コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 【完結】脇役にもなれない君たちへ
- 日時: 2015/01/25 03:29
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
「脇役にもなれない君たちへ!」
はじめまして。懲りない人です。
タイトルは長いので「にもなれ」って略します。なんか上から目線なタイトルですんません。
※ついっつぁー @iromims
※1/8 2014年小説大会3位入賞ありがとうございます。
※1/25 完結しました。ありがとうございます。(´▽`)
1/1 参照200突破
1/3 参照300突破
1/5 参照400突破
1/8 参照500突破
1/10 参照600突破
1/?? 参照700突破
1/21 参照800突破
episodeA 「私の小さな沈丁花」
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8
episodeB 「公開処刑的RMT」
>>9 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>17
episodeC 「汚れた夜に銃声を」(R15くらい 注意!)
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24
episodeD 「落ちこぼれたちのロックンロール」
>>25 >>27 >>30 >>31 >>32 >>33
episodeX 「脇役ではいられない俺たちへ」
>>34 >>35 >>36 >>37 >>38 >>39 >>40
episodeE
>>41
登場人物 >>26
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.18 )
- 日時: 2014/12/31 04:07
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
「だ、だからさ。その、辞めてほしいなって……」
三好くんは変な子だと思う。
保健室のベットに座って暇を潰していたら、いきなり私の前まで来て、まるで一世一代の告白でもするように言うのだから。
校庭ではうちのクラスの男子たちが、おっしゃばっちこーい、なんて声を上げている。女子は体育館かな。まだじわじわと痛む腰を抑えながら、真冬だというのに頬を真っ赤に染めた三好くんを見上げた。ええと、どういう事かな。同い年くらいの男の子とふたりっきりだなんて初めてで、非常に心臓に悪い。きっと私の顔も真っ赤なんだろう。
彼が言いたいことは、ちゃんとわかっている。
でもやめたくてやめられるなら、とっくにやめてるよ。君が携帯ゲームにお金を注ぎ込むのと、一緒だよ。だから、もう私のことをそんな目で見ないで欲しいな。
私は、本当にバカでアホで、聞き分けがなくて、自制心がなくて、人の気持ちもわからない、皆に迷惑ばかりかけている、正真正銘のクズなんだから、三好くんとは、一緒にいるのすら申し訳無くなるよ。
始めて援助交際をしたのは、中2の時だった。その時好きだったアニメの、ヒロインの魔法少女の衣装が可愛くて、欲しいと思った。でもそんな事、お母さんにもお父さんにも言えなかった。中学生にもなってアニメの女の子の衣装が欲しいだなんて、恥ずかしいと思って。お小遣いを貯めれば購入も夢ではなかったんだけど、私は我慢ができない馬鹿だから、毎日学校帰りにショーウィンドウを眺めていた。今はもうそのお店は無いけれど、確かあのネオン街の、今はマックがあるあたりにあったと思う。
夏休みも終わりに近い、ある日の事だった。その日もずっと、キラキラしてて、まるで妖精みたいに可愛いその衣装を眺め続けていた。ふいに肩を叩かれて振り返ると、まだ昼だというのにスーツ姿のサラリーマンがいて。「その服、買ってあげようか」と私に聞いてきた。
知らない人に付いていってはいけないなんて、小学生でもわかる。でも私は自制心がないから、そのサラリーマンにやすやすと付いていった。私の初めてが散らされたのは、ネオン街の公園のトイレである。こんな名前も知らないおじさんに捧げてしまっただなんて、今思い出しても窓から飛び降りたくなる。正直痛いだけだった。でもそのサラリーマンは、終わったあと私に5万円を投げつけて去っていった。5万円もあれば、あの衣装は5個買える。中2にして私の金銭感覚は完全に狂ってしまったわけだ。
それからと言うものの、私は夜な夜な出歩いてスーツ姿のおじさんに声をかけて歩いた。そのおかげで可愛い服も沢山買えたから、嬉しかったし罪悪感もなかった。買ったキラキラでふりふりした服を着て夜の街を歩く中学生の私は、あっという間に援助交際をするおじさんたちの間で話題になって、良い時は月30万くらい稼いだ。本当は痛いしなにも気持ちよくないし、どうして大人はこんな事するんだろうって思っていた。
中3に上がったとき、私のしている行為は犯罪に当たると知った。しかも刑罰をくらうのは、私じゃなくて相手の方だということも知った。今まで厳しい両親の元、真っ当に育ってきたから、犯罪なんて遠い話だったのに、それは一気に私の身に降りかかる。辞めなきゃいけない。私のしていることは悪いことだから、もう二度としてはいけない。それなのに、私の携帯には連絡が入り続ける。「ゆのちゃん、次いつ会えるの?」と。ううん、会っちゃいけない。でも新作のあの財布が欲しい。服も欲しい。これで最後、そう思いながら続けてきた援助交際。気が付いたら私は高校1年生になっていた。
私はもともと引っ込み思案で、人と話すのも苦手だから、今はお酒を飲んでいないとまともに仕事ができない。援助交際に、未成年飲酒。本物のクズだと思う。
私が援助交際をしていることは、きっと何人も知っていると思う。それでもクラスの子達は分け隔てなく接してくれるから、本当に心の広い人たちだ。本当はみんな裏で私のことを悪く思っているだろうし、寄ってくる男子もだいたい「それ」目当てなんだけど。体しか価値がないなんてもう私は死んだほうがいい。
でも三好くんは、私のことを対等なクラスメイトとして扱ってくれた。こんな汚れた私なのに、話しかければ嬉しそうな表情をするし、優しくすればちょっと遠慮するし、褒めれば謙遜する。中身のない愛しか知らない私にとっては新鮮で、三好くんと話すのは楽しかった。なんで三好くんは、援助交際なんかしている、金銭感覚がぶっ飛んでいる私なんかにも優しいのだろう。その理由を、昨日知った。
三好くんは携帯パズルゲームに200万近くの金額を投げていた。なんとなく見てしまった携帯に写ったその数字に、思わず電車の中で変な声が出てしまったのを覚えている。彼ももしかしたら援助交際しているのかな。いやいや、三好くんは男の子だよ。お小遣いがたんまりもらえるご家庭のご子息様なのだろうか。その割にはご飯もちゃんと食べていないようだけど。きっと彼は一人暮らしか何かで、仕送りのお金をほとんどゲームに使っているんだと思う。
そして昨日の夜。なにがなんだかよくわからないまま、私は三好くんにご飯をご馳走した。といっても、一口も食べなかったのだが。三好くんがどんどん絶望的な表情になっていくのが面白くて、からかい続けてたら怒って店を出ちゃったんだっけ。ああもう、私の馬鹿。今すぐ首を吊りたい。そんな今、私は三好くんと保健室でふたりきり。こんなことになるなら、ちゃんと体育に参加するんだった。
episodeC 「汚れた夜に銃声を」
「……援助交際だよっ。や、やめないの?」
「や、やめるって……そんな今更……」
三好くんは、今まで一回も見たことのない表情をしている。三好くんを見るのは楽しいけど、今はただ焦るだけだ。
携帯の電源を切り忘れたり、ゲームにお金を入れすぎてごはんが食べられないほどになったりするあたり、三好くんは後先を考えないで行動するところがある。だから今のこれも、きっと一時的な思いで話しているのだろう。私は得意の作り笑いを浮かべて、三好くんの男子にしては大きな瞳を見つめた。
「でも、ありがとうね。こんな私に、そんなこと言ってくれて」
本当は笑顔なんて浮かべていられない。今すぐ誰かに泣きつきたい。震える声を隠すので、私は精一杯だった。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.19 )
- 日時: 2014/12/30 21:51
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 2014年、ありがとうございました。明日はたぶん更新できません。
「そういえばね、三好くん。今日は雪が降るらしいんだよ」
話題の転換を試みた私は、気が付いたらそんな言葉で場を乗り切ろうとしていた。こんなの、思考回路が単純な三好くんでも「話題を逸らそうとしている」とわかってしまう。嘘をつくのは、得意だったはずなのに。なんかもう、三好くんはことごとく私のペースを崩してくるから困る。
「そーだね。今日はきっと冷えるから、まっすぐおうちに帰ったほうが良いんじゃ、ないかなあって……」
「……今週の金曜ロードショーは、ラピュタらしいよ?」
「へ、へえ! そうなんだ! 遠山さんも、たまには家族と映画なんか見るのもいいと……」
どうしよう、いくら話題を逸らしても、遠まわしに「援助交際なんかしないで家に帰れ」と言ってくる三好くんは、ゲームで、何回話しかけてもずっと同じことを話し続けるNPCのようだ。テストの順位の数字は私より一桁数が多いのに、意外と頭が回るんだなあ。困っている私を見てはっと我に帰った三好くんは、「あっ、ごめん、僕なんかが偉そうに」と謝り始めた。
本当にそうだと思う。よく考えたら援助交際なんて私の勝手じゃないか。相手のおじさんには犯罪をさせてしまっているけれど、三好くんにはなんにも迷惑をかけていないじゃないか。なんでそこまでして辞めさせたがるんだろう。私のことを思って言ってくれているならば、ありがたいなあって思わなければいけないのかもしれないが、残念ながら私は人の気持ちを汲み取れない馬鹿なので、私の頭の上にはハテナマークが10個ぐらい浮かんで消えないのである。
「なんで、やめなきゃいけないの?」
ベットに座って三好くんを見上げる。
三好くんはちょっと困ったように顔を背け、次のように述べた。
「そ、そんなの、僕が嫌だからに決まってんじゃん……!」
一瞬何を言っているのかわからなかった。相当間抜けな表情をしていたことだろう。
ななな、なんですかそれは。告白のつもりですか。頭の上のハテナマークが、沸騰してどこかに飛んでいく。どうしよう、好きだよとか、愛してるとか言われるのは慣れてるけど、こんなふうに言われたのは初めてだよ。恥ずかしくて、白いカーテンを引いて、顔を隠してしまいたいけど、三好くんも私と同じで恥ずかしそうに俯いていたから、私はもうちょっとだけ見ていたいなあって思って、カーテンを掴んだまま硬直していた。
沈黙が流れる。まるで、少女漫画みたい。援助交際なんかしているダメ人間の私が、こんなにドキドキできる青春みたいなものを感じられるとは夢にも思わなかった。うるさい心臓の音が誰にも聞こえないように願う。このまま学校も、私が援助交際なんかしてることも全部消しちゃって、ずっとこのままなら幸せだな。でも現実は非情で、がらっと開いたドアの音に「う、うわぁぁ」と二人一緒に驚く。
「あ、あのぉ、石鹸貰いに来たんですけど……」
ばさっとカーテンを離して、入ってきた人の顔を見る。スカーフの色は赤で、膝下のスカートが真面目そうな、2年生の先輩だった。
私と三好くんを見て、微笑をたたえて「あ、遠山さんと、三好くん。奇遇ですね」と言うその先輩には見覚えがあって、頑張って思い出していると、なんだかこの先輩、花屋で見たことがあるような……
「西澤さん、なんでここにいるんですかっ」
この先輩と、知り合いと思われる三好くんは、「西澤さん」と呼ばれた先輩を見て言う。今は授業中だからまさか人が入ってくるとは思わなかった。今は別の意味でドキドキしている。
「ああ、ごめんなさい。ええっと、今の時間自習で、暇だったので。今日はですねえ、保健委員の皆木さんがお休みなので、私が代理なんです。なんでも皆木さん彼氏と別れて、体調を崩したとか……」
えへへ、困った話ですよねえと西澤さんは言った。彼氏と別れたくらいで休むなんて、どんだけ近頃の高校生はメンタルが弱いんだ。どうせ2ヶ月後には、また新しい男を横に連れているくせに。でも援助交際している私はそんな頭の軽い女子よりずっとダメだし、三好くんも「それはお気の毒、でしたね」と言っているので、私は何も言わないことにした。
「おふたりはどうされたんですか? 風邪、でしょうか?」
「いいえ、サボりです。どっちも」
私が笑って答えると、三好くんはなんだか不服そうだったけど、西澤さんは納得したようで、「邪魔しちゃったならすいませんっ」と頭を下げた。
ああ、思い出した。たしかこの人は、謝るのが大好きな花屋の店員さんだ。私が前に「青い薔薇が欲しい」と花屋に行ったとき、まるでヘドバンでもするように謝られたんだっけ。謝ればなんでも許される彼女は、私にとって羨ましくてしょうがない。口では素直に「ごめんなさい」というけれど、きっと西澤さんは心の底では、謝れば許してもらえるからその場しのぎで適当に謝っておこうと思っている。それでも私よりずっと清楚で純粋で可愛いから、三好くんはきっと、こんな子と将来交際したりするのかなと思う。
「でも、風邪じゃなくて良かったです。今日雪も降るみたいだし、冷えないようにしてくださいね」
西澤さんはそう残して、慣れた手つきで石鹸を3つ手に取って、私たちに一礼して保健室を後にした。こんな細かい気配りができるところも、女子力というか、凄いなと素直に思ってしまう。私とは真逆の西澤さんに完全に負けた気がして、私は保健室のふかふかのベットから立ち上がり、気を紛らわすために背伸びをした。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.20 )
- 日時: 2015/01/01 22:22
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: あけましておめでとうございます。
「……行っちゃったね、西澤さん」
「……うん」
再び訪れる沈黙のせいで、緊張が帰ってくる。西澤さんも、ずっと居てくればよかったのに。いや、ずっとは困るかな。ポケットに手を伸ばして、「あ、携帯ないんだった」と言う三好くんが苦笑いする。
ちょっとでも暇になると、携帯を取り出して弄り始めるのは現代人の特徴だというけれど、さすがに女の子と二人きりっていう空間でそれをやるのは如何なものなのか。まあ、昨日あんなにバカみたいな醜態を晒しちゃったし、もう「女の子」として見ていないのかもしれないけど、どうしても三好くんはそんな思いを露骨に出してくる人には見えないので、私が推測するに、緊張してるんだろうな。こんな私相手でも対等に見てくれてる気がして、ありがたいというか、嬉しいというか。
「……くしゅん」
「わ、遠山さん、大丈夫? 風邪、とか?」
私がちょっとくしゃみしただけで、過剰に慌てて心配しだす三好くんは、「ティッシュいる?」って、ポケットティッシュを取り出した。私はハンカチと、櫛と鏡と薬用リップしか携帯していないというのに、なんで私の周りはこう女子力が高いのだろう。笑顔でそれを受け取るけど、水面下では対抗心ばっかりだよ。
「西澤さんもああ言ってたし、風邪引かないようにね」
私より三好くんのほうが体調的には危ないじゃない。
……でも、なんだか今日は体が重い。頭も痛いし、三好くんの若干上ずった高い声もうまく聞こえない。ああ、これは完璧に風邪じゃないか。さっきドキドキしすぎたせいで、おかしくなっちゃったんだよ。熱だってあるかもしれないし、腰は相変わらず痛いし、こんな日はもう全部投げ出したくなるな。
「と、遠山さんほんとに大丈夫……? なんか、熱ありそうだなって……」
「大丈夫だよ。……今日は、仕事やすまなきゃなー……」
私の「仕事」を知っている三好くんは、安心したような、それでいて心配そうな表情になる。でもべつに三好くんの為に言ったわけじゃなくて、本心だった。自覚したら急に辛くなってきた。頭が痛い、関節が痛い、腰も痛い、体がふらふらする、視界が定まらない。早退するまでではないけど、これは確実に夜高熱が出るパターンだ。今日は、仕事できない。休もう。
気が付けばもう体育が終わるまであと5分になっていた。さて、今日は7時間授業だけど、仕事しなくていいから頑張れる。その時、同じく保健室を出る準備を始めた三好くんが唐突に「保健室利用カード書かなきゃ」と言い出した。そんなの別に書かなくていいじゃんと思うのだが、この人はどこまでも真面目なようだ。
1年2組、三好晴賀のカードを取り出して、置いてあったシャーペンを走らせる三好くんに続き、私も自分のカードを探そうと思ったのだが、なぜかどこにもなかった。保健室なんて普段利用しないから、最初から作っていないのかもしれない。
しかし三好くんは字が綺麗である。習字でも習ってたのかな。「……と、遠山さん? どうしたの……?」と、ふいに顔を上げて聞かれたので、私は何でもないふりをして誤魔化したけど、また新しいことを知っちゃったなあなんて、心の中は浮かれていた。熱が上がりそうだな。
その日の帰り道、電車が来るまで30分くらい時間があったので、ネオン街のマックの近くにある100円ショップを見て頭痛をごまかしていた。ノートなんかが陳列してある場所に、ピンクと水色の可愛らしいカバーがかけられた冊子を見つけ、手に取ってみる。
「……家計簿?」
家計簿というよりは、ただのお小遣い帳。「援助交際なんか、やめなよっ」と言った昼間の三好くんを思い出して、笑いをこらえる。私にやめろなんて言う前に、まずはゲームにお金を注ぎ込むのをやめなさいっつーの。
でも三好くんがゲームにお金を入れるのも、分かる気がする。彼はきっと、一番じゃなきゃ嫌なんだ。完璧主義者とかいうやつなんだ。勉強だとか運動だとかで、一番になれないから、お金を入れれば一番になれるゲームに入れ込んだんだろう。だって三好くんって、いつもはあんな態度だけど絶対心の中では「誰も僕の凄さを理解してくれない」って本気で思ってそうだもん。馬鹿な話だと思う。
私はお小遣い帳を2つ購入し、冬の街へ出た。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.21 )
- 日時: 2015/01/02 17:26
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: コメディライトじゃなくなってきた感ある
「あっっれ、ゆのちゃんじゃ〜ん。今日はホテル別7万でどう?」
耳につくような嫌な声が私の名を呼ぶ。
100円ショップから出て、駅に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると顔も知らないおじさん。まだ5時だというのに、もうお仕事は終わったのだろうか。7万というのは結構多いな、普段の私なら喜んでついて行くが、今は風邪でまっすぐ歩くこともままならない。その7万、パチで14万に増やしたらまた声をかけてください、と言い残して、私は再び歩き出した。……ああ、これだからこのネオン街は嫌いだ。ほとんどの人が私のことを知っているんだもん。今はお酒も飲んでないしお仕事なんかできないってば……
「待てよ」
腕を強く引っ張られ、私は体勢を崩す。痛い。昨日三好くんが私の腕を振りほどいた時の、2倍くらいは軽くありそうな力だった。風邪のせいでうまく頭も働かず、私はネオン街の真ん中で、この誰かも知らないおじさんに、背中まで伸びた髪を思いっきりひっぱられていた。
「い、いた……やっ、やめてください」
「あのさぁ、俺今日仕事クビになってイライラしてんの。大人しくしてくれないと、学校に連絡するよ?」
「ごめんなさい、それだけは……いやほんと、ごめんなさいっ」
いくら謝っても、私は解放されない。これが普通の女の子なら、通りがかった人が助けてくれるのだろう。しかし私はこの街でも有名な援助交際常習犯。またやってるよーあの子、なんて言葉が聞こえてくる。謝ればなんでも許される西澤さんとは、違うのだ。
普通なら、女の子の腕と髪を思いっきり引っ張ることなんてしない。ということは、私はこんなど底辺のおじさんにさえ、女として見られていないのだ。私はただの、誰かの性欲を処理するだけのどうしようもない生き物。急にお母さんとお父さんの顔が浮かんできた。幼い頃夢見たのは、魔法少女だったな。今の私はどうだろう、このままじゃ将来も真っ暗だよ。きっと風俗とかキャバとか、そんなところに堕ちちゃうんだ。仕方ないもん、クズ人間だもん。
意識が朦朧としてきた。潤んでいく視界の先に見えたのは、歪んだ悪人面で、その手はまだ私の髪を引っ張るのをやめない。
「……ご、ごめんなさい……」
随分威勢がねぇなあ、とその人は言った。私の制服に手を伸ばし、セーラー服の上に着ていたカーディガンのボタンが下から外されていく。うそでしょ、待って、ここは人も多いし、嫌だ、こんなの初めてだよ、ほんとにやめてよ。助けて、お母さん、お父さん、花園さん、和泉ちゃん、柴田さん。西澤さん、幼馴染の涼太郎くん、お願い助けてよ、みよしくん————
「そ、その子、嫌がってるじゃないですか。あの、や、やめてください……」
「……誰だお前? 中学生?」
これは夢かと思った。何も見たくないから、ぎゅっと閉じていた瞳を開くと、そこには見知った顔があって、おじさんを私から必死に引き剥がそうとしていた。当然彼は力も私と同じくらいしかないからまったく相手にはなっていないんだけど、今の私にとって彼は救世主に近い。
三好くんはいつものように携帯を取り出そうとして、何もないことに気づくと、そのへんを歩いていた人に、「ちょ、あのっ、警察に通報してくださいっ」と声をかけ始めた。ただならぬ雰囲気に人がざわざわと集まり始める。やがて観念したのか、おじさんは何かもよく聞き取れない捨て台詞を残して、走って逃げ去っていった。
「……ゆ、夢乃さんっ」
「…………」
漫画とかなら、おじさんを殴り倒してくれるのに。かっこわるいなあ。でも、私の中では、三好くんはヒーローだよ。かっこよかったよ。そんな言葉を言う余裕もないほど脱力した私は、へなへなと地面に座り込んだ。三好くんは「わっ、だ、大丈夫ですかっ」と同じようにしゃがみこむ。なんだかもう耐え切れなくて、私は彼に抱きついて、声を上げて泣いた。あったかくて、ふわふわで、柔らかい。三好くんは動揺していたけど、私が再起不能なのを分かってくれたのか、慣れない手つきで背中に腕を伸ばしてつなぎ止めてくれていた。いまだにがたがた震えているのは、きっと、私たちに声をかけるのにとても緊張したんだろうな。本当に優しい人だ。
- Re: 脇役にもなれない君たちへ ( No.22 )
- 日時: 2015/01/03 19:23
- 名前: みもり ◆EcL409OyWY (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 夢乃は私と同い年なので、等身大の16歳の女の子の気持ちがうまく表現できたらいいなと思います。
ネオン街の真ん中で、人目も憚らず泣く私が落ち着いたのを見計らって、三好くんは私を立たせてくれた。何回か携帯のライトを浴びた気がする。これだから現代人は嫌だ、困っている人を見つけると、助ける前にまずSNSにつぶやこうとするんだもん。
「……た、助けてくれて、ありがとう。でもなんでここに居るの?」
三好くんの家は確か、このネオン街からは遠かった気がする。バスと電車で登校している、なんて聞いたことがあったな。
「コンビニで、バイトでもしようかなって……100均に履歴書買いに行こうと思って歩いてたら、偶然見かけちゃって。迷惑だったら、ごめん」
「迷惑なわけないじゃない。あ、ありがと」
恥ずかしそうに笑う三好くんを見ていると、また泣けてきそうだった。それをなんとか押し込んで、笑顔を作る。……コンビニバイトか。三好くんには、向いていないような気がする。だってあれ、意外と覚えること多いし。タバコの銘柄だったり商品管理だったり。それに、クレーマーも多いし時給も安い。西澤さんの花屋にでも雇ってもらえばいいんじゃないかな。
また頭が痛くなってきた。風邪だ。早く帰らなければいけないのは分かっているけれど、ここで一人になったら、またあのおじさんに襲われそうで怖かった。三好くんもそれは同じなようで、「ファミレスくらいなら、僕お金出せるよっ」と私に選択肢を3つ提供してきた。ココスか、ガストか、バーミヤン。聞いたことがある三択だな、と思いながらガストを選択し、私たちは並んで歩きだした。
……お金出せるよなんて言うけどね、それ、私のお金でしょ。
空からは、はらはらと粉雪が落ちてきていた。
「えーと、ハンバーグと、オムライス、ください」
大学生くらいの明るそうな女性が注文を取りに来て、三好くんはつっかかりながらメニューを注文する。ただのオムライスだから良かったものの、「熟成デミグラソースのハヤシライス温泉卵乗せ〜パセリとチーズを添えて〜」みたいなメニューだったらどうするつもりだったのだろう。滑舌は悪い方ではないけれど、ファミレスでまともに注文できない三好くんが、さっき私を助けてくれたことが今でも信じられない。
店員さんが、笑顔で去っていく。
「……で、援助交際、やめる気になったりした……?」
三好くんがちゃんと告白してくれたら、辞めるかな。そんな返しをするほど私は悪女になりきれない。でも、今日みたいな思いは二度としたくない。このままでは私は、さっきも言ったとおりキャバとか、風俗とか、そんなのになってしまうだろう。私は魔法少女にならなければいけない。援助交際なんかしてる場合じゃない。小さな努力が、大きな花を咲かせる————なんて昔好きだったセーラームーンも言ってたわね。
それに、こんなに私を気にかけてくれる、三好くんを裏切れない。彼は携帯ゲームに数百万単位のお金を注ぎ込むアホだけど、いい方に捉えれば、それは一途ってことじゃないか。むしろ長所だよ。でも200万は引くよ。
「……やめるよ」
三好くんは顔を上げて、とっても嬉しそうに笑った。ここまでわかりやすい人は他にいないな。「そっか、だよね、よかった、ほんとによかった」なんて言うけど、私はそれを軽く受け流して、かばんからさっき購入した物が入っているビニール袋を取り出した。
「私、援助交際やめる。節操のない付き合いも、もうしないよ。だから、三好くんもやめよ、課金」
言い換えれば、「ゲームと私どっちが大事なの?」っていう、めんどくさい女の質問に近いかもしれない。「課金」というワードを出され、三好くんは少し困って、「えっ、僕が?」と首を傾けた。私はビニール袋から、まるで小学生が使うようなデザインのお小遣い帳を出す。水色の方を自分の座席に置き、ピンクの方を三好くんに差し出した。
「これからは、私が三好くんのお金を管理するっ。そして、三好くんはこれから私のお金を管理する。……どう? 完璧でしょ?」
三好くんは、メニューの「季節限定! いちごクレープ」に視線を落とした。課金を辞める自信がないのはわかってる。私だって援助交際を辞め切れる自信なんかないよ。
お金もうまく使えないバカ同士、今はうまくやっていこうよ。
三好くんは、おずおずとピンクのお小遣い帳を受け取った。
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