コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 【完結】脇役にもなれない君たちへ
- 日時: 2015/01/25 03:29
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
「脇役にもなれない君たちへ!」
はじめまして。懲りない人です。
タイトルは長いので「にもなれ」って略します。なんか上から目線なタイトルですんません。
※ついっつぁー @iromims
※1/8 2014年小説大会3位入賞ありがとうございます。
※1/25 完結しました。ありがとうございます。(´▽`)
1/1 参照200突破
1/3 参照300突破
1/5 参照400突破
1/8 参照500突破
1/10 参照600突破
1/?? 参照700突破
1/21 参照800突破
episodeA 「私の小さな沈丁花」
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8
episodeB 「公開処刑的RMT」
>>9 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>17
episodeC 「汚れた夜に銃声を」(R15くらい 注意!)
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24
episodeD 「落ちこぼれたちのロックンロール」
>>25 >>27 >>30 >>31 >>32 >>33
episodeX 「脇役ではいられない俺たちへ」
>>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
episodeE
>>41
登場人物 >>26
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.33 )
- 日時: 2015/01/14 01:19
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
うまいもので機嫌を直すとは、単純な奴らだと思う。美味しそうにオムライスを頬張る夢乃が、「涼太郎くんがここまでしてくれたんだもん、免じて許すわ」と言っている。対する三好も無言でハンバーグを食べていた。
「……ふふ、心配して損しましたね」
英語の単語ノートを胸の前に持って、ふんわりと微笑むエリカが、二人に母親のような視線を向けている。俺からしてもこいつらは子供以下だ。さっき野良猫と野良犬に例えたが、それより下かもしれない。三好も夢乃も、人間として大切な何かが欠如している気がしてならないのだ。……心配だな。この2人は絶対くっつけない方がいい人間なのに、どうしてこうなったのか。
「そういえば、ですね。 今日の8時に、流星群が見えるらしいんですよ!」
ぱちんと手を叩いたエリカに、「わ、驚かせないでくださいよ西澤さん」と三好がフォークを運ぶ手を止める。流星群か。あの河川敷に、昔家族と見に行ったな。そんなことを思っていると、キラキラで夢のあるものが大好きな夢乃が、「見に行きたいなあ」なんて言い出した。
「ええっとですねえ……ふたご座流星群、です。きっと綺麗なんでしょうね」
スマートフォンから顔を上げて微笑むエリカが、画面を見せる。満天の星空に浮かぶ星がとても綺麗だった。
これを見て終わりにするのが、最後の部活動には相応しいかな。明日からエリカは塾通いになると聞いた。三好も明日から追試があるらしい。時計の針は、午後5時ぴったりを指している。
「見に行こうぜ、それ」
「ほんと!? いいの? やったあっ」
幼子のように喜ぶ夢乃が、オムライスを食べるのもやめてエリカと一緒に喜んでいる。……俺はエリカを誘ったのであって、お前は誘っていないんだけどな。「わあ、遠山さんっ、楽しみですね」と笑っているエリカが、ふいにこっちを向いて、ありがとうございます、と言った。
「……え、僕は明日の追試の勉強……」
「ごたごたうるさいんだっつーの、どうせ勉強もしないくせにっ。行くわよ」
夢乃のその意見はごもっともだが、もう少しオブラートに包んでも良いのではないだろうか。第一印象ではしっかり「清楚」と頭の中に植え付けてしまうのに、こんな姿を誰かが見たら別人かと思うかもな。助けを求めるように俺に視線を泳がせてきた三好に、エリカが「三好くんも行きましょうよ!」と声をかける。すっかりお姉さん的な立ち位置になったエリカに、ここまで育てた甲斐があったなと一人で悦に浸っていると、俺が頼んだフライドポテトが運ばれてきた。
どんないきさつがあったとしても、やっと4人揃ったのだ。もう人生で二度と集まらない面子かもしれない。俺はポテトを一つ取って、口に投げ入れた。
「医者になる」だかなんだか言って、勝手に俺から離れようとする、随分明るい性格になったエリカ。あのテストの日と比べて、三好も顔色が良くなった気がする。夢乃だって、人前でこんなに感情を出すタイプじゃないから、なんだかんだ言って、ここに4人が集まったのは、いいことだったのだろう。無理矢理そう思い込むことにしよう。細かく考えるのは苦手だし、疲れる。
「ねえ、流星群の時間までどうする?」
ファンタを飲み干した夢乃が、俺たちに聞く。まあそれは、適当に時間を潰していればいいだろう。ゲームセンターに行って三好がユーフォーキャッチャーに大金を注ぐのを見て楽しむのも良いと思うし、カラオケなんかに行ってエリカの未知数である歌唱力を確認するのも良い。高校生の行動範囲なんてそれくらいだろう。あ、夢乃さんあなたは別として。
「あ、それじゃあですね、私、みなさんと行きたいところがあるんです!」
全員の視線が、エリカに向く。鞄から取り出したのは、クーポン券だろうか。
「映画、見に行きたいんですっ!」
そんな目で言われれば、断れないじゃないか。
今流行りの恋愛映画のクーポン券が、机に並べられていく。詳しいあらすじは知らないが、確か四角関係の話だった気がする。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.34 )
- 日時: 2015/01/14 19:29
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 主人公は夢乃だったりします。嘘です。
面白くない映画だな、と思った。
画面に釘付けになっている西澤さん、今にも寝てしまいそうな涼太郎くん、どうでもよさそうにスクリーンを見ている三好くんを順番に見ながら、私はスマートフォンの電源を付けた。
episodeX 「 脇役ではいられない俺たちへ 」
「……映画泥棒」
隣で三好くんが呟く。
カメラのアプリを起動しているわけでもないのに、言いがかりはやめてほしいな。……なんて言っても、私は既に彼には失望された身だった。そして、私も彼に失望している。涼太郎くんが言ったとおりだった、私は馬鹿だが三好くんも同じくらいの馬鹿。そして馬鹿同士のケンカに巻き込んでしまった涼太郎くんや西澤さんには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
映画は終盤にさしかかり、主人公である美森アキナという少女が、彼氏と和解するべく、なにやら綺麗事を吐きながら走っていた。
この映画はこうして、綺麗に終わっていくんだろう。主人公たちは幸せになれたけれども、それ以外の人々はどうなったのだろうか。結局は自分たちだけが幸せならそれでいいのだろうな。これだから私はこういうお涙頂戴ストーリーが嫌いだ。
我ながらひねくれた人間だな。バットエンドだと文句を言うくせに。
「ねえ、三好くん。私があげた一万円は、もうゲームに消えたのかな」
「映画観なよ」
「あ、図星」
私はスマートフォンの電源を再び落として、鞄の中から「お小遣い帳」を取り出した。この頃の私は、なんでもキラキラして見えていたな。つい2日前のことだけど、ずっと昔に思える。今ふたつ隣の席で、ハンカチを目尻に当てて画面に熱心な視線を注ぐ西澤さんと同じ瞳をしていたと思う。羨ましくて仕方なかった。
映画の中の主人公が、わざとらしく涙を流して何かを叫んでいる。
「夢乃さん、僕さぁ」
「……なに?」
「ゲーム、さっき消そうとしたんだよ」
「はぁ!?」
あまりの衝撃発言に、映画館ということも忘れて大声で聞き返してしまう。幸い劇場内はガラガラの空き空きで、私たち以外には目立った客はいないのだが、西澤さんがばっとこっちを見る。ああ、邪魔してごめんなさい。
三好くんといえばゲームだし、昼ご飯も食べないでゲームしているくらいだし、携帯を取られたときは泣いてたし(あの時はなぜか私が悪いみたいなことになっていてちょっと引っかかるものがあった)、私との約束を破ってまでゲームにお金を注ぎ込むような人だったのに、なんで。開いた口が塞がらない私に、三好くんは追い打ちをかける。
「……正確には、アカウントをオークションに出して、少しでもお金になればって」
「う、嘘でしょ? 飽きたの? どうしたの?」
「だって最初は夢乃さんが……」
「ええっ!? あたし? なんであたしが出てくんの!?」
「静かにしろよ、夢乃」
涼太郎くんが私を注意してきたので、私は少しだけ声のトーンを抑えた。しかし驚きは収まる気配はなく、私は頭の上にまたもやはてなマークを量産するのであった。
「だって、僕はこのゲームのせいで今こんな事になってるんだし」
映画館の暗さのせいで、三好くんの表情は見えないけれど、きっと夢から覚めたような顔をしているんだと思う。
私は、三好くんがゲームをやめるのをやめてほしい。三好くんがゲームをやめて、現実に目を向けてしまったら、私は誰に「魔法少女になりたい」と吐き出せばいいのか。ほとんど無理矢理に映画館に連れてこられた三好くんなりの悪質な冗談なのかもしれないが、冗談にしては重い空気な気がするのは、映画がクライマックスに差し掛かっているからではない。西澤さんは医者になりたいらしいし、涼太郎くんも進路を決める時期だし、どうしてみんな私から離れていくんだろう。
エンドロールが流れ出す。西澤さんが、「あ、この乃木まといさんっていう女優さん、最近好きなんです」と笑っている。
最後の最後に映し出されたのはほかの映画の宣伝だった。中学生の女の子が魔法少女になって、世界を変えるというストーリーらしい。ぼんやりとそれを眺めていると、三好くんが私を嘲笑するように「夢乃さん、こーいうの見に行くんでしょ」と言ってきた。
「……行かないよ。私だって、現実見るよ」
咄嗟に出た嘘は、映画館の喧騒にかき消された。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.35 )
- 日時: 2015/01/17 19:31
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
映画館から出て、少し前で何かケンカみたいなことをしている涼太郎くんと、三好くんの後ろを西澤さんと歩く。冬なだけあって日はとっくに沈み、次は三好くんの提案によって図書館に行くことになった。私は普段本なんて読まない人だから、その誘いにはまったく乗り気じゃなかったけれど、あのネオン街に入れば自分はまた何をするかわからないから仕方なく従うことにした。
携帯以外に何で見るんだよ、と三好くんの声が聞こえる。そりゃあなあお前、パソコンだろと涼太郎くんが馬鹿にするように言い返す。ケンカは雰囲気が悪くなるからやめてほしいなあ。それに私はまだ風邪気味だし、もう帰りたいなと思う。それを察したのか西澤さんが、「ドラッグストアに寄りましょうか?」と心配そうに聞いてきた。
「あ、いやあ。大丈夫です」
「それなら、良いんですけど……最近、ウイルス性胃腸炎が流行ってるらしくて、心配です」
「そんな変な病気があるんですね」
病気や薬の知識がある西澤さんは、きっとどっかの大学の医学部に入ってしまうと思う。私はお父さんから法学部を受験するように言われているが、法律よりはメイクとか、ファッションとかの方が好きなんだけどな。それをお母さんに話したらお母さんは笑って、「将来離婚する時に、法律が分かってたら確実に勝てるわ、慰謝料いっぱいもらえるわよ」と言った。私は親にすら将来離婚しそうだと思われているのだろうか。私の両親は離婚もしていないし、娘の私から見る限り夫婦円満だと思うのだけれど。
私はテストの成績も上の中ぐらいではあると思っているし、学年ではトップ10から漏れたことがない。援助交際がバレない限り、指定校推薦も貰える。自分の将来の可能性を自分で潰していることを知って笑いそうになる。あと2年もあればバレるかもなあ。西澤さんはこのままうまくいくんだろうな。涼太郎くんは就職するのかな。
映画館から図書館までは、歩いて15分くらいの距離にある。冬風に吹かれて、寒い寒い言いながら歩く冬道は少し凍っているような気がする。前に雪が降ったとき盛大に転んでいた小学生の子を思い出した。大丈夫かなあ。三好くんとか転んだりしないかなあ。
「遠山さんは将来のこととか、決めてるんですか?」
「うーん、私はあんまり」
「ですよね、まだ1年生だし、早いですよね」
西澤さんはそう言うけれど、有名な頭のいい大学に行くなら1年生の頃から勉強しなければいけないし、来年授業選択を間違えると受験すらもできない大学が出てくるし、早く決めてしまわないといけないのは分かっている。さっきの三好くんの「ゲームを消す」発言でも思ったけれども、そろそろ私も夜の街だとか、魔法少女だとか、決別しなきゃいけないのはわかってる。わかってるはずなんだよ。どうも2年生とか3年生の先輩と一緒にいると、その辺を意識させられる。
……でも、今の私はこのままで、変われないんだと思う。それは三好くんも一緒で、私はたぶん、「三好くんも似たようなことをしているから」と思い込んで、勝手に安心していたんだろう。三好くんがいくらゲームに課金しようと進学に影響することはないが、私の場合していることは犯罪だから、実際のところ私は彼より何倍もやばいのだが。
あーあ、悔しいなあ。三好くん以下ってどんだけ酷いんだよ。そう思うけど、「絶対に私はこのままで変われない」とも思ってしまって、どこへも行けない。すべてはあの時夢見た魔法少女が悪いんだ、と思っていたところで、思いっきり滑って転びそうになった。
西澤さんが腕を掴んでくれなかったら、私は盛大に地面に転んでいただろう。
驚いて振り返る三好くんたちに、「あ、あははっ」と苦笑いして、私は憎き地面に舌打ちした。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.36 )
- 日時: 2015/01/20 00:41
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
夢乃さんが、「んー、私普段読書とかしないんだよね」と悩みながら本棚を歩いている。そして気に入ったのか、「ニーチェの言葉」が並べられている前で立ち止まり、重そうに分厚い本を取り出した。最近の女子高生はこんなものを読むのか。
今夢乃さんと僕と西澤さんと笹村先輩は、図書館に来ていた。これを提案したのは僕で、ずっと前に借りた本がまだ鞄に入っていたから返そうと思っただけだ。返却口へ行くとなんと期限を3ヶ月も過ぎていて、自分で少し笑ってしまった。いつもは借りパクはされる側だが、なんだか今なら借りたものを返さない奴の気持ちが分かる。
少しでも声を発したらその場にいる全員に睨まれそうなくらい静かな図書館に居るのは、いかにも本が大好きそうな人ばかりだ。大きなテーブルに付属してある椅子に座って文庫本を読んでいるおじさんたちなんか、僕からしたらみんな同じに見えるな。これがテトリスならこいつらまとめて消えちゃうだろう。
かなり古いと思われるニーチェの言葉から出てきた埃に、夢乃さんがむせている。
僕はさっき映画館で(ちなみにあの映画は僕が生涯見た中で1番面白くなかった)、夢乃さんにゲームのデータを消すなんていうふざけた冗談を言ってしまった。冗談だって聞き流してくれればいいのに、夢乃さんは鈍感なのか間に受けてしまったようで、後には引けないような気がしてきた。確かに、よく考えたらこんなゲームのために走り回って、馬鹿みたいに泣いて、貴重な高校生活を捧げるのはおかしい気がする。かと言って僕がキラキラした青春なんて似合わないんだよな。青春っていうのは、そんな明るいものじゃなくて、後で思い出して恥ずかしさで死にたくなるような物だと思うんだ。少なくとも僕はそうだ。
「私、いつもならこの時間仕事してるんだよ」
一番聞きたくない話だな、と思った。
こんな清楚で大人しそうに見える夢乃さんがしている仕事について知ってしまったときは、それこそ嫌いになる直前まで行ったし、実際さっきのファミレスでの夢乃さんは嫌いだ。でも映画館で僕の言葉にいちいち驚いたり、西澤さんと楽しそうに話をしている夢乃さんは好きだ。いくら嫌いになっても、すぐに気持ちが戻ってしまってもどかしいんだ。ここまでくると、認めてしまわないといけない気がした。僕は彼女に恋しているんだ。だからこそ夢乃さんがあんな仕事をしているのは許せないし、夢乃さんが辞めるんなら僕だってゲームくらいやめてやろうじゃないか。これからは据え置きゲーム派に転向しよう。
「……だから、なんか新鮮だなって」
そんなに嬉しそうな顔をされたら、目をそらしてしまいたくなる。
夢乃さんは僕のことなんとも思っていないから、こんな顔ができるのだろう。こんなことになるならいっそ、ただの憧れのクラスメイトとして遠くで見ているだけで良かったのに。さっきのファミレスでも感じたが、僕と夢乃さんは一緒に居ればお互いのHPを削りあってしまうだけだ。夢乃さんの事を知れば知るほど苦しいし悔しいのは、彼女が普通ではない異性遍歴を持っているからで、僕はそれに劣等感を感じているわけで。そう思いながら、本棚にあった「夏目漱石全集」に目を向けた、その時。
「どしたの、三好くん……う、うわああっ!」
静かな図書館に、悲鳴にも似た声が響いた。
地震でも来たのかと思った頃には遅く、ニーチェの言葉が置いてあった場所から大量の本がなだれのように落ちてくる。
咄嗟にばさばさと落ちてくる本の中に倒れこむ夢乃さんの腕を掴んでも、僕の推定48キロ以下の体重では夢乃さんを引き上げられるわけも無く、一緒に倒れこむような形になってしまったのが我ながら情けな……
「あ、うぇ……!?」
本棚についた僕の両手の間に収まって頭を押さえている夢乃さんが、落ちてきた本を払おうとしている。僕たちの裏側の本棚にいた人が、「すいませーん、大丈夫ですかー」なんて呑気に叫んでいる。僕は全然大丈夫ではない。両手の中にいる夢乃さんが、「あっ」と声を上げて、僕を見上げた。僕たちは身長も同じくらいだから、見上げられるのにも慣れていない。
やばい。これは、安っぽい恋愛小説風に言えば完全に「押し倒してしまった」という表現がぴったりだ。僕の脳内コマンドが『にげる』と『たたかう』の選択を迫ってくる。ショートしそうだ、全滅寸前だ。
いや、落ち着くんだ三好晴賀、相手はあの遠山夢乃じゃないか。夢乃さんはこんなの日常茶飯事だろう。だから僕も余裕なふりを装って、片付けをしよう。そう言おうとして夢乃さんに視線を向けると、夢乃さんは持っていた本で顔を隠して、はずかしそうに俯いていた。
「……び、びっくりした……」
少し覗く耳まで真っ赤で、こっちも間抜けな声で返事してぼうっと夢乃さんを見つめるしかできない。脳内コマンドも沸騰して脳ごと蕩けてしまう寸前で、係員の人が駆けつけてきた。
……こんなの絶対、反則じゃないか。これ以上好きになっても虚しいだけなのに。そう思う気持ちとは裏腹に心臓はまだうるさいほど早く音を刻んでいて、やってきた係員の人に熱があるのかと心配された。
どうやら、夢乃さんの風邪が移ってしまったらしい。ふらふらする頭の片隅でさっきの光景がエンドレスリピートで、できることならこのまま意識を手放してしまいたいくらいだった。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.37 )
- 日時: 2015/01/22 01:27
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: あと3話で終わりです。
俗に言う壁ドンとかいうやつだろうか。いや、壁ドンっていうのは、もともとマンションとかで隣の住民がうるさい時に黙らせるための手段であって、女子がときめくシチュエーションの事ではないのだ。僕の頭はそんなどうでもいいことしか考えられないくらい混乱していた。僕にメダパニをかけた張本人である夢乃さんは、自分の顔を隠すために持っていた夏目漱石の「こころ」の隙間から僕を見て、少しだけ照れたように笑った。ああ、そんな事されたら死んじゃいそうだな。
怪我はありませんか、と心配そうに駆け寄る図書館の人に笑顔で無事を伝える夢乃さんを横目に、落ちた本をひとつ拾って棚に戻す。
同じく夢乃さんもやっと立ち上がり、ニーチェの言葉とかいう僕にはどうも縁がなさそうな本を戻し始めた。僕が上の方の棚に届かなくて困っていると、夢乃さんがとても可哀想なものを見るような目で見てきたので、僕は仕方なく上の棚にあった本を無理矢理目の前の棚に押し込んだ。こういうことをするのに罪悪感を感じるあたり、僕にはまだ道徳心がある。真の道徳心があるやつはきちんと上に戻すのだろうが、ヤケになってジャンプするのも恥ずかしいと思う。
一連の騒動が落ち着き、また僕たちはふたりになる。
「三好くん、この話知ってる?」
さっきまで僕を指差してさんざん罵倒してきた女の子が、分厚い本を持って僕の方に駆け寄ってきたので戸惑う。自然なのか、計算なのかは解らないが、夢乃さんは頭が良い。テストの成績ももちろんだけれど、僕のことをもてあそぶのが上手いと思う。きっと一生敵わない相手なんだろうな。
そんな夢乃さんが持っていたのは紛れもない漱石の「こころ」だった。この話は僕も読んだことがある。僕の唯一の友人である3組の神巫くんは、「そんな昔の文章よりライトノベルの方が面白い」と言うが、僕にあの文章はどうしても理解できなかった。僕は純文学しか認めたくないんだ。
こころというと、簡単に要約すると、先生の長ったらしい遺書から始まって、下宿先の女の子と恋して結婚するけれど、同じく女の子に好意を持っていた親友が自殺してしまったって話だった気がする。精神的に向上心の無いものは馬鹿だという言葉はさすがの僕でも知っていた。
「なんか、これとか、舞姫とか読むと思うんだよね。愛とか恋って、罪なんだよ」
だから私は、一生恋愛なんかしないと思うんだ。と言って、夢乃さんは無造作に本を戻した。
愛とか恋が罪なら、僕は罪人じゃないか。夢乃さんはきっと僕が何を考えているか、どんな感情を持ってるか、なんてとっくに見抜いていると思う。それでいてこんな言葉を吐けるのは、僕のことを下に見ているのか、それとも素でこういう人なのか。こんなにずるくて僕の残りHPをガンガン削ってくるのに、嫌いになれない僕も僕であれなのだけれど、夢乃さんは酷いし、器用だ。
「でもね、私、三好くんのことは好きなんだ。私とちょっとだけ似てるよね。ふふっ」
「……に、似てるって、なにそれ。同族嫌悪とか、夢乃さんと一緒にされたくな——」
「ごめんごめん、今だから言うけどね、私がこれまで稼いだお金も200万円くらいなんだ。プラマイゼロってやつだよね? 似た者同士、これからも仲良くやっていこうよ」
僕が夢乃さんに感じている好きと、夢乃さんが僕に感じている好きは別物だと思う。
陰りのない笑顔なのが悔しい。そして、僕がゲーム課金なんかしていなければ、ここで夢乃さんに「援助交際なんかしてる君と真人間の僕を同じ天秤に並べないでくれるかな?」なんて言えたのに。僕と夢乃さんはどっちもどっちなのである。だから、なにも言い返せなかった。
少し遠くで、笹村先輩と西澤さんが楽しそうにミッケをして遊んでいる。
こんな思いをするんなら、課金なんてするんじゃなかった。結局僕は夢乃さんに良いように遊ばれるだけだ。
「……ねえ、三好くんは、私の事好き?」
その質問だって、僕の反応を見て楽しみたいだけに思える。嫌いだ。でも、好きだ。
「す、好きだよ。たぶん、世界で一番。夢乃さんは本当は僕のことなんか、なんとも思ってないと思うけどっ。僕はずっと夢乃さんしか見てないし、援助交際してるのもほんとに嫌だし、夢乃さんのためにゲームもやめようって本気で思ったし、夢乃さんは僕に平気でひどいことをするけど、それでも嫌いになれないんだよ。僕にこんな思いさせといてそんなこと聞くなんて、夢乃さんはほんとうに……」
そこで言葉が詰まる。静かな図書館には僕たち以外居ないみたいだ。いや、それは違う。図書館には場違いの大声で先ほどの言葉を半泣きで吐く僕は、気付けば図書館中の視線を集めていた。こんな公開処刑みたいなことをされたのはあのテストで携帯が鳴った日以来だ。夢乃さんも戸惑っていることだろう。急に恥ずかしくなってきた。図書館のその窓から飛び降りたい気分だ。
「じゃあ、私がこんなに汚れてても、不正にお金を稼いでいても、魔法少女に憧れてても、全部好きって言ってくれるの?」
僕をまっすぐ見つめる夢乃さんには、少しの冗談の色もない。「図書館でうるさいよ、三好くん」なんて言って笑われると思っていたので驚く。ここで頷ければ僕はきっとかっこいいけど、昨日だって誰と関係していたか解らない夢乃さんの全てを愛せるかと言われたら、少し返答に迷ってしまった。黙り込んだ僕に、夢乃さんは笑顔を作って言う。
「だから、これは私の片思いなんだ。これ以上、好きなんて言わないでよ。悲しくなるの」
全部好きだよ、夢乃さんのこと、なんて言おうとした頃には遅く、夢乃さんは「こころ」を持ったまま僕に背を向けて歩き出してしまった。
自分から聞いておいてその態度はなんなんだろう。また僕を困らせようとしているのだろうか。でも、僕の感情抜きでも彼女の言葉に嘘は見えない。
0.1パーセント以下の確率かもしれないけど、両思いなのに、なんでこんなに苦しいんだろう。
夢乃さんの言うとおり、恋は罪悪だ。しゃがみこむ僕の裏側の本棚で、ほくそ笑んでいるであろう夢乃さんを想像して具合が悪くなる。今日は何時間寝たんだっけ。頭が痛いな。
僕はもうダメかもしれない。なんでクラスの女の子ごときにここまで苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
西澤さんたちと合流した夢乃さんが、「この本借りようと思うんだ」と話している声が聞こえた。
もう帰りたいな、と思いながら窓の外を眺める。すっかり暗くなった夜空を流れる光が見えて、ほぼ反射的に二度見するとそれは飛行機だった。
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