複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

アスカレッド
日時: 2021/06/11 01:43
名前: トーシ (ID: WglqJpzk)

 ヒーローって、何だ。

  *

 《COLOR》と呼ばれる異能力が存在する社会。
 瀬川飛鳥は、10年前に自分を助けてくれた『ヒーロー』に憧れながら生きてきた。
 高校2年生のある日、飛鳥は席替えで水島青太と隣同士になる。青太は《COLOR》を持たない人間——の、筈だった。

  *

 閲覧ありがとうございます! トーシです。
 今回、初めて小説を書かせていただきます。異能力現代バトルものです。
 どうぞよろしくお願いします。

  *

目次
(☆挿絵付き ★扉絵付き)
 
プロローグ カラーボーイ
>>1

第1話 アオタブルー
>>2 >>3 >>4 ☆>>6 
>>8 >>9 >>11 >>12  ☆>>13
(一気読み >>2-13)

第2話 ミクロブラック
>>16 >>17 ☆>>18
>>19 >>20 >>21 >>22
>>23 >>24 >>25 >>26
>>27 >>28
(一気読み >>16-28)

第3話 ハイジグレー
>>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37 >>38
>>39 >>40 >>41 >>42
>>43 >>44 >>46

第4話 シトリホワイト
第5話 ********
エピローグ アスカレッド

  *

その他

クロスオーバー・イラスト(×守護神アクセス)
>>10
PV(『闇の系譜』の作者さんの銀竹さんが作ってくださいました!)
>>34
閲覧数1000突破記念イラスト
>>15
閲覧数3000突破記念イラスト
>>30


  *

お客様

荏原様
日向様(イラストをいただきました!>>14)
立花様

スペシャルサンクス

藤稲穂様
水様
四季様
しろながす様

  *

記録

4/13 連載開始


  *

Twitter @little_by_litte
ハッシュタグ #アスカレッド

1−9 ( No.13 )
日時: 2018/08/24 17:27
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: Au2wVmYz)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=997.png

1−9

 水がうねり、唸り、とぐろを巻いて1本の柱になる。次の瞬間には、青太の掌が海黒に向けられ、彼女の体側を打たんとする弧状の水流が発射された。その水流が彼女の間近に届き、派手な音を立てて弾けるまでには1秒もかからなかった。青い彩光を散らしながら、水の破片が飛ぶ。海黒は鉄塊をぶつけて水流に対抗したのだろうか、飛沫に混じって、黒の破片が落ちていく。
 と、思ったその時、漆黒が見えた。まだ粒子化していない水の一切を裂き、黒の破片すら破壊し、青い空気を貫く漆黒の物体。掌よりもずっと大きく、歪な形ながらも鋭利な切っ先を持つ鉄塊が4つ、急速に飛来する。
 青太は舌打ちをして、右手の指を鳴らした。水刃が魁の2つを打ち落とす、だが砕くには至らない。落下した鉄がからんと鳴る。涼しい響きだった。その残響を断つのは、後続のもう2つが風を切る音。青太はさっきとは逆の手をすぐさま横に振る。その横薙ぎの一線が青く光る。
 青太の左肩が、飛鳥の右肩に当たる。瞬間、瞬きをする前に光が広がる。波にも似た音がするより速かった。床も天井もまるで真昼のように鮮やかな青で照らし出され。それは、青太を中心に半円を描く巨大な波紋で、今度は鉄塊を完全に粉砕した。筈だった。
 疑似水面から飛沫が上がる。青い——いや、青い光をその全体に反射させる、純黒のやじりが一直線に青太に向かってくる。

「嘘だろ……ッ」

 息を弾ませながら青太が右手を上げる。その瞬間に疑似水面は消え去り、鉄塊は再び真っ黒に塗りつぶされた。水の抵抗から解放されたそれは一気に加速する。水飛沫などもはや一滴も纏わない、ただただ黒い凶器のシルエットが接近してくる。
 一際大きく、水が渦巻く重い音を立て、青太は水流を放った。先程のよりもずっと太いそれは、最早水の槌のようだ。こんなにも《COLOR》を高出力してしまえば、当然青太にも負荷がかかる。反作用の力に耐えきれなかった青太の背が、飛鳥の背にぶつかる。飛鳥は、彼を倒すまいと足を踏ん張った。青太の背から、彼が放つ水の衝撃が伝わってくるようだった。

「もう……諦めてくださいッ」

 減速こそしたものの、海黒の放った鏃は止まらない。盾を矛で突き抜かんとするように、水流の真ん中を抉りながら直進する。その表面は次々に削れて、青い光子と混ざり合う。青太の掌が繰り出す明るい青の水流は、水と鉄の接地点からブルーサファイアが溶け出しているかのように、途中から濃紺に染まって、海黒の手前で全て粒子と化す。

「絶対に嫌だ」

 言葉と同時、一瞬にして水量が増した。左手で右腕を支え、それでも青太は反作用の力に抗いきることができない。飛鳥の身体にも青太の体重以上の重さが圧し掛かる。2人の踵が擦れ合う。青太を正面で支えた方が、確実に彼を引き倒さないで済むだろう。しかし、飛鳥は、自分の前にいる3人から目を離すことは許されなかった。相手もこちらの様子をじっと窺っているのみで、攻撃はしてこない。何故かは分からない。だからこそ無駄な隙を作るわけにはいかなかった。
 青太と海黒の間では、甲高い音がずっと鳴り響いている。ウォーターカッターが宝石を削る音に近似していた。事実、四散する水沫は、粉々に砕け散った蒼玉にも見えた。宝石だというのに、青太の上半身や飛鳥の耳殻や腕にまで降りかかるそれは、肌の奥に瞬時に染み込んでいくように冷たい。
 やがて、ピキッ、とヒビが走る音がして。海黒が生成した最後の一矢は、完全に割れた。小片になることすら許されず、黒の粒子になり、輝きもせず、闇に同化した。
 けれど水流は止まらなかった。あっ、と青太が焦る声を漏らす。飛鳥が何事かと思っていると、次は奥歯を強く噛みしめているのが聞こえた。青太は右手を握り締めようとしていたが、見えない拘束具でもあるかのように、その指はほとんど動いていなかった。手の甲には静脈と骨格が痛いほど浮かび上がっている。
 水流は海黒の身体の中心に向かって飛んでいく。あれをまともに受けてしまえば、ひとたまりもないだろう。ましてや海黒の薄い身体では、水圧という名の牙は、容易く内臓を喰い千切り骨を粉砕するに違いない。
 
「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれってば!」

 叫ぶ。轟々と唸る水の猛獣を止めなければいけない。狼狽よりも悲痛さが勝る青太の声音に、飛鳥は恐怖を覚えた。これが彼が危惧していた「《COLOR》の暴走」だろうか。
 喉が引き千切れる程叫んで、無理矢理にでも手を握り締める。そして、水流は海黒の眼前で照準を狂わせた。それは一瞬だけ、青い光で、彼女の双眸の黄昏を晴天に染め上げた。切り揃えられた前髪を煽って、一滴たりとも彼女に触れることなく横を過ぎって、背後の壁に追突する。だが水流が作り出す風は、海黒の態勢を崩し地に伏せさせるには十分だった。
 青太はそれを見ると、飛鳥の腕を引き、彼自身は後ろに退がった。

「あっちのドアから逃げろ」

 目で作業場にあるドアを示して、そう告げる。海黒がすぐには動けないと判断したのだろう。そのまま3人の人物の方に向き直り、またも波を使い、飛来する絵の具チューブを一度で叩き落した。
 飛鳥はドアの方へ走った。逃げることが彼への最良の手助けになると直感した。数多の水音が背後で聞こえる。水泡の弾ける音、水が流れる音、波打つ音、渦巻く音。全て青太が作り出しているものだ。
 その中で、空を切る音も聞こえた。
 その音の鋭さは、まるで、昨日の男が蔦を槍にした時のようだ。
 「お前は」と青太が声を上げる。どうしてあいつがここに、という疑問はすぐに飛んだ。飛鳥が振り向くと、丁度水刃が蔦を真っ二つに斬るのが見えた。しかし飛鳥の注意を奪ったのは、視界の端に捉えた、もう1本の蔦が海黒めがけて伸びていく様だった。
 つま先が、彼女の方向に向いた。
 
「海黒さんッ!」

 上体を起こそうとしていた海黒を抱き締め、彼女の頭を自分の胸に押さえつけて、しっかりと抱え込む。そのまま床の上を転がる。蔦は壁に当たり、小さな窪みをつくる。蔦は青太によって復元できない程まで切り刻まれる。
 ふと、スマホのバイブ音がした。飛鳥の腕の中で暫し呆然としていた海黒が、スカートのポケットからスマホを取り出し通話を繋ぐ。相手の声はとても小さく、聞き取ることはできなかったが、海黒の表情が徐々にこわばっていくのは見えた。

「警察が……」

 細い声だったのに、たった一言で全員の動きが静止した。
 警察が、ここに向かってきているのだろうか。だとしたら、青太に「派手にやれ」と言ったことは間違いじゃなかった。彼に対して意地を張る意味合いも濃かったが、大きな音を立てれば立てるほど、その戦い方が大胆であればあるほど、巡回中の警察官に緊急事態と認知される可能性が高くなると踏んでの台詞だった。実際戦闘の轟音だけではなく、青太の鮮烈な青の光は、窓の外に溢れてどこまでも届いたのだ。
 
「他の人はっ……そうですか……何か、変だとは思いましたけど」

 海黒はぼそぼそと何やら喋ると、通話を切った。そして飛鳥を見上げて、「離してください」と言った。
 飛鳥は彼女に従うべきか否か惑ったが、海黒が鋭利な凶器を生成して自分の胸に突き立ててくるかもしれないと考えると、彼は大人しく少女を解放した。
 彼女は自分を助けてくれた飛鳥のことを、もう見てはいなかった。その視線は青太ただ1人に注がれていた。

「水島青太さん。あなたは、自分の《COLOR》を『今でも』恐れているみたいですね」

 青太は海黒を見ない。3人の人物が退こうとするのを、水の弾丸でドアノブを壊すことで止めた。彼らはもう逃げられない。

「けど、私たちなら、あなたの《COLOR》に価値を与えられます。他を脅かす凶器から、安穏へ導く聖剣のように。あなたは自身の《COLOR》に恐怖せず、誇らしく思えるようになる。あなたの力が必要なんです」
「何度も言わせるなよ。オレはお前らには与しない」
「なら、そのまま自身の中の猛獣に食い殺されてしまえばいい」

 でも、そんなの嫌でしょう。海黒は全て見透かしているとでも言うように、青太に問いかける。

「そのままでいいと言うのなら、一生自分の《COLOR》を恐れ続ければいい。でも、そんな弱い心では《COLOR》は制御できない。むしろ一層暴走を招くだけです。あなたがそれを知らない筈がありません」
「でもオレは」
「そんなあなたを救えるのは、私達——いいえ、『あの人』だけです」

 あの人、と聞いて青太の目線が跳ね上がった。振り返りそうになって、なんとか止めて、掌に爪を突き立てるほど強く手を握り締めていた。

「……まあ、また後でお話しましょう。もう時間もないみたいですから」

 海黒が窓の外を見て目を細めた。飛鳥もそれに倣うと、パトカーの灯が川の対岸に見えた。
 海黒はその逆方向、飛鳥が侵入してきた窓の方に寄ると、そこに手を掛けた。出ようとして、直前に飛鳥に向き直って、僅かに残っていた笑みを顔から剥ぎ取った。

「飛鳥先輩。ありがとうございました」

 いい釣り餌になってくれて。
 音にならなかった言葉の幻聴。飛鳥は何も答えなかった。答えられるわけがなかった。
 沈黙。パトカーの走行音が大きくなる。ふと彼の耳は、バイクの走行音を拾った。姉さんだ。確証はなかったが、《COLOR》を使用した喧嘩だと通報したのだから、戦闘員が出動してもおかしくはない。
 彼女にここにいることがばれたらどうなるだろうか。無理しないで、と言った彼女の気持ちを無下にしたこの行為を知られたくなかった。

「水島、僕……逃げないといけない」
「ああ……ここにいると面倒だもんな。大丈夫、後は上手くやっとくから。瀬川は逃げろ」

 青太は笑いかけてくれた。彼は怪我をしていて、3人の方は殆ど無傷だ。青太は相手からの攻撃を防ぐことはあっても、決して相手を傷つけずに立ち回っていた。だから、加害者とされるなら相手の方だろう。そこまでの思惑が彼にあるかは分からないが、今は彼の言葉に甘えるほかない。
 飛鳥は海黒が出たのと同じところから脱出した。地面に着地したときにはもう、海黒の姿はどこにもなかった。
 飛鳥はそのまま、壁に背を預けて座り込んでしまった。帰らなければいけないのに、身体が鉛のように重い。
 やがて、パトカーが停まり、警官が工場内に呼びかける声が聞こえてきた。それに青太が答える。警官が室内に入り、青太から事情を聴き出し始めた。青太は、塾から帰っている途中にいきなり襲われて、ここまで追い詰められた、などと話していた。
 その内に、バイクのエンジン音も鳴り止んだ。警官の1人がライダーの名を呼ぶ。

「あ、瀬川戦闘員」

 どくり、と心臓が拍動した。

「お疲れ様です。戦闘行為は起こっていないようですけど、もしかして逃げられてしまいましたか」
「いえ、私たちが到着したときには、もう既に収束していたようで」
「そうですか。怪我人は?」
「彼が。しかし、重傷は負っていないようです」
「なるほど……高校生ですか」

 白鳥は数拍言葉を止めていた。やがて、「他には?」と警官に尋ねる。あの3人は署で事情聴取を受けるらしかった。1人、また1人とパトカーに詰め込まれていく。青太は口頭での厳重注意を受け、先程手配されたもう1台のパトカーが着き次第自宅まで送られるようだった。その間、彼の保護を白鳥が請け負うことになったのも、飛鳥は認識できた。
 2人きりの静寂で、先に口を開いたのは白鳥だった。

「窓から青い光が見えた、って聞いたんだけど——君がやったんだよね」

 青太は「はい」と肯定した。

「そうだと思った。君の《COLOR》はかなり強いみたいだから」

 白鳥は少し嬉しそうだった。予想が当たったからではないだろう。青太は「《COLOR》が強いほど感知能力も高くなる」と話していた。白鳥は青太が自分と同類であると感知して、無意識に彼と共鳴したのかもしれない。

「でも、オレは自分の《COLOR》は、あんまり好きじゃないです」 
「隠しているみたいだしね。その黒髪黒目って、天然のものじゃないんでしょう」
「はい」
「君がどんな理由で、その力を好んでいないのか、私には分からないけど……君の《COLOR》は、きっと誰かの役に立つ。いや、絶対に」

 誰かを守れるし、救える。そんな《COLOR》を持っている。白鳥は力強く、青太にそう言って聞かせた。
 飛鳥は誰かの役に立てる人になれる。白鳥はよく自分にそう言ってくれた。けれど、誰かを守れて、救える人になれると言われたことはない。初対面の高校生に投げかけるような言葉を、自分は受け取ったことがない。理由は分かりきっている。だから、悔しさに手をきつく結ぶことさえも、的外れで虚しいことに思えた。6月の夜風に晒され、かじかんだ手は動かなかった。
 飛鳥がここにいることを青太も白鳥も知らない。こんなにも近くにいるのに知らない。
 飛鳥はその夜、独りだった。

第1話 アオタブルー FIN.

NEXT>>16

Re: アスカレッド ( No.14 )
日時: 2018/05/28 14:26
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: xGY5.0e4)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs/index.php?mode=image&file=6143.jpg

いつもお世話になっております、日向です。

まずは第1話アオタブルー完結おめでとうございます。
連載からおよそ一ヶ月で一区切り終えるということは誰にでも出来ることではありません。
トーシさんの定期更新の姿勢、私も見習わねばならないですね(苦笑

ご存じのこととは思いますが、私は海黒ちゃんが好きです。
まさかの敵陣営だったとは思わずに、良い意味で裏切られました。いや敵陣営と断定するのも些か早計ですね。この先の展開、どうなるか分かりませんから。
彼女の能力は鉄塊を生成するcolorなんですね、私も鳩尾に良いのを撃ち込まれたいです。
海黒ちゃんについては事前に何の情報開示も無かったので例の絵を描くときはとても苦労しました笑
その節はほんとうにありがとうございました。その全てが今でも私の宝物です。脱線するのでこの辺にしておきましょうか、主語は伏せます。
そして彼女の秘める【黄昏】にどういった意味があるのか、とても気になります。
主人公である飛鳥君と1-8で共闘姿勢をとった青太君の二人にはとても胸が熱くなりました。
第一話で私の一番好きな台詞は「……いいよ、派手にやれ」という1-8ラストの彼の言葉です。その後の1-9で能力の暴走に怯える青太くんの心の葛藤と、能力の有無に晒されて心を隔絶される飛鳥くんの対比で一話の有終を飾る、とても印象的なレスでした。
持つ者は幸せなのか、持たざる者が不幸か、派手な異能バトルの裏には考えさせられることも沢山ある。そんな含みを持った、コメディかシリアスか一筋縄ではいかない【アスカレッド】という作品の魅力だと思っています。

戦闘色の強い能力モノということで執筆には大変苦労されていることだろうと思います。
しかし同時にトーシさんご自身が楽しんで書かれているのが読んでいる側にも伝わってくる文章だとも思います。
これまでに多様な形での執筆経験はあるのだとは予予お伺いしておりましたが、地の文と台詞が複雑に絡み合う長編小説においてここまで心躍らされるものを紡がれるとは正直思っていませんでした。
【アスカレッド】という物語の下地とトーシさんの物書きとしてのお力、その双方があってこそこの作品は愛され、多くの人から支持を得ているのだと思います。
勿論、私もその中の一人です。

次の連載再開までには少し時間が空いてしまうようですが、それまでに沢山を充電して、また【アスカレッド】の続きを読むことが出来る日を楽しみにしております。
そろそろ季節の変わり目がやってきます、無理なさらずにお体にだけは気を付けて下さいね。
またお目にかかりましょう、何処かで。

愛を込めて、日向

イラスト ( No.15 )
日時: 2018/06/04 16:58
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: Y3T7NY5y)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=943.jpg

 5/30に、本作品の参照数が1000を突破しました!! たくさん見てくださって、本当にありがとうございました!
 というわけで、アオタブルー完結も兼ねて、記念イラスト(URLより)を描いてみました。
 これからも地道に書いていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

 *

以下、お返事。
 

>>14 日向さん

 コメントありがとうございます!! こちらこそ、いつもお世話になっております。

 第1話、何とか完結しました! 小説を連載するのは初めてなので、ちゃんと更新できるかなーと不安だったんですが、ひとまず一区切りつきました。毎週金曜日に発狂しながら書いた甲斐がありました(笑)

 岬海黒を好きになってくださってありがとうございます。日向さんが描いてくださった海黒の目が、本当に黄昏を閉じ込めたみたいでわたしは好きです。引き込まれそうです。
 岬海黒はなかなかダークなポジションにいるので、もっとも人気がでるだろうなーと思っておりました。実際にそうなりましたね。
 彼女の内面とか思想とか《COLOR》については、第2話のミクロブラックで掘り下げるので楽しみにしとってください。6月15日に2−1を更新します(ダイマ)
 『黄昏』もちょっとした伏線なので、覚えとってもらえるとうれしーです。

 1−8と1−9いいですよね、わたしも好きです。名シーンだなあって、我ながら思いますうへへ。飛鳥と青太の2人は、本作品の中でもかなり重要な対立項なので、これからもこの2人に注目してみてください。 

 しかし、本当に、たくさん褒めていただいて嬉しい限りです。
 「ヒーロって、何だ」という命題に対して、瀬川飛鳥が何を経て、何を答えとするのか、ちゃんと最後まで書き切ろうと思います。頑張ります! ので、これからも読んでいただける、とても嬉しいです。


 花束を、トーシ

2−1 ( No.16 )
日時: 2018/07/14 12:41
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: yvG0.ccx)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=960.jpg

第2話 ミクロブラック

2−1

 冷たい風が吹く。電車が風を起こして、飛鳥の右半身を撫でる。沈黙を縫うのは、時折通過する電車の走行音のみで、あとは雨音が恒常的に響くだけだった。
 青太は、飛鳥の後を遅れるようにして歩いていた。青太が手を伸ばしても飛鳥に触れられないくらい、けれど飛鳥が手を伸ばせば互いの腕を簡単に掴めてしまうような、それくらいの距離を空けて、2人は線路沿いを歩いていた。
 
 警察署の場所が分からないから着いてきてほしい、と言い出したのは青太だった。5限目が終わってすぐ、放課後のざわつく教室内で、彼の声はいやにはっきりと聞こえた。
 最初は断ろうとした。これから塾に行って自習室で勉強する予定だったし、何より、青太と2人きりになるのが嫌だった。ここから警察署までは遠くはないけれど、近くもない。そういう理由でも、青太からの頼みを断ることはできた。
 しかし、それを拒否する適当な言葉を探していたときに、飛鳥の脳裏にふと『あの夜』のことが蘇ってきた。数日前、軽率に飛び込んでしまった先で青太に助けられた夜のことが。
 青太に借りをつくっているのだと、飛鳥は気が付いてしまった。そして、借りを返さなければいけないと思った。それは感謝からくるものではなかった。むしろ、青太に対する寒色の感情によるものだったような気がする。
 助けた方と、助けられた方。今の自分達を形容する関係性を、借りを返すことでまるで何も無かったみたいに塗り替えてしまいたかったのだ。
 2人が校舎から出たとき、外は小雨が降っていた。雨粒が傘の布に当たる音は、強くなったり弱くなったりしながら、止まることなく傘の内側に落ちてくる。やがて駅に着く頃には、ぱらついていた雨が、線になって目に見えて分かる程に雨脚は強くなっていた。
 ほんの1週間前に大穴を空けられたガラスは、既に傷ひとつない新品のものに取り換えられていた。つい最近事件が発生したというのに、駅舎内が人で混雑しているのが、そのガラス越しからでも見て取れる。降雨の為に一層多くの人が駅に逃れているようだった。
 飛鳥はふと、人波の狭間に目をやった。そこにはあの隙間があった。建物と建物が作り出す真っ黒な隙間は、雨に滲む視界の中でもはっきり見える。勿論、その中に誰かが入っていくことはない。
 
「瀬川」
 
 青太に声をかけられて、飛鳥はゆっくりと彼に目を向ける。飛鳥の顔を覗き込むまではしないものの、青太は少し首を傾けて飛鳥の様子を窺っていた。そして、その横顔越しに『あの隙間』を認めて、彼は柔い黒色の目を細めた。

「何か気になるのか」
「別に。何もないよ」

 歩行者用信号機が青色に変わる。飛鳥は歩き出した。この横断歩道を渡れば駅前広場に着く。しかし青太は、信号機の隣に立ったまま動かなかった。

「何してるんだよ」
「歩いて、行こうぜ」
「は?」
「警察署まで。電車じゃなくてさ」

 飛鳥は青太の言葉に唖然として、しばらく声も出なかった。2人の間に、雨音と足音とカッコウの誘導音が流れ込んでくる。やがて信号機が点滅し始めたので、彼は仕方なく早足で青太の元へ戻った。

「電車で2駅なんだろ。そしたら、歩いて40分くらいだし、歩けない距離じゃない。大混雑の電車に乗るよりは、オレはそっちの方がいい」
「人酔いする性質なのか」
「そういう訳じゃないけど」
「しかもなんで、駅の前で言ってくるのさ」
「それは、ごめん」
 
 飛鳥はため息を吐いた。塾の講義自体は夜からなので、徒歩で警察署まで行っても時間に余裕はある。だから歩いて行っても構わなかったのだが、青太が唐突にそんなことを言ってきたのが気がかりだった。
 青太を見れば、「ごめん」と言いつつも反省しているような気配はなく、重く垂れ下がった前髪の下で、薄い笑みを浮かべたままだった。

「……それだけじゃないんだろ」
「え?」
「もっと別の理由があるんじゃないのか。だから、ここまで来て今更そんなこと言うんだろ」

 青太は、うーんと唸って視線を横に逸らす。その様は、考えているというよりは、むしろ何かを言いあぐねているようだ。やがて彼は、不意に飛鳥の目を見た。
 
「……2人で話がしたくて」
「なら、最初からそう言えば——」

 そこで、自分でも驚くほど突然に言葉に詰まった。 
 2人で話をしよう。そう言われて、はたして自分は応じられただろうか。いや、きっと彼を退けていただろう。
 この時間帯、沿線の交通量は多くはない。雨の日なら尚更だ。

「だから、オレは歩いて行きたい」

 琥珀色の目が音もなく瞬いた。ここで「行かない」と告げて、そのまま別れてしまうこともできる。しかし、飛鳥にはそれはできなかった。一度承諾してしまったことを投げ出して逃げるなんてこと、彼にはできない。ましてや、この男の前では。
 頑なな意地が、自身の足を、青太の眼前にて地面に縛り付ける。
 多分青太は、ここまで来てしまえば、飛鳥は「行かない」なんて言い出せないということを分かっていたのだろう。「騙したみたいで、ごめんな」と、青太は眉尻を僅かに下げた。
 
「……いいよ。歩いて行こう」

 結局、飛鳥は青太の思惑に従った。ありがとう、と青太が言ったような気がするが、彼は聞こえないフリをした。
 駅前広場への横断歩道は渡らず、その左手側に伸びる道路を進んでいく。広くはない幅の歩道を2人は離れて歩く。時折、地面にできた水溜まりがつま先を濡らしたが、彼らが歩みを止めることはなかった。

「……水島」

 前を向いたまま、飛鳥は青太の名を呼んだ。青太は最初、それが自分に向けて発せられた言葉だと気が付かなかった。飛鳥の傘は、青太から自身の身体を隠すようにして傾けられていた。けれど、飛鳥が一瞬だけ立ち止まって、傘を少しだけ上げてこちらに視線を寄越していたので、青太は呼ばれたんだなと思った。

「警察署に行くのって、『この前』のことがあったから?」
「うん」
 
 飛鳥は再び歩き出していた。青太も彼の背を追った。会話をするには少しだけ遠いくらいの距離を保ちながら、雨の中を進んでいく。

「また事情聴取でも受けるのかい」
「いや……ちょっと、色々あってさ」
「色々?」
「《COLOR》のこと、なんだけど」

 ——《COLOR》。思わず反芻した言葉が、口の中で冷たく響く。雨粒が、傘の露先から一滴、落ちた。

「申請したら、警察が《COLOR》抑制の器具を支給してくれるらしいんだ。だから申請してみたらどうかって、あの夜、警察の人に言われて」
「……そうなんだ」
「それで、今日は説明だけでも聞きに行こうと思ってさ」

 飛鳥は小さく返事をした。その時ちょうど、2人の隣を電車が通り抜けていったので、彼の声はがたんごとんという重い音に掻き消されてしまったが。
 飛鳥は傘の柄を握り直して、それを自分の身体に寄せた。

「それで?」
「え」
「話したいことがあるんじゃないのか」
「ああ……」

 ステンレスの車体が、雨に濡れながら、後ろへ遠ざかっていく。そんな音が聞こえる。
 『岬海黒』、と青太は言った。

「彼女にはもう近付くな」

 その声があまりにも真剣だったので、飛鳥は顧みずとも、彼の深海の瞳が真っ直ぐに自分を見つめているのが分かった。

「彼女は危険だ」
「……海黒さんは、何者なんだ」
「それは、言えない」
「そっちは何も教えてくれないのに、僕には命令するだけなのか」
「瀬川は知らなくていいことなんだよ」
「……何を、今更」

 何も知らないまま、何もなかったように振舞うなんて、もう無理だと思った。『お前ら』も『あの人』も『私たち』も、飛鳥はよく覚えている。そして、『岬海黒』のことも。

「僕から海黒さんに関わらなかったとしても、相手から関わってこないって確証はない。彼女に関わらないってだけで、僕の安全が保障されるわけでもない。ここまで来て、何も知らないままでいられる訳ないんだよ」

 鞄の中で、薄い携帯端末が重くなったような気がした。海黒の電話番号は登録されたままだ。それを青太に言えば、きっと「すぐに消せ」と強く言われるのだろうけど。

「どうするか決めるのは僕自身だ、君にとやかく言われる筋合いはないよ」
「……何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「僕に何かあったとして——君に何の関係がある」

 ばしゃり、と。青太は水溜まりを蹴って、飛鳥の肩を掴もうとした。しかし飛鳥はすぐに振り返って、青太を睨みつけた。暗色の傘の下で、飛鳥の顔には濃い影がかかっているはずなのに、琥珀の瞳はナイフのように鋭く光っている。
 力まかせに飛鳥を振り向かせようとしていた手は行き場を失い、青太は力なくその手を下ろした。下ろした先で、ズボンの裾が湿っているのが見えた。さっきの水飛沫で濡れたらしかった。
 もう片方の、ビニール傘の柄を握る手が、少し震えた。飛鳥は、青太の手が悔しげに強く握り締められるのを見ていた。
 静寂は数秒もなかっただろう。飛鳥は青太から目を背けるように前を向いて、また歩き始める。色彩の欠落した雨雲の下に、警察署の輪郭が見え始めていた。

NEXT>>17

2−2 ( No.17 )
日時: 2018/07/23 08:01
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: MGNiK3vE)

2−2

 警察署を訪れたことは、その実あまりなかった。小学生のとき、意外とおっちょこちょいな母が財布を落として、それを受け取るのに一緒に訪れたのと、中学生のときに総合学習の一環で見学に訪れたのと、この2回しかない。
 自動ドアを入ってすぐ真正面に1列に並ぶ様々な窓口や、その前で横列をなすベンチを見ると、市役所のような印象すら受ける。青太は——初めて足を踏み入れたのだろうか——きょろきょろと、警察署内をもの珍しそうに眺めていた。やがて『総合窓口』の看板を見つけると、そちらへ行ってしまった。
 残された飛鳥は、ベンチには座らずに壁の方に寄った。街中でよく見る交通安全啓発ポスターや、警察官採用試験の案内が貼られている。その1枚1枚に書かれた文字を目で追っていると、壁の一画に設置された掲示板が目に入った。そして、そこに不審者情報が掲示されているのを見つけた。
 10年前見知らぬ男に誘拐されかけたとき、飛鳥は警察の世話にはならなかった。誘拐未遂のことを通報しなかったからだ。それだけじゃなくて、その時のことを誰かに話さなかった。家族にも友達にも、最も仲のいい姉にさえも、今までに一度たりとも話したことがない。
 飛鳥はふとそんなことに気が付いて、自分のことながら不思議に思った。ただ今更言ったところでどうにもならないだろうし、飛鳥は言わないままでいいとも思った。
 当時の自分もきっと同じように感じたのだろう。だから、理由も自覚できないまますべて秘密にしておいたのだ。それは、宝石のような特別な宝物を、入れ物の一番底にしまうのにも似た感覚だった。

「あれ、飛鳥?」

 聞き慣れた声。はっと振り向くと、警察官のライトブルーの制服を着た白鳥が立っていた。飛鳥はいきなりのことに少し驚いたが、ここは警察署なのだから白鳥がいても何らおかしくはないし、むしろ飛鳥がここにいることの方が不自然だ。

「え、どうしたの? 何かあったの?」

 白鳥は戸惑って、そして心配そうに訊ねる。飛鳥はそれを払拭するように、慌てて「違う違う」と体の前で手を横に振った。

「クラスメイトの付き添いで来ただけだよ」
 
 飛鳥がそう言うと、彼女は「それなら、よかった」と分かり易く胸を撫でおろした。それから、飛鳥のちょうど隣にあった自販機に小銭を入れる。

「警察官もロビーの自販機使うんだね」
「給湯室の自販機が壊れててね。ほんとは、あんまり持ち場から離れちゃいけないんだけど」

 でもコーヒー飲みたいし、と子供っぽく笑って、彼女は取り出し口から黒いスチール缶を取り出した。そうして、飛鳥も何か飲むよね、と訊きながら更に200円を投入する。飛鳥は躊躇いがちに頷いて、姉と色違いの缶コーヒーのボタンを押した。

「コーヒーでいいの?」
「もう子どもじゃないんだし、コーヒーくらい飲めるさ」
「眠れなくなっちゃうかもしれないじゃない」
「1缶くらいなら大丈夫だよ」

 「そう?」と聞き返しながら、白鳥は自販機の近くに設置されたベンチに座る。飛鳥がぼーっと立っていると、彼女はプルタブを起こそうとしていたのを止めて、ぽんぽんと、自分の隣を叩いた。飛鳥は大人しく、そこに収まった。

「最近、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
「ほんとに?」
「……多分」
「多分って。ちゃんと寝なきゃだめよ」

 少し笑って、白鳥が缶コーヒーを煽る。同じようにコーヒーを口に含むと、特有の匂いが鼻腔を通り抜けていった。すぐに飲み下したが、舌の上には、僅かに苦みが残った。

「寝てないように、見えるかな」
「うーん、どうかな。他の人から見たらそれほどでもないかも」
「……なら、別に」
「でも私には、元気がなさそうに見えたから」

 人差し指で缶を撫でながら、白鳥が呟く。飛鳥は言葉に詰まって俯いた。自分の手元にある、彩度の高いパッケージが目に痛い。
 やっぱり、姉は自分のことをよく分かっているようだった。
 間を繋ぐように、凛々しい横顔を見る。姉さん、と声をかければ、彼女は一拍と置かず弟の顔を見つめ返した。

「《COLOR》抑制器具って——何?」
「《COLOR》抑制器具?」
「うん。ちょっと気になってさ」
「そうねー……まあ、《COLOR》抑制器具っていうのは、その名の通り、《COLOR》が暴走しないように抑える器具のことなんだけど」

 缶の縁を弄りながら、白鳥は話し始めた。
 そもそも《COLOR》とは、「火事場の馬鹿力」と比喩されるように、「人間が本来持っているが、日常生活では行使されない力」のことだ。そして、その力の出力は、普通なら思い通りに操作できるものではない。だから、多くの人々は《COLOR》を持っていても大した力は使えない。
 だが一方で、数は極めて少ないが、白鳥のように自身の《COLOR》の出力の程度や形態までもを自由に操作できる所有者も存在する。

「例えば、戦闘員になると、《COLOR》を高出力で使うことが求められるんだけど、力を出しすぎると自分で制御できなくなっちゃうの。ほら、全力で走ってるときに突然『止まれ』って言われても、足は何歩か前に出ちゃうでしょ? 自分の身体が思い通りに動かない場合があるように、《COLOR》だって、思い通りに使えないときがある」

 高出力からいきなり出力を止めるというのは、出だしから駆け足無しで全力疾走するのと同じくらい難しいことなのだと白鳥は言う。そして、白鳥が持っているような、何らかの物質を具現化する《COLOR》においては、制御不可能になったそれは凶器に等しい。
 周囲を破壊し、害を為しているのに、使用者自身でも力を止められなくなったとき、それを「暴走」と呼ぶ。

「いくらちゃんと訓練してるって言っても、戦闘員の《COLOR》が暴走する確率は高い。だから、戦闘服には元から抑制器具が取り付けられてるし、そういう職業じゃなくても、どうしても必要なときには民間人に支給されることもあるの。まあでも、申請と検査を受けた上で厳しい審査に通らなきゃいけないから、一般の人に支給されることは少ないんだけどね」

 それにしてもよく知ってたわね、と白鳥が言う通り、《COLOR》抑制器具の知名度は低いらしかった。
 たまたま知ってさ、と飛鳥が答えていると、ちょうどその時、受付から青太が戻ってきた。彼は飛鳥の隣に座る白鳥に気付くと、あっと声を漏らした。白鳥も青太の姿を見て、彼があの夜に会った少年だと理解すると、優しく笑いかける。

「こんにちは」
「こんにちはっ……あの、この前はお世話になりました」
「いいのよ、仕事だから。あれから、変なことはなかった?」
「はい。特に何も」
「よかった。再犯も多いから、気を付けてね。それにしても、飛鳥が付き添って来たのって、この子のこと?」

 飛鳥は重く首肯した。白鳥が「だから抑制器具のこと知ってたのね」と納得したように零す。誤魔化すみたいに、飛鳥は缶コーヒーに口をつけた。

「そっか、クラスメイトだったんだ。不思議な偶然もあるものね」
「えーと、瀬川の、お姉さん……? ですか?」
「ああ、自己紹介してなかったね。飛鳥の姉の瀬川白鳥です。ここの警察官で、戦闘員を務めてます」
「鏡高2年の、水島青太です。あ、瀬川とは同じクラスです」
「水島、青太くんね……ぴったりな名前ね」

 白鳥がそう言うと、青太は少し照れたように笑った。飛鳥はむっとして、青太を見上げてもう全部終わったのかと尖った声で訊く。青太はううん、と首を横に振って、そのまま飛鳥の隣に腰を下ろした。

「まだやらないといけないことがあるらしくて、もう少し、時間がかかるみたいだ」
「そうかい」
「それで、ここを出られるのが6時くらいになるかもしれないんだけど……帰りは電車使うから、瀬川の塾には間に合うと思う」
「……帰りも、一緒なのか」

 間髪を入れず、うん、と強い肯定。それは、飛鳥に断らせまいとしているように聞こえた。
 帰りまで一緒にいる心算はなかった。どこか適当なところで帰ろうと思っていた。岬海黒のことは気になるけれど、彼女について青太が口を割ることはないだろうし、それ以外に青太と話したいことはない。

「いいんじゃない? ほら、2人でいた方が安全だし」

 しかし、白鳥にそう言われてしまって、飛鳥は逃げ場がなくなった。聡い姉だから、ここで変に拒絶してしまえば怪しまれるだろう。
 飛鳥がしぶしぶ首を縦に振ると、青太の口角が満足げに上がった。
 間もなく彼は窓口に呼び出され、再び白鳥と2人きりになった。飛鳥は空になった空き缶を両手で包み、ローファーの爪先で、床の継ぎ目をなぞってみた。飛鳥の手と比べてコーヒーの缶は小さく、所在なさげに、手の中にいる。

「飛鳥は、青太くんのこと、嫌い?」
「……好きじゃないだけだよ」
「そう」

 人を嫌うのはダメだとか友達とは仲良くしろだとか、そんなつまらないこと、白鳥は言わなかった。彼女は黙ったまま、ベンチから腰を上げた。

「じゃあ、私も、そろそろ戻るから」
「うん。仕事頑張ってね」
「飛鳥も、塾頑張ってね」
「分かった」

 あ、それと、と何かを差し出される。

「これ、青太くんに」

 そう言って白鳥が渡してきたのは、ペットボトルのスポーツ飲料だった。いつの間に買っていたのだろうか。

「最近蒸し暑いから、ちゃんと休んでね。忙しいと思うけど、頑張りすぎもよくないから。青太くんも、飛鳥も」

 琥珀色の瞳が、柔らかく細められる。白の長髪をさらりと靡かせて、彼女は来た方向へと去って行った。飛鳥は姉の姿を目で追って、彼女の背中が見えなくなると、ペットボトルを空いている左側に置いた。それはひんやりと冷たかった。
 受付の方を見れば、そこに青太の姿はなかった。どこか別室へ移動したのだろうか。彼が言っていた通り、まだまだ時間はかかるようだ。
 どうして、好きでもない奴の帰りなんか待っているのだろう。自分は嫌だと思っているのに、結局彼の言う通りに動いている。人間関係を円滑に進めるなら、自分の行動は最適解だ。けど、自身の気持ちと相反する行動をとっている自分が、自分から剥がれ落ちていくようで、心地が悪かった。
 姉がしていたように、手のひらに収めたまま、缶を人差し指で撫でてみる。体温が移って、生温くなっていた。
 ふと、スマホのバイブ音が聞こえた。一定の間隔を挟みながら、何度も聞こえる。着信が入っているようだ。
 飛鳥は急いで端末を取り出して、画面を確認した。途端に、心臓が嫌な音で鼓動し、視界が暗転するような錯覚に襲われた。
 『岬海黒』。
 そこには、彼女の名前が表示されていた。



「外、出てたのか?」

 屋内に戻ると、青太も同じタイミングでロビーに帰ってきたところだった。電話がかかってきて、と、鞄の中にスマホを仕舞いながら答える。
 そうか、と青太は短く相槌を打って、自分の傘を取って外に出た。飛鳥も傘立てから暗い色をした傘を引き出す。自動ドアを通り抜けてすぐの屋根の下で、青太はくすんだ雲を見上げていた。雨は、まだ降っていた。
 飛鳥は意を決して、青太の背を見た。

「これ、姉さんから」
 
 飛鳥は鮮やかな青のラベルのスポーツ飲料を、半ば押し付けるように青太に渡した。「最近蒸し暑いから、ちゃんと休めって」と、白鳥からの言伝も一緒に。すぐに、1歩下がってしまったけれど。
 青太は驚いたようにぱちりと瞬きをした。でも両手でそれを受け取って、「ありがとう」と顔を綻ばせた。

「——って、白鳥さんに言っといて」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでくれるかな」
「だって、『瀬川さん』じゃ分かりづらいだろ」

 朗らかに笑う青太の頭の上で、透明な傘がぱっと咲く。跳ねた水滴が、きらきらと光ったような気がした。帰ろう、と友達みたいに青太が言うものだから、飛鳥の足も自然に彼の方に近づいてしまった。
 けれど、立ち止まった。地面に足を掴まれたようだった。

「瀬川?」
「帰りの、ことなんだけど」

 濁りのない黒の目に、真っ直ぐに捉えられる感覚。

「母さんから連絡があって、今からそっちの方に行かないといけなくなった。だから、一緒には帰られない」

 違う。嘘だ。これは本当じゃない。
 本当は、海黒から連絡があったのだ。今から会えませんか、私ちょうど近くにいるので。彼女はそう言ってきた。だが青太にそんなことを正直に教えてしまえば、確実に止められるだろう。行くな、とその眼差しで突き刺してくるに違いない。

「……本当か?」
「嘘じゃない」

 信じてほしい。
 飛鳥の言葉に、青太はたじろいた。雨の中だ。傘をさしているとはいえ、少し顔を伏せてしまえば、水の線に邪魔されて飛鳥からその表情は見えなくなる。やがて面を上げた青太は、困ったような笑顔を浮かべていた。

「分かった。疑ってごめんな」

 ふと、どうしてそんなにも、2人で帰ることに拘るのだろうかと思った。しかし、その思考に「2人でいた方が安全だ」という白鳥の言葉が重なってくる。
 青太は今でも、飛鳥を守ろうとしているのだろうか。直接的に言ってしまえば飛鳥を傷つけてしまうかもしれないから、偽物の理由を用意して。そこまでして、ただのクラスメイトを庇護しようとしている。
 青太は、じゃあと言って踵を返した。飛鳥は、遠ざかっていく彼を、ただぼうっと眺めていた。
 ——青太くんのこと、嫌い?
 嫌い、なのだろうか。好きじゃないのは確かだけど、彼に抱く全ての気持ちが、ネガティブなものばかりではないのも事実だ。ただ、受け入れられないのだ。
 飛鳥は独りになったところで、やっと、傘をさした。

NEXT>>18


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10