複雑・ファジー小説

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アスカレッド
日時: 2021/06/11 01:43
名前: トーシ (ID: WglqJpzk)

 ヒーローって、何だ。

  *

 《COLOR》と呼ばれる異能力が存在する社会。
 瀬川飛鳥は、10年前に自分を助けてくれた『ヒーロー』に憧れながら生きてきた。
 高校2年生のある日、飛鳥は席替えで水島青太と隣同士になる。青太は《COLOR》を持たない人間——の、筈だった。

  *

 閲覧ありがとうございます! トーシです。
 今回、初めて小説を書かせていただきます。異能力現代バトルものです。
 どうぞよろしくお願いします。

  *

目次
(☆挿絵付き ★扉絵付き)
 
プロローグ カラーボーイ
>>1

第1話 アオタブルー
>>2 >>3 >>4 ☆>>6 
>>8 >>9 >>11 >>12  ☆>>13
(一気読み >>2-13)

第2話 ミクロブラック
>>16 >>17 ☆>>18
>>19 >>20 >>21 >>22
>>23 >>24 >>25 >>26
>>27 >>28
(一気読み >>16-28)

第3話 ハイジグレー
>>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37 >>38
>>39 >>40 >>41 >>42
>>43 >>44 >>46

第4話 シトリホワイト
第5話 ********
エピローグ アスカレッド

  *

その他

クロスオーバー・イラスト(×守護神アクセス)
>>10
PV(『闇の系譜』の作者さんの銀竹さんが作ってくださいました!)
>>34
閲覧数1000突破記念イラスト
>>15
閲覧数3000突破記念イラスト
>>30


  *

お客様

荏原様
日向様(イラストをいただきました!>>14)
立花様

スペシャルサンクス

藤稲穂様
水様
四季様
しろながす様

  *

記録

4/13 連載開始


  *

Twitter @little_by_litte
ハッシュタグ #アスカレッド

1−2 ( No.3 )
日時: 2018/04/22 23:35
名前: トーシ (ID: NVMYUQqC)

1−2

 目の奥で青色が瞬いている。隣の席の青太を盗み見る。彼の耳には黒髪がかかっていて、青色は見えない。しかしそこに青色があるような気がするし、時折黒の隙間から色が覗いている気がする。思い込みすぎて、ただ錯覚しているだけかもしれないが。
 けど確かに飛鳥は、青太の青い髪の毛を見たのだ。それも、このクラスの誰よりも鮮明な色彩の青を見た。姉やその同僚の『色』と同じくらい、美しい色だったと思う。

「オレ、何か間違ってた?」
「えっ」

 唐突に青太に声をかけられて、飛鳥はハッとした。間違ってた、って今朝のことだろうか。自分に青色をうっかり見せてしまったことだろうか。

「オレの方ずっと見てるみたいだったから、和訳で間違ってるとこがあったのかなって」

 青太は自分の英語のプリントを飛鳥に差し出した。2行ほどの英文があって、その下に青太の文字で日本語が書かれている。そこで飛鳥は、今が6限目の英語の時間であることを思い出した。机をくっつけて、隣同士で模試の演習の答え合わせをしている最中だった。
 今朝のことなんて全然関係ないじゃないか。何を考えているんだ、と自分の忌々しい思考を振り払う。青太の日本語訳を急いで読み、参考書に書いてあった解説を思い出しながら、それらしく誤りを指摘する。青太はなるほど、と素直に納得した。

「すげえ分かりやすかった、さすがだな」
「そうかな。分かりやすかったならいいんだけど」

 青太の純粋な賞賛に、いつもなら「ありがとう」と言えていたのだろうが、飛鳥はなぜかそれが喉に引っかかったまま出てこなかった。気分が悪い。さっきまで暗かった空がやっと晴れ間を見せようとしているのに、こんなに気持ちが沈んでいるのだから、自分の憂鬱が雨のせいではないことは明らかだった。
 やがて教師の解説が始まって、青太は顔を前に向けた。飛鳥も青太に倣ってみるが、教師の言葉がいまひとつ耳に入ってこない。そしてすぐに、耳鳴りのような重低音が鼓膜の奥で響き始めた。雑然とした脳内が、意識の全てを占領していく合図だった。
 
 ——青太はおそらく、《COLOR》所持者であるということ。それも、強力な《COLOR》を持っている人物であるということ。

 この世界には、異能力が存在する。
 念力、透視、瞬間移動、テレパシー、発火、その他多くのいわゆる超能力が、異能力と呼ばれている。かつて人間が想像していたよりも多種多様で超常的なものばかりだから、超能力と呼ばれていたそれは、超能力の既存のイメージを超えて『異能力』と呼ばれるようになった。 
 異能力者の人口が8割を優に上回った現在でも、異能力について判明していることは数少ない。
 その希少な1つに、異能力者は身体の色素が変化する、ということが挙げられる。つまり、平たく言ってしまえば、異能力者は髪の毛や目がカラフルなのだ。しかも異能力が周囲に与える影響が大きければ大きいほど、強力であればあるほど、色彩は作り物かと見紛うくらい鮮やかになっていく。
 だから異能力は、根源とされている物とも相俟ってこう呼ばれている。

 ——Characters Of Linked ORigine、通称《COLOR》。
 
 そして、その理論に従うならば、今まで自分を無能力者——『無色(colorless)』だと自称してきた青太も《COLOR》を所持していることになる。誰よりも強力な力を有しながら、それを隠していることになる。
 もちろん、色素の変化の度合いには個人差がある。強い《COLOR》を持ちながらも黒髪のままの人だっているし、その逆で《COLOR》が弱くても、派手な髪色の人だっている。
 だが飛鳥は、青太のあの青色はその範疇を超えていると思った。誤差だとか個体差だけで済まされるようなものではない。力が伴わなければ、あれほどまでにさやかな色にはならない。だからあの彩りは、正真正銘の青太の力を示しているように思えた。
 だとしたらなぜ、青太はそれを隠すのだろうか。髪の毛の一部だけ色素が変わることはないから、きっと地毛があの色だ。目だって本当は黒ではないのだろう。それをわざわざ黒に染め上げて、黒のカラーコンタクトをして、自分を『無色』だと主張する意味が分からない。
 どうしてなんだろう。どうして、そんなことをするのか。いっそ訊いてみようか。いや、「どうして」自分はそれを訊きたがるのか。なぜ。その問いかけの裏にある本心は一体何だ。訊いて、その後どうするんだ。自分は何を思うのか。
 予測できてしまいそうだった。
 胸の奥に潜む不定形の物体が、徐々に輪郭を持っていく——次の瞬間、鐘が鳴った。
 物体は瞬きする間もなく霧散した。同時に飛鳥の意識は現に浮上する。鼓膜が震わされる。外界の音の侵入を拒んでいた耳が、椅子を引く音や、号令の声を受け入れ始める。
 授業が終わったらしい。先生の話、全然聞いてなかったな、と飛鳥はぼーっとする頭でそんなことを考えた。
 ノートを仕舞いながら、ついつい青太の方に目線を向けてしまう。今日で何度目だろうか。また、目が合った。不自然な色の目だ。

「体調、悪いのか」

 青太が首を傾げて尋ねてくる。

「いや、元気だよ。どうして?」

 努めて自然に振舞う。早鐘を打つ心臓の音が、相手に聞こえてしまわないように。唇が震えないように。

「瀬川、今日一日中ずっとぼんやりしてただろ。授業とかいつも真面目に聞いてるから、珍しいなと思ってさ。だから、もしかしたら体調悪いのかなって」
「ああ、ちょっと疲れてるのかな。でも平気だよ、心配してくれてありがとう」
「そうか。ならよかった」 

 青太は優しい奴なんだろう。けれどこれ以上彼と言葉を交わすのは苦痛だった。飛鳥はいつもより早く荷物を纏めて、椅子を入れる。青太の「じゃあな、お大事に」という言葉に自分が何と返したのか、よく覚えていないが、いつものように当たり障りのないことを言ったのだろう。
 お大事に、って何だ。平気だって言ったじゃないか、ちゃんと聞いてたのか。
 青太の言葉が「ゆっくり休めよ」くらいの意味であろうことは、飛鳥も知っている。知っているが、その言葉を受け入れられない。
 外に出ると、雨は降っていなかった。薄くなった雲は停滞したままだ。飛鳥は片手に閉じたままの傘を持って、生徒玄関を出た。今日の放課後は予定がない。1時間かけて徒歩で帰宅してもいい。いや、やっぱりいつも通り電車で帰ろう。早く帰って、問題演習の解説を聞いていなかった分も、早く勉強に集中しよう。余計なことを考えないように。
 飛鳥は、色彩のない空の下を歩き出した。

NEXT>>4

1−3 ( No.4 )
日時: 2018/05/07 17:39
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: Sss3ynyw)

1−3

 飛鳥が通う高校から歩いて15分ほどの場所に、大きな駅がある。この市の中枢となる駅だ。その間には別の高校があって、駅裏には中学校と大学が存在している。15分間自転車で走ったとしたら、もっと多くの学校を目にすることだろう。だから駅周辺は、放課後になるといつも学生でごった返していた。
 ただ、今日の混雑は理由が違った。
 飛鳥の目に映るのは、駅の2階の窓ガラスが割れている様だ。1枚のガラスに大穴が開いている。その周辺のガラスも穴だらけで、白い大きなヒビが何本も走っている。明らかに自然現象や不注意による事故ではない。
 飛鳥は自分の前に立ち塞がる群集を掻き分けて、何とかイエローテープの手前まで出た。イエローテープを挟んですぐ向こう側には、武装した警官が等間隔に並んで立っている。当然これ以上先へは進めない。駅前広場へさえ行くこともできず、駅前の交差点で立ち往生をくらったまま、飛鳥はその光景を凝視した。
 広場の石畳の上にガラスの破片が散乱している。それらは広場全体に落下していて、駅舎からかなり離れたところにまで飛んでいた。そして耳を澄まさずとも、建物の中からくぐもった轟音、何かが割れる音、そして怒声が一際、はっきりと聞こえた。
 瞬間——甲高い音が、空気を割った。ガラスが割れた。欠片が宙に飛散する。群集から驚愕の声と悲鳴が上がる。鼓膜を突き刺した派手な音に次いで、飛鳥の神経を刺激したのは、その穴から空に身を放るひとつの人影だった。それは1階の屋根に着地して地面に飛び降りる。それを追って、もうひとつの人影が同じ場所から現れた。同じように、そしてより身軽にその人物も地面に降り立った。
 追われる方は、黒いパーカーを目深に被った男だった。衣服は所々切れていたが、血が滲んでいる箇所はない。息を荒げて、肩を大きく上下させながら相手を睨みつけている。
 対して追う方は、黒い戦闘用スーツに身を包んでいた。身体のラインに沿うように防具が取り付けられた、シンプルな形のスーツ。その胸元に輝く銀色の紋章が、飛鳥の網膜に克明に焼き付けられる。頭部にはヘルメットを装着している為、それが誰なのかは分からない。しかしあまり高くない背や、どことなく曲線の多いボディラインから、それが女性であり『彼女』であるのは明らかだった。そして何よりも、全身を黒で包んだ彼女の、唯一露出された手の白さが際立っていた。
 距離をとって相対する二人。じり、と破片を踏みながら、相手の様子を伺う。硬直する空気の中では、そよ風さえ吹かない。

 つかの間の静止、きっかり5秒後。

 両者の腕が動いた。
 男の剥き出しの掌は飛鳥達の方に向けられ、彼女は逆の方へ掌をかざして。大気が鈍く轟くのと同時に、彼女の腕は、空気を大きく振り払う。
 飛鳥は一瞬、空気が弾丸のような輪郭を持ち、こちらへ飛んでくるのを見た。だが1秒とおかず、白い盾が視界を覆った。白は刹那に粉砕される。高い音を立てて、盾の形を成したまま、それは粒子となる。白が視界を舞う。すぐに空間に溶けて消える。まるで雪だ。
 その間にも男は、2発3発と空気砲を撃った。彼女は氷の盾で確実に受けとめていく。唸る発砲音と、氷が砕ける音が、何度も何度も。男の罵声が混じりながら、何度も何度も何度も響いた。
 石畳を駆ける音は止まない。透明な欠片が蹴り上げられて、ダイヤモンドダストの如く輝く。あちこちで破壊される氷塊が、雪になる。統率のとれていない影絵のように、6月の銀世界を黒い人影が動き回っていた。彼女は男の動きを全て見切る。一挙手一投足、その中に隙が生まれる零コンマ1秒を狙って。
 飛鳥の眼前で繰り広げられる戦闘は、そこにある筈なのに、まるで液晶を挟んでいるかのようだった。だとしても、有り余った威力で生み出された風が、髪を、睫毛を、袖口を揺らす度、それが本物であると肌で感じる。時折頬にかかる粒子は、冷たい。
 足裏に粉々になったガラスを煌めかせながら、彼女は動く、走る。
 その時、男の態勢が崩れた。
 あ、転んだ、と飛鳥が思うのとほぼ同時。彼女は両手を接地する。
 白の粒子が、接地点から霜のように立ち昇る。
 ピキッと、小さな氷解が宙に生まれる。
 凍る時間。
 金属同士がぶつかるのにも似た音がして。

 ——白龍が地面を穿ち、男の足に喰らいついた!

 男はあっという間に、膝の下までを氷漬けにされた。足を地面に固定されて動くことができない。再び空気砲を撃とうとするが、彼女が腕を一振りすると、手まで氷漬けにされてしまった。彼女は、自らが作り出した氷の道の終点にいる男をじっと見つめる。

「確保!」

 彼女が叫ぶと、武装警官達はすぐに喚く男を取り囲んだ。「16時47分、器物損壊罪及び威力業務妨害罪現行犯、逮捕!」と、男はそのまま手袋と手錠を嵌められ、パトカーに数人の警官によって押し込まれた。残りの警官達はイエローテープを回収し、ガラスを撤去し、人々を安全な順路で駅舎へ誘導していく。少し遠回りをして駅裏から入るようにさせているのだろう。ざわめきはすぐに収まって、人々はそれに従って歩き始める。非日常は余韻を残すことなく、日常へ逆戻りしていく。
 飛鳥はというと、人の流れから外れた位置に移動して広場の方を見ていた。広場の真ん中に立つ、彼女を見ていた。彼女の前にはもう、あの氷の脈はない。既に粒子と化してしまって、そこには平らな石畳が広がっている。さっきは地面を穿ったように見えたが、本当は表面を凍らせていただけのようだ。 
 彼女は首や肩を回しながら、ふと飛鳥の方に視線を流した。飛鳥が小さく手を振ると、彼女は頭部を包み隠す黒いヘルメットに手をかけて取った。黒で覆われた肩と背中に、白く長い髪が流れ落ちる。琥珀の目を細めて、彼女は飛鳥の方に歩いてくる。

「凄かったね、姉さん!」
「ありがと、飛鳥」

 彼女——飛鳥の姉、瀬川白鳥せがわしとりは一切照れることなく、白い歯を見せて、その端正な顔に逞しい笑顔を浮かべた。

「飛鳥、怪我してない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「それならよかった! 結構近かったから、破片とか飛んでないか心配でさ」
「姉さんがちゃんと守ってくれたから、僕は平気。それに、怪我するとしたら姉さんの方じゃないか」
「私も平気。ちゃんと今日も無傷よ」
「姉さん、強いからね」
「慣れよ、慣れ」

 そう言って、白鳥はぐっと伸びをする。すると凛々しかった表情は、弟の前であることもあってか、ふっと弛緩した。家のリビングで見せるような顔つき。それでも戦闘服姿は様になっている。飛鳥はそんな姉に微笑み返して、けれど意識は彼女の左胸に向けられていた。
 左胸にある、盾と旭日を模った紋章——府警直属、対《COLOR》犯罪専門戦闘員の紋章に。

「それにしても、こんな時間に駅前にいるなんて珍しいじゃない」
「今日は何の予定もないから、真っ直ぐ帰ろうと思って」
「ほんと真面目ね。たまには遊べばいいのに」
「遊んでる暇なんかないさ」
「そうかなあ」

 暫し考えて、「今度休みが取れたら、どこか連れて行ってあげる」と白鳥は飛鳥の頭をぽんぽんと叩いた。

「たまにはガス抜きも必要ってね……じゃあ、気をつけて帰るのよ。最近は事件の連続発生も増えてるし」
「連続発生?」

 飛鳥は耳に覚えのない言葉に、思わず聞き返す。白鳥は再び、うーんと悩むように腕を組んだ。どれほどまで弟に話していいのか、そのラインの見極めが難しいようだ。 

「なんて言えばいいのかな……1人を逮捕した直後に、その近辺で、一般人が襲われることが増えたのよ。まあそうは言っても、頻発してるわけじゃないけどね。でも、こんな変なこと今までにはなかったから」

 それは、飛鳥の知らないことだった。しかし思い返してみれば、確かに、新聞の小さな記事に、そのような事件について書かれているのを読んだことがあるかもしれない。 

「最近、特に物騒だし、気をつけておいて損はないから」
「うん、分かった。姉さんは、今日も遅いんだよね」
「多分そうなると思う。晩ご飯、残しといて」
「了解。じゃあ姉さんも気をつけて」

 白鳥はばいばい、と手を振って踵を返した。歩きながら、ウエストの辺りまで伸びた長髪を器用に仕舞って、ヘルメットを被った。そういえば姉の移動手段はバイクだったな、と何となく思う。戦う姉も、バイクに乗る姉も、どちらもかっこいい。 
 白鳥の背中を見送った飛鳥も駅舎へ向かう。風穴の空いた窓ガラスは、風景の中でやはり異質なものだった。けれどそれが異質だと思えるのは、道も、人も、駅以外の建物も、日常の姿をなしているからだ——いや、違う。異質なものが、もう1つ。
 飛鳥の目は、駅のすぐ近くの、建物と建物の間に釘付けになった。正確に言えば、そこに走りこんでいく1人の少女に。長い三つ編みを耳の下で輪っかにしたような、変わった髪形の少女だった。そして、特徴的な台形のセーラーカラーが、彼女が自分と同じ高校に通う生徒であることを示していた。
 建物の隙間は暗く、真っ黒だ。女子生徒の小さな背中は、一瞬で長方形の闇にかき消されて見えなくなった。だから、彼女が焦っていたのかどうかは分からない。彼女の傍らで、せわしなく揺れる通学鞄がなぜか脳に焼きついた。
 飛鳥の脳内で、街の喧騒がフェードアウトしていく。代わりに、姉の言葉が頭蓋骨に響く。
 逮捕した直後に、その近辺で、一般人が襲われる、と。
 歩行者用信号機が青に変わる音が聞こえて、飛鳥は迷わず少女の後を追うように走り出した。

NEXT>>6

Re: アスカレッド ( No.5 )
日時: 2018/04/25 22:47
名前: 荏原 ◆vAdZgoO6.Y (ID: 2rTFGput)

こんばんわ、荏原です。
小説用イラスト掲示板から素敵な絵だなと思って飛んできたのでが、内容もいいとはこれはもう最高ですね!
アスカ君視点で進む一人称?小説だと思うのですが、ホの字なのか!?と勘違いしてしまいそうな潮田さんや、力を隠しているのか染めている青田君。更にアスカ君の姉のシトリさんはクールビューティ—な感じがして、彼女の戦闘シーンを間近で見られる彼が少しうらやましく思います。
 定期更新やイラスト投降を両立するのは大変だとは思いますが、楽しみにしています。

1−4 ( No.6 )
日時: 2018/05/04 11:03
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: mNBn7X7Y)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=913.png

1−4

 狭く見えた隙間は意外と幅があり、建物の裏手の空間に繋がっていた。コンクリートの地面と壁に囲まれたそこで、さっきの少女と男が対峙していた。と言っても、少女は尻餅をついて男を見上げている状態だ。男は少女を見下ろしながらにじり寄っている。上手く立ち上がれないのだろうか、少女は座り込んだ態勢のまま何とか退こうとしているようだった。
 待て、と、2人の距離が近くなってしまう前に、飛鳥はその間に割って入った。男の前進が止まり、低い声が聞こえた。不快感を孕んだ声。飛鳥は鞄を投げ捨て、少女を背に、男の方へ傘の切っ先を向けそいつを見据える。その男もまた、駅で暴れていた奴と同じようにパーカーのフードを目深に被っていた。顔面を見ることはできないが、その口が舌打ちをするのだけは見えた。

「なんだお前、退け」

 飛鳥は、存外その声が若いことに気が付いた。自分たちとそれほど変わらない年齢、おそらく少し上くらいだ。
 男は一度は動きを止めたが、眼前の少年を威嚇するように、大股で彼に迫り始めた。飛鳥は黙ったまま、琥珀の目で男を睨みつける。何か言って逆上させてしまったら、返り討ちに遭うかもしれない。別にそいつを倒す必要はない。一撃食らわせて、その隙に少女を逃がして自分も逃げるだけでいい。
 手の平に汗が滲む感覚。肌が熱を帯びていくようだ。傘の柄の形を覚えるように、飛鳥は一層強く握り締める。やがて、傘の切っ先が、迫ってきた男の胸の真ん中に当たった。男は再び止まった。しかし、次の瞬間にその口が開いた。

「お前らが正しいと思うなよ!!」

 突然の大きな声が、飛鳥の内耳を貫く。お前らって何だ、と思う間もなく、男はまた叫んだ。

「お前らが全て正しいと思うな!! いずれ、我々が覇権を握る。我々が正となるのだ! これからの時代にお前たちはいない!」

 男は唾を飛ばしながら不気味な言葉を続ける。その意味不明な日本語の濁流に、飛鳥は当惑した。傘を握る力こそ緩めなかったが、男を真っ直ぐに捉えていた瞳孔は揺らぎ、その時、彼の上着が所々切り裂かれたみたいに破れているのが見えた。
 長い絶叫が終わり、男はひゅっと渇いた息を吸い込んだ。視界の端で、男の腕が動く。今だ——飛鳥は傘を思い切り突き出した。男の上体が向こうに倒れていく。尚もこちらに向けてこようとする腕を、今度は横薙ぎに、傘で強かに打った。

「逃げろ!」

 背後の少女にそう叫ぶ。少女は一瞬、びくりと肩を震わせた。けれどすぐに、躓きそうになりながらも飛鳥が来た道の方へ走り出した。彼女が横を駆け抜けていくとき、一度だけ目が合った。橙色をはめ込んだような両眼。それはすぐに逸らされて、彼女はそのまま走っていった。
 飛鳥も男が地面に倒れているのを認めて走り出す。だが刹那、彼の身体はコンクリートに叩きつけられた。受け身すらとれず、強い衝撃と痛みが背中に走る。しゅるしゅると、植物の蔦のようなものが飛鳥の襟元から抜けていった。あの蔦で引き倒されたのだろう。2本の蔦は空中で鎌首をもたげて、その根元は男の袖口の奥に繋がっている。ああ、《COLOR》だ。
 勿論、飛鳥はそのことだって考慮していた。けれども、体格のいい男子高校生を、それも一瞬で引き倒す程の力があるとは思っていなかったのだ。
 大抵の《COLOR》にそれくらいの力はない。いや、それ程の力を『発動することはできない』のだ。

 ——Characters Of Linked ORigine
 ——つまり、原初にまつわる性質。

 《COLOR》は人間の潜在能力で、所謂火事場の馬鹿力と同種であると考えられている。危機的状況に陥った時の、人間の120パーセントの力なのだ。逆に言えば、火事場の馬鹿力を常に発動することはできないし、自分の意志で発動することもできない。
 だから、大抵の人間の《COLOR》の力は抑制されていて、せいぜい日常の中で小物を動かせる程度だし、力の出力を調節することもできない。物を破壊したり、相手を組み伏せたり、戦闘不能にしたり——高火力を自由自在に操れるのは、本当に、本当に限られた極一部の人間だけだ。それ以外の人間が無理に力を使おうとすれば、制御できず暴走してしまう。
 正確に飛鳥を地面に伏せさせ、蔦を宙で静止させることもできる。男は予想よりずっと手強く、身体を起こそうとした飛鳥を、初動無しでアスファルトに押さえつけた。肩を強く打ち、飛鳥の手から傘が離れる。しまった、と思うのと同時、蔦が首筋を辿り、巻き付いた。
 乾いた感触、温かみのない、細くて長いもの。それが気管を締め付けようとしている。
 今すぐ蔦を引き千切らなければいけない、なのに身体はちっとも動かなかった。ただ嫌な汗が汗腺から溢れて、喉は一瞬で水分を失った。
 ざらついたコンクリートの感触が、10年前の夏の日の、あのざらついたシートの感触とそっくりだった。生温い空気の中、息もできず、ただ闇に飲まれていくばかりだったあの時。
 気が付けば息をしていなかった。蔦が飛鳥の首に食い込む。開いた口からは残りの息と喘ぎが漏れるだけで、酸素が全く入ってこない。指先が痺れる。視界が歪む。そして、端から黒に侵食されていく。
 あの時はヒーローが助けに来てくれた。あか色のヒーロー。
 目の前はもう真っ暗だった。あか色が真ん中に見えた気がしたが、すぐにぼやけて消えてしまった。縋る為に手を伸ばすことも叶わない。飛鳥の意識は、重くなる身体と共に、海の底に沈んでいくだけだった。

 しかし、次の瞬間、闇を光が裂いた。
 解放された気管に一気に酸素が流れ込む。吸いすぎた息で噎せ返りながら、飛鳥は混乱していた。横たわる飛鳥の眼前に誰かが立っている。滲む景色の中で、それが誰かは分からなかった。ただその人は、男と飛鳥の間に立っていた。男はずぶ濡れで、先程より飛鳥から離れた位置に、先程とは違う格好で伏して、その人を憎らしげに見上げていた。だから飛鳥は、その人が男に何かしたのだろうと思った。
 
「動くなよ。次動いたら、今度は顔面に撃つ」

 水滴がひとつ、落ちて消えた。その人の右手の人差し指から、青い光を湛えた水が滴り落ちていた。
 動くな、と言われた男は確かに動かなかった。だが瞬間、絡み合い1本の槍のようになった蔦が、その人を貫——パチン、と指を鳴らす音。水刃が、槍を一刀両断した。それだけじゃない。飛鳥は自分の顔に水が降りかかるのを感じた。見れば、自分の真上で、円形の断面を露わにした2本の蔦がそこにあった。男はもう片方の腕からも《COLOR》を発動して、大きく弧を描いて飛鳥を狙ったらしい。だが、突然現れた何者かはそれを看破した。蔦はすべて、完全に粒子となって散った。
 男が絶望的な表情をする前で、まったく動かずに立っている『その人』。黒いスラックスに白い半袖のシャツ。袖口にラインが入ったデザインのそれは、飛鳥の通う高校の制服だ。そして、短く切られた黒い髪が目に入った。

「動くなって言っただろ」

 低くて、若くて、聞き覚えのある声が響く。『その人』は濡れた掌を、男の方に向けた。

「……水、島」

 どうしてその時、水島青太の名を呼んでしまったのか、飛鳥は自分でも訳が分からなかった。青太が一瞬振り向いた。青太に隙ができて、男はチャンスとばかりに立ち上がって走り出した。「おい!」と青太は声を荒げたが、結局追いかけることはなかった。
 ただ、2人と沈黙だけが残った。
 飛鳥は上体を起こした。肩と背中が痛んだが、それよりもずきずきと痛みを訴えているものがある。
 瀬川、と青太が膝をついて飛鳥に目線を合わせる。首、大丈夫か。その言葉に、飛鳥は、大丈夫だと掠れた弱い声で答えた。本当はまだあの感触が残っていたし、10年前の紐までもが、まだ巻き付いているような気さえする。指先で触り、もう首には危険なものは何もないと分かったとしても、だ。
 ふと、首に水が触れた。

「触るなッ」

 青太の手を払うのに、躊躇いはなかった。青太は何も言わず、静かに自分の手を下ろした。

「……冷やさないと、痕になるかと思って」
「そんなの、自分でどうにかできる」
「うん、そうだよな……ごめん」
「《COLOR》、持ってたのか。やっぱり」
 
 うん、と、肯定する声。飛鳥はコンクリートの上で、自分の手を握った。痛いほど強く握った。けれど自分の手の中には、握り締める以外の感触はない。
 青太はやがて立ち上がって、立てるか、と飛鳥に手を差し出した。飛鳥は言葉では答えたが、やはり相手の手を取ることはなく、ひとりで立った。

「……どうして、こんな奥まった所に来たんだい」
「偶然、瀬川がここに入っていくのが見えてさ。行き止まりなのに変だなって思ってしばらく見てたら、同じところから女の子が走って出てきたから、何かあったのかと思って」
「そういえば、あの子は」

 落とした傘と鞄を拾いながら尋ねると、青太は柔く、それでいてぎこちなく微笑んだ。

「ああ。あの子なら大丈夫だろ」
「それならよかった」
「瀬川」

 そこから急いで立ち去ろうとしていた飛鳥を、彼は止めた。飛鳥は振り返らずに、顔を少しだけ動かした。青太の声が反響する。

「もう、こんなことするなよ」
「こんなことって」
「1人で《COLOR》所有者を相手にしようとするの、絶対に次はするな」

 君には関係ない、と飛鳥が言うより早く、青太は言葉を続けた。最近は事件が増えているから、何をするか分からない《COLOR》所有者が増えているから、危険だから、絶対に関わるな。その言葉の1つ1つが正しくて、そして首が絞められていくようだった。何よりそれを言っているのが、姉でもなく、友人でもなく、『水島青太』だという事実が、苦しくて、悔しくて堪らない。だって、僕は。

「……どうして、そんなこと言ってくるんだ」
「だって、お前は——『無色(colorless)』だろ」

 微かに、息が止まる音がした。

NEXT>>8

Re: アスカレッド ( No.7 )
日時: 2018/04/27 10:13
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6 (ID: iuL7JTm0)

>>5 荏原さん

 コメントありがとうございます!(号泣)
 まだまだ、他の方に比べて小説を書くことに関して未熟なので、イラストではいいものを描こうと思っております! なのでお褒めいただき、とてもうれしいです!
 これからやっと本編が始まります。たぶん、面白くなると思います。カキコ内の他のすてきな作品ともコラボさせていただこうと考えているので、引き続き読んでいただければ、とてもうれしく思います!


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