ダーク・ファンタジー小説
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- アビスの流れ星【完結】
- 日時: 2018/03/11 22:01
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
♪
過去を振り返れば何もなく、現在に累々と折り重なるは屍の山。
それでも未来を見据え、撃鉄に指をかけ、握り締めた刃を振り下ろす。
生きるため生まれて来た若人たちの瞳には、流星のように儚く、そして力強い光が揺れていた。
——これは記憶喪失の少女にまつわる、鮮烈な闘いの記録である。
♪
■登場人物
>>2
□本編
◇1章「後ろから墓標が追い立てる」>>1 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
◇幕間「フミヤの日記・1」>>13
◇2章「飛体撃ち抜き、額穿つ」>>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>20
◇幕間「フミヤの日記・2」>>19
◇3章「空から影が降りてきた」>>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>29
◇最終章「Shooting star in "Abyss"」 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
◇Epilogue「誰かが私に『生きろ』と願う」 >>41(2018/3/11 New!!)
■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @viridis_fluvius
◆ハッシュタグ⇒ #アビスの流れ星
お久しぶりです。
以前は「紅蓮の流星」という名前で活動していました。
お陰様で完結まで辿り着きました。万感の思いです。
ひとえに私を支えてくださった諸氏と、ご声援くださった読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。
- Re: アビスの流れ星 ( No.14 )
- 日時: 2017/09/07 20:03
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
10
いつかの支部で目にした、チェスというボードゲームの、ゲーム板の白黒模様が延々と地の果てまで続くように。俺たちを脅かす脅威だというレイダーたちを、毎日カレンダーをめくるように、何の感慨もなくひたすら殺戮し続ける。
それはいったい、なんのために。
別段その化け物たちに個人的な怨嗟があるワケでもなければ、正義感と呼ばれる類の曖昧なものを信仰しているわけでもない。強いて言えば、俺は自分が生きるためにそいつらを殺しているのだろう。
それでは、なんのために生きるのか。
誰かは俺に言った。レイダーを殺すために、俺は生まれてきたのだと。
堂々巡りじゃないか。
そう言い捨ててどこかへ立ち去ろうにも、他の生きる道は途切れて消えていた。
生きるためにはレイダーを殺すという作業を、果てしなく続ける他にないらしい。
ただ一本だけ繋がった、この窮屈でどこまでも続く道の果てまで歩いていけば、いつか本当の答えが見つかるのだろうか。問いかけても返事が来る筈は無く、ただ地平線の果ては、漠然と向こうに在り続けるのだった。
「考え疲れた。寝るか」
両腕を組んで枕の代わりにして、ヘリコプターの椅子に深くもたれかかる。きっと次に目が覚める頃には、次に俺が配属されるという支部に到着していることだろう。
そういえば俺が配属されるという部隊に、気になる名前の奴が一人いたっけか。そう、確か名前は——。
「フミヤ」
その名を呟くと同時に、丸い窓を何か大きな影が横切った。
雲海も近い高度で、たまたま何かに出くわすなどあるものか。脳裏をよぎった嫌な予感に急き立てられて、ヘリの外を見渡す。はたしてそいつはそこに居た。
深山の大樹を思わせる胴体、ひとつひとつが黒曜石を削り出したナイフのように鋭利な鱗、無機質でいて爛々とこちらを穿つ蒼い眼光、そして左右に広げられた漆黒の巨大な翼。
並のレイダーと比べ物にならないプレッシャーを放ちながら、我が玉座と言わんばかりに、白く分厚い雲の覆う天蓋にて怪物が君臨している。
「バハムート……!」
ひとつ大きな羽ばたきが響いた後、俺が乗っているヘリは飛ぶという機能を失った。
♪
アラームのてっぺんを思い切り引っぱたく。心地よい眠りを妨げられたことに対する私の怒りの一撃で、アラームは黙りこくった。
重たいまぶたを薄ら開けると、そこはいつもの部屋だった。決して派手ではないけれど、多少の乙女っぽさはあると信じたい、少々散らかっている……かもしれない私の部屋。
服や下着だとかも、乱雑に放られている。後で片付けておかなきゃなあ、と思いながら大きなあくびをひとつ。ついでに背伸びもする。噛み合わせた指先から、骨の鳴る小気味いい音が聞こえた。
パジャマ姿のままで洗面台の前に立つ。歯を磨きながら、今日こちらに到着する予定だというもうひとりについて考えを巡らせていた。
その人の国籍も日本であるらしい。第一部隊の壊滅を聞いてとんぼ返りしてきたそうだ。
「若くして階級は少佐、公式に数えられている個人でのレイダー討伐数は約8000体」
全ての支部でもダントツでトップの数字だと、シドウ大佐が昨日言っていた。
ちなみに次点が南米支部のエースで6708体、シドウ大佐は次いで3位の6017体であるという。ちなみに私の討伐数は、まだ300体にも満ちていない。
確かに驚くべき数字ではあるけれど、それよりも私の気になることがひとつあった。
半年前に私は文谷地区で、死体の山の上でぼうっと夜空を眺めているところを、1人の少年に保護された。その少年と、今日来るもうひとりの名前が同じであるのだ。
彼は私が保護された直後すぐに別の支部へと出張で行ってしまったが、アイカワ隊長の話に何度か彼の名前が出てきたのを覚えている。アイカワ隊長とその少年は仲が良かったらしい。
その名前は——。
「ふひはひ」
歯を磨いてる最中だったの忘れてた。
誰が見ているわけでもないのに、何故か恥ずかしい気分に襲われながら、マグカップで口を濯ぐ。羞恥を誤魔化すようにわざと大きな音でうがいをしていると、何やら私の端末が鳴っていることに気付いた。
何かと思って見てみると、どうやらシドウ大佐からのメッセージが届いているらしい。まだ集合には少し早いけれど、何だろうと思い着信を読み上げ、そして呆気に取られる。そこには簡潔な文面で、こう書かれていた。
『件のメンバーを乗せているヘリコプターが撃墜された。これに関する対応のため、至急フミヤ少尉は出動準備を整えた上で第一部隊会議室まで集合せよ』
- Re: アビスの流れ星 ( No.15 )
- 日時: 2017/09/08 18:22
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
11
今日やってくるという、もうひとりを載せたヘリが、撃墜されたと報告が入った。
「一体どういうことなんですか、シドウ大佐!?」
私は小走りで。シドウ大佐も珍しく早足で廊下を歩いていく。彼は焦りや動揺を臆面に出すこともなくいつもの無表情でいた。だが、前を向いているその眼差しは険しい。
「今しがた伝えた通りだ。彼も載っていたヘリコプターの反応が、ここ日本支部に向かう途中で消え失せた」
廊下に鳴り響く二人の足音。何の変哲もないそれが余計私の焦燥を強めていく。
もし今日来るという彼が、私の予想通りあの人だったとしたらどうしよう。そんな不安が私の心の中を塗りつぶしていく。
しかしどうするべきかは全く思い当たらない。何が出来るかも思いつかない。
「反応が消失する直前で、ヘリコプターの運転手から、バハムートを視認したとの情報も入っている」
初めて聞く単語だった。バハムートとは何か、とシドウ大佐に問う。彼は歩みを止めて私の方に向き直った。
「この間仕留めた四足歩行のレイダー。あれの三倍ほどデカい奴が空を飛んでいると思え」
この間の第一部隊壊滅は、まだ被害が少ない方である。
たとえば何度部隊を送り込んでも討伐が出来ないような個体が出た場合、そのレイダーは本部のお偉いさんによってコードネームが付けられ、全ての支部に警戒するよう連絡が回るのだという。
バハムートはその一体である、とシドウ大佐は言った。
「コードネームを持っている個体の情報ぐらいは把握しておけ」
いつものように溜め息をついてから、彼はバハムートの特徴を述べた。書庫にあった、かつて太古に存在していた恐竜なるものの想像図に酷似した巨躯と、背から生えた二枚の、コウモリのような巨大な羽根。
その名のごとく、竜の姿の弩級レイダー。それがバハムートであるという。
「私がアメリカの本部に赴任する前、そこでは四つの部隊が全滅に追いやられたそうだ」
シドウ大佐が言い放った情報に、頭から冷たい水をかぶったような気分を味わった。そして、私の中で渦巻く不安がより一層加速する。動揺が自分の中で暴れまわる。
「だが」
シドウ大佐は一拍置いて、私に告げた。
「ヘリコプターの反応が消えた辺りから、救難信号が出たことが確認された」
「つまり今日の任務は」
「そういうことだ。彼らの救助が目的となる」
生唾を飲み込んで拳を強く握る。
「バハムートは非常に危険な個体だ。だが、付いて来るか?」
「勿論です」
♪
救難信号の出ている辺りは、支部からだいぶ離れた場所だった。同じように撃墜される可能性があるといえど、事態は一刻を争うので、私たちはヘリを使って現地まで飛んだ。ただし出来る限りの高度を維持して。
辿り着いたのは湾岸地域だった。廃墟の群列が開けて、群青色、というか限りなく黒に近いグレーの海が広がっている。
救難を求める人々は、当然その身を隠すだろう。特にバハムートなんて呼ばれているのがその辺りをうろついているかもしれないなら、尚更だ。もしかしたら捜索は難航するかもしれない。そう思っていた。
しかし私の予想に反して、彼らの姿は遠くからでも分かった。そして、私は自分の目を疑った——……。
……——既に死体となったバハムートの巨躯が転がっていたからだ。
羽根はまだら模様のように無数の穴を穿たれ、太い首は断面を露わにしている。首から上を失い横たえている巨体の上に、三名の人影が見えた。二人は時折日本支部へと来る、別の支部のヘリコプターの運転手だ。こちらの姿を見つけると、二人は声をあげて私たちに手を振っている。もう一人はこちらに背を向けて、片膝を立てて座り込んでいた。
「シドウ大佐、あれ」
「ああ。どうやら、ついでに回収部隊も呼んでおくべきらしいな」
シドウ大佐はそんなことを言う。
彼らヘリの運転手に駆け寄ると、はたして全くの無事であった。ヘリ自体はバハムートに破壊されたが、パラシュートでの脱出に成功したのだという。
だが、無論それだけでバハムートから逃れられる筈もない。「一緒に乗ってたそこの隊員さんが、あっという間にバハムートを倒しちまったんだよ」と、彼らは言う。
運転手が指差した、少し離れた場所に座り込んでいる少年の背中には見覚えがあった。
紛れも無く、半年前に死体の山で私を保護した少年の姿であり、記憶喪失だった私に、フミヤという名を与えた少年の姿である。
「スギサキさん」
私の声を聞くと、少年は座り込んだまま振り返る。黒髪、黒いジャケットに青いズボン。それから特徴的なのは、左目を覆い隠すように巻かれた包帯。こちらを見据えた右目は、相変わらず目つきが悪い。
私よりたったひとつかふたつつ年上であるという彼は、シドウ大佐の話によれば、全ての支部で最も多くのレイダーを討伐した隊員であるという。
「よっ。久しぶり、フミヤ」
私の名付け親、スギサキ少佐はぶっきらぼうにそう言った。
- Re: アビスの流れ星 ( No.16 )
- 日時: 2018/02/18 13:25
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
12
ヘリが撃墜された直後、咄嗟に戦闘行動へ移ったスギサキさん。
彼によってバハムートは、まず翼を使い物にならなくなるまで撃ち抜かれ、地上に落ち、そしてすぐに首を斬りおとされたのだそうだ。
救難信号で私たちを呼んだのは、通信機のほぼ全てが、ヘリと一緒に大破したから仕方なくそれを使ったらしい。
本来ヘリによってこういった長距離間の移動が行われる場合は、事前に周辺にレイダーの反応の有無の確認がされる。しかしバハムートは強さもさることながら、非常に飛行力と移動速度に長けた個体であり、直前までその姿は確認されなかったということだ。
「そのバハムートを一人で仕留めるとはな。流石だ」
通信端末で支部への連絡を終えたシドウ大佐が、スギサキさんに、本当に珍しく賞賛の言葉を贈る。あまりに珍しいものだからちょっとだけ羨ましい。
ちょっとだけ。本当にちょっとだけだ……たぶん。
スギサキさんは私からシドウ大佐へと視線を移す。彼は目つきが悪いので、まるで睨みつけているようになってしまうのだが、本人にそのつもりはないらしい。
実際のところ彼は朗らかで、結構フレンドリーな性格である。むしろ「そんなに無愛想に見えるのか」と私に訊いてきたことがあるほどだ。悩んでいるらしい。
「こっちこそ噂は聞いてるぜ、真紅の流星さんよ。お褒めに預かり光栄って奴かな」
言いながら彼は立ち上がって背伸びをひとつ。腰から骨の鳴る音が聴こえた。それから振り返ってこちらを向く。今私たちの足の下で骸と化しているバハムートの体液なのか、彼のジャケットとジーンズはところどころが墨汁のように黒い液体で若干濡れていた。
両腰にかけたホルスターには大き目の、銀色のリボルバーが二つ。それから腰の後ろで交差させるようにして、二本のサーベルを差している。
「そういうワケで、今日から旧日本支部に配属になるスギサキだ。よろしく頼むぜ」
スギサキさんはにやりと笑った。彼が笑うことは少ないが、その笑顔は確かに、記憶に残っているスギサキさんのものだった。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
私たちも応えた。
——赤い髪に赤い瞳、黒コート。階級は大佐。常に冷静沈着。多くの支部を飛び回り、圧倒的な戦闘力ゆえに『真紅の流星』の異名で呼ばれるシドウさん。
黒髪に目を包帯で覆った少年。階級は少佐。飄々とした性格で、私と大して変わらない若さでありながら、クラヴィスで最も多くのレイダーを討伐したスギサキさん。
それから私——。
「そういえばヒドラもケルベロスも、あんたが仕留めたって聞いてる」
「懐かしい名前だ。ヒドラを倒したのはもう5年も前になるか」
いきなり私が聞いたことない単語を持ち出して、彼らは会話を始める。
ヒドラとケルベロス。それらもシドウさんが言っていた、コードネームを持つレイダーの個体だったのだろうか。
「最近じゃ不死身のレイダーが出たって聞いたけれどな」
「ああ、あれか。実はな……」
——合わせて、3人。
通常は1つの部隊につき5人から6人程度で編成されるから、おそらく最もメンバーが少ない部隊である。
しかし不思議と、それでも充分だと思えた。
シドウ大佐はスマートな体型で、スギサキさんに至っては私より少し高い程度の身長で、決して大柄な方ではない。だけど並んで歩く彼らの背はとても大きく見えて、頼もしくて。
まだシドウ大佐とは会ってから日が浅い。スギサキさんも、彼は私が保護された後すぐに別の支部へと飛んだから、そこまで親しいわけではない。だから、本当に不思議だった。
この不思議を解明するための何かを、きっと私はまだ知らない。
それとも彼らの、想像が全く及ばない強さが、私にそう思わせるのだろうか——。
「何をぼさっとしている、フミヤ少尉」
「置いてくぞフミヤ」
「え、わ、ま……待ってくださいっ」
我に返って、慌てて小走りで駆けて二人のあとについていく。ヘリの運転手の二人も、私たちのあとからついてくる。
気付けば遠くから、回収班を乗せたヘリが数台。廃墟が立ち並ぶ向こうから、プロペラを回す大きな音が響いていた。
彼らと共に空を見上げれば、果てなく広がって世界を覆う青に、大きな黒い孔。
それから幾つかの、近づいてくる小さな影。小さく見えていたヘリの黒い影はみるみる大きくなって、風が私たち三人の髪をくすぐって抜けてゆく。
——かくして、新しき日本支部第一部隊がここに揃ったのであった——。
——またこの人たちも、私の目の前で死んでいくのだろうかという不安を、臆病な私は心の片隅に抱えながら。
- Re: アビスの流れ星 ( No.17 )
- 日時: 2017/09/13 03:55
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
13
「あちちっ」
コーヒー缶が熱くて、思わず取り落としそうになる。
サンドイッチとコーヒー缶を両手に抱え、近くの適当なベンチに腰掛ける。今日のお昼ごはんはツナマヨネーズサンドとゆでたまごサンドだ。幸い誰も座っていなかった。昼の間、支部に居るクラヴィス隊員のほとんどは食堂に向かうので人気は少ない。
だけど私は、昼食は一人で摂ることにしていた。最近はアイカワさんたちと一緒にご飯を食べていたりもしたけれど、もう彼らはいない。
「ダメだなあ。私、まだ引きずってる」
声に出せば紛らわせるかもと思ったけれど、心にぽっかり居座った虚しさが余計大きく見えるだけだった。
アイカワ隊長たち、前の第一部隊のみんなは強かった。
確かにシドウ大佐は、凄い。スギサキさんも、あんな大きなレイダーをたった一人で討伐するほど強いなんて、今まで知らなかった。
でも彼らの強さを知る前までの私は、アイカワ隊長たちが最強だと、心のどこかで安心していた。
世界は、何が起こっても不思議じゃない。
シドウ大佐の言葉で立ち直れたと思っていたのに、臆病で後ろ向きな私の根本は何も変わらないままで。考えてはいけない、必死に目を逸らそうとしても、また私の前で彼らは死んでしまうのではないかと、また私は彼らを見殺しにするのではないかと考えてしまう。
そのシーンがありありと浮かんでしまう。考えたくもないのに。
「ダメだなあ、私……」
「フミヤ?」
「ぎょばッ!?」
びっくりして肩が跳ね上がって、あわやゆでたまごサンドを落としそうになる。
「『ぎょば』?」
「おこ、ここここんにちはスギサキさん」
「おう」
前を向くと、スギサキさんがコーヒー缶を持って立っていた。
「い……いつからそこに?」
今来たとこだよ、とスギサキさんは言った。食堂で昼ごはんを食べ終えた後らしい。
「たまたまシドウ大佐とも会ったんだけどな?」
「え、あ、はい」
藪から棒に、スギサキさんは話し出す。
「あいつ化け物だわ」
「え?」
「……弁当を4つも持ってるから、誰と食うんだって訊いたらよ、ひとりでペロッと全部たいらげやがった……」
「あ、あはは」
いつもの仏頂面で『今日は作る時間が無かったからな』とか言いながらお米をほおばる彼の姿を容易に想像できた。あの人は、どうしてあれだけ食べてあのボディラインを維持できるんだろう。ちょっと羨ましいかもしれない。
「そういえば、お前は食堂とか使わないのか?」
「ええっと、私は」
「……だってさ」
言いかけたところで、廊下の右側の向こうから声が聞こえてきた。
「今度はあのアイカワさんが殺されたんだぜ。異常だって」
「穴埋めに本部から腕利きが来たって話だけど、どうなのかね」
そこまで聞いて、顔を見られないように足元を向く。私の髪の色は目立つから、あまり意味はないと思うけれど。
そして案の定、しばらく話し声が止んだ。ただ重い沈黙の中を、二人分の足音が私の前を通り過ぎていく。スギサキさんは何も言わず立っているようだった。
足音が少し遠くなり始めたところで、ようやく話し声が再び聴こえた。
きっと他愛もない話だろう。
顔を上げると、スギサキさんは黙って私を見ていた。
「……ほら。私って、人混みとか苦手ですから」
笑って言い繕って誤魔化そうとしても、無駄なのはわかっていた。
きっともう、スギサキさんは理解してしまっただろう。
この支部には、私と同じ隊になった人間は近いうちに死ぬ、というジンクスが蔓延しているのだ。
私が一番最初に所属した隊、その次の隊、そして今回は、アイカワ隊長たち。
すでに三つもの部隊が壊滅している。そして、その全てに私が所属していた。
作戦自体に落ち度があったわけではない。いずれの場合も不慮のアクシデントが招いた結果である。たとえばアイカワ隊長たちの時は、新種のレイダーが2体、いや3体もいたことによるものだ。
しかし事実はどうあがいたって変わらない。
「ふん、なるほどね」
何も言わない私に問うことはせず、スギサキさんはただそれだけ言った。
それから、また廊下の左側から足音が聞こえてくる。思わず全身が強張るが、どうやらその乾いた音は私が近頃聞きなれたものであるらしかった。
「シドウ大佐」
「フミヤ少尉、スギサキ少佐。いきなりだが任務の通達だ」
彼は書類を片手に持ち、淡々と告げ始める。急を要する任務なのだろうか。
「支部の近辺でコードネーム持ちのレイダーが確認された。その呼称はカトブレパスだ」
「カトブレパス……」
「この短期間に、2体も名前持ちが出るなんて珍しいな」
「レイダーについては解っている事の方が少ない。何が起こっても不思議では無かろう」
きっとシドウさんは何気なく放っただろうその一言が、私の心の奥の不穏を揺らした。
スギサキさんはそんな私の様子を見やったのか、一瞬だけ目があった。しかし彼はすぐに目を逸らすと、にやりと笑って言った。
「でもまあ、タイミングは悪くねえな」
- Re: アビスの流れ星 ( No.18 )
- 日時: 2017/09/16 15:03
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
14
カトブレパス。
山のような巨体と長い首。昔この地球上に生息していた、水牛という動物に似た形状。バハムートのような翼こそ持たないものの、巨大かつ屈強なレイダーである。もっとも、コードネーム持ちはどれも凶悪であるけれど、その巨大な化け物は中でも異彩を放つ。
顔面に大きな一つ目があり、そこから光線を射出するのだ。
その光線が何によるものかまでは解明されていない。虫眼鏡で太陽光を集中させる原理、つまり偏光の応用ではないかとも言われているが、確証には至っていない。
更に厄介なのは、その頑強な皮膚。これまでも幾つかの部隊が挑んだが、対レイダー用サーベルがろくに通らないほど堅いらしい。
アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア。海を渡り、全てで六つもの部隊を壊滅させた弩級レイダー。
その討伐の感想を敢えて述べるとすれば、思ったほどでもない、の一言に尽きる。
カトブレパスは俺たちの姿を見ると、まず尻尾を振りぬいて数多の瓦礫を降らせてきた。
狙いを定める。引き金を絞る。瓦礫を撃ち抜いて、撃ち抜いて、撃ち抜く。
瓦礫が止む瞬間を見計らって本体の頭部に一発叩き込む。ジャックポット。怯んだ隙を逃しはしない。手早く両手の銃を剣に持ち替えて一直線に駆け出して。
剣を眼球に突き立てた。
サーベルから手を離す。空気の振動が肌を通して伝わる。目を潰されたカトブレパスの絶叫によるものだ。どうやら眼球は刃を通す予想は当たったらしい。
激昂したカトブレパスが巨体を勢いよく振り回す。
巨大な尻尾で俺たちを叩き潰すつもりなのか。
しかし尻尾は奇妙な弧を描いて明後日の方向へ飛んでゆく。その極めて堅い皮膚ごと、横合いから斬り込んだ『真紅の流星』が尻尾を輪切りにしたからである。
噂は伊達ではなかったらしい。
そんなことを考えながら激痛のあまりすっ転ぶカトブレパスの、目玉のほうに回り込む。
その目玉にはまだ、先程のサーベルが突き刺さっている。
サーベルの柄に銃口を当てて一言。
「死ね」
凄音と反動。
そしてサーベルは見えなくなる。カトブレパスの眼球の奥まで入り込んだからだ。
きっとその中ではサーベルがカトブレパスの脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き回している。
山のようなカトブレパスの巨体が倒れ、幾つかの廃墟がそれに巻き込まれて崩れていく。
巨体が沈む様を少し離れた廃墟から眺めて、それから振り返る。
少し離れた場所でフミヤは口をぽかんと開け、言葉も発せずに居た。その顔が何となく面白かったので、少し吹き出しそうになる。
「何面白い顔してんだよ」
「なっ……し、してませんよ!?」
フミヤは慌てて反応する。面白い奴になったな、と思う。
「ああそうか、変な顔はいつもだもんな」
「え……しっ、失っ、礼なっ!!」
それから、からかい甲斐があって、少し楽しい。
やっぱり、作り笑いより本当に笑っている顔のほうが、見ていて気分が良いと思う。
「俺はな」
「ふえ?」
突然振られた話題にフミヤは間抜けに返事する。
「5年前に、両足と左腕、それから左目を失った」
言いながら、左目を隠すために巻いた包帯を外していく。
「そしてそれ以降、俺の失った部分は、対レイダー装備と同じ素材で作られたものだ」
きっと目を丸くしているフミヤの瞳には、晴れ渡った空のように青い俺の左目が映っていることだろう。左目の、本来白目であるはずの部分は闇のように暗い。
いわば俺の身体の半分がレイダーに対する装備のそれであり、だからこそ俺はこの年齢にして、あれだけの数のレイダーを討伐してこれたのだ。
だからこそ。
「だから俺は殺されない。絶対に」
あれ。
一体俺は、何を話し始めているのか。
「真紅の流星も、何の細工もないくせにあんだけ強いんだ。簡単にくたばりやしねえよ」
変に顔が熱を持つ。自分で恥ずかしいことを言っている自覚が、やっと芽生えてくる。
しかし、喋っているのは自分の口であるはずなのに、紡ぐ言葉を止めることは出来ない。
「だからもう安心しろ。俺たちは死なない、絶対に」
フミヤは呆然と聞いていた。そして、その頬に涙が落ち始める。
それを見て、俺も胸の奥が痺れて熱を帯びた。
自分でも臭い台詞だと思う。しかし理解し始める。これは本心だ、と。
それから、ふと、自分は何の為に生きるのかと自問自答していたことを思い出す。その答えはあまりにもあっさりと、くだらないカタチで見つかった。
何だったのだろうか、と言いたくなってしまうほどに。
しかし頭の中を風が吹き抜けたように、気分は清々としていた。
きっと生きる理由なんて、こんなもんで良いんだと、勝手に納得しながら。