複雑・ファジー小説

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ヒノクニ
日時: 2021/01/09 17:58
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

 神は滅び征くもの。
 人は死に絶えるもの。


——……それは、どんな時も。

 
 どんな経路を行こうとも、結末は変わらない。



『ヒノクニ 歴史文学■■■■■■ 著者:■■■ 』





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序章>>01 登場人物/設定>>03
壱話 「繰り返し」>>02>>4>>5>>6>>7>>8
弐話 「毒も食わば皿まで食え」>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24
参話 「それでもあなたは甲虫」>>25>>26>>27>>28
肆話 「嗚呼、愛しき日々だった」>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42

閑話「とある皇帝の独白」>>43

Re: ヒノクニ ( No.5 )
日時: 2020/04/25 20:20
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「い、イッテキマスワネナルハ……!!」
「いってらっしゃーい!!」

 桜を彩った上品の桃色の着物に桜の葉っぱを思わせる臙脂色の袴を着飾った紅は鈍い音を立てながら馬車に乗り込む。
 いってらっしゃいとは言ったけど、様子を見に後でついていくつもりだけど。
 女中さんに「お嬢様は人に見られていると緊張してしまわれるお方なので……」と言われたので紅にはばれないようにしないと……。

「成葉様、行きましょう」
「はい、行きましょう」
 
 正直、嫌な予感がする。
 女中さんの真剣な声とともに私達もゆっくりと後を追う。
 紅はお嬢様だから馬車で行ったけど、わたし達は徒歩(と天狗の翼)だよ?
 お相手のお屋敷までの距離10キロ。走りたくない。






「こっ、この度はお招き頂きありがとうございます……っ」
「こちらこそご足労頂きありがとうございます。ささ、まだ時間もありますので、こちらの一室にてお待ちください……」

 烏天狗たちが住まう屋敷に到着した紅は緊張した面持ちで、出迎えてくれた初老の夫婦に頭を下げた。
 この夫婦は紅のお見合いの相手である烏天狗の秦の両親でもあり、烏天狗現代当主であろう。
 2人とも穏やかそうな印象だ。

「あ、あの……。秦様は……」
「ごめんなさいね。あの子、すぐに戻るからってどこか行ってしまったのよ。本当に困った子。せっかく紅さんが来てくれたのに……」

 はあ、と奥様は呆れたようにため息をついた。
 紅は少し寂しそうに俯く。

(……私は出迎えてくれるほど興味を持たれてはいないのね……)

 少し、悲しそうに目を伏せる。
 旦那様が「さあ、こちらへ」と言って、玄関へ誘導した。

「この部屋でお待ちくださいね。息子ももうじき帰ってくると思います。お手洗いは突き当りを右。他にも何か不便がありましたら私達や使用人たちに遠慮無く申し付けてくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 連れてこられたのは、上品な8畳ほどの一室。その部屋を出ると、見事な盆栽と立派な鯉がみられる裏庭があるのだ。
 物は少ないながらも綺麗な部屋だった。きっと客に向けられた部屋なのだろう。
 奥様は柔和に微笑むと、静かに襖を閉めて出ていった。
 出ていくのを見送ると紅は小さくため息をついた。

「何だか、もう帰りたいわ……」

 座布団にどかっと座り込む。

——明日、いい日にしようぜ!

 昨日の、友人の言葉を思い出す。
 喝を入れる様に自分の両頬をばしんと叩いた。

「そうよね、そうよ! へばってなんかいられますか。人間の娘が何だって言うのよ! 秦様と結婚するのはこの私なんだから!!」

 お手洗いで、化粧の再確認を行おうと、思い切り襖を開ける。
 しかし、目に移ってきたのは信じられない光景だった。

「……は…………?」

 その光景とは、すらっと背が高く真っ直ぐな黒髪と誠実そうな面持ちの青年に、桔梗色の着物を身に纏った美人が抱き着いている場面であった。
 間違いない、あの青年は——秦であった。

「し、し、秦様……?」
「あ、あなたは……もしかして紅様」

 思わず声が出てしまった。
 こちらが顔を青ざめているのに、秦に至っては「何だそこにいたのか驚いた」程度の反応だった。
 それが、紅の今までの我慢の許容を超えてしまったのだ。

「——……もしかして、じゃないわよっ!!」

 轟、と紅の周りに強い突風が吹き荒れる。
 これは、紅が女天狗として生まれ持った神通力だ。紅の表情が怒りで真っ赤に染まっていく。
 秦はたじろいたが、紅はずんずんと2人に近寄っていく。

「ねぇ、秦。この人だれ? 愛人?」
「な、何を言って……!?」

 桔梗色の着物の女性がとぼけたように秦に問う。
「秦」と呼び捨てにしたのがさらに彼女の怒りを買ってしまった。

「アンタ……何気安く呼び捨てにしてんのよっ!! もういい、もういいわ。アンタたちがその気なら私だって……! 今まで私が周囲の圧力に耐えてきたことなんて知らなそうに……!! いいわ!! この婚約破棄してあげるっ!! その代わりここで死ね!!」

 次の瞬間、竜巻の様な突風が裏庭の盆栽や鯉を舞い上げた。

「え。何あれ」
「あれは……! お嬢様の力です! 何かがあったのでしょう。敵襲かと! 成葉さん、急いで!」

 何か屋敷の中で竜巻発生してるんですけど。行きたくないんですけど。
 女中は竜巻を見て焦ったように、飛ぶスピードを速めた。
 わたしも急いでお屋敷へと走るスピードを速くする。
 走るの嫌いなんですけど! 正直10キロを走るなんて思ってなかったんだけど。

Re: ヒノクニ ( No.6 )
日時: 2020/04/26 17:54
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

(……どうして、どうしてこんなことになったのだろう)

 僕の名前は秦。古い家柄の異形である「烏天狗」の末裔だ。
 両親の愛情にも、自らの才能にもそこそこ恵まれ、僕は次期当主となる。
 そんな僕にも、数か月前、お見合い話が舞い込んできた。そのお相手は「女天狗」の娘、紅様。
 彼女も才能があったようで、この縁談が持ち込まれたらしい。
 縁談にたいしては特に何も思わない。次期当主として当然のことだから。
 僕も見合いの準備をしていた——しかし、その話をどこから聞きつけたのか、ある日突然人間の「宇津木(うつぎ)」と名乗る女性が訪れるようになった。
 正直、胡散臭い。そう思った。宗教の勧誘でもしてくるのだろうと。
 ところが、彼女の口から出た言葉は「海外には興味ないですか?」と。正直耳を疑った。僕はこのヒノクニを出ようなんて生まれて一度もなかったのだから。

「外の国にはその国にしかないものがたくさんあります。文化、人、食、学問——。挙げればきりがありません。だからこそ面白いと思うのです。秦、あなたも好きなことをやられたらどうですか?」

 その言葉に悔しくも、胸を貫かれたかのような衝撃を受けた。
——……まあ、この宇津木という女性、最初は丁寧語で話していたのに日を重ねて話すごとに何だか図々しくなってきたのだが。
 それでも、彼女の外の世界の話は魅力的だった。……これからお見合いする男が誰だかわからないような女性と話すなんてよくないのは、わかっている。
 けれど捨てたはずの、好奇心と憧れが止められなかった。

「秦。私と一緒に行きましょう? 貴方にここは窮屈だわ」

 そしてお見合い当日の朝。
 早朝にもかかわらず、宇津木は僕を呼び出しそう言った。
 けれど、このお見合いは破断するわけには行けない。家の、存続のためだ。

「いいの? この機を逃したらあなたはずっとこの家に閉じ込められる。世間知らずの我儘な小娘と堅苦しいこの家に」
「そ、れは…………」

 確かに、彼女の言い分は分かる。……すごく、わかる。
 僕にも幼いころ思ったことがあった。家に縛られず、自由気ままに。

「秦!」
「あ…………」

 宇津木は、僕に抱き着いた。
 それと同時だった。

「は…………?」

——僕の婚約者、紅様と顔を合わせたのは。






「ここがテメェの墓場じゃ——っ!!」

 紅は帯に隠していた葉っぱでできた扇——「葉歌仙(ようかせん)」と思い切り振る。
 葉歌仙とは、女天狗代々受け継がれている家宝の扇。一つ振れば竜巻を。二つ振れば台風を。と言われるぐらい強力な風を仰ぐ一品。
 振ると同時に、竜巻の様な突風が再び吹き荒れる。
 彼女——紅は確実に秦を殺す気でいる。

「お、お待ちください紅様。僕とこの女性はあなたが思っている関係ではなくて。宇津木、あなたも弁解を」

 紅が現れてから一言も話さなくなった宇津木を見る。
 しかし、何時の間にか彼女はいなくなっていた。今度は「宇津木」と呼ぶ秦にますます殺意を覚えていたようであった紅。

「いい御身分じゃない! 私が今までどんな酷いこと言われたり嫌がらせ受けたかわかる!? 女天狗はねぇ、女性しかいないから人間関係は屋敷を出れば陰湿なのよ!! 分家の女天狗からは『我儘お嬢様、いい御身分ね。苦労しなくていいわね』だの『性格の悪さと怠惰の極みが顔に出てる』『子供を産めなきゃ、結婚できなきゃ存在する価値無し』『ぱっとしない駄目女』だの……! それだけじゃないわ、家のガラスを割られたり、烏の死骸を送られたり、便せんに小さい刃物を入れられたり……!! 何で、何で私だけっ!!」

 紅は、怒りに任せて扇を今度は秦に向けて振った。
 先程の風は天狗とはいえ、防御もとっていない秦が食らえば一溜りもないだろう。

「紅様……っ!」
「うるさいうるさいっ!!」

 紅が扇を振り下ろすその瞬間。

「駄目だっ! 紅!!」

 成葉が、紅の懐に入り込み、手刀で扇を叩き落した。

Re: ヒノクニ ( No.7 )
日時: 2020/04/27 20:41
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「もー、アンタもさー。優柔不断って言うかなんて言うかさ? そりゃ色々やりたいことも夢もあるかもだけど今日お見合いよ? どうなるにせよさっきみたいな波乱になるようなことは避けなきゃいけないとは思わない?」
「…………仰る通りです」

——……わたしが紅の扇を叩き落としてから10分も経たない時間。
 その間に興奮して歯止めの利かない紅を宥め、別室で待機してもらうことに。何事かとやってきた秦様の両親にも軽く事情を説明すると、あの温厚そうな母親とは思えない金切り声で彼を叱っていた。
 そして、上様直属の僕……、いや、遣いのわたしが改めて事情徴収することとなった。
 すんなりいかないと経済が潤わないからすんなり終わんないかな……と期待して……。

(紅の女中さんすごく怒ってたからなぁ……。これ以上何か起こると秦様を殺しかねない)

 まじまじと秦様を見ると、彼は酷く落ち込んでいるようで、目を伏せていた。
 睫毛が長いですね秦様……。

「……この婚約はなかったことにしてもらいます」
「んんんん!?」

 秦様の言葉に思わずわたしは跳ね上がった。
 何てこというんですか!! わたしに手ぶらで帰れと!? 上様に八つ裂きにされるわ!!
 いや、いや……。でも、そうだよね……。思いっきり印象悪くなったし、何より紅の事を考えるとお互いの利益のために結婚しろだなんて口が裂けても言えない。
 いや、でも上様なら言いそう。

「僕は、自分の事ですらわかっていなかった。そのまま家の言うことを聞いていれば彼女を傷つけずに済んだのに。……確かに、事の発端は宇津木でした。彼女の言葉は、僕を駄目にしてしまう熱を帯びさせてしまった。かと言って僕にはその熱(思い)を、夢を実行するだけの勇気は無い。——紅様の怒りは至極真っ当なものです。今まで、彼女がされた苦労も含めて」

 悲しそうに、秦様はそう呟いた。
……今回のお仕事はお見合いの円滑にする作業であって、お悩み解決ではないんだけど。
 まあ、今回わたしにはこの人を、いや、紅をどうやって結婚させるかを考えるべきなのだろうけど……まあいっか。
 せめて円滑にはしてあげましょう! どうなるかわからないけど!

「——……秦様の夢って聞いてもよろしいでしょうか? 紅から端的に聞いた分だと、ヒノクニ以外の外の国に行きたいとかって……」
「——はい。お恥ずかしながら。幼いころ、本で読んだのです。世界には、自分の知らない物や景色があって、身分も文化も人種すら違っていてもそれを受け入れ合ったり、尊んだりできると……。もちろん、真皇様が治められるこの国はとても誇らしい。ですが僕はもっともっと沢山のことを知りたいのです。……いや、知りたかったのです」

 秦様ははにかむ様に微笑んだ。
 ヒノクニは特別「鎖国状態」ではないのだが——……、他国との交易は物流の売買程度でまだそこまでは発達していないのだ。
 なぜなら自国でほとんどのものが供給ででき——、何よりこのヒノクニ自体が「文化」も「異形」も独特だから、という点も大きいのだろう。

「だったら尚の事、紅のお見合いは続けられた方がよろしいかと」
「……!? なぜです、僕には彼女に合わせる顔が無い……」
「それは紅が決めることなんじゃないお坊ちゃま!」

 何だかやきもきするんだけど!
 わたしは秦様の襟首をつかむと、そのまま引きずった。
……行先は、紅が待機している部屋だ。

「紅はね、あなたをずっと待っていたよ。もうあなたは忘れてしまっているだろうとも言っていた。あの子は今年で19歳になるんだって。女天狗の御令嬢じゃなったら秦様と同じでやりたいことが沢山あったと思うんだよね。でも我慢して、辛いことにも我慢して……我慢した結果、実を結ばなかったら悲しいよな」
「…………」

 秦様は黙って引きずられていた。

「でもまぁ、かといって結果と相談することもできないだろうし『そうなってしまったこと』を変えるだなんて不可能だろうけど! 秦様は相談できるでしょ!」
「わ……っ」

 襖を思い切り開けて、秦様をそこに放り込む。
 部屋には先客の紅がいて——、泣いていたのか目の周りが真っ赤に染まっていた。
 少し、化粧も崩れている気がする。
 紅は驚いた表情でわたしと秦様を交互に見ていた。

「成葉……? 秦様……」
「紅様、僕は」
「それと!!」

 秦様が何か言う前にわたしはそれを遮った。
 いやごめんなさいね、やることが1つ増えたので早急に。

「これからの話し合いで結婚するとかしないのは自由でいいと思う! 多分花緒さんも生涯独身だから! でも、結婚するならもうあなたたちは大人になる。紅様の家と秦様の家、2つの人生がかかっているものだから。特に、歴史ある家柄のいい家ってのはさ。責任があるんだよ。もう癇癪を起したり、自分の淡い夢を見ることもできなくなると思う。それでも——、そうしたいと思うのなら、わたしはあなたたちの味方になれるよ。改めて」

 自分の想いを優先しても。
 血筋を優先しても。それを自分で決めたことなら誰も責める権利などないのだから。
 わたしはそう言うと、襖を静かに閉めた。
 やるべきことがある。——それは、宇津木なる女性を捕獲せねばならない。





「先程は誠に申し訳ありません、紅様。僕に——いや、私にはもうこのようなことを話す権利はないと思います。ですが、もう一度だけ話し合うチャンスを頂けないでしょうか」

 秦は深々と頭を下げた。
 それを暫く、眉根を顰めていた紅だったが、口を開く。

「……頭を上げてください、秦様。私の方こそ申し訳ありません。あのように取り乱してしまいました」

 紅は優しく秦の両手に触れる。
 思わず、秦は顔を上げた。

「もう一度、話を……。いえ、お話をしましょうよ。どんなことでもいいんです。私達には知らないことが多すぎた。私たちはもう未熟だからという理由で済む年齢や立場では無くなってしまったのかもしれません。悔しくも、今回の件で気づかされました。あなたと……友人に」
「はい……! お互いが満足するまでいくらでも……」

 格式高い両家のお見合いは崩壊。
 しかし、ある意味で腹を割って遠慮のないお見合いが始まったのだ。
——笑い声の絶えない、楽しいお話が。

Re: ヒノクニ ( No.8 )
日時: 2020/04/28 19:22
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「はぁっ、はぁっ……。時間が無いわ、見つかってしまう……。其の前に『ヴィヴィシタム王国』に定期連絡をしないと……。……こちら、宇津木只今現在……」

 人通りが少ない掘っ立て小屋に息を切らしながら転がり込む宇津木。
 どうやらここが潜伏場所のようだ。
 宇津木は一般人ならあまり見覚えのない通信機器を取り出した。

「ふんっ!!」

 わたしは宇津木の背後から棍棒——何とか棒で彼女の腕ごと通信機器を叩き潰した。
 衝撃が強かったのか、通信機器はバラバラに大破した。
 宇津木は負傷した腕を庇いながらわたしを鋭く睨み付ける。

「お前……っ! よくも、よくも、よくも……! 今回のはただの始まりに過ぎない、邪魔をするな! 圧制者に服従する奴隷め……っ!」

 宇津木の額から脂汗が滲む。
 彼女はこの後——つまり、自分の末路が分かっている。
 この国を裏切り——未遂とはいえ、罪のない権力者を陥れた。それはつまり、「皇帝」に仇為す行為と同じ。
 彼女に何があったのかはわからない。
 きっとわからないだろう。
 けれど、意思ある限り完璧な統治などないのだ。それが、人を超越した仙人であろうとも。
 それでも、前へ、良い方向へしていくのが上様(あのひと)の使命。

——だから、わたしは。

「アンタの判決は上様が決める。けど安心しな。もしあのお方がこの国を滅ぼそうとしようとしたら——……」

 成葉は、宇津木の襟首を乱暴に掴んだ。

「そん時はわたしたちが、いや、わたしが潰す」

 その表情に、その言葉に、宇津木は小さくため息をつき項垂れた。
 本当の意味で降参したのだろう。

「……そう。あなたの方がよっぽど覚悟しているのね」

 宇津木は、一筋、涙を流す。

「さよなら」






「え〜っ!? 婚約一時停止!? 何ですかそれ何でもありですね……」
「さすがにわたしもびっくりしたわ〜! 金があれば何でもできるってことだな」

 その日の夜。
 上様に宇津木のことも含めた一通りの報告をし終わった。
 時刻はもう夜中を迎えていたが——わたしは今日の事件を報告書としてまとめなきゃいけない。
 上様のお城のとある一室にて——絢爛豪華な銀髪に大きな赤い瞳に目鼻立ちが整った猫の耳と尾が特徴的な美女、花緒(はなお)とともに事務作業を行っていた。
 見ての通り猫又である花緒さんは主にこの国の経済を管理し、調節するいわば屋台骨。彼女無しにこの国の経済は立ち行かない。

「私(わたくし)だったら絶対そんな男呪いまくってやりますけどねぇ……。一週間ぐらい下痢をし続けたり、漬物の石に小指をぶつけ続ける呪いとか……」
「陰湿すぎない?」

 まぁ、確かに少しは分かる気もするが……。
 あれからあの2人は数時間話し合った結果——秦様は改めて自分の将来を固めるために外の国へ勉強しに行くようだ。
 紅も同意し、彼女自身も改めて護法を含めて勉強しなおすようだ。
 秦様の勉強期間は4年。卒業を目途にまたそこから決めていくらしい。

「というかもっと時間をかけて結果を出すと思ったけど」

 紅は城に戻る間際、

「ありがとう成葉! 秦様も感謝していたわ。もっと私自分に磨きをかける。何でもできる様に、誰かの所為にしなくてもいいように精進するわ」

 力強くそう言っていた。
 何だか、わたしも頑張らなきゃいけないなぁ。
 自然に口角が上に上がっていく。こうしてまた眠ることのできない夜が過ぎていく。

Re: ヒノクニ ( No.9 )
日時: 2020/04/30 19:02
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)

「テメェで最後か」

 日が暮れ、夜に差し掛かる時刻。
 人通りの少ない裏路地には2人の男がいた。だが、その雰囲気は和やかからは程遠く——はっきり言ってしまえば「剣呑」であった。
 とある男は、目の前にいる左右の眼の色が違う黒い半纏を着た青年に身動きが取れないように縄で括りつけられ、背中を片足に踏まれていた。
 
——勝てる気がしない。逃げられるとは思えない。

 そう思うような屈強な戦士。
 物々しい雰囲気を肌で感じ取った男は返事に答えることができない。

「雪!」

 青年にそう呼び掛けて、近寄ってくるもう1人の影。
 もう1人の人物は、青年より一回り背の高い偉丈夫であった。夜空の様な黒髪を1束にまとめている。
 青年は目線だけ彼に向ける。

「繋(つなぐ)。此奴で最後か? あのクソガキ(成葉)が他国の間者が紛れ込んでるっつーから虱潰しに潰してたんだが……」
「ああ。恐らくな。成(なる)の調査報告によると間者は5人。主犯の宇津木も捕らえたし、此処に来るまで3人は捕まえた」
「……さっさと帰ってお上(おかみ)に報告するぞ」

 繋、と呼ばれた男に縄を渡す「雪」と呼ばれた青年は。足早に歩きだす。
 振り向いた青年の背中の半纏には大きく「廻」と刻まれていた。
 縛られていた男は、それに見覚えがあった。

「……お前ら、まさか廻皇隊(えこうたい)か……!?」
 
 廻皇隊。
 皇帝を護衛する「近衛隊」と対を為すのが「廻皇隊」である。
 近衛隊の仕事が「皇帝に迫る脅威の断絶」なのに対し、廻皇隊の仕事は——……。
「市民の平穏を護り、害悪を絶つ」ことである。

「知ってんなら話は速い」

 繋は縛られている男の顔を見る。そして、有無を言わせない物言いで男の顔面に手を伸ばした。

「うちの国に間者になりに来たのが運の尽きだったな」

——……男は自らの運命をあきらめた。






「もう捕まえたのですか!? 流石繋様! 花緒感激いたしました!」
「ありがとう花緒。これもみんなと協力したお陰だ」
「んなことよりさっさと報告書渡せ。印刷すんのに10分もかからねぇだろ」

 花緒は天真爛漫に、恋する乙女のような面持ちで繋——、士門繋(しもんつなぐ)を褒めたたえた。
 そんな彼女を見て呆れたように大きくため息をつく青年——雪丸慶司(ゆきまるけいじ)は彼女の仕事場の机をバシバシ叩く。
 それを見てムッとしたのか花緒はつーんとそっぽを向いた。

「私がご不満でしたら成葉ちゃんに直接貰ったらどうですか? 見ての通り、私忙しいんです。というか私の担当、経理ですし」
「成葉がいねぇからここに来てるんだろ……」

 雪丸は額に青筋を立てながら花緒を睨み付ける。
 花緒は不満そうながらも、渋々机の引き出しから報告書を取り出す。
 ふと、思い出したかのように、花緒は、

「そういえば捕らえた間者の方、どのように真皇様は処罰を下したのですか?」
「今はまだ拘置所の中だ。情報がまだ聞けるかもしれないからな。俺が親父……じゃなくて、皇帝にそう提案した」

 この穏やかで人当たりのいい身長の高い男、実は「あの皇帝唯一の嫡男」なのである。そして成葉を始め全員本当に「あの皇帝の息子なのか」と首を傾げる日々であった。
 繋の返事に花緒は満面の笑みで「流石です!」と言葉を返す。
 雪丸は、腕を組み花緒と同様思い出したかのように繋を見る。

「そういやお上とクソガキは?」
「ああ、あの2人なら……」







「これより、亡き我が皇妃の部屋掃除を始める。適宜行動せよ」
「承知しました。上様は決して棚の中や引き出しの中を見ないでください。女性の部屋ですからね」
「何を言う。玉露(ぎょくろ)のことは何でも知っておるのだぞ我。故に、隠す隠さない見せないなどと」
「女性の部屋ですので。この成葉この瞬間で命尽きたとしても、皇妃様のお部屋は絶対に死守して見せます」
「……うむ。流石は元王妃側近文官……。覚悟が違う」

 何時もは忙しく、寝る間もないぐらいの上様が無理矢理時間を見つけ、今日この時刻にて掃除を始める。
 掃除の場所はもう使われていない「亡き皇妃様の部屋」。月1で掃除をする。何時もならわたしが1人で掃除するのだが——上様も「我もやる」とか言い出して今に至る。

 そしてここは女性の部屋。この部屋、10畳ぐらいあるから人手があるのは助かるのだが、如何せん上様は好奇心旺盛なので女性の細かいところを突きかねない。
 今日はわたしがこの部屋の皇帝だ。死んでも——いや、わたしが死にそうだわ。
 何があっても!! 皇妃様の誇りは死守する!!

「では上から埃を落としていくぞ。その後で成葉、お主が箒で掃け。掃除の基本よな。……このこと、近衛長には言うなよ。あ奴には書類に目を通すと言って自室にいることになっておる。気づかれたらあとでグチグチ言われかねん」
「はい……。わかりました……」

 上様は兎も角、わたしも巻き添え食らうもん。
 背骨折られる。というか近衛長おじいちゃんなんだよ? なのに現役で殺しにかかってくるんだ……。衰えろよ……。

 言いたい気持ちを堪えながら、わたしと上様は意外にも順調に部屋掃除を進める。
 上様は窓掃除、わたしは衣類の入っている棚の中の埃を掃除していたのだが……。
 あることに気が付いた。
 
——……下着無くね?

(先月まではあったのに。わたし違う場所に入れたっけ?)

 そう思い、すべての引き出しを開けたのだが——……下着という下履きが全くない。
 それどころか『盗られている形跡が』あった。

「——…………え?」


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