複雑・ファジー小説
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- ヒノクニ
- 日時: 2021/01/09 17:58
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
神は滅び征くもの。
人は死に絶えるもの。
——……それは、どんな時も。
どんな経路を行こうとも、結末は変わらない。
『ヒノクニ 歴史文学■■■■■■ 著者:■■■ 』
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序章>>01 登場人物/設定>>03
壱話 「繰り返し」>>02>>4>>5>>6>>7>>8
弐話 「毒も食わば皿まで食え」>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24
参話 「それでもあなたは甲虫」>>25>>26>>27>>28
肆話 「嗚呼、愛しき日々だった」>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42
閑話「とある皇帝の独白」>>43
- Re: ヒノクニ ( No.40 )
- 日時: 2020/12/12 20:54
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「なあ」
人気が全くない海岸。その場所は鵜宮が住んでいた森を少し先に進んだところにある――厳しい環境の海である。
引き締まった肉体、長身、がっしりした体格を持つ男。夜空の様な短い黒い髪が風になびく。二重のまぶたに挑発的な笑みを常に浮かべる男は隣に立つ燠を見下ろす。
燠自身も身長が低いというわけではない。男――蕪世が大きいのだ。
蕪世の問いかけに反応するのことが無い燠だが、続けて言葉を発する。
「何で鵜宮全員皆殺しにしなかった?」
「お前こそなぜ皆殺しにした? 無駄な時間だ。そのせいで皇帝の犬どもと一戦交える羽目になった。奴らに余計な情報を与えてんじゃねぇよ」
少し、いらいらしたように燠は目線を前に向けたまま言い放つ。
とげとげしい態度、あるいは無視されるかと思っていたので、蕪世はそんな燠に心底面白いと言わんばかりにくつくつと底意地の悪い笑みを浮かべる。
「それこそ俺は余計な情報が行き渡らないようにしたんだよ。万が一鵜宮が逃げて皇帝に報告なんぞしてみろ。奴ら血眼になって俺ら探して処刑するぜ。まあ、お前も殺さなかったせいと……、思ったより皇帝の犬どもが狂ってやがったとこだな。その流れになってきちまったけどよ」
「俺達の顔はもう割れてるよ」
「だろうな」
手慣れた流麗な動作で短刀を弄ぶ蕪世。
「つーかよ」と、低い声音でじっと彼は燠の顔を見る。
「俺の雇い主は何をお考えかね。こんな死にぞこないの王冠なんぞ手に入れて死んだ神の蘇生だの抜かしてるが――。そんなんして何になる。金になるわけじゃねえ。宗教でも作って教祖様にでもなるおつもりか?」
「知るか。それこそ俺の知ったこっちゃない。他国の王なぞ興味ないね」
「ふーん」と蕪世は興味無さそうに海岸を見渡す。
全く人の気配を感じず、大きくため息をついてどっかりと砂辺に座り込む。手入れされていない海岸なため、小石やガラスがちくちくした。
「つーか、帝国の下僕共はいつ来んだ? いつまでも王冠なんぞ持ってたら見つかるっての」
「――……いつ?」
その言葉にどこかぼんやりしていた燠ははっと目を見開く。
燠の様子に何か察したのか蕪世は「へえ」と一声を発する。
その瞬間、彼らの目の前に何かが勢いよく落ちてくる。あまりの衝撃に砂埃が周囲を舞う。
蕪世は持っていた短刀で見えない視界を文字通り「切り開いた」。
「――……見つけた」
目の前にいたのは、成葉と慶司。
お互い見据えるような状況だ。燠は一歩踏み出し、苦々しそうに口を開いた。
「帝国の遣いは」
「それなら海にいたから沈めたけど」
正確にはおっかない人がね。そう言い続ける成葉に蕪世は「まじか」と口を小さく開けた。
- Re: ヒノクニ ( No.41 )
- 日時: 2020/12/22 19:45
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「まじか」
「まじだよ」
そう言うと、成葉は燠に向かって何とか棒を向ける。その瞬間、目にも止まらぬ勢いで長く伸び――燠は遥か後方へ吹っ飛ばされた。
成葉は目線を慶司に向けると何とか棒に片足をかける。
「雪ちゃん、そいつ任せるから!」
「とっとと行け」
「雪ちゃんこそとっとと倒してよね! ……縮め!」
成葉は何とか棒に命ずると、それに応えるように燠が飛んで言った方角へ縮む――いや、戻っていった。
分断されたにもかかわらず動じない蕪世。
首を小さく傾げて慶司を見る。
「真眼持ちのガキか。でもよかったのか? あのチビガキと2人掛かりでやんなくて。少なくとも瞬殺されることはなかったぜ? なぁ、ヒノクニの最強さんよ」
「てめぇこそよかったのかよ。燠とかいう奴すぐには戻ってこれねぇぞ。うちの妹が潰すからな」
「怖い話じゃねぇか、それ。けどよ」
ひゅ、と空を裂くような音がしたのと同時に――、蕪世は不敵の笑みを浮かべ次の瞬間には慶司の背後を取っていた。
流れるような素早い動作で短刀を取り出し、
「何もかも俺1人で充分なんだよ。最強でも皇帝でも殺すのはな」
(……早い)
そのまま、慶司の心臓を突き刺そうとした。しかし、慶司は下方へしゃがみこみ、そのまま蕪世の足を蹴りで薙ぎ払う。
その動作を呼んでいた蕪世は後方へ飛び、攻撃を回避した。
「憂いの王冠を返しやがれ」
「やだね」
蕪世の問いに鋭い眼差しで慶司は睨み付ける。
どこまでも舐め腐っていて、どこまでも底知れぬ強さ、雰囲気。だからこそ目の前のこの男が気に入らなかった。
蕪世は、腰元の鞘から剣を取り出す。刀とは違い、大ぶりの――……直撃したら腕一本は確実に斬りおとされる。
「大金積まれてんだ。死んでも渡さねぇ」
「死んでも返せ」
お互い、正面から攻撃を仕掛ける。蕪世は剣を上から振り下ろす。
慶司は――「視た」。己の真眼で、斬撃の急所――いわば「攻撃を掻い潜り、敵に一撃を与える部位」を。
かといって戦闘慣れしているこの男ではただ「視る」だけでは攻撃を防がれて終わり。
だから――……。
「は?」
『敢えて、奴の攻撃を受け止めた』。とはいっても馬鹿正直に受け止めたら流石の慶司も死を免れない。
だから脳天を突き刺されるところを、ぎりぎり寸前、額の切り傷程度にとどめ――、蕪世の剣を持っている腕を確実に自らの手で固定し、そのまま頭突きした。
海岸中に響き渡る鈍くて低い衝撃音。
「……くっ……。そ、がぁ……っ」
「クソガキの頭はもっと固てぇぞ」
慶司の言葉に、今まで笑みしか浮かべなかった蕪世は初めて額から流血しながら睨み付けた。
そんな彼に、慶司は左親指を下に向けながらはっきりと言い放つ。
- Re: ヒノクニ ( No.42 )
- 日時: 2021/01/01 20:23
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
この世全ての人間を持っても3人しかいない「真眼」持ち。
しかも目の前の最強は両目とも違う護法の力を併せ持つ、正真正銘の天賦の才能。
それに加えて体術も達人の領域、性格も隙が無いと見える。
だから、何だ。
だから、どうしたというのだ。
「殺す」
男――、蕪世は先程の軽薄な笑みを消す。
殺戮者、暗殺者。それとも殺人鬼、傭兵か。
幾多の名称でそう呼ばれてきたが、彼にとっては心底どうでもいいことだ。
そう――どうでもいいのだ。
(……コイツ、雰囲気が)
慶司は肌でそれを感じ取った。本気の殺意というものを。
なかなか出せるものではない。改めてこの男の異常さを察していた。
だが、それ以上に感じたことは。
「テメェ、護法は使わねぇのか?」
「使わねぇよ、そんなん」
目にも止まらぬ速さ。それは先程もであったが、さらに速い。
正直言うと、比較にならない。蕪世はいつの間にか慶司の目の前にいた。
にた、と気味悪く微笑むとそのまま流麗な捌きで慶司の右胸から左わき腹にかけて斬りつけた。
「――っ!」
「へぇ、その真眼邪魔だな。『致命傷を避ける道筋』の真実も見抜くのか」
その年齢(とし)で使いこなせるとか恐れ入ったわー。心底つまらなそうに言う蕪世。
慶司は傷口を抑える。しかし、致命傷ではないとはいえ、攻撃や防御をするときに支障は出るし――、なにより出血量が多い。
慶司は男を睨む。
「なるほどな。お前、護法の力が「全く」無いんだな。ある意味希少だ。お上なら喜んで実験材料にしてたろうぜ」
「ああ。だから俺は鍛えるしかなかったんだよ」
そのまま蕪世は慶司の腹部を狙って蹴り飛ばす。
しかし、その動きを読んでいた慶司は右腕で叩き落とすように防御した。
蕪世は後ろに後ずさって、天を仰いだ。
「――……お前、あの王冠(ガラクタ)返して欲しいんだろ。俺はいいぜ、別に。任務だけの話だから、俺個人の感情としてはどうでもいい。特に支障は無さそうだから言っておくが、雇い主の目的は『神を降臨させて恵まれた世界にする』ことだとよ。この王冠はその一部」
「何で俺にそれを話す」
「雇い主(あいつ)は本気だぜ。全知全能、万物万象の神の降臨だ。貧困も、差別も恐怖も争いも離別も――……、悲しみも邪悪も一切合切排除した『恵まれた世界』を作ろうってんのに、お前ら何で俺らを止めるんだ?」
心底不思議そうに、心底どうでもよさそうに。
蕪世はそう言った。「まあ、俺はそんな世界これっぽちも興味ねぇが大金積まれたからやるだけだけど」と短く告げる。
「んな馬鹿げた話誰が信じる。そんなのはな、都合のいい御伽噺だってんだ」
「何でもいいじゃねぇか。どうせお前死ぬんだし」
今度は足に巻き付けていたしめ縄を片手に持つ蕪世。
そしてそのまま、慶司目掛けて一直線に襲い掛かった。
- Re: ヒノクニ ( No.43 )
- 日時: 2021/01/09 17:57
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
俺は人の上に立つものとしてこの世に生まれた。
そのために人を捨てた。支配するために己を磨き、仙人の中の仙人――神仙になった。
だが特にそれを誇りとは思わない。当然のことだ。
人間である家族などただの付属品、支配するためにたまたまそこにいた通行人だった。
だから特に何とも思わなかった。
病魔に侵され、為す術もなく死んだ家族の最後の日ですら俺は何も感じなかった。
昔から言われ続けてきた言葉――「この国の皇帝であれ。俗世に堕ちるな。この国を支配する仙人で有れ」。それだけだった。
有益なものは使い、無益な物は殺す。
人で有れ者で有れ何で有れー―……。
ヒノクニは酷い有様であった。
民は常に飢え、気紛れ程度の存在でありながら確実に人間を弄び殺す神々。
病魔や格差、貧困や人身販売……、理不尽な暴力。
だがそれを俺はヒノクニの皇帝になってからは全て解消した。
飢えるにならば俺の力で食糧を作り出せばいい。
神がいるのであれば殺せばいい。
病魔があるのなら薬を生み出し、貧困が、格差があるのなら――俺以外の貴族を排し、俺だけが頂点にあればいい。
俺がいなければどうせこの国は行き届かない。運営する。
人身売買も、暴力も――……俺が関与すればちっぽけなものなのだから上から踏みつぶしてしまえばいい。
運営し、創り上げ、支配する――……。
なんてことない、世界だ。国なのだ。
民が望むものは与えればいい、使えばいい。
この国の脅威は消してしまうのだ。
俺に尽くして、尽くされる。それが国としての在り方。
必要無くなれば棄てればいい。民も、俺も。全て。それが世界の在り方だ。
――……民は、それにすら気が付かない。
理も、あるべき姿も。ただただ俺を称えて食って、寝て、馬車馬の如く働いて。
そのように生きて死ぬ。それだけだ。それでいい。
何もできない、何も知らない民はそれでいい。
全て俺が管理する。
知らなくていい。
そんな皇帝生活を始めて2000年ほどたった。
時代とともに変わった。
国の文化も技術も進歩した。俺が指示して作らせた。
世界も、人も今日も廻る。そう思っていた時に、
「我が皇帝。差し出がましいようで誠に申し訳ないのですが……。そろそろ皇妃様を迎えられることもお考えになられては如何でしょうか?」
「…………ほう」
名も知れぬ我が宮城(きゅうじょう)の文官が俺の顔色を窺うようにそう言った。
最近人間どもが、世継ぎだの皇妃だのと騒ぎ立てていることは知っていた。
それも500年ほど前から。だが俺は、仙人は――寿命の定義は無いに等しい。
人間よりもはるかに何でもできるし長生きだ。
知っているはずなのに、それを言うということは何か企んでいるのか――……。まあ、そうだとしても俺の前では塵に等しい空想に過ぎない。
――……だが。
「考えておこう。もうお前は下がれ」
「あ、有難いお言葉です皇帝! では早速、教養と美貌を兼ね備えた女を用意致しますゆえ……!」
だが、いちいち囀られ続けるのもうるさくて構わん。
何、少し顔を合わせて全て断ればいい。それだけだ。単純な思考の男は満面の笑みで出ていった。
「下らんな」
何もかも、この一言にすぎる。
なぜ人は愚かなのだろう。
女と酒に溺れ。
金に目が眩み、破滅し。
大切な人さえも踏みにじって、淡い煙の様な地位を欲する。
人というものは、ただただ下らない。
※
「暫く留守にする」
「いってらっしゃいませ。我が皇帝」
門番に一言告げ、俺は足早に宮城を出る。
俺は時々、城を出る。本に出てくるようなお忍びなどではない。
この国に異常がないか――この目で直で見て確認する。これは部下――ましてや、人間には任せられない仕事だ。
このことを一度部下に言ったら難色を付けられた時期もあったが、無視をしたらいつの間にかそんなこともなくなった。
行き場所はヒノクニ最奥の森。
獣が多く、人間が滅多に近寄らぬ場所だ。
人間が行き着くだけでも体力的にも苦労する場所だが――俺は仙人故、その様なことは障害にすらならない。
森は些細なことで穢れやすい。だから定期的に様子を見ている。
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺が足を踏み入れた瞬間、獣の雄たけびが聞こえた。
びりびりと空気が痺れる。この気配、ただの獣ではない。
これは、これは――……。
「わたあめ? どうしたの? 何かいたの? 落ち着いて――」
勢いのある足音と同時に女の声も聞こえた。
それに気を取られた一瞬だ。一瞬だった。
瞬く間に表れたのは大きく――最低でも普通の牡牛の2倍はあると思われる白い体躯を持つ、牡牛。この目で見てはっきりとわかった。
- Re: ヒノクニ ( No.44 )
- 日時: 2021/01/19 19:58
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
※先週のは番外編でした。今回のは先々週の続きです。
―――
慶司も、迎撃しようと走り出す。
びゅ、と空を切るような音がする。蕪世は片手に持っていた鎖を慶司目掛けてブン投げる――が、それは彼にあたることなくどこかへと飛び去っていく。
(――外した? こんな切迫した場面で?)
ちらりと一瞬目線だけ、鎖が飛んでいった後方へ送る。
しかし、その瞬間見当違いの方角へ飛んでいったはずの鎖が返ってくる。否。自ら意思を持つかの如く、支点にするかのように木々にまとわりつき、最終的には慶司の体に巻き付いた。
ただ、巻き付いただけなら対策があった。
しかし、今の慶司は処刑寸前の死刑囚のように、行動できないほど拘束されている。
(くそ、ただの鎖じゃねぇな。これは……)
「まずはその目だ」
ひゅっと蕪世は剣で慶司の両目を横一線に切り裂こうとする。
しかし、これで負けないのが雪丸慶司。最強の男なのである。
彼はこのような状況でも臆することなく剣が襲い掛かる前に、蕪世の剣を噛み砕く。
粉々になった剣を見て、蕪世は目を見開いた。
「……化け物かよ」
「動けねぇ。おいこれどうすんだ」
「言うと思ったのかよ。言うわけねぇだろ」
平然と言い放つ慶司。口内に剣の破片があったのか、何回かぺっと吐き出していた。
そんな彼に蕪世は大きくため息をついた。
かといって、攻撃の手は休めない。今度は短刀を取り出し、慶司に襲い掛かろうとした――……。しかし。
次の瞬間、炎の様な、泥の様なものが大量に地を這い出てきたのだ。
「!」
反射的に、蕪世は大きく飛び上がり、木の上に乗る。
本能で判断した。その泥は大層危険だと――……。
慶司は宙ぶらりんの状態なので無事であったが、泥の通った場所はもれなく蒸発、あるいは溶け消えていく。
しかし、気になるところはそこではない。
一番の気がかりは、その泥が流れ出てきた場所が「成葉と燠が飛んでいった方角」なのだ。
「燠……?」
「はは、はははは」
泥の奥からゆっくりと歩きだしている人物。
茶髪のお団子頭、赤い半纏、何とか棒。それを象徴するは宙ぶらりんの妹、雪丸成葉。
の、はずだ。そのはずだ。
しかし、おかしい。様子も、雰囲気もおかしい。
空色の瞳が今は鮮血のように真っ赤で――いつもの明るい笑みではなく、どす黒い邪悪の様な、そんな悪意に満ちた笑みを浮かべている。
そんな彼女が――こちらへゆっくり歩み寄る。
「おい」
成葉の視界に2人が入ったようだ――、地を這うような低い声でそう呼び掛けた。
「此処は――……地上か?」
「……は?」
そう問うている。
思わず蕪世は素っ頓狂な声を出す。しかし、成葉はそんな彼のことなど露知らず、天を仰いだ。
「成程。そういうことか。ここは地上だな。地獄ではない――……やはり何千年と地獄から出ていないとどこかに行ってもわかりゃしない」
「何言って……おい、クソガキ」
「まあいい」
慶司の言葉に反応することなく、成葉は手を前に突き出した。
「地上の一切合切を焼き払えば皇帝も出てくるだろうよ。そうだ、そうだった。ここは皇帝の国だ。多少壊しても問題なかろうよ」
今度は、津波を呼び出した。
しかもただの津波ではない――、先ほどの泥の津波だ。
逃げ場などない。蕪世も慶司も思わず息をのむ。
そんな2人にただただ目の前の「異形」は高らかに、凄惨に笑うのだった。