複雑・ファジー小説
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- 日時: 2020/12/07 18:30
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12746
生きていれば。生きてさえいれば、いつか幸せになれると思っていた。
私だって、生きてても良いんだって。誰かと一緒に笑う事も出来るんだって。
そんな夢を、見ていた。
それが幻想だとわかっていても。私達は望まずにはいられなかった。
普通に朝を迎えて、普通に誰かと過ごして、そして普通に1日を終えて、普通の明日を待つ。そんな幻想に酷く焦がれたところで、永久に叶うことはないのに。
………………………………
これは、継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。
こんにちは、ヨモツカミです。以前からオリキャラ募集して、話だけ練ってたのですが、ようやくスレ立てすることができました。
本編では明かさなかった事とかオリキャラ募集で投稿頂いたキャラなどが主に活躍します。つぎば本編も読んでいるともっと楽しめるんじゃないでしょうか。本編読んでなくてもなんとなくわかるような説明も入れるつもりですが。
【目次】>>15
よくわかんない投稿の仕方してるので、1レス目から見るとかじゃなくて、目次見たほうがわかりやすいと思います。
【キャラクター関連】
登場人物詳細その1>>16
桜色の髪の少女>>1 ロスト>>21
ロティス>>2 レイシャ>>24
アイリス&シオン>>6
【軽い説明】
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当のバケモノだと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。
【お客様】
メデューサさん
2018年2月6日スレ立て
- Re: シオンの花束3 ( No.5 )
- 日時: 2020/12/07 15:40
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
なんで、廃村なのにこんなにヒトがいるんだ。一瞬シオンの脳裏に疑問が浮かんだが、男の腕を見れば直ぐに悟ることとなる。人間じゃない。自分たちと同族だ。バーコード、なのだろう。
男はアイリスと同じような目をしていた。ギラギラと君の悪い光を湛えた紫の瞳で、少年とアイリスとシオンを見比べて、それから裂けてしまいそうなほど口を開けて、笑いだした。
「楽しい楽しい楽しいいいいいい!! ボクのためにこおんなにヒトが集まってくれてええええ嬉しーよおおおおあはははは」
甲高い声で喚くあの男も、紅蓮バーコードか。異形の腕──両肩から先が、鞭のようにしなやかに伸びているが、その材質はギザギザと鋭利に波打つ刃物になっている。それが蛇か百足の如く蠢いていて、刃先の所々に赤黒くべたつく汚れがこびり着いているから、既に誰かを傷付けた後なのだろう。
男と対峙していた少年は、柄まで黒一色のナイフを逆手に持って、アイリスとシオンを睨みつけていた。その顔には左目の上から鼻筋を通って、右頬まで続く痛々しい縫合痕があった。顔以外にも、体の至るところに継ぎ接ぎの跡がある上に、紅蓮バーコードの男につけられたのか、肘やら膝に今も尚鮮血を滲ませる傷を沢山残していた。
突然男が笑顔のまま、体の向きを少年からアイリスの方に向けて、右腕の刃物を振り被る。波打った刃先が空を切って、彼女に迫る。
「アイリス!」
シオンは咄嗟に右手を伸ばした。掌から青白い閃光が迸って、バチバチと唸りながら、男の伸ばした右腕にぶつかって、押し負けた男の腕が明後日の方向に弾き飛ばされた。シオンは〈ミョルニル〉を、研究施設から逃亡したとき以外使ってないため、若干コントロールに不安があったが、アイリスに当たらずにすんで、ほっとした。
「おおおおおぅお前らもバーコードか! いいねぇいいねぇ無抵抗な人間殺すのにも飽きてきたとこなんっ、」
喋っている途中に男が素早く左手をしならせた。金属と金属のぶつかり合う甲高い音が鳴って、黒いナイフが地面に突き刺さる。どうやら少年が投擲したものを弾いたらしい。
男は少年に顔だけ向けると、また口が裂けそうなほど口角を吊り上げて、甲高い声で喋りだす。
「3対1かあああコレはボクピンチかもしれなあああいめっちゃ楽しいいいボク悪役に囲まれる英雄みたいでカッコイイなあああ……あ?」
その行動に、アイリスを除いた全員が目を剥いただろう。彼女は突然、男に向かって距離を詰めて行ったのだ。迷いの無い足取りで、軽やかに。男の腕の届く範囲に踏み込んで行く。
「むっ、何だ何だ何だそんなニコニコしながらこっち来るなあああッ怖いよおおお」
男が両腕をアイリス目掛けてしならせたため、シオンは慌てて電撃を放とうとしたが、それよりも先に優雅な動きでアイリスが右手を振ると、金属音と火花が迸って、男の両腕が弾かれる。
「うふふ、ごきげんよう。私はアイリスと申します。ねえ、あなたのお名前を聞かせて下さらない?」
アイリスが紅蓮バーコードになる前は、いいとこのお嬢様だったらしく、その育ちの良さを彷彿とさせる口調で、彼女は優しく男に語りかける。でも、歩みを止めることはない。男が顔を引き攣らせて、再び刃物の腕をしならせるが、アイリスはやはり、それをいとも簡単に弾き飛ばす。男とアイリスの距離が縮んでゆく。
「ねえ、教えて下さらないの? 私、知りたいの。それから、できればあなたとお友達になりたいわ」
「やめろよ来るなよお、お前頭おかしいのかよおおお!」
何度も、何度も、何度も。男は刃物をアイリス目掛けて振り被るのに、その全てを〈アイソレイト〉で正確に弾き飛ばす。思わず見惚れるほど優雅に。そうして、アイリスはついに男の眼前にまで距離を詰めた。
男は目を見開いてアイリスの顔を見ている。時間が凍ってしまったような、一瞬。
アイリスの深い溜め息が聞こえて、彼女は右手の人差し指でつ、と男の腹の辺りをなぞった。
「……残念。私、お友達の内臓ってどんな感じなのか、知りたかっただけなのに」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
耳を劈くような断末魔が響き渡る。男の腹が大きく裂けて、口元からごぷ、と鮮血が溢れ出した。アイリスは笑いながら男の腹の断面に腕を突っ込んで、中身を掴むと、ソレを引きずり出した。聞いたこともないような、醜悪な音がする。シオンは目を塞いでしまいたいのに、思うように動けなかった。
男が脱力して、地面に崩れ落ちる。倒れた男の腹から伸びた細長い臓器を引き裂いて、アイリスがうっとりと口元を緩めた。
「あはっ、素敵! 素敵ねえ! うふふっ、あははっ」
しばらくアイリスは、腹からソレを引き出しては裂いて、バラバラに細かくなっていく様子を見ては嬉しそうに笑っていた。
不意に、アイリスが首の角度を変える。顔を顰めながらアイリスの様子を呆然と見守っていた少年の方を見たのだ。
彼女が少年に微笑みかける。淑やかに、慎ましく。
少年は咄嗟に身の危険を察知してアイリスに背を向けたが、逃げ出すにはあまりにも遅すぎた。〈アイソレイト〉の斬撃が、少年の右足首を傷付けて、短い悲鳴と共に彼は地面に転がった。立ち上がろうと地面に右手を付くと、その右腕が大きく裂けて、血飛沫が上がる。少年が断末魔を上げながら地面の上で藻掻いている。アイリスはそれを見て、クスクスと笑いながら少年に接近して行く。
「ねえ、あなたのお名前はなあに?」
少年の背中を見下ろしながら、アイリスは問う。無事な左手で体を起こしながら、彼はアイリスの顔を睨みつけて、掠れた声で吐き捨てるように言った。
「誰が、お前なんか、にッ」
「そう。残念だわ」
少年の背中から脇腹にかけて、大きな亀裂が入る。彼は吐血しながらも、しばらく苦しそうに血走った目でアイリスを睨みつけていたが、やがて力無く目を閉じて、ぐったりと横たわったまま、動かなくなった。
シオンはやるせない気持ちのままそれをぼんやり傍観していたが、アイリスの視線が今度は自分に向けられているのに気が付いて、全身が粟立った。
「お友達の、臓器。そっか、あなたがいたわねええシオン」
可愛らしく首を傾ける。その拍子に彼女の紅色の長髪がふわりと揺れる。1歩、2歩と、ゆったりとした足取りでアイリスがシオンに歩み寄ってきた。恐怖にすくみあがって、シオンは思うように動けなかった。
「嫌! こ、来ないでっ」
シオンが怯えて引き攣った喉から金切り声を上げると、無意識に放った電撃が、アイリスの足元に迸る。幸い、彼女には当たらなかったようだった。
その一撃で我に帰ったアイリスが、青ざめた表情でゆっくりと辺りを見回した。それから、口元を押さえて力無くその場に膝を付いた。
「あ……アイリ、」
「来ないでッ!!」
今度はアイリスがそれを口にする番だった。けれど、シオンの叫んだそれよりも掠れて、擦り切れて、ずっと悲痛に響いた。
彼女の薄ピンクの瞳が潤んでいって、大粒の涙がボロボロと頬を伝っては、地面に吸い込まれて行く。シオンはそれを、呆然と眺めていた。
「なんでよ、なんでなの!? 私、誰も殺したくなんかないのに! シオンのことも……なのに今、殺したら、楽しそうだって、切り刻みたいって、思った。心の底から思ったの。シオンを殺してみたいって、凄く」
「……、……」
「もう、嫌。死んじゃいたい……」
シオンはぐっと唇を噛み締めた。親友がこんなに苦しんでいるのに、自分は何も行動できない。
僅かに動かした右手を、恐怖が引き止める。〈ミョルニル〉を使えば、きっと一瞬で。本当に一瞬でできてしまうことを、シオンは拒んだ。できるわけが無かった。
ごめん。アイリスには聞こえないように口にして、シオンは項垂れた。足元では、忘れられたように咲いた二輪の花が、萎れていた。
しばらく泣き続けていたアイリスが、またふらりと立ち上がったので、反射的にシオンは肩を強張らせた。けれど、その目にはあの狂気的な光は無く、ただ泣き腫らして少し充血し、疲れきった目元があるだけ。
アイリスは血に汚れた両手を見つめて、溜息をついたあと、ふらりと近くにあった民家の中に入って行った。研究施設で適当に着せられていた服も、〈アイソレイト〉で引き裂いたり、返り血を浴びてボロボロになっていたから、代わりのものを探しに入ったのだろう。廃村だから、あまりマシなものは無さそうだが。
残されたシオンは、アイリスが殺したら紅蓮バーコードの男と少年の死体を一瞥して、息を呑んだ。
先程背中から脇腹を引き裂かれたはずの少年が、五体満足でその場に座っていたのだ。
「え……」
思わず声が漏れて、少年と目が合う。シオンも目付きは良くなかったが、それ以上に鋭いエメラルドグリーンの瞳が、こちらをじっと見ていた。
シオンは覚束無い足取りで少年に近付いて行って、震えた声で生きてる? と問う。
少年は少し言いづらそうに口を開閉させたあとに、立ち上がりながら言った。
「君に生きてるように見えるなら、そうなんじゃない?」
どうしてか。生きているヒトの姿に安心したのか、アイリスが少年を死なせたわけではなかったことに安心したのか。兎に角、急に雪崩れこんできた安堵感にシオンは涙を零して、少年を抱き締めていた。
「よかった、よかったぁ……!」
「な、なに、離れてよ……」
少年は戸惑い、シオンを引き剥がそうとしたが、その泣き顔をしばらく見つめていたらそんな気も失せて、代わりに呆れたように溜息をついた。
「君ね。僕みたいな得体の知れないバーコードに抱き着くとか、危機感無さすぎでしょ。死にたいの? 僕がナイフ持ってるの、さっき見たでしょう?」
そう言われて、ようやくシオンは少年を軽く突き飛ばすような形で離れた。先程の黒いナイフが自分の胸元に刺さってはいないか、確認する。勿論、そんなことは無かったので、シオンは安堵した。
「……あれ、紅蓮バーコードでしょう?」
少年が静かな声で訊ねてくる。あれ、とはアイリスのことだろう。シオンは表情を翳らせて小さく頷き、ポツポツと話し始めた。
「アイリスは……アタシの親友だ。一緒に施設を逃げてきて、その、アタシは群青バーコードなんだけど、あいつだけ紅蓮で。今までにも沢山、沢山殺してきて……アタシのことも何度か殺しそうになったし、これからも、こんな感じでアイリスは、誰かを殺し続けるんだ。アタシ、どうしたらいいか、わかんなくて」
もうきっと、誰でもいいから縋り付きたかったのだ。見ず知らずの少年でも。アイリスが傷付けた、死にそびれの少年でも。だから、シオンは全て話した。それを彼は黙って聞いていてくれた。
聞いたあとも、少年はしばらく黙っていた。
彼は少し息を吐いてから、項垂れるシオンを見つめて、冷たい声で言い放つ。
「だったら、殺してやりなよ」
「駄目だ!!」
シオンは弾かれたように顔を上げて、声を荒げた。少年は尚も冷たい目をしている。氷柱か何かで、心臓を抉られているような気分になる。シオンは地面を睨みつけて、掌を強く握り締めた。絞り出すようにして口にする声は、掠れて。
「……わかってるよ。アイリスが一番苦しんでるよ。アイツは優しいから。誰かの命を奪いながら生きるなんて、とてもできない……。アタシの事も何度も殺しそうになって、そのたびに自分を傷付けてまで必死に自分を抑えて。いつもいつも、傷だらけになってさ。もう、見てらんないよ」
アイリスが痛みに耐えながら、自分の身体を〈アイソレイト〉で切り付けて、涙を零す姿はもう、見たくなかった。
少年の放つ声は、相変わらず鋭利で冷え切っていた。
「だったら、殺してやるのが彼女のためになるでしょ?」
「そんな、訳……だって、アタシたちは……一緒に生きるんだ……約束したんだ」
「殺したくない。死んでほしくない。生きてほしい。そんなこと思ってるなら、それは全部君のエゴだよ。彼女はさっき“死にたい”って言ったんだから」
シオンは大きく息を吸い込む。肺を満たす酸素が、何故か痛みを伴う。
少年の声は冷たく聞こえたけれど、確かにその通りで。だから、シオンは苦しくなる。
沈黙が続いた。
遠くから土を踏む音が近付いてくるのが聞こえて、シオンはアイリスが近づいて来てるのだと直ぐに気が付いた。
「……僕は、殺せる」
「やめてッ! アイリスに手を出すな!」
少年の言葉は、なんのために放たれたものだったか。シオンはそれを考えるよりも先に叫んでいた。
少年の視線は、シオンの背後にいるアイリスに向けられていた。
「あなた、お名前は?」
さっき、紅蓮に呑まれて吐いた声とは違う。落ち着いた口調でアイリスが問う。少年もまた、同じような声色で名乗る。
「僕はジン。僕なら君の望みを、叶えてあげられるよ」
シオンは振り返って、アイリスを見た。
──どうして、そんなに安心したような目をするんだよ。
彼女の瞳の中の、覚悟を見てしまった。目を逸らしたって、どうしようもないことを知っているから、シオンはまた、泣いてしまいそうになる。
- Re: シオンの花束4 ( No.6 )
- 日時: 2020/12/07 18:29
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=2190
***
彼と2人で話がしたい。
アイリスがそう告げると、シオンは何か言いたそうにしていたが、結局硬い表情のまま頷いて、2人を送り出した。
シオンの側を離れ、先程入った民家の方へ歩いていくと、ジンと名乗った少年も、アイリスの後をしっかりと着いてきた。
「もう、限界なんでしょ?」
長く放置されていたのか、薄汚れて所々表面の木が剥がれた扉にアイリスが手を触れたとき、ジンが声をかけてきた。
「わかるの、ね……」
シオンに2人の会話は聞こえないだろうし、彼女のいる位置からは死角になっているため、姿も見えないから、わざわざ中に入る必要もないだろう。
扉の表面に爪を立てて、内側でのた打ち回る衝動をどうにか抑制して、アイリスは乾いた笑みを零す。力を入れすぎた爪にヒビが入って、血が滲む。痛みは気にならなかった。扉の表面の脆い木が剥がれ落ちるのを見ていると、同じように、理性が剥離しそうになる。もう少しだけ、耐えて。アイリスは自分に言い聞かせた。
「僕は、何人も殺してきたから。殺して、殺されて、殺して、また殺す。そういう、役目なんだ」
殺されて。ジンのその言葉に、先程の自分の行動を思い出して、吐き気と高揚感が綯交ぜになる。彼の腹を裂いた瞬間の、醜悪で鮮麗な光景が脳裏でフラッシュバックして、おかしくなりそうになる。でも、確かに殺したのにどうして彼は今、自分と言葉を交わしているのだろう。それを不思議に思うよりも先に、また殺せる楽しみに口角が上がるのは、抑えきれなかった。
「さっきは、ごめんなさいね、痛かったわよね」
「いいよ。どうせ死なないんだから」
死なないとはどういうことか何度でも殺せるということかそれって素敵だなんて素敵なのだろう何度でも殺しても殺しても生き返るのだろうか素晴らしいこんな愉悦があっていいのか、違う。違うだろう、と。アイリスは荒い呼吸を繰り返しながら、殺意を抑制する。
「嫌ね……なんで、こんなふうに、殺したくなっちゃうのかしら……」
「君は悪くないよ。“僕ら”のせいで、苦しませてしまって、ごめんね」
バリバリと音を立てて、扉の表面の木と、自分の爪が剥がれ落ちて、指先が甘美に香る。どうしてこうも、この色彩は美麗に映るのだろう。視線が釘付けになる。指先から滴る紅玉に、意識が揺らぐ。
理性までもが剥がれ落ちる前に、アイリスは必死に言葉を紡ぐ。
「早く、殺して。生きていたら、シオンを殺して、しまう……かもしれない、から。それだけは、怖いわ」
アイリスの中で、その恐怖さえも揺らぎはじめているのだ。親友を殺すなんて、引き裂くなんて、でもきっと彼女の叫び声は妖艶に空気を震わせて、この世のどんなものにも劣らぬ艶やかな旋律となるだろう。
シオンの空色の髪に、赤はよく映えるだろう。きっとこの世の何よりも美しい花になる。親友を咲き誇らせるのは自分であるべきだ、そうだ。そうに決まっている。
ジンは、爪から血を滲ませるアイリスを痛々しげに見つめながら、〈能力〉で少し大振りの黒いナイフを出現させた。一突きで楽にさせたいという、彼なりの優しさによるものだった。アイリスのことなどよく知らないが、その苦しみを想像することは容易にできた。その目で同じような光景を何度も目にしてきたから。バーコードを殺す。その役目を背負ってきたから。しかし、こうして胸を痛めることは、ジンの役目では無い。
「……遺言は?」
遺される片割れの顔が。シオンの顔が浮かんで、ジンはそんなことを聞く。余計なお世話かもしれないが、どうしても先程泣き付いてきたシオンの顔が、ジンの脳裏に焼き付いて離れなかった。
せめて、避けられない別れになるとしても。できるだけアイリスを丁寧に送り出してあげたい。ジンはそんなふうに考えた。
「……私のこと、忘れないでくれれば。それだけで、」
その優しさが。甘さがいけなかった。
ジンは、空気の裂けるような音を聞いた。
遅れて自分の体を襲う苛烈な痛みに目を剥いて、地面に崩れ落ちる。
まともに呼吸をすることもできない。右肩から、胸、腹にかけて、溶けた鉄でも流し込まれたのかと錯覚する。実際には、流し込まれたというよりは、中身が流れ出ているのだが。
ジンのぼやけた視界に、アイリスの足首が映る。直後、左肩が爆ぜるような感覚。喉の奥から声が漏れそうになるが、代わりに暖かく鉄臭い鮮血が口の中を満たして、噎せ返る。吸い込んだはずの空気が、ひゅう、と喉から抜ける音がする。ああ、そこも裂かれたのか、どうりで声が出ない訳だ。そんな思考を最後に、ジンの意識は途絶える。
***
木の根元に蹲るようにして腰掛けていたが、突如響いたけたたましく鼓膜を揺るがす哄笑に、シオンは顔を上げる。そうして、もう何度目かも分からない絶望に打ちのめされる。ああ、どうして。シオンの問いは、誰にも届かず空気に溶けていく。
覚束無い足取りで、親友の形をした殺戮の機械が距離を縮めてくるのを、シオンは半ば諦めたように眺めた。
もういい。もういいから、いっそ殺してくれよ。シオンは肩を落として命の終わりを待ったが、眼前の少女はまだ、シオンの親友を留めていた。
シオンのすぐ目の前でアイリスは自らの肌を裂いて、蹲って、喚くように声を絞り出す。涙に邪魔をされているせいで、掠れて擦り切れて、なんとも聞き苦しい、酷い声だった。
「殺して。私を。殺して! ……この力が、あなたを殺してしまう前に! お願いだからっ……シオン!」
「……!」
親友の嘆きを聞いて、シオンは咄嗟に右手を翳した。電流の手応えで、掌が熱を持つ。アイリスに向かって、手を伸ばす。指先が震える。アイリスの泣き顔が、シオンを見上げている。殺してやらないと。アイリスの覚悟に応えてやらないと。そう思うのに、掌で爆ぜる電撃は、線香花火の火よりも、ずっとずっと弱々しくて。
シオンの頬を涙が伝う。
やはりシオンには、親友の懇願を聞き入れることなんて、できなかった。
「できない、駄目だよ。アイリスを殺すなんて……。なあ、生きてよ……アタシ達、一緒に、」
刹那、左の二の腕に熱が迸る。シオンが耐え難い痛みに声を漏らすと、鮮血も漏れ出した。見ると、大きく裂けた傷口から湧き水の様に血が滴っていて。一気に血の気が引く。断面から、中の構造がよく伺えた。
もう、アイリスはいなくなった。彼女の中に微かに残された親友は、消え失せた。目の前に佇む少女は、紅蓮バーコード。殺戮の機械だ。
「あ、ああ、う、あい、りす……」
──なんでよ。なんで。どうして殺そうとするの。どうして死にたがるの。帰ってきてよ、アイリス。
声は、何1つ届かないのだろう。
シオンは痛みに耐えながらも、まだ動く右腕で彼女の肩を突き飛ばした。殺されたくないから、そのまま背中を向けて逃げ出す。でもきっと、間に合わないだろうと知りながら。
──それでもいいか。
諦めかけながらも駆けるシオンの背後で、何度も側で聞いた、馴染みのある音がした。出血と短い悲鳴の音。命の終わりに聞こえるもの。
「っ、よかったぁ……これで、あなたヲ、殺さなぃで、」
シオンが振り返ったときには、黒い大型のナイフが数本、背中に深々と突き刺さったアイリスが、地面に転がっていて。彼女の衣服を凄い速さで鮮血が染め上げていく。
その背後で、ジンが呆然と立ち尽くしていた。
信じられないというよりも、認めることを脳が拒む、光景。
「アイリス!!」
シオンは叫びながら駆け寄って、アイリスの背に突き刺さったナイフを引き抜いた。湧き水みたいに、真っ赤な血がどんどん溢れて、断面すら見えなくなる。
「っ止血、止血するから、ちょっとだけ頑張れよッ」
「な……、え」
「しっかりしろよ、アタシ達生きるんだ、一緒に! 生きてさ、幸せになるんだって……あんたが言ったんだろ!? なあ……返事しろよ、アイリスッ!」
急速に彼女の瞳から光が失われていく。嫌だ。嫌だ。死なないで。ねえ、神様。アイリスを連れて行かないで。お願いします、お願いします、お願いします! いくら祈ったって、絶対に届かないのに、シオンはアイリスの手を握り締めて、必死に祈る。分かっているはずなのに。神様なんかいないことくらい、ずっと前から知っていた。だけど、シオンは諦め方なんて知らなかった。
じわじわと血溜まりが広がっていく。アイリスの出血の中に、シオンも浸っていた。温かい。彼女の生命が外に溢れ出してゆくから、彼女の体は次第に熱を失っていく。
どうしたってアイリスが死ぬのを避けられない。それがわかってしまうから、シオンは怖くて仕方がない。
どうしようもないまま、見守ることしかできないシオンを視界に捉えたアイリスが、微かに微笑む。
「しお、ん」
「なに……?」
「たしの、なま、え……もら、……」
「は、な、名前? なんでだよ……?」
「、あな……の、中……、……わす、れ」
混濁する意識の中。きっとそれは走馬灯だ。アイリスの脳裏を巡るのは、人間として暮らしていた頃の生活よりも、会って短いシオンのことばかりで。
アイリスは妾の子だったから、家族にはあまり相手にされなかった。いらない子だったのだ。ずっと寂しい思いをしていた。でもシオンは、初めてアイリスを見てくれた。初めての友達だった。知らないことを沢山教えてくれた。楽しいことも、悲しいことも、一緒なら乗り越えられること。よく笑う子だった。よく怒る子だった。コロコロと万華鏡のように表情が変わって。最近は、泣いてる顔と、悲しそうな顔ばかりしていた。
今もそうだ。ああ、笑ってほしいのに。どうしてそんなに悲しむの。
──シオン。どうか、
「嫌だっ、待ってくれよ……! なぁ、死ぬな! 生きるんだろ、2人で! 2人じゃなきゃ意味ないんだろ? やだよ、ねえ、お願い、死なないでよ! ……約束したのにっ」
シオンがいくらアイリスの肩を揺さぶっても、もう一切の反応もなかった。人形みたいにカタカタ揺れるだけで、半開きの薄ピンクの瞳に、生命の光は灯らない。
──ああ。死んだんだ。アイリスは。
「ねえ、ひとりに、しないでよ……」
アイリスの頬に透明な雫が落ちる。幾つも、幾つも落ちて。けれど、アイリスは一切反応なんてしない。
シオンは、アイリスの薄く開いた瞼にそっと触れて、目を閉ざしてやった。もう、おやすみ。声も無く告げて。
シオンはしばらく彼女の亡骸に寄り添っていたが、不意にふらりと立ち上がると、側で立ち尽くしていたジンを鋭く睨み付けた。
「どうして。どうしてあんな優しいやつが殺されなくちゃなんねぇんだよ!! あいつは! アイリスは誰よりも優しかった! なのにっ! なんでアイリスが……死ななきゃなんねぇんだ!」
「……ごめんね、シオン」
怒りをぶつけてくるシオンの言葉を受け止めて、ジンは落ち着いた様子で黒いナイフを差し出してきた。シオンは思わず目を剥く。
「許してとは言わない。僕は死ねない身体だから、もし僕を殺して、君の気が少しでも晴れるなら……何度でもそうしてよ」
シオンは困惑してたじろいだ。急に何を言い出すのか、怒りと憎悪と戸惑いが混ざって、上手く言葉を発することもできない。
「……アイリスのことは、仕方なかったんだ」
ジンのその言葉で、戸惑いは吹き飛び、一瞬で怒りがシオンの中を埋め尽くす。シオンはジンの胸ぐらに掴みかかって、声を荒げた。
「仕方ない!? んな訳あるかよ! あいつはそもそもヒトを殺せるような娘じゃなかったんだ! あんな優しいアイリスが、なんで、なんでだよ……!」
「そうだね。彼女は優しかった。だから、壊れちゃうよ。もう、壊れかけていたと思う。紅蓮バーコードは、殺人衝動から逃れられないんだよ。殺し続けることなんか、耐えられるわけない」
ジンは一度言葉を切って、俯きながらも静かな声で言う。
「怯えていたよ。シオンを殺してしまうかもしれない。それだけは嫌だって。だから、こうするしかなかった。……ごめんね」
そう言って、再び漆黒のナイフをシオンに差し出してきた。
シオンは渡されたナイフを引っ掴んで、振り上げる。抑えきれない怒りのせいか、それ以外の理由か、刃物を握る右手は震えて、まるで自分の体の一部ではないみたいに感じられた。
──こいつが憎い。殺せ!!
シオンは憎悪と憤怒に染まった双眸でジンの顔を睨みつけていたが、段々と腕の力が抜けていく。
遂にはナイフを握っていられなくなって、カラン、と無機質な音を立てて、地面に転がった。
「あんたを殺したって……アイリスは、帰ってこない」
「そう、だね」
「だったら。虚しいよ、こんなの」
喪失感で脚に力が入らなくなって、シオンはその場にへたり込んでしまう。それから、自然と頬を伝う涙を拭った。何度も、何度も拭うのに、さざ波のように次から次へと溢れて止まらなくて、いつの間にか嗚咽を零しながら泣いていた。
ジンは黙ってそれを見つめていた。
シオンだって本当は理解していた。ジンは悪くない。誰かが殺してやるしかなかった。そして、シオンにはそれができなかった。それでも、親友を殺された憤りを、どうすることもできなかった。
しばらくして、落ち着くと、シオンは俯いたまま、静かにジンに語りかける。
「あんたさ。アタシに恨まれて、殺されて、楽になりたかったんだろ」
ジンは返事をしない。シオンは構わず続ける。
「殺してなんかやんない。アタシ、あんたのこと、許せそうもないや。アタシは死ぬまであんたに対する恨みを抱えながら、生きるよ。だから、あんたは毎日毎日、この日の事を悔いながら、生きろ……」
憎悪と深い哀しみに沈んだ、低くて冷たい声だった。
「……シオン」
「違う」
シオンは親友の亡骸に視線を落とした。それから、彼女の紅色の髪に結ばれた紫色のリボンを解くと、それを自分の左の二の腕に巻き付けた。親友が最後にくれた傷を、隠すように。
「アタシは──アイリスだ」
彼女の真似をして、シオンは──否、アイリスは淑やかに微笑んでみて、でも直ぐに自分には似合わないだろう、と苦笑した。
アイリスはジン、と短く彼の名を呼んだ。
「アタシがアイリスでいるためには、名前を呼んでくれる誰かが必要だ。そんで、あいつが、アタシを殺したくないって。生きてほしいって願ってくれた。だから、少しだけ、生きていたいんだ」
アイリスは先程地面に落とした黒いナイフを拾い上げると、それをジンに突き付けて、言い放つ。
「ジン。いつか、お前の手で。アタシをアイリスに会わせてくれよ」
死んだヒトに会う方法なんて存在しない。だからこそその言葉は、覚悟と悲哀の色彩を孕んで、空気を震わせる。
「わかったよ。アイリス」
それを承諾することで、ジンは結局は許されたかったのかもしれない。許されないのを理解しながらも。
親友を殺した相手との、歪んだ約束と共に。シオンだった少女は。アイリスは、生きる。
***
花束というのは、一輪では成り立たないものです。でも、一輪で無いのなら。二本以上揃えば花束と呼べますね。
また、“約束”という言葉にも束が含まれますね。それがタイトルの由来です。
ジンとアイリスがタンザナイトの仲間達に出会うよりも前の話。本編の2年くらい前です。
思いやり合うっていうのは、何処かで互いを傷つけ合うことなんじゃないかなーとか考えながら書いてました。
シオンにとってアイリスがもっとどうでもいい存在なら、あのとき殺してやることができたかもしれなかったわけですし。大切に思うから殺せなくて、でも、殺すことでしかアイリスを救う方法は無くて。……何処かで2人がただ笑って過ごせるだけの世界線とかあったら良かったのにね。
投稿頂いためでゅさん、ありがとうございました! ホントに2人は素敵なキャラで、凄い好きです。
- Re: AnotherBarcode -アナザーバーコード- ( No.7 )
- 日時: 2018/07/02 23:20
- 名前: メデューサ ◆VT.GcMv.N6 (ID: I4t8g2S1)
どうも、ご無沙汰してます。
さっき最新更新分を読んで今もう一回最初から読み返したところです。
結論から言うとですね、めっっっっちゃしんどいです……。しんどくて素敵でやりきれない。
二人をこんなに気に入っていただけて、そしてこんなに素敵に書いてくれて本当にありがとうございます。冥利に尽きます。
これからもあざばも本編も応援してます!
- Re: AnotherBarcode -アナザーバーコード- ( No.8 )
- 日時: 2018/07/07 00:52
- 名前: ヨモツカミ (ID: NAPnyItZ)
>>めでゅさん
ホントにコメント頂けるとは思わなくてビックリしました(笑)ありがとうございます(>ω<)
シオンとアイリスを頂いた当初からこの話を書きたいなって思ってて、ようやく書ききることができてよかったです。
めでゅさんの考えるキャラは本当に魅力的なので、めでゅさんのオリキャラ・ベスト・オブしんどい(なんだそれ)を目指そう……って思ってたので、そう言って頂けてよかった。
わあ、これからも頑張って執筆します! 応援ありがとうございます!
- Re: AnotherBarcode -アナザーバーコード- ( No.9 )
- 日時: 2020/12/07 15:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
【番外編】No.03 願わくば相対
辺りを木々に囲まれているお陰か、日が落ちたせいか、日中の蒸し暑さは殆ど感じない。木の葉を揺らし吹き付ける風は、心地良く深緑色の鱗に覆われた肌を撫で、彼の隣にいる少年の曇天色の髪を弄ぶ。
トゥールとクラウスは、人目を避けるために、森の中を歩いていた。
トゥールがジンに出会う5年ほど前。つまり、トゥール19歳、クラウス13歳くらいの頃の話。当時はトゥールとクラウスも出会ってから1年程度の付き合いなので、距離感を掴みあぐねていた。
と、思っていたのは、トゥールだけのようだった。
「ねーねーねーねー! トゥールトゥールトゥール! とぅるとぅるとぅるとぅるとぅる!」
「うるさい、1度呼ばれれば分かる」
やたらテンションが高くて、一々疲れる。彼なりに、辛いことから目を背けるために明るく振る舞っているだけなのかも知れないが、喧しいのはウザくて敵わない。
トゥールは不快感を隠そうともせず、まだ幼さの残るクラウスの顔を睨みつけた。睨まれれば多少肩を竦ませていたのは最初の頃だけで、今では寧ろ楽しそうにしている。それが余計にトゥールの神経を逆撫でるが、怒るのに使う体力が無駄である事には、そろそろ気付いていた。
「とぅるとぅるー」
「だから、さっきから何だ。要件を言え」
今日は一段とクラウスのテンションが高くて面倒臭い。何かいい事でもあっただろうかとトゥールは昼間の事を思い返してみるが、向かってきた紅蓮バーコードを返り討ちにしたこと以外には特に何もしていない。
「空見ろよ、星が綺麗だ!」
言われて空を見れば、確かに深い青の空に散らばる数多の光が確認できる。日が沈みきったばかりの空はまだ、漆黒とは程遠いが、時期に闇色に変わっていくのだろう。トゥールは視力があまり良くないため、普通の人間よりはぼやけて見えているわけだが、それでも十分なくらいには星は輝いていた。
だが、それだけだ。
「……は? それがどうした」
「晴れてよかったなー。トゥール、今日なんの日か知らねーの?」
クラウスに日付の感覚がある事に驚きを隠せずに、トゥールは目を見張った。そもそも今日は何日か、トゥールは把握していない。
こんなアホにすら日付の感覚があるというのに、俺は。トゥールは内心打ちのめされつつも、素直に横に首を振る。そうすると、クラウスは得意げに鼻を鳴らして、じゃあ教えてやろうじゃないかぁ、と上から目線で言う。ムカつく。
「ショトラール祭、だよ。星に願いを叶えてもらえるんだ。朝起きた時に願いを決めて、時間になったら星に願いを捧げてな、それまではヒトに教えちゃ駄目! けど、願ったあとは喋ってもいいよーっていうやーつ!」
「……ああ」
トゥールも幼い頃、そういうものの存在を耳にしたことがあった。
確か、星座のどれかとどれかがなんとか姫となんとか王子で、その2つの星が年に1度、空が晴れれば、このシュトラール祭の日に出会うことができるとかなんとか。それがどうして、星に祈りを捧げると願いが叶う、というものになったのかはよく分からないし、勿論迷信であるから、下らない、とトゥールは思う。子供のお遊びみたいなものだ。トゥールも一時は信じていたこともあった気はするが、幼い頃、兄にサラリと否定されてしまったのを思い出して、懐かしむように目を細めた。
しかし、14歳のクラウスが何故そんなものを。
そういえば、先日もおかしな発言をしていた。カタツムリの角から“幸せビーム”という名の、幸福になれる謎の光線が出るのだとか。それを真面目な顔で説明されたときにはどうしようかと思ったが、余りにも真剣な目でそれを言うため、否定もしきれず、トゥールは共にカタツムリの恩恵を受けたのだ。
否定することは簡単だったが、母親から教えられたのだと、クラウスがあまりに嬉しそうに話をするので、トゥールは何も言い出せなくなってしまったのだ。それが嘘であると教えたとき、彼がどんな顔をするかと想像すると、何故か胸が痛む。しかし、14歳だろう。この年齢でそれでいいのか、と時折疑問に思うが、自分は断じてクラウスの教育係では無い。いつか、自分で理解するだろうと、適当に話を合わせる事にしたのだ。(残念ながら本編進行時もクラウスの頭はこのままだったけど)
「トゥールは願い事決まってるか?」
「いや。俺は別に……」
「お星様は優しい今から決めてもいけるいける!」
にっこり笑って、親指を突き立てながら、クラウスが得意げに言う。お前に星の何がわかる、とは言わないでおいた。クラウスの中では、星は心が寛大なようだ。
「で、いつになったら願えばいいんだ? 確か、時間が決まっていた気がするが」
トゥールが訊ねると、クラウスはキョトンとした顔のまま、硬直する。それからへらっと笑って言った。
「ボクもわかーんなーい。そもそも今何時かもわかんねーし。適当でいんじゃね? お星様は優しいからいけるいける!」
「寛大というか、随分いい加減な奴だな……」
クラウスに都合の良い解釈をされる星も、災難だな。トゥールがぼそりと言ったが、クラウスには聞こえなかったらしい。
「高いとこから願おうぜ! お星様にボクの願いを一番近いところで聞いてもらう!」
「高いところ……というと、そこの木の上とかか?」
トゥールが適当に目に付いた木を指差す。この時期に木登りをすると、虫まみれになりそうで、それはできれば避けたいトゥールは嫌そうな顔をするが、クラウスはトゥールとは真逆の方向を指差して言う。
「え? お前目ぇ付いてんのかよ、こっちに崖があるだろ?」
多少腹の立つ事を言われた気がしたが、怒る事に使う体力が無駄である。無駄である。そう、無駄なのだ。言っても治らないだろうし。だから我慢しろ、トゥール。そう、言い聞かせて、クラウスの指差した断崖絶壁を見上げる。多少斜面になっているのかと思えばそんな事はない。ほぼ垂直。完全に壁だ。しかも、視力の悪いトゥールには、頂上がよく見えないほど高い。
自分の運動能力にはかなりの自信があった。それにトゥールは爬虫類だ。ヤモリという、壁を登るのに特化した爬虫類もいる。実はトゥールの指先には、ヤモリのように細かい凹凸があるから、スイスイと登ることができるだろう。
だがここで問題になってくるのは、クラウスだ。バーコードだから身体能力は多少高いかもしれないが、それでも透明になれるという、かくれんぼに役に立つ程度の〈能力〉を持っているだけの14歳の子供なのだ。
「俺は多分行けるが……クラウスはこんな暗い中、登れるのか?」
「ボク、トゥールに掴まってるからがんば、」
「あぁ? 嫌に決まっているだろが」
「ケチー!」
やはり崖を登るだの、木を登るだの、現実的でない。そもそも、少し高いところで願おうが、地の底で願おうが、星は心が寛大だから聞き届けてくれるだろう。トゥールにそう言われると、クラウスは確かに! と、すんなりと納得した。
「んじゃ、お願いすっぞ!」
クラウスが一礼し、パチ、パチ、と2回拍手する。トゥールはまともにシュトラール祭を祝ったことはないが、そんなことをする必要がある、という話は聞いたことがない。明らかに何か違う儀式の知識と混ざっているらしいが、まあ、どうでもいいだろう、とトゥールも一礼二拍手をする。
数10秒の沈黙。姿は見えないが、その辺の草むらに潜んでいる虫の高い声が、辺りを包んでいた。
しばらくすると、クラウスがふう、と息を吐いて、空をぼんやりと見上げながら口を開く。
「トゥールはなにを願ったの?」
トゥールは口ごもりながらも、答える。
「別に。上手く死ねますように……とか、そんなことだ」
それを聞くと、クラウスは少し困ったようにトゥールの顔を見上げた。その視線に居心地の悪さを覚えて、トゥールは話を逸らそうとする。
「お前は何を願ったんだ?」
「……お母さんに。会いたいって、思ったんだ」
寂しそうに言って、直ぐに笑う。無理やり作られた、不格好な笑顔が、やけに痛々しくトゥールの目に焼き付いた。
「でも、お母さん忙しいから、だから、夢の中でいいから。お母さんと会う夢を見たいって、願った」
忙しいから。そんな言葉で誤魔化しても仕方がないのに。
クラウスは掌を握り締めて、作り笑顔で言った。
「叶うかな……?」
「俺が知るか」
咄嗟にそう返してしまったが、クラウスが泣きそうな顔をしたため、慌てて言葉を探す。
「あー……いや。会えると、いいな」
同情している自分がいることに、トゥールは嫌悪感を抱いた。さっきまで垢抜けに明るく笑っていたくせに、今は寂しそうに笑って。クラウスは同情を誘うのが上手いのだろうな、と思った。気にかける必要など無いのに、どうして気にしてしまうのか。
願わくば会いたい。そんな彼の願いが、叶えばいいのに、とトゥールは思う。
空を見上げながら、クラウスが控えめな声でうん、と返した。
いつの間にか漆黒に染まった夜空の中、数多の星が瞬いていた。
***
子クラウスの七夕ネタが前から書きたかったので。今より若干冷たいトゥールと、変わらずアホなクラウスでした。ちなみにこの頃のクラウスは身長155センチくらいしかないと思うので、身長差エグいなーって思ってました。トゥールは189です。
てかまだ登場人物のプロフィールとか載せてなかったですね、書き終えたら載せますね。
前々から書きたかったので、メモ帳に「シュトラール祭」て書いてあるのそのまま使ったけど、どういう意味なのかなって調べたら、どっかの国の言葉で「光」でした。