複雑・ファジー小説
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- 富名越義珍 空手異聞
- 日時： 2016/01/15 17:32
- 名前： 梶原明生 （ID: j4S7OPQG）
拳は疾風の如きなり、蹴りは雷鳴の如き威力なり。是以ってしても空手に先手無し。 「あなた、お茶が入りましたよ。茶菓子も召し上がれ。」妻のみきが縁側で佇む富名越に声をかけた。「おう、すまぬな。ではもらおうかな。」先ほどまで空手の心得を心で復唱していた、しかめっ面とは打って変わってやさしい表情に戻る。「何か考えことですか。」「うむ。と言うかみき。君の事を考えておった。いつも苦労ばかりかけてすまぬ。好いて惚れて夫婦になったというのに。」顔を少し赤らめてみきは恥ずかしがった。「まぁ、何かと思えばそんなこと。」勿論嘘ではないが、富名越にとってそれだけではなかった。大正時代から昭和にかけて空手道は普及と共に型を演武するだけでなく、実戦試合化、スポーツ化が進んでいた。富名越は空手を沖縄から初めて日本に伝えた第一人者として、この事態に反発していた。空手とは護身術と求道精神を養う人格形成として普及すべきで、決して殴り合いの喧嘩や、遊びの道具として作ったのではない。そう彼は考えていた。しかしそれは世間にも弟子にも表向き。実は空手の試合化に反対していたのは人知れずもうひとつの理由があったためである。茶を啜りながらふと縁側を見ると、塀の上に青い手拭いが。「すまぬ、少々出かけてくる。」羽織を着て下駄を履いて家を後にする富名越。釣堀のある大木の下で、サブという男が立っていた。「先生、折角の夫婦水入らずを邪魔して悪い。」「サブ、それよりも何だ。」「はい。この前の娘16人犯した奴、居所がわかりました。」「そうか。では明日向かう。サブ、御苦労だったな。」「なーに、無念で死んでいった娘達に比べたら屁でもない。それじゃ俺はこの辺で・・・」サブはハンチングハットを抑えながら大木を後にした。・・・続く。
- Re: 富名越義珍 空手異聞 ( No.35 )
- 日時： 2017/05/10 18:11
- 名前： 梶原明生 （ID: Xc48IOdp）
…「黙れっ、お前は引っ込んでろ。さもなくばお前も道連れにしてやる。」「小西師範代、そんな…」富名越は落ち着いた声音で岡田を諭した。「岡田、止めなくとも良い。いずれこうしなくてはならない運命だったのだ。下がっていなさい。」「は…はい。」やむなく岡田は後ろへ下がる。「覚悟はいいなウミガメ。では参るぞ。」両拳を握りしめ、構えはじめた小西。富名越はと言うと、構えず平行立ちにて平眼で見据える。「何故構えぬ富名越。」「どうした。構えねばお主の空手は戦えぬと言うのか。」富名越のその言葉にカッとなった小西は気合いかけて拳を突き出した。無論かわされたが、それは承知。回し裏拳打ちに変えて富名越の顔面を捉える。しかしそれは空を切り、一瞬見失う。「どこだ、はっ…」斜め後ろから顔面すれすれに富名越の拳が彼を捕らえていた。「私がその気ならもうお前は拳に負けていたな。」「うるさい黙れ。」隙を突いて上段掛け蹴りを出すが、またもや空を切る蹴り。「バカな、これでは中国人を倒した噂通りではないか。」小西は次第に余裕がなくなっていった。…続く。
- Re: 富名越義珍 空手異聞 ( No.36 )
- 日時： 2017/05/13 21:01
- 名前： 梶原明生 （ID: 0Q45BTb3）
…全ての技を渾身の力を込めて奮うものの、まるで空を切るがごとくかわされてしまう。「まさか、あの型しか演武しないウミガメがこんな隠し種を持っていたとは…」悔しいかな、小西は敗北を感じざる負えなかった。「おのれ、かくなる上は…」手刀受けを行った小西は富名越しに向けて空手の禁じ手、二本指の貫手を両眼目掛けて放つ。「小西っお前。」それを手刀で鼻前で構え、小西の二本貫手を防いだ。「どこまで卑怯な。」１０本以上の正拳突きを怯んだ隙に叩き込んだ。悶絶して倒れる小西。「ヤーっ。」寸前で拳を止める富名越。「これでわかったろう。今のお主の拳は心ここにあらず。迷いの拳だ。空手に先手なし。これこそが松濤館空手の極意だ。命だけは取らんが、お前はもう破門だ。少年の供養に邁進せい。」「グ…グファーアアアッ」嗚咽なのか雄叫びなのかわからぬ叫び声を上げながら痛み覚めやらぬ体で道場を走って出た。「小西師範代っ。」岡田は追いかけようとしたが富名越が止める。「岡田、追わずともよい。やつもわかったはずだ。」平眼で扉を遠く見据えるように富名越は見やっていた。…次回「対立」に続く。
- Re: 富名越義珍 空手異聞 ( No.37 )
- 日時： 2017/05/18 23:01
- 名前： 梶原明生 （ID: 97SCsTUE）
「対立」
…関口財閥の私設武道場にこの時代には珍しく四角いリングが設営されていた。白熱の打ち合い掛け合いがこもるリング上で、一際目立つ大男が道場生相手に稽古をつけていた。それを武道場の上座に座ってみていた関口仁三郎。「うむ、見事だな。これが西洋のプロレスリングなるものか。さすがはデューク香山。欧米に修行に行っていただけはあるな。」関心していたら佐川が耳打ちにくる。「何、小西が失踪だと、ムム、あやつめ。」「いかがいたしましょう。」「まぁいい、今は捨ておけ。死亡事故もあったことだし、いずれほとぼりが覚めてからな。それに試合化に基づく組織編成と規則が固まりつつある。忙しくなるぞ。それに…デュークを使って富名越を痛めつける計画もある。最優先はそれからだ。」ニヤリとほくそ笑む関口であった。…続く。
- Re: 富名越義珍 空手異聞 ( No.38 )
- 日時： 2017/05/31 01:18
- 名前： 梶原明生 （ID: u7d.QD9m）
…一方、大所帯となった松濤館道場で、富名越はピンアンやクーシャンクーの型を惜しみなく指導していた。「皆さんお茶にしませんか。親戚からいただいた茶菓子もありますよ。」彼の若妻が義高を背負って叔母と共に現れた。「これ、気を使わなくとも…体に障るぞ。」「いいえ、これぐらいは妻として当然。ささ、皆さん遠慮せずに召し上がれ。」「やれやれ仕方ないな。それではしばらく休憩にしよう。」富名越はやむなくごちになった。茶を啜って軒先をふと見ると、またいつもの青い手拭いが…「むむ、サブか。」趣に立ち上がると皆に告げる。「いいか、私は少し用があるので出かけてくる。何、ほんの一時だ心配ない。ゆっくりしていけ。」彼はそう言うと道場を後にした。しかし青い手拭いに気づいたのは富名越だけではない。妻もだった。「旦那様、あなたは一体。…」…続く。
- Re: 富名越義珍 空手異聞 ( No.39 )
- 日時： 2017/06/01 19:13
- 名前： 梶原明生 （ID: 0zy7n/lp）
…みきは一抹の不安を抱きながら見送るしかなかった。例の釣り堀で落ち合うサブと富名越。「お久しぶりで、先生お元気でしたか。」「勿論だ。お前こそどうしてた。」「いやいや、ちょいと野暮用がありましてね。…それはまあ置いといて先生、またどうしようもねぇ、許せねー輩が現れましてね。また先生のお力をお借りしたいんですよ。」「そうだろうと思ってた。で、相手は。」「古谷佐吉て男と他に連んでる男二人の三人でさ。こいつら窃盗、強盗を繰り返し、あまつさえ夜中片親思いの行かず後家２８の娘を工場勤めの帰りに襲い、現金に櫛、簪、着物まで剥ぎ取り、質で金にして豪遊三昧。その娘の兄貴はプロレスリングの修行帰りらしく、かなり悔やんでいたらしいですよ。可哀想に、後１日間に合ってれば、興業の金で妹と病気の母親を楽させられたのに、助けられたのにとね。」富名越は拳をこれでもかと握りしめた。「許せぬな。その古谷。して、その兄の名は何と言う。」「たしか、デューク香山とか。」…続く。