コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 【完結】脇役にもなれない君たちへ
- 日時: 2015/01/25 03:29
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
「脇役にもなれない君たちへ!」
はじめまして。懲りない人です。
タイトルは長いので「にもなれ」って略します。なんか上から目線なタイトルですんません。
※ついっつぁー @iromims
※1/8 2014年小説大会3位入賞ありがとうございます。
※1/25 完結しました。ありがとうございます。(´▽`)
1/1 参照200突破
1/3 参照300突破
1/5 参照400突破
1/8 参照500突破
1/10 参照600突破
1/?? 参照700突破
1/21 参照800突破
episodeA 「私の小さな沈丁花」
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8
episodeB 「公開処刑的RMT」
>>9 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>17
episodeC 「汚れた夜に銃声を」(R15くらい 注意!)
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24
episodeD 「落ちこぼれたちのロックンロール」
>>25 >>27 >>30 >>31 >>32 >>33
episodeX 「脇役ではいられない俺たちへ」
>>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
episodeE
>>41
登場人物 >>26
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.3 )
- 日時: 2014/12/18 02:24
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: MHTXF2/b)
聞いたことがあるなあ、と思った。足早に自分の教室へと戻る彼女、遠山夢乃さんの名を聞いて。
「……あ、たしか、昨日の!」
昨日ワンピースの妖精さんに渡されたメモは制服のポケットに入れていた。ハート型の可愛い紙を出して広げると、電話番号の下に「夢乃」とだけ書いてあった。夢乃と書いてゆのと読む名前は、特別珍しいものではないが二日続けて遭遇するほど平凡な名前ではない。青い薔薇を欲しがった昨日のクレーマーな妖精さんが、あの大人しくて礼儀正しい後輩の女の子ということになるのか? 華奢な体型や、身長は確かに似てるかもしれないけど、どうしてもあの妖精さんと遠山さんが同一人物だとはにわかには信じられなかった。
そんな事を思っていると、もう昼休みも残り10分。別のクラスの子に辞書を貸す約束をしていたので、早々に戻らなくてはいけない。私は立ち上がり、再び洗面台へ向かう。扉を開けるとそこには、「ご自由にお持ち帰りください」と汚い字で書かれた紙が貼り付けてあって、石鹸が積まれて置いてあった。……やっぱりか。そう思って私は石鹸をふたつ、取り出した。
あとはこれを教室に持っていけば、大丈夫。
……なのだが、私は先程遠山さんにある事を頼まれていた。ベットでお休みしている三好くんという男子を起こして教室へ行かせなければいけない。無理やり起こすのも気が引けるし、何より私は寝起きの人が苦手だ。私もそうだが、寝て起きたばかりの人はたいてい機嫌が悪い。
考えた結果、私は枕元にメモ書きを残すことにした。こんな時のために鉛筆を持ち歩いていて良かった。しかし肝心の紙がなく、さっきのメモの裏側を使うしかないのかと考えたが、なぜかこれを手放すのは嫌で。そもそもこのメモ帳ハート型だし何か勘違いされちゃいそう。
テーブルに手を付いて考えていると、カーテンの向こうで人影が見えた。
起きたのかな、助かるなあ。私はシャープペンシルを仕舞い、カーテンを開けて、「おはようございますっ。保健委員代理の西澤ですぅ」と挨拶して頼まれたことを告げようとした。
三好くんという男子はとても眠たそうに目を擦り、ゆっくりと私を見上げた。うまく呂律の回らない声で私に問う。
「今は、何時ですか」
私は一瞬固まったあと、彼の質問の意味を知る。
保健室で時間がわからなくなるほど本格的な眠りに付ける三好くんはある意味凄い。遠山さんの話でいけば朝会中に倒れたらしいから、具合が悪かったのかな。私はふふ、と笑い、彼に今の時間を教えてあげることにした。
「12時45分、昼休み、ですよぉ」
「……は、」
その途端、彼はみるみるうちに青ざめて、この世の終わりみたいな表情になる。私まずいこと言いましたかぁ、と思わず時計を二度見した。彼はここから見てもわかるくらいにがたがた震えだし、さっき覚めたばかりの目からは今にも雫が滴り落ちそうだった。ここまで考えていることが顔に出る人を見たのは初めてである。
「い、イベ戦、うわ、ぁぁ」
「大丈夫ですかぁ、無理はしないでくださいね!」
私の手を振りほどいて、三好くんは「け、携帯っ」と周りを見渡す。
戯言のように聞き取れない言葉を吐き出した三好くんは、ハンガーで掛けてあったブレザーからスマホを取り出した。何をそんなに慌てているんだろうと思う。もしかしたら、今日は彼女と二ヶ月記念日で、保健室で寝ている場合ではないのかもしれない。
「な、なんで起こしてくれなかったんですか! 昼のダンジョン入れなかったじゃないですかあ!」
「え、えぇっ!? ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
頭を抱える三好くんと、謝り倒す私。絶望的な表情でスマホに指を滑らせている三好くんが喋る言葉の意味は3割も理解できない。進化がぁ、ギルドがぁと涙目で喚く三好くんが、スマホのゲームについて話しているということをようやく理解した頃には、彼は端末を投げ出して俯いていた。
「あ、あのぉ。元気出してくださいね。私、詳しくないですけど……」
「……」
不機嫌そうにベットの角を睨みつけている三好くんをフォローすると、彼も落ち着いてきたのか「すいません、取り乱して」と私と目を合わせずに言った。
スマホのゲームは男子たちの間で流行っている。その大切な行事に参加できなかったのなら、絶望的な気持ちになることだろう。友人関係に亀裂が入ることもあるかもしれないし、つくづく現代って怖いなあと思う。
朝からここに居た彼は、昼食も食べていない。彼を元気づけるためにも「今から私、購買で食べ物買ってきましょうかぁ?」と提案すると、三好くんは少し驚いたように、「先輩に買いには行かせられないです」と手を振った。
でも彼、このままでは昼ごはんを食べられずに次の授業を受けることになる。今から購買に行けば間に合うのだが。
「メロンパンと、カレーパンと、ランチパック。どれがいいですかぁ?」
「だから、先輩に頼めないですって。えっと、自分で買いに行きますから」
三好くんはベットから降りて、乱れたワイシャツの上からハンガーに掛けてあったブレザーを羽織る。立ちくらみがするのか、ちょっとよろけているのが気になるけど。
「大丈夫ですか、手を貸しましょうか」
「い、いえ。大丈夫です。ところで僕、いつ倒れたんですか?」
そのあたりの記憶まで飛んでいるとは、相当ひどい貧血か寝不足か。遠山さんによると朝会らしいですよと言うと、彼は「うわぁ、かなり寝ちゃってたんですね」と苦笑いした。
「遠山? 夢乃さんが来てたんですか?」
「あ、はい。遠山夢乃さん、心配していましたよ。とっても」
とっても、というのは話を盛ったかもしれない。でも「三好くん、一週間くらい前からろくにご飯食べてないし寝てないんです」と言っていた遠山さんの顔は、不安の色があって。二人はクラスでも仲が良いのかな、と考える。
「ゆ、夢乃さんが来てたのかぁ。もうちょっと早く起きればよかった、なあ」
わかりやすく照れる三好くんを見て、私も思わず微笑みが溢れる。ああ、好きなんだなぁ。嫌でもそう思わざるを得なかった。
「最近の女の子って、暴力的で怖いですよね。女の子はみんな、夢乃さんみたいに大人しく、清楚で、常に男性の3歩後ろを歩く存在でなければいけないと思います」
「な、なるほどぉ。参考にします!」
遠山さんが来てくれて相当嬉しかったのか、三好くんはてれてれしたまま語りだす。さっきまで携帯ゲームに嘆いていたのが嘘のよう。
しばらく三好くんの話に相槌を打っていたら、始業ギリギリの時間になっていた。
「ええと、西澤さんでしたっけ……?」
「はい、西澤エリカと申しますぅ。よく名前と性格が違いすぎるって、馬鹿にされます」
「ありがとうございましたっ。夢乃さんにも、伝えておきます。それじゃっ!」
笑顔を浮かべた三好くんが、私に手を振ってカーテンを開け、保健室を飛び出していく。……あ、三好くんの下の名前を聞くのを忘れた。保健室利用カード、書けないじゃない。
三好くんは既に居なくて、保健室にはぽつんと私が残されていた。1年2組だったっけ? 1年2組の三好くんのカードを探して、記入しておいてあげようと思ったとき始業を告げるチャイムが鳴りはじめる。私は慌ててカードを仕舞い、石鹸を持って教室へ走った。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.4 )
- 日時: 2014/12/19 01:14
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
午後の授業を受けながら、私は昼休みの出来事を眠い頭でふわふわと回想していた。
後輩相手とはいえ、あそこまで対等に話したのは久しぶりかもしれない。クラスの子にも、兄や姉相手でさえも謙遜してしまう私が、遠山さんや三好くんと普通に喋れたことは奇跡に近いだろう。弱気で物事をはっきり言えない性格のせいでクラスの子にはパシリに使われているし、きっとみんなは私のことを良いように扱える道具としてしか見ていない。だからこそ、私に青い薔薇について語ってくれたり三好くんの話をしてくれた遠山さんや、「先輩だから」と私をパシらせなかった三好くんと話したことは貴重だった。
もう二度と話すことは無いだろうが、今日の昼休みは高校生活でも指折りの出来事だったなあ。
物理の授業が、頭の上を流れていく。私はついに眠気に負けて机に伏せる。おやすみなさい、現世よ。
「だ、だから青い薔薇はないって言ってるじゃないですかぁ!」
「ははぁん、そう言われると思ってさ、俺調べたんだよ。青い薔薇は確かに近年までは存在しなかった。しかぁし! 最近は技術が発達し、ななんと! 2008年には青薔薇は一般流通してんだよ! さぁ出しな、お嬢ちゃん!」
「ひいいい、ないですって! ないです! 青い薔薇は、ありませぇん!」
アルバイト3日目、午後6時。私はもうアルバイトを辞めようと思った。
目の前にいるのは私の学校の制服を着た男子生徒。私より15センチくらい身長が高くて、一見するとサッカー部かバスケ部っぽい、いかにも「人生謳歌してます!」な雰囲気な彼は店に入るなりずかずかと私の方へやってきた。
「……ちぇっ。次のライブで使おうと思ったのに」
「そ、そんな簡単に、手に入るものではありません、ごめんなさい……」
なんで私が、なんで私が。と思いながら私は平謝りをする。店員という立場ではなくても私はこうしていただろう。もうこの自分の性格には嫌気がさしてくる。
そんな私を、長身の彼はまじまじと見つめ始めた。……えっ、なんですか。
「店員さん、俺見たことあるんだけど、もしかして青烏高校?」
「…………そ、そうですけど……」
「やっぱりぃ! 俺、3年の笹村涼太郎。ののむらりゅうたろうじゃないよ、笹村涼太郎! 知ってる?」
右耳に手を当てて、何かのモノマネをしてみせた笹村さんは、静かな花屋には場違いな大声で私に聞いてくる。正直なところ笹村涼太郎だなんて一度も聞いたことがない。どうしよう殴られる、でも嘘はつけない。私は震える声で答えた。
「すすす、すみません、存じておりません……ごめんなさいっ、今覚えました! ちゃーんと、インプットしましたので!」
「っはー、やっぱりまだ知名度は低いかぁ。俺さ、バンドやってんだけど、ぜーんぜんダメなんだよね」
笹村さんはアニメか漫画のキャラクターのように、腕を組んで頷いている。「まあ、メンバーが俺一人っていうこの現状を何とかすれば、絶対レコード大賞は取れるんだよなぁ」と言うが、それはちょっと、流石の私でも否定したい。
「お、お一人でおバンドですか……? な、なんだか、素敵ですね!」
「店員さんもそう思う? あ、てかさぁ店員さん、俺のバンドに入らない?『おもちファイターズ』っていうんだけど」
えっ、どうして。この人と話していると思考がショートしそうだ。これは新種のナンパか何かか? でも私なんかナンパしてもなにも楽しくないだろうし、笹村さんは本気で言っているのかも。でも私は音楽経験なんて何一つないし、でも笹村さんの頼みを断るわけにはいかないし、でも、でも……!
「ちなみにおもちっていうのは餅じゃなくて、『主に力尽きてる』の略称なんだよね。いやいや、俺のセンスはかなりヤバイな」
「……や、やりまぁす! やらせてください!」
どうすればいいのかわからない、ぐちゃぐちゃな思考回路の中で、私はなぜかそんな言葉を吐き出していた。笹村さんも、「え、いいの?」とびっくりしている。あ、いや、違いますって。否定したかったけど、なんの言葉も出てこなかった。
「……確かに店員さん、さっきの謝り方からしてヘドバン上手そうだもんね! よし、お前を新メンバーにしてやるよ! 名を名乗れ!」
「に、西澤エリカですぅぅぅ! ごめんなさい!」
「え、エリカ? その顔で?」
「顔はもういいじゃないですか、許してください!」
すっかり乗り気な笹村さんは、私と目を合わせて無邪気に笑う。その笑顔を見ていると、断ることもできなくて。どうしよう大変なことになってしまった。
そんじゃあ、バイト終わったらマック行こうぜ、マック! と言う笹村さんを見て、私はただあわあわすることしかできなかった。もうこのまま一生花屋のアルバイトがあってもいい、そう思うくらいだった。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.5 )
- 日時: 2014/12/20 18:43
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
こんな時に限って「今日は早めに上がっていいよ」という店長の忌まわしい言葉に、苦笑いで頷く。笹村さんは、私の仕事が終わるまでゲームセンターをうろうろしていると言っていた。この花屋から最寄りの、ネオン街にあるゲームセンターは道を踏み外した中高生の巣窟で、あまり近付きたくない。外はもう暗いし正直帰りたいっていうか。
バス停を通り過ぎ、いざ夜の街へ。ネオン街は危ないと教えられてきたので今まで来たことはなかった。それに今は夜。危ない人に誘拐されたりしないだろうか。まあ、私は特別可愛いわけでもないし大丈夫だとは思うけど。
仕事帰りのサラリーマン達が闊歩する街の端っこを隠れるようにして歩く。ぽつぽつと、カップルのような男女も見え始める。私の前をフリフリのスカートを着た女の子が、大学生くらいの茶髪のお兄さんと腕を組んで通り過ぎていった。あれ、あの子どっかで見たことがあるような。二度見すると、その女の子は間違いなく青い薔薇を欲しがった昨日の妖精さんだった。そしてその妖精さんは、遠山夢乃さんという名前であることも知っていた。
学校ではとても清楚で大人しそうに見えるのに、今の遠山さんは「二次元から飛び出してきました」ってぐらい派手で、着ている服もなんだかコスプレみたい。隣にいる男の人のために頑張ってお洒落したのかなと思うと微笑ましいが、遠山さんはこのネオン街でも特に異色を放っていた。
ところで遠山さんには彼氏が居たんだなあ。三好くん、強く生きてください。
「おっせーんだよエリカ! 爺さんになっちゃうだろ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
ゲームセンターに入るのに躊躇していると、自販機の横にあるベンチを占領している笹村さんと目が合った。出会って3時間の人間のことを下の名前で呼ぶ笹村さんに「えっ何この人」という感想を抱いていると、その笹村さんは「それじゃあ行くぞ、マックー!」と私の腕を掴んで走り出した。
マックを食べて、適当に断って、帰してもらおう。お母さんに夕食はいらないと連絡を入れ、私は笹村さんについて行った。
「エリカってさ、友達いる? できれば音楽できるやつ」
「え、ええっと……音楽できる子は、いないかもしれません」
夜の街を歩きながら、笹村さんは隣の私に問う。
本当は仲のいい北川さんは、幼い頃からピアノを習っている。クラスの福田さんは合唱部だ。でも、その人たちに迷惑はかけたくなくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「ったく。あ、あれ夢乃じゃん」
笹村さんが唐突に立ち止まり、お兄さんとお城のようなホテルに入っていく女の子を指さした。
「遠山さんと、知り合いなんですか?」
その女の子は、どこからどう見てもさっきの遠山さんで。サラサラの髪も、コスプレみたいな服装も。笹村さんが、遠山さんを知っているとは思わなくて私はつい顔を上げる。
「知り合いもなにも、『金払えばすぐやらせてくれるコスプレイヤー』ってことで有名じゃん。夢乃」
「え、何を、ですか?」
言葉の意味がわからなくて首を傾ける私に、笹村さんは「もう良いよお前めんどくさいっ」と吐き捨てて歩き出した。なぜかわからないが怒らせてしまったらしい。謝ろうとしたとき、笹村さんは思いついたように振り返った。
「待てよ、あの夢乃なら金たんまり持ってるはずだよな……、あいつを加入させれば、楽器が買えるぞ!」
「楽器ないのにバンド名乗ってたんですかぁ!?」
「うるせえ!」
ひいい、ごめんなさい。でも、遠山さんは忙しそうだしそんな事してる暇ないんじゃないでしょうか。そう反論しようとしたが、笹村さんは遠山さんの後を追おうとしている。どうしよう、このお城みたいなホテル、高校生は入れないやつじゃないですか?
「笹村さん! あ、そうです! 私、遠山さんの電話番号持ってますぅ! だから、ちょっとこのホテルに入るのはやめといたほうがっ」
「でかしたぞ! よし電話してみよー!」
「えぇ、今から遠山さん休憩中なので、あの、明日とかにしといたほうが……」
私がポケットから取り出したピンクのメモを奪って、笹村さんはスマホに何かを打ち始める。三好くんもそうだが、最近の男子はスマホに文字を打つのがやたら早い。私は未だに慣れないのになあ。
「役に立つじゃん、エリカ。他に良さそうなメンバーいるか?」
「い、いませんよ……」
「そうだよなぁ。俺もそう思ってた。まあ、夢乃を加入させたらそのファン共がうじゃうじゃ来ると思うし、オーディションだな」
この人の自信は、どこから来るのだろう。まだ夢乃さんすら加入していないというのに。ていうか私も加入してないです。
前を意気揚々と歩く笹村さんを見ながら、自分とは真逆なこの人がちょっと羨ましいな、なんて思った。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.6 )
- 日時: 2014/12/22 00:05
- 名前: mimori ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
混み合っているマックの片隅、別れ話をしている高校生カップルの隣の席に私たちは腰を下ろした。「俺のおごりでいいよ」という笹村さんを説得し続けた結果、全額払わされることになり、私の財布はいよいよ悲鳴を上げ始めた。もともとお小遣いはそんなに多くないし、欲しい本なんかを2冊も買ったらあとは通学の電車やらバスで使い切ってしまう。
「マックで別れ話かぁ。なんか、可愛そうだな」
「きっ、聞こえてたらどうするんですかぁ!?」
腕を組んで隣に視線を泳がせている笹村さんを慌てて止めると、案の定お別れ寸前のカップルはお話をやめて私を凝視していた。
「ぷっ、エリカの声がうるさいんじゃん」
「す、すいません……」
立ち上がり隣に謝罪をする。数秒後止まっていた別れ話が再開し、私は許されたと認識して席に着いた。もう、この人といると余計な苦労を背負わされます。
「で、バンドの話だけど。夢乃のファンだからといって、まったく音楽経験がないやつは加入させられないだろ?」
「私も音楽経験、ないですけど」
「ヘドバンうまいじゃんお前」
あ、あれは謝ってただけです。楽器も持ってないところを見ると、笹村さんも音楽経験全然なさそうに見えるけどなんでこんなに偉そうなんだろう。夢乃さんだって加入してくれるかどうかわからないのに。
マックシェイク(いちご味)を啜りながら、笹村さんは左手の人差し指でストローの袋をくるくる回して遊んでいる。先程まで「お腹すいたー」と喚いていたのに、笹村さんはシェイク1つしか注文しなかった。私に払わせるから、あんまり注文しなかったのかな。そんな変な気遣いするくらいなら、自分でお金払って食べたいだけ食べてください。
「あ、そーだ。俺の後輩に、すんげぇピアノ上手いやつが居るんだよ。もーほんとコンクール? コンテスト? とか出てる! ちょ、電話してみるわ」
「えぇ……そのお方、もう寝てるんじゃないですかぁ?」
「はぁ? まだ8時だぞ」
スマートフォンを取り出して、「えーと、みーよしくんはどこかなー」と画面に指を滑らせる。まったく、忙しい人だ。
隣の別れ話はいよいよヒートアップで、女の人は今にも立ち上がって出ていきそう。
「あーでもあいつさぁ、夢乃みたいな女絶対苦手だろうなぁ。お前みたいな地味な女しかダメって」
笹村さんが顔を上げる。私そんなに地味ですか、と言い返そうとしてやめた。遠山さんは学校では清純で大人しい方だから、いいんじゃないでしょうか。
「いわゆる処女しか認めない、ショジョチューってやつ? 馬鹿だよなぁあいつ、経験ある女にリードしてもらうのが良いのに。自分の思い通りになる女が良いだなんてほんと童貞丸出しの発想だよな。なんにも分かってねえ」
「あ、あの! 食事中ですよぉ……?」
「あーはいはい。わりぃわりぃ」
私が頼んだポテト(Sサイズ)を勝手に食べている笹村さんは、テレビでは放送できない言葉を連発し始めて、私は今度こそ止めずにはいられなかった。
「そんじゃあ三好はパスだなー。えーと、どうしよっかなー」
「……みよし?」
「なんだよエリカ、知り合いか?」
聞いたことのある言葉が聞こえて、膝下に落としていた目線を上げる。みよしといえば今日保健室で爆睡していたあの携帯ゲームに情熱を注ぐ1年生の男の子。人違いの可能性もあるが、みよしなんてそうそう聞く名字じゃないし、多分彼だろう。
「知り合いっていうか、今日保健室でお休みされていたので、少しお話したくらいですが」
「へぇ。まーあいつ、すぐぶっ倒れるしなぁ」
「そうだったんですかぁ。……あ、三好くんがお休みしてる時、遠山さんが来てたんですよぉ。それを三好くんに伝えたら喜んでいましたよ?」
「え、まさかあいつ夢乃が援助交際してること知らないんじゃね」
確かに三好くんは、「女の子は夢乃さんみたいに大人しく清楚であるべき」って、瞳を輝かせて言ってたなぁ。なんだか急に彼が可哀想になってきました。遠山さんは学校では、あの妖精さんだとは気づかないくらいだし、三好くんみたいに勘違いする人が出てきてもおかしくない。
「っは、おもしろっ。あいつ絶対それ知らないで夢乃に惚れてるよ。三好採用。電話しよ」
「や、やめましょうよ! かわいそうですよぉ! 三好くんは純粋に恋して欲しいですっ!」
「恋なんて一時の病気だろ? すぐこうなるのがオチだよ」
……と、笹村さんは隣の修羅場カップルに人差し指を向けた。恋なんてしたことないけど、こんな重々しい話し合いは私もしたくないので、何も言い返せず黙り込んでしまう。
「あいつに現実を見せるためにも、これがいい機会だよ。さぁて電話電話〜」
「笹村さんは鬼かなんかなんですか……?」
笹村さんが横の髪をかきあげて、端末を耳に当てる。その向こうからは、「げ、涼太郎かよ。僕いまパズモンしてんの、邪魔しないでよ」と明らかに不機嫌そうな三好くんの声が聞こえてきた。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.7 )
- 日時: 2014/12/23 02:03
- 名前: みもり (ID: DYDcOtQz)
パズモンといえば、男子たちが教室でよく話している。パズルを動かしてモンスターを攻撃させるというシンプルなゲームで、私でもできそうだけど、「スマホが重くなるよ」と友達に言われたのでやめたやつだ。
「ごっめーんみよっしぃ。突然だけどさぁ、バンドやんね、バンド。女の子にモテるぞ」
本当に突然過ぎる。しかも三好くんはゲームの邪魔されて大絶賛不機嫌中だと思うし、なんだかこっちまでドキドキしてくる。それにしても今日朝礼で倒れた三好くんは安静にしていなければいけないのに、ワンコールで電話に出るなんて事態があっても良いものなのでしょうか。ゲームに夢中になるのは良いですが、体調が悪い時は無理はしてはいけません。
『……は? バンド? なんで?』
携帯の向こうから三好くんの声が聞こえてくる。昼間とは全然違う攻撃的な声だが、男子同士というのは大抵こういうものである。私は男子の会話を聞くことなんて殆どないけど、なんだろう、偏見?
「いいじゃんいいじゃん、やろーぜ。夢乃にもモテるぞー」
『な、なんで夢乃さんが出てくるんだよっ!』
「今マックなんだからそんな大声出すなって。あのさー、にしざーさんがどうしてもお前に入って欲しいって」
「そんな事言ってません!」
三好くんと私によるツッコミを食らっても飄々としている笹村さんは、スマホについているふなっしーのストラップを弾きながらシェイクを口に運んだ。「にしざーさんって誰だよっ」と声が聞こえてくる。まぁ、昼ちょっと話したくらいの人間を覚えているわけがない。私は三好くんを覚えていたけど、ちょっと残念だ。
「西澤エリカ。超美少女。以上」
「やっやめてくださいよぉぉ!」
私の顔を一瞬見て、笹村さんは口元に笑みを浮かべて、いかにも嫌味そうに言う。私はお世辞にも可愛いとは言えないし、お母さんにも「エリカなんて大層な名前付けてごめんねぇ」と謝られるレベルなので、できるだけ顔については触れて欲しくないんだけど……。
『え、あの保健委員の?』
「そう! それだよ! はいお前加入決定!」
ふなっしーが、私の目の前でぱちんと弾かれて、また元の位置に戻っていく。
なぜか通じてしまった。エリカなんてそうそう聞く名前でもないから覚えていてくれたんだろうか。私ははっと周りを見渡して、何人かの客がこっちを見ているのに気付いて、恥ずかしくなって席に座り直した。
『……涼太郎さぁ、無理やり西澤さん誘ったんじゃないの? 西澤さん迷惑してるんじゃない? お前って昔からそうだよな、なんの罪もない普通の人を巻き込むじゃん。ほんと、それってお前の長所でもあるけど短所である割合の方が高いよな。比にすると2対8くら』
「うるせーな、もういいよっ」
端末をテーブルに叩きつける音が耳に痛む。それは、笹村さんと三好くんの通話が終わったことを意味していた。アホ面でマックの天井を見つめているふなっしー、君いつもこんな痛い思いしてるの? かわいそうに。
隣の修羅場カップルでさえドン引きするくらい機嫌を損ねた笹村さんは、椅子に足を組んでシェイクを一気に飲み干した。「三好のやつ、明日しばいてやる」と、テーブルの足を蹴る。ポテトが袋から溢れる。
「……あ、ごめん。ほんとさ、なんなんだろな、あいつ」
おびえている私を見て、一瞬でぱっと笑顔に変わった笹村さんは、困ったようにため息をついて、こぼれたポテトを袋に戻し始めた。もう冷めちゃったし美味しそうなのはほとんど食べてしまったから、あとは捨てようと思っていたのに変なところで律儀な人だ。
「あ、いや……私は、別に、迷惑とかじゃぁ……」
「いや、いいよ。エリカが嫌なら。俺さ、1年の頃からずっとバンド仲間探してたんだよ。2年の文化祭でライブして、3年の今頃はこれからの路線とかも決まってて。音楽系の学校からスカウトが来て、俺は音楽で世界を変える予定だったんだけど、本当はそろそろ就職探さないといけないこともわかってるしな。あいつの言うとおりだよ」
「え、えっと……」
「もうクラスで進路決まってないの俺だけなんだって。ったく、うらやましーぜ。2年生」
その言葉は、きっと笹村さんの本心なのだろう。来年の今頃はきっと私も悩んでいる。バンドなんて輝かしい青春の話が急に、現実的になった気がして。私は何も言えなかった。
「これが最後だと思ってたところにお前が現れて、本当はちょっと嬉しかったのに」
帰るか、と笹村さんは立ち上がった。トレイを返し、夜の街へ出る。「もう、バスも電車もないだろ。タクシー代」と渡された3000円を握り締めて、一人で歩く夜の街はやけに肌寒くて。バンドとか、目立つことはしたくないけど、あの悲しそうな笹村さんの助けになりたいと思った。いつも「ごめんなさい」しか言えない私は、勝手に自分のことをお人好しで優しい人間だと思っていた。しかし、それは全部自分を守るだけの偽善で、本当に困っている人相手では何もできないのではないのか。
私って、一体なんなんだろう。保健委員の仕事は出来るのに、それを優しさと勘違いして勝手に安心して、困っている人一人も助けられない私は、きっとろくなものではない。
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