BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
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- GL 『宿縁』(完結)
- 日時: 2013/07/20 16:35
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
参照してくれてありがとうございます。あるまです。
タイトルは「シュクエン」と読みます。
主人公のナナミ視点で、女子中学生どうしの、清らかな恋愛を描いていきます。
着想から完成まで半年ほどかかり、途中でしばらく中断し、前半と後半で雰囲気もだいぶ変わりましたが、なんとか完結までアップできました。
参照数を見る限り、何人かは読んでくれたと思います。
本当にありがとうございました!
______あらすじ______
ナナミは真面目な優等生で、いつもカエの面倒ばかり見ていた。しかしそれが幸せだった。
ところが学校の制度はどんどん厳しくなり、受験を意識して、成績優秀な者とそうでない者を分けたクラス編成にすることが、検討されていた。
冬のテストでナナミは成績上位に入ったが、カエは圏外だった。
ナナミは将来もカエとずっと一緒に居たいと思い、カエに勉強を教えようとするが……。
______プロローグ______
「きっと何かの因縁だよね、あたしたちが惹かれ合ったこと」
カエの表情が弾けるように明るくなった。
一瞬、わたしの背筋に電流が走る。
因縁。
おそらくそれは、生まれる前から、わたしたちが結ばれると決まっていたってことだろう。
屋上の空気はいっそう冷えて、昼間だというのに、やたらと静まり返っていた。
- Re: GL 『宿縁』(毎日更新予定) ( No.27 )
- 日時: 2013/04/03 18:16
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
十
「なに?」
わたしは平静を装いつつ、うつむきがちに成瀬君の方を見た。
しかし、ついつい彼の背後に映り込む兄を見てしまう。
兄はベンチに足を組んで座り、手には円筒形の小さなビンを持っていた。
家で見慣れているから分かる。あれはお酒だ。
外だというのにビンからは新鮮な湯気が立っている。近くのコンビニで買い、そのままレンジにかけてもらったのだろう。
兄はそれをぐいっと一口飲むと、肩をだらけさせ、タバコでも吹かすように口から湯気を吐いた。
ここから見ても溜息をついているのが分かった。
駅前交差点の信号が青に変わった。
横断歩道の向こうから、紺色のセーラー服を着た女学生が群れを成してやって来る。
駅前は、夕方になるといろんな学校の制服が集まってくるのだ。
「俺、土谷さんのこと好きだよ」
成瀬君が真剣な目をして言った。
わたしは動揺して変になった表情を見られないよう、顔を伏せた。
もう、そっちを見ていられなかった。わたしは成瀬君に背を向けて、
「考えさせて」
とだけ言って、振り向きもせずに目の前のバスに乗り込んだ。
外から見られないよう、成瀬君が居るのとは反対側の席に腰掛けた。
バスの発車までが長く感じた。
わたしは頬づえをついて、顔の下半分を手の平で覆った。
手が冷たい。温もりが欲しいと思った。
——カエ、あなたが帰ってきた時には、わたしの隣に、いっつも成瀬君が居るかもしれないよ。
でもあなた、「ずっと一緒になんかいられない」って言ったよね。
もうすぐ二年生も終わり。三年生になったら、きっとわたしたちのクラスは別々で、わたしと成瀬君は同じクラスになる。
わたし、どうしたらいい?
その夜はご飯も食べる気がせず、机に向かっても、ペン先に力が入り、芯を折ってばかりいた。
勉強すべきかどうか、分からなかった。
いっそのこと、わたしもあの子と同じように、勉強が嫌いな子に生まれればよかった。
そうであれば、最初から悩むこともなかったのに。
兄はみんなが寝静まった頃に帰ってきた。
玄関に倒れ込んだまま動けないので、わたしはたまらず様子を見に行った。
「兄さん大丈夫? リビングに布団を敷こうか?」
「助かる。……それと水」
兄が顔を上げた瞬間、むわっとお酒のにおいがした。
酔っ払いが吐く、アルコールまじりのぬくもった息。夜の満員電車の臭い。
兄がトイレに駆け込むので、わたしは速足に奥の和室へと向かい、わざとうるさく音を立てながら押入れの戸を引いた。トイレの音が聞こえないように。
夕方、駅前で兄を見たことは言わなかった。
兄も何も言ってこなかった。
わたしは成瀬君と二人でいるところを見られて、なんだか都合が悪い。
兄は兄で、お酒を飲みながら女学生の集団をじろじろ見ていたのだから、何も言わないで、何も聞かない方がいいだろう。
- Re: GL 『宿縁』(毎日更新予定) ( No.28 )
- 日時: 2013/04/03 18:21
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
十一
昼休み、教室で窓の外を眺めていたら、「土谷さん、お客さんが来てるよ」と呼ばれた。
成瀬君か、と思ったらそうではない。
一人の、大人しそうな、頬のふっくらした女子がドアのところから顔だけのぞかせ、わたしに手招きしていた。
「急に呼び出してごめんなさい。私、B組の柿沼っていいます」
廊下の水飲み場に軽く腰かけながら、その柿沼さんが言った。
同級生とはいえ、ほぼ初対面といっていい。
カエが入院してから知り合いが増えているのは、気のせいだろうか。
「私のこと、知ってましたか?」
柿沼さんが、自分を指さしつつ言った。
無理やりっぽい作り笑いから、あまりひとと話すのが得意じゃない子なのかな、と思った。
「んー、顔は見たことあるけど。ごめん。知らない」
わたしは苦笑いを浮かべながら、さらっと答えた。
「そうですかー。知りませんでしたかー」
あはははは、と笑いながら柿沼さんは頭を掻いた。
ふっくらしたほっぺが赤くなっていた。
わたしは、柿沼さんが、何か言いたいことがあって言い出せないのだろうと思い、「ところで、何か用でしたか?」と聞いてみた。
「ああ、そうですそうですぅ。実は成瀬君のことなんですけど……」
柿沼さんは「ですけど」と言ったきり、また黙ってしまった。
だからわたしは「成瀬君が、何?」と聞き出す。
なかなか進まない会話が繰り広げられた。
要するに、柿沼さんは、わたしと成瀬君の関係が聞きたかったのだ。
それに対して、わたしは「べつに、付き合ってるわけじゃないよ」と答えた。
柿沼さんは思った通り、成瀬君に気があったらしく、それだけ聞くと安心した。
「最近になって、一緒に帰ったりしてるだけだよ。本当にそれだけ。柿沼さんが成瀬君に気持ちを伝えたいって言うなら、わたしはぜんぜん邪魔しないよ」
「そんな、気持ちを伝えるだなんて……無理ですよぉ」
「どうして? 成瀬君だって、彼女が欲しいみたいだよ。女の子に好きだって言われれば、悪い気はしないんじゃないの?」
「いやー、それはですねぇ……やっぱ、土谷さんだから良いんですよ」
「わたしだから? んー、そういえば成瀬君、三年生からわたしと同じクラスになれそうだからって言ってたっけ。こんなこと聞いて悪いけど、柿沼さんはこの前のテストとかダメだったの?」
わたしはそう言って柿沼さんの方を見た。
柿沼さんの成績がもしも悪いのなら、三年生から成瀬君とは別のクラスになるかもしれない。
「同じクラスとか、そういうのだけじゃないですよぉ」
柿沼さんは横目でじろじろ、わたしの顔、胸、それから太腿のあたりを見てきた。
鳥のさえずりが聞こえたので、わたしは柿沼さんから視線を外すついでに、窓の方を向き、髪をかきあげた。
日差しが目に入ってまぶしいくらいだ。
「やっぱイイですね! 土谷さん、いちいち絵になりますもの。成瀬君が好きになるのも分かりますよ」
「え?」
「それに、クールっていうかなぁ。周りに無関心な感じっていうか。他の女子と下手に溶け込んでない感じというか」
柿沼さんが笑顔で言った。
やっぱりちょっと不自然な笑い方だ。せっかく切りそろえられた前髪も、あまり似合っていなかった。
「土谷さん、今までずっと倉沢さんに付きっきりだったじゃないですか。なんていうか、二人の間に入っていきにくい空気が出てました。女子でさえそうですから、男子はもっとそうだったと思いますよ」
わたしは「んー?」と首をかしげる。
そうか、カエが入院してから知り合いが増えてきているのは、そういうことか。
「成瀬君も、けっこうカッコいいですからね。頭もいいし、真面目だし。私とはぜんぜん釣り合わないですから。私、見てるだけでいいんです。やっぱり、ひとにはランクがありますから。ランクの近いひとどうしだからこそ、一緒に居られるって思うんです」
柿沼さんはよどみなく述べると、さらに「私のことは気にしないで、成瀬君が好きなら付き合ってあげてくださいね」と、すっきりした笑顔で去っていった。
あの子はどうしてそんなに簡単に成瀬君をあきらめられるんだろう。
ランクが違うから一緒に居られないって言うけど、一体どうしてそんなランクなんかが決まるんだ。誰が勝手にそう決めたんだろう。
「はあ……」
わたしはアンニュイな溜息を吐いて、窓の外に目をやった。
木に止まっていた鳥がちょうど飛び立った。
わたしはその行方を追って空を見上げるが、まぶしくて何も見えなくなった。
「………………は! 今のわたしも、もしかして絵になってた?」
我に返って口を押さえる。
わたしはただ、窓辺と日なたが好きだから、しょっちゅうこういうシチュエーションになるだけなのに!
- Re: GL 『宿縁』(毎日更新予定) ( No.29 )
- 日時: 2013/04/04 17:39
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
十二
その日もわたしは放課後になると、用もなく校舎内をぶらぶら歩き回り、時間をつぶしてから下駄箱に向かった。
すると成瀬君が先に着いて待っていた。
「じゃ、帰ろっか」
「うん」
昇降口を出たところで成瀬君が「ごめん。ちょっとここで待ってて」と言ったまま、走ってどこかへ消えていった。
息を切らせて戻ってきた彼は、自転車を引いていた。
前に買物カゴの付いた、どこにでもあるような、シルバーカラーの自転車だ。
「今日はこれで来たんだ。駅前まで送っていくから、乗っていかない?」
わたしは「ちょっと恐いかも」と言ってちゅうちょしたが、彼は大丈夫大丈夫と言いながら、先にサドルに座り、後ろに付いている金属の荷台をトントンと叩いた。
わたしはスカートの裾を押さえ、横向きに荷台に乗った。
アニメなんかでは、女の子が後ろに乗る時、こう座っていたはずだ。
「じゃ、行くよ」
自転車が急発進した。わたしは「きゃ」と声をあげた。
心臓がバクバクする。左右に振られて、倒れるかと思った。
「しっかりつかまって」
成瀬君の大きく見える背中が言った。
わたしは左手で荷台の金属枠をつかみ、右手でサドルの下の方をにぎっていたが、力が入り過ぎて腕がつりそうだ。
「腰に手をまわして。俺、大丈夫だから」
わたしがモタモタしているのに成瀬君はさらにスピードを上げる。
これは思ったよりバランスが難しい。
わたしはたまらず彼の腰に手をまわした。
彼の背中にくっつけた頬から、肩、胸のあたりまで、彼の温もりが伝わってきた。
スカートの裾がハタハタとなびいて、太ももの内側にまで風が入り込んでくる。
なんの支えもない足は宙ぶらりんで、お尻の方から伝わってくる金属枠のガタガタ来る震動に、身体が浮いているような感覚を覚えた。
同じ制服を着たひとたちが横に列を作って歩いていくのを成瀬君はうまく交わし、そのひとたちのあっけらかんとした顔が、後ろに座っているわたしの目と交錯して遠ざかっていった。
わたしは恥ずかしくなり、自分の顔を彼の背中にうずめた。
- Re: GL 『宿縁』(毎日更新予定) ( No.30 )
- 日時: 2013/04/05 22:38
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
十三
自転車は裏通りに入り、駅まで続くはずだった道を、どんどん迂回していった。
「こうなったら行けるところまで行くよ。土谷さんの家って、どっち方面?」
成瀬君は何度もわたしに道を聞いた。
わたしは、今まで何十回も通ってきた見慣れた道を、彼の自転車の後ろに乗って走った。
やがて、大きな公園が見えてきた。
低い生垣の向こうに、小さい頃はさんざん遊んだ遊具や、すべり台が見える。
その後ろの小高い丘は、木々がだいぶ枯れていた。
「ありがとう。ここまで来たら、もうわたしひとりで帰れるから」
「いいって。土谷さんの家まで送ってくよ。もう近いんでしょ」
「ほんとに大丈夫。今日はありがとう」
わたしは自転車を降りると、その場にかがみ込んでしまった。
実はさっきから脚が痛いのを我慢していた。
自転車の後ろにずっと座っていると、緊張して、変なところの筋肉ばかり使った気がする。
彼の背中に押し付けていた右側の頬だけ、赤くなったように熱かった。
「ごめん。疲れちゃったかな? ジュースおごるから、この公園で少し休んでこうよ」
自販機でジュースを買い、わたしたちは手頃なベンチに腰掛けた。
芝生でサッカーをする子供たちの、何と言っているか分からない掛け声とか、ボールを蹴る音が聞こえた。
斜め向かいのベンチには、わたしと同学年くらいの男女が一組。
男の子は黒の学ランで、女の子の方は緑色のジャージ姿だった。
どこの中学校かすぐ分かる。わたしとカエが、もし今の私立中学に入らなかった場合はそこに入っていたであろう、地元の中学校だ。
「ここまでの道はしっかり覚えたよ。今度さ、土谷さんの家まで行っていい?」
成瀬君がファンタをぐいっと飲んでから言った。
わたしは返事を渋る。彼にうちの家族を見られるのが、少し恥ずかしかった。
特に兄は昼間から酔っている時があるし。
「ダメかな?」
「んー、そのうちね」
わたしは煮え切らない返事をした。
成瀬君は的が外れたというように首をかしげると、こう言ってきた。
「ところでさ、昨日のことなんだけど。返事、いつくれるの」
それは昨日のバス亭での、わたしへの告白のことだ。
わたしは彼に好きだと言われ、「考えさせて」と答えた。
それから、およそ二十四時間が経つ。
向こうのベンチに座っている、地元中学の男女の距離が詰まった。
何を話しているのか、まるで聞こえないが、ジャージ姿の女の子は下を向き、その耳元に、男の子がささやきかけているみたいだった。
女の子は黒い髪を耳の下で両サイドに分け、男のひとの前だからと、ニコニコ微笑んでいるのがかわいらしかった。
雰囲気はわたしより幼いくらいだ。
男の子の方は、髪をワックスでツンツンにして、顔つきも綺麗で、オシャレな感じだ。
でも感じ取れる真面目さなら、成瀬君の方が魅力的だと思う。
「まだ分からないの……。でもわたし、うれしかったよ」
わたしはミルクティーの生暖かい缶を両手でにぎりしめ、もじもじしながら言った。
昼間の、柿沼さんのことをも思い出す。
わたしに告白してきた成瀬君のことを、柿沼さんは好きらしい。
でも自分とはランクが違うから、最初からあきらめて、遠くから見ているのだと言った。
そんな柿沼さんも、本音かどうか知らないが、わたしが成瀬君と付き合ってもいいと言ってくれた。
今までカエに付きっきりで忘却していたけれど、わたしぐらいの年頃なら、男の子を好きになったり、付き合ったりしてもいいんじゃないか。
「成瀬君は、わたしの返事、いつまで待ってくれる?」
わたしは横目で彼を見つめる。
自然な笑みがこぼれて、胸がポカポカしてきた。
ミルクティーの甘い後味が、口の中に広がっている。
「そんなに待てないよ。俺、他の男より先に彼女を……いや、土谷さんと付き合いたい。できるだけ早く返事欲しいよ」
真剣な目をして言う成瀬君に、わたしは「うん」とうなずいたきり、顔を伏せた。
すぐそばを、犬を散歩しているおばさんが通った。
反対側から、行き違うように別の犬を連れたおじさんが通りかかる。
知り合いでもないのだろうが、連れた犬と犬が引き寄せられるように接近し、鼻と鼻を重ねるので、そのおばさんとおじさんも、軽く言葉を交わしていた。
犬と犬は、お互いのにおいをくんくん嗅いだまま、離れようとしない。
わたしは視線に困って空を見上げた。
公園の高い時計塔の上、灰色がかった冬の空が広がっている。
風が少し吹いて、唇を乾燥させた。
乾いた下唇を噛んで、舌をその上に転がしてみるが、潤いは戻らない。
ふと思い浮かんだのは、カエの顔だった。
あの子は今、どうしているだろう。
わたしが会いに来なくなって、寂しいと思ってくれているだろうか。
「土谷さん、他に好きなひとが居るとかなら、言ってくれよ。俺にダメなところがあるなら、それも言って欲しい。だから、返事をあまり先延ばしにしないでくれよ」
焦りのまじった言葉とともに、成瀬君の顔がわたしのすぐ横に、じーっと寄ってきた。
「あ」
わたしは向こうに視線を向けて、ふいに言葉がもれた。
成瀬君もつられて、わたしと同じ方を向く。
ベンチで肩を寄せ合っていた中学生の男女が、キスを交わしていた。
公園内には相変わらず、子供たちがサッカーをする声。
それから表の道路を、一台のトラックが走っていった。
中学生の二人は何の合図もなく、音もなく、気がつくと唇と唇を重ねている。
それは人目を避けているようでありながら、その実、誰かに見せびらかしてやりたい、というようでもあった。
わたしは急に恐くなった。そして、
「ごめん。今日はもう帰る。また明日ね」
立ち上がると、それだけ言い捨てて走り出す。
が、ベンチにミルクティーの缶を置いたままだった。
既に飲み干して空き缶になっていたが、わたしはそれをどうしても置いたままにできず、成瀬君のもとに戻った。
そして自分の手でその缶をゴミ箱に捨て、夢中で走り去った。
- Re: GL 『宿縁』(毎日更新予定) ( No.31 )
- 日時: 2013/04/06 17:30
- 名前: あるま ◆p4Tyoe2BOE (ID: Ba9T.ag9)
十四
家に帰ると誰も居なかった。
わたしはバスで帰った日よりもっと疲れていて、薄暗いリビングの椅子に背中をあずけ、ふぅと溜息をついた。
耳鳴りがするほど静かだった。
台所には、兄が飲んだであろう空き缶が何本も転がっている。
どう見ても一人で飲む量ではないのだが、おそらくこれで一日分なのだろう。
母が見つけるとまた小言がうるさい。
べつにわたしに向けられたものではないのだが、わたしは母の小言を聞かされるのが嫌いだった。
疲れた身体を起こし、スーパーでもらった少し大きめの袋に空き缶を入れていく。
袋の中で缶と缶がぶつかり合い、かちゃかちゃ音を立てた。
いっぱいになったら袋をしばり、台所の隅に置いておく。
あとは月曜日のゴミの日に出すだけだ。
わたしは薄暗い家の中、明かりもつけず、二階の自室に戻った。
カバンを放り投げ、ブレザーのボタンを一つ一つ外しながら、鏡をのぞき込んだ。
鏡に映ったその顔は、さっきまで、成瀬君がじっと見つめていた顔だ。
男の子から見て、女の顔っていうのは、どう見えるんだろう。
わたしは、普段なら絶対しないくらい、鏡の中の自分の顔を見た。
夕方で、明かりをつけていない部屋の暗さもちょうどよかった。
自分の顔が綺麗だとか、かわいいだなんて、ほとんど意識したことがない。
でも、そういうことを遠回しながらに言われたことはある。
カエだってこの前の病院で言ってくれたし、柿沼さんだって、同じような意味のことを言っていた。わたしなら成瀬君と釣り合うって。
さっきの公園で、同じくらいの歳の男女がキスしているのを見た時、わたしは恐くなって逃げ出してしまったが、実を言うと、羨ましい気がしないでもなかった。
あの二人は、もうだいぶ長く付き合っていたのだろうか。
キスするくらいだもの。付き合ってすぐに、あんなことするわけない。
成瀬君への返事は今日も保留にしてしまったが、どうしたものか。
もしわたしがオッケイしたら、二人は付き合うことになり、三年生から同じクラスになり、いつでもずっと一緒にいるのだろうか。
周りのひとたちは……特に男子に縁のなさそうな女子たちは、彼氏がいるわたしを羨むだろうか。
恋人が居るって、素敵なことだ。良い気分だ。
きっと周囲に対しても、誇らしいような、自分の方が優っているような、そんな気分になれる。
きっと成瀬君も同じ気持ちでいる。
わたしの肩から、ブレザーがすとんと床に落ちた。
わたしは鏡の中の自分と見つめ合ったまま、胸もとのリボンをするする解く。
明日になったら、成瀬君に返事をしよう。
そしてわたしたちは恋人どうしになるんだ。
二人で同じ高校を目指して勉強したり、休みの日にデートして手をつないだり……キスなんかはまだまだぜんぜん早いけど、成瀬君なら待ってくれると思う。
「ナナミ、ちょっといいか」
びっくりして我に返った。
兄の声だ。
誰も居ないと思ってうっかり開けたままのドアのすき間から、兄がのぞいていた。
「兄さんごめん。今、着替えてるの。部屋の前で待ってて」
わたしはそれだけ言うと、ドアは半開きのまま、スカートのホックに手をかけた。
瞬間——。
ドアが音を立てて思い切り開かれ、兄がわたしをじっと見つめたまま、部屋に入ってきた。
何が起こっているのか分からないうち、あっという間に兄の顔が目の前に迫る。
目つきが何かおかしかった。
凍りついているわたしの肩に手をかけた兄は、強い力でわたしをベッドに押し倒した。
ベッドに二人分の体重が乗っかる。
わたしは兄に身体を重ねられ、息苦しくなった。