死に方を知らない君へ。

作者/杏香 ◆A0T.QzpsRU

一章 「理想と現実」-3


家の、玄関の前に着いた。
私はポケットの中に入れておいた鍵を取り出し、ドアを開ける。
ドアはすぐに閉め、それから靴を脱いできちんと揃える。
そして、ただいまと挨拶しながらリビングに向かうドアを開けた。

リビングに入ると、お母さんがテレビを見ながらスナック菓子を食べている光景が目に入った。
リビングに響くのは、スナック菓子を食べるパリパリという音と、テレビのにぎやかな音だけ。
お母さんは私が帰ってきたことに気がつくと、私の方を振り返った。
「あー? 帰ってたの?」
いかにもだるそうな、お母さんの声。
"おかえり"と言ってくれないのは、いつもの事。
もう慣れていることではあるが、少し寂しい。
(昔は、ちゃんと"おかえり"って言ってくれてたのにな……)
私がそこに突っ立ったままそう思っていると、それを悟ったかのように、お母さんが私を睨んできた。
「いつまでそこに突っ立ってんの? 早く今日貰ったプリント出しなさい!」
その言葉にハッとして、私は慌ててランドセルを下ろす。
そして、その中に入っているファイルから、今日貰ったプリントをお母さんに差し出した。
「本当に、あんたってノロマなんだから!」
お母さんはそう言うと、私の手から乱暴にプリントを取った。
お母さんは、いかにも不機嫌な表情でプリントを黙読していく。
その隙に私はランドセルを持ち、逃げるように部屋に向かって歩き出す。
お母さんは、私に何も言わなかった。