複雑・ファジー小説

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ヒノクニ
日時: 2021/01/09 17:58
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

 神は滅び征くもの。
 人は死に絶えるもの。


——……それは、どんな時も。

 
 どんな経路を行こうとも、結末は変わらない。



『ヒノクニ 歴史文学■■■■■■ 著者:■■■ 』





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序章>>01 登場人物/設定>>03
壱話 「繰り返し」>>02>>4>>5>>6>>7>>8
弐話 「毒も食わば皿まで食え」>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24
参話 「それでもあなたは甲虫」>>25>>26>>27>>28
肆話 「嗚呼、愛しき日々だった」>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42

閑話「とある皇帝の独白」>>43

Re: ヒノクニ ( No.30 )
日時: 2020/09/22 21:13
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「玉露——……、いや、皇妃様に……?」
「ああ。あのお方には以前、森を救っていただいたことがあるのだ。だから今回もお話しだけでもと——」
「我が母玉露は数年前に亡くなった」

 懐かしそうに話す明松を一刀両断するように、繋は強く言い放った。きっと、此処で誤魔化しても意味が無いと思ったからだろう。
 その瞬間、今まで強気で気丈な態度で話していた明松の大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れだす。

「嘘だ! 嘘だ、あのお方が死ぬはずないだろうこの嘘吐き! 第一、あのお方に子供がいるなどと聞いてはいない! 年齢を換算したとしてもだ! 人間でもまだ生きている歳じゃないか! 田舎者だと馬鹿にするな!」
「……本当だよ……。数年前、この出雲で酷い事件があった。その時に、亡くなられた」

 嗚呼、言いたくない。どうしても弱くて情けない昔を思い出す。特に、玉露様が亡くなられたあの日は。どうしても。
 わたしの言葉がダメ押しになったのか、明松は涙が止まらないながらも少しずつ理解してきたのか怒鳴ることを止めていた。

「……済まない……。森の奥にいるとどうしても世間との情報に誤差が生まれてしまうのだ……。情けない姿を見せた……。でも、でも……。玉露様が……亡くなってしまったなんて。どうしていつもいつも……ただでさえすぐに消えてしまう人間が、それも優しい人間はすぐに死んでしまうのかなぁ……」
「……それは」

 ぼやくような、諦めたかのような。悲し気に俯く彼女に、わたしと繋は何も言い返せる言葉は無かった。
 きっと、玉露様は上様と結婚する前、各地を旅していたと言っていたから。その道中で玉露様は明松達の大切な森の海を救ったのだろう。
 しくしくと泣き続けていた明松だったが、乱暴に着物の裾で涙をぬぐうと、翼を広げ、

「悪かった。もう玉露様がいない今、もうこの街には用はない。……これも天からの忠言かもしれぬな。己らの問題は己らで解決せよと」
「待って! 確かに玉露様はもういないけど事情によってはわたしたち明松たちを助けられるかもしれない! わたしたちこれでも——」
「ありがとう。けど、いいんだ。……これ以上死者を出したくないんだ。さらば!」

 そう言って羽ばたかせる音を響かせながら彼女はその場から飛び去って行った。
 その姿をわたしたちは黙って見送った。
 死者、って言ったよねさっき……。

「……よかったのかな。あのまま見送って」
「確かに正直、気になりはするけどな。するんだが……あの森は俺達には入れない」
「……? どうして?」
「それは……」






「佐々良(ささら)! ……貴様ぁ! よくも仲間を!!」
「あ? うるせぇな、仕事だよ仕事」

 場所は変わって、鵜宮住まう森の海。緑と青が共存している神秘的な湖には似合わぬ赤が当たりを塗りなおしていた。
 その赤は——血。鵜宮たちの死体からとめどなく溢れ出す血液。
 死体の中央には簡易な服装の——切れ長の底知れぬような瞳に、顔の傷が特徴的な背丈のある偉丈夫が目の前の鵜宮を嗤いながら立っている。

「ああああああああああああああっ!!」

 怒り狂った鵜宮の1人が男に刀で斬りかかる。しかし、それを自らが持っていた短刀で軽く受け止めるとそのまま流れるような身軽な動作で鵜宮を斬り捨てた。
 鵜宮は倒れると、もう二度と起き上がることは無かった。
 その男の圧倒的な戦闘能力に鵜宮は震えながら、

「お、お前……どうやってこの森に……! この湖は僕たち鵜宮か悪意の無い異形しか入れないはずだ! なのに、人間が、『護法の力』がある人間がどうしてここへ辿り着いたんだ!」

 その問いに、少し面食らった男は一瞬目を丸くしたが、再び口元に弧を描く。
 肩を鳴らしながら一歩ずつ歩き出し、

「それはお前らのいう『護法を使える人間、護法を生まれつき持ってる奴ら』の話だろうが。けどな。俺は護法なんざもっていねえ。そこらへんにいるようなガキでも、誰でも生まれた時から潜在的に持ってる微小な護法ですら俺にはねえ」

 男は腰元の刀を鞘から抜く。そして「だから」と言葉をつづけた。

「何の力でこの湖隠してるかは知らねえが俺にしたら筒抜けってわけだ。頂くぜ、『憂いの王冠』」

 容赦なく、男は鵜宮の胸元に刀を突き刺した。
 鵜宮は恨みがこもった視線で彼を見上げる。

「まさか……お前、暗殺者の……! 蕪世(かぶせ)か……!!」
「へぇ、こんな情報がなさそうな辺鄙な場所でも俺の名ぐらいは知ってるってか。しばらく活動してなかったのにな。でもまあこれ以上おしゃべりする気はねぇ。じゃあな」

 男——蕪世は鵜宮の頭を踏み砕く。
 蕪世は湖の中へ飛び込むと、そのまま沈んでいった。

Re: ヒノクニ ( No.31 )
日時: 2020/09/28 19:01
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「う~ん……」
「どうしたの? 成葉。唸ってても書類は終わらないよ!」

 次の日のお昼時間。いつものように山積みになった書類を端においてわたしは唸っていた。そうなっている原因はやはり昨日の事。どうしても何か引っかかるような……。
 そんなわたしをおかずにするように、銀星はおにぎりを頬張りながら満面の笑みで刃物のような一言を言い放った。
 そうだけど、そうだけど!

「昨日の事だろ? 成」
「繋?」

 こんなわたしを見兼ねたのか、繋は苦笑しながらわたしの机に歩み寄る。
 もちろん銀星は昨日のことなど知らない。わたしと繋を交互に見ながら首を傾げた。
 そして、わたしの肩を人差し指でつんつん突いた。
 痛い。
 こいつ、可愛い顔して筋肉無駄についてるから突く程度でも痛いんだよ……。針刺されてるみたい。

「ねえねえ、昨日の事ってどういうこと? 何かあった?」
「ああ、実はな……」

 



「そっかー。そうだったんですね。確かに気になりはしますが」

 繋から事情を聞いた銀星は満足そうに笑う。

「鵜宮は謎が多いんだ。出会った人も少ないというし……。昨日出てきたことはよっぽどのことだったんだろう。唯一、俺が知ってることと言えば『うれいの王冠おうかん』のことぐらいだな……」
「憂いの王冠?」
「お宝ですよ。鵜宮の家宝みたいなものです。かつて……千年ぐらい前に神から授けられたものだと言われています。僕は皇帝から聞いただけだけど……」

 繋の言葉に疑問を浮かべるわたしにぼそっと銀星は耳打ちした。
 わたしお宝には興味ないしなぁ。花緒さんなら好きそうだけど。

「そうだ。憂いの王冠は森の海――つまり、湖の奥底に沈むとされていてな。年に一回、つまり人間でいう彼岸の日に湖の水が無くなり、『憂いの王冠』が起きる。そして、森の穢れを浄化するとも言われているんだ」
「いいね。除湿器みたい」
「品が無いね成葉は……」

 わたしの言葉に銀星は苦笑する。
 続けて繋もふっ、と微笑むと続けて、

「でもこれは重要な物なんだよ。自然は命の源。穢れが進めば生き物や、俺達人間だって生きていくことがままならなくなる。綺麗な水やそれを糧に生きている猪や鳥も食べられなくなるしな。だからそれを護る鵜宮は神聖な存在なんだ」
「さっすが繋……。何でも知ってるね」

 わたしがそういうと、少し繋は恥ずかしそうに後頭部をかいた。

「……実はな、ガキだったころ絵本に鵜宮の物語があってな。謎が多くて気高い存在に少しだけ憧れて色々調べたりしてた時期があったんだよ」
「へえ~。意外ですね!」

 屈託のない笑みでにこにこ笑う銀星にますます気まずそうに顔を背けている繋。
 言わなきゃよかったのに……。銀星絶対年末の忘年会あたりで漏らすよ。
 そう、何でもないことを考えていた瞬間だった。
 がん、と鈍く大きな音を立てながら窓を伝って何かが落ちてきていた。

「えっ」

 幸い、わたしたちのいた窓は洗濯物を干すための足場と場所があるため、そのまま地面に直撃とはならなかったが――けれど、窓にはかなりの血が付着していてただ事ではないのはわたしたちはすぐさま把握した。
 繋が勢いよく窓を開けると、そこには昨日であった鵜宮の明松が息を浅く吐きながら地に伏していた。

「か、明松!?」
「す、すまぬ、人の子よ……。昨日、もうここへは来ないと言ったものの……。頼む、助けてくれ……!! このままでは我らどころか森が……死んでしまう……!」

 必死の形相で、明松は血塗れの手でわたしの服を掴む。
 そう言いながら、ガクン、と体から力を失った。

Re: ヒノクニ ( No.32 )
日時: 2020/10/05 18:51
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「何があった。申せ」

 明松の傷口から出る血を止め、医務室の寝台に寝かせるとすぐさま上様がやってきた。
 正直言うと驚いた。上様は基本的に玉座で執務を行っていて――しかも凄むような圧のある雰囲気を出していた。
 丁度、医務室にいたのはわたしだけだった。
 先程まで治療していたのは繋と花緒さんだけだったが、一段落するとわたしが監視という体で交代となったのだ。ついでに銀星は近衛隊としての職務に戻っていった。

「…………」

 ちらりと横目で明松を見るが目を覚ます気配は一向にない。

「実は」

 これで伝わるかどうかは分からないが、わたしは昨日と先程の事をできるだけ詳細に上様に話した。
 粗方話し終えると上様は神妙な面持ちを崩さないまま、

「森が枯れた」

 ただ一言、そう言った。
 森が枯れたって……。話の流れからすると鵜宮の森!? 何で……。

「今朝時点で森の海の傍にいた鵜宮は皆殺しにされた。目的は底に沈む憂いの王冠だろう。その証拠に奪われていた。その時いなかった鵜宮も少数いたらしいが行方知れずだ」
「何っ……で!? どうしてですか、王冠が無くなったからって何で森が枯れて……」
「憂いの王冠は神からの贈り物。かつての神に何百年以上も前に授けられ、森と共にあった。いわば一心同体だ。今まで森に根付いていたものが一瞬で無くなったら対処しきれずに破滅する」

 わたしの問いに上様は淡々と受け答える。
 どかっと空いている椅子に座り込んだ上様はじっとわたしの顔を見る。

「先程慶司たち廻航隊を森へと向かわせた。だからお主は……」
「わたしも行かせてください」
「……ほう」

 わたしの発言に上様は目を細くした。品定めしているかのような眼差しだった。

「枳殻のような非常事態ではない。正直言ってもう何が原因かはもうわかり切っている。粗方、帝国にでも雇われた殺し屋だのそう言った賊が今回の蛮行をした。だから慶司たちを向かわせた。処理するために」
「憂いの王冠はどうなさるのですか? 生き残った鵜宮は?」
「憂いの王冠は賊を始末した後だ。鵜宮たちは事が終わり次第処遇を考える」

 合理的な上様らしい考えだ――……、確かに、それでいいと思うしまだまともな情報が無い今、そうせざるを得ない。
 けど、けれど――……今回ばかりはわたしが考える前に動くべきだった。昨日、無理にでも明松達の事情を聞いていたら――……。

「気を落とすな。お主の所為ではない」
「いや、その……」
「今回の事と玉露のことは関係ない」

 見透かされた、気がした。
 何時もならいつも通りの仕事をする。けれど、昨日明松が皇妃様の話をしたためか胸がざわつく。
 わたしは皇妃様を見殺しにした――あの日と同じになってしまう気がして。

「我は忘れん。あの日のことも――お前のことも。……いや、今回は自由に動くがいい。それが成葉にとって幸先だろうよ」
「……そうします。ありがとう上様!」

 わたしは両頬をぴしゃりと叩くと、医務室の窓を勢いよく開けた。
 そしてそのまま窓枠を飛び越えた。
 行先は勿論森へ。少しでも、行方不明になった鵜宮の手がかりへ探りに。
 少しでも、皇妃様が救ったものを護ってあげたい。それがわたしの少しでも罪滅ぼし。

Re: ヒノクニ ( No.33 )
日時: 2020/10/13 19:55
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「せめて……! 森の海には入れなくてもまだ生き残ってる鵜宮さえ見つければ連れて行ってくれるかもしれない……!」

 わたしは何とか棒を右手に持ち、全速力で道を駆け抜ける。
 行儀派は悪いが看板や、建物の看板や、家の屋根を走り抜けて近道をした。しばらく走っていると森――、いや、今はもう荒れ地というべきか。
 見た目こそは分かりにくいが、近くによってみると誰でもわかる。この森の生命力が感じられない。生き物や虫の気配や植物の緑がほとんど失われている。
 鵜宮たちがいると言われている森の中へ迷わず入る。おそらく、もう雪ちゃんたちは森の奥にいるのだろうが……。

「そういえば玉露様はどうやってこの森を救ったのだろう」

 ふと、昨日の明松の言葉を思い出す。
 嬉しそうに懐かしむ様に、まるで恋焦がれる少女の様な――……。
 玉露様はきっと優しいから二つ返事で引き受けたのだろう。どんな場所だったのだろうか、海の森とは――……。

「って、いやいや。今はそれどころじゃないし……」

 その瞬間、何かが足に引っかかった。
 一瞬転ぶかとも思ったが何とか堪えた――が、その「引っかかったもの」はあまり見たくないものであった。
 それは、明松と同じ羽を背中に持つ鵜宮。顔色は真っ白で瞳に光は無く――、何より体にまとわりついている血が乾いて赤黒く変色している。それに冷たく、動く気配もない。

「何で、こんなことを」

 思わず、奥歯を噛み締める。
 どうして罪のない鵜宮たちが殺されなければいけないのだろう。ただ森を守っていただけじゃないか。
 少し前まで平和に静かに生きてきただろうに、こうも一瞬で殺伐としてしまうのか。

「ごめんな。少しだけ待ってて」

 今は、少しでも手掛かりを。生きている鵜宮を。
 後でまたここに来て弔うから。

「おい」

 すると、わたしの頭上から声が聞こえてくる。
 男の声だ。でも、これは雪ちゃんのものではない。かといって、繋のものでもない。
 反射的に上を見上げる。
 その声の持ち主はまだ枯れていない大木の上にいた。声で判断するに、男なのだろうか。
 しかし、その姿は顔を含めても不明だ――なぜなら、全身を覆うような布で覆われているから。
 とりあえず、確認を。

「わたし怪しい人じゃないよー! 今さ、この森危険だから早く下りて家に帰ってほしい! あ、それとも鵜宮!? 怪我してたら今安全な場所に……」
「俺は鵜宮じゃない」

 そう冷たく、言い終わるが否や、男は手品のように右手から5つほどの苦無を取り出すとそれをわたし目掛けて放つ。
 わたしは特に慌てることなく何とか棒で全て弾いた。
 というか此奴誰!? こいつが森を荒らした張本人なわけ? 少なくとも鵜宮じゃないな。

「皇帝の遣いがちらほら見えてきたが……お前もそうだな。だとしたらここを通すわけにはいかない。……死んでもらう」
「ちょっとちょっと、急展開すぎない!? というか顔ぐらい見せなってば!」

 わたしは槍投げよろしく、何とか棒を勢いよく振りかざすと、男目掛けてブン投げた。
 何とか棒は真っ直ぐ男の額に直撃――はしなかったが、その代わり、覆っていた布がゆっくりと落ちる。

「んん……?」

 その男――、いや、そいつはわたしと同じ年頃の青年だった。
 けれど、金髪で青い目をして目鼻立ちがすっきりしていて一言で言えば容姿端麗というべき、なのだろうけれど。服装も見慣れている着物ではなく、質感が硬そうな革のような素材のものだ。
 容姿がヒノクニの人っぽくないというか。外の国のような――。
 素顔が明らかになった男は、不快を露わにしていた。

「殺す」
「ごめんて!」

Re: ヒノクニ ( No.34 )
日時: 2020/10/20 19:53
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「裂けろ」
「わわっ」

 男は鬼気迫る表情を変えることなく――、わたしに攻撃し続ける。
 手をこちらに向けると「見えない斬撃」がわたしの左右を襲う。何とか風圧でしゃがみ込みながら避けたが、避けきれなかったら両腕がなくなっていただろう。
 ていうか殺傷能力高すぎない!?
 動き続けるわたしと動かずに攻撃を加える男。
 どっちが不利で有利だなんてすぐにわかる。だったらわたしがやることはまず……。

「いつまでも高みの見物気取ってるんじゃなーいっ!!」
「……!」

 めきめきめき、と男が立っている木から嫌な音が聞こえる。
 それもそのはず。わたし、奴の木を引き抜こうとしてますから。
 男の顔が少し驚きに変わった。その瞬間、その場所から飛んで、地面に着地しようとしていた。
 まあ、そうくるよね。だからわたしは。

「ふっとべっ!!」

 着地するまでの時間――つまり、男が空中にいる無防備な瞬間を狙って、根っこまで引き抜いた木をそのまま投げつけた。
 わたしの目論見が珍しく成功した。勢いよく投げ出された木に直撃した男はかなりの距離をぶっとばされた。
 
「……まだ意識は途切れてない」

 急いで男の元に駆け寄る。男は、埃まみれ土まみれになりながらも意識は保っていた。
 それどころかー―、こちらを射殺さんばかりに睨み付けている。
 わたしは何とか棒を頭上に突き付ける――、はやく男の意識を削がなければ時間を稼がれてしまう。こいつの護法も何なのか把握できていないのだ。

「降伏して。悪いようにはしない」
「それはお前らの都合だろ。俺には関係ないね」

 な、生意気~~っ。
 でもわたしは社会人としてぐっと堪える。堪えろ……。
 眉根を寄せそうになるのを我慢しながらわたしは、何とか棒を男の頭上へ振り下ろす。
 はやく戦闘不能にしないと。

「じゃあ、気絶してもらう」
「まだ死ぬわけにはいかないんだよ」

 わたしが何とか棒を叩き付けた衝撃で地面が砕ける。
 しかし、男は紙一重で避けたため気絶はしなかった。いや、まだ動けるんかい我ぇ!
 迎撃しないと。そう思った矢先、男は言ったのだ。

「――玉露がいなければ」
「……え」
「あの頭の悪い女さえいなければこんな回りくどいことをしなくて済んだ。枳殻なんぞ行かなくて済んだ。俺も余計な手間を省けなくて済んだ」
「何を言ってる」

 こいつ、枳殻って言った? まさか、こいつは、雪ちゃんが言っていた――……。

「お前、燠か」

 そう言った瞬間、男――、いや、燠はわざとらしい程口角を上げて不気味に笑った。
 じりじりと一歩一歩わたしに歩み寄る。
 燠の方が重症な筈なのに、わたしが追い込まれている気がする。

「お前皇帝の犬なのに知らないのか? その時ガキだった俺でも知ってるぞ。あの玉露(おんな)、『もう助からない』海の森を助けるために自分の寿命を削ったんだよ。笑えるよな。死んだ人間に自分の心臓差し出してるようなもんだ。鵜宮どもはそんな馬鹿女に感謝してるがやったことはその場しのぎ。俺らが来ようが来るまいがこんな場所とっくに死んでるんだよ」
「だから本当にこの森が死ぬ前に鵜宮の『憂いの王冠』だけを奪ったの?」

信じるな、そんな話。第一、そんな話知らない。聞いていない。思考を乱すな。
今は此奴を戦闘不能にすることだけ考える! 
そうしているうちに、わたしと燠の顔の距離が目と鼻の先になる。

「ああ。それを帝国に引き渡す。それであの高慢な皇帝が殺し尽くした神を復活させる足掛かりにさせる。だからお前に邪魔はさせない。あの玉露(馬鹿女)のようにな」

 そう言い放った燠の腹部に重い衝撃が走る。
 先程の木の直撃とは比べ物にならない衝撃、痛み。それを証明するかのように口から勢いよく血が溢れ出る。
 今の燠にそんなことができるのは1人――目の前の成葉しかいない。腹部を、殴打された。

「おい」

 鈍い動作で燠は目の前の顔を見る。
 前の前の生命体は先程の様な少女らしい瞳をしていない。
 只々殺す。それだけしかなかった。

「もう一回言ってみろよ、ぶっ潰すぞ?」


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