけないんだ。なんで私の周りでは皆死んでいくんだ。私は悪魔だ。まるで悪魔だ。私のせいで皆死んでいく。私なんかいなければいいんだ。私に自殺するほどの勇気があれば良かったのに。醜い。こんなものいなくなればいいのに。生まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。死ね。私なんか死ね。死ねばいい。いちばん悲惨な死に方で死ねばいいのに。ぐちゃぐちゃに潰されて原型も留めなくなって死ねばいい。私なんて。生きてる価値もないのだから。生きていたってみんなを殺してしまうだけだ。みんな私のせいで死んでいくんだ。私は最低だ。こんなことになっても、まだ自分で自分を殺していない。私なんて死ねばいいのに。どうして生きているんだろう。



【10月9日】
 明日、新しい隊長が別の支部から来るそうだ。
 それまで私も任務に出ず待機するようにと言われている。
 一人で勝手に出て行ったらレイダーに殺されて死ねるだろうか。



【10月10日】
 新しい隊長は最悪だった。何が大佐だ。わかってるよ全部わかってるよ。全部私のせいだよ。言われなくたって全部わかってるんだよ。なのに無神経にずばずば立て続けに言わないでよ。おかげでびっくりして何も言えなかった。いくらお偉いさんでも、アイカワ隊長とは大違いだ。どうしてあんなふうに人を傷つけることを平気で言えるんだろう。何も考えていないのだろうか。ふざけんな。いくら偉くたって大切なものが欠けてる。きっとあの人とは仲良くなれない。ばかみたいだ。なんであんな人が新しい隊長なんだろう。ばーか。

 悔しい。全部新しい隊長の言うとおりで、何も言い返せなかった。全部向こうの言っていることが正しいのに、私は逆恨みしている。なんなんだろう、私は。次はあの人までも死なせてしまうのだろうか、私は。



【10月11日】
 今日は前の4足歩行でタコ頭のレイダーと、姿を消せるレイダーが相手だった。
 四足歩行のレイダーが、実はタコ型のレイダーと4足歩行のレイダーの2体だったなんてびっくりした。あの時それに気がついていればアイカワ隊長やみんなは今も生きていただろうか。

 2人だけで任務に行くのもわけがわからなかったのに、私を残してシドウ大佐が自分からレイダーの口に飛び込んでいったときは心臓が止まるかと思った。せめて最低限、作戦の内容ぐらいは事前に教えて欲しい。ほうれんそう、報告、連絡、相談は基本だと思う。
 きっと連絡されても相談されても報告されても、止めていたと思うけど。

 シドウ大佐の戦い方は凄くて、何より速かった。真紅の流星なんて呼ばれているのにも納得してしまうほどだった。二つ名……ちょっとだけ、私も欲しいかもしれない。
 そういえば腕力も、一撃でレイダーを両断するっていうのは初めて見た。
 サーベルでそんなこと出来るんだ。少なくとも、私にはまだ無理そうである。

 任務が終わった後、シドウ大佐は私に「生きろ」って言ってくれた。
 悲しくもないし、悔しいわけでもないのに、なぜか私は泣いてしまった。
 コーヒーを飲んだ時みたいに、胸の奥がじーんと熱くなった。
 でも、また人前で泣いちゃったのはちょっと悔しいかな。
 今度は絶対に、逆に泣かしてやる。あの仏頂面。

 アイカワ隊長、マツヤマさん、アルベルトさん、ミズハラさん、ナナミさん、フジサトさん、他にもたくさん、私の前で死んでいった人たちのためにも、生きよう。



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