複雑・ファジー小説

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AnotherBarcode アナザーバーコード
日時: 2020/12/07 18:30
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12746

 生きていれば。生きてさえいれば、いつか幸せになれると思っていた。
 私だって、生きてても良いんだって。誰かと一緒に笑う事も出来るんだって。
 そんな夢を、見ていた。
 それが幻想だとわかっていても。私達は望まずにはいられなかった。
 普通に朝を迎えて、普通に誰かと過ごして、そして普通に1日を終えて、普通の明日を待つ。そんな幻想に酷く焦がれたところで、永久に叶うことはないのに。


………………………………


これは、継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。

こんにちは、ヨモツカミです。以前からオリキャラ募集して、話だけ練ってたのですが、ようやくスレ立てすることができました。
本編では明かさなかった事とかオリキャラ募集で投稿頂いたキャラなどが主に活躍します。つぎば本編も読んでいるともっと楽しめるんじゃないでしょうか。本編読んでなくてもなんとなくわかるような説明も入れるつもりですが。


【目次】>>15
よくわかんない投稿の仕方してるので、1レス目から見るとかじゃなくて、目次見たほうがわかりやすいと思います。

【キャラクター関連】
登場人物詳細その1>>16
桜色の髪の少女>>1 ロスト>>21
ロティス>>2 レイシャ>>24
アイリス&シオン>>6


【軽い説明】
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当のバケモノだと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

【お客様】
メデューサさん


2018年2月6日スレ立て

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.25 )
日時: 2020/02/08 19:34
名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)

「クラウスって言ったっけ? あんたさっき、レイシャがあたしのこと“お母さん”て呼んだとき、変な顔してたね」

 気付かれていたのか。別に、とクラウスは声にしたが、ネーヴェは柔らかく微笑んで語り始めた。

「血は繋がってないけど、でもあたしはレイシャを本当の娘だと思ってるよ」

 ちらりとネーヴェが視線を向けた方向を見ると小さな写真立てがおいてあった。まだ若そうなネーヴェと、優しそうな顔をしたガタイのいい男性。それから、ネーヴェの腕に抱かれた赤子の姿。

「あたしね、家族を失ってるんだ。研究所から逃げてきたレイシャを娘だと思い込んで、独りの寂しさを埋めようと、利用しているみたいで嫌だったのよね。ホントの娘の代わりがいればいいみたいで、さ」

 ネーヴェはゆったりと歩き、立てかけてあった写真立てに触れる。

「初めの頃は、そうやって寂しさを埋めて、なれなかった母親になってみたくて、レイシャにお母さんなんて呼ばせてさ、家族のこと忘れようとしてみたり……本当の母親になんか、なれないのに……」

 暗い表情で言って、はっとしたネーヴェが苦笑しながら言う。

「ああ、ごめんね。レイシャのこと、あんま他人に話せないから。こんな話、中々出来ないからって、クラウスに聞かせる内容じゃ無かったね」

 クラウスは目を丸くした。それからぽつり、と思ったことを口にする。

「レイシャは、ネーヴェのこと好きだと思うよ」

 え、と声を漏らしたネーヴェの顔をじっと見つめて、クラウスは続ける。

「ネーヴェがレイシャのことホントの娘だと思ってて、レイシャがネーヴェをお母さんって呼ぶなら、もう、親子なんじゃないの? 代わりとか、よく分かんないけど。本物じゃなくてもいいんじゃないの? 本物じゃなくても、オレにはネーヴェ達は親子に見えるよ」

 今度はネーヴェが目を丸くする番だった。
 クラウスは自分の髪に触れて、少しだけ微笑む。優しくて温かい手のひらが、自分の頭を撫でる。心地よい温もりは、今も残っていて。

「さっき撫でてくれたとき、お母さんのこと思い出した。ネーヴェはちゃんと、お母さん出来てんじゃない? オレは、そう思うよ」

 クラウスが言い終えると、ネーヴェは胸の前で手を組んで、表情をぱっと明るくさせた。

「えー。クラウスくん……嬉しいこと言ってくれるわねぇ、ちょっとこっちおいで!」

 首を傾げつつ言われたとおりにネーヴェに近寄ると、急に彼女の腕がクラウスの後頭部に伸びてきて、抱き締められ、もう片方の空いた手で髪を無茶苦茶に撫で回された。

「ちょっ、も、やめろよっ、もー! 髪クシャクシャになるし!」
「元からじゃないのよ!」

 いきなりのことに驚き、やんわりと振りほどこうとしてみるが、口で嫌がりながらも、クラウスはそれが嬉しかった。温かい。この温もりは、よく知っていて、もう手に入らないものだと思っていた。

「あはは、お母さん何やってんの、もう……」

 いつの間にか部屋の入口に立ってたレイシャが呆れるみたいに笑う。彼女は仕切りに目元を指で擦っていた。

「あらレイシャ、目が赤いわね?」
「べ、別に、なんか、猫アレルギーとか?」

 猫いないのに。
 泣いてたん? とクラウスが聞くと、レイシャは目に見えて狼狽えた。

「もしかしてさっきの話、聞いてたのか?」
「きい……てないもん。いや、聞いてました。……聞いてたから言うけどね、ネーヴェ」

 少しの逡巡があったものの、レイシャは柔らかくはにかんだ。

「ネーヴェは、私のお母さんだよ」

 赤く腫れた目で笑う。幸せに満ち足りた、優しい笑みだった。
 ネーヴェは一層明るく笑った。

「あらもー、レイシャったらもー! あんたもこっち来なさい!」

 半分飛び付くようにして、レイシャがネーヴェを抱き締めて、ネーヴェは彼女の髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。

「やだー髪クシャクシャになっちゃうよー」
「ふふっ、元からじゃなーい」
「私はクラウスさんみたいにクシャクシャじゃないもん」
「おいっ、レイシャ?」

 3人してケラケラと笑った。クラウスは胸の辺りがじわりと暖かくなるのを感じた。

 不意に微かな呻き声がして、クラウスは弾かれたようにトゥールをみた。深緑の鱗に被われた頬と髪の隙間の、琥珀色の瞳と目が合う。

「トゥール!」

 思わず駆け寄ると、トゥールはぼんやりとした表情でクラウスを見つめていた。

「トゥールさん起きたんですね、良かった。傷は大丈夫そうですか?」

 レイシャに声を掛けられても、トゥールは少し戸惑う。ここに来るまで彼の意識が朦朧としていたし、レイシャやネーヴェのことはよく知らないのだ。

「此処は……というかなんだクラウス、その芸術性の高い髪型は」

 言われて髪を弄ってみるが、クラウスからは見えないし、なんとなくそのままにしておこうと思った。が、ネーヴェが手櫛で直してくれた。

「此処は病院よ。クラウスくんがあなたを運んできてね、娘が……レイシャが手当したのよ」

 娘が、と口にする時の優しそうな目元は、やはり母親を思い出す。クラウスの母とは似てもにつかないのに。
 トゥールは右手で台を押して上体を起こす。まだ痛むのか僅かに眉を潜めた。それからまだ動揺した様子で。

「あ、ありがとう……ござい、ます。だが何故……俺は見ての通り、」

 バーコードなのに、とか、バケモノなのに、とか。トゥールはそういうことを言おうとしたのだろうが、それを遮ってレイシャが言う。

「私もバーコードなんですよ」

 トゥールは目を見開いて、口を半開きにする。その顔がおかしくて、クラウスはちょっと口角を上げる。

「ビックリしたよな。凄い、優しい人達でさ、ホント、トゥールを助けてくれて、よかったよ」

 そう言ってクラウスは笑う。トゥールが抱いていた不安や困惑も、その笑顔を見た途端に、ぱったりと消えてしまった。


***


 レイシャはトゥールの包帯を変えると言って、戸棚の方へ歩いていった。まだ、完全に傷が塞がった訳ではないのか、トゥールの手当は続くらしい。

「……そしたらクラウス待っているのも暇だろう? 料理の手伝いしてくれないかい?」

 ネーヴェが隣の部屋のドアを半開きにしながら言う。クラウスはぱっと表情を明るくした。

「いいの?」
「勿論。さあ、こっちへおいで」

 クラウスは嬉しそうにネーヴェの後に着いて行った。
 包帯を持ってきたレイシャは、トゥールの腹部の傷をじっと見た。それから、血のついた包帯をゆっくり外しにかかる。
 包帯の裏からは人間の肌と、たまに深緑色の鱗が覗く。それを見るたびに、レイシャの指先がピクリと動くのを見て、トゥールは静かに声をかけた。

「……俺が怖いか?」
「いえ、その」

 急に話しかけられたせいか、肩を震わせたレイシャの瞳に、明らかに怯えの色が滲んでいることに、トゥールは気付いていた。だからといって、悲観するようなことはない。トゥールはもう、そんなこと慣れてしまっていた。

「気にするな。怖がらない方が珍しい。クラウスに初めて見られたときも、相当な怯えようだったからな」
「ご、ごめんなさい」

 血で汚れた包帯を外しきり、傷口にガーゼを当てながら、レイシャはトゥールと目が合わないように言う。トゥールの大きな手の先に伸びる血のこびりついた爪を見ると、怖くて顔が合わせられなくなるのだ。

「こちらこそすまないな。生まれつき〈能力〉を解けなくて」

 多分、このヒトは誰かを殺してきている。そのために、この爪が汚れているのだ。レイシャはそれを悟って怯えていたが、語調や声は思ったよりも優しいもので、クラウスがあれだけ慕っていたということは、それほど恐ろしいヒトではないのではなかろうか、と考え直した。

「えと、生まれつき、というと、施設から逃げてきた訳では無いんですね」

 施設にいた時期もあったがな。わざわざ話す事でもないと判断して、トゥールは何も言わなかった。

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.26 )
日時: 2020/05/17 22:20
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

「どれくらい、眠っていた」
「30分くらいですかね。クラウスさんとお話してたのがそれくらいでしたから」

 そう言えばクラウスが既に彼女らと仲良さげにしていたことに気付く。30分で初対面のヒトと仲良くなるなんて。その点に関しては尊敬するな、なんてトゥールは密かに思った。

「クラウスがああいう風に笑うのは久しぶりに見た」

 最近はハイアリンクや紅蓮バーコードの襲撃が多く、ずっと命の危険に晒されていたから。そうして、頼みの綱であるトゥールが負傷したこともあって、気が気でなかっただろう。だが、レイシャ達と会話をしているうちに、クラウスは笑顔になっていた。久しぶりに安心することができたのだろう。
 目を細めるトゥールを見て、このヒトはやっぱり怖いヒトじゃないんだな、と思ったレイシャは笑いかける。

「お2人は友達なんですか」
「いや? 友人だと思ったことは無いな」
「弟さん、のような存在ですか?」
「近い……? いや、そんなことも無いな。あいつの事はよく分からない。クラウスが勝手に付いてくるだけだ」

 案外冷たい言い方をするものだから、レイシャは肩を落とす。

「まあ。クラウスさん、必死になってあなたの事運んでたのに、そんな言い方するんですか」
「いや……仲間、だとは思っている」
「そうなんですか。ふふ、あの、クラウスさんとトゥールはんは──」

 突如響いた甲高い悲鳴が、レイシャの言葉を遮る。
 ネーヴェの声だ。トゥールは、咄嗟に最悪の事態に気付いた。クラウスが赤色に呑まれているんだ。こんなときに。

「レイシャ、今すぐに逃げろ!」

 トゥールは声を荒げた。じくり、と僅かに腹の傷が痛んだが、動けないほどではないだろう。
 レイシャは困惑した様子で言い返す。

「逃げるって、でも今のネーヴェの声ですよっ」
「俺が何とかするから、お前は自分の身を守れ」
「身を守るって、何ですか。クラウスさんが何かしたんです!? それならネーヴェを見捨てるなんて無理です、私はあのヒトに助けられたんだから……!」

 トゥールの説得も虚しく、レイシャはネーヴェとクラウスの元へ駆けてゆく。慌ててトゥールも台から降りるが、左脚に激痛が走って、床に崩れた。歯を食いしばって、どうにか立ち上がり、左脚を引き摺りながら彼らの元へ急ぐ。1歩ごとに左脚は勿論、脇腹や背中にまで酷い痛みが走る。思わず壁を殴った。こんな時に、痛みに負けている場合ではないのに。

「クラウスさ、なんで……いやああああ!」

 レイシャの悲鳴が木霊した。トゥールは体に鞭を打って、隣の部屋に駆け込んだ。
 でも、遅かった。

 見なくともわかっていた。鼻につく臭いが、辺りに充満していたから。嫌でも想像がついて、否定したかったそれも結局は真実になる。
 佇むクラウスがいて、彼の見下ろす先には亡骸の彼女が横たわっていた。傍らには血のついたナイフ。クラウスの指先から垂れた水滴が無色で無かったから、もう何も否定させてはくれなかった。
 ゆっくり、ゆっくりとクラウスがトゥールの方に顔を向けた。力のない表情よりも、頬に付着した乾いた赤色に視線が行く。
 クラウスが、ナイフを掴んで、トゥールに突進してきた。それを、素早く彼の両腕を掴んで阻止する。

「クラウス……!」

 ナイフを握った腕をしっかり掴んで、クラウスがトゥールに攻撃できないように押さえつけていたが、しばらくすると、カラン、と音を立ててナイフが床に落ちる。そうして、クラウスも床に崩折れた。

「クラウス」

 赤色の衝動は収まったらしい。立ち上がらせようと、トゥールが手を差し出したが、クラウスはそれを振り払って、部屋の外に駆け出した。
 未だに痛む脚で、トゥールもその後を追ってレイシャ達の病院を出た。
 月明かりが震える青年の背中を照らしている。クラウスは病院の前で蹲っていた。自分の真っ赤に汚れた両手を、信じられないものでも見るみたいに見下ろして、引き攣った声で笑った。

「はははっ、生きてる、オレは生きてる! レイシャが死んで、でもオレは生きてる! やったぁー、明日もオレは生きてられるー……あははははは、は、は」

 ぷつん、と声が途切れる。クラウスはゆらりと立ち上がって、覚束無い足取りで少し歩いた。

「ねぇ。オレ今、すごく安心してるんだ。レイシャが死んでるの見て、オレが殺したのに。安心してるんだ。この、死んでるのは、オレじゃないって事に」

 ──同じだ。俺も、殺すと安心する……。
 トゥールは、声に出さずにそう答えた。

 吐息。クラウスの半開きの口から、疲れきったそれが漏れた。それから、諦めたみたいに張りのない声。

「疲れたなあ……」

 何に、とは聞かなかった。それから紡がれる言葉が、空気を震わせる。

「*してよ」

 掠れた雑音。上手く聞き取れなかったのか、聞こえた上で脳の処理が追いつかなかったのか、トゥールでさえわからなかった。
 だんまりを決め込んでいても、クラウスがそれを許しはしなかった。逃げ道を塞ぐみたいにはっきりと口にされた声は、聞き苦しいノイズのように錆びていていて。

 “殺してよ”

 全ての時が止まってしまったみたいな沈黙が、酷く息苦しかった。トゥールの耳には風の音が、やけにはっきりと聞こえた。
 クラウスが笑う。

「トゥールは殺すの好きなんでしょ? お前なら殺せるんだろ? なあ、そうなんだろ。オレのことなんかもう、殺してよ。ほら、初めて会った日みたいにさあ」

 そう絞りだすように言いながら、クラウスは覚束ない足取りで詰め寄って、トゥールのローブを掴む。
 やっとトゥールの口から零れたのは拒絶。
 やめてくれ、と。
 頼りなく掠れた声に、クラウスが顔を歪める。
 掴まれていたローブが引っ張られる。違う、強く握り直されたのだ。彼は引くつもりは無いらしい。そんな覚悟はしないでほしい。
 けれど彼は何時だって壊れていて、きっともう、疲れてしまっていたのだ。苦しそうな顔で、畳み掛けるように言葉が投げかけられる。

「なんで? だってもう、嫌なんだ、こんなのは。オレは何回大事なモノを失うんだよ!? 殺したくなんかないのにさあ、ねえ、殺してよ! 次は誰を殺すか分かんないんだっ! 今度はお前かもしんねぇんだよ!? オレはトゥールを殺したくなんかない! わかってよ、いなくなっちゃやだよ……っ!」
「やめろッ!!」

 トゥールは右手で振り払うようにして、クラウスを突き飛ばした。たたらを踏んで、転びそうになるのをなんとか持ち堪えたクラウスとトゥールの間に距離が生まれる。
 喉がチリチリと焼けるみたいに熱くなる感覚を覚えた。指先が震えている。心臓の音が煩い。トゥールは感情の無い目でクラウスを見た。此方を見上げる、淀んだ金色の目を覗き込む。ぐらぐらと、朧月のようにくすんだ光を湛えて、じっとトゥールを見つめ返していたが、やがて、その視線は地面に落とされる。

 トゥールは1度、深く息を吸い込んで、吐き出して、ゆっくりと右手を伸ばした。鱗で覆われた大きな手で、クラウスの首元を掴んで、呼吸と脈動と少しの暖かさを掌に感じる。
 大きく目を剥くクラウスの瞳を見ないようにして、トゥールは彼の首を握り潰すみたいに右手に力を込めた。

「かっ……」

 クラウスの表情が苦しげに歪められ、圧迫された喉から漏れる潰れた呻き声が耳を掠める。トゥールは首の骨を折ってしまおうとしていたのに、何故かそれ以上力が入らない右手を、怪我のせいだろう、と解釈して、空いていた左手を右手に重ねるようにして、クラウスの首を覆った。
 クラウスはトゥールの腕を掴みながら、苦しそうな声を漏らす。早くとどめを刺してやらねば、余計な苦痛を与えてしまう。それはわかっているのに、どうして手が震えるか。
 ──殺せない? そんなはずはない。
 トゥールは4年前の、毎日の様に誰かの命を奪い続けた日々を思い出していた。同じだ。あのバーコード達のように、ただ、殺せばいい。親しくなったバーコードも、彼も最後は迷わず殺すことができたのだ。彼らを殺したように、クラウスも殺してやる。
 そう思っても、トゥールの腕に、これ以上力が入らなかった。紅潮した頬を伝う。口の端から嚥下できない唾液を、次第に弱っていくクラウスを見ていると、怖くなってしまった。
 トゥールが手を離すと、クラウスはその場に崩れ落ちる。

 できなかった。

「……すまない──」

 トゥールの絞りだすような声に、クラウスがゆっくりと顔を上げる。
 呪いのようだ。この手がこんなに震えるときがくるのだな、とトゥールは他人事の様に自らの右手を眺めた。
 不自然に大きく、鱗に覆われ、その指先には鋭い爪が備えられている。このバケモノの手が、幾人の命を屠ってきたのか、流石にもうわからない。こんなに慣れたはずの殺しが実行できなかった。これは優しさではなく、弱さだ。いつの間にこんなに弱くなったのだろう。わからない。ただ、彼、クラウスを殺したくはなかった。


***
大切になりすぎて、殺すことができなくなる。命を奪えなくなった優しさは、弱さとも言える。優しい弱さ。まさにトゥールを表すタイトルです。
この話はずっと前から書きたかった。クラウスが過去に唯一殺人をしたときの話です。大切にしたいヒトができても、クリムゾンを抱えたクラウスはそれを殺してしまう。唯一、その強さ故に死なずに側にいてくれるトゥールの隣しか、居場所がないのです。

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.27 )
日時: 2020/05/18 08:31
名前: デュエマ最高! (ID: I2AL/1Kk)



やあ、ぼくは煌斗。小学3年生だ!!

この小説おもしろいね。読ませてもらったよ(倒置法)

これからも読みたいと思うからがんばってね。ぼくは応援しているよ

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.28 )
日時: 2020/12/07 17:02
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)

【番外編】No.10 誓イハ焼ケ爛レ(後編)

 紺色のクセ毛を耳の上で2つに結んだ女と、義足の女が並んで街を征く。

「平和な街ですね」
「平和だねえ。何にもなかったね」

 吹き付ける風の香りは微かに甘い。街の至るところに花が植えられているのと、民家を抜ければ、観光地として有名な花園があるからだ。ハイアリンクとして仕事で訪れていなければ、そちらにも足を運びたかったし、髪を2つに結んだ彼女、トトが花園を見に行きたいと口にすれば、最もな理由をつけて、2人仲良く観光を愉しんでいたことだろう。……仕事中にも関わらず。
 それをしない理由は、トトの前髪を少し伸ばして隠していても、隠しきれていない顔の大きな傷。それから、義足の女、オーテップが花畑を歩けば、ただでさえ忌避の目を向けられていた2人を、更に疎むような視線に晒されることになると理解していたからだ。
 ソレイユは、人が特に賑わう観光地として有名な街で、紅蓮バーコードの被害が最も少ない。その理由は不明だが、ハイアリンクが立ち入る機会も少なかったため、街の人達がもの珍しげな視線を向けたり、忌々しげに見つめてきたり。おそらく、ハイアリンクがバーコードを呼び込む、とでも考えているのだ。バーコードが先かハイアリンクが先か。鶏と卵の話のようだ。

「ソレイユはいいとこですね。アモルエとは大違いだ」

 義足の女が、そんなことを口にした。群青バーコードである彼女が。視線についてはあまり気にしてないようで、ただ、街並みを眺めてそういう感想を抱いたらしい。

「そもそもあの街は昔、研究施設が多かったからね。だからバーコードの目撃情報がやたら多いんだろうねえ。まあ、それもほとんど壊されちゃったらしいけど。“死神”にね」

 “死神”。半ば都市伝説のような扱いを受けているが、それは実在する。殺戮の〈能力〉を持つ不死身の桜色のバケモノ。バーコードを消し去るために今も何処かで殺戮のチカラを振るい続けているのだろう。
 義足の女──オーテップは、ぼんやりとトトの横顔を見つめながら、呟くように口を開いた。

「トトさんは、不思議ですよね。私達を普通に扱って下さる」

 ハイアリンクの人間達は、カイヤナイトの群青バーコードに冷たいはずなのだ。
 トトは、少し首を傾げて見せて、答える。

「ハイアリンクの殆どが、バーコードに良い感情を抱いてないだけだよ」
「それもそうでしょうけど、あなただけが、私達と対等に接して下さる……」

 だから、トトの対応にオーテップは、疑問を抱いていたのだ。まるで友達くらいの感覚で物を言うこともある彼女のことが、不思議だった。
 トトは小さく微笑む。それから、思い出すような遠い目で、空を眺めた。

「わたしは、バーコードを恨んでないからね。むしろ、愛おしく思う」
「だから、私の後輩を殺さなかったのですか」

 オーテップは真剣な眼差しでトトの横顔を見つめた。大きな傷のある目元と、視線は合わない。ただ、トトも真剣な表情で空を見る。
 オーテップの後輩──。責任感の強さか、野心の強さか。若さ故に無謀なことを実現できると空想した、愚かな群青バーコード。そして、本当に実現させてみせた。人間に縛られることを拒み、群青バーコード達が人間と対等に、普通に生きることを許される未来を夢見て、カイヤナイトを脱走した彼。脱走し、自由を手にして、彼と彼らは“タンザナイト”と名乗って、逃亡生活という不自由で不完全な理想を叶えた。
 脱走する際、彼らとトトは対面した。カイヤナイトから逃れることなど出来はしない。逃れようというのなら、その命は無い。……筈だった。

『ボクたちが生きるのを、邪魔するなッ!』

 トトの耳にこびり付いて消えないあの日の言葉に、今も肩が震えた。恐怖ではない。ただ。

「……そんなところ。殺したほうがよかった?」
「いえ……。結末が変わらないなら、今更あの時どうするべきだったとか考えたところで、意味を成しませんから」

 ただ、気圧された。彼の声とその蒼穹の瞳に、敵わないと思ってしまったのだ。


***


「先日、俺は炎を扱うバーコードを殺した」

 部屋の中からルートの声がして、オーテップはドアノブに触れた手を引っ込めた。

「……未だに弟や家族のことがフラッシュバックするんだ。時々夢に見ては怖くなるし、憎くて仕方がない。この火傷も、家族も、全部バーコードのせいだ。だから、殺した。でも」

 少し間を置いて、ルートは絞り出すような声で口にする。

「少しだけ、虚しくなった」

 オーテップは黙ったまま、強く拳を握り締めた。

「俺は、バーコードを皆殺しにしてやるつもりでハイアリンクになった。なのに、あのバーコードの事が、やけに引っかかる。……でもきっと、俺はバーコードを恨まなければ生きられない。だから次に武器を手にしたとき、俺はまた、迷うこともなく引き金を引く。引けて、しまうのだと思う」

 お喋りが過ぎたな、とルートの声。
 オーテップは無表情に扉を見つめた。ルートの言葉の意味を考えて、ぐしゃぐしゃと、胸の奥でやり切れない思いが綯交ぜになって、黒く滲んでいくような感覚。
 ルートが話していたバーコードが殺される瞬間、オーテップもその場に居合わせていたのだ。突きつけられた銃口を見据え、炎のバーコードは怯えるでもなく、命乞いをするでもなく、ただ、その深緑の双眸に誇りの炎を燃やしていた。最期の瞬間まで、気高く生きていた。
 ルートは、そのバーコードの頭部を撃ち抜いた。

「ん? オーちゃん何してんの」

 不意にオーテップにかけられる声があって、彼女はそちらを見る。遅れてやってきたトトが、首を傾げて立っていた。

「何でも、ありません」

 適当に愛想笑いを浮かべて、オーテップはドアノブを引いた。それから笑顔で中にいる人物の名を呼んでみる。

「ルーさーん」
「……どっちを呼んだんだ」

 ルーカスとルート。何方を呼んだつもりだったのか、とルートが訊ねる。

「まあ、どっちでもいいかなと思いながら呼びましたが。ただ今戻りました」
「少し遅かったな」

 トトとオーテップは、平和で異常の無い街並をだらだらと見ながら歩いていたため、予定していた時間より少しかかってしまったのだった。
 呆れて肩を落とすルートを見据えながら、オーテップは小さな声でぽつり。

「ルーさん」

 ルートとルーカス、2人ともオーテップに視線を向ける。ちょっと面倒臭そうに顔をしかめながら、ルーカスがぼやく。

「だからどっちを、」

 その声を遮って、オーテップは温度のない声で空気を震わせた。

「どっちだっていいです。ただ、殺したバーコードの顔を、忘れないで下さいね」

 どっちでもいいなんて言いながら、その言葉はただ一人に向けられたものであって。オーテップはルートのワインレッドと黄金のオッドアイをひたと見つめる。目を逸らさせないような、縫い付けられたように錯覚してしまう視線に、ルートは一瞬呼吸の仕方すら忘れていたように思う。

「あなたが殺した。事実はただ、残るんだ。あんたの手は、血で汚れている」

 突きつける言葉は、あの日炎のバーコードの頭部を撃ち抜いてみせた、弾丸のように。それを紡ぐ口先はいわば銃口のように。冷たく重苦しい、鉄の筒を頭部に押し付けられているみたいな息苦しさに、ルートは目を瞬かせた。

「……おい」

 ルートはすぐに顔を顰めて、何か言い返そうとした。だが、結局何も言葉に変えることができなかったため、不快さが胸の中で、糸くずみたいにグシャグシャと留まったまま。居心地が悪いのに、吐き出し方はわからなかった。胸に居座るこの不快感は、これはなんだろうか。鉛球みたいに冷たく、居座って。

「そんなことよりも、街の様子はどうだったんだ。まさかサボってお花見なんてしてきてないねぇだろうな?」

 黙り込んだルートの代わりに、ルーカスがそう言った。すぐにオーテップが答えようとしたが、トトが先に口を開く。

「ソレイユはお花だけじゃなくて町並みも綺麗だから、見回りしてるだけで中々の観光になったよー」
「なったよー、じゃなくてなぁ……」
「ああ、うん。異常無し。ソレイユの街は今までにもバーコードの目撃情報は無いし、やっぱり街の外れにある森とかに潜んでんじゃない?」
「なるほど」

 ルーカスは腕を組み、視線を落として考え込む。その様子を横目で見ながら、ルートはオーテップにも話を振った。

「お前は何か気付いたこととかないのか」

 先程少し失礼なことを言ったから、怒って話しかけてくれないと思っていたオーテップだったが、ルートは思ったより平然としている。自分の言葉はあまり響かなかったのか。それとも、表情に出さないだけか。

「そうですね、ペット飼ってる家が密集しているところがありましたよ。可愛かったなあ」
「何の役に立つんだ、その情報」
「癒やされますよ。わん」
「……」

 オーテップを睨みつけて無言になったルートを見て、ルーくん猫派だよ、とトトが耳打ちする。

「ほう。では、にゃんの方が良かったですかな」

 “ルーくん猫派”の情報は間違ってはいない。ただし、ルートではなくルーカスの方だが。誰も気付いてなかったが、ペットの話題が出たとき、ルーカスは僅かに目を輝かせていた。
 ルートはオーテップの顔を鋭く睨み付けて、低い声で忠告する。

「今度俺の前でわんだのにゃんだの言ったら……分かっているな」

 では、次はちゅんに致しましょうかと言おうとしたオーテップだったが、ルートの右手が懐に伸ばされてるのを見て、そろそろ本気で怒られるな、と口を噤む。

「んじゃあ、今度は森の見回りでも行ってくるか? オレと班長で」

 ルーカスにそう言われて、そうだな、とルートは短く返事をする。

「じゃあ、私達は宿で待機してますので、何かあったらすぐにお呼び下さいね。犬のように駆けつけますから」
「もう犬ネタはいいっての」

 ルーカスは苦笑いを浮かべて席を立つ。ルートもその後に続いた。

 あの日殺した炎のバーコードは、無抵抗に死んでいった。それで、ルートは虚しくなったと言ったが、きっと、今回の任務でバーコードに遭遇したとしても、忘れられない憎悪がルートの体を突き動かし、迷わず命を奪うのだろう。
 ルートは首筋の引き攣った皮膚に触れる。バーコードを殺す。そのために生きることは虚しいことかもしれない。そんなことをしたって、ルートの弟は生き返らないのだから。復讐は虚しい。それでも、復讐に身を焦がすことでしか生きられなくなってしまった。きっと、ルーカスも同じ。
 彼らは、復讐のためにバーコードを殺し続ける。その誓いは、遠い昔に負った焼け爛れた皮膚に刻まれていて。


***
(水海月様提供:ルート)
(NIKKA様提供:オーテップ)
最初から誰かを恨みたくて恨んでる人なんかいないはずで、当然家族なんだから大切にしたかったはずだと思います。復讐を糧に生きるしかなくなったハイアリンクと、バーコードを恨まなければ生きられなくなったハイアリンクの話。
焼け爛れた皮膚と心に誓う。殺戮が彼らを救う、唯一の手段。
No.01から存在を仄めかしていたトゥールの兄の話でしたが、オリキャラでルートさんが投稿されなければ名前すら出る予定は無かったです(笑)

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.29 )
日時: 2020/12/07 17:03
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)

【番外編】No.11 死にゆく者達へ


 その日も、ルート隊長の鮮やかな剣捌きに散っていったバーコードを見送った。

「──任務完了……と」

 そのバーコードは、元々カイヤナイトの一員だった。どのような方法を使ったかは不明だが、カイヤナイトが着用を義務付けられている爆弾の入った首輪を突破して、隊から逃げ出したのだ。
 馬鹿なことをする、と義足の女は思う。物言わぬ屍になった同胞の体に近づく。まだ生温いが、心臓はほとんど機能を止めていて、瞳孔も開ききっていた。
 ああ、なんて呆気ない死だろうか。
 脱走なんて考えずに、真面目にカイヤナイトの兵士として働き続ければ……このように、死期が早まることはなかっただろうに。
 右だけ義足の彼女、オーテップはバーコードの遺体の前で、静かに両手を合わせた。安らかに旅立つといい。言葉にせずに、黙って追悼を捧げる。

「あの盲目女、気持ちが悪いな」

 少し暗い赤色をした髪を邪魔そうに払いながら、今回の任務の隊長であるルートが呟く。
 盲目女とは、オーテップのことを指す言葉だった。彼女の使う〈スターレス〉という能力が、自分の視力と引き換えに、相手の五感を奪うものだから。戦いの場面に置いて、オーテップはよく盲目状態で動き回ることになる。それを忌避した言い回しだった。
 過剰なほどのバーコード嫌いであるルートが敢えてそういう発言をしているのはわかっているので、オーテップもあまり気にせずに流そうとする。

「バーコードを殺す度に死骸の前で手を合わせているなんて。なんのつもりだ」

 オーテップとしても、気障の荒いルートとは関わりたくないと思っていたところだが、こうも話しかけられては避けようもない。

「弔いなんて、なんの意味がある」

 ルートが噛み付くような口調で続ける。意味。考えたこともなかったな、とオーテップ。でも、意味がどうだとか、そんな理由で手を合わせるわけではない。

「死した同胞が、安息の地に行けるように、祈ってるんですよ。もう、苦しまなくていいように」

 彼らは散々苦しんだ。だからもう、いいじゃないか。あとの苦しみは、生きた者が背負っていく。だから今だけは、どうか安らかに。
 希薄な祈りは届くだろうか。冒涜された生命にさえ、拠り所はあるのだろうか。バーコードに作り変えられたその日から、破滅の運命を辿るしかなかったカイヤナイト達が、果たして安息の地に逝けるだろう。でもそうだ、それがわからないからこそ、祈るのだ。

「ルートさんもどうですか。昨日亡くなったハイアリンクの隊員に追悼は捧げました? まだなら、祈ってあげてくださいよ。ルートさんに送られたら、安眠できそうだ」
「下らない」

 オーテップの提案は一言で一蹴されてしまう。復讐だけが行動理念のこのルートという人物に、死者を弔うなんて行為、理解できないのかもしれない。
 さて、それはどうだろう、とオーテップは考える。

「へえ。まあ考え方は人それぞれですけどね。死を悼むことも、きっと大切な事ですよ」

 このヒトは復讐に囚われている。でもそれは、命に変えても救いたかった誰かがいたから。失ったものがあまりにも大きかったから。それを念頭に置いておくなら、ルートにだってわかるはずなのでは、と考えもするのだ。

「ルートさん。あなたにもいつか、わかる日が来るはずだ」

 今はまだ、焼き付いた復讐に目の前が黒焦げになっているのかもしれない。でもいつか、靄は晴れるだろう。
 復讐なんて、虚無だ。それを続けていくうちにいつか、自分が空っぽであることに気付く。そうして枯渇したとき初めて見えるものがあるはずだと、オーテップは思う。

「……わかりたくもない」

 ぼやくように吐き捨てて、ルートは踵を返した。オーテップはまだ、ルートという人物を信じていた。あの冷たいオッドアイに秘められているものが、必ずしも仄暗い復讐心だけではないのだと。復讐は、誰かを思い遣るから生まれる動機だ。ルートはきっと、本当は全部見えているのだと。


***


「あの……ルート隊長って、実は女性なんですか」

 世の中、絶対に聞いてはならないことがあるというのはよく理解している。理解だけは。しているのだが、それはそれとして、これはこれ。この脳内のバグをどうにかして処理しないと、明日の任務にすら支障を来すに違いないと、オーテップは判断したのだ。
 でも本当に、こういうデリカシーのない質問は最悪だと思う。わかっている。だからもう、実践時よりも心臓はバクバクで、喉もカラカラになっていた。
 癖毛の髪をいつも耳の上で高く2つに結んでいるトトは、風呂上がりの湿った髪を乾かすためにそれらを下ろしている。脱衣室でタオル一枚しか巻いていない無防備な状態の彼女に、オーテップは訊いてしまった。
 いやだって、本当に明日からの任務のとき、ルートを見るたびに無駄な思考が邪魔しそうで困っていたのだ。これは頼れる優しい先輩であるトトに質問するしかなかろう。
 風呂上がりの逆上せた頭のせいか、いつもよりふわふわした口調で彼女は笑う。

「え? ルート君、女の子でしょう? 匂いでわかるもん。でも、あんまり関わりたくないから本人には言わないけど」

 割と普通に白状された。
 まじか、と頭を抱える。
 ずっと男性だと思っていたハイアリンクが、実は女性だったとか、どんな反応をしていいのかわからないぞ。

 事の発端は遡ること30分前。任務の終了がかなり遅れて、完全に消灯時間を周っていたが、トトやオーテップが帰還した。今回の仕事では、結構ハードな戦闘をさせられた。お陰で隊服もボロボロだったし、自分自身に怪我はないものの、返り血で生臭くなっていた。
 流石にこんな状態で部屋に戻るのは、衛生的に考えられない。そういうわけで、トトと共にハイアリンクの共用浴場に入りに来たわけだが。
 多分、訪れた時間が悪かった。

 丁度女子風呂ののれんを潜って出てきた人物とすれ違うとき、少し肩をぶつけてしまった。

「おや、ごめんなさい」

 相手はタオルを頭からすっぽり被っていて顔はよく見えなかったが、肩が触れた時点でなんとなく相手を察したのだ。
 ──あれ、このヒト、ルート隊長じゃね?
 女子風呂から出てきた、そのダークレッドの髪の女は何も言わずにそそくさと立ち去っていったが。
 ダークレッドの髪の女?? 女ってなんだ、ルート隊長は、男性だぞ。
 いやまて、色々おかしい。確かに体格の感じからして、ぶつかったのはルート……だと思う。髪は下ろしていたし、顔も見えなかったが、筋肉の付き方といい、あの細身の体はほぼ間違いなくルート。
 深夜帯に浴場でヒトとぶつかったことはどうでもいいのだ。問題は、ルートが男性であるということ。でもおかしいな、今女子風呂から出てきたよな。
 そうなると、ルートによく似たオーテップがまた知らないカイヤナイトとか、ハイアリンクだったのだろう、で済むところだが。
 どうしてか、他人の空似とは思えなくて、オーテップは入浴中もぐるぐると考え続けることになった。

「オーちゃんさっきからぼーっとしてるけどどうしたの。逆上せた?」
「いえ、この程度の湯で逆上せるようなやつじゃありませんよ私」

 湯船に浸かってぼんやりしていたせいで、トトにも軽く心配される。
 ……トトなら、ルートのことをわかっているかもしれない。でもこんな突拍子もないことを訊いて……いや、訊かないと気になりすぎて、やはり今後の仕事に影響しそうだ。
 そう考えたオーテップが、意を消して脱衣所で訊ねたところで現代に至る。

「まあ、性別を偽るということは、何かそれなりの理由があるのでしょうし、詮索するべきでは無いですよね……」

 そうだねえ、とトトが緩い口調で言う。

「わたしも最初気付いたときビックリしたなあ。綺麗な顔の子だとは思ってたけど、女の子だとは思わないじゃない」

 本当にそうだ。深い事情があるのかもしれないが、性別を偽り続けるというのはきっと難しいことなのだろう。実際、それに失敗してオーテップとトトには気付かれてしまったのだから。
 それに、明日から彼女と顔を合わせたとき、どんな反応をしていいか正直少しも想像がつかない。どんな仕草を見せても違和感を与えてしまいそうだ。ヒトの秘密を知ってしまって、それを知らぬふりをする。これは普段の任務と比べてもかなり難易度の高いものに思えた。
 そんなオーテップの不安を察知したのだろう。トトは落ち着いた口調で語る。

「ただの同僚だから、深く詮索はしない。でも、何か抱えてるものはあると思うから、突き放したりはしない。そういう向き合い方でいいと思うんだよね」

 ようするに、今まで通りに接しろと。

「わたしたちは、バーコードを殺す。そこにどんな信念や理由があるかなんて、本人のそれが揺らがない限りは何でもいいんだもん」
「そう、ですよね」

 ──弔いなんて、なんの意味がある。
 死を悼む意味を今は知らない彼女には、抱えている大きなものがある。きっと今はそれを、独りでやり遂げようと必死なのだ。
 彼女はとても、孤独なヒト。いつも独りで戦っているみたいに剣を振るうのだ。周りが死んでもどうでもよくて、自分が傷つく事すら厭わない。そんな危なっかしさも全て抱えて、男のふりをして強くあろうと振る舞う。
 それを、自分は何も言わずに見守っていようと思った。
 人間と群青バーコードである自分達が、本当の意味でわかり合うことなんてできないと、何処かで悟りながらも。


***
(水海月様提供:ルート)
(NIKKA様提供:オーテップ)
性別バレするルートの話。実は女性でしたが、中々本編で出せない要素なので、ここで語りました。


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