コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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お前なんか大嫌い!!
日時: 2017/01/29 23:27
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)

「何でお前はいつもいつも邪魔ばかりしてくるんだよ!!」

「うるせぇ! テメェの方が邪魔をしているんだろうが!!」

「「お前なんか大嫌いだ、この野郎!!」」


 この物語は、
 世界の平和を守るために立ち上がった単純馬鹿のヒーローと。
 地獄の秩序を守るために立ち上がった俺様で我がまま死神の。

 超おバカな——アンチヒーロー小説である。


***** ***** *****

 こんにちこんばんおはようございます。また会いましたね、山下愁です。
 この作品は『アンチヒーロー小説』とのたまっていますが、実際にはただのギャグです。満載のギャグです。少しの青春も入っていますが、大体は馬鹿です。宣言できます。
 さて、クリックしてくださった心優しき読者様へ、この小説を読むにあたってのルールがございます。
 守ってくださるとうれしいです。


1 コメントは大歓迎です。
2 荒らし・誹謗中傷・パクリはお断りします。
3 これ別館行きじゃね? と思う方もいるでしょう。大丈夫です。これはここでいいんです。
4 山下愁が嫌い! な方はUターンを推奨します。
5 同じく神作が読みたいという方もUターンを推奨します。全力で。
6 こちらの小説はできるだけ毎週木曜日更新となっています。土日もある場合がございますが、要は亀更新です。


 以上を守って楽しく小説を読みましょう!
 ではでは。皆様の心に残るような小説を書けるように、山下は全力を尽くします。

お客様!! ↓
粉雪百合様 棗様 碧様 甘月様 甘味様 亜美様 noeru様 日向様 ドロボウにゃんにゃん様 猫又様 狐様
人差し指様 なつき様 モンブラン博士様 蒼様 立花桜様 彩様


目次

キャラ紹介>>01 >>03
プロローグ>>02

第1話『ヒーローの定義』
>>4 >>5 >>10 >>13 >>14 >>18 >>19 >>20 >>23 >>24
第2話『死神の定義』
>>25 >>26 >>27 >>28 >>32 >>37 >>38 >>39 >>42 >>45
第3話『姫君の定義』
>>46 >>47 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54
第4話『合宿の定義』
>>56 >>59 >>63 >>66 >>67 >>68 >>69 >>71
第5話『劇薬の定義』
>>78 >>80 >>82 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90 >>91
第6話『幽霊の定義』
>>94 >>95 >>98 >>99 >>100 >>101 >>102 >>103 >>104
第7話『処刑の定義』
>>105 >>107 >>109 >>111


テコ入れ>>112 >>113 >>114


第7話『処刑の定義』
>>117 >>118 >>120 >>125 >>126 >>127 >>130 >>131 >>132 >>133 >>134
第8話『恋愛の定義』
>>135-155
第9話『家出の定義』
>>156-188
第10話『捜索の定義』
>>189-198
最終話『終幕の定義』
>>199-210

エピローグ
>>211

あとがき
>>212



番外編
・ひーろーちゃんねる


キャラクターに30の質問
・椎名昴>>74

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Re: お前なんか大嫌い!! ( No.183 )
日時: 2016/08/08 22:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 落ちる重力と青年にかけられた重力がダブルパンチとなって、昴たち四人へ襲いかかった。まるで上から押されているような感覚に見舞われながら、雫と共に落ちて行った。
 そして最終的に行き着いた先は、広々としたホールのような場所だった。ただし豪奢なものではなく、床石は埃が積もり、ホールの隅には白骨死体が転がっていた。
 ドサドサドサッ!! と床石に全身を叩きつけられた昴たちとは裏腹に、青年だけは軽々と着地を果たしていた。変わらぬ笑みを浮かべたまま、鎌を振り上げる。

「ねえ、どう戦うの? 何をして戦おうか? やっぱり真正面から正面衝突がセオリーかな」
「ハッ!! それがお望みならやってやるよッッ!!」

 真っ先に落下の衝撃から回復したユフィーリアが、素早く跳ね上がって空華を構える。得意の居合の体勢を取り、力強く埃っぽい床を蹴飛ばした。弾丸を超える速度で少女の矮躯は前へ突き進み、薄ら笑いを浮かべる青年へ肉薄する。
 ユフィーリアに次いで復活が早かった雫が、青年を斬り飛ばそうとするユフィーリアへ叫ぶ。

「ダメッ!! そいつは——!!」
「ダメだよ、僕の花嫁」

 すでに時は遅かった。
 青年は鎌の先端をユフィーリアへ向け、笑ったまま唱えた。

「適用『空間歪曲』」

 その瞬間。
 ユフィーリアと青年の間を隔てるように、空間がぐにゃりと歪んだ。水面のように空間が揺らぎ、歪んで、壁を成す。
 攻撃を止めようにも、放たれた薄青の刃は止まらない。斬撃は揺らいだ水面のような空間へ吸い込まれて消えてしまった。消えてしまったのだが、

「が、ァ!?」

 切断されたのは、ユフィーリアの背中だった。
 一体なにが起きたのだろう。ユフィーリアの有する能力は、視界に入った如何なるものでも切り裂き殺す切断術だ。ユフィーリアの背中は見えていなかったはず、それが何故。

「僕に攻撃は効かない。君たちは、君たちの能力で死んでいくんだ。——最高でしょ?」

 背中に受けた自分の攻撃に、ユフィーリアは舌打ちをする。そうなれば、殺傷力が最も高いユフィーリアの攻撃は危険すぎる。青年の首を飛ばすどころか、自分の首が飛びかねない。そうなれば、手も足も出やしない。
 空華を床に突き立てて、杖のようにして縋りつくことでなんとかユフィーリアは立っていられた。さすが地獄最強の処刑人、体力もけた違いのようである。
 落下の衝撃から回復した昴、翔、ハニーの三人は青年へどうやって攻撃するか思案していた。攻撃が跳ね返ってくるのであれば、攻撃の手段がない。この状況を果たしてどうやって切り抜けるべきなのだろうか。
 いつまでも飛びかかってこない昴たちに、青年は首を傾げた。

「どうしたの? 威勢がいいのはこの子だけ?」
「ッてェ!! 触んなボケッ!!」
「あはは、元気がいいなあ」

 笑いながらユフィーリアの背中に刻まれた傷を指先でつつく青年。存外加虐思考溢れているようだ、その表情が生き生きとしている。
 昴は極小の舌打ちをし、意を決して耳元のヘッドフォンへ手をかけた。このヘッドフォンの電源を切れば、昴は本能に身を委ねて動けることとなる。
 しかしそうすることで、周囲がいつの間にか傷ついているのも事実だ。それにもし、青年に攻撃が効かなかったらどうする。自分だけではなく他人も傷つけて、本当に勝ち目がなくなってしまうではないか。
 何もできない自分が恨めしい。恨めしい、が。

「ここで、行動できなきゃ——喧嘩を売った意味がねえだろうがァッ!!!!」

 ドゴォッ!! と昴は地面にクレーターを作りながらも走り抜け、青年の懐に飛び込んだ。
 しかし、昴の攻撃を見切っていたのか、青年はユフィーリアにそうしたように、空間を歪ませる。自分に攻撃が飛んでくるか、他人に攻撃が飛んでいくか。それは青年の匙次第だ。
 振り抜かれた拳は止まらず、自分か他人を傷つける覚悟を決めたその瞬間、背中に衝撃が生まれた。

「ぐはッ!?」

 殴り飛ばされたのだ。横合いから。鎌で。
 昴の体は空中を舞い、あらぬ方向へ飛んでいく。空中で体勢を立て直しながらも、昴は己の背中を殴り飛ばした怨敵を目の当たりにした。
 急いで走ってきたのだろう、息は上がっているし双肩も激しく上下している。だがその瞳——炎を思わせる紅蓮の双眸だけは、変わらず炯々とした光を宿していた。

 い け

 や れ

 全てがスローモーションに映る。
 背中を殴り飛ばした忌々しいクソ死神は、親指をピンと立てると直角に下へ向けて笑った。
 体勢を立て直し、昴は拳を引っ込めて足を伸ばす。首を飛ばす処刑道具のように振り上げられた足は、青年の脳天めがけて振り下ろされた。

「うぉぉぉおおおおおおおお!!!!」

 ドゴォォッッッッ!! と轟音がして、青年の体が床石に半分近く埋まった。第三宇宙速度で河原やビルを吹き飛ばすヒーローの、渾身の一撃が青年の脳天に決まったのだ。生きている訳がない。
 カクン、と青年の頭が落ちる。気絶しているのか、項垂れている為に青年の表情は見えない。

「……死んだ?」
「死んだか」
「じゃあ終わり? アタシ切られ損じゃねえかふざけんな殴らせろ!!」
「ハニーなんかきた意味ないじゃんビームさせてぇぇ!!」
「え俺!? 俺じゃなくてこいつにしろよ!!」

 処刑人姉妹が欲求不満のあまり、昴へと殴りかかろうとしたところで。
 下から声。


「適用『時間静止』」


 ピタリ、と。
 ユフィーリアの動きも、ハニーの動きも、昴の動きも、翔の動きも、雫の動きも、全てが止まった。
 何が起きたのか。終わったと思った心が、急激に冷えていく。悪い方向へ突き進んでいっている。

「あーぁ、痛いな。咄嗟に空間歪曲を発動させなきゃ僕の頭は粉々だったよ。でも衝撃でもすごかったな、ちょっと痛かった」

 よいしょ、と青年がずるりと床板から抜け出てくる。コキコキ、と首の骨を鳴らして、青年は緩やかに微笑んだ。
 その微笑が、どうにも、
 昴にとって見たことがあるもので。

「君、面白いね」

 寒気のするような笑みと共に、青年はトンッと鎌の先端で床石を叩く。見る間に床石が元に戻り、そして。
 頭が割れんばかり——いや、それ以上の衝撃が昴の頭に叩きつけられた。それが、青年へ与えた踵落としの衝撃だと気づくのは、昴が気絶してからだった。
 ゴシャッ、という破砕音と一緒に、全ての音が消える。




 ——殺せ、と本能が囁いた。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.184 )
日時: 2016/08/28 23:07
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

ごめんなさい、明日更新します

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.185 )
日時: 2016/09/05 12:19
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 遥か昔の記憶だ。
 暗闇に落ちていく青年へ手を伸ばして、泣いた記憶がおぼろげながらある。

 ぜったいに たすけに きてね

 しんじてる

 音のない世界。本能だけが自分に話しかけてくる世界において、彼は自分に言葉を教えてくれた。心を教えてくれた。
 閉ざされていく暗闇を前にして、ただ呆然と立ち尽くした自分は青年から与えられた心に決めた。

 絶対に彼を助けると。


***** ***** *****


 ヘッドフォンが壊されたことにより、昴の瞳から光が消えうせる。体中の筋肉が弛緩し、その直後にむくりと起き上がる。
 ゆらりと顔を上げた彼は、無表情だった。仄暗い双眼で青年と、凍りついた表情をしている翔とユフィーリア、不思議そうに首を傾げているハニーと雫を順に見やる。
 見やっただけで、彼のやることは一つだ。

「ころす」

 ふと呟いた昴は、ドンッ!! という轟音と共に一歩踏み出した。砲弾のような勢いで青年へ肉薄した昴は、殺人級の拳を振り上げる。
 しかし青年の時を止める魔法によってその動きを止められ、昴は床石に叩きつけられた。

「あはは。すごいね君。どうしたの?」

 青年は楽しそうに笑っていた。本能に飲み込まれた昴を前にして笑えるなど、後にも先にも青年だけだろう。
 ところが、青年からの重力攻撃を受けた昴は、ピクリとも動かなくなった。死んだのだろうか。
 二人の行く末を見守っていた四人は、頼みの綱が断ち切れたことに絶望を感じ始めていた。攻撃対象がこちらに向いていなかったから、これはいけると踏んだのだが。

「オイ、ポンコツヒーロー!! 何をしている、起きろ!!」

 翔が罵倒を織り交ぜて叱責すると、むくりと昴が起き上がった。まさか攻撃対象がこちらに向くのではないかと思った翔とユフィーリアが、昴の行動に対して身構える。
 昴はうつろな双眼で青年を見据え、それから、


「ぐろーりあ?」


 首を傾げた。
 というか、対話が成立した?

「それ誰の名前? 僕の名前なの?」
「ぐろーりあ」
「どうして僕をそうやって呼ぶの?」
「ぐろーりあ」
「君は一体なんなの!?」

 先ほどの余裕そうな表情から一転して、緊張した面持ちの青年は昴へ怒鳴る。
 昴はにっこりと笑みを浮かべて、

「たすけ、きた」

 殺す為ではなく、昴は青年へ手を差し出した。まるで握手を求めるかのように、暗がりから誰かを助けるように。

「おくれた。ごめん。たすける。まってて」
「助けなんて必要ないよ!! 僕はここの化け物だ、君の敵だ!!」
「ちがう」

 差し伸べられた腕を振り払って、青年が昴の言葉を否定する。
 しかし、本能に飲み込まれながらも理性の昴が彼を助けようとしているのか、それとも本能の昴が彼を本当に助けようとしているのか、昴が青年の腕を握りしめた。折る為に、ではなくただ掴んだ。遠くに行く彼を止める為に。
 緩やかに首を横に振り、笑顔を保ちながら昴は言う。

「ぐろーりあ。ともだち」

 その言葉に、その場にいた全員が凍りついた。まさかこの殺す為だけに特化した暴走状態の昴と、何人も月の住人を殺してきた青年が友達だとは誰も思うまい。青年も固まっていたのは謎だが。

「オイ、ポンコツヒーロー。奴と友達なのか」
「ともだち」
「相手は否定しているみたいだが。というか固まっているのだが」
「たすける」

 昴はヒョイと青年を抱き寄せて、俵担ぎにしてしまう。怪力の昴ならば、彼一人を運搬するぐらい余裕だろう。
 ようやっと我に返った青年は、担がれた昴の腕から逃れる為に全力で暴れた。時間を操る能力を使えばいいのに、彼はバタバタバタバタと昴の肩で暴れに暴れて抵抗する。

「やめて! おろして!!」
「たすける」
「助けなんていらない!!」
「たすけ、る」

 昴はスタスタとホールの奥へ向かうと、蹴り一つで石の壁に風穴をぶち開けた。相も変わらず素晴らしいぐらいの怪力である。味方でよかった。
 呆然としている四人に昴が仄暗い視線を向けて、首を傾げた。

「いこう」
「「「「……お、おう」」」」

 おそらく逆らえば命はない。そう直感した四人は、昴の背中を追いかけてホールをあとにした。
 ————背後から、ずるりと何かが這い出てくる音は聞こえてなかった。

***** ***** *****

 もう抵抗する気も失せたのか、青年は昴に担がれたままシクシクと咽び泣いていた。男としての矜持が許さないのだろう。
 その姿が哀れに思えてきた翔が、青年へ問いかける。

「椎名昴は貴様を友人だと認定しているが、本当か?」
「しらない……ぼくこんならんぼうなおともだちしらない……」

 シクシクと泣いている青年は、顔を覆う手の隙間から翔の顔を覗き見る。

「もしかしたら覚えてないだけかも。僕はあくまで本当の敵の身代わりだから」
「本当の、敵?」
「『それ』は人の姿をしていない。傀儡が必要なんだよ。人の姿をしていない子が、花嫁なんか強請る訳がないでしょ?」

 青年の言葉になにか思うところがあったのか、ユフィーリアが足を止めて背後を振り返った。
 暗い廊下の向こうから、ずるりずるりと何かが這い寄ってくる。足元から冷たい空気が肌を撫で、嫌な予感が背筋を駆け上がる。自然と担いでいた空華を構えて、闇を睨みつけた。

「ユフィーリア?」
「くるぞ……でかい何かが!!」

 ユフィーリアの瞳は完全に獲物を狙う瞳だった。
 次の瞬間。足元の廊下が不意に途切れ、ずるりと闇の中に炯々とした金色の瞳が二つ輝く。じろりとその瞳は花嫁姿をした雫を見下ろして、にんまりと笑みを作った。
 青年を抱える昴は、道が途切れたことによって足を止めた。静かに青年を下した彼は、空中で輝く金色の瞳を見上げて言う。

「じゃま。するな」

 それは明確な敵意だった。殺意に塗れた彼を見てきた中で、初めての光景である。
 今の彼は味方だと判断した翔は、赤い鎌を構える。ハニーも同様に、額から電流を放出させて相手を威嚇していた。
 ここからが、花嫁を助ける為の最後の戦いである。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.186 )
日時: 2016/09/06 12:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 殴る。蹴る。ブン投げる。
 椎名昴が得意とする単純明快な攻撃が、何故今の彼がやると威力が増すのだろうか。
 死神の東翔や、処刑人のユフィーリアは面と向かって今の彼と正面衝突を果たしたことがあるが、ユフィーリアの姉であるハニーや今回の主役である雫は、現在の彼の状態を見たことがない。

「……ねえ、何あれ」

 雫が怯えが入り混じった声で、翔に問いかけた。
 暗がりからずるりと這い出てきた謎の怪物とは、昴とユフィーリアが対峙している。翔は、謎の怪物から這い寄ってくる触手のようなものを片っ端から焼き払っていた。
 ズゴンドガンッ!! などという轟音を聞きながら、

「あれが椎名昴の本性だ。ヘッドフォンを外すとああなる」
「じゃあヘッドフォンを嵌めればいいじゃん!! 何でそうしないの!?」
「それをやると、おそらく勝率が半減する」

 ビュッと飛んできた触手に地獄業火をお見舞いして、翔はちらりと背後を一瞥した。
 謎の怪物と昴・ユフィーリアの対決を、固唾を呑んで見守っている黒髪紫眼の青年。椎名昴の本性が、謎の怪物と戦う理由。
 椎名昴は、彼を守る為に拳をふるっている。母性本能というかほぼお節介の塊である彼の『理性』が取り払われ、誰彼構わず殺そうとする本能が彼の為に戦っているのだ。
 おそらく彼を差し出せばこの場は救われるのだろうが、そうすると今度は椎名昴自身が敵に回る可能性がある。

「なんだかよく分かんないけど、雷撃をお見舞いした方がいいねっ☆」

 事情をよく分かっていないのか、ハニーがやおら仁王立ちをするとパチンッと綺麗にウインクをした。
 その瞬間、謎の怪物の脳天に雷が落ちた。ゴロゴロピシャァーンッ!! と雷鳴が轟く。謎の怪物の悲鳴じみた「ぎぎゃああああ」という声が、その場で戦う者の鼓膜を震わせる。

「オイ、姉貴!! いきなり雷撃ぶちかましてくんな!!」
「ごっめーん☆」
「クッソ、あとでプロレス十三コンボしてやる……!!」

 雷撃の被害をもろに食らったユフィーリアは、姉の軽率な謝罪の仕方に舌打ちをした。そしてあとでプロレス技を十三回連続で見舞ってやることを決意する。果たして彼女の関節が持つだろうか。
 謎の怪物の勢いは収まらず、それどころかハニーの攻撃に対して怒ったのか、さらに触手が増えてきた。足元、頭上、あちこちから這い寄ってくる触手を翔はまとめて薙ぎ払うが、そろそろ処理が追いつかなくなってきている。
 椎名昴とユフィーリアは、なんとか前線で持ちこたえているが、力尽きるのも時間の問題である。どうにかしてこの状況を打開しなくては。
 チッと触手を薙ぎ払うしかできない自分に対して舌打ちをすると、背後から青年が泣きそうな声で叫んだ。

「やめて! お願いだから、僕を助けようとしないで!! どうせ僕はここから出られないんだから、お願いだから!!」
「い や だ」

 青年の訴えに、椎名昴の明確な拒否。そして昴は握りしめた拳を、謎の怪物の顔面に叩きつけた。顔面がへこんだ。
 ぎゃあぎゃあと喚く怪物に負けないぐらいに、青年の訴えが続く。

「どうしてそんなに頑張るの!? この子だけ助ければいいじゃん!!」
「やくそくした」
「覚えてないよ!! だって僕は君の名前を知らないもん!!」
「おぼえてる」

 ユフィーリアが足に絡みついた触手を切断した。切断した触手がバタバタとトカゲの尻尾の如く暴れ狂ったので、一度刃を鞘に納めて再び抜き放つ。今度こそ粉微塵となった。
 椎名昴は連続で拳を怪物の顔面に叩きつけた。空中に浮かぶ金色の双眼に、涙が滲んでいるような気がする。彼の容赦のない攻撃に、謎の怪物が悲鳴を上げている。

「ぐろーりあ。ことば。おしえた。
 ぐろーりあ。いきかた。おしえた。
 ぐろーりあ。しんじて。くれた。
 だから。たすける」

 確かな少年の意思に、青年が「ッ……」と息を呑む声を聞いた。

「クッソ、押されてる……!! オイ、翔!! 雫とそこの泣き虫を抱えて式場から飛び出せるか!?」
「俺にそんな身体能力を要求するなッ!! ポンコツヒーロー、貴様が——ああ、無理か何も聞こえていないか」
「ハニー、花嫁ちゃんを抱えるから花婿君は頼んでもいいかな?」

 謎の怪物の注意が椎名昴へと逸れた隙を見計らって、早くも撤退作業が進められる。傷つきながらも殿を務めるべくユフィーリアが、逃げる準備を進める四人の前に立ち塞がり、翔が青年を抱えてハニーが雫を横抱きにする。
 しかし、翔に抱えられた青年が、唐突に「あはは……」と力なく笑った。

「ごめん。ちょっと下ろしてくれる?」
「……身を投げることは勘弁しろ。貴様がいなくなれば、誰が奴の手綱を握るのだ」
「そんなことしないよ。せっかく気づかせてくれたんだもん」

 青年の言葉を信じて、翔は彼を下した。
 懐中時計が埋め込まれた大鎌を携えて、彼は一歩ずつゆっくりと謎の怪物へと近づいていく。

「椎名昴だなんて呼ばれているから、分からなかったよ。そっか。約束を果たしにきてくれたんだね。信じて待ってた甲斐があったよ」

 ゆらりと鎌を持ち上げて、その切っ先が謎の怪物へと向けられる。
 金色の瞳が歪み、触手が青年めがけて飛んできた。誰もが息を呑んだ瞬間だった。
 青年は避けようとしない。むしろ、彼は笑っていた。


「ありがとう、『タナトス』——君を信じてよかった」


 聞き覚えのある言葉に、翔の思考が停止しかけた。確か椎名昴に幽霊が憑りついていた際に、黒こげの幽霊が成仏する寸前に囁いた言葉だ。
 タナトス。非情な死の神を意味する言葉。精神面においては、破壊欲や殺戮欲を司ると言われているもの。
 トドメだと言わんばかりの勢いで放たれた椎名昴の蹴りが、ついに謎の怪物の顔面を抉り取った。気持ち悪かった。完璧な着地を果たした椎名昴は、青年へ振り返って柔らかな微笑みを見せた。

「やっと。よんでくれた」

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.187 )
日時: 2016/09/07 12:25
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 青年の鎌に埋め込まれた懐中時計の針が、急速に戻り始める。ぐるぐるぐるぐる、と目まぐるしく時が戻り、そして青年の手には椎名昴がつけていたヘッドフォンが握られていた。
 ヘッドフォンを片手に椎名昴へ歩み寄った青年は、彼の頭にヘッドフォンを装着させる。その瞬間に、昴の双眼に光が宿り、理性を取り戻した。

「……? うおお!? お前なんでここにいんだ!? え、何この怪物気持ち悪ッ!! 誰がやっつけたんだよ!!」
「君だよ。椎名昴君」

 ニコニコと朗らかに笑う青年に対して、昴は先ほどの柔らかな笑みから一転させて訝し気な目線を彼へ突き刺す。瞳は「何故自分の名前を知っているのか」と物語っていた。
 試しに青年の背後にいる忌まわしき敵の東翔及びその一派に視線を投げると、彼らは揃って首を横に振った。翔に至っては、「貴様に関係があるのだろう」とジェスチャーで言ってきた。いや知らないし。
 ならどこかで交流でもしたのかと自分の記憶を探ってみるも、やはり無意味だった。まっさらである。もしかして十歳前後に交流でも持ったのだろうか。

「覚えてなくて当然だよ。僕がここに閉じ込められたのって、君が五歳か……えっと六歳ぐらいだったからね。でも、『君』はきちんと覚えててくれたよ」

 スッと手を差し出され、青年は初めて、己の名を口にした。

「僕はグローリア。君の友達だよ。よろしくね」


***** ***** *****


 恐ろしい化け物の正体は青年——グローリアではなく、謎の怪物の方だった。
 そしてその謎の怪物は、本能に飲み込まれた状態の椎名昴がぶち倒してしまったので、東翔一派は終盤出番はなかったらしい。らしい、という表現を使うのは昴自身が覚えていないからだ。
 月の住民はおろか、王宮からも感謝された昴たちは、仲よく揃って雫の兄の操作する飛行物体に乗り込んで、地球を目指していた。月が平和になれば、あとはもう用はないということである。
 ただ、行きと帰りで違う点が一つある。人員が一人増えたのだ。

「……で、お前は何で一緒に地球に向かってんだ?」
「君が行くなら僕も行くのが普通でしょ?」

 ジト目で睨みつけられたにも関わらず、相も変わらずニコニコとした笑みを浮かべている青年——グローリア。なんか知らないけど懐かれたような気がする。
 彼が言うには、グローリアと昴は昔からの友人らしい。人伝というよりグローリアが言うのだから、信用はできない。が、攻撃してくる気配もないのでこのままにしておいている。
 翔もユフィーリアもハニーも、そして雫もグローリアのことを警戒していたが、彼が攻撃してくる気配がないので、一応警戒心だけは持っていることにしたようだ。その為、若干距離が遠い。

「まさか俺の家に住むって訳じゃ」
「そのつもりだけど? 僕、地球に家ないよ?」
「マジかよ嘘だろ!?」

 いつにもましてバイトを増やさなければならない状況になりそうで、昴は頭を抱えた。大家族である。あのぼろアパートの許容人数を超えている気がする。
 昴が不幸になるさまが面白いのか、翔がゲラゲラと指をさして笑った。

「ザマア」
「やっぱりお前はここで落とすべきだと思うんだ!! 俺の判断は間違ってないよなァ!?」

 ガッと翔の胸倉を掴む昴と、いまだゲラゲラと笑っている翔。いつもの一触即発の空気が漂い始める。
 その時だ。
 グローリアが不意に動き出し、翔と昴の間に割って入る。いつもなら誰も仲裁しないし、することもできない喧嘩を、彼がサラリと止めてしまったのだ。これには二人も驚いた。

「お、オイ。邪魔すんなよ!! お前も落とすぞ!? つかやっぱ敵かよ!!」
「ううん。僕はいつだって昴の味方だよ?」

 ハイ、とグローリアが差し出したのは、なんと翔の腕だった。それを昴の手にがっしりと掴ませて、「放さないでね」と念を押す。
 次いで彼は、彼の武器であろう鎌の先端で、UFOの床をトントンと叩いた。

「適用『空間歪曲』」

 翔の足元の空間が揺らぎ、ずるずると翔の体が床板に飲み込まれていく。体半分ぐらい床板にめり込んだところで、翔が悲鳴を上げた。

「あああああああ足場がないだとなんだこれはどうなっているあああああああああああああ」
「あはは。空間に穴を開けて、機体の外に繋げてみたんだ」

 悲鳴を上げる翔を見下ろして、グローリアが楽しそうに笑う。その微笑みはまるで悪魔のようだった。
 可愛らしく小首を傾げた彼は、忌まわしきヒーローの腕が命綱となっている死神に対して囁きかける。

「昴をいじめると、僕も怒るからね?」

 つまりは。
 椎名昴の友人とのたまう彼は、東翔の敵だったようだ。

「き、貴様も大嫌いだぁぁああああ」
「奇遇だね。僕も君はちょっと好きじゃないなー。昴、頑張ってね。いつ地球に到着するか分からないけど、この子のこと支えてあげてね」
「ちょっと腕疲れたから放していいかな」
「やめろふざけるなおち、落ちるあああああああああああ」

 二人がかりで苛め抜かれている翔を、エイクトベル姉妹は腹を抱えて笑って見ていた。


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