ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アビスの流れ星【完結】
- 日時: 2018/03/11 22:01
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
♪
過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。
——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。
♪
■登場人物
>>2
□本編
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)
■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星
お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。
お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。
- Re: アビスの流れ星 ( No.4 )
- 日時: 2017/08/29 15:06
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jtELVqQb)
こんにちは、お話読ませていただきました。
これからますます面白くなりそうな作品ですね。個人的には今のところマツヤマさんが好みです。
続き楽しみにしています。これからも頑張って下さい。
- Re: アビスの流れ星 ( No.5 )
- 日時: 2017/08/30 08:35
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
スマホからの返信のため、トリップ違うかも。
驚かせたらごめんなさい。
>>4 四季さん
コメントありがとうございます。
何気なく添えられた「ますます」という一文が嬉しいです。
これからも期待に添えられるよう、さらに面白くしていけたらと思います。
眼鏡クール長髪お姉さんは、いいぞ。
- Re: アビスの流れ星 ( No.6 )
- 日時: 2017/08/30 08:30
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
3
時間が凍りついた。
私たちの誰もが動きを止める中で、首から上を失ったミズハラさんが倒れる。コップが横倒しになる様を連想した。彼の体は地面に伏すと、断面から赤いものを噴き出す。
倒れたミズハラさんの体は微動だにしない。悲鳴ひとつあげることなく、彼は物言わぬ肉塊と化した。
「総員、戦闘態勢をとれッ!!」
隊長の号令を受けて我に返る。
途端に意識へ飛び込んできたのは、目の前の大きな化け物。レイダー。
先ほど確かに私が殺したはずの、しかし現に、引き裂かれた頭部から灰色の体液を流しながらも4足で立っている怪物。
「なん……で、立ってるの……?」
私の問いかけは、異形の生物には届かないらしい。
私は腰に差していた二本のサーベルを再び掴んで構える。他のみんなはすでに臨戦態勢へと入っている。
固唾を飲んで、怪物の次の動作を待つ。まだだいぶ混乱している。まずは落ち着け、私。
レイダーは前足でミズハラさんの頭を飛ばしたきり、隙間風がもれるような呼吸音と、灰色の体液が落ちる音を鳴らすばかりで、立ったまま動かない。
しかし少なくとも瀕死ではないように思えた。
レイダーの首がゆっくりと動き始める。思わず全身の筋肉を張り詰めて身構えする。
だが、そいつは私ではなく足元のミズハラさんの死体に首をもたげた。それから触手の奥にあった、恐ろしい牙が並んだ口をがぱと開いて、ミズハラさんの死体を食べ始めた。
水っぽい濡れた音が静かに響く。
さっきまでミズハラさんだったものが、目の前でどんどん形を崩していった。腕の部分を引き裂かれてから、お腹を食い破られて、吐寫物のように色黒い内臓が零れ出た。
見ていて、形容しがたい妙な気分を味わった。
「アルベルト、撃て!!」
同時に撃鉄を引く音と爆音。それから多少の、肉らしきものが爆ぜて飛び散る音。
化け物の大きな頭部が狙い撃たれ、開いた傷口が更にぐずぐずになった。
レイダーは衝撃を受けて少しよろめいたものの、倒れずにすぐアルベルトさんの方へと向き直った。
「……どうしてこうなった」
アルベルトさんは次の弾を装填しながらレイダーを見据える。
「頭部を攻撃しても意味ないのか? アルベルト、次は奴の脚を狙え。動きを封じてから全身をずたずたに切り裂く」
「素材はいいのか?」
「この際そうも言ってられない。こいつはちょっと、異常だ」
「りょ」
アルベルトさんが返事しながら、もう一発銃声。
ライフルから放たれた弾丸は狂い無く、レイダーの前脚を的確に貫いた。
これは効いたらしい、レイダーは聞くに堪えない絶叫をあげて巨体を仰け反らせた。
それからもう一度、大きな前脚で地面をつく。その拍子にミズハラさんだった肉の塊は、完全に潰された。
「まだ俺のターンは終了してない——ぜ」
アルベルトさんが言うと同時、彼の上半身と下半身が分断される。
下半身が倒れるよりも、上半身が無造作に転がるほうが早かった。大きなライフルが彼の手から離れ、重い金属音を立てて落ちる。
「アルベルトッ!!」
彼の死体をゆっくり眺めるより先に、レイダーがもう一体居たという事実に気づく。
彼が立っていた場所のすぐ後ろに、二本足で立つ化け物の姿があった。化け物は灰色で、両腕が鋭い鉤爪になっている。顔は無く、代わりに頭部を歪な水晶体が覆っていた。
「糞が……嘘だろ、もう一体!? 反応は無かったはずだ!」
隊長がうろたえるところなど初めて見た。
鉤爪を血で濡らしたレイダーは、腕を振って血を払い落とす。
そして——その姿は文字通り空気に溶けるように消えた。
おおよそ見たことのない現象だ。理屈はわからないけど、奴は姿も反応も消せるということらしい。
「……撤退だ! 退いて態勢を立て直す——」
「——隊長、危ないッ!!」
隊長が撤退の指示を下すより早く、マツヤマさんの絶叫が飛ぶ。
先ほどの姿を消せるレイダーに気を取られた隙に、四足歩行のレイダーが彼との距離を詰め、大きな口を開いていたところだった。
飛び込んだマツヤマさんが隊長の体を弾き飛ばして、隊長は間一髪のところでレイダーの牙から逃れ、地面に転がる。
だけど。
「マツヤマぁっ!!」
マツヤマさんの体は、下半身と左腕をレイダーの牙に囚われた。牙の一本が腹部を貫通しており、だらんと下がった左腕は肘から先が失せていた。下半身が口の中でどうなっているかは想像もつかない。
彼女は口から血を吐いて、しばらくは愕然と目を見開いて隊長の顔を見ていたが、それからゆっくりと微笑んで口を開く。
「隊長、私、貴方のことが……」
言葉が最後まで紡がれる前に、レイダーが彼女の身体を噛み砕いた。牙から外に出ていた彼女の胸から上が、滴る血液と一緒に地面に転がる。
隊長は何も言わなかった。言えなかった。ついに尻餅をついて、呆然とマツヤマさんを噛み砕いたレイダーを見ていた。
そんな隊長を両断するのは、先ほど姿を消した、鉤爪を持つレイダーにとって容易いことだった——。
♪
——次に気付いたころ、私は空を見上げていた。
綿を裂いたような雲が浮かんでいる、柑橘色をした空の真ん中に、大きな黒い星が口を開けている。
私の周りには、今日まで仲間だったものたちの骸。
私たちはクラヴィスの隊員。アビスの出現と共に現れた、レイダーという化け物を倒すことが仕事。
そして、これが私の日常である。
- Re: アビスの流れ星 ( No.7 )
- 日時: 2017/08/31 13:19
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
4
かつてこの巨大な列島が日本と呼ばれていた頃、東京という名だった場所。
今では無惨に風化した廃墟ばかりが立ち並ぶ地で、基地を構えるクラヴィス日本支部。
いわば極東の精鋭と言えるその第一部隊が、たった一日にして壊滅したと報告があったのは、つい3日前のことである。
「……そして、本部に在籍している面子でただ一人、この国出身である私が呼ばれたのか」
受付嬢と並んで廊下を歩いてゆく。受付嬢の容姿はあまり見ていない。私の視線は今、ここへの転属に関する資料の束に注がれている。
注視すべきは死亡したという前の第一部隊4名のプロフィールと死亡時の状況、そして唯一生き残った『フミヤ』という少女の情報だと思った。
ここの第一部隊がほぼ壊滅し、新しく2人が配属される運びとなった。その内の一人が私である。わざわざ本部から私を呼び立てたのは、未確認のレイダーに対する警戒から、そして昨今におけるレイダーの活性化を憂慮したからだろう。
「多大な戦力の損失も憂慮すべきですが、戦友を失ったことでフミヤ曹長の意気がかなり消沈してしまっていることも……現状ではかなり深刻ですね」
受付嬢の言葉に、ふむ、と声が漏れる。どうやら私は、考え事を始めるときに、口元に曲げた人差し指の側面を当てる癖があるらしい。
クラヴィス隊員の戦死は極めて多く、特に前線を張るものが還暦まで生き延びることは無い。この私も多くの死を目の当たりにしてきた。少なくとも、5年前から顔を見知った戦友はいない。
情緒の不安定は任務に重大な滞りをもたらすといえど、死に慣れて涙も流さぬ冷徹の鬼と化すか、ひとつひとつの死を憂い悲しみに明け暮れるか。
「どちらがマシなのだろうな」
「はい?」
「何でもない。少し考え事をな」
はあ、と受付嬢は多少腑に落ちない様子ながらもうなずく。
「兎にも角にも、まずは新メンバーとして、顔合わせと行こうじゃないか」
廊下の一角には、オートロックの鉄の扉があった。鉄の扉とはいっても、監獄のような重々しい印象は無い。良くも悪くも簡素なものだ。
この扉の向こうが第一部隊の作戦会議室だという。つまり今日からここが拠点である。
受付嬢が薄い銀色のカードをリーダーに差し込むと、鉄の扉は頭上へ吸い込まれるように開いた。
♪
私のせいだ。
私が、レイダーを仕留め損ねたから皆は殺されたのだ。
何がばっちぐー、だ。自分を絞め殺してしまいたい。そうだ、死ねば良かったのは私だ。全部私のせいだ。
一昨日は呆然としたままで、昨日は結局のところ、一日中涙が止まらなかった。だからなのか、今日は、まだひりひり痛むまぶたを、涙は流れ落ちない。
ただ気分が重くのしかかり、際限なく大きさを増していくだけだ。
落ち込む資格もないのかもしれない。全部私のせいなのだから。悲しむこともいけないのかもしれない。いわば私が殺したようなものだから。
隊長は、強くて優しい人だった。何より頼もしかった。初陣を前に緊張で固まっていたとき、彼が一言と共に背中をたたいてくれた。それだけで心がほぐれていったのを覚えている。
マツヤマさんも優しい人だった。普段の態度こそ冷たいといわれるけれど、毎回の任務が終わるたび、お疲れさま、とコーヒーを差し出してくれた。本当に温かいコーヒーだと、いつも思った。
アルベルトさんは、いろんなことを知っていた。何でも趣味が高じて、色んな知識を身につけたのだという。たまに本を薦めてくれたりもした。私もまた、その本で色々なことを知った。
ミズハラさんは、内気だけど音楽が大好きな人だった。気持ちを表情に出すのが苦手だと言っていたけれど、好きな曲について語るときの彼は、とても楽しそうに見えた。
全部私のせいだ。
私のせいで、みんな死んでしまった。
いっそ自分で自分を殺せたらと思う。
けれど悲しいことに、私は自殺するだけの勇気を持ち合わせていない。
どこまでも醜くて、情けないと思う。
重い感情がぐるぐると同じところを回っていた。しかし扉のオートロックが解除される音で、私は我に返る。そうだ、いけない。今日は新しい人が来るって言われてたっけ。
涙がこぼれていないのは幸いだった。それさえなければ、笑顔をつくるのは得意だ。私は立ち上がって、扉のほうに向き直る。
鉄の扉が開いて、廊下の光が差し込んだ。どうやら私は、部屋の電気を付けることさえ忘れていたようだ。人影はふたつあった。ひとつはエンドウさんだった。彼女はここ日本支部の受付嬢である。
そしてもう一つの人影は、見覚えのない若い男の人だった。丈の長い真っ黒なコートに身を包んでいる。赤い髪と瞳が印象的だと思った。
- Re: アビスの流れ星 ( No.8 )
- 日時: 2017/09/01 13:34
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
5
赤い髪の男の人の名は『シドウ』というらしい。
出身はこの日本だが、アメリカと呼ばれていた場所にあるクラヴィスの本部から、日本支部へ転属してきたのだそうだ。
階級は大佐。将官に次ぐ相当なお偉いさんだ。その階級に反して、見た目はかなり若く見えた。まだ二十代半ばくらいだろうか。
しかし、赤い髪に、赤い瞳。私と同じくらい目立つ容姿でありながら、彼の周りに漂う雰囲気は海底のように深く、落ち着いて見えた。すごく強い人なのだろうな、ということだけはなんとなく分かる。
そういえばエンドウさんが、彼は本部でも『真紅の流星』と呼ばれる程の凄腕として有名だったと言っていた気がする。彼の髪と瞳の色が、そう形容させたのだろうか。
「事前に通達があったと思うが、本日一二〇〇を以って、私がここ日本支部の第一部隊長に任命される。よろしく頼むぞ、フミヤ曹長」
「え……あ、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」
この人とうまくやっていけるだろうか。そんなことを不安に思っていた。それほど彼は、表情を変えずに仏頂面のまま淡々と話を進める。もしかしたら、マツヤマさんのように、冷たく見えるのは外面だけかもしれないと期待を抱く。
彼の配属に伴って、私が副隊長に任命されること。もう一人は、数日ほど遅れてやってくるということ。その他、私の給与の変動、前の隊員……アイカワ隊長たちが負っていた業務の引継ぎ、エトセトラ、エトセトラ。
色んな報告が彼の声で私の耳を通り抜けていったが、ほとんどは頭に入って来ない。
その私の様子を見て取ったのか、資料に向いていた彼の鋭い視線がこちらを向いた。
「聴いているのか?」
「え……あ、はいっ」
問われ、少し遅れて気づいて、笑顔で誤魔化そうとするも、もう遅い。私が別のことを考えていたと、すっかり悟られてしまった。
バツが悪くなって、無意識に目を伏せる。まるで私は犬か猫かのようだと、自分でそう思った。そんな私の様子を見ると、シドウ大佐は資料の束を手にしたまま溜め息を吐く。
「そんなだから、自分の部隊員を殺す羽目になるのだ」
突然、心の一番やわく脆い部分を、鋭い槍で突かれた心持ちになった。
「シドウ大佐……!」
「話はこの受付嬢からあらかた聞いているぞ、フミヤ曹長」
エンドウさんの制止を遮って、彼は言葉を続ける。
喉元に切っ先を向けるサーベルのように、無骨で、そして冷徹な声色だった。
「レイダーを殺し損ね、更にはそれに呆気を取られ、仲間を見殺しにしたそうじゃないか」
いとも容易く私の胸の内を抉る言葉が、事実が、頭上から次々と降りかかる。その口調から、彼が眉一つ動かさず言い放っているのだと分かった。
「ぼうっとしていた、驚いて身体が動かなかった、そんな言い訳が此処で通用するとでも思っているのか?」
視界が小刻みに震えて、ただ抑揚のない言葉が次々と重く圧し掛かる。反論の余地すら与えずに。
脳髄が揺さぶられるような錯覚の中、自分の目頭が熱を帯びていることに気付いた。
自分にここで涙を流すような資格は無い。そう思ってはいても、涙腺が脆く崩れ落ちるのは時間の問題だった。
「次は誰を殺すつもりだ?」
一呼吸置いて、冷静に突きつけられたその言葉を合図に、私を責め立てる文句は途絶え、私は嗚咽を洩らし始めた。
しかし「泣けば許されると思うなよ」と、この部屋に漂う沈黙が語っていた。
「この状況で業務連絡を済ましても意味が無いな」
シドウ大佐はもう一度深く溜め息をついて、近くの黒檀のデスクに持っていた資料の束を放った。
「細かい連絡事項の全てはそれらに記載されている。必ず確認しておけ」
涙を堪えきれない私を見捨てたようにシドウ大佐は背を向け、それから、と付け加えた。
「辞令だ。尉官四名が『名誉の戦死』を遂げたことで『自動的』にお前の出世が決まった」
彼は鉄の扉をくぐるとき、無表情のまま視線だけこちらを一瞥して。
「本日一二〇〇付けで、貴官は少尉に任命される。おめでとう、フミヤ少尉」
再び鉄の扉が下りて、私に果てしない屈辱と悔しさと、自分勝手な、どうしようもない怒りと、何より惨めさを置き去りにした。
嗚咽と涙をこらえようとするのに精一杯で、優しいエンドウさんのフォローは全く耳に入ってこない。堪えようとする努力も虚しく、涙腺の熱は冷めやらなかった。
どうやら上手くいくいかないどころの話ではないらしい。
全て自分が招いたことと知りつつ、私の、真紅の流星に対する第一印象は最悪であった。