コメディ・ライト小説(新)
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- の甼
- 日時: 2019/05/28 00:20
- 名前: Garnet (ID: zbxAunUZ)
題名は『 の甼』です。
『の甼』ではありません。
※次回更新分は、最新レスに加筆、という形で掲載する予定です!
Contents >>
【Citizen】(おもな登場人物 隣のかっこ内は誕生日)
●氷渡 流星 (12/23)
●上総 ほたる (5/4)
●佐久間 佑樹
●柳津 幸枝
>>23(本編未読の方は閲覧非推奨)
●志賀 未來
●小樽 あずみ
●杉ノ内 たえ子
●池本 穣
●柳津 睦実
>>
○ひよこ
○てるてる522
○亜咲 りん
○河童
○上瀬冬菜
(敬称略)
2018年夏 小説大会 コメディ・ライト小説部門 銅賞
ありがとうございます。
これからも少しずつ、大切にこの作品を書いていけるよう、精進を重ねてまいります。
彼らがうまれた日◎2016年5月4日
執筆開始◎2016年5月7日
イメージソング
『Crier Girl&Crier Boy ~ice cold sky~』 GARNET CROW
*
──────強く、なりたい
- Re: の甼 ( No.13 )
- 日時: 2016/07/31 09:38
- 名前: Garnet (ID: fE.voQXi)
思ったことはいっぱいある。何で、ここの元々の住民じゃないことを知っているのか。あんなバカほど遠いところに二人で行くのか。バスと電車で行くとしても、樋口一葉さんが何人いなくなるか。ていうか片道分しか間に合わない。
しかし、今一番大事なのは、ほたるさんの思うあの町と、僕の思うあの町が一致しているかどうかだ。あそこに行くことで、彼女の言う"ある人"に辿り着くというのなら、一刻も早く、もしくは、相当思案を重ねてから動き出さねばならない。
だから頭をフル回転させようとしているのに、依頼主は軽々しくその努力を水没させてくれた。何でかって、頭がパンクしそうな情報量を処理しきれないうちに、柳津さんの家に連行されたからだ。
……そうか、あの人に連れていってもらえばいいんだ。彼女なら事情を話せばわかってくれるかもしれない。なんて、半ばどころか絶対に無理矢理な期待を粉砕する準備は、ばっちり出来ている。
準備万端だったのだから、せめて綺麗に砕けてくれるだろうと思っていた。だがしかしそれなのに。
気づいたときには、以前お邪魔したあの和室にいて。僕の隣でほたるさんは難しい顔をしていて、机を隔てた僕の真正面には、柳津さんが眉間に皺を折り込んでいて。
とにかくこの空気をどうにかしようと、たった数秒前に隣から聞こえてきた言葉を反芻する。
───今まで嘘吐いててごめんなさい、この人は……柳津幸枝さんは、わたしの祖母です。今のわたしにとって、唯一の家族です
最初に丸飲みしようとしたのがいけなかったんだ。声の色や今までにふたりで話したことを思い出せば、ゆっくりではあるけど、冷静に理解することができる。
じゃあもしかして、あの雨の日、ほたるさんはこの家にいたんじゃ……。
ようやく僕が口を開こうとしたとき、一足先に柳津さんが呟いた。
「遂にこのときが来たんだな」
音も立てずに、熱いお茶を喉に流し込んで。
「ぼっちゃんや」
「は、はいっ」
じっ、と睨まれ――いや、目で何かを訴えかけられた。慌てて背筋を伸ばし、僕もその訴えを読み取るべく瞼に力を込める。
「明陽町から来たと言ったな」
「はい」
「それじゃあ、ここに、月美町にやって来て、あっしの悪い噂を一度は聞いたことがあるだろう」
「はい……内容は覚えてませんが。悪口や噂はすぐ忘れちゃうほうなんです」
「そうか。知らんのなら知らんで構わん…………自分にも非はあるからねえ……」
瞳に哀しげな色を浮かべ、もう一度お茶をすすった。
あの日のように雨の音は聞こえない。冬が静かに寝息を立てて、オルゴールにも似た小鳥の鳴き声が風に流れてゆく。僕は、そんな、時を止めるような静寂の底に沈んで、わけが語られるのを待った。
ほたるさんは知っているんだろうか。目が合う、気まずそうに瞬きする、髪を揺らして、
「おばあちゃん、わたしから話そうか?」
知っているようだ。
ほたるさんの言葉に柳津さんは暫く掠れ気味に唸ると、小さく首を振った。
「その昔、といっても、戦後間もない頃の話だ。明陽村は大変に荒廃していた。畑は動物にやられるし、川には魚が帰らない……戦地に向かった男達も、骨さえ戻ってこない者が多くてな。ぼっちゃん、その後はどうなったか知っているか?」
明陽町にいたとき、歴史の授業か何かで、ちらりと聞いたことのある話だ。
確かそのあとは、村民の半数ほどが都市部に移っていったと。そして明陽村は、隣の小さな村を吸収し、人口も少しずつ増えていったんですよね。そう言うと、浅くも深くもない頷きで応えてくれた。
「うむ。では、村民の移動については詳しく知っとるかえ?」
「え? 出稼ぎみたいなものじゃ────」
「違うわい」
「そ、そうな……んですか?!」
即座に否定された。大好きな音楽を掛けて読書をしていたら、突然耳からイヤホンを引っこ抜かれた。そんな気分だ。
「流星くん、ほんとに一度も聞いたことない?」
向けられた青い瞳に僕の顔が映り込む。
他に先生、何か言っていたっけ?思い出そうとはしてみるものの、最初からそんなこと聞いていないのだから、どうにもならない。
「ごめん、何も知らないんだ」
「そう…………」
何だか複雑な色の表情をされた。
こういうときにはどうするのが良いんだろう。人生の経験値が少ないからよくわからない。
「まぁ無理もないなあ。あっちの人間も、この町の住民の一部も、過去と真実を隠したいのだろうから」
「過去と、真実?」
「ああ。人が背負ってきた物を、無分別な言葉でズタズタにしおって……。でもな、この子が笑顔で過ごしていけるんなら、あたしゃ悪者にでも何でもなっちゃるわ」
祖母が孫に向ける、柔らかい、切ない眼差し。
そこには、たくさんの傷が見えていた。傷ついてきたからこその強さが、柳津さんの人柄を、こんなにも美しくしているんだと思う。大切な人を守りたい、そのまっすぐな想いが、きれいな背筋にも表れているんだと思う。
「おばあちゃん………………」
ほたるさんの声が、その心を固く絞るように、苦し気に細さを増していく。
今にも溢れていきそうなのに、またそんなに涙を堪えて……。どうして君は、そんなに我慢をするの?
出逢ったときも、まだ君を怖がっていたときにも、僕が君を傷つけてしまったときも、ひとりぼっちだったときにも、そして、今も。
ねえ、僕には、何ができるんだろう。
ちっぽけで、汚くて、弱くて、情けない僕には、何ができるんだろう。
- Re: の甼 ( No.14 )
- 日時: 2016/08/02 23:24
- 名前: Garnet (ID: w32H.V4h)
彼女たちに受け継がれた、その過去と願いは、柳津さんの両親が始まりなんだそう。
…………僕らが知っている通り、明陽村は、第二次世界大戦直後の過酷な環境に苦しんだ場所のひとつだ。戦時中は、山村ということもあって空襲に狙われることは少なく、ギリギリのラインで日常を保っていたのだけど……終戦後からの天候の乱れが災いし、村は荒廃してしまった。
彼女、柳津さんの両親は、若くしてその頃の明陽村の主導者だったという。
「戦時中から村長は体を悪くしていてな。サブリーダーと言うんか? そういう立ち位置にいた、あっしの母親と父親が、村長や村民を支え、まとめてきたんさ」
「へえ……」
それはつまり、ほたるさんの曾祖父と曾祖母にあたる人ということか。
何だか、昔の話を聞くのって不思議な感じがする。だって、ずっとずっと前のことなのに、僕らと同じように生きていたって、すごいじゃない?当たり前なんだけどね。
「この家系にいる者は代々、神に仕える身でな。その中でも、村民からの信頼が厚い二人が、主導者としての仕事を任されたのさ」
「神に、仕える?」
「ああ、少々説明がいるか。頼むよ」
柳津さんが、ほたるさんに説明を任せる、と、目で合図した。はい、と穏やかに答え、彼女は少し僕のほうに向いて、その口からもうひとつの歴史を話し始めた。
「明陽村が、まだその形をとどめていなかった頃から、住人たちはある神様を信じ続けていたの。正確な起源がいつかは、わたし達もよく知らない。でもね、その神様は、わたし達にとっては唯一無二の存在で、宗教の壁も関係ない。そして、わたし達が悩み苦しむときには、何度も恵みを与えてくださった方なの」
「唯一無二の、神様」
「そうだよ」
それから、ほたるさんは詳しく丁寧に教えてくれた。その神様に仕えてきたといわれている人たちのことや、住人と神様の繋がりまで。
その信仰には、はっきりとした名前は存在しない。仏教でもキリスト教でもなく、神社のような神様がいるという具体的な建物も祠も無い。村全体が、聖地なのだ。
その名残なのだろうか。そういえば、明陽村が隣の村と合併するまで、神社というものに行く機会がとても少なかったような気がする。
…………話が逸れそうなので軌道修正しよう。
その神様に仕える血筋の人は、いわゆる、教会の神父、司祭や、神職、巫女のような立ち場。しかし先程話した通り、どの宗教にも当てはまらず信仰自体にも名前が無いため、ローマンカラーやリヤサ、決まった色の袴等の服装の規定や、十字架などの象徴もない。神に仕える身とはいえ、彼等も住人と同じ人間なのだから……という考えが、その理由の軸なんだそうだ。
そして、お祭りなどのときにだけ大がかりに神様を持ち上げるのではなく、住人みんなで日々祈る。それが一番大切にされてきたこと。
「あとね、こうして明陽の住民に語り継いでいくのも、わたし達の役目なんだよ。今はもう、無かったことにしてる人が多いんだけどね」
また、目の前の彼女は切なそうに微笑みかけてくる。その綺麗な表情を、意味もなくぼーっと見つめてしまった。
そうか。柳津さんの孫ということは、ほたるさんもれっきとしたノロってことだ。そう言われても違和感なしに納得できる理由は何なのだろう。言葉にできそうでできない。
「まあ、そーいうこった。解ったかね、ぼっちゃん」
「あ、は、はい!」
心の内を見透かしたように声を大きくする柳津さんに、僕も素早く姿勢を正して返事してしまった。案の定、ふたりとも控えめに笑っている。
あの町に約13年も住んでいたというのに何も知らなかった恥ずかしさも上乗せされ、穴があったら入りたい、って感じの心境。でも、明陽の大人は過去を隠したがってるって言うし、しょうがないのかな。本当に、いったい何があったんだろう。
そう思ったら、微熱はすぐに消え去った。
「そんで……」
ふたりも笑うのをやめ、ふたたび"説明"が始まる。
「はい」
無知な僕も悪かったので、今度はわからないことがあっても最後に訊くことにした。そうすれば話を遮ることもないし。
「えっとなあ」
「はい」
しかし、次第に柳津さんの顔に冷や汗のようなものが見え始め。
「……………………どこまで話したっけな??」
僕とほたるさんは盛大に、畳の上にひっくり返った。
- Re: の甼 ( No.15 )
- 日時: 2016/08/03 21:20
- 名前: ひよこ ◆1Gfe1FSDRs (ID: 8F879P3u)
お久しぶりですがーねっとちゃん。ひよこです。お元気でしょうか。
宣言通りというかなんというか、夏休みに入ったのでみんなのをちょこちょこ読ませていただいています。くうまち、読み終わりました。好きです。
雰囲気がめっっちゃ好みすぎてびっくりしました。心臓鷲掴みでした。綺麗で静かで、でもどこか切ない。大好物です。
流星くんも捨てがたいのですが佑樹くん推しです。結婚を前提にお付き合いを申し込みたい。ほたるちゃんはとても可愛い。お菓子あげたい。おばあちゃんと一緒におせんべえ食べたい。
とりあえず佑樹くんに告白したいキャンペーンを始めたいです。好きです。
がーねっとちゃんのお話は描写がすーーごく綺麗で、頭の中ではっきりとその背景が浮かび上がるのですごいです。やばいです。がーねっとちゃんのような語彙力がほしいです。やばいしか言えない。
おばあちゃんがとんでもないところでボケをかましてくれたので流星くんたちと一緒にひっくり返りました。おばあちゃん!! 頑張って!! 大事なとこだよ!!
町の過去等、まだまだわからないことがたくさんでこれからの展開にワクワクします。
更新頑張って!!
- Re: の甼 ( No.16 )
- 日時: 2018/11/19 15:03
- 名前: Garnet (ID: LXdRi7YQ)
>ひよりん様
↑すみませんふざけました(土下座)
コメントありがとう。
久しぶり! がーねっちゃんは元気です!
もうっ、いきなりいなくなっちゃうんだから、しばらくほんとに元気なくしてたんだからね〜( *`ω´)フーッ
でも相変わらずなようで安心したよ【あのスヤァの絵文字】
くうまちはCOSMOSより1レス1レスが長いし、ストーリーがどういう方向にいくのかも、読者目線では予想しづらい。だからそういう意味でも大変だったと思う……お疲れさまです(笑)
好きって言ってくれて今軽く天井に突き刺さったよふっふっふ( ^ω^ )
うん、嬉しい!
もともとこの話って、GW頃に見た夢を文にしてるものなんだけどね。その夢の中では、ほたるがわたしで、流星はわたしの友達によく似た人なの。
流星と彼は、とても重なりあう部分がある。だから、途切れた夢の続きをわたしの手で紡ぎ直して、みんなを幸せにしたいと思った。それで、くうまちは生まれたのです。
現実世界の彼も、最近元気になってきたみたいで嬉しす。
静かで切ない感じ、まさにそれはあの夢の中の感覚!!
再現できたみたいでとても……【またスヤァの絵文字】
流星×ほたるのカップリングが人気なので、佑樹くん推しの人が増えてくれて彼も喜んでいると思います。
ほたるもおばあちゃんも嬉しそうに手を振ってるよ! 遊びにいくときはお土産に是非ぽ○ぽ○焼きを!(笑)
佑樹くんとお付き合いの際は可愛い妹さんもついてくるので、遊んであげてね←←←
いやいや、わたしなんてまだまだだよ【スヤァと汗の陳列】
語彙力ね……、文を書くのに少しは慣れてきたから、そろそろ勉強を始めてます(汗) ほかの作家さんの真似をするには抵抗があるから、自分らしくこつこつと。
でもいちばん大事なのは、わざわざ小難しく書くことじゃなくて、やさしく深く、読者さんがわたしたちに触れやすく書くことなんじゃないかな? と最近思うようになってます。まる。(ここって年齢層低いし尚更ね)
楽しむ目的でやってるんだし、伝わればいいんだよ。うん。
こんなこと言ってると、またわたしのことを悪く思う人が出てきそうなので、この辺で止めとかないと……。
わたしもひよりんの『さよならばいばい、また来世』を読んでやばいしか出てきません( ^ω^ )
やばいかもほんと、続きが楽しみ!
おばあちゃんは可愛いところがあるのでね、うん。あ、あれはただのボケだね、ボケもんGo
はい、次からちゃんと真面目にお話をさせます。
これからもばしばし執筆を続けていくので、懲りずにほたると流星たちを見てやっていてください。
応援ありがとう。
ではまた!
(2016/8/7 原文投稿)
(2018/11/19 加筆・訂正)
- Re: の甼 ( No.17 )
- 日時: 2016/08/09 21:22
- 名前: Garnet (ID: y36L2xkt)
「はいはい、仕切り直し、仕切り直し!」
とりあえず落ち着こうと、三人揃って温くなったお茶を飲んだ後。苦笑しながら、ぱんっ。とほたるさんが手を叩いた。
柳津さんは「歳だから仕方ないんじゃい!」と珍しくご立腹な様子だったので、お孫さんパワーで怒りを鎮めていただいた。やっぱり孫は可愛いみたいで。
僕も誰かの祖父になったら、その気持ちが少しは解るようになるのだろうか。そう思っていたところで、丁度孫からの説明が済んだ。
おほん、と祖母は咳払いする。
「わしの両親が、あの頃の明陽のリーダーだったところまでか。この家系は代々神に仕えていることも話したな」
「はい。すみません、話を遮ってしまって」
「構わん構わん!」
僕は本当に申し訳なくてしょうがなかったのに、彼女はさっきまでの不機嫌さが嘘のように笑っている。
顔はあんまり似ていないんだけど、人柄というか、オーラというか、そういうものはよく似ている。感情の切り替えが早いのも遺伝らしい。
かと思えば、またシリアスな雰囲気が、部屋の気温を二度くらい下げていく。
「けどなぁ、本当にギリギリの釣り合いは、たやすく崩されたのさ。」
…………柳津さんは、幸枝さんはまだ、幼く小さな女の子だった。三歳頃から、いつも忙しくしている両親に代わって村内にある伯母の家で面倒を見てもらうことになったのだが、いとこたちも、末っ子としてあっという間に幸枝さんを受け入れてくれた。
素直で、わがままも滅多に言わず、心の優しい子だと、伯母も子供たちも口を揃えるような性格で、よく家の手伝いもしたがる。そんな気立てのよさから、家の中だけにとどまらず、村中から可愛がられる存在になっていた。
感覚としては、現代にも通ずるものがある。たとえば、過疎、高齢化が進む、都市からかなり離れた島でたった一人の女の子が生まれたとしたら。島中の人が彼女のことを知り、そして孫のように可愛がる。狭い世界ではあるけれど、大切な姫になる。幸枝さんも、それに似た環境に置かれていたということだ。
そんな、苦しい中でも安らぎと笑顔が流れ行く毎日。もちろん、人々は『神様』に祈り続けている。
しかし、ある日を境に、小さなちいさな軋轢音が明陽村に響き始めた。
「あ、さっちゃん! 迎えに来てくれたんだね!」
「だって、あや姉に早く会いたかったんだもん」
あや姉こと綾子は、その言葉に口元をとろけさせ、わしゃわしゃと幸枝の短い髪を撫で回す。幸枝もまた、そんな反応に満更でもない様子だ。
学校の終業に合わせ、幸枝は、よくいとこ達の迎えに行っていた。一人遊びはするけれどあまり好かず、いつもいとこやその友達と遊びたがっていたのだ。
今日は宿題もないし、家の手伝いの当番も夕飯後の皿洗いだけだから、たくさん遊ぼうか!と言う綾子に目をキラキラ輝かせて、めいっぱいの笑顔で頷いた。
最初は校庭の土の上へのお絵描きから始まって、ふたりの様子を見かけた子供たちが、みるみるうちに集まっていく。鬼ごっこのオニがその人数に白旗を上げると、今度はかくれんぼをしようと、幸枝は彼らに提案した。
姫のお願いに当然のごとく意見は一致だ。
「じゃあ、鬼は隆一で決まりな!」
じゃんけんでもう一度オニが決められた。さっきの鬼ごっこでギブアップした男の子だ。
「えーっ、また僕〜?」
「いーじゃんか! お前、見つけるの得意だし!」
「そうだよ!」
彼があからさまに肩を落とすので、同級生の友達は、その背中をバシリと叩いて。
「うん……じゃあ、頑張るよ!」
「おーし! 60数えてから探せよな!! 圏内は、隣の林から、学校の敷地内まで」
「わかった!」
その場に彼が丸くしゃがみこみ、両手で目隠しをして数を数え始めたのを合図に、子供たちも散り散りに逃げていった。
「さっちゃん、わたしたちも隠れ場所探そうか」
「うんっ」
ふたりは、もう染み付いた癖で手を取り合い、金色の光を纏いつつある太陽の方へ向かって歩き出した。
幸枝と綾子の前髪が、微かに風に揺れる。
向かうのは、勿論林のほう。
「あや姉、どこに隠れる?」
「そうだなあ……木にのぼるのは難しいか」
「できない!」
「だよね」
独特な土の匂いや、いつのまにか淋しくなったアブラゼミの声がさざ波を立てる林の中に潜っても、ふたりはまだ悩んでいた。
そう簡単には見つからないような場所に隠れたいと、口にはしないものの、ふたりとも考えていたのだ。
「やっぱり茂みの中でいいかなあ……」
と少々弱気が(?)覗き始めた幸枝に、
「だめよ、もっと頭をひねったほうが面白い」
「えっ」
枯れ葉や枯れ枝をばりりと踏み締め、お姉さんは余計燃え始めている…………。
そんな時。少し遠くの木の陰で、仲間の何人かがこちらに背を向けているのが見えた。気付いた幸枝が綾子に声をかけたものの、あそこに隠れてるんじゃない?と言ったきり、喉を鳴らして考え込むばかりで、ほとんど相手にしてもらえず。
そろそろオニがその恐ろしい目を光らせて探しに来るかもしれないのに、何ということだ。彼女はその小さな足取りで軽やかに、子供たちのいる木の下を目指して走っていった。
その頬を滑り抜けていく風がもう随分と秋の色を含んでいることを、彼女はまだ理解していない。