ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- Bloody End〜染血の姫君〜 完結。
- 日時: 2012/02/15 17:51
- 名前: *荊* (ID: LNgGYvWh)
*荊*です。
未熟者ですが見ていってくださいm(__)mペコリ
気に入ってくださいましたら
ぜひコメントよろしくです!!
◆キャラ紹介◆
茅 冥(ちがや めい)
吸血鬼(?)
朱の魔術師と呼ばれているが、姿を知っているものは皆死んでいるので正体を知っている者は少ない。
十字 花蘭(じゅうじ からん)
研究心旺盛な、笑顔がチャーミングポイントの小さな幼女。
三神 天霞(みかみ かみか)
吸血鬼のような違うような、あやふやな存在。
多重人格者。
シロー(046号)
人造吸血鬼ながら心を持つ。
王に対して不信感を持っている。
ブレイク
最初の人造吸血鬼。
■用語■
人造吸血鬼
王に作られし、吸血鬼。元は人間で、吸血鬼との中性的な面も持つが、吸血鬼になる段階で心を失っていっていることが多い。
ハーフの吸血鬼
人間と吸血鬼の間にできた子ども。吸血鬼は互いに血を交える事で契りを交わすが、稀に人間とその契りを交わす者がおり、その二人の間でできた子ども達はハーフとして生まれる。
呼んで下さった方々、有り難うございます。
心より感謝です!
- Re: Bloody End〜染血の姫君〜 第一章、完結。二章へ。 ( No.16 )
- 日時: 2011/09/08 00:13
- 名前: *荊* (ID: MbtYH2rf)
冥と同じ存在がまた一人、太陽の下で彷徨っていた。
ただ、その鬼は狂えずにいた。
「殺せるはずないじゃん」
朱の魔術師と同じ、吸血鬼もどきの青年は細い手足で長い肉体を持ち、消えていく水分に苦しむ。
——そうすると彼はいつの間にか知らない場所に居た——
「いつもこうだよな・・・」
と洩らしながらごくりと水分を飲む。
全身の力は漲るようで、だけど心は満たされず。
残るのは諦めの憤り・・・それと口に広がる鉄分っぽい余韻だけなわけで。
「嫌だぜこんなのはさ」
彼は死体に嘆く。死体は嘆く事さえも許されないというのに彼はその死体に洩らす。
——俺はどうしていきてしまうんだ?
・・・と。
「お前・・・吸血鬼か!?」
生き残りが叫んだ。
「早く行け! 俺がイッちまう前に!」
「何言ってんだ・・・村をこんなにしたお前を許さない・・・やってやる!」
少年は大志を抱いた。抱いてはいけない志を持った・・・復讐だ。
「・・・頼むからさ、お前が逝ってしまう前に消えてくれ・・・」
「うああああ!! ふざけんな!」
復讐心は死しか生まない。相手を間違えれば・・・。
「ホントにやめてくれよ・・・はぁ、またこうなるんだからさ」
「ぐぎゃっっ! うわ・・・おいこれなんだよ! これ・・・血!? うあ! ・・・死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! ・・・死ぬ?」
彼に向かってきた少年はナイフを握っていた手を切り裂かれ、戦う意思さえももぎ取られて痛みに襲われて地面を転がっていた。
血でかたどった槍が——彼の手を切り裂いた槍が弾けて空気に舞う。
「・・まだ死なないさ。でも死ぬかもしれないぜ・・・だから俺とは関わるな」
朱を操る彼は空気中に散らばった朱を無数の刃物とし、少年に突き付けた。それは、俺に近付くなという精一杯の警告だ。
「うぅぅううう!」
まだ暴れようとするような目をしていた。しかし立ち上がりはしなかった。
彼は少年を殺してしまわない内にその場を去った。
『何でやらなかったんだよ? 楽になれたのによぉ」
「うるさいぜ。肉体は俺のものだ。俺は俺だ。血を吸ったりなんか・・・」
『もう分かってるだろ? お前には俺が必要だ。それに・・・お前と俺は一つだ』
「俺はお前にはならない・・・例えこの手を誰の血で染めようとな」
血を求める意識とそれに対抗する主の意識がぶつかり合う。
喧嘩はいつも主の意識が勝つ。肉体の持ち主であるからだ。
しかし、たまに負ける。負けた時・・・それは喉が渇いた時だ。
起きた頃には決まって朱くなっている。
周りが、自分の手が、全てが。
彼の名は三神 天霞(みかみ かみか)。
吸血鬼にも成り得ない、中途半端な存在であり、自分を否定し続ける多重人格者である。
- Re: Bloody End〜染血の姫君〜 第一章、完結。二章へ。 ( No.17 )
- 日時: 2012/02/06 00:24
- 名前: *荊* (ID: LNgGYvWh)
黄土色の砂に冥と花蘭は寝そべっていた。
昼の模様とは違い、辺りは靜かで一つの灯りさえなく、逆に寂しいくらいである。
「こんな所で寝ているんですかぁ? ・・・ああ夜なのに暑いですぅ」
月の光と星の輝きが空に昇るが、それだけでは心乏しい砂漠の夜。
未だに暑く、寝そべっていても安らぐことができない。
「あなたの血を飲めれば気持ちよく寝れるんだけれどね」
「ブラックジョークはやめてくださいぃ。早く・・・寝てくださいよ・・・私は怖くてねれませんからぁ」
少女はそう言って背を見せた。怖がるのならば吸血鬼に背を見せるべきではないと冥は思った・・・まぁしかし美味しそうだ、彼女の背中を見て思った。
背骨が綺麗な曲線を描き、猫のように丸まって寝ている。
その曲線を舐めるような目線で見つめていた。
若い子どもほど皮に張りがあって引き裂く時にはぴちぴちと楽しい音色が鳴る。それが快くてたまらないのだ。
「ふふふ・・・」
抑えつつも笑みが零れた。
「なんですかぁ? その怖い微笑みはぁ」
「すこし・・・ね」
非常食ぐらいにはなるわね、と冥は考えていたのだった。それを知ったら怖がるのだろうか?
「私を喰おうとか思ってるんですかぁ? ・・・ふふ面白いですね」
・・・知っていて背を見せたの?・・・
冥の背筋に寒気が走った。人を殺している時に自分に対して感じる少しの悪寒——後悔と呼ぼうか——とは違う、明らかなる恐怖を覚える。
ほんの僅かの寒気だ。しかしそれはあの日以来感じたことのないもの。
彼は——天霞は×××に追われていた。
大きな村に辿り着いた彼は路地裏を駆け抜けていた。時に後ろを気に掛けながら全速力で走る。体力も脚力も常人のそれとは比にならないほどである。
「ったく何なんだよ!」
確かにこの街に入った時から同じ匂いを感じていた・・・でも。
「・・・あ!」
目の前は——
「・・・・・・行き止まりだな」
壁が立ちはだかっている。越えるには高い、壊すには・・・。
「やるしかないか・・・?」
壁を破壊するか、それともこの——朱甲冑——を斃した方が速いのか。
鼠色の壁も朱色の人間も微動だにせず天霞の動きを待っている。
彼もまた動けずに居るのも真実ではあるが。
でもその前に一つ聞きたい事がある。
「お前らはなんだ?」
彼は問う。
「私達もまたお前と同じ意味を持たぬ者」
「そうかい、俺と同じなのかい」
彼たちも存在を探し求める者だと言うのか——
「私達は人に創られし鬼だよ」
それとも彼らは探し求めるものも見失った、本当に意味を持たない存在なのか。
「じゃあ俺とは違うな」
彼は槍を創り、偽物と戦う事にした。そして、偽物を——自分の存在の意味を勝ち取るために戦う。
「・・・それなら誰がこいつらを創ったんだ・・・?」
- Re: Bloody End〜染血の姫君〜 第一章、完結。二章へ。 ( No.18 )
- 日時: 2011/09/10 20:20
- 名前: *荊* (ID: MbtYH2rf)
「お前は何?」
二人も朱の存在に追われていた。
彼らは自らの事を人造吸血鬼だと呼ぶ。そして彼女のことを邪魔などだと言った。
「狙っているのは私よ、逃げなさい」
冥は走りながら言った。あえて厄介毎に巻き込まれる必要はないわよ、と。
「もうあなたにかかわった時点で覚悟の上ですよぉ。私はあなたの末路を見る事に決めているんですから」
花蘭がどうしようと勝手だ。肩に乗っかり、肩車のような形になっているからといって冥にとって苦になるわけでもない。
それに花蘭の肉体は軽い。
しかし彼女の身体にはどれだけの知識が詰まっているのだろう?
肉体の重さから存在の重さを量る事はできなかった。
冥は花蘭を上にのせたまま砂丘から跳躍し、蹌踉ける事なく着地する。
彼女が振り返ると、朱の甲冑達もそれに倣うように跳び、追ってきていた。
本気になれば地平線まで逃げることだって可能かもしれない。
そのような勢いで逃げる者は逃げ、追う者は追っていた。
「逃げてばかりじゃないですかぁ。吸血鬼の力、見せてくださいよぉ」
「・・・私は吸血鬼じゃないわ」
否定しながらも冥は足を止めて、向きを反対に転換した。
「でも、確かに性に合わないわね」
「そうこなくちゃっですよぉ」
少女は冥の身体から飛び降り後方に待機して、傍観者の姿勢を決めつつある。戦闘に参加する気はないようだ。
これでは少女の思い通りになっているようなものではないか。
そういう考えに行き着いたが、苛立ちはしなかった。
冥は面白いと思った。
「死ぬ気になったか」
朱甲冑の一人が言葉と血を投げつける。それは刃物に変わり、彼女の頬を傷つける——。
「芸術ね」
冥は頬の細い筋を手でなぞり、少し痛みを感じて顔を歪めるも、すぐに笑顔を取り戻した。血が冥を狂気に陥れる。
ナイフを手で受け止めると、手の平から多くの血が流れた。
意識が飛び————
——————取り戻した時には全てが無くなっている——————
「気持ちいいくらいに気持ち悪いですねぇ」
「そう? 私はとても良い気分だけど。私は朱が好きよ」
そう思い込もうとしているだけかもしれない。
好きになろうと努力しているだけかもしれない。
最後の一人に問う。
「お前は何?」
「私は王によって派遣された者だ」
「王?」
「そう。私達は中途半端な存在を消すために創られた中途半端な吸血鬼」
「まるで矛盾ね。そんなもので私を殺そうなんて」
「ホントそうですねぇ。創るならもっと、こう、完全無欠で私の好奇心をそそるような・・・。あなた達にはまるで何も感じません」
夢も見ない人造ごとき、花蘭の目にはとまりもしない。
花蘭は吸血鬼の見る幻想・・・ゆめに興味があったのだ。
人に創られたモノには幻想は宿らない。
よくできた空っぽのモノだ。
「私達は・・・」
「聞き飽きたわ。死になさい」
手の平から止まらない血で両手に剣を創り、朱の甲冑が身構えるよりも速く距離を詰め、斜めに十字架をかたどる。
切り裂かれた肉体が十字架を示していた。
「十字架・・・か」
吸血鬼には有効な十字架も、彼女には戒めになどならない。半端な吸血鬼は血を喰らうという特性だけを引き継いだだけで他は人間と大差はない。
血を喰らって生きる冥も、人造の血など興味は欠片もなかった。
「綺麗」
『汚くて汚くて、穢れていて汚くて、でも綺麗と感じる心もあって、そしてこの色は——嫌い』
『好きなのに、・・・・・・嫌い』
「汚いですよぉ」
『嫌いだけど、他人に否定されるのはもっと嫌い』
「やっぱり人造吸血鬼の血は美味しくないわね」
血が勿体なかったわ、手の平を止血し冥は言い立ち上がる。
「待ってくださいよぉ」
花蘭は冥の身体によじ登った。
「気に入ったの?」
「そうですぅ。・・・あ、あと、さっきのヒトの身体から地図を発見しましたよぉ」
地図と呼ぶには少し簡易すぎたが、使う余地がありそうな代物である。
「この朱い点って・・・?」
「これは・・・・・・私、研究過程で分かった事があるんですが、吸血鬼の村があるらしいんですよぉ」
「それって・・・いや何にもないわ」
彼女は記憶を引き出しに無理矢理押し入れた。少しでも開いたら雪崩のように押しつぶされてしまいそうだ。
「行ってみましょうか?」
「・・・そうね」
奇妙な二人は地図上の朱い点をめざす。
「現在地・・・分かるの?」
「さぁ?」
「そう・・・」
目的は見つかろうとも、自分の現在地さえ掴めないままで、そんな、あやふやなままで・・・。しかし、それでも、それでも・・・目指す。
- Re: Bloody End〜染血の姫君〜 第一章、完結。二章へ。 ( No.19 )
- 日時: 2011/09/10 18:13
- 名前: *荊* (ID: MbtYH2rf)
槍を下段から上段へ突き上げ——彼らは後方に宙返りしたが一人の甲冑に食い込んだ・・・しかし浅い——踏み込みもう一度上段から切り下げ、深く傷を与える。
朱甲冑は手を天に掲げ、振り下ろそうとした。その手は血で加工され、遠くからは見えにくかったのだが、近くで見ると鋭く尖った針があり、殴られでもしたら一瞬でぐしゃぐしゃになってしまう事が予測できた。
想像して、想像を逸脱した破壊力に思考を止めた。
だが、殴られなければいいのだ。
そうすれば穢れた血を流す必要もない。
一人の朱甲冑は地面に手を付く。しかし立ち上がり戦闘態勢を取った。
「・・・くっ、まだかよ」
立ち上がる朱甲冑を確認し、詰めた距離を引き離す。
再び壁に手がついた。もう引くことはできない。
優位に立っている甲冑達は槍の攻撃範囲を気にしながら少しずつ天霞に迫っていった。
「大人しく朱を晒せ。汚らわしいその色を」
四人の甲冑が勝ち誇ったかのように(顔は見えないが勝ち誇った顔が見えるように)大きく朱い手を振り上げる。
「それはお互い様だろ?」
天霞は天に翔け霞のように血の残像を残し、壁を蹴り朱甲冑の後方に着地する。
「なに・・・!?」
刃の部分を伸ばし範囲を広くしてまとめて切り裂こうとする——振り上げた槍が建物に引っかかったがそれもまとめて切り裂いた。
甲冑だけではなく、その後方にそびえる壁にも切れ目が入った。
「ぐ・・・」「こんな・・・私の甲冑が!?」「・・・・・・」「死ぬ・・・」
左右の歴史的建造物のような立派な煉瓦の建物に切れ目が入りバランスを失っていく。ゆらゆらと路地裏を造りだす三つの壁が揺れた。
いずれここを埋めるのだろう。
「薄汚れた血で固めた鎧なんざ、俺の穢れには勝てないぜ」
壁が崩れ彼らに降りかかる。
勝った。四人の負傷を確認——・・・いや、しかし死亡はしていない・・・彼らは生存し、血で壁を破った。
「この程度で我らは死ぬはずがないだろう」
まがい物でも吸血鬼は吸血鬼。生命力も高く、何よりも意地が彼らの生命を紡いでいた。
血が彼らの切断面を埋めていき、またもや人間の形——否、吸血鬼の形を取り戻し天霞と対峙する。
失われたものは血で補われ、姿は朱甲冑に戻った。
「・・・それは血の流出量が多いんじゃねぇか?」
身体は保てたとしても血の量が減れば、人間も吸血鬼も死んでしまう。
彼らは歪な存在になり果てていた。
「血が足りないのも同じだろう? 我らは同じことばかりだ」
「ああ、でもこれから生者と死者に分けられるさ」
二つの建物がぐらぐら揺れる。崩れた壁と同じように、花びらのようには綺麗に散らず、滝のようにまっすぐと流れるように落ちていくわけでもなく、瓦礫が豪雨のように降り注ぐ。
しかしそれは氷の粒よりも大きく、彼らを痛めつける。
天霞は路地を抜けて崩れゆく建物を眺めていた。
朱甲冑もまた逃げていく姿が見えた。
「もう追ってこないか?」
がらがらがら、と大きな音が村の喧噪さえも覆い込む。
音と共に包み込んだ砂塵が目を奪い、朱甲冑の動向を隠した。
「どう・・・くる——っとと、いきなりかよ。こういうのには宣戦布告ってやつがいるんだぜ」
咄嗟に固形化させた槍で朱甲冑の手を受け止める。
「もうとっくにした」
「それもそうか!」
一端力を抜き相手が態勢を崩した所で弾き、突く。
「この程度・・・だと言っただろう?」
彼は突き出した槍を血で固めた腹で受け止め・・・というより突き刺さり、仮面で隠れていなければ顔には笑顔さえ浮かべているだろう余裕の言葉を言った。
「こりゃ困ったぜ」
突き刺さったまま抜けない槍を手放し、新たな槍を創造する。
瓦礫からは他三人も手を出し、這い上がってきた。
まるでリビングデッドのように——ゾンビのように。
「やばいぜ・・・」
天霞は額に汗を浮かべ弱音を吐いた。常に強きで前向きな姿勢を心掛けていた彼にとって珍しいことだった。
出血量も増えてきている。これは・・・持久戦になりそうだ。
持久戦になって不利なのは自分だ。
直感した天霞は一発に全てを込める。
吸血鬼として、人間として、そしてその中間に立つハーフの吸血鬼として——天霞は全てを込めた槍を振りかぶった。
- Re: Bloody End〜染血の姫君〜 第二章、完結。 ( No.20 )
- 日時: 2011/09/12 22:23
- 名前: *荊* (ID: MbtYH2rf)
第三章 朱い街
まだ朱い点とは遠いはずのこの場所で大きな村に入っていた。
「ここであっているの?」
「私の予測では砂漠の位置関係からしてもう少し先が目的地のはずなのですがぁ・・・砂漠を歩きすぎておかしくなったのかもしれませんねぇ」
少女は少し考えこんで、
「はい、この程度の誤差は考えられます。・・・ここが吸血鬼の村でしょう」
「そう・・・」
とても大きな村だった。整備された道路、煉瓦の町並み。いずれも周辺の村よりも発達した空気を感じさせるものである。
村に入った時から冥は違和感を感じていた。
それもそうかもしれない。失われていた記憶が——自分で捨てたものを・・・捨て切れていない一部の断片を刺激しているのだ。
違和感を感じるのは当然のことだろう。
ヨーロッパ風の服を着た人達が村を歩き、普通という印象しか持てない。
こんな村だったかしら? と冥は記憶を巡らせる。該当する記憶などない。色は朱に塗りつぶされ、どんな風景の村だったか、どんな人間が居たか、など思い出せようものがない。
「それにしても普通の村・・・? 人だかりができてるわね」
「そうですねぇ・・・何かあったのでしょうかぁ?」
人波がそこで乱れ、流れが止まってたまり場ができていた。
人が人を呼び、野次馬が集結する。
彼女らもその一人だった。
「見えない・・・わね」
並んでいた建物がその空間だけぽかりと消え失せているという事以外に分かることはない。
身長がさほど高くない二人には状況確認ができなかった。
そこに一人の男がぶつかる——
「あ、すみません」
ぶつかった男は一瞬立ち止まり、
「こちらこそ・・え? あ・・・気のせいか?」
何かをぶつぶつといい立ち去っていった。
「何だったんでしょぉか?」
「知らないわ。私には被害もないし」
ただ男がぶつかっただけだ。この混み具合では仕方がない。
気に止めてまで考える程の事ではない。
好奇心は人だかりの意味に向いていた。
冥と花蘭は人混みをかき分けていき、最前列にまで到達する。
「あれって・・・ですよねぇ」
花蘭が主語のなっていない言葉を言う。しかし冥には意味が通じていた。
「そうよ、あの死んでるのは」
死体は朱かった。
冥と同じ汚い色をしていて、上半身と下半身に断ち切られていた。
天霞は全てを込めた槍で四つの朱を切った。
「もう蘇らない・・・だろ?」
ほっと一安心。胸を撫で下ろし、死体に目を向ける。
『こいつらは殺せるんだな』
「そりゃそうだろ、こいつらからやってきたんだから」
・・・ん、待てよ。殺したのは初めてじゃないか?
狂気に支配されずに人(?)を殺めたのは初めてだった。なのに何だろう。思いの外簡単に血を操る事ができ、最善の手で敵を葬る事ができた。
そして、血の海に立っているというのに爽快感さえ感じる。
「おいあれ・・・」「こんな真っ昼間にビル倒壊かぁ?」「・・、何かなあの朱いの?」
事件現場に人がたかり始めていた。血の槍が砕けて朱が散乱している。
そんな場所に立っている姿を見られたら一瞬で村を追放される。
今は砂煙が天霞の身体を隠しているが・・・。
「やばい・・・な。逃げないと」
——この村を探していたのに、今村をでるわけにはいかない——
走った。
今であれば大勢の人間に紛れて脱出することもできる——
「あ、すみません」
柔らかい感触——の前に働く感覚器官があった。
これは——
「こちらこそ・・・え? あ、気のせいか?」
身体が停止し、常人よりも優れている鼻が彼女の匂いを感じた。
——俺と似た・・・匂い?
走り去ってから、ぶつかった彼女の匂いを思い返した。
「そんなはずあるわけないよな」
初めて殺した感触と人造吸血鬼の腐敗臭が鼻に残っていたのだろう。
天霞は忘却しようとした。匂いを、感触を——。
『何を怯えている? いつもやっていることと変わらないんだぞ? その手でいつもやっていることだ』
「違う・・・」
否定したいのに——覚えていた。
敵と戦うと決めたその時、思考は澄んで敵をどうやって突けば殺せるのか、頭も身体も知っていたのである。
だからこそ否定しきれなくなってきている。
否定しなければ自分という意識を保てないというのに、天霞は闇に、朱に取り込まれそうになっていた。
「俺は俺だ・・・ろ?」
確信が持てない。
ヒトを殺して血を絞り出す時の自分も「俺」という存在だと言うのか?
だとしたら俺とは何なんだ?
『お前は俺だ。そして——』
「うるさい」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
「自分」も「俺」も「あいつ」も否定し続けた。
そうすることで「俺」は生きた。
天霞は息切れするほど遠くまで走り、自分が生きる限り安定などないというのに、安息の地を求めた。
彼は生きた。
——彼も彼女も、出会いを知らなかった。