複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【完結】
日時: 2021/02/25 23:52
名前: 狐 (ID: r9bFnsPr)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19508



 人間の住む国サーフェリアの次期召喚師、ルーフェン。
召喚師一族の運命に抗い続けた彼は、多くの出会いを経て、国の守護者として立つことを決意するが……。

 闇の系譜の物語が、今、幕を開ける──!

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは! 銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の前編です。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、ミストリア編より過去のお話です。
サーフェリア編だけ読んでも話は通じますが、ミストリア編を読んでから来ていただけると世界観は掴みやすいかもしれません。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-350

〜目次〜

†登場人物(序章〜第二章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†序章†『渇望』 >>3-16

†第一章†──索漠たる時々

第一話『排斥』 >>17-30
第二話『再会』 >>31-37 >>41-49
第三話『曙光』 >>50-57 >>60-65
第四話『探求』 >>66-78
第五話『壮途』 >>79-93 >>97-101

†第二章†──新王都の創立

第一話『奈落』 >>102-129 >>132-137
第二話『落暉』 >>138-145 >>148-150 >>152-171
第三話『覚醒』 >>172-210
第四話『疑惑』 >>211-271
第五話『創立』 >>273-298

†あとがき† >>299

PV >>151

五分くらいで大体わかる〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上 >>272

作者の自己満足あとがきとイラスト >>302-304

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。

……お客様……

亜咲りんさん
てるてる522さん
ゴマ猫さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん

【お知らせ】

・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
>>16にとりけらとぷすさんによる挿絵を掲載いたしました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
・2021年2月1日、サーフェリア編・下が完結しました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.277 )
日時: 2018/02/07 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)



「これまで、冷たくしてごめんなさいね。でも、おまえを愛していなかったわけじゃないの。私とルーフェンは、この国にたった二人しかいない、召喚師の血を引く者……。その証拠に、他の子達はみぃんな弱くて醜いのに、おまえだけは、私にそっくりよ。力まで私にそっくりなんですもの。ねえ、戻ってきてくれるでしょう……?」

「…………」

 声が、出なかった。
溢れてくる様々な感情に、頭の中が支配されて、動くこともできない。
だから、シルヴィアが密かに取り出した短刀が、ゆっくりと背中に迫っていることに、ルーフェンは気づくことができなかった。

「────っ!」

 刃先が、背中の皮膚を擦る。
咄嗟にシルヴィアを突き飛ばし、その細腕から短刀を奪うと、ルーフェンは素早く後ずさった。

 寸前に回避したお陰で、背中の傷は深くない。
だが、微かに走ったその痛みは、ルーフェンの迷いを消し去るのには、十分すぎるくらいの痛みだった。

「……馬鹿みたいにご機嫌取りを始めたかと思えば……。次の狙いは、俺だったんですね……」

 床にうずくまっているシルヴィアを見下ろして、ルーフェンが、短刀を向ける。
恐怖のあまり、いつも目を反らしていた母の姿は、こうして見てみると、思いの外小さく、力も弱々しかった。

「……こんな分かりやすい方法じゃなくて、いっそ、俺にも呪詛をかければ良かったのに……。そんなことも思い付かないほど、貴女は壊れてしまったんですか」

 自分の声が、どこか遠くに聞こえる。
胸の奥は熱くて、ぐらぐらと煮えたぎっているのに、声だけは、ひどく冷たかった。

「……まあ、それ、なあに。やめて、ルーフェン。短刀なんて向けられたら、私、怖いわ」

 シルヴィアが、瞳孔の開ききった目で、ルーフェンを見つめてくる。
立ち上がると、シルヴィアは、まるで短刀など見えていないかのように、微笑んだ。

「ルーフェン……私の、可愛いルーフェン……。お願いよ、私のところに、戻ってきて……?」

 手を広げて、シルヴィアが、徐々に距離を詰めてくる。
だが、ルーフェンが容赦なく短刀を胸元に突きつけると、シルヴィアは、ぴたりと動きを止めた。

「ルーフェン……?」

「…………」

 それでもシルヴィアは、美麗に笑っている。
そんな彼女の銀の瞳を見ている内に、ルーフェンの短刀を持つ手が、微かに震えてきた。

「……貴女、は……」

 呟いてから、ルーフェンは、にじんできた視界に、数回瞬いた。

「……どうしていつも、笑っているんですか……?」

 きつく歯を食い縛って、言葉を紡ぐ。

「どうして……今更、そんな風に俺を見て、俺の名前を、呼ぶんですか……」

 何も映らない、硝子玉のようなシルヴィアの瞳を、見つめ返す。
その動かぬ瞳は、やはり人形のように無機質で、どこか狂気的にも見える。

 シルヴィアは、刃を突きつけられたまま、顔を綻ばせると、ゆっくりと唇を動かした。

「あら、だっておまえは、私の息子でしょう……?」

「──……」

 ぷつりと、何かが切れた音がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.278 )
日時: 2018/02/13 23:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)


 力任せに振った短刀を、思いきり、壁に叩きつける。
きん、と鋭い音がして、折れた刃先が、壁から跳ね返った。

 突き上げてきた怒りに身を任せ、魔力を増幅させると、ルーフェンの足元から迸った雷光が、部屋中を駆け巡る。

 文机と寝台は焼け焦げ、崩れるようにして倒れた本棚からは、無数の本が雪崩落ちてきた。
衝撃で割れた窓や花瓶は、壁に当たっては砕け、その破片が、シルヴィアの頬をかする。

 呆然と立っていたシルヴィアは、自分の頬から血が垂れても、抵抗することなく、ただルーフェンを見つめていた。

 そうして、焼いて、焼いて、焼き尽くして。
もう部屋中の物という物が、炭になって燻る頃には、身を蝕む憤怒は、雷光と共にどこかへ抜け出ていってしまった。

 もう、手加減などせずに、壁や床も吹き飛ばして、離宮ごと──シルヴィアごと、破壊してしまおうか。
そんな考えがよぎれば、もはや怒りというより、投げ槍になっている自分に気づいて、虚しさが胸の中に広がった。

「…………」

 怒りも、哀しみも憎しみも、全てを通り越して、ふと、笑みがこぼれた。
目元を手で覆って、乾いた声で、ははっと笑う。
ひとしきり笑ってから、シルヴィアに向き直ると、ルーフェンは言った。

「──ねえ、人には心があるって、知ってますか?」

 シルヴィアの瞳が、わずかに動く。
一度目を閉じて、そして、やはり笑顔になると、シルヴィアは答えた。

「……どうしてそんなことを問うの?」

 ルーフェンは、悲しげに眉を寄せると、薄く笑った。

「……それが分からないなら、多分、お前は人じゃないんだろうな、と思って」

 声の震えを自覚しながら、ルーフェンは、言い募った。

「人じゃないなら、そんなお前の気持ちを考えて、悩んだって……無駄なんだろうなって」

「…………」

 一呼吸すると、ルーフェンは、はっきりと言った。

「お前は、俺の母親じゃない。ただ、血が繋がってるだけだ。同じ人殺しの、召喚師一族……ただ、それだけのこと。……俺は、アリアさんのように、貴女を理解したいとは思えない」

「…………」

 そう言って、黙りこんだシルヴィアの前に、アリアの手紙を置く。
シルヴィアは、少し驚いた様子で口を閉じていたが、やがて、手紙を手にしてその場にうずくまると、突然、声を上げて笑い出した。

「……あはっ、はは、ふふふ……っ」

 いつも浮かべているような、綺麗な微笑ではない。
壊れたように笑いながら、シルヴィアは、静かに言った。

「……そうよ、それだけなのよ……。ただ、血が繋がってるだけ。たったそれだけのことに、私達は一生縛られて、振り回されて、苦しめられる……。どんなに足掻いても、足掻いても、結局私は、逃げられなかった……。おまえも、召喚師の血からは、絶対に逃げられない……」

 浅く呼吸しながら、シルヴィアは、すがりつくようにルーフェンの腕を掴んだ。

「ねえ、今の私、どう見える? 哀れ? 滑稽? 人じゃないというなら、化け物にでも見えるのかしら。私のこと、憎くて、殺したくて、仕方ないでしょう……?」

 シルヴィアの目から、ぽつっと一筋の雫が落ちる。
一瞬、びくりと身体を震わせたルーフェンは、怯えたように腕を引いたが、シルヴィアの手は離れなかった。

「憎いって、そう言いなさい……。私、おまえのことが大嫌いよ。生んだことを、ずっと後悔してきたの。邪魔で邪魔で、心の底から、殺したかった……。だから、おまえもそう言いなさい……。私のことが憎くて、殺意すらあったんだって、お願いだから、そう言って……」

「…………」

 涙を流しながら、譫言(うわごと)のように呟く。
しかし、その紅色の唇で、にんまりと弧を描くと、シルヴィアは泣き嗤いした。

「召喚師として生まれてしまった以上、今更、もう何をしようったって無駄よ! 前にも言ったでしょう、おまえは、無知で無力だ。だから、今の私の姿を、よく覚えておくといいわ。おまえも、いずれこうなるのだから……!」

 シルヴィアの腕を振り払って、ルーフェンは、部屋を飛び出した。
螺旋階段を降り、本殿の廊下を走り抜け、驚いた様子で声をかけてくる家臣たちにも構わず──。
とにかく、そうしていなければ、頭がおかしくなりそうだった。

 行き先も決めず、移動陣に飛び込んで、ルーフェンは、気がつけば、アーベリトに隣接するリラの森に来ていた。

 深く積もる雪の上を走って、走って。
リラの森を抜け、ふと、雪に足をとられて転ぶと、ルーフェンは、どしゃりと倒れこんだ。

 冷たい雪の水気が染み込んできて、だんだん、指先の感覚が無くなってくる。
同時に、幾分か冷静になってきて、ルーフェンは、日光を反射してきらきらと光る雪原を、ぼんやりと見つめていた。

 こんな風に王宮を飛び出したって、何かが変わるわけじゃない。
召喚師として生きていくことは、もう随分前に覚悟を決めたし、今更、抵抗しようという気も起きない。

──ただ、シルヴィアを見て、その残酷さを改めて実感しただけだ。
どんなに嘆いても、もがいても、もうどうにもならない運命。
召喚師であることを強いられ、その苦痛を飲み込み、耐えて、耐えて、やがて、感情を出すのも嫌になって。
そうしていつか、自分もシルヴィアのような、人形になるのだろうか。

 分かっていた。
最近になって、もう抗うのはやめようと言い聞かせて、何度も納得した。

 自分は、シルヴィア・シェイルハートの血を引く、召喚師一族だ。
たったそれだけのことが、己の全てだ。
その血の繋がりからは、もう逃れられはしない。
そういうものなのだ。
──きっと、そういうものなのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.279 )
日時: 2018/02/08 18:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)




 どれくらい、雪の上にそうして寝転んでいたのか。
虚ろな意識のまま、冷えきって動かなくなった指先を見つめていると、ふいに、ざくざくと雪を掻き分ける足音が聞こえてきた。

 小さな影が落ちて、近づいてきた足音は、ルーフェンの目の前で止まる。
仕方なく起き上がると、四、五歳ほどの男の子が、不思議そうにルーフェンのことを見ていた。

「……召喚師、さま……?」

 こてん、と首を傾げて、男の子が尋ねてくる。
少しだけ迷った後、ルーフェンが頷くと、男の子は、ぱっと目を輝かせた。

「すごーい! ほんものだ! ほんものの召喚師さまだー!」

 唐突に興奮し出して、男の子が大声をあげる。
ルーフェンが呆気にとられていると、別の方向から少年がやって来て、男の子を叱り飛ばした。

「モリン! あんまり遠くに行くなって言ったじゃないか!」

 頬を紅潮させ、白い息を吐きながら、十歳前後の少年が駆けてくる。
モリン、と呼ばれた男の子は、はしゃいだ様子で少年に飛び付くと、ルーフェンを指差した。

「みてよ、ユタ兄ちゃん! 召喚師さま、ほんものだよ!」

「はあ?」

 訝しげに眉をしかめたユタだったが、しかし、ルーフェンの方を見た瞬間、目を見開いて硬直する。
モリンは、雪まみれで突っ立っているルーフェンに突撃すると、その手を掴んで、ぐいぐいと引っ張り出した。

「わあ、召喚師さま、手つめたーい! 風邪ひいちゃうよ、いっしょに帰ろー!」

 楽しげに笑いながら、モリンがルーフェンの手を振り回す。
返答に困っていると、顔を真っ青にしたユタが、モリンをルーフェンから引き剥がした。

「馬鹿っ、モリン、失礼だろっ! 申し訳ありません、召喚師様! こいつ、まだ子供で……!」

 慌てて頭を下げて、ユタが謝罪してくる。
ルーフェンは、苦笑すると、ゆるゆると首を振った。

「……いや、大丈夫だよ。気にしてないから」

 穏やかな口調で言うと、ユタが、安心したように息を吐く。
叱られたのだと分かって、どこか不満げにしているモリンを横目に、ユタは、緊張した面持ちで言った。

「あの、もしかして、アーベリトに何か御用ですか? サミル先生なら、さっき孤児院を見回ってたと思うんですが……」

 ユタに言われて、ルーフェンは初めて、ここはアーベリトの近くだ、ということに気がついた。
シルヴィアの元から飛び出して、無意識に、こんなところまで来てしまっていたらしい。
なんとなく、サミルやオーラントに、会いたくなったのかもしれない。

 シルヴィアから逃げてきた自分に呆れつつ、かぶりを振ろうとしたルーフェンだったが、ふと、自分の父アランのことを思い出すと、動きを止めた。
アランを殺したのがシルヴィアである、ということが、先程の離宮でのやり取りで、明らかになった。
この事実は、アランの弟であるサミルにとっても、重要なことに違いない。

 以前話したときのサミルの口ぶりからして、サミルは、ルーフェンの出自を知っているようだった。
だから、アランがルーフェンの父親であることも、口封じのためにシルヴィアがアランの殺害を謀ったことも、もしかしたら知っているかもしれない。
だが、オーラントの容態も気になるし、折角アーベリトまで来たのだから、一度サミルに会って、話しておくべきだろう。
王太妃バジレットへの報告は、それからでも遅くはない。

 ひとまず、沈んだ気持ちを押しやって、ルーフェンは、微笑んだ。

「……うん、そうなんだ。サミルさんに話があるから、良かったら、案内してくれるかな」

「は、はい! もちろんです!」

 ユタが、ぎこちない動きで頷く。
一方のモリンは、嬉しそうに声をあげると、再びルーフェンの手をとった。

「いこう、いこう! こっちだよ!」

 失礼だと怒るユタを振り切って、モリンが、ルーフェンの手を引いていく。
小さくて柔らかい、子供らしいその手は、とても温かかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.280 )
日時: 2018/02/08 18:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: Fm9yu0yh)



 ルーフェンが連れてこられたのは、アーベリトの街並みを抜けた東端にある、孤児院だった。
なんとなく予想はしていたが、ユタもモリンも、この孤児院の子供らしい。
ユタたちは、上着についた雪を払いつつ、扉を開けて、ルーフェンを中に引き入れたのだった。

 孤児院の中は、思いの外広く、天井から下がったシャンデリアの蝋燭が数本、淡い光を放っていた。
夜になれば、あの全ての蝋燭に、明かりが灯るのだろう。

 室内では、十数人ほどの子供たちが、思い思いに絵を描いたり、玩具で遊んだりしていた。
積雪が多い今日は、大半の子供たちは、職員と一緒に外に出てはしゃぎ回っているらしい。
室内にいるのは、ごく少ない人数のようだが、それでも、ルーフェンにとっては、こんなに沢山の子供を前にするのは、初めてのことであった。

 ユタは、上着を脱ぎながら、近くにいた少女に話しかけた。

「なあ、サミル先生、まだいる?」

「ううん。さっき施療院の方に戻っちゃったけど……」

 ユタと同い年くらいの少女が、ルーフェンの方を気にしながら、首を振る。
ユタは、困ったように息をつくと、ルーフェンの方に振り返った。

「すみません、召喚師様。サミル先生、ここにはいないみたいで……。呼び戻してくるので、少し待っていてもらえますか?」

 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
ルーフェンは、表情を緩めると、小さく首を振った。

「……急に押し掛けたのは、俺の方だから。わざわざ呼び戻してもらうのも悪いし、俺が直接、施療院に行くよ」

 ルーフェンが答えると、ユタはぶんぶんと手を振った。

「いやっ、そんなわけには! 外は寒いですし、召喚師様は中で寛いでいて下さい!」

 食い気味に言われて、思わず黙りこむ。
すると、先程の少女が、いそいそと上着を着込みだした。

「それなら、私が行ってくるよ。ちょうど今月分の薬を、施療院に取りに行かなきゃいけなかったし。ついでに、サミル先生を呼んでくる!」

 何やら嬉しそうにルーフェンを一瞥して、少女が走っていく。
その後ろ姿を、ルーフェンが見送っていると、周りをちょろちょろと動き回っていたモリンが、ふと声を上げた。

「ねえ、召喚師さま。せなか、けがしてるよ?」

 はっと目を見開いて、背中に触れる。
今朝、シルヴィアにつけられた傷だ。
大した傷ではなかったから、気にしていなかったが、そういえば、何の手当てもしていなかった。

 ルーフェンは、慌てて微笑んで見せると、背中が見えないように、モリンの方を向いた。

「……大丈夫だよ。ちょっと、引っ掻いただけだから」

 心配そうに、こちらを見つめてくるユタの方も見ながら、誤魔化す。
しかしモリンは、不満そうに唇を尖らせると、ルーフェンを暖炉の前まで連れていって、座らせた。

「お医者さんは、こうするんだよ」

そう言って、玩具箱を漁ると、モリンが聴診器を取り出す。
使わなくなったものを、アーベリトの医師にもらったのだろうか。

 モリンは、ルーフェンの胸に、服越しに聴診器を当てると、ふんふん、と何度か頷いて見せた。

「あまり、よくありませんね。今日は一日、あんせいにしていないとだめですよ」

 医師の真似事でもしているのか、はきはきと敬語を使って、モリンが言う。
当然、聴診器で傷が治るはずもないのだが、その得意気な様子がおかしくて、ルーフェンは、微かに破顔した。

「……お医者さんの真似、上手だね」

 褒めたつもりであったが、モリンは、途端に物足りなさそうな顔になった。

「ちがうよ! こういうときは、ありがとうございます、先生! っていうんだよ!」

「……そっか。ありがとうございます、先生。今日は、大人しくしています」

 ルーフェンが頭を下げると、モリンは、満足そうに笑った。
その裏のない、爛漫な笑顔を見ている内に、ルーフェンも、自然と微笑んでいた。
普段相手しているのが、腹の底の知れない、分厚い仮面をかぶった大人たちばかりだから、こういう純粋な笑顔を向けられるのは、なんだか新鮮である。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上【多分毎日更新】 ( No.281 )
日時: 2018/02/09 18:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8nwOCftz)




 モリンとルーフェンの会話を聞いていたのか、ちらちらとこちらを伺っていた子供たちが、徐々にルーフェンの元に集まり始めた。

「え、召喚師さま?」

「しょーかんしさまだー!」

「本当に髪の毛が銀色だ!」

 一人が声を上げたのを皮切りに、子供たちが口々に騒ぎ出して、ルーフェンを取り囲む。
目を白黒させていると、ユタが焦った様子で、声を張り上げた。

「こら! お前たち、いい加減にしろ! 召喚師様は偉い人なんだから、そんな風に集るな!」

 だが、そんなユタの説教も空しく、子供たちは、実に楽しそうに笑っている。
見たところ、子供たちは大体五、六歳程度で、今いる中では、ユタが最年長のようだ。

「召喚師さま! しょーかんじゅつ、見せてよ!」

「王宮って、どんなところ?」

「これあげる! さっき、私が作ったんだよ!」

「私も! これあげる、折り紙のお魚さん!」

 思い思いに話しかけてくる子供たちに戸惑いながらも、その一つ一つに、なんとか返事をしていく。
ルーフェンは、女の子が差し出してきた折り紙を受け取ると、顔を綻ばせた。

「ありがとう、もらっていいの?」

 二人の女の子は、互いに顔を見合わせると、こくりと頷いた。

「いいよぉ、だってお父さんが、ルーフェンさまには感謝しなさいって、言ってたから!」

「アーベリトの恩人だって、言ってたもん。ねー!」

「…………」

 リオット病の治療法の需要をあげて、アーベリトの資金援助をしたことを言っているのだろうか。
前にサミルが、孤児院の修繕が出来たのだと語っていたことを思い出しながら、ルーフェンは、折り紙を見つめた。

 子供とはいえ、リオット族の一件以降に、アーベリトの町民たちの声を聞くのは、初めてだ。
シュベルテの人間たちはともかく、こうしてサミルやアーベリトの者達が喜んでくれるなら、多少無茶をしてでも、成し遂げられて良かったと心から思った。

 つかの間、黙りこんでいると、今度は男の子が、絵本を持って走り寄ってきた。

「ねえねえ、召喚師さまー! これよんでー!」

 差し出してきた絵本を受け取りつつも、どうするべきか迷って、ルーフェンが口ごもる。
すると、再びユタが割り込んできて、絵本を奪い取った。

「だから、召喚師さまを困らせちゃ駄目だってば! 召喚師さまは、お前たちの相手をしにアーベリトに来たんじゃないんだから!」

「えー、でも、ユタ兄ちゃんじゃよめないじゃんか!」

 不服そうな男の子に、ユタは厳しく言った。

「でも、じゃない! とにかく召喚師様は、こんなこと頼んで良いお方じゃないんだよ! 頼むなら、お父さんに頼め!」

 それだけ言って、男の子に絵本を返す。
まだ物言いたげな男の子を無視して、ユタは、群がっている子供達を追い払った。

「ほら、お前たちも、何かしてほしいならお父さんに頼むんだ! 召喚師様の前で、騒がしくするなよ!」

 渋々といった様子で、子供たちが離れていく。
先程までは好き勝手騒いでいたが、ユタに本気で怒られるのは怖いのだろう。
流石の子供達も、大人しくなった。

 ルーフェンは、微かに笑うと、ユタを見た。

「ユタくん、だっけ。君は偉いな、皆のお兄さんなんだ」

ユタは、少し照れ臭そうな表情になった。

「ここにいるのは、チビばっかりだから、俺がしっかりしないと。まあ大変なことも多いけど、賑やかなのは嫌いじゃないんです。まるで家族が出来たみたいに思えるから……」

「…………」

 十の子供とは思えない、しっかりとした口調で、ユタが言う。
その照れ笑いを、ルーフェンが見つめていると、膝にしがみついていたモリンが、今度はユタの方にすり寄った。

「ねえー、ぼくにも本よんでー」

「だから、お父さんが帰ってきたらな」

「おとーさん、いつ帰ってくるのー?」

 不機嫌そうに眉を曇らせて、モリンが項垂れる。
ユタが、やれやれといった様子で、ため息をついた。


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