複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】
- 日時: 2021/02/25 23:52
- 名前: 狐 (ID: r9bFnsPr)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19508
人間の住む国サーフェリアの次期召喚師、ルーフェン。
召喚師一族の運命に抗い続けた彼は、多くの出会いを経て、国の守護者として立つことを決意するが……。
闇の系譜の物語が、今、幕を開ける──!
………………
はじめまして、あるいはこんにちは! 銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の前編です。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、ミストリア編より過去のお話です。
サーフェリア編だけ読んでも話は通じますが、ミストリア編を読んでから来ていただけると世界観は掴みやすいかもしれません。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-350
〜目次〜
†登場人物(序章〜第二章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†序章†『渇望』 >>3-16
†第一章†──索漠たる時々
第一話『排斥』 >>17-30
第二話『再会』 >>31-37 >>41-49
第三話『曙光』 >>50-57 >>60-65
第四話『探求』 >>66-78
第五話『壮途』 >>79-93 >>97-101
†第二章†──新王都の創立
第一話『奈落』 >>102-129 >>132-137
第二話『落暉』 >>138-145 >>148-150 >>152-171
第三話『覚醒』 >>172-210
第四話『疑惑』 >>211-271
第五話『創立』 >>273-298
†あとがき† >>299
PV >>151
五分くらいで大体わかる〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上 >>272
作者の自己満足あとがきとイラスト >>302-304
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
亜咲りんさん
てるてる522さん
ゴマ猫さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・>>16にとりけらとぷすさんによる挿絵を掲載いたしました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
・2021年2月1日、サーフェリア編・下が完結しました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.32 )
- 日時: 2017/12/16 20:21
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
暗い、漆黒の底からかけ上がってきたものが、ルーフェンの身の内に流れ込んでくる。
その瞬間、米粒ほどにしか見えなかったサンレードの陣営の光景が、すさまじい速さで脳内を巡った。
流れる雲が厚さを増し、不気味な光を孕む。
突然の天候の変化に、サンレードの人々は、狼狽えたように、辺りを見回し始めた。
刹那、大気に巨大な輝く亀裂が走り、落ちた。
その場にいた全員の視界が、一瞬青白く染まり、轟音が耳を貫いたのと同時に、熱線がサンレードの人々に降りかかった。
雲間から走る光の帯が、いくつもいくつもサンレードの陣営を包む。
人々は、呆然と空を見上げた姿のまま、まばゆい光に目を閉じた次の瞬間には、地面に影となって貼り付いた。
熱線を浴びた建築物、天幕、人。
その全ての表面に一瞬で気泡が生じ、あっという間に蒸発した。
熱線に続いて巻き起こった衝撃波は、溶かされた物々を更に破壊し、吹き飛ばす。
これらの出来事が瞬く間に起こり、騎士団側の人間が、チカチカとした視界の違和感から解放された時には、既にサンレードの陣営は跡形もなかった。
陣営に起こった突然の惨劇に、集落の人々が恐怖で騒ぎ始める。
ルーフェンは、頭に流れてくるそれらの光景を見て、笑った。
急に笑いが込み上げてきて、止まらなくなった。
燻り、煙を上げる陣営と、それを見て怯え、震える人々の姿が、ひどく愉快に見えた。
肉の焼ける臭いと、濃い体液、そして血臭。
それらが鼻孔をくすぐる度に、耐えがたいほどの喉の渇きに襲われる。
血がほしい。もっとほしい。
血が、こんなにも甘美な臭いのするものだったとは、知らなかった。
雷光に撃たれ、人々の身体から一瞬にして血が蒸発した瞬間、感受しきれないほどの快感が這い上がってくる。
それがたまらなく心地よく、ルーフェンは更なる快感を求めて、集落の方へと目を向けた。
人々が泣き叫んで、逃げ惑っている。
その様子を見た途端、脳天が痺れるほどの快楽を感じた。
しかし、同時に、誰かが自分の手を止めた。
(これ以上は、やめろ……!)
己の中から、制止の声が聴こえてくる。
──なぜ? こんなにも、気持ちが良いのに。
(やめろ……! 集落には、無力な人間ばかりだろう……!)
誰かが、盛んに邪魔をしてくる。
苦しそうに身悶えしながら、これ以上はいけないと、何かを思い出せと語りかけてくる。
ルーフェンは、その煩わしい声を無理矢理頭の中で消し去ると、欲望のまま、集落にむけて手をかざした。
確かに、サンレードの暴動の主力となっている男たちは、ほとんどが陣営にいたようだ。
集落にいるのは、女と子供ばかりである。
だが、そんなことは、今のルーフェンにとってはどうでもよいことだった。
とにかく殺して、殺して、殺したい。
その殺戮の欲望だけが、ルーフェンの頭を支配していた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.33 )
- 日時: 2017/12/16 20:23
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
悪魔の圧倒的な力を前に、恐怖する人々の顔。
それを見たときの優越感、そして快感は、六年前にも感じたことがあった。
成す術もなく震えていた自分を、鉈で引き裂こうとした、血の繋がっていない父親。
そいつを──強者を、それ以上の絶対的な力で捩じ伏せ、屠(ほふ)る快感。
悪魔の力を借りてしまえば、向けられた鉈など、ただの枝きれのように見えた。
恐ろしくて仕方がなかった父親も、ちっぽけで柔らかい、ただの肉塊になる。
嗚呼、なんて素晴らしい力なのだろう。
何故自分は、これまで召喚師になることを拒んでいたのか。
(やめろ……! こんなこと、したくない……っ!)
最後の力を振り絞って、己を引き留めてくる手を振り払って、ルーフェンは、口元に弧を描いた。
──殺せ……!
その時だった。
ぱんっ、と乾いた音が響いて、ルーフェンの身体は地面に叩きつけられた。
頬がじんじんと痛む。
殴られたのだと気づいて、ゆっくりと顔をあげると、そこにはシルヴィアが立っていた。
「……止めずとも、よい。集落の奴等も殺せ」
抑揚のない、エルディオの声が聞こえる。
シルヴィアは、ルーフェンを一瞥して、エルディオに向き直った。
「いけませんわ、陛下。この子にはできません」
怪訝そうな顔をするエルディオに、シルヴィアは微笑むと、眼下の集落に視線を移し、唱えた。
「──灼熱の炎よ、猛り、集い、全てを焼き尽くせ……」
詠唱が終わるのと同時に、集落が炎に包まれた。
炎は、みるみる勢いを増して、集落の人々を飲み込み、食らい尽くす。
そして、やがてシルヴィアが、ふっと手を握り込むと、一気に収束した。
完全に瓦礫の山と化した陣営に比べ、集落には、いくつか煤けた建物が残っていた。
それでも、サンレードの土地に、もはや人の気配はない。
頭の中に見える、ぽっかりと口を開いた焼死体を眺めていると、ルーフェンの興奮しきった脳天に、冷たい何かが刺さった。
むくむくと膨れ上がっていた悦びが、嘘だったかのように消えていく。
大勢の人々が、こちらを見ている気がした。
稲妻に撃たれ、一瞬で蒸発した人々の、怨みを孕んだ目。
炎に焼かれ、もがき苦しんでいた人々の目。
呆然と、しかし微かに恐怖の混じった、騎士団の者達の目。
それらが全て、自分に向けられている。
お前が憎い、怨めしいと言いながら、ルーフェンを見ている。
そんな思いに襲われて、浮かれていた快感が一気に冷めると、どっと身体中に感覚が戻ってきた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.34 )
- 日時: 2017/12/17 12:05
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
闇の底から、声が聴こえてくる。
サンレードの人々が、憎悪に染まった目でこちらを睨み、糾弾した。
——お前が憎い、お前が憎い、お前が憎い……!
恐怖で見開かれた目が、はっきりとルーフェンを映している。
それを自覚した瞬間、甘美に感じていた濃い血臭が、生臭いものに変わった。
エルディオが、口を開いた。
「……双方よくやった。ルーフェン、そなたもな。もう、昨日のようなことは言うでないぞ」
最後に、夕刻まで休め、とだけ淡白に言って、エルディオは天幕へと戻った。
騎士団の兵たちも、それぞれ馬の様子を見に行ったりと、仕事をするために散らばる。
まるで日常だとでも言うような周囲の様子に、ルーフェンはその時、ごぷりと吐いた。
鼻の奥に残る血臭が、死体の焦げる臭いが、気持ち悪い。
人々が恐怖する様子を、笑いながら見ていた己の姿も、気持ち悪い。
次いで、先程のエルディオの言葉を思い出しながら、ルーフェンは、声にならない声で、呻いた。
そして、シルヴィアを強く睨み付けると、掠れた声で言った。
「なんで……! どうしてあんなことしたんだ! 集落には、戦う術も持たないような女子供しかいなかった……!」
「……あら、正気に戻ったのね」
シルヴィアは、涼しげな様子で、ルーフェンに笑いかけた。
「私がやっていなかったら、貴方がやっていたわ。ねえ、そうでしょう?」
「違う! お、俺は……!」
言いかけて、ルーフェンは言葉を詰まらせた。
何が、違うと言うのだろうか。
心の奥底で、これ以上はやめろと、もう一人の自分が言っていたのに。
それでも、殺したいという欲望にまみれて、殺戮を続けた自分がいたのは、紛れもない事実である。
(お、俺は……人を殺したいと思っていた……!)
全身に震えが走って、腹から腕にかけて、身を食われるような激痛が走った。
ふと見てみれば、腕の皮膚が、まるで黒い鱗が貼り付いているかのように、変色している。
震える指先を見つめて、ルーフェンは叫んだ。
絶叫して、皮膚の変色した部分をかきむしり、身体の奥に留まる死の臭いを体外に出すかの如く、再び吐いた。
シルヴィアは、そんなルーフェンの様子を見ながら、くすくすと笑った。
「ああ、哀れで無力なルーフェン。貴方はまだ幼く、何もできないのね」
屈んで、ざらりとした黒い皮膚を撫でる。
「欲望がなく、力も求めない主人に、悪魔は従わないわ。従わず、代わりに取り込んでしまおうとするのよ。この皮膚の疾患は、その証……」
シルヴィアは、恍惚とした表情で、ルーフェンを見た。
「ねえ、ルーフェン。貴方は確かに、私にそっくりよ。けれど、私には悪魔が使役できて、貴方にはできないの。なぜなら、貴方は悪魔を欲していないから」
ルーフェンは、恐怖が頂点に達したまま、目を見開いてシルヴィアを見つめた。
「六年前、必死に生にしがみついていた貴方のほうが、ずっと優れた召喚師だったわ。何もかもを拒否している今の貴方じゃ、いつまで経っても召喚師になんてなれない。そうして、身の内から悪魔に食われて、死んでしまうのよ。イシュカル教の犬共を殺すことすら躊躇うようじゃ、貴方は永遠に無力だわ……!」
シルヴィアは立ち上がり、雲が薄くなった空を見て、楽しげに笑った。
ルーフェンはつかの間、彼女の様子をただ黙って見ていたが、やがて腰をあげると、ぐっと拳を握りしめて、言った。
「人殺し……!」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.35 )
- 日時: 2017/12/16 22:47
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
低く強い声に、シルヴィアがぴたりと動きを止める。
ルーフェンは、そのまま続けた。
「イシュカル教徒が、なんで召喚師一族を嫌うのか、分かった……! 嫌われて当然だ……! こんな、いかれた人殺しの、化け物使いが──!」
ふと、目を細めてこちらをみたシルヴィアを、ルーフェンは睨み返した。
「なにが……っ、なにが召喚師だ、国の絶対的守護者だ! 守るどころか、人を殺してるだけじゃないか!」
言い終えた時、シルヴィアは表情から笑みを消して、黙りこんでいた。
しかし、ふと俯くと、くつくつと喉を鳴らして、冷笑し始めた。
「人殺し? 何を今更……」
はあっと息を吐いて、ルーフェンを見る。
「サーフェリアの召喚師は、命令通りに人を殺すしかないのよ。それ以上を望むなら、自分でもがいて、地位を手に入れなければ……。貴方のいう通り、守護者だなんてとんだ戯れ言だわ。知らなかった? 人殺しなの、私も、貴方も」
シルヴィアの発言に、ルーフェンの心中は、恐怖を通り越して静かになった。
「それなら、召喚師なんて、いらない……!」
苦しげな声で言い返すと、シルヴィアは、冷笑を浮かべたまま、嘆息した。
「……ああ、本当に、本当に何も分かっていないのね。愚かなルーフェン。無知で、無能で、無意味で……そう思うのなら、そのままいなくなってしまえばいいのよ」
シルヴィアの言葉は、ルーフェンの胸をえぐった。
この女に、どう思われようが構わないと思っていたのに、それでも、彼女が発した存在否定の言葉は、ルーフェンの心に残酷に響いた。
「…………」
何も、言えなかった。
考えることすら嫌になって、立ち尽くしたまま、ルーフェンはただ黙っていた。
シルヴィアの、虚ろな銀色の瞳が、ひどく恐ろしい。
目を合わせれば、あっという間に吸い込まれて、空虚などこかへ押し込まれてしまいそうだった。
シルヴィアの視線から逃れたくて、全身に力を込めると、ルーフェンは天幕の方へと歩いた。
横を過ぎるとき、シルヴィアが何かを言うことはなかったが、その視線はずっと、こちらに向けられているようだった。
天幕に戻り、一人になっても、全身を蝕む鈍い痛みは、一向に治まらなかった。
──足りぬ、足りぬ……。
──血を、贄を捧げよ……。
再び響き始める、声。
それは、際限なく血を要求する悪魔の声と、己に贖罪を求めるサンレードの人々の声だった。
まるで脳が沸騰してしまったかのように、頭がぐらぐらと痛んで、ルーフェンは思わずしゃがみこんだ。
すると、次の瞬間。
地面から無数の手が生えてきて、ルーフェンに掴みかかった。
──許さない、許さない……!
──よくも、私達を……!
──返せ! この、醜い人殺し……!
手が、ルーフェンの腕や脚に絡み付き、闇の底に引きずりこもうと蠢く。
「あっ……!」
慌てて逃げようとするが、襲いかかるその手はあまりにも多く──。
ルーフェンは、自分を責め立てる多くの声を聴きながら、そのまま伸びてきた手に飲み込まれて、気を失った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編) ( No.36 )
- 日時: 2017/12/16 22:49
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
* * *
サンレードの地からシュベルテに帰った後、ルーフェンは、半月近く本殿の自室に籠っていた。
身体にまとわりついた血の臭いが落ちず、食べ物はほとんど口にすることが出来なくなっていたし、また、恐ろしい夢を見るのが怖くて、深い眠りにつくことも出来ず、ただただ寝台の上で毛布にくるまって過ごしていた。
一日に数回、様子を見に来る者も当然あったが、ルーフェンは一切取り合わなかった。
侍女のアンナも、サンレードの地に赴く前の、あのやり取りを気にしているのか、ルーフェンの部屋に来ても話しかけてくることはなく、毎日食事を届けては、ほぼ減っていないそれを悲しそうに引き上げていった。
しかし、日に日に弱っていくルーフェンの様子に、そろそろ医師達が部屋を訪れるかもしれない。
そうなれば、流石に取り合わないというわけにはいかないだろう。
極力人とは会いたくなかったのだが、そろそろ潮時か。
そんなことを考えていると、不意に、とんとん、と扉が叩かれて、アレイドが入室してきた。
彼も、毎日ルーフェンの部屋を訪れる者の一人である。
扉を叩いたところで返事がないのはもう分かっているため、最近は待つことなく部屋に入ってくるのだ。
「兄さん、起きてる……?」
小声で語りかけてくるアレイドに、仕方なく視線をやると、アレイドは心配そうにこちらを見つめ返してきた。
「顔、真っ青だよ。ご飯も全然食べないってアンナが言ってたし……。傷も治っていないじゃないか。レックに診てもらおうよ」
アレイドは、ルーフェンの袖口から伺える、全身に巻かれた包帯を見て、そう言った。
悪魔の皮膚のように、身体が黒く変色する疾患は、だんだんと広がって、今や胸から腕、腹にかけて、広範囲に及んでいた。
そのことを、ルーフェンは帰還してから誰にも言っていなかったため、疾患を隠すために毎日増えていく包帯を、アレイドは傷が酷くなっていると思い込んでいるのだ。
アレイドは、困ったように寝台に近づいた。
「……稽古や講義にも来ないし、皆、心配してるよ。もう半月も、こんな状態で──」
「うるさいな、出ていけよ」
ルーフェンは、毛布に潜り込んでから言った。
「俺と関わってると、他の兄達に何か言われるよ。頼むから、放っておいて」
アレイドは、一瞬ぐっと黙った。
だが、すぐに強気な口調で言い返した。
「ほ、他の兄上たちは、関係ないよ……。僕は、ルーフェン兄さんと話してるんだ」
「…………」
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