複雑・ファジー小説

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ヒノクニ
日時: 2021/01/09 17:58
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

 神は滅び征くもの。
 人は死に絶えるもの。


——……それは、どんな時も。

 
 どんな経路を行こうとも、結末は変わらない。



『ヒノクニ 歴史文学■■■■■■ 著者:■■■ 』





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序章>>01 登場人物/設定>>03
壱話 「繰り返し」>>02>>4>>5>>6>>7>>8
弐話 「毒も食わば皿まで食え」>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24
参話 「それでもあなたは甲虫」>>25>>26>>27>>28
肆話 「嗚呼、愛しき日々だった」>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42

閑話「とある皇帝の独白」>>43

Re: ヒノクニ ( No.35 )
日時: 2020/10/30 21:03
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

(こいつ、こいつっ……! こいつ……っ!!)

 燠は腹部を抑えながら、成葉から距離を取る。
 距離を取った、はずだった。

「遅い」

 いつの間にか彼女は目の前にいて。
 感情を感じさせない表情を浮かべたまま、右足で燠の左側頭部に蹴りを入れた。
 燠も腕で防御したがみしみし、と骨が嫌な音を響かせた。それだけではない。
 蹴りの衝撃に耐え切れずに燠は吹き飛ばされてしまう。

(こいつ! 動きに無駄が無くなっただけじゃない! 護法を使った気配もない! そうか、こいつ只々『怪力』なんだ!)
「お前の護法」

 倒れてなお、即座に立ち上がる燠。
 成葉は素早い動作で彼に指を差して短く言い放った。

「順序や理論は知らんけど。見えない刃はお前が動きを止めている間でしか発動できない。だからわたしに殴られても見えない刃じゃなくて自分で防御せざるを得なかった――。距離を取るのもそういうことか」
「それで? だから何だよお前の思考回路は30点だな」

 燠は抑えていた腹部から手を放す。
 そしてお互い見合う。成葉は何とか棒を構え、燠は空中に手を翳す。
 どちらが先に動くかで大きく有利が動く。お互いそう理解した。
 じり、とお互いに一歩を踏み出す。

「終わるのは……お前だっ!!」

 同時だった。
 成葉と燠が同時に動いた、その瞬間だった。
 大きく響く、爆発音。ここから遠いところのようだが、その威力は絶大なようで――それを証拠づける様に自身の様な揺れが足元を崩す。

「何だ……!?」
「……ちっ。思ったより早かったな」

 至極機嫌の悪そうな顔で舌打ちをすると燠は、先ほどまでの攻撃態勢を解き、身軽な動作で成葉の頭上の木に飛び移り、そのまま去って言った。
 成葉はそんな燠の背中を睨み付ける。

「この卑怯者! 止まりやがれ!! 玉露様を罵ったこと死ぬまで後悔させてやる!!」
「悪いがそんな暇ないね」
「お前!!」

 ばっさりと、斬り捨てるような返答に成葉は怒りで顔を真っ赤にした。
 何とか棒を投げつけようと構えたのだが――再び先程の爆発音が響いた。

「……ああ、もう! さっきから何! でも今の最優先は燠じゃない、燠じゃない……」

 ふうーっと、落ち着かせようと一息ついて一気に吐き出す。
 そしてそのまま爆発音の場所へと走り出した。






「雪ちゃん!」
「クソガキ。事情は後だ。さっさと生き残りの鵜宮どもを病院に運べ!」
「は、はい!」

 爆発音の原因の場所――と思われたその場所は野営地のような場所になっていて。
 成葉の気配を察した雪ちゃんはわたしの顔も見ることなく、怒号の様な指示を飛ばす。
 そのぐらい切羽詰まった状況だった――一目見れば。
 全角度から見ても、重症な鵜宮たち。ざっと見て20人ぐらいだろうか。
 頭から血を流し、びくびくと痙攣している者や背中を深く斬りつけられ死んだのかと思うほど動く気配の無い者――……上げればきりがない。
 あまりこういった治療行為をすることのない雪ちゃんですら倒れている鵜宮の流血を抑えることで精いっぱいのようだった。

「こっちだ、成!」
「……繋! 今運ぶから」

 背中に1人、両脇に2人ほど抱え込む。繋が黒い乗り物――、只今絶賛試作中の「車」から大きく手を振る。
 急いで乗り込むと、優しく連れ込んだ3人を寝かせる。わたしは繋の隣の席――助手席に座り込む。

「……鵜宮は全員で150人いた。でも、いま生きている人数は23人しかいない。昨日の鵜宮を含めてな」
「…………っ」

 苦々しく、繋は車を走らせながらそう言った。
 何となくわかっていた、気が付いていた。
 けれど150人中23人しか生きていないだなんて――……!

「そして、俺達は少しだけ鵜宮殺しの犯人と戦った」

 その一言にわたしの背筋が凍る。
 思わず繋の顔を見るが、その表情は冷徹な物だった。

Re: ヒノクニ ( No.36 )
日時: 2020/11/07 18:58
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「てめぇ」
「あ? 何だよ男かよ。見渡す限り男と草だらけ。さっさと退散して報酬を受け取りてぇんだが」

 慶司と繋が森に入ってからそう時間は経っていなかった。
 幻想的に言えば運命とでも言いたげなほど――簡単に男たちは邂逅した。
 方や挑発的で刹那的な笑みを浮かべる男。方や凄まじいほどの怒りを隠さない慶司。
 目と目が合った瞬間、戦闘が始まった。
――いや、最早2人に話し合いの余地などなかったのだ。お互いに本能で相容れないと理解した。よって殺す。それだけだ。

「……こんなんじゃ生きてる奴より死んでる奴を数えた方が早いじゃねぇか畜生……っ」

 繋は戦う2人を視界に入れつつ、地に伏している鵜宮の生死を確認していたのだが――その殆どはもう息をしていなかった。
 それでも繋は諦めずに生存者を探す。見渡すと小柄な鵜宮――子供だろうか。怪我をしているものの、息があった。

「もう、大丈夫だぞ」

 意識が混濁している鵜宮の子供にそう言い聞かせると。すると、怪我をしているとは思えないほど、強い力で繋の腕をつかむ。
 そしてか細い声で繋に、

「憂い、の……おう、かん。返して……。森、が……。死んじゃう……。ぼくた、ちを……殺さないで……」
「おい!」

 そう言うと、子供は目を閉じた。本格的に意識を失ってしまったようだ。
 子供の発言は繋に向けられたものではなかった。その視線は慶司と戦っている男に向けられていたように感じた。
 その一瞬で、繋は理解した。慶司に向かって叫ぶ。

「雪! 恐らくそいつが鵜宮殺しの張本人だ! 問題の王冠もそいつが持ってる。何としてでも此奴から憂いの王冠を回収する!」
「あ? バレんのはや……。ああ、生き残りがいたか。俺もやっぱ鈍ったな。昔ほどの勘はまだ戻んねぇか。まあ、いいや。まだ時間はあるしな」

 男は面倒くさそうな表情を浮かべるが、次の瞬間には好戦的な表情へと戻り――、今度は繋の方へ刀を向け、襲い掛かる。 
 すぐさま、慶司が目の前に立ちはだかり刀を上空へ蹴飛ばす。

「俺を無視するたぁいい度胸じゃねぇか」
「誰だっけお前……。男には興味ねえんだが」
「男だ女だうるせぇ野郎だな。ふざけてんのか?」

 慶司の回し蹴りが男の側頭部へと向かう。
 しかし、男は見切っていたかのように腕で受け止める。

「さっきから攻撃が通らねえと思ったらお前あれか。真眼持ちか。然も両目」
「そんなことどうでもいい。とっとと憂いの王冠を返しやがれ」
「返せばいいのかよ」
「馬鹿言うな。テメェもしょっ引くに決まってる」

 空気を斬る音が聞こえる。
 お互いの拳が正面から激突し合う。
 そんな状況に男は不気味に笑うと、

「お前、授かりすぎんのな」
「ああ?」

 脈絡を得ない男の言葉に慶司は反射的に額に青筋を浮かべる。
 そんな慶司のことなど露知らず、男は懐から黒い円型の筒を取り出した。大きさは水筒と同じぐらいだろうか。
 その形状に繋は咄嗟に、

「雪!! 防御!!」

 次の瞬間、辺りは爆発音に包まれた。
 暫くの間火薬のにおいと白い煙が立っていたが、視界が晴れるとそこにはもう先程の男はいなかった。
 恐らく逃走したのだろう。発言から察するに男の目的は憂いの王冠。鵜宮殺しはそのついで。目的を達成した今、誰かと戦う必要はない。

「あの野郎……! とことん舐め腐ってやがる。玩具みてぇな爆弾ぶつけてきやがった」
「……ああ。でも、良くも悪くもこれ以上被害が出なくてよかった。生きている鵜宮が少しいるんだ。応急処置をして病院に運ぼう」
「……くそっ」

 慶司の真眼は真実を見抜く。それを応用した形で、爆弾の急所――つまり、逃げ道を「視た」ことによって爆風による被害は無かった。
 しかし、実際の爆発はちゃちなもので。少し地面が抉れたぐらいで慶司の言葉通り爆弾としては玩具のようなもの。
 馬鹿にされたと察した慶司の眉間には深くしわが刻まれていて――繋は子供を抱きかかえながら、一言だけそう言った。

Re: ヒノクニ ( No.37 )
日時: 2020/11/15 19:08
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「わたしももう1人と戦った。同い年ぐらいの男の子だったよ」
「……! そうか……」

 あれから、病院に生き残った鵜宮を担ぎ込んだ。そこからはもうお医者さんや看護師さんの領域だ。正直わたしたちにはもうやるべきことはない。
 病院の待合室で、わたしはそれだけ繋に伝えた。
 それから――……これからどうするのかも。わたしがやっていいことは生き残っている鵜宮を捜索の後、保護すること。
 海の森を荒らした犯人たちの捕縛は上様と――雪ちゃんたちの領域だ。わたしが勝手に手を出していい領分ではない。それは最悪、上様の意向を損なうことだ。

「ねえ繋。玉露様のことどこまで知ってる?」
「そりゃあ母親だからな。大体わかってるつもりだが――……。どうしたんだ? 急に」
「そいつさ、玉露様の事『邪魔な馬鹿女』だって言ったんだ」

 わたしの言葉に繋は息をのんだ。わたしの口調が少し攻撃的になったのもあったのだろう。
 繋にとっては思いがけない言葉だ。

「それにもう海の森はもう終わっているって。玉露様はもう死に行くもののために、自分の寿命を差し出したって。上様はこのことを知っていたの? それに玉露様だって何だってそんな……、いや、本当の事かどうかはわからないけど」
「…………」

 わたしの言葉に繋は黙り込む。そしてそのまま背中を向けて病院の外へ歩き出す。
 慌てて繋の背中に呼びかける。

「繋」
「……なあ、成。昔、お袋が少しだけ呟いていたことがあった。ガキの頃だったから御伽噺の様なものだと思ってた。直に親父に召集を掛けられるだろうが、まだ少し時間があるだろ。少し付き合ってくれねぇか」
「え」






 言われるまま、わたしは繋に着いていった。行先は、いつもの居城――つまり、繋の部屋だった。相変わらずきれいに整理整頓がされていて――広い部屋に何台もの本棚に難しそうな本がいくつも並んでいた。
 正直、こんな悠長なことをしていていいものかと一瞬思ったが、当の本人――つまり繋は何やらごそごそと本棚から探していた。
 しばらくして、探し物が見つかったらしく、それをわたしに見せた。

「写真……?」

 白黒の、写真だった。そこに映っていたのは相変わらず美しい玉露様と――彼女に抱かれているまだ赤ん坊の繋。そして、隣にいるのは老年の女性だ。その女性には明松と同じような翼があり――つまり、鵜宮だろう。

「これ……昔の写真?」
「いや。見せたいのはそこじゃない。裏を見てくれ」
「裏?」

 繋の言う通り写真の裏を捲る。
 そこには、綺麗な文字が綴られていた。いや、注目すべき点はそこじゃない。書かれていた内容は、

『親愛なる玉露。愛しき玉露。ごめんなさい。哀れで見栄っ張りな私をどうか許して。この森は、この海はもう終わってしまうけれど。私はどうしても王冠をあるべき場所に返したいのです。もう死んでしまう優しき神に――女神に王冠を返して穏やかな眠りにつかせてあげたいのです』

 そう、書かれていた。書いた本人の名前は摩擦でもう見えなくなっていたが――。気になるところはそこじゃない。当時の鵜宮は知っていた。森が終わっていることを。
 王冠を女神に返したいと――……。

「成の言葉を聞いて思い出した。昔、お袋が少しだけ話してた。『約束した』と。もう終わったことだと思って今まで忘れてた。けど、まだ終わっていなかったんだ。お袋も――、きっと、それを書いた張本人も死んでしまっただろうがまだ約束は続いてるんだ」

Re: ヒノクニ ( No.38 )
日時: 2020/11/24 20:49
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「だとしてももう王冠は奴らの手の中だ。約束どころじゃねぇぞ」
「雪ちゃん! もう戻ったの?」

 背後から聞こえる声。それは我が兄、雪ちゃんによるものだった。
 わたしの問いに雪ちゃんは「こっちも一段落着いたからな。事件の方はこれからだがよ」といつものぶっきらぼうな口調で答える。
 そんな雪ちゃんに苦笑した繋は、

「よく俺達が此処だってわかったな……。その様子だとさっきの話最初から最後まで聞いたな?」
「お前らがこそこそしてるから尾行(ついて)ったんだよ。玉露が一枚噛んでんのか? 一体全体どういうことだ」
「様を付けろ兄!」

 何でいつも雪ちゃんは玉露様の事呼び捨てにするのかしらね!? この国の皇妃様ぞ!? 我々の恩人だぞ!? 玉露様に限らず年上にも基本敬語使わないからこの兄は近衛長のことでさえ「爺」呼ばわりだ。やめてよね!
 おっと。脱線しそうになった。言いたいことは山ほどあるが今回は大事なことを話そう。
 なので、わたしと繋はお互いを補足するように雪ちゃんに話した。

 かつて海の森を玉露様が自らの寿命を削ってまで救ったこと。けれど、それはあくまで一時的なものに過ぎず、いつかは滅びてしまうこと。
 鵜宮殺しの犯人とは別にいた――「燠」の存在。そして燠は憂いの王冠を元に、上様が滅ぼしつくした神を再び降臨させること。

「――寿命云々の下りってのは、お上は……」
「絶対に知らない。知っていたら海の森ごと、焼き尽くしていると思う」

 ぼそっと雪ちゃんの問いにわたしは即答する。そんなわたしに同調するように繋は小さく頷いた。

「皆様。ここにいましたか」

 こんこん、と部屋の壁を小さく打ち付ける音とともに、花緒さんがこちらに呼びかける。
 いつもの明るい笑みではなく、どこか神妙な表情をしていた。

「花緒。もう親父……じゃなくて、皇帝の呼び出しが?」
「いいえ。呼び出しはありません。先程、皇帝が結論を出しました。私たちはそれを各地に伝え回っています」

 花緒さんは静かに首を振る。
 呼び出しが無い? 上様が? こんなこと滅多にない。最低でも近衛長の意見を仰ぐはずなのに。
 考え込むわたしを放っておいて、花緒さんは言葉を続ける。

「海の森を本格的に廃棄するようにと。現在まだ憂いの王冠の力が森に定着している間に焼却或いは消す様にとのことです」
「あ?」

 花緒さんの言葉に雪ちゃんはわかりやすいほど眉間に皴を寄せた。
 彼女もこの言葉の意味は嫌というほどわかっている。だから雪ちゃんから視線を背けることしかできなかった。
 けど、それよりもするべきことがあるのではないか?

「待って花緒さん! 森を廃棄する前にまず――!」
「ふざけるのもいい加減にしろ! そんなこと我々が許すとでも思ったのか!?」

 わたしが言い終える前に女性の怒号が大きく響き渡った。
 それはわたしでも、雪ちゃんでも、繋でも、花緒さんの声でもない。でも、聞き覚えのあるものだった。
 思わず繋の部屋から出ると、その声の主は目と鼻の先――つまり、廊下にいて衛士たちに取り押さえられていた。

「明松!?」
「ふざけるな、ふざけるな! 皇帝を出せ! あの森は我々の住処だ! それを燃やし、絶やすなど一体どういう了見だ!! 我らに死ねというのか、これ以上!!」

 押さえつけられ、体を地に伏せさせられていても明松の表情は怒り一色に染まっていた。

Re: ヒノクニ ( No.39 )
日時: 2020/12/02 20:46
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「明松……」

 獣のように叫ぶ明松にわたしは思わず言葉を失った。
 わたしとて、このような暴挙はしたくない。したくはないのだが――……。
 この手の話題で上様を納得させるには骨が折れる。まずは上様に会うしかないのだが……。

「そうだ」

 どくん、とわたしの心臓が大きくなった。
 その声の主は現在進行中で話題に上がっている上様張本人で。
 後方左右に近衛長と銀星を立たせ、明松を見下ろす。その瞳は氷のように冷たいものだった。

「報告は受けている。森はもう浄化装置としての機能を果たしてはいない。このまま放置すれば市勢にも害が出よう。よって――一度焼却し、我が新たに創り直す。無論、そなたらの居場所は与えよう。何をそこまで喚く必要がある」
「違う! 私達は代々あの神聖な森を受け継いできた! そんな簡単に壊して創り直して終わるものではないんだ!」
「それこそ森(病原)を放置し、すべての民に死ねというのか?」

 反抗を許さないような上様の言葉に、明松はぐ、と言葉を失った。
 確かに、状況が状況だ。いつ国民にも自然の驚異が襲い掛かるかわからない――だったら早い話だと森を廃棄した方がいい……。
 自然を守り、繁栄をもたらした憂いの王冠の消失はこんな形でその大切さを味わらせられた。
 明松は、静かに涙を流す。

「私たちの……大切な物なんだ……。ずっと、ずっとそばにあったんだ……。森を廃棄したら、それこそ他の鵜宮が死んで護った意味が無いじゃないか……」
「なあお上」

 重い空気。重い雰囲気。
 そんな状況を壊すかのように雪ちゃんが「新聞とってくれ」みたいなニュアンスで声を上げた。
 思わずみんな雪ちゃんの顔を見る。我が兄は何だか阿呆みたいな顔をしていた。

「お上も大体勘付いてるから言うけどよ、あの森どっちにしろ終わるんだわ。憂いの王冠も賞味期限切れでよ」
「ちょっと雪ちゃん! 何言ってんの明松に追い打ちかける気か!?」

 突拍子の無い雪ちゃんにわたしは顔面を叩くように口を慌て抑える。
 しばらく兄妹の取っ組み合いが始まったがわたしの拘束を抜けた雪ちゃんはわたしに卍固めを繰り出しながら、

「で、だ。俺が思ったのは憂いの王冠の中身は神々共が護法の力をありったけ込めた動力みたいなもんじゃねえか? お上」
「そうであろうな。だが神は我が滅ぼしつくした」
「そうか……!」

 雪ちゃんの言葉に繋がはっとしたような表情を浮かべた。
 そして上様の顔を見る。

「憂いの王冠を取り戻して親父に護法の力を込めればまた森が循環する可能性がある……」
「可能性の話は不要だ。事実と確実を述べよ。その話だけでは結論を変える気などないと知れ」

 動じず、冷たく上様は言い放つ。
 神仙として、皇帝として上様は非情な判断をする。だったら、わたしがするべきことは……。

「上様」
「何だ」
「森を焼却すること。非常に合理的かつ確実なご判断です。しかし、準備にも、人手にも時間はかかりましょう。その『準備までの時間』をお聞かせ願えますでしょうか?」
「な、成葉が頭良く見える……」
「黙れ」

 跪いて、上様に問う。
 その上様の後ろで銀星でこの世の終わりの様な顔をしてわたしを見ている。窘める様に無表情で近衛長が拳骨を喰らわせる。
 ありがとう近衛長。そして銀星お前も巻き添えにするからな。

「明日の早朝。消却を行う」
「それまでに我々一同、憂いの王冠を取り戻します。そうしたら上様のお力を込めては頂けないでしょうか? 一度わたしたちは敵の顔を覚えています。索敵には問題ありません」
「それでだめだったら思い切って燃やし尽くしてくれ。森を盛大にな」

 最後の言葉は余計だよ雪ちゃん……。でも、わたしの提案がダメだったらもうそうなるんだけど。
 あとは、上様次第……。

「皇帝」

 上様が口を開こうとした瞬間、近衛長が口を開く。

「この者たちの意見は曖昧で確実性はありませぬ。しかし、消却は明日の早朝。虎奴らの行おうとしている時刻は今日中。もし、それが叶えばこちらとて利になりまする」
「…………」

 厳かな口調の近衛長に上様は目を伏せる。
 そして――……。

「その提案。飲もう。しかし、期限は今日までだ。こちらも森の消却のために準備は進める。だが、覚悟を決めているお前たちにも協力はしよう」
「すまねぇ、親父!」
「勿論、銀星の賞与と森の存命にかけて頑張ります!」
「ちょっと成葉何で僕の賞与を覚悟に入れたの!?」

 よかった、上様も納得してくれた……。
 わたしと雪ちゃん、そして繋は顔を見合わせて力強く笑った。
 わたし個人には関係ない海の森。けれど、玉露様にとっては大切な物だったから。何としてでも。

「ねえ!? 僕の賞与云々撤回してよ!」


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