コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 【完結】脇役にもなれない君たちへ
- 日時: 2015/01/25 03:29
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
「脇役にもなれない君たちへ!」
はじめまして。懲りない人です。
タイトルは長いので「にもなれ」って略します。なんか上から目線なタイトルですんません。
※ついっつぁー @iromims
※1/8 2014年小説大会3位入賞ありがとうございます。
※1/25 完結しました。ありがとうございます。(´▽`)
1/1 参照200突破
1/3 参照300突破
1/5 参照400突破
1/8 参照500突破
1/10 参照600突破
1/?? 参照700突破
1/21 参照800突破
episodeA 「私の小さな沈丁花」
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8
episodeB 「公開処刑的RMT」
>>9 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>17
episodeC 「汚れた夜に銃声を」(R15くらい 注意!)
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24
episodeD 「落ちこぼれたちのロックンロール」
>>25 >>27 >>30 >>31 >>32 >>33
episodeX 「脇役ではいられない俺たちへ」
>>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
episodeE
>>41
登場人物 >>26
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.8 )
- 日時: 2014/12/23 16:44
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
次の日学校に行くと、私の教室2年2組の前に挙動不審な一年生の男の子が立っていた。部活をやっているクラスメイトの誰かの後輩かな、先輩だらけの西校舎に一人で来て、相当不安なことだろう、かわいそうにと思いながら、私は教室に入ろうとした。
「あ、にっ、西澤さん!」
「はひぃ!」
後ろのドアへ向かう途中でいきなり呼び止められて、振り向くとその男子は昨日の三好くんで。身長160センチぴったりの私と寸分変わらない高さにある目は真っ赤で、昨日もあまり寝ていないらしいことが分かる。「お、おはようございまーす」と三好くんはぎこちない笑顔を浮かべ、用事があるから廊下で話したいと提案してきた。
顔色も悪くて、今にもまた保健室に連行されそうな三好くんは、とても不健康そうに見えて、保健委員代理としてちょっと心配だな、と頭のどこかで思っていると、彼は私に聞いてきた。
「あの、笹村涼太郎居るじゃないですか。昨日あいつから電話かかってきたんですけど、西澤さん、無理やりあいつに巻き込まれてるのかなって」
それを聞くためにわざわざ2年生の教室に来たんだろうか。
三好くんは(私の推測だが)部活は入っていなさそうだし、三好くんの性格なら2年生の教室まで来るなんてかなり勇気がいることだ。なんていうか、真面目なのかお馬鹿なのかわからない人だ。
「……あ、あれはですねぇ、私も悪いんです。頼まれると、断れない性分なもので……」
「迷惑じゃなければ、僕があいつに言っておきますよ。えーっと、僕もあいつにはさんざん悩まされてきたんです。あいつ、このままだと夢乃さんまで巻き込みかねないので、今のうちになんとか辞めさせないとって」
慎重に言葉を選んで、話しているのが伝わってくる三好くんは、「ほんとに、周りの人の都合を省みないやつですよね、あれ」と苦笑いをした。
三好くんの提案は、私にとってはとてもありがたい。私の代わりに三好くんが断ってくれるなら、これ以上面倒事に巻き込まれることは無い。私はいつもどおりのくだらない日常に戻るのだ。
でも私は、昨日笹村さんの事を助けたいなんて思ってしまった。一瞬だけでも彼に絆された自分も居た。彼はやり方こそ乱暴だが、ちゃんと自分の道を生きている。
私の人生は、私が主役ではない。いつだって誰かを立てて、誰かの陰に隠れて、表面だけの優しい人を演じる。私とは真逆の位置にいる笹村さんの事を、正直羨ましいなんて思ったりもした。
今ここで三好くんに「断っといてください」と頼むと、もう二度と笹村さんと話すことはないのだろう。
楽器も曲も練習場所も何もないのにバンドをやるなんて無謀すぎるけど、私はもうしばらく笹村さんに振り回されていたかった。
「……ご、ごめんなさい。私、やります。ちゃんと、最後まで」
「え、ほ、ほんとですか……? あいつに脅されたりとか、そんなんじゃ」
驚いた顔で、大きな目を見開いている三好くんを見て、笑みが溢れる。「ふふ、えっと、私、本当は合唱部に入りたかったんです。最初は嫌でしたけど、笹村さんって意外といい人じゃないですか。だから、あの、頑張りたいなって」なんて、こんなに言葉が出てくるのはいつぶりだろう。
「だ、だって涼太郎が卒業するまであと3ヶ月くらいしかないんですよ? それなのに、い、今からバンドって……あいつ、就職も決まってないしここらで現実見せてやんないとダメですよ!」
「笹村さんはちゃんと現実見てますよ。これが最後のチャンスだって言ってました。最後くらい協力してあげますよ」
私を変なものでも見るかのように見つめる三好くんは、「えー、そ、それじゃあ、頑張ってください西澤さん」と明らかな作り笑いを浮かべ、早急にやきそばパンと今週のジャンプを買ってこなければ殴られるのでもう帰ります、お話してくれてありがとうございましたと頭を下げた。彼も私と同じ、「パシられる側」の人間なのだろうか。
来週からは、期末試験も始まる。朝のホームルームが始まる前に少しだけでも勉強しておこうか。三好くんを見送って、私は教室に入る。エリカちゃん、おはよーと声をかけてくる友人たちに挨拶し、私は席に座った。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.9 )
- 日時: 2014/12/24 02:07
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 今日から三好くん編です。めりーくりすます。
昔から何かにハマるとそれしか見えなくなる人間だということはわかっていた。僕の手に握られた端末は暗闇でちかちか点滅し、「ゲームクリア」と見慣れた文字を映し出す。
パズル&モンスターズ、全ダウンロード数3000万越え。ドロップを回して、可愛い女の子型モンスターを攻撃させるというシンプルで面白い今大人気のスマホアプリである。半年前に買ったスマホに、なんとなくダウンロードしたそのアプリに僕はすっかり浸かってしまい、今だって寝る間も惜しんで元気にダンジョン周回中。右手に参考書、左手でドロップを回す僕は傍から見れば完璧に変な人だろうが、どうせこの家には誰もいないので僕的にもオールオッケーである。
明日で定期試験も終わる。そしたら、もっといっぱいゲームができる。たしかもうすぐ冬休みだったから、一日中ゲームができる。なんて素敵なことだろうか。時刻は午前5時、今から寝ても頭痛を助長させるだけだ。僕は2日連続のオールナイトを決め、エナジードリンクでも飲んでおかなければと思い、立ち上がった。
自室の冷蔵庫を開けても、そこには昨日買った焼きプリンしかない。僕はそのへんにあった中学の頃の指定ジャージに着替えて、最寄りのコンビニへ向かうべく玄関へ向かった。
「……うわ、さっむ」
コートも着てこなかった自分に舌打ちしたくなる。
午前5時の冬の朝は僕には寒すぎる。もうこれ、雪でも降るんじゃないか。雪なんか降ったところで僕にはなんの関係もないので勝手にして欲しい。通学路を僕と同じジャージを着た中学生が走っている。すれ違いざまに「おう、お疲れ!」と、早朝から暑苦しい笑顔で挨拶された。もしかしてだけど僕は歳下に見られたのだろうか。もうこのジャージを着て出歩くのはやめよう。
ポケットの中の財布を確認すると、そこには野口英世3体と、平等院鳳凰堂がたくさんと、銀色の硬貨がいくつかか入っているだけだった。これだけで12月を生き抜かなければいけない。あとはクラスの館山にパシらされる分を考慮して、ううん、あと20日もある12月の食費を3500円で生き抜くなんてやっぱり厳しい。それでも今はイベントがあって、どうしてもお金をゲームに注がなきゃいけないのに……
最寄りのローソンは某大人気スクールアイドルアニメとコラボ中。そのアニメにもアプリゲームはあるらしいが、ガチャもエグそうだし確率も酷そうなのでやっていない。そもそも音ゲーなんて、僕には向いていないのだ。音楽に溺れたことも昔はあった。でも、結局僕は一番にはなれなくて、挫折したんだっけ。
モンスターエナジーを1缶持って、誰もいないレジに向かおうとして歩いていると、ゲームで使える仮想通貨と引換ができる魔法のカードにエンカウントする。月初めなんかは10000円分を大人買いしたりもするのだが、今の所持金は3500円。これで今月はやりくりしなければいけないのに、それなのに。
どうしても僕は、このカード相手には理性を保てないようだ。
野口英世、出撃。さよなら僕の3000円よ。
episodeB 「公開処刑的RMT」
「晴賀、お料理作ってあげられなくてごめんね。お母さん頑張って仕事するから、これで美味しいもの食べてね」
申し訳なさそうな表情の母は、決まって月初めに、僕に50000円を渡す。母に心配はかけたくないから、「僕アルバイトもしてるし、大丈夫だよ」と笑う。その僕が、渡された50000円を、ほとんどゲームに使っていると知ったら母はどんな顔をするだろう。しかもそのゲームは、何の形も残らない電子データだ。
「お会計、3205円でーす」
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.10 )
- 日時: 2014/12/26 02:30
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
定期試験最終日の科目は、物理と英語と現国。文系の僕にとっては楽といえる教科ばかりだ。適当に勉強して、買ったドリンクを飲んで、そしてカードを引き剥がし、僕は携帯片手に学校へ向かうことにした。
「いってきまーす」
なんて言ったって、この家には誰もいないのだが。
制服の裾が冬の風に揺れる。3000円分のカードを無事換金できた僕は、電車から降りたあとも、相も変わらずダンジョンを回していた。この仮想通貨があれば、ダンジョンに行けるゲージが減っても回復可能なのである。つまりずっとゲームができる。ガチャなんてゴッドフェスの時だけ回していればいいのだ。ほとんどのレアキャラは揃えてあるので、あとはレベル上げとスキルレベル上げと覚醒スキルが————
「い、いたっ」
「うわぁっ、ご、ごめんなさい」
下を向いて携帯を弄っていたら、女子生徒にぶつかってしまった。僕の腕が直撃したその女子生徒のセーラー服のスカーフの色は赤で、運の悪いことに先輩だった。僕より少し低い位置にある頭を抑えている先輩に必死で謝っていると、その人はいきなり顔を上げて、「あ、三好くんじゃないですかぁ」と笑った。
真っ白な肌に、ほんのりピンクの頬がいかにも女の子らしい先輩は、「お久しぶりです、元気でしたかぁ?」と僕に言った。しばらく考えて、ああ、西澤さんかと思い出した。彼女は西澤エリカさんと言って、僕が保健室に居たとき保健委員の仕事をしに来ていた人だ。ちょっと前に僕の一番嫌いな先輩に無理やりバンドに誘われていたところを助けてあげようとしたのだが、なぜかこの先輩は「必要ないです」って言って。見た目はかなり可愛い方に入ると思うのに、ちょっと変わった人だなという感想を持っていた。
「今日でテストも終わりですねぇ。今日は数学が2時間もあるんですよ、もう大変で大変で」
西澤さんと一緒に歩いていると、一見彼女はおどおどしているように見えて、実はどこにでもいる普通の天真爛漫な女の子ではないのかと思わされる。口癖のようにごめんなさいと吐き出す事以外は、笑った時の仕草も、歩き方も、クラスでも目立つ方の女の子となんら変わりない。もちろん僕は普段女子と話す機会なんか無いので、これだけでもかなり緊張するのだが今はそれどころではなかった。ポケットの携帯がさっきからやたら振動している。早く西澤さんと別れて、ダンジョン回さなきゃ。頭の中にはそれしかなかった。
「あ、涼太郎さんとはですねぇ、楽しく活動してるんですよ。もちろん楽器もなにもないので、放課後適当に集まってだらだらするだけですが、お菓子食べたりゲームセンター行ったりすごく楽しいです」
「ごっ、ごめんなさい西澤さんっ! 今日僕、ジャンプ買いに行かなきゃいけないんです! それじゃあまた、さよーならっ!」
精一杯の笑顔を作って走り出す僕に、西澤さんは「え、今日水曜日ですよぉ?」と目を見開いた。深刻な運動不足で足がもつれる。西澤さんとの会話を無理やり終わらせてでも回したいダンジョンがそこにあるのだから仕方ない、仕方ないよね。ごめん西澤さん。ていうか、なんで西澤さんはジャンプの発売曜日を知っているのだろうか。
振動する携帯がうざったくて、マナーモードを解除する。ギルド仲間から大量にラインが入っていた。あいつらはガチ勢である、「クエストがあるので会社辞めてくれませんか?」とか真顔で言うような連中だ、怒らせるわけにはいかない。ロックを解除すると、僕への大量の罵倒コメントが雪崩込んできた。なんていうか、もう慣れた。
「あー、また僕のせいで負けたのか」
これも全部西澤さんのせい。いや、人のせいにするのはよくない。強くない、僕が悪いのだ。もっと強くなって、いちばんにならなきゃ。そのためにお金を削ってるんだから。
テストが始まるまでは残り30分はある。僕は逃げるように学校に入り、1年2組を目指した。
ふと目を覚まし、時計を見ると物理の試験終了まであと3分。慌てて回答を見ると、ほとんど埋まっていた。よかった。最近僕は授業中もずっと意識が飛んでいるので、危うく白紙で提出するところだった。こんな僕だが未だに赤点だけは取ったことがない。赤点を取った生徒は補修を受けなければならないので、ゲームする時間が減る。それだけは避けたいのだ。
静かな教室に、誰かの静かな寝息だけが響く。あとは英語と現国か、楽勝じゃないか。
あと3分の至福な眠りの沼に引きずり込まれていると、突如聴き慣れた電子音が耳を劈いた。
しゃらーん、と着うたでも着メロでもない、デフォルトの通知音が鳴る。
「あっ……うわっ」
僕のポケットから鳴るその音は、静かな教室いっぱいに響き渡る。思わずがたんと椅子を引いてしまい、注目まで集めてしまう。試験監督がダルそうに立ち上がり、すたすたとこっちにやってくる。それは、僕にとって死を意味していた。次第に曇っていく視界が捉えたのは、お怒りの、試験監督の数学教師だった。
「試験中携帯の電源を入れていた者は、2週間携帯没収。わかるな、ほら、出せ」
「……は、はーい……」
見上げた数学教師は、右手を出して携帯を要求してくる。僕の生きがいとも言えるパズモンが入っているこの携帯を、2週間も手放さなければいけないなんて。ここがテスト中の教室じゃなかったら泣き叫んでいただろう。いや、今も泣き出したい。ここで口答えの一つでもできればいいのに、僕の震える手は携帯を素直に掴み、先生に差し出してしまう。
前回のテストで、後ろの席の武藤くんが携帯を鳴らして没収されていたことを思い出した。たしか、そんな感じの校則があったような気がする。どうしよう、携帯がないなんて僕にとっては死んだも同然だ。
「携帯は、このクラスの風紀委員に預けておく。誰だ?」
「はい、私です」
テストを早々に解き終わり、退屈そうにしていた斜め前の遠山夢乃さんが手を挙げる。先生は僕の愛しき端末を遠山さんに渡すと、つまらなそうに僕を一瞥して席に戻った。
それからのことは、よく覚えていない。楽勝だったはずの英語と現国は白紙で提出した。「テスト中に携帯なるとかだっさー」とはやし立てるクラスメイトの声すら、何処か遠くのものに思えた。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.11 )
- 日時: 2014/12/26 01:10
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
テストは終わったのだろうか。
もう帰っていいのだろうか。
僕の携帯は返してくれないのだろうか。
教壇には誰もいない。気が付いたらクラスメイトたちはほとんどいなくなっていた。放課後か、そう理解した頃には教室には僕と数名しか居なかった。帰り支度をしようと思い、テストの問題用紙をファイルに挟み、ダンジョンにでも潜っとくかとポケットから携帯を出そうとして、何もないことに気づく。取られたんだっけ。
僕の斜め前で色とりどりのお弁当を食べている夢乃さんは、細い指で自分の端末を弄っている。今頃は僕もそうしていたはずなのに、腹が立って仕方ない。うっかりしてた僕が悪いのはわかってるけど、あんな時に連絡を入れてくる奴も40パーセントくらい悪い。どうせギルド仲間だと思うけど。
夢乃さんは僕の視線に気付いたのか、手を止めて振り返った。目立つ方ではないが成績も優秀で、しっかりしている夢乃さんは風紀委員として適任だろう。簡単には返してくれないだろうなあ。そもそも僕なんかは、高嶺の花である夢乃さんにお願いなどできる立場ではない。正直なところ、ほんとに素敵なひとだとは思うんだけど、きっと僕には見向きもしないだろうって。
「……あ、携帯。ごめんなさい、三好くん」
「べ、べつにいいよ……こっちこそ、なんか、ごめんなさいっていうか……」
まるで花が咲いたかのように笑う夢乃さん相手では、うまく言葉も出ない。もともと、特に女子とは話せないのだがこの人は特別だ。西澤さんあたりは、性格も似ているので話しやすいのだが。でも今はそんなことより、携帯の方が優先だ。夢乃さんを脅せば携帯は返ってくるのかもしれないが、生憎そんな勇気もない。
「携帯、返したいところなんだけど、あの先生怖いからバレたくないし。2週間、預からせてね。ごめんね」
「う、うん……」
「なっ、泣くほど悲しいの!? なんか私が悪いことしたみたいじゃない……!」
「ごめん、ごめんなさい、遠山さんっ」
お弁当を食べる手を止めて、夢乃さんはびっくりしている。それでも溢れる涙は止められなくて、もうなんだかどうでもよくて、制服の袖にぽたぽた落ちる雫を無心で眺めているとピンクのハンカチを差し出された。
「三好くん、顔色も悪いし疲れてるのよ。早くおうち帰って、今日は早く寝なきゃね」
僕の背中をさする夢乃さんの手は温かくて、久しぶりに人の優しさに触れた気がした。その優しさが痛いほど辛くて、嗚咽が漏れないように必死で声を殺して泣いた。
こんな思いまでして、僕が欲しかったものはなんだったのだろう。
電車待ちの間も、電車の中にいる間も、ずっと携帯の事しか考えられなかった。電脳世界に洗脳された生粋の現代っ子である僕たちは、携帯を取り上げられるということは万死に値する。
僕は幼い頃ゲームもおもちゃも買ってもらえなかったから、ゲームに対して加減というものを知らない。それこそ四六時中画面と格闘していたから、この駅ってこんな景色だったんだなあ、なんて、1年近く通って新たな発見までしてしまう始末だ。今日の夜は何しようかな、まず寝なきゃなあ。ていうか最近まともにご飯食べてないや、お腹すいたなあ。
お母さんと手を繋いだ子供が、冬の寒い駅を歩いていく。僕に父親はいなくて、母親は仕事が忙しいから、ほとんど一人で暮らしているようなものだ。僕に一人暮らしは向いていないような気がしてならないのだが、母は頑張って僕のために働いてくれるので文句なんて言えない。5万円が10日ですっからかんというのはちょっと考え直したほうがいいかもしれないけど、今イベントあるし限定ガチャ引かないといけないし……!
「あ、携帯ないんだっけ」
僕の思考は、最終的にゲームに到達する。我ながらくだらない人生を生きていると思う。
誰もいない家は暗くて寒い。主に僕の手を温めてくれる携帯はもう無い。
眠気は最高潮なのに、空腹のせいで眠れそうにない。かと言ってほかにすることもなくて、お腹が空いて意識もふらふらで、もう僕のHPは赤文字点滅状態だということに今更気づかされた。「いのちだいじに」に切り替えていかなければいけないなあなんて苦笑いして、無理やり風邪薬2錠をぬるい水で流し込み、僕は2日ぶりの眠りにつくことにした。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.12 )
- 日時: 2014/12/27 01:35
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
- 参照: パズドラは遊びじゃねえんだよ!!って元ネタが
時刻は午後7時を指している。スマホがないと暇すぎて時間が経つのも遅く感じてしまう。お腹すいて動けそうにもないなあ、どっかで炊き出しとかやってないかな。いくら財布を見ても、そこには300円しかなくて、これでどうやってあと20日暮らせばいいのかと先行きの見えない不安に苛まれるだけだ。いつもはここにスマホがあるから空腹感もごまかせるんだけど。
300円があればマックでハンバーガーが買えるし、帰りに100均で履歴書が買える。あ、これは名案かもしれない。携帯がない間短期アルバイトでもしよう。コンビニの店員くらいなら僕にでもできそうだ。
そうと決まれば急いで買いに行かなくては。制服の上にダッフルコートを羽織って、マフラーを巻いて、寝癖が酷かったのを思い出して洗面台へ。案の定ぴこぴこ跳ねた髪を適当にごまかしていると、足元の体重計が目に入った。好奇心で足を乗せて僕は後悔することになる。
「え、50キロ切ってる、やっば」
制服にコートにマフラーという重装備にも関わらず、体重計は「48」で針を止めた。うわあ、やばい。そういえばここ一週間ほど固形物を食べた記憶がない。僕の身長は166センチで、166センチの男子の標準体重は60キロと聞いたことがある。女子でも50キロあるのが普通(と保健体育の教科書に書いてあった)なのに、なんなのだろう、僕は女子かもしれない。
早く、何かを口に入れなければ。マックはたしか、あのネオン街のあたりにあったよな。幸いまだバスもあるし急がなくては。靴を履いて、鍵を閉めて僕は夜の住宅街に繰り出した。
バスから降りて、白い息を吐きながらネオン街に入る。普段は絶対近寄らない場所だが、僕はどうしてもチーズバーガーが食べたい気分だし100均もこの辺りにしかない。日が沈みきった夜7時、点滅するキャバクラのライトにすっかり出来上がったサラリーマン達がふらふら歩いている。「おにーちゃんその制服青鳥高校だね? エリートだね?」と声をかけてくる、酒臭い30歳くらいのお姉さんに捕まっていると、お城みたいな建物から一人で出てくるセーラー服の女の子が視界の隅にうつった。
「あ、あれ、夢乃さん」
「え、なーに? カノジョ持ち? ったくもー、釣れないなあ」
ソシャゲの女の子みたいに短いスカートを翻し、お姉さんはハイヒールを鳴らして僕から離れていく。
お城みたいな建物の階段を降りて、ポケットに茶色の封筒を仕舞った夢乃さんは、ため息をひとつ吐いてどこかへ向かって歩き出す。その仕草ひとつひとつが様になっていて、目を奪われていると彼女は信号で止まり、ちらっとこっちを見た。ばっちり目が合ってしまった、昼間あんな事があったのにまた会ってしまうとは、なんて気まずいことだろう。夢乃さんは僕を見て一瞬首を傾けたあと、「あ、みよしくんじゃーん!」と声を上げた。呂律が回っていない甘い声は、うるさいネオン街でも聞き取れるくらい綺麗に通る。どうしよう、逃げ出そうにも逃げられない。
「ゆ、ゆめのさ……遠山さん。奇遇だね」
学校では見たことないくらい機嫌が良さそうにこっちへやって来た夢乃さんは、ひっさしぶりーと声まで弾ませる。これは相当テンションが高い、もしかして酔ってるんじゃないだろうか。
「みよしくん、あー! 携帯!」
「え、ええっ? 返してくれるの!?」
持っていた革のスクールバックに手を伸ばし、何かを探している夢乃さんを見て期待を抱かずにはいられなかった。さすがに学校では返せないが、教師の目もない今なら携帯を返してくれるのだろうか。やはり彼女は天使だった、ありがとう神様。
「はー? まっさかぁ、返すわけないじゃないー! みよしくん、私今からファミレスでご飯食べるからつきあいなさーい!」
「え、つ、付き合う?」
「あーもううるさいわね! 私のおごりでいいから! どーせまたなんも食べてないんでしょー」
無理やり僕の腕をひっぱり、「うわ、軽っ」と驚いている夢乃さんは、選択肢を3つ提供してきた。ココスか、ガストか、バーミヤン。好きなのを選べと言われ直感でガストを選択すると、夢乃さんは夜の街を走り出した。酔っ払いサラリーマンにも、怖いお姉さんにも、夜のギラギラした光にも物怖じしない夢乃さんは、なんだか妖精とかその類のものに見えた。
「さあ、好きなだけ食べなさい、今日は私のおごりです!」
「そ、そんな、悪いよ……」
家族連れやカップル、部活帰りの学生で賑わうファミレスで、夢乃さんは僕にメニューを突きつけた。ハンバーグにオムライスにポテト、こんな美味しそうなものを見たのはいつぶりだろう。
「みよしくん、ほんとにあんたご飯食べなきゃ、死ぬよ? こんなゲームにお金入れてる場合じゃないって」
そう言ってスクールバックから黒い端末を取り出した夢乃さん。彼女の自分の端末はピンクだから、それは絶対僕のもので。嫌な予感がして彼女を止めようとしても僕の握力ではどうしようもない。
夢乃さんの手に握られている端末の画面に映し出されたのは、パズモンの「課金履歴」。よかった、データは消されていない。しかしそんな事を気にしている場合じゃなかった。僕の憧れだった清楚で大人しい女子夢乃さんは、人の携帯を勝手に見るような人なのか。いや、没収されるようなことをした僕が悪いんだけど。
「ゆ、夢乃さん? なんで、僕の携帯見て……」
「課金総額見てみなさいよ。何桁あんのよ、コレ」
お酒のような匂いがする甘い吐息を吐きながら、夢乃さんは「課金総額」を示してくる。薄々自覚はしていて、見るのは怖かったのでいままで目を背けてきた課金総額。きっと20万くらいは入れてるんだろうなと思っていたが、その比ではなかった。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん。「200万だってよ、バカじゃないの、ばーか。マジうけるー」と夢乃さんはけらけら笑っているが、こっちは笑い事ではない。絶句している僕を見て、夢乃さんは突然笑うのをやめ、「え、知らなかったの」と言う。
「いやーでも私、嫌いじゃないよ君のこと。おもしろい、ちょーおもしろい。だから元気を出せ、メシを食え」
僕の端末をスクールバッグに投げ入れ、夢乃さんはメニューを差し出す。残念ながら食欲は引いてしまった。二百万、にひゃくまん、200万、2000000。それだけが頭をぐるぐる回る。
勝手にハンバーグとお子様ランチを注文する夢乃さんの前で吐き気を必死で堪えていると、「どーしたの、何も残らない電子データに万冊を投げる、200万円くん?」と顔を上げて聞いてくる。
「ば、馬鹿にするなよっ! パズモンは、遊びじゃねーんだよ!」
夢乃さんはぷはっと吹き出して、「やっぱ面白いわ、さいこー」と可愛い顔を歪めていた。
この掲示板は過去ログ化されています。