複雑・ファジー小説

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AnotherBarcode アナザーバーコード
日時: 2020/12/07 18:30
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12746

 生きていれば。生きてさえいれば、いつか幸せになれると思っていた。
 私だって、生きてても良いんだって。誰かと一緒に笑う事も出来るんだって。
 そんな夢を、見ていた。
 それが幻想だとわかっていても。私達は望まずにはいられなかった。
 普通に朝を迎えて、普通に誰かと過ごして、そして普通に1日を終えて、普通の明日を待つ。そんな幻想に酷く焦がれたところで、永久に叶うことはないのに。


………………………………


これは、継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。

こんにちは、ヨモツカミです。以前からオリキャラ募集して、話だけ練ってたのですが、ようやくスレ立てすることができました。
本編では明かさなかった事とかオリキャラ募集で投稿頂いたキャラなどが主に活躍します。つぎば本編も読んでいるともっと楽しめるんじゃないでしょうか。本編読んでなくてもなんとなくわかるような説明も入れるつもりですが。


【目次】>>15
よくわかんない投稿の仕方してるので、1レス目から見るとかじゃなくて、目次見たほうがわかりやすいと思います。

【キャラクター関連】
登場人物詳細その1>>16
桜色の髪の少女>>1 ロスト>>21
ロティス>>2 レイシャ>>24
アイリス&シオン>>6


【軽い説明】
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当のバケモノだと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

【お客様】
メデューサさん


2018年2月6日スレ立て

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.20 )
日時: 2020/12/07 16:13
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)

【番外編】 No.08 小鳥は鳥籠を壊して、

 紅蓮バーコード一体の討伐任務が終了したのは、その日の夕方のことだった。
 金色の髪を微風がさらって、毛先が口の端に入るのが鬱陶しく感じる。青年は痛々しい銃創の残る右肩を庇うように手で押さえつけながら、ズルズルと壁にもたれ掛かった。心臓が脈打つたびに、激しい熱が傷口から湧き水のように溢れるみたいに断続的に痛む。呼吸をするのも苦しくて、彼は歯を食いしばって、掠れた息を吸い込んだ。
 紅蓮バーコードは年端も行かぬ少女であった。何処で入手したのか、拳銃を無茶苦茶にぶっ放して辺りを攻撃し続け、弾が完全になくなった頃、金髪の青年──ニックがとどめを刺したのだ。少女が何発も発射した拳銃の弾は、ニックの右肩を深々と抉り、今も彼の体を蝕んでいる。

「ニック……辛い?」

 仲間であるマリアナが、海色の髪を耳に掛けながら心配そうに問いかけてくる。ニックは口角を上げて、なんとか笑顔を作ってはみるが、束の間の笑みは肩の銃創に崩されてしまう。笑う元気ももうなかった。

「馬鹿みてぇに痛えッス……死んじゃい、そう。死なねぇけど」

 バーコードの治癒能力。ニックも元々人間だった基準で考える癖が抜けないため、このまま血を流し続ければ死ぬかもしれない、なんて思ってしまうが、既に傷は塞がりかけているのだ。呼吸をするたびに痛みは増していくかのように思えたが、バーコードの体が命を永らえさせる。だから、自分はこんなところで死にはしないのだ。マリアナも大袈裟に心配しているが、命に別状がないことは理解しているはずで。それでも、痛みに呻くニックを見るのは辛いのだろう。
 その日紅蓮バーコード討伐に参加していたのはハイアリンクの人間2人と、カイヤナイトの群青バーコード3人。バーコードはニックとマリアナ、それからもう1人、初対面の少女がいた。腰の下まである、燃え盛る炎を思わせる紅の髪と、痛々しく皮膚と皮膚を継ぎ合わせた跡が体中に張り巡らされた、まだ10歳の彼女、アケ。4年前にニックがカイヤナイトに入隊したのは13歳のときだったから、アケがどんなに過酷な運命を請け負っているかが、なんとなく想像できる。こんな幼い少女まで戦場に立たせるなんて、ハイアリンクの人間達は何を考えているのか、とニックは心の中で思っていた。
 とはいえ、流石にアケに戦闘技術などがあるはずもなく、紅蓮バーコード討伐中はハイアリンク達とともに安全な場所で待機していたらしい。彼女の今回の参加はその〈能力〉に理由があったのだ。

「あの、ケガ」
「ん?」

 ずっと安全な場所にいたはずのアケが、ニックの姿を見つけるなり辿々しく声をかけてきた。表情も乏しく、何を考えているのか伺い知れないアケだが、ニックの傍らに膝をついて、じっと銃創を見つめ始めた。

「ケガ、なおさせて」

 ニックが聞き返すよりも先に、アケは両手をニックの右肩の傷口に宛てがう。急に触れられたことにより少し驚きはしたものの、アケはそのまま〈能力〉を行使する。
 何が始まるのかとニックは固唾を呑んでその様子を凝視していた。すると、傷口の辺りにじわりと優しい温もりが広がってくる。炎だ。傷口では確かに暖かなオレンジ色の炎がゆるゆると燃えている。陽炎のように柔らかく、穏やかに。だが、熱くはない。それは母親に抱き締められるときのような、心地よい暖かさで。

「……お、おお?」

 炎が完全に消え去ったとき、あれだけ脈打つようにニックの体を蝕んでいた痛みがほぼ完全に消え去っていたのだ。傷跡も、綺麗さっぱりと。あるのは銃弾で破けた服と、そこに付着した血の跡だけ。
 治癒の炎。それがアケの能力〈フェニクス〉だった。
 感動したニックは思わずアケの両肩に手を置いて、興奮気味に言った。

「凄いッス! あんなに苦しかったのに、怪我が治っちまった! もう全然痛く無いスよ! ありがとう! ……って、あれ? アケ?」

 アケは返事をしない。代わりに額に汗を滲ませて、肩で呼吸を繰り返している。顔色も悪くなっていて、でも、力のない深緑の瞳を僅かに細めて、満足そうにしていた。

「よか、った」

 彼女の声はか細く、掠れていた。それでなんとなくニックは理解した。〈フェニクス〉は、治癒の力を持つ炎だが、それは彼女の生命を燃やす炎なのだと。だからニックの傷を癒やした代わりに、彼女がこんなにも疲れているのだと。
 ニックは動揺し、アケを叱った。自分が傷付くことになるのなら、ボクのために〈フェニクス〉を使うべきではなかったではないか、と。でもアケは、言われていることの意味が理解できなかった。

「だれかのキズを、いやすこと。それが、わたしの“いみ”だから……」
「……意味?」

 ニックは彼女の深緑の瞳を覗き込む。目の下を通る縫合痕の痛々しさが目を引いたが、何よりもその強い目の光が、真っ直ぐにニックを見返していた。体は弱っていても、瞳は揺ぎ無い。だから意味、というものを悟った。
 わたしの、生きる意味。
 彼女が口にしたのは、そういうものだ。
 〈能力〉を使うこと。たとえ自分の命を削ってでも、カイヤナイトのバーコードとして、生き抜く。
 ニックはそれを理解すると同時に、顔を歪めてみせた。

「誰かのために、自分を犠牲にする。それが、キミの“意味”……?」

 アケはただ、はっきりと首肯する。

「そんなの……」

 間違っている。そう思うのに、その続きが声に出なかったのはどうしてか。
 ニックの傍らで、マリアナは神妙な面持ちをしたまま俯いていた。彼の傷が治って、彼が元気になったことは嬉しい。しかし、そのためにアケが〈フェニクス〉を使ったことは、あまりいいことだとは思えない。それでなんとも言えぬ心境になっていた。

「どうした、ニック。傷を癒やすバーコードを連れてきていて良かっただろう?」

 ハイアリンクの人間が薄笑いを浮かべながらそう話しかけてきた。ニックは何も答えられず、黙り込んでしまう。

「お前の〈能力〉は貴重だからな。精々頑張ってくれたまえ」

 男はニックの肩をポンポンと叩き、それから帰還するぞ、と一言告げた。

「……あのヒトの命令で、ボクの怪我を治したんスか」

 立ち上がれないアケの手を引いて、ニックは問いかけた。

「わたしには、これしかできない。わたしは、そのためのどうぐだから……」
「道、具」

 ニックはアケの発言に顔をしかめたが、何も言えなかった。確かに、カイヤナイトは戦いの役に立たなければ処分されるだけだ。言ってしまえば戦いの道具なのだ。だから、彼女の発言は、否定できない。
 でも、自分から自分をただの道具だと認識しているのは、否定したかった。


***


 それから1年。ニックは先輩である黒い目のバーコードに、とある話を持ちかけられた。それは、“ハイアリンクを脱走しないか”という話だ。
 カイヤナイトのバーコード達は皆、爆弾を仕込まれた首輪を装着している。脱走したり、人間に逆らうのを防ぐためだ。何かあればボタン1つで爆破され、いとも簡単に殺される。自分で外す方法は無いはずだ。だから、脱走なんてどうやるのかニックにはわからなかった。

「人間共の犬として死ぬなんて嫌だって、アンタだって思うだろう? 群青バーコード達は自由に生きることができるはずだ。ニックやマリアナにも、自由に生きてほしい。ワタシはそう思うんだ」

 彼女の言葉と、その揺るぎない漆黒の瞳を見ていたら、信じてみたいとニックは思った。だから、ハイアリンクを脱走しようと考えた。
 彼女に賛同する者はマリアナやニックだけではなく、ローザ、カルカサも脱走計画に加わった。そして。

「アケ。キミは、自由に生きていいはずだ」

 あるとき、ニックは任務が終わるとアケにそう言った。
 その日も〈フェニクス〉を多用して、アケは殆ど動けなくなるほど疲弊してしまっていた。怪我をしたハイアリンクの者たちの傷を癒やす。それがアケの生きる意味だから。ハイアリンクに所属している限りは、アケは自分を労ることなく、〈フェニクス〉で自分の命を燃やし続けるのだろう。
 そんなこと、続けてほしくない。だからニックは任務が終わり帰還すると、アケに言ったのだ。
 疲れた顔をしたアケは、ニックの瞳を見て、首を傾げる。

「どういうこと?」
「ボクは近いうちにハイアリンクを脱走する。自由を、掴むんだ」

 それを聞くと、アケは深緑色の目を見開いた。

「だからアケ、キミにも自由に生きてほしいって思う。一緒に来てほしい」
「じゆう……?」

 ニックはアケに手を差し出した。だが、彼女はその掌を見てオロオロとするばかりだ。

「どうしていいの……? わかんないよ、だってわたしは、たたかうための、どうぐだから、めいれいがないと、わかんないよ」
「だったらアケ、命令だ。自分のために生きろ。キミがしたいように生きるんだ」
「わたしの……」

 アケは俯き、胸の前に手を当てたまま、しばらく考えこむ。
 次にアケが顔を上げたとき、その深緑の瞳には強い光が灯っていた。

「ニック。わたし、わたしね……ニックの、そばにいたい。わたしも、ニックといっしょに行きたいよ」

 そう言って、アケは差し出されていたニックの手を、強く両手で握り締めた。
 ニックは彼女に微笑みかける。

「キミがそれを望むなら。ボクからもお願いする。ボクと一緒に来てくれ、アケ」
「うん……うん!」

 それは、アケが初めて自分の意思で行動することを決めた瞬間だった。


***
3、4年前、ニック達がまだハイアリンクにいた頃の話でした。

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.21 )
日時: 2020/12/07 18:01
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2187.jpg

「あなたの名前は、ロスト。わたしは、何もかも失くしたのよ。あなたのせいでね」

 そう言って、母は亡くなったそうだ。

【本編】No.01 宵闇に咲くは花篝

 15年前。バーコード殺しの“死神”と、漆黒の瞳を持つ彼女が出会った日。

 愚かだったのは、母の方だ。勝手に生涯を捧げるほどに溺愛し、勝手にワタシを産んで、勝手に嘆いて、ワタシのせいにして。バーコードなんかと愛を誓いあって、本当に馬鹿馬鹿しい。

 バーコードと人間の間には“欠陥品”が産まれる。ワタシは、翡翠バーコードとしてこの世に生を受けた。抱えた欠陥は、おぞましい漆黒の瞳。母の美しい青も、父の優しい緑も受け継がれることはなく、初めて目を開いた日、ワタシの顔に埋め込まれた2つの漆黒に、母は酷く絶望したそうだ。そのショックのせいなのか、別の理由かよく知らないが、母はワタシがもっと幼い頃に亡くなったらしい。
 小さな村だったから、翡翠バーコードの子が産まれたことは簡単に広まった。けれど、村の誰もバーコード駆除──ハイアリンク達を呼ばなかったのは、その村ではハイアリンクが災いを呼ぶものだと密かに信じられていたからか。
 母が亡くなったあと、群青バーコードである父と、母の母……ワタシの祖母に当たるヒトが、ワタシを育ててくれた。翡翠バーコードであるワタシが生まれた時点で、父がバーコードであることも村に広まっていたから、ワタシ達は当然村の人たちから疎まれていた。幼くとも、なんとなくその現状は理解できていた。
 きっと全部、ワタシのせいなんだと。

 バーコードは皆、〈能力〉を持つモノだと、教えてくれたのは父だった。傷付いた小鳥の翼に父が触れると、たちまちその傷は癒えていった。生命力を与えるチカラ。ワタシとは正反対の、優しい〈能力〉。
 ワタシに顕現した〈アマデトワール〉は、星屑の名を持つ、上空から降り注ぐ災厄。破壊のチカラだった。空から爆発物を落とす〈能力〉らしく、それをワタシが得たのは必然のように思えた。運命を呪ったワタシに、神様が唯一与えてくれた矛。

「──……」

 こんなことをすれば誰かが死ぬことを理解できないワタシでもなかったし、ワタシがやったとわかったら、ハイアリンクが殺しに来るのだって予想できた。悪いことをしてることはわかっていたけれど、それでよかった。
 全部、壊して、失くしてしまいたかったから。父も祖母も、村のヒトたちも、生まれ育った家も、母の名残も、ワタシが生きてきた証も。全て。

 夜空には星が瞬いていた。どこまでも続く闇は、ワタシの目と相違ないけれど、夜の暗がりには星がある。ワタシとは違うのだ。
 燃える家々を眺めて、自分の家だった瓦礫を眺めて、少しだけ満たされたような気持ちになる。こんな瞳で、こんな〈能力〉で生かされた事への抵抗をしたかった。
 呪った運命に復讐をできた気がして、ワタシはその瞬間だけシアワセだと思った。
 〈アマデトワール〉は、ワタシが祈ると、彗星のように光の尾を引きながらワタシの家を壊した。次々に、無差別に、いくつもの家々に〈アマデトワール〉は降り注ぎ、村は騒音と悲鳴に呑まれていって。
 瓦礫に押しつぶされたヒトもいただろう。何かが引火して起こった火災に巻き込まれたヒトもいただろう。どうにか逃げ延びたヒトも居たのかもしれない。

 暫くして、燃え盛る炎と、軋む木の音しか聞こえない壊れた故郷を眺めて、ワタシは虚しく息を吐いた。

 ロスト。
 こんな名前を与えられて、常に誰かの仄暗い感情の中にいたワタシに、祖母と父は何を求めたの。母だけでなく、彼らだって、ワタシのことを少なからず疎んでいたはずじゃないか。

「あなたの名前は、ロスト。わたしは、何もかも失くしたのよ。あなたのせいでね」

 母は、そう言って亡くなったそうだ。誰も彼も、ワタシを疎んでいたはずで、でもきっと、一番ワタシの存在を否定したかったのは。運命を否定したかったのは。
 ワタシ自身。

 何かを奪うだけの存在でしかなかったワタシだから。こうすることで、何か、ワタシとして成せたような気分になって、誰かに殺されるのを待つだけで。
 でもきっと、ワタシはワタシに成れたのだ。

「さよならロスト。いい夢を見に行こう」

 漆黒で見た世界は、きっと美しかった。これがシアワセの果ての眺めなのだと、信じて疑わなかった。
 呪った運命に、別れを告げる。宵の下の炎は何よりも美しいはずで。


***


「こんばんは。良い夜ね」

 終わる筈の世界で、死神に会ってしまったのは。きれいな言葉は嫌いだけれど、それはきっと奇跡と呼べる。

 夜の闇に燃える炎で浮かび上がったのは、高い位置で結ばれた桜色の髪を風になびかせる少女。ロストよりはいくらか歳上のようだが、それでも彼女は誰がどう見ても、ただの少女だった。故に、異質なのだ。こんな真夜中。それも、村のヒトたちは殆ど逃げてしまった半壊した村で、死人だって沢山いるはず。最初に壊したのは忌々しい自分達の家だったから、少なくとも家族はちゃんと死んだはず。そんな場所で、ただの可愛らしい少女に出会うことが、酷く異質だった。
 少女はロストの瞳をじっと見返して、僅かに表情を歪める。ロストの目を見た大半の人間がする反応で、それに慣れてしまったことが悲しくもあった。

「真っ黒な目。初めて見たなあ。あなた、翡翠バーコードでしょう? コレ、あなたがやったの?」

 少女は村の惨状に目を細めながら問う。しかし、ロストは答えるよりも先に、自分の疑問に答えを出せないと、話せなかった。

「あなたは、誰」
「……命を奪う者。“死神”かな?」

 くすくすと笑うくせに、何処か不自然な笑顔が不気味に感じられて、ロストは表情を歪める。それは、ロストの目を見た人間がよくやる仕草と同じだと気が付いて、なるほどこんな感覚なのか、とひとりで納得した。
 彼女の答えとなっているようでなってない回答に首を傾げつつ、彼女がそれ以上正しくロストの疑問に答えてくれるとは思えず、そのまま話を続けた。

「あなたが死神なら、ワタシの命を奪いに来たの」
「そう。私はバーコードの命を奪う死神。ソレイユの近くにある小さな村で、バーコードの子と親がいるって噂があったから、殺しに来たんだけど」

 殺す。柔和な雰囲気を纏った少女から容易く吐き出された残虐な言葉は、余りにも不釣り合いで。でも、10歳にも満たない子供であるロストも、たった今大量虐殺をしたばかりだ。釣り合うかどうかなど、あまりにもどうでもいいことなのだろう。

「父は、ワタシが壊したよ」

 そう伝えると、少女は驚く様子もなく、淡々と事実を受け止めて、そうなの、と短く返した。

「私、あなたを殺しに来たんだけど。なんだか随分落ち着いてるね。まるで、殺されるのを待っていたみたい」
「産まれた瞬間から、ワタシは壊していた」

ロストがそう呟くと、少女は興味深そうに目を瞬かせた。

「最初に、家族の平和を。次に母の命を。次にこの村の平和。わからないけど、もっと他にも壊してたのかもしれない。そしたら、ワタシってなんで産まれたんだろって、なんのために産まれたんだろって、色々考えて」

 ロストは目を伏せて、続ける。

「全部が恨めしくなって。全部、壊れればいいのにって、思った」
「……そう、なの」

 桜色の少女は、首に巻いていた赤紫色のマフラーになんとなく触れる。
 ロストは自分が殺されることを理解し、強く望みながら、ふと、思いついたように口を開いた。

「ねえ。ワタシも、壊したい」

 キョトンとする少女に詰め寄って、ロストは言い募る。

「あなたがワタシを壊し、これからも誰かの命を壊し続けるというなら、一緒に居たい」
「……」
「ワタシは、ワタシをつくった世界を。壊したい」

 深淵の瞳は、少女をじっと見つめていた。完全なる闇が、何もかも嚥下して、無に還してしまいそうな。自然と、少女の恐怖心を煽った。
 ロストは周りの全てを恨んでいたから。その漆黒の瞳も、生まれた瞬間から胸に刻まれた翡翠のバーコードも、共に与えられた〈アマデトワール〉という能力も。こんな名前を付けた母も、普通に育てようとした父と祖母も、村のヒトたちも、何もかもを恨み、世界を呪った。
 だから、ここで少女に殺される前に世界に復讐をしたかった。八つ当たりでしかないかもしれないが、彼女と共にバーコードを殺す。そうすることで、少しでも気が紛れるかもしれない。そう思って。

「お願い。ワタシは、」
「いいよ」

 少女は、ロストを受け入れた。
 今まで、どんな命乞いをされようとただ薄く笑って、一息に殺してきた。躊躇すれば、本当に殺せなくなってしまうかもしれないから。ならば、何故この瞬間、少女はロストの願いを聞いたのか。殺し飽きたから? 独りに耐えきれなくなったから? その答えはきっと、少女本人にさえわからない。強いて言えば、気まぐれか。否──。
 桜色の髪をふわりと揺らしながら、少女は微笑む。

「私は死神。訳あって、バーコードを殺し続けている。壊すって、つまり、私の手伝いを──一緒にバーコード殺しをしてくれるって認識でいいんだよね?」

 ロストはこくりと小さく頷く。

「ふうん。いいの? 私、あなたを私の目的に利用して、最後は死んでもらうけど」
「それでいい。ワタシ、最期はあなたに終わらせてほしい」
「……今死にたくないからって、ここで生かして貰って、隙を見て逃げようとしてない?」
「そう思うなら今ここで殺してもいいよ。ワタシはあなたと一緒に壊したいんだ」
「へーえ……」

 変な子だね。苦笑を浮かべながら彼女はそう言った。
 少女は、吸い込まれそうな漆黒の中に、何かを見出したのだ。黒は、嫌いな色だった。自分の胸に刻まれた不死の呪いと、同じ色をしているから。黒は怖い。
 ああそうか。同情していたのかもしれない。少女を輪廻の輪から弾き出した漆黒バーコードと、ロストの瞳の漆黒。ロストもまた、黒に呪われた存在だと思ったから。自分と重ねて同情したのかもしれない。

「あなたの名前は?」
「──ロスト」

 失った。そんな意味の名前。彼女は、生まれた瞬間から“失っていた”のだろう。

「そっか。これからよろしくね、ロストちゃん」

 少女はロストの頬に手を伸ばした。気の毒に。心の中でそう唱えて。


***


「ロストちゃーん?」

 昼下がり、木に寄りかかったままうたた寝する彼女の名を呼ぶのは、15年前出会った日と変わらぬ姿の少女。桜色の髪を高い位置で束ねて、前髪を編み込みにしている、どこにでもいるような可愛らしい少女だ。その正体は、100年以上生きる、“漆黒”に呪われた恐ろしい死神なのだが、それを知るのは、寝ぼけ眼を擦るオレンジ色の髪の彼女、ロストくらいしかいない。
 ロストの顔を覗き込む少女の姿に安心して、ロストは小さく笑った。

「昔の夢を、見ていました。アナタと出会った日の夢です」
「へえ、懐かしいね。アレから何年経ったかなあ」

 少女もロストに釣られて口元を緩めた。それから思い出すように視線を泳がせる。彼女もロストと同じ記憶を辿っているのだろう。

「アナタと出会って、ワタシの運命は変わった。それが良かったのか、悪かったのか、よくわかりませんが」

 ロストは木の表面に手を付いて立ち上がる。少女と同じく、“漆黒”に呪われた双眸で、晴天を見上げて。

「アナタの隣が、ワタシの居場所です」

 少女は一瞬キョトンとした顔をしていたが、再び口元を緩めると、そっか、と小さく声にして、踵を返した。

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.22 )
日時: 2020/12/07 16:15
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19534

【二次創作】No.02 喰らう醜

 雨だ。

 雨がひたすらに、地面を殴っていた。しとしとと、涙が袖に染み入るような降り方でなくて、シャワーが風呂場のタイルを叩くように勢いよく大地へ走る。桶をひっくり返したみたいなその降水に、いつしか足場は水溜まりに覆われて、広い池のようになっていた。そのまま俺の体温を奪っていく。あんなに火照っていた体の熱が、雨に晒されて足元の水溜まりに溶け出していくみたいだ。
 こんなに寒いだなんて感じているのに、身震い一つ起こりやしない。きっとそれは、俺がそれどころじゃないなんて感じているから。いつもなら、雨の夜や湿気た昼に肌に貼り付いて気持ち悪いだなんて思う髪も、気にならない。頬に、額に、首筋に、糊付けしたみたいにぴたり引っ付いているのにちっとも気にならない。

 完成品の群青なんかにはほど遠いってのに、今見える景色も、胸の内に渦巻いてるこの感情も、そしてきっと顔色も、真っ青に染まりきっているに違いない。

「なーんでいつも、こうなっちまうんだろうな」

 自嘲気味に呟けども、返してくれる声は無い。疑問形で尋ねたところで、あてもなくその言葉は宙をさまよった。それもそうさ、俺にはその答えなんて分かりはしないし、答えてくれる人なんて傍には一人もいやしない。

 結局そうだ。昔は母さんがいた、けど、いつしか離れ離れになっちまった。もうそれから随分経つ。多分……認めたく、ないけれど、俺はもうあの人には会えないだろう。神様だって、巡り合わせてなんてくれないだろう。俺はもう、間違いなんて重ね過ぎちゃったから。もう何度目だ、こうやって意識を失った後に覚えの無い死体と顔を合わせるのは。

 何度罪を犯したかなんて、もう数えきれない。勉強なんてしたことないから、両手の指で数えきれないだけの数は、覚えてなんかいられなかったし。それに……罪を数えても、虚しくなるだけだから、数える必要も無いし、数えたくも無かった。もう充分に多いと分かっているのに、具体的な数字と顔を合わせれば、網膜に焼き付いて離れない、一人一人が、光の無い瞳を掲げて詰め寄ってきそうだから。

 幻覚だとは理解している。それでも、恨みがましく吠えながらこちらに詰め寄ってくる彼らに、俺の心は簡単に壊れてしまいそうになる。耳の奥にべったりとくっついたままの断末魔の声が、ふとした時にこだまする。皆がその声を上げたのは、俺の意識が紅蓮に染まって狂ってる時だってのに。俺の知らない俺が誰かを手にかけたその罰は、何もしてない俺にふりかかってくるんだ。

 だからたまにこう考えたりもしてしまう。罪状とは人を殺したことそのものでなくて、そんな自分も律せないこと、あるいは、そんな不完全な粗悪品のまま、生まれてきたことなんじゃないか、って。こんな出来損ない、端から生まれてこなかった方がいいんじゃないか。狂気にまみれた、粗野で悪どいもう一つの俺が、嘲笑うように脳裏で囁いた。

 目の前で仰向けに転がっている、少し太ったおばさんを見た。太って肉が張ってるせいか、声はしわがれ始めてて歳が窺えるってのに、肌に皺なんて無くて若々しかったおばさん。とても笑顔が優しくて、快活な声で辛いこと全て吹き飛ばしてくれそうな陽気な人。ふらっふらで今にも野垂れ死んでしまいそうな俺に、パンとミルクとを分けてくれた恩人、だったってのに。

 なぜ彼女は、こうしてここに横たわっている。止まない雨に打たれてるってのに。服が泥だらけになっちまってるってのに。指先がぴくりとも動きやがらない。瞳孔は開いたまんまで、瞬き一つしようともしない。明るい笑顔はどこへやら、恐怖と苦悶とでその顔は歪んでしまっていた。これはきっと、痛みのせいもあるのだろうか。

 身に付けているエプロンには、元々太陽みたいに大きな向日葵が咲いてたってのに、今やその布は朱に染まっていた。真っ赤に燃え盛る業火が、咲き誇る大輪の花を飲み込んだみたいだった。暴れた拍子に泥を被ったのか、茶色くくすんだその向日葵は、枯れてしまったようにしか見えない。布が引き裂かれた後が、いくつもいくつも。

 俺がようやく我に帰った時、彼女はとっくに事切れていた。雨のせいで冷たくなっていたし、動かなければ声もあげなかったし、何より全身の血はとっくに固まってしまったのか、傷口はただ虚しく穴を広げているだけになっていた。彼女の身に血が流れていない訳では無いとは簡単に分かった。なぜなら彼女を中心として、黒ずんだ体液は手を伸ばすように広がっていたのだから。

 俺の服も血塗れだった。当然俺の血じゃない。顔もきっと血塗れなのだろうな。鼻血が出た時みたいに、顔の上で固まった血潮が、仮面のように張り付いている。瞬きをする度に、目の下の皮が引っ張られるような感覚。

 だが、とりわけ罪を浴びていたのは、服なんかでも顔なんかでもなくて、サバイバルナイフを握りしめた右腕だった。返り血を浴びてないところなんてちょっとも無くて、最初から自分の腕が赤黒かったんじゃないかなんて思ってしまうほどだ。だけれども、雨のせいか乾ききらずに、ねっとりと糸を引く体液がナイフの切っ先から滴っている。雨がすぐに洗い流してくれるけれど、綺麗になったそばから、また汚れていく。これはきっと、俺という人間の中から滲み出た、嫌悪すべき汚濁だ。

 いや、違うな。今こぼした言葉にはただ一つ間違いがあった。とっくに、白の絵の具で上から塗りつぶしても消えないくらいに俺の心は汚れている。そこには間違いなんて何一つ無い。けれども、否定しなくちゃならないところは別にあった。

「俺って人間だっけ」

 誰も答えない。否定する者はいない。しかし、肯定してくれる人もいなかった。その沈黙が激しい勢いで詰問してきているようだった。こんなに、静かなのに。

 分かってるさ、自分が人間の仲間入りできないってことくらい。痛いほどにな。握りしめたナイフと目を合わせる。赤黒く染まっている中、時おり見せる白銀の刀身が瞬くのが、まるで眼光のようだなんて思えた。俺を睨んでるみたいだ。身がすくむような思い、これで刺されたら死んじゃうんだよな。物言わぬ肉人形を目にしつつ、そんな当たり前のことを実感した。

 これで俺を貫いてしまえば。そしたら、犯した罪は白紙になってくれないだろうか。真っ黒に汚れた魂が、時おり襲い来る紅色の衝動が、浄化されてはくれないだろうか。失敗作の烙印も綺麗に消えてはくれないだろうか。

 ナイフは何も答えないし、顔色一つ変えなかった。すぐ隣、目の前に倒れたおばさんの家から漏れた光を受けて、ただぎらぎらと目を光らせるだけ。意識を失っていた間、とっくに息絶えた彼女にマウントをとり、逆手に持ったナイフを何度も振り下ろし突き刺し続けたのだろう。なぜだか向き合った相手を刺したはずなのに、俺はその凶器を逆手に持っていた。

 その思い付きに身を任せるように、切っ先を腹に当ててみた。服の上からでも、チクリと刺激が。無意識のうちに、柄を握りしめる右手の力が強くなる。浅く息を吸い、肺の中の空気全部吐き出して、また。今度は息を、思いきり吸い込んだ。

 そして俺は、意を決して、勢いをつけるために右手を高く振り上げて、そのまま。














 振り下ろすことだなんて、できなかった。手にこめていた力が抜けていく。つい今しがた、何も考えなくても入っていた力が、紅茶に入れた角砂糖みたいに消えてしまった。手が震えて、ナイフまで怯えてしまったみたいにふらふらと掌の中をさ迷っている。急に、するりと、逃げ出すようにナイフは地面に転がった。そのまま膝まで笑い出して、立っていられなくなる。ふらふら倒れたその先に手をついて、四つん這いで何とか踏みとどまった。

 地に堕ちたナイフにこびりついた罪が、水溜まりの上に滲んだ。けれども、俺自身にこびりついたこの罪悪感だけは、どんなに強い雨に打たれても、洗い流されてなんてくれやしない。水面に映る自分の影を殴る。拳を強く地面に打ち付けただけ。音をあげて飛沫は舞い上がれども、すぐまた元の水溜まりに呑まれる。天高く目指しても結局は元の所に落ちていくその様子が、自分に皮肉を向けられたみたいで、どうにもやりきれない。

 自分のことを刺せなかった理由なんて簡単だ。別に高尚なものなんかじゃない。俺は聖人でも何でも無いから、ただの意気地無しだから、理由なんてたった一つだ。

 これがよくできた人間だったならば、何と理屈をこねたものだろうか。自殺は逃げに過ぎないから? 死んでも罪は無くならないから? 本当に申し訳ないと思うなら生きて償うべきだから? けれど、俺は思うんだ。そんな風に思う人は、最初からこんな間違い冒さないんだって。

 結局のところ、俺の逃げ道は至ってシンプルだ。死にたくない、そんだけだ。どこまでも利己的で、死ぬのが怖いだなんて泣き言言って、結局何もできない。みっともなくて、情けなくて嫌になる。その上俺は、やってしまったこと全部棚上げして、幸せになりたいだなんて望んでる。そんなこと願う資格が、まだ残ってるかも怪しいのに。醜いったらありゃしない。

 こんな俺なんて消えちまえばいいのになぁ。最初から無かったみたいに。花を目指す蝶みたいに幸せを追い求めるこの心も、茨に絡めとられたみたいに罪に傷つき後悔に締め付けられるようなこの痛みも、持ち手の無い諸刃の剣みたいに触れるもの皆傷つける衝動も、全部。

 その俺の意志を汲んでか、足の先から世界に溶けていくように、俺の体は消えていく。そこに俺の居場所なんて無いと知らしめるように。

 こんなにも醜い俺のことを、世界は喰らい尽くしてみせた。

 でも、どうしてだろうな。しでかした事に対する罪悪感は、どうにもまだ胸の奥につっかえたまんまだ。俺の体は透明になって誰にも見えなくなったってのに、痛くて熱くて醜い慚愧が、まだまだ焼けた鉄みたいに真っ赤なままこの胸の中で燻っている。

 どうせならこの罪悪感までも食い尽くしてくれたらよかったのに。けど、この吐瀉物にも汚泥にも排泄物にも劣らないほどの下手物を、決して食してはくれないらしい。それも仕方ないか、神様だって食べ物の好き嫌いはあるさ。

 だからその行き場の無い思いを、燻りを、燃え尽きさせてやるべく、濡れたまま俺は走り出した。誰の目にも映らないことをいいことに、それでも存在を認めてほしいと泣きべそかくみたいに、曇天の空が月を隠す夜に俺は、大声出して駆け出したんだ。膝から崩れた時にはこもらなかった全身の力が、今の俺にはみなぎっていた。

 拾いあげたナイフはとても冷たかった。冷たいと悲鳴をこぼすように、かじかみ始めた指先が、透明な俺が生きていると告げているみたいだった。

 走って、走って、走った。ひたすら走った。どこに行くかなんて、全く決められもしないのに。

 これは俺が、まだ一人ぼっちだった頃の物語。


***
これは複雑ファジーで「守護神アクセス」という小説を執筆していらっしゃる狒牙さんという方に頂いたつぎばの二次創作です。「守護神アクセス」は異能力バトル物で、もうすぐ完結する作品なので是非読んでみてください。童話の世界の登場人物なんかが出てきて楽しい作品です。
タイトルの読み方は「くらうす」です。トゥールやジンに出会わず、1人で生きてきたクラウスって感じの作品でしたね。実際、トゥールに会えてないのなら、クラウスは1人で時折殺人を犯しながら生きていたことでしょう。透明化できる〈能力〉は、1人で生きるには適したちからですし。どんなに罪悪感に苛まれても、誰かの命を奪ってでも“生きたい”って思ってしまう。そんな彼をよく理解して書いてくださったんだなって感じで、狒牙さんには感謝です!

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.23 )
日時: 2020/12/07 16:17
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19508

【コラボ】 No.02 〜継ぎ接ぎの系譜〜

(銀竹さんの『闇の系譜〜サーフェリア編〜』とのコラボ企画です)

ジン「久しぶりのコラボ企画だよ。台本書きとか、本編外のキャラのやり取りが苦手なヒトは注意してね。さて、今回は、銀竹さんの書く「闇の系譜」からすごい美人さんが来てくれるらしいよ」
ニック「はっ。何言ってんスか。こっちからだって絶世の美女が参戦するッスよ。てか何司会進行してるんスか、目障りなんだけど」
ジン「いや僕主人公だし、司会進行は僕が適任だから……君、何しに来たの」
ニック「司会補佐ッスよ。まさかアンタと一緒になるなんて聞かされてなかったから、マジ殺意ブチコロ5秒前って感じなんスけどね」

ジン「本編のいざこざをこういう番外編に持ち込まないでよ、メンドクサイ」
ニック「ンだとゴラ、ボクはアンタに本編で裏切られたこと許してねぇんだよ、やっぱり殺すなら今しかねぇみたいッスね?」
ジン「あーもう、どうせ君は勝てないんだから諦めてくれる?」
ニック「はー? 本編でもボクが優勢だったでしょ!」

マリアナ「こらニック! こんな場所で喧嘩しないの!」
ニック「わ、もう来たんスか、マリアナ先輩」

 マリアナを見てギョッとするジン。

ジン「ま、マリアナ……え? 君、ここに来て平気なの? 本編的にどうなの……?」
マリアナ「うふふ。本編は本編、番外編は番外編よ! 本編での出番はもう無くなっちゃって、出演料出ないなーって思ってたけど、アナザーバーコードで出番があるなら新しい仕事探す必要もなさそうね!」
ジン「マリアナっ、出演料とか、裏の話はしちゃ駄目だよ」
ニック「出演料、ジンだけ主人公なのに時給1000円スッもんね」
ジン「僕のギャラが安くて困ってる話はするな!」
ニック「ぞんざいに扱われ主人公め。しかも最初の頃はアンタが主人公だと思われてなくて、あのトカゲ男が主人公だと思う読者が何人もいたそうッスね、主人公向いてないんじゃないスか?」

ジン「よし、表でなよ、その自慢の金髪全部削いで丸刈りにしてやる」
ニック「へえ? 死ぬ覚悟はできたみたいだな?」
マリアナ「ああもう! ニックもジンも喧嘩やめなさい! それに今回は私とゲストさんのコーナーなんだから荒らさないでよ! 二度と喋れないようにするわよ!」
ニック「ヒエッ」
マリアナ「司会進行役もいらないから2人とも帰って」
ジン「あ、うん、じゃあマリアナ、頑張ってね……」

 退室していくジンとニック。

マリアナ「ふう。さて、ニックとジンがごめんなさいね。お待たせしました、青系美人……ちょっと自分で言うのは恥ずかしいけど、そんな2人のトークショー、始まります! ゲストのアレクシアさんお入り下さい」

アレクシア「全く、開幕までに随分時間がかかったじゃない。いつまで貴方たちの無駄なおしゃべりが続くのかと思ったわ」
マリアナ「あぅ、ごめんなさい……ちょっと仲の良くない2人が揃っちゃってね。昔はああじゃなかったんだけど、今では同じ空間にいるだけであんな感じなのよ。
さて、はじめましてね、アレクシア……さん? あら、なんて呼べばいいかしら。えーと、おいくつだったかしら?」
アレクシア「アレクシアでいいわ。年齢なんて聞くまでもなく、どう見たって私の方が年下でしょう? まだ十六ですもの」

マリアナ「あ! そうよね、ごめんなさいね、なんだか大人びて見えたからそんなに年下だと思わなくて。私はマリアナよ。好きに呼んでくれていいからね。よろしく」
アレクシア「私が老け顔とでも言いたいのかしら、マリアナおばさん? まあ、呼び方なんてものはどうでも良いのよ。早く話を進めてちょうだい。私は何のために呼ばれたの?」
マリアナ「お、おば、おばさん!? うっ、私今日この子とやっていけるかしら……いや、がんばるのよマリアナ。
えっとそうね、今日はアレクシアと私で色んな質問に答えていくわよーっていうトークショーよ! “どんな質問にも”2人で全力で答えるわよ、準備はいい? アレクシア」
アレクシア「仕方がないわね……。さっさと始めて」

Q「マリアナさん、アレクシアさん、こんにちは! 継ぎ接ぎバーコードと闇の系譜、いつも楽しく読み書きしています。
美人といえば、やはり人生得するイメージがありますが、一方で根拠もなく性格が悪いと思われたり、同性に嫌味を言われたりすることも多いかと思います。お二人は、美人であるがゆえに損したことってありますか? エピソードが聞きたいです!」

マリアナ「質問ありがとうございまーす。そうねー、確かに私は男性に親切にされることが多い気がするわ。かと言って女の子に嫌なことされたことはないわね。自分で言うことでもないけど、私カイヤナイトの中でも実力を買われてる方だから、周りにはちょっと怖がられてるんじゃないかしら」
アレクシア「ふーん、貴女って控えめに見えるけれど、案外おめでたい思考をしているのね。親切に見える男は、大抵胸に垂れ下がってる脂肪の塊しか見ていないし、怖がられてるっていうよりは、引かれてるんじゃない? 無害そうな顔して、そんな胸元の開いた白い服着て、似合ってないわよ? 清純気取っているようで痛々しいわ」
マリアナ「う、……アレクシア、言い方ってものが……あるでしょ……そういう男性もいるかもしれないけど、親切にしてくれることはありがたいことだし……引かれてるのかもしれないけど、そうだとしたら仕方ないことだし、この服だって別にそういう……。アレクシアは友達少なそうね……」

アレクシア「なぁに? 友達が少なそうで哀れねって言いたいわけ?」
マリアナ「そういうわけじゃないわ! 色んなことマイナスに考え過ぎなんじゃない? アレクシアは魅力のある女の子だから、そういう考えとか発言とかを直せば、友達たくさんできると思うわよ……て、言ったら、いらないなんて言われちゃうのかしら」
アレクシア「ふふ、分かってるじゃない。生憎、友達が欲しいなんて思ったことないのよね。群れて楽しいなんて思う感覚が分からないわ。まあ、私の言うこと何でも聞いてくれるって言う人なら、仲良くしても良いけれど」
マリアナ「私も友達はいないけど、仲間はいるから、そういうヒトとの繋がり大切よ。
そんな都合の良いヒトは、いざって時に裏切りそうじゃない? だから持つべきものは自分と対等な関係の人物だと思うわ。アレクシアにもそういう関係のヒト、いつかできるといいわね」

アレクシア「いきなりなによ、説教臭いおばさんは嫌いだわ。それより変顔でもしてみなさいよ。どんなに面白くなくても笑ってあげる」
マリアナ「突然の変顔!? えっ……できるかなあ。変顔より、気持ち悪い魚になるのなら得意なんだけど、気持ち悪い魚、興味ないかしら?」

アレクシア「あら、やるのね。気持ち悪い魚? なにそれ。やってみてちょうだい」
マリアナ「え……ホントに見る? いいけど、気持ち悪いとか生臭いとか言わないでね! 行くわよ! 〈ダゴン〉第二形態!」
(※本来は変身まで10分ほど時間がかかりますが番外編時空なので省略しております)

(本編の描写より抜粋)
 顔の側面についた丸い目玉。横に大きく裂けた口から覗く、ノコギリのように鋭い牙。てらてらと淀んだ光を放つ滑った鱗。
 魚か。もしくはその長い胴と口の上から伸びる細長い髭で、水竜のようにも見える。体長は6メートルはあるだろうか。体中から鼻の曲がるような生臭さを放っていて、胸鰭の代わりに水掻きのある前脚を携えており、腹の終わりには蛙を思わせる後ろ脚が備わっている。
 先程の可憐な女性の姿からは想像もつかない変わり果てよう。皮膚が全体的に湿っているせいか、屈強な手足に携えられた鋭利な爪がぬるりと艷やかに煌めいている。長々と説明したが、マリアナの言うとおり、キモい魚だ。

アレクシア「……気持ち悪いし生臭いわね。しかも思ったよりでかいから部屋が狭くなったわ。早く戻りなさいよ」
(元の姿に戻り)
マリアナ「あ! 気持ち悪いとか生臭いとか言わないでって言ったのに! 酷い!」
アレクシア「気持ち悪いおばさんに気持ち悪いって言って何が悪いのよ。ところで、巨大化したから服が破れて、ほぼ全裸になってるわよ。そういう趣味なの?」

マリアナ「もー! おばさんとか気持ち悪いとか全裸とか! 全裸で何が悪いの!!」
アレクシア「何が悪いって……嫌だわ、貴女痴女なの? 別にこのまま全裸で続けたいって言うなら構わないけれど、私まで痴女と並んで変態扱いされるのはごめんよ。ほら、ちょうど銀竹からの質問が書かれた台本がそこに落ちてるじゃない。とりあえず紙でも纏えば?」
マリアナ「……ああ、私としたことが冷静さを失い掛けていたわ。こんな女に負けないわ……しっかりしなさいマリアナ。とりあえず紙纏うのはあり得ないわね、スタッフさん、変えの服をよろしくお願いします……」

 スタッフ(アケ)が新しい服を渡したので、それに着替えるマリアナ。

マリアナ「さて、質問の続きだったわね。ん? というかさっきの美人で困ること、アレクシア答えてたっけ?」
アレクシア「ああ、そういえば質問されていたんだったわね。急に貴女が巨大化して全裸になるから趣旨を忘れていたわ。
美人で困ることねえ……何かしら。よく性格が悪いとか、ひねくれてるとかは言われるけれど」
マリアナ「美人で困るっていうか事実を言われてるだけよねそれ……。うん、次の質問行きましょっか」

Q「お二人の活躍いつも楽しみにしています。あ、マリアナさんはもう……。
それは置いておいて、うちの地域ではそろそろ巨大な台風が来ます。(収録日2019/10/10)多分家から出ることもできません。お二人は家に一人でいるときは何をして過ごしますか?」

マリアナ「“マリアナさんはもう”とか言わないでほしいわね! お察しの通り多分もう出番ないけど」
アレクシア「出番がないなら、これからはずっと自宅待機ね? 私はまだ出番あるけれど」
マリアナ「あなたは良いわね……未来編まで出番が約束されてるんだものね。
いやまって、私もまだこうやって番外編での出番とかたまーにあるはずだから、自宅待機じゃないわよ!」
アレクシア「たまにでしょ? それ以外の時間は自宅待機じゃない。で、家では何してるの?」
マリアナ「自宅待機……。
家でのしてることねえ。私そもそも家がないんだけどね」

アレクシア「奇遇ね。私も今は寮住まいだから、自分の家はないわ。家にこもっているより、外にいる方が好きだし。でもそうね……一人で室内にいるときは、大抵他人の弱みでも探ってるわね」
マリアナ「他人の弱みを? やっぱりアレクシア、性格良くないわね……。というか、ヒトの弱みなんて、ヒトと接することで握れるものじゃないの? 一人で部屋でどうやってそんなことするの?」
アレクシア「馬鹿ね、それを明かしたら、貴女の弱みを握れなくなるじゃない。……なーんて、冗談に決まってるでしょう? 部屋にいながら誰かの弱みを探るなんて、出来るわけないじゃない」

マリアナ「あら……? じゃあさっきの発言はどういう意味なのかしら。何か特別な力でも持っているの?」
アレクシア「さあ? 少なくとも、貴女みたいに生臭い力じゃないわよ。ところで、この部屋暑いわね。何か冷たい飲み物でも持ってきなさいよ」
マリアナ「生臭⁉ ああもう、自由なんだから……じゃあスタッフさん、アレクシアに氷水でも出してあげて」

 少し待つと、スタッフ(アケ)がお盆に水を乗せてやってくる。

アレクシア「なにこれ、水? ケチ臭いわね。ていうか、ゲストを呼ぶなら普通は飲み物くらいは事前に用意しておくべきでしょう。誰よ、この企画したの」
マリアナ「……企画したのはヨモツカミだけど……事前にゲストにそういう気配りをしなかったのは私の責任ね。悪かったわね。でもアレクシアも招待された先でそんな態度を取るなんて、相当酷い作者の元で育ったんじゃないかしら、お気の毒だわ」
アレクシア「ふふ、随分言うようになってきたじゃない? まあ確かに、私も作者に対しては不平不満が溜まってるのよね。どうやったら報復できるのかしら。……ねえ、貴女も今後の出番を無くされて、作者には不満があるでしょう? そこの、さっき水を運んできた赤毛の子も、思うところがあるんじゃない?」

突然話を振られて驚くアケ「わたし……? うん、たしかにわたしたちカイヤナイトにたいするあつかいは、あんまりよくない気がする。年はもいなないわたしを、いきなりスタッフとしてつかいはじめるとこも、ざつなあつかいのひとつだよね」
マリアナ「え、結構すんなり話に入ってきたわねアケ。自分で年端も行かないとか言うし。うーん、アケの言う通り、私やアケは主人公グループじゃないから出番は少ないし給料も控えめだし、それに対する不満はあるかも……」

アレクシア「やっぱりね。どこの物語でも、少なからず作者に対する不満ってのはあるものよ。特に、主人公以外のキャラは、色々鬱憤が溜まるわよね。ほら、主人公って、少なくとも最終回までは活躍するわけじゃない? それに対し、私達みたいな立場のキャラは、途中で死にかけたり、最悪退場することもある訳じゃない。そんな思いをしているのに、主人公よりも給料が低いって、フェアじゃないと思うのよ」
マリアナ「ホントよ! ていうか私もアケも主人公からしたらヒロインポジションでもいいくらいの設定してるのに給料低いし途中退場したし、物語が進行さえすれば脇役の気持ちはどうでもいいの? って思ったりするわね」
アケ「わたしは、べつにマリアナやアレクシアさんみたいにびじんじゃないからし、子どもだからおこづかい少なかったり出番少なくても、しかたないって思う」

アレクシア「アケちゃんだったかしら? 貴女、そういう問題じゃないのよ。子供だからとか、容姿がどうとかっていうのは、賃金に関係しないの。物語に与えた影響とか、受けた身体的・精神的苦痛に応じて報酬は上乗せされるべきなのよ。そのあたり、ちゃんと決めてほしいわよね。労働基準法もへったくれもないわ。例えば死亡した場合、読者には多大なインパクトを与えることになるわけだから、死亡手当てをつけるべきよね。ある種退職金みたいなものだけれど」

マリアナ「あれっ、さっきまで私に割とひどいこと言ってたのにアケにはまともな話するのね!? まあ、そうよね、高校生の時給は安かったりするけど、物語の1キャラクターとして出演してる時点で立派な登場人物なんだから、それ相応の金額を払うべきだもの。だから退場したキャラである私に高額支給求むって感じ」
アレクシア「ひどいことなんて何も言ってないわよ、私は本当のことを言ってるだけ。細かいことグダグダ言ってないで、作者の首を狩りに行くわよ。正当な報酬を要求しに行くの」
マリアナ「この娘、最後の最後まで……もう気にしないけどね! さあ! 行くわよ、アケ」
アケ「わ、わたしも行くの…………?」

 こうして銀竹さんとヨモツカミは自分の小説キャラに狩られたのである。

Fin

***
なんかめっちゃひどい終わり方をしましたが、銀竹さんの闇の系譜とのコラボでした(笑)
闇の系譜〜外伝〜の方で以前クラウスとサミルさんでコラボしたことありますので、そちらもよかったら見てくださいね。

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.24 )
日時: 2020/12/07 18:23
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=2189

【番外編】No.09 優しい弱さ

 外気は冷たいのに、必死で抱える彼の体からあふれ出るものはじわりと暖かく肌を滑っていって。とどめなく溢れる赤で道標を作ってしまっていないか、心配だった。もし、それを辿って奴らが追いかけてきたら、多分二人とも簡単に殺されてしまう。
 曇り空のような髪色の少年──クラウスは、酷い怪我を負って、今も尚出血し続ける自分よりいくらか体格のいい男を担いで、夜道を歩いていた。

「重った……トゥール、ちゃんと歩いて……お願いだから、死なないでよ」

 まだ僅かに呼吸はしているけれど、もうほとんど自分の力で歩けていないし、出血は酷いし、意識もおぼろげなようで、本当に死んでしまうのではと思うと、クラウスの声は震えてしまった。

 ハイアリンクの襲撃を受けた。いつものように闘う力を持たないクラウスは、〈能力〉で透明化して隠れていたが、トゥール1人で闘うには数が多すぎた。
 トゥールは強い。だから負けることはない。今までだって、何度かハイアリンクや紅蓮バーコードに襲われることはあったが、そのたびに一人で戦い、クラウスを守ってきた。例え相手が6人いても、彼なら負けないと、クラウスは信じた。
 実際にトゥールのほうが圧倒的に強かった。飛び交う銃弾を躱し、右腕のひと振りで相手を戦闘不能にしてみせた。殴り飛ばされた相手は動かなくなって、もしかしたら死んだのかもしれない。次に体から針を飛ばしてくるカイヤナイトを尻尾で薙ぎ払って、倒れたところを首を折って殺した。その間に何発か銃弾を食らっていて。更に何人かに殴りかかっていたが、スピードが落ちたことにより躱されてしまった。
 そのあたりで出血が酷かったのか、トゥールが一旦引こう、と言い出したので、クラウスは〈チェシャー〉を使って、トゥールごと透明化させると、そのまま逃亡した。
 逃げている道中で、トゥールが歩けなくなった。銃創より、あの針を飛ばす〈能力〉で突き刺さった針の傷が大きかった。カイヤナイトとして訓練を積んだ群青バーコードなのだ。どこを狙えばいいか、などを心得ている。刺されたのが腿だったのもあって、足に上手く力が入らなくなったらしい。
 クラウスが肩を貸して歩かせようとしたとき、初めて思った以上にトゥールが体中に傷を負ってると知った。バーコードの傷の治りは早い。だが、失血が多ければ命を落とすことだってある。
 死んじゃう。トゥールが、死んでしまう。
 クラウスにとって一番恐ろしいことは、自分が死ぬことで、トゥールがいなければまたハイアリンクに襲われたときに生き残れる確証はない。つまりは、彼がいなければクラウスは生きられないのだ。だから、トゥールが死ぬのは嫌だった。
 逃げ込んだ森では、遠くに街の灯が見えた。病院。そうだ、病院へ連れて行こう。止血くらいはしてくれるかもしれない。
 クラウスは浅い呼吸を繰り返すトゥールの姿を見る。体の所々に生えた鱗。恐竜のような手足。人間とかけ離れた姿のトゥールを街に連れていけば、ひと目でバーコードと知られて、ハイアリンクを呼ばれてしまうだろう。だが、病院に連れて行かないと、失血で死んてしまうかもしれない。一か八かしかなかった。

 夜の街に、ヒトの姿はなかった。お陰でトゥールの姿を見られずにすむ。そう思ってクラウスは街の中を歩き回り、すぐに病院の看板を見つけた。
 クラウスはナイフを片手に持ちながら、病院の戸をノックした。女性の声で返事が聞こえて、扉を開けたのは、白衣に身を包んだ薄紫色の髪の少女だった。
 白衣姿にはいい思い出がないクラウスは、僅かに顔をしかめながらも静かな声で訊ねる。

「医者、だよな? ……医者って、怪我したヒトをどうにかしてくれんだよな。お願い、トゥールを助けて……!」

 彼女は目を剥きながら、トゥールの傷と肌の鱗とクラウスの顔を見比べていた。微かに怯えたように見えたから、できるだけ冷たい声で、ナイフを携えて睨み付ける。

「断ったら殺、す」

 突き付けられたナイフを見ても彼女は動じなかった。慣れないことをしたから、弱気な殺意を見抜かれただろうか。そう心配したクラウスに、彼女は諭すように柔らかい笑みを浮かべてみせると、突然自分の着ているシャツのボタンをプチプチと外していく。
 え、なにしてんの。クラウスは一瞬たじろいでナイフを取り落としそうになったが、シャツの間から覗いた彼女の素肌に刻まれたモノを視界に留めた瞬間、言葉を失った。
 ──忌々しくも鮮やかな、緑。

「私、翡翠バーコードなんですよ。どうぞ、そのヒトを中に運んで下さい」
「なんで、バーコードが医者なんか、」
「そんなの今はいいから早く。その方を助けたいのでしょう?」

 彼女の紺碧の瞳を覗き込んで、本気だとわかったクラウスは、促されるまま部屋の奥へ進んでいく。
 廊下を進むと、鼻腔にゾッとする臭いが掠める。薬の臭い。立ち止まりそうになるがどうにか進んで、彼女の指定した台の上にトゥールを寝かせた。断続的な短い呼吸を繰り返してる。傷口からは尚も出血している。トゥールを運んだ道中には、点々と血が滲んでいた。
 クラウスの手が震えるのは、弱々しいトゥールの姿を見ていることだけが理由では無かった。
 怖い。手術室が怖かったのだ。トゥールと出会う前、研究施設にいた頃、母が星になって、行く宛のない何もわからないクラウスをバーコードに変えてしまったその空間。それが怖くないはずがない。
 彼女は手際よく銀色の器具を用意して、トゥールに近付いた。

「あ、私ついつい縫おうとしてました。バーコードですもんね、止血して、少し休ませておけば大丈夫ですから、安心して下さい」

 ローブを脱がせると、隠れていた無数の傷が顕になる。そこに綿を当てたり、薬を塗ったり、クラウスにはわからない処置をしていって、最終的に包帯が巻かれた。
 全ての傷を手当し終わると、トゥールの血で汚れた手袋を外して、彼女はクラウスに笑いかける。

「もう彼は大丈夫ですよ」

 クラウスはトゥールに駆け寄って、その顔を見る。包帯には所々赤色が滲んでいる。けれど、トゥールの表情は穏やかなもので、今はただ眠っているだけのようだ。
 ホッと息を吐いて、安心したことでクラウスは思わず床に膝を突いた。それから、彼女の方に視線をやる。突然ナイフで脅しながらボロボロのトゥールを連れてきた自分を、なんの抵抗もなく受け入れてくれた。翡翠バーコードでありながら医者の少女。彼女には感謝しなければならない。立ち上がりながら、クラウスは彼女に向き直った。

「脅したりしてゴメン……トゥールを助けてくれてありがと。えっと、オレ、クラウス」
「私はレイシャです。クラウスさんもバーコードなんですか」

 黙って頷いた。オレもレイシャと同じ色。か細い声で言って、でも翡翠に混ざる赤色のことは言えなかった。
 別の部屋からヒトの気配がした。クラウスは思わず体を強張らせたが、現れたのは新緑色の髪を後頭部で結った、優しそうな中年の女性だった。
 彼女の顔を見ると、レイシャは頬を綻ばせて言う。

「ネーヴェ、起こしてしまいました? えっと、彼らは、」
「怪我人なら、なんだって診るよ。バーコードだろうと関係無い。あたしだって迷わず受け入れたはずよ。……所でレイシャ、あんたなんで前開けてんの」

 確かにレイシャはシャツのボタンを外したままで、クラウスも少し目のやり場に困っていたところだ。

「え?  ああ、彼にバーコードをお見せして……」
「開けたら閉める! 痴女じゃないのよ、もー。年頃の女の子なんだから、自覚持ちなさいよ」

 そう言って、ネーヴェと呼ばれた女性は、レイシャの服のボタンを閉めてあげていた。
 怪我をしたトゥールを見つめて、ネーヴェがクラウスに話しかけてくる。

「あんたら、紅蓮バーコードかなんかに襲われたの? 何処から逃げてきたんだい?」
「ハイアリンクに、襲われて。多分もう追ってこれないと思うけど。トゥールがオレを庇って闘って、酷い怪我で、死んじゃうかもって……」
「そう。あなたも大変だったのね」

 そう言って頭を優しく撫でてきた。驚いたけど、振り払おうとは思わなかった。何故だかとても安心したのだ。クラウスは母親に、同じようにしてもらったことを思い出す。

「懐かしいわね。レイシャがここに来たの何年前だっけ。研究施設から逃げ出してきたのよね。今あんたは19だから……」

 幼めな顔立ちのため、クラウスはレイシャが同い年くらいかと思っていたが、3つ上だった。
 ネーヴェが昔の話をしようとしたので、レイシャは困ったように笑い、肩を竦める。

「もーお母さん……」

 そう呼んだのを聞いて、首を傾げてしまう。彼女たちは全然似てない。し、研究施設から逃げてきたってことは、レイシャはネーヴェに匿ってもらったんじゃ?
 クラウスが1人思考していると、レイシャが思いついたように口を開いた。

「あ、私、トゥールさん起きたときに何か食べた方がいいし、ご飯作ってきますね」

 そう言ってレイシャが別の部屋に行った。部屋には眠っているトゥールと、クラウスとネーヴェが残される。


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